この記事の監修・執筆:仲田洋美(臨床遺伝専門医)
ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医・総合内科専門医・がん薬物療法専門医。1995年に医師免許を取得し、遺伝医療と出生前診断に携わっています。
記事の作り方(編集方針)

肥大型心筋症の遺伝子検査は、心臓の筋肉が厚くなる原因が遺伝子の変化にあるかを、MYH7・MYBPC3などの心筋の遺伝子を中心に86の遺伝子で一度に調べる検査です。肥大型心筋症は多くが常染色体顕性(優性)遺伝で、親から子へ2分の1の確率で伝わります。あなたの1回の検査で原因がわかれば、症状のないご家族は「定期的な心臓の検査を続ける人」と「卒業できる人」に分かれ、ご家族を守る手がかりになります。生まれ持った遺伝子は一生変わらないので、一度わかったことは、ご自身の治療の選び方から、結婚・妊娠の計画まで、この先ずっと使える情報です。このページでは、原因遺伝子・遺伝する確率・ご家族の検査、そしてファブリー病など治療の違う似た病気の見分けまでを、臨床遺伝専門医が解説します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. この検査で何がわかりますか?
肥大型心筋症の原因になるMYH7・MYBPC3などの心筋(サルコメア)の遺伝子と、ファブリー病・ダノン病・ヌーナン症候群など、肥大型心筋症に似た病気の遺伝子を合わせた86遺伝子を一度に調べます。原因がわかると、ご家族の検査や治療の選び方に使えます。
🧬 Q. どんな人が受けるとよいですか?
肥大型心筋症と診断された方・疑われている方、心エコーで心臓の壁が厚いと言われた方、ご家族に肥大型心筋症や若い年齢での突然死がある方、結婚や妊娠を考えていて家族歴が気になる方です。
🧬 Q. 費用・日数・検体は?
検査費用は税込330,000円、結果までは2〜3週間です。検体は血液・唾液・口の内側の粘膜などで、オンライン診療でも受けられます。遺伝カウンセリング料(30分22,000円・税込)が別にかかります。
🧬 Q. 結果のあとはどうなりますか?
結果は臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングで直接ご説明してから、マイページにアップします。原因が見つかれば、お子さん・きょうだいは同じ変化だけを調べる検査を受けられます。意義がまだわからない変化(VUS)の扱いや、陰性の場合の考え方もご説明します。
1. 肥大型心筋症(HCM)とは:原因の多くは心筋の遺伝子
肥大型心筋症(HCM)は、高血圧や弁の病気など、ほかに説明できる原因がないのに、心臓の筋肉(主に左心室の壁)が厚くなる病気です。2024年の米国心臓協会・米国心臓病学会などの診療ガイドラインは、大人では心エコーやMRIで左心室の壁の厚さが15mm以上(ご家族に肥大型心筋症の方がいる、または遺伝子の病的な変化がある場合は13〜14mm以上)で、ほかの心臓・全身・代謝の病気で説明できないことを診断の目安にしています[1]。英語の hypertrophic cardiomyopathy の頭文字をとってHCMと呼ばれます。
どれくらいの人がなる病気か
米国の一般の若い成人(23〜35歳)4,111人を心エコーで調べた研究では、肥大型心筋症がみつかったのは7人(0.17%)で、およそ500人に1人の割合でした[6]。ほかの病気に比べて珍しくはない、遺伝性の心臓病です。
原因遺伝子:MYH7・MYBPC3などのサルコメア遺伝子
肥大型心筋症の原因として最も確かなのは、心筋が縮むための装置「サルコメア」をつくる遺伝子の変化です。遺伝子と病気の関係の強さを専門家が評価するClinGenは、2019年の評価で、肥大型心筋症の遺伝子として調べられた33遺伝子のうち、関係が「確立している」のはMYBPC3・MYH7・TNNT2・TNNI3・TPM1・ACTC1・MYL2・MYL3の8遺伝子(24%)だけで、22遺伝子(66%)は根拠が限られる・ないと判定しました[4]。2025年の見直しでTNNC1が加わり、確立したサルコメア遺伝子は9つになっています[5]。
このパネルには、この9遺伝子に加えて、肥大型心筋症との関係が報告されている遺伝子や、似た症状を起こすほかの病気の遺伝子が含まれています(第5章)。病気の症状・治療・経過をさらに詳しく知りたい方は、肥大型心筋症 総論もご覧ください。このページでは、遺伝子検査を受けるかどうかを決めるために必要なことを中心にお伝えします。
症状と経過:人によって大きく違う
症状がないまま過ごす方もいれば、息切れ・胸の痛み・動悸・失神などが出る方もいます。経過は人によって大きく違い、「長生きできるか」「治るか」を一律に答えることはできません。国際的な患者登録(SHaRe)の4,591人の解析では、サルコメア遺伝子に病的な変化がある方は、ない方に比べて、心不全・不整脈などの合わせた有害な出来事が起こる危険が約2倍でした[8]。原因の遺伝子がわかることは、ご自身の経過を見通し、定期検査の間隔を決める材料の一つになります。
治療では、2024年の米国のガイドラインが、症状の続く閉塞性肥大型心筋症の大人の方に、心筋ミオシン阻害薬を加えることを勧めています[1]。日本でもマバカムテン(商品名カムザイオス)が2025年3月27日に「閉塞性肥大型心筋症」の効能で承認されています(2026年10月時点)。なお同ガイドラインは、マバカムテンは胎児への影響があるため妊娠中は使わないとしており[1]、妊娠を考えている女性は主治医と早めに相談することが大切です。
2. 遺伝のしかたと、お子さん・ご家族に伝わる確率
肥大型心筋症は多くが常染色体顕性(優性)遺伝で、親に原因となる変化があれば、お子さん1人ごとに2分の1の確率で受け継がれます[1]。性別には関係しません。上のお子さんが受け継いだかどうかで、下のお子さんの確率が変わることもありません。
受け継いでも、発症する年齢や重さは人によって違う
原因の変化を受け継いでも、すぐに発症するとは限りません。家族の検査でサルコメア遺伝子の変化がみつかったものの、はじめは診断基準を満たしていなかった285人を追った英国の研究では、15年間で肥大型心筋症を発症した割合は推定46%でした。男性や、心電図に異常がある人で発症しやすい傾向がありました[7]。
このように、原因をもっていても発症しない、または遅れて発症する人がいることを「浸透率が100%ではない」といい、同じ変化でも症状の重さが違うことを「表現型の多様性」といいます。
⚠️ 「自分が軽いから、子どもも軽い」とは言えません
親御さんが軽い症状で気づいていなかったり、まだ発症していなかったりしても、同じ変化を受け継いだお子さんが同じ経過をたどるとは限りません。だからこそ、症状の有無だけで判断せず、原因を知ったうえでご家族の検査や将来の計画を考えることに意味があります。
例外:X連鎖や潜性遺伝の病気が隠れていることも
このパネルには、肥大型心筋症に似た症状を起こす病気の遺伝子も入っています。たとえばファブリー病(GLA)やダノン病(LAMP2)はX連鎖の遺伝のしかたで[11]、ポンペ病(GAA)やフリードライヒ運動失調症(FXN)は常染色体潜性(劣性)遺伝です。どの遺伝子に原因があるかで、ご家族に伝わる確率の考え方が変わります。
3. 遺伝子検査で原因がわかると、何が変わるか
2024年の米国のガイドラインは、肥大型心筋症の方に遺伝子検査を行うことを、強い推奨(クラス1)としています[1]。欧州心臓病学会の2023年のガイドラインも、遺伝カウンセリングとともに行う遺伝子検査を、心筋症の診療に欠かせないものと位置づけています[2]。原因がわかると、具体的に次のことが変わります。
症状のないご家族が「定期検査を続ける人」と「卒業できる人」に分かれる
ご本人に病気の原因と確かめられた変化(病的バリアント)がみつかると、ご両親・きょうだい・お子さんは、その変化だけを調べる検査(カスケード検査)を受けられます[1]。
- ●同じ変化をもっていなかったご家族:米国のガイドラインは、継続的な心臓の検査は必要ないとしています[1]。欧州のガイドラインの解説でも、家族の変化をもたない人は臨床的な経過観察から外れることができるとされています[2]。
- ●同じ変化をもっていたご家族(まだ発症していない):心電図と心エコーなどの検査を、子どもと思春期は1〜2年ごと、大人は3〜5年ごとに続けることが勧められています[1]。
- ●原因がわからなかった場合:すべての一親等のご家族が、年齢に応じた間隔で心臓の検査を続けることになります[1]。
あなたの1回の検査が、ご家族一人ひとりの「この先の検査の受け方」を決める手がかりになります。BRCA遺伝子の検査を受けた人を追った研究では、「家族のため」を大切な理由として挙げた人は約25%でした[14]。病気は違いますが、ご家族のことを考えて検査を選ぶ方は少なくありません。
治療の違う「似た病気」を見分けられる
心臓の壁が厚くなる病気の中には、肥大型心筋症に見えても、原因も治療も違う病気(フェノコピー)があります。2024年の米国のガイドラインの要点では、ダノン病・ファブリー病・RAS症候群などを見分けることと、遺伝子検査にこれらの遺伝子を含めることが挙げられています[1]。正しく見分けることは治療に直結し、アミロイドーシスやファブリー病などでは、その病気に合わせた治療があります[10]。
🔍 肥大型心筋症に似た病気(このパネルで調べる主なもの)
※この検査は心臓だけでなく、全身の病気の手がかりにもなります。結果の伝え方は、当院の二次的所見の開示方針もご覧ください。
運動・薬・定期検査の判断材料になる
2024年の米国のガイドラインは、肥大型心筋症の方にも軽い〜中くらいの運動は役に立つとし、激しい運動や競技スポーツも一律に禁止するのではなく、専門家と相談して決める方針に変わりました。原因の変化をもっていても発症していない方は、どの強さの競技スポーツにも参加してよいとされています[1]。原因がわかることで、こうした「何をしてよいか」の話し合いを、根拠をもって進められます。
一方で同ガイドラインは、遺伝子の結果を突然死の危険度の評価に使えるかはまだはっきりしないとしています[1]。植込み型除細動器(ICD)が必要かどうかは、遺伝子の結果だけでなく、心臓の検査の結果を合わせて主治医が判断します。
4. どんな人がこの検査を受けるとよいか
肥大型心筋症と診断された方、心臓の壁が厚いと言われ原因を知りたい方、ご家族に肥大型心筋症や若い年齢での突然死がある方に向く検査です。見た目や家族歴だけでは判断できないことが多いので、迷ったら、まず遺伝カウンセリングでご相談ください。
肥大型心筋症と診断された・疑われている方
- ●心エコーやMRIで、左心室の壁が厚いと言われた方
- ●肥大型心筋症と診断されたが、原因の遺伝子を調べたことがない方
- ●心臓の肥大に加えて、筋力低下・手足の痛み・汗が出にくい・心電図の早期興奮など、心臓以外の症状や所見がある方(似た病気の可能性)
- ●ほかの病院で一部の遺伝子だけを調べ、原因がわからなかった方
ご家族に肥大型心筋症の方がいる方(発症前の検査)
ご家族に原因の変化がわかっている場合、症状のない方が受け継いでいるかを調べる検査は「発症前の検査(予測的検査)」になります。当院は、ライフステージごとに患者さんの人生をサポートするという考え方で診療しており、知りたいと願う方を拒むことはしません。遺伝カウンセリングで十分に考えたうえで、ご本人が知りたいと決めた場合は、その意思を尊重して検査まで行います。知らないでいる選択も、同じように尊重します。
先が見えないまま過ごすより、わかったうえで、仕事・運動・結婚や出産など、これからの人生を計画したいと考える方もいます。英国でハンチントン病の発症前検査を受けた人の理由で最も多かったのは「不確実さを減らすため」(70.5%)でした[15]。病気は違いますが、肥大型心筋症では、原因の変化をもっていないとわかれば、定期的な心臓の検査から卒業できるという、はっきりした利点もあります[1]。
お子さんについては、日本医学会のガイドライン(2022年3月改定)が、成年期以降に発症する病気の未成年者への発症前の検査は原則として本人が成人するまで延期すべきとする一方、未成年期に発症する病気で発症前に診断することが健康管理に大きく役立つ場合は扱いが異なるとしています。肥大型心筋症は子どもの時期に発症することもあり、米国のガイドラインは、原因の変化がわかっている家族のお子さんにも、診断がついた時点から1〜2年ごとの心臓の検査を勧めています[1]。お子さんの検査は、こうした考え方を踏まえて、遺伝カウンセリングでご相談ください。
結婚・妊娠を考えている方
結婚するか、子どもを持つかは、その人の生き方そのものに関わる大きな選択です。肥大型心筋症の当事者の方にとっても、きょうだいに肥大型心筋症の方がいる方にとっても、原因の変化をもっているかを妊娠の前に知っておくと、出生前診断を含めて選べることが増えます。また、妊娠中は使えない薬もあるため[1]、治療の計画を立てるうえでも早めに知っておく意味があります。
この検査より別の検査が向いている場合
心臓の壁が厚くなる原因が高血圧や大動脈弁の病気などではっきり説明できる場合は、肥大型心筋症の診断の前提にあてはまりません[1]。また、症状によっては次の検査のほうが向いていることがあります。
🔍 症状に合わせた検査の選び方
※どの検査が合うかは、症状・心臓の検査の結果・ご家族の情報で変わります。遺伝カウンセリングで一緒に決めましょう。
5. 調べる86遺伝子と、それぞれの遺伝子でわかる病気
この検査では、肥大型心筋症の原因として確立したサルコメア遺伝子、関係が報告されている遺伝子、肥大型心筋症に似た病気の遺伝子など、86遺伝子をまとめて調べます。ただし、86遺伝子すべてが肥大型心筋症との関係を確かに示されているわけではありません。ClinGenの評価では、肥大型心筋症の変化としてデータベースに登録された4,191の変化のうち31%が、関係の根拠が限られる・ない遺伝子にありました[4]。こうした遺伝子でみつかった変化は、結果の判定を慎重に行います。
サルコメア遺伝子(肥大型心筋症との関係が確立した9遺伝子)
🧬 サルコメア遺伝子
※確立した遺伝子はClinGenの評価[4][5]、病気と遺伝のしかたはOMIMによる。
肥大型心筋症との関係が報告されている遺伝子
似た病気(フェノコピー)の遺伝子
RAS症候群(ヌーナン症候群など)の遺伝子と、NIPTとの関係
🧬 RAS症候群の遺伝子
※ヌーナン症候群全体についてはヌーナン症候群総論で解説しています。
このうちBRAF・CBL・HRAS・KRAS・LMNA・MAP2K1・MAP2K2・NRAS・PTPN11・RAF1・RIT1・SHOC2・SOS1・SOS2の14遺伝子は、当院のNIPTのダイヤモンドプランとインペリアルプランでも調べられ、NF1はインペリアルプランでだけ調べられます。NIPTで調べるのは、主に赤ちゃんに新しく起きた変化によるヌーナン症候群などの病気で、肥大型心筋症そのもの(MYH7・MYBPC3などの変化)をNIPTで調べる検査ではありません。当院のNIPTは妊娠9週から受けられ、妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます。くわしくはNIPTのページをご覧ください。
そのほかの心筋症・不整脈・筋疾患の遺伝子
🧬 そのほかの心臓・筋肉の病気の遺伝子
※病気と遺伝のしかたはOMIMの登録(2026年10月時点で確認できたもの)による。
6. この検査でわかること・わからないこと
この検査でわかるのは、86遺伝子の中の小さな変化(1つの塩基の置き換わりや、小さな挿入・欠失)と、遺伝子の一部が欠けたり重なったりしている変化(コピー数の変化)です。一方で、遺伝子検査には必ず限界があります。
- ●調べる範囲:遺伝子の中でたんぱく質をつくる部分と、その境目を調べます。遺伝子の調節にかかわる領域や、境目から離れた部分(20塩基より奥)の変化は調べません。
- ●検出できない変化:染色体の転座・逆位、繰り返し配列が長くなる変化(リピート伸長)、体の一部の細胞だけにある変化(モザイク)は、この検査の対象外です。
- ●フリードライヒ運動失調症の注意:この病気の方の約96%は、FXN遺伝子のGAAという繰り返し配列が両方で長くなっていることが原因です[13]。この検査ではこの繰り返しの長さは調べないため、症状から疑われる場合は別の検査が必要です。
- ●欠失・重複の確認:1つの遺伝子全体、または連続した2つ以上のエクソンの欠失・重複を調べます(2つ以上のエクソンは血液の検体のみ)。1つのエクソンだけの欠失・重複は、見つかることはありますが、いつも検出できるわけではありません。見つかった欠失・重複は、別の原理の方法(qPCR法やMLPA法)でもう一度確かめてから報告します。
- ●意義がまだわからない変化(VUS):病気の原因かどうか、今の知識では判断できない変化がみつかることがあります。
- ●陰性でも否定はできません:原因が見つからなくても、肥大型心筋症ではないということにはなりません。今わかっていない遺伝子や、この検査で検出できない変化が原因の可能性があります。
検査の精度の目安(専門的な情報)
調べる遺伝子の領域の99%以上を、同じ場所を20回以上読み取る深さで解析します(≥99% at 20x)。同じ場所を何度も読むほど、読み間違いの影響を小さくできます。読み取りの質が十分でない部分や、似た配列(偽遺伝子など)が多い部分は、別の方法(サンガー法)で確かめるなどして精度を保っていますが、似た配列が多い部分では変化を見つけにくいことがあります。
7. 結果が出たあと
結果は、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングで直接ご説明してから、マイページにアップします。結果だけをお送りすることはありません。結果の読み方は遺伝子検査結果の見かたでも解説しています。
結果は、基本的に日本語版でお渡ししています。海外でPGT-Mを受けるなど、英語の原本が必要な方には英語版をお渡ししますので、検査の時にお申し出ください。英語版と日本語版の双方を希望される方は、追加料金5,500円で承ります。
陽性だったとき:診断の確定と、治療・経過観察の方針
病気の原因と確かめられた変化(病的バリアント)がみつかると、原因がはっきりします。似た病気(ファブリー病など)の遺伝子に原因がみつかった場合は、その病気に合わせた治療を主治医と相談できます[10]。米国のガイドラインは、変化の判定(病的かどうか)を定期的に見直すことも勧めています[1]。
ご家族への影響と、ご家族が検査を受けるとき
顕性遺伝の変化がみつかった場合、ご両親・きょうだい・お子さんも、2分の1の確率で同じ変化をもっている可能性があります。ご家族はその変化だけを調べる検査を受けられ、もっていなければ定期的な心臓の検査から卒業でき、もっていれば発症前から定期的な検査を続けられます[1]。症状のないご家族の検査は発症前の検査になるため、遺伝カウンセリングで知ることの意味をよく考えていただきます(第4章)。
陰性だったとき
原因が見つからなかった場合も、肥大型心筋症の診断がなくなるわけではありません。この場合、ご家族を遺伝子で見分けることはできないため、一親等のご家族は年齢に応じた間隔で心臓の検査を続けることになります[1]。症状によっては、心血管疾患包括パネルや全エクソーム検査など、範囲を広げた検査を考えます。
意義がまだわからない変化(VUS)がみつかったとき
VUSは、それだけで診断に使ったり、ご家族の検査に使ったりはしません。米国のガイドラインでも、ご家族への遺伝子検査は病的な変化がみつかった場合に行うとされています[1]。研究が進んで、のちに意味がはっきりすることもあります。
妊娠を考えている方:出生前診断の相談
ご家族で原因の遺伝子の変化がわかっていれば、妊娠したときに赤ちゃんで同じ変化があるかを調べられます。絨毛・羊水からの胎児の出生前診断は当院で承っております。肥大型心筋症で出生前診断を行うかどうかは、病気の重さや国内の指針を踏まえて個別に考える必要がありますので、妊娠を考えている段階からご相談ください。当院では羊水検査・絨毛検査を院内で行っています(2025年6月から産婦人科を併設)。
海外でPGT-M(着床前遺伝学的検査)を考えている方へ:英語の検査結果をお渡しできます
PGT-Mは、体外受精でできた受精卵(胚)の一部の細胞を調べ、ご家族でわかっている遺伝子の変化を受け継いでいない胚を選んで子宮に戻す検査です。当院は体外受精・PGT-Mを行っていません。当院でできるのは、原因遺伝子の確定、英語の検査結果のご用意、遺伝カウンセリング、ご家族の遺伝子検査、妊娠後の絨毛検査・羊水検査です。
欧州ヒト生殖胎生学会(ESHRE)の指針は、PGT-Mの準備として、①病気の原因と確かめられた遺伝子の変化があること、②どの遺伝子のどの変化かが書かれた元の報告書(認定を受けた検査室のもの)、③ご家族の検体、が必要としています[16]。受精卵から取れるDNAはごくわずかで、変化を直接読むだけでは、2本あるうちの片方が読み取れない「アレルドロップアウト」などで判定を誤るおそれがあります。そのため、変化の両側にある目印(STR・SNPなど)で「変化をもつ染色体」を家系の中でたどる方法(ハプロタイプ解析)を組み合わせます。
顕性遺伝の肥大型心筋症では、ご夫婦に加えて、病気のある血縁者少なくとも1人(できれば2人)、および/または発症していない血縁者1人の検体が目安とされています[16]。ご本人の検査結果だけでは、PGT-Mの準備はふつう整いません。血縁者がいない場合、指針は、ご夫婦で目印を調べたうえで、治療周期の受精卵や1個の精子を調べて変化の乗った染色体を決める方法を挙げていますが、できるかどうかは施設や家系の状況で大きく変わり、受けられないこともあります。また、新しく起きた変化(de novo)で、これまでに妊娠歴のないご夫婦では、一般的なハプロタイプ解析の方法は使えないとされています[16]。海外でPGT-Mを考えている方は、ご本人の検査の段階から、検査に協力していただけるご家族(とくに同じ変化をもつ方)がいるかを考えておくことが大切です。当院では、ご家族の遺伝子検査も、遺伝カウンセリングのうえでお受けしています。
臨床遺伝専門医としての判断として、意義がまだわからない変化(VUS)は病気の原因と確かめられていないため、そのままPGT-Mの対象にするのは難しいと考えます。また、海外の施設によって求められる書類や検体は違うので、受ける予定の施設にも前もってご確認ください。
⚠️ PGT-Mは診断ではなく、スクリーニング検査です
受精卵のごく一部の細胞を調べる検査のため、結果が赤ちゃんの状態と食い違うことがあります。ESHREの指針は、多くの施設で誤った結果になる割合は全体で1〜3%まで下げられているとしたうえで、PGTのあとに妊娠したすべての方に出生前診断を提案すべきとしています[17]。当院は、PGT-Mで選んだ胚で妊娠した場合も、妊娠中に赤ちゃんそのものを調べる確定検査(絨毛検査・羊水検査)で確かめることが望ましいと考えています。海外でPGT-Mを受けたあとの妊娠でも、当院でご相談いただけます。
日本では、日本産科婦人科学会の「重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査(PGT-M)」に関する指針(2026年9月改定)にもとづき、症例ごとに学会の審査を受け、そのうえで実施施設の倫理委員会が承認して行われます。指針の「重篤」は、原則として、成人に達する前に日常生活が著しく損なわれる、または生存が危ぶまれる状態になる疾患で、申請の時点で有効な治療法がないか、治療法があっても高度かつ侵襲度の高いものとされています。成人に達する前に生存が危ぶまれるわけではないが日常生活が著しく損なわれる状態が現れる疾患では、その病気の専門医の意見書などを追加で出す仕組みになっています。審査が続いている申請も多く、学会の発表では、2025年7月〜2026年6月の1年間に審査した73件のうち37件が審査継続中でした(2026年9月発表)。
PGT-Mの対象になる病気は、国によって違います。英国では公的機関(HFEA)がPGT-Mを使える病気の一覧を公表しており(2026年9月17日更新の一覧で2,067の病気)、肥大型心筋症の多くの型が載っています。一覧にない病気は、施設を通じて申請し、HFEAが審査します。米国では、PGTを直接規制する連邦や州の法律はなく、主に医師・施設の判断で行われています[18]。米国生殖医学会(ASRM)の倫理委員会は2024年、大人になってから発症する病気に対するPGT-Mも倫理的に許容されうるとする意見を出しています[19]。どの病気がPGT-Mの対象になるかは、国や制度、施設によって違います。同じ病気でも、ある国では対象になり、別の国では個別の審査が必要になることがあります。受ける国の制度と、施設の条件を前もって確かめてください。くわしくは遺伝性疾患をお持ちで海外でPGT-Mを考えている方へで解説しています。
8. 日本の制度(2026年10月時点)
肥大型心筋症は、指定難病(告示番号58)に含まれています。厚生労働省の指定難病一覧(令和8年4月時点)に掲載されており、小児慢性特定疾病情報センターの対象疾病にも、慢性心疾患の「肥大型心筋症」が掲載されています(2026年10月時点で確認)。
医療費の助成を受けるには、それぞれの制度の認定の条件を満たし、申請する必要があります。認定の基準や申請の方法は、難病情報センター・小児慢性特定疾病情報センターや、お住まいの自治体の窓口でご確認ください。
9. 検査の流れ・費用・結果までの日数・検体
検査費用は税込330,000円、結果までは2〜3週間です。検体は血液・唾液・口の内側の粘膜などで、オンライン診療でも受けられます。
ご予約
▶
遺伝カウンセリング臨床遺伝専門医
▶
検体の採取唾液・粘膜・血液
▶
結果のご説明2〜3週間後・マイページへ
💴 費用・日数・検体
※ご夫婦・カップルで同じ検査を同じ日に一緒に受ける場合は、遺伝カウンセリング料が1人分になります(検査費用の割引はありません)。当院の検査・遺伝カウンセリングはすべて自費診療です。
オンライン診療(ビデオ通話での診療)で遺伝カウンセリングを行ったあと、検体を当院にお送りいただく流れです。オンラインの場合は、遺伝カウンセリング料金を事前にお支払いください。この検査は、体の一部の細胞だけにある変化(モザイク)を見つける目的のものではなく、腫瘍の組織での検査には使えません。
遺伝カウンセリングでは、検査で何がわかり、何がわからないか、結果がご家族にとってどういう意味をもつかをご説明します。検査を受けるかどうかは、説明を聞いて納得してから決めていただきます。
10. 院長コラム
🩺 院長コラム【検査をしないと、何も言えない】
私自身、希少な常染色体顕性(優性)遺伝性疾患の当事者です。子どもに病気を受け渡したくない、という遺伝の病気をもつ方の思いはよくわかります。また、お子さんが重い症状で発症したのをきっかけに、ご自身も同じ遺伝子の変化を持っていたとわかり、自分のせいだと責めてしまう親御さんを、何度も見てきました。私の当事者としての話は、遺伝性疾患の当事者として、臨床遺伝専門医になった理由に書いています。
遺伝子の変化は誰にでも起こりうるもので、誰のせいでもありません。肥大型心筋症は、同じ変化をもっていても、発症する年齢も重さも人によって大きく違う病気です。だからこそ、「自分は症状がないから」「親は軽かったから」という印象だけで、ご家族の将来を決めてしまわないでほしいと考えています。
遺伝子検査は、やってみないとわからないことを、何度も経験してきました。検査をしないと何も言えない、というのが私の確固たる考えです。家族歴が濃いものの、ご本人は大学を卒業して会社に勤めていた方が、念のため検査を受けたところ、染色体の微小欠失が見つかったこともあります。こうした経験から、当院では、検査を受けずにリスクだけをご説明することはしておりません。検査をせずにリスクをお伝えするほうが、かえって危険だと考えているためです。
肥大型心筋症では、原因がわかれば、ご家族のうち誰が心臓の検査を続け、誰が卒業できるかがはっきりします。わからないまま悩み続けるより、わかったことから次を考えるほうが前に進める、と考えています。結婚や妊娠を考える方には、出生前診断まで当院で続けて支えられる体制を整えています。どの選択をされても、その選択を尊重します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 肥大型心筋症は遺伝しますか?子どもに遺伝する確率は?
肥大型心筋症の多くは常染色体顕性(優性)遺伝で、親に原因となる変化があれば、お子さん1人ごとに2分の1の確率で受け継がれます。ただし、受け継いでも発症する年齢や重さは人によって違い、家族の検査で見つかった変化をもつ方を追った英国の研究では、15年間で発症した割合は推定46%でした。ファブリー病やダノン病などX連鎖の病気が原因のときは、確率の考え方が変わります。
Q2. 症状のない家族も遺伝子検査を受けたほうがいいですか?
ご本人に病気の原因と確かめられた変化がみつかった場合、ご家族はその変化だけを調べる検査を受けられます。米国のガイドラインでは、同じ変化をもっていないご家族は継続的な心臓の検査が不要とされ、もっているご家族は子どもと思春期で1〜2年ごと、大人で3〜5年ごとの検査が勧められています。症状のない方の検査は発症前の検査になるため、遺伝カウンセリングでよく考えてから決めていただきます。
Q3. 遺伝子検査で原因が見つからないこともありますか?
あります。原因が見つからなくても、肥大型心筋症ではないということにはなりません。今わかっていない遺伝子や、この検査で検出できない変化が原因の可能性があります。この場合、一親等のご家族は年齢に応じた間隔で心臓の検査を続けることになります。
Q4. 肥大型心筋症は長生きできますか?
経過は人によって大きく違い、一律には言えません。症状がないまま過ごす方もいる一方、国際的な患者登録の解析では、サルコメア遺伝子に病的な変化がある方は、ない方に比べて心不全・不整脈などの有害な出来事が起こる危険が約2倍でした。原因の遺伝子を知ることは、定期検査の間隔や治療を考える材料になります。
Q5. 肥大型心筋症でも運動はできますか?
2024年の米国のガイドラインは、軽い〜中くらいの運動は役に立つとし、激しい運動や競技スポーツも一律に禁止せず、専門家と相談して決める方針としています。原因の変化をもっていても発症していない方は、どの強さの競技スポーツにも参加してよいとされています。具体的な運動の範囲は主治医とご相談ください。
Q6. 遺伝子検査の結果で治療は変わりますか?
変わることがあります。肥大型心筋症に見えても、ファブリー病やトランスサイレチン型アミロイドーシスなど原因も治療も違う病気があり、遺伝子でわかればその病気に合わせた治療を相談できます。一方、遺伝子の結果だけで植込み型除細動器(ICD)の必要性を決めることはせず、心臓の検査の結果と合わせて判断します。
Q7. 海外でPGT-Mを受けたいのですが、英語の検査結果はもらえますか?
はい。英語の原本が必要な方には英語版をお渡ししますので、検査の時にお申し出ください。英語版と日本語版の双方を希望される方は、追加料金5,500円で承ります。なお、当院は体外受精・PGT-Mを行っていません。PGT-Mの準備には、ご本人の結果だけでなく、病気のある血縁者などご家族の検体がふつう必要です。
Q8. 肥大型心筋症はNIPTでわかりますか?
MYH7・MYBPC3などによる肥大型心筋症そのものを、NIPTで調べることはできません。ただし、肥大型心筋症を起こすことがあるヌーナン症候群などの遺伝子のうち14遺伝子は、当院のNIPTのダイヤモンドプランとインペリアルプランで、NF1はインペリアルプランで調べられます。当院のNIPTは妊娠9週から受けられ、妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます。
🧬 一度の検査で、ご自身とご家族のこれからを考える
生まれ持った遺伝子は一生変わりません。肥大型心筋症の原因がわかれば、ご自身の治療や運動の相談だけでなく、ご家族の誰が心臓の検査を続け、誰が卒業できるか、そして結婚・妊娠の計画を考える手がかりになります。当院では臨床遺伝専門医が常駐し、検査の前後の遺伝カウンセリングから、ご家族の検査、羊水検査・絨毛検査による出生前診断の相談まで、院内で続けて受けていただけます。
お電話でのお問い合わせ:03-3478-3768
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