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予測的検査(Predictive Testing)とは?将来の発症リスクを「発症前」に知る遺伝学的検査をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

予測的検査(Predictive Testing)とは、いまはまだ症状が出ていない(無症状の)方が、将来ある病気を発症するリスクを「発症する前」に調べる遺伝学的検査です。医学はいま、症状が出てから治す「反応的医療」から、リスクを先に知って備える「予測的医療」へと大きく舵を切りつつあります。ただし、ここで何より大切なのは、予測的検査の結果は「確率」であって「確定診断」ではないということです。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 予測的検査・遺伝カウンセリング・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. 予測的検査とはどのような検査ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 症状が出ていないうちに、将来の発症リスクを調べる遺伝学的検査です。原因を確定する「診断的検査」とは目的が違い、結果は「発症する確率」を示すものです。その情報は本人だけでなく血縁者にも関わるため、検査の前後で遺伝カウンセリングを受けることが世界共通の必須条件とされています。

  • 検査の定義 → 無症状の段階で将来のリスクを予測。症状の原因を確定する診断的検査とは別物
  • 3つの分類 → 発症前診断・易罹患性診断・感受性診断(浸透率と生活習慣の影響で分かれる)
  • 有用性は疾患で二極化 → 予防に直結する病気がある一方、治療法のない病気では慎重な判断が必要
  • 多遺伝子リスクスコア(PRS) → 期待される一方、祖先集団バイアスという大きな課題
  • 倫理と日本の制度 → 知る権利・知らない権利、子どもへの検査、ゲノム医療推進法と保険の自主規制

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1. 予測的検査とは:「反応的医療」から「予測的医療」へ

これまでの医療の多くは、病気の症状が出てから検査をして、診断し、治療する流れでした。これを「反応的医療(Reactive Medicine)」と呼びます。これに対して予測的検査は、まだ症状のない段階で、DNA・RNA・染色体、あるいは特定のタンパク質や代謝産物を調べ、将来その人がある病気を発症するリスクを前もって知ることを目的にしています。リスクが分かれば、こまめな検診(サーベイランス)や生活習慣の見直し、場合によっては予防的な手術や薬による介入によって、病気で苦しむ確率や命を落とす確率を下げられる可能性があります[1]

ここで、似た言葉である「診断的検査(Diagnostic Testing)」との違いを整理しておきましょう。診断的検査は、いま現れている症状の原因をはっきりさせるための検査です。一方で予測的検査は、「まだ起きていない、不確実な未来」についての確率を示します。この性質の違いはとても大切で、予測的検査の結果は「いつ発症するか」「どれくらい重くなるか」までは教えてくれないことがほとんどです。

💡 用語解説:予測的検査と診断的検査の違い

診断的検査は「いまの症状の原因は何か」を確定するための検査です。たとえば、すでに体調を崩している人の病名を突き止めるために行います。
これに対して予測的検査は「症状のない人が将来病気になる確率はどれくらいか」を調べる検査です。結果は確定ではなく確率であり、生活習慣や年齢、家族歴などと合わせて意味を読み解く必要があります。

予測的検査は、遺伝診療の中心にある考え方の一つです。「どの遺伝子を調べるか(遺伝子診断)」「どう受け継がれるか(遺伝形式)」「結果をどう受け止め、どう生きるか(遺伝カウンセリング)」という3つの柱が交わる場所に、予測的検査は位置しています。だからこそ、検査そのものの精度だけでなく、結果が患者さんとご家族の人生にどう影響するかまで含めて考える必要があるのです。

2. 予測的検査の3つのタイプ

予測的検査は、対象となる病気の「遺伝の形」「生活習慣など環境要因の関わりの強さ」、そして浸透率という指標によって、大きく3つに分けられます。発症前診断・易罹患性診断・感受性診断の3つで、この分類は予防の戦略や、ご家族にどう説明するかを決める土台になります[1]

💡 用語解説:浸透率(しんとうりつ)

ある遺伝子の変異を持っている人のうち、実際にその病気を発症する人の割合のことです。たとえば浸透率が90%なら、変異を持つ100人のうち約90人が発症すると考えられます。浸透率が高い病気ほど「変異がある=ほぼ発症する」に近づき、低い病気ほど「変異があっても発症しない人が多い」ことを意味します。予測的検査の結果をどう受け止めるかは、この浸透率の高さによって大きく変わります。

検査のタイプ 浸透率(発症確率) 環境要因の関わり 陽性結果の意味と予防 代表的な病気
発症前診断
(Presymptomatic)
極めて高い(おおむね90%以上) ほとんどなし 陽性ならほぼ発症するが、発症年齢や重症度は予測できない。治療法がない場合は人生設計の指標となる ハンチントン病、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)
易罹患性診断
(Predisposition)
中程度(約20〜80%) 中程度 一般集団より発症リスクが高い。予防的切除や高頻度の検診が有効 遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC・BRCA1/2)、リンチ症候群
感受性診断
(Susceptibility)
低い(約5〜10%) 極めて大きい 多数の遺伝子と生活習慣の複雑な相互作用によるリスク評価。生活改善で予防できる余地が大きい 心疾患、2型糖尿病など多因子疾患

この3つは、下の図のように「遺伝で決まる度合い」と「生活習慣など環境の影響」のバランスで並べると理解しやすくなります。左にいくほど遺伝でほぼ決まり、右にいくほど生活習慣の影響が大きく、予防できる余地が広がります。

発症前診断
遺伝でほぼ決まる(浸透率90%以上)
易罹患性診断
遺伝+環境(20〜80%)
感受性診断
環境の影響が大きい(5〜10%)

3. 検査が役立つ場合・慎重になるべき場合

予測的検査の本当の価値は、検査の精度の高さだけでなく、その結果が実際の健康管理(臨床的有用性)にどれだけ役立つかで決まります。そして有用性は、病気によってはっきりと二極化します。

予防に直結する成功例

代表的な成功例が多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)です。MEN2では小児期から甲状腺髄様がんを高い確率で発症しますが、予測的検査で変異を持つ人を見つけ、発症前に予防的な甲状腺全摘出術を行うことで、がんによる死亡リスクを大きく減らせることが示されています[1]リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)でも、定期的な大腸内視鏡検査によって大腸がんの発生を約62%減らせたという強いエビデンスがあります[1]

乳がん・卵巣がんの5〜10%を占める遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)も同様です。BRCA1BRCA2遺伝子に変異がある方は生涯で最大60〜80%という高い発症リスクを抱えますが、早期に変異を見つけることで、予防的な切除手術やMRIによる厳密な検診を選べるようになり、明確に生存利益につながります[1]

慎重さが求められる場合

一方で、検査の意味が限られる病気もあります。ヘモクロマトーシスでは、過剰な鉄を抜く瀉血(しゃけつ)というシンプルで効果的な治療法があるものの、変異を持つ人が実際に重い症状を出す確率が低いため、検査結果だけで一律に治療を始めると、本来は発症しなかったはずの多くの方に不要な処置を強いることになりかねません[1]

そして最も慎重さが必要なのが、アルツハイマー病やハンチントン病のように、いまのところ根本的な予防法・治療法が確立されていない病気です。将来の発症を告げる陽性結果は、強い不安や絶望感、深刻な心理的トラウマを引き起こすリスクがあります。こうした病気では、検査を受けること自体が医学的判断を超えた「その人の人生観に基づく選択」になり、生殖の計画やライフプランを考えるためにのみ活用されることが多いのです[1]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「知ること」が必ずしも安心ではない】

予測的検査の相談で私がいつも丁寧にお伝えするのは、「結果を知ること」と「安心できること」は別物だということです。予防や早期発見につながる病気なら、知ることは大きな力になります。けれども治療法がまだない病気では、知ったあとにどう生きていくか、という重い問いが残ります。

どちらが正しいということはありません。受けるかどうか、いつ受けるかは、ご本人が自分の人生の文脈の中で決めることです。私たち医師の役割は、結論を誘導することではなく、判断に必要な情報を正確に、そして温かくお渡しすることだと考えています。

4. 多遺伝子リスクスコア(PRS)の可能性と落とし穴

感受性診断の分野で、近年大きく注目されているのが多遺伝子リスクスコア(PRS)です。これは、ゲノム全体に散らばる数千〜数百万のわずかな個人差(SNP)の影響を統計的に足し合わせ、2型糖尿病・虚血性心疾患・前立腺がんといった複雑な病気のリスクを一つの数値にまとめる技術です。たとえば心筋梗塞のリスク評価で、年齢・性別・家族歴・コレステロール値といった従来の指標とPRSを組み合わせると、予防薬(スタチン)を勧めるべき人をより正確に絞り込めることが示されています。

💡 用語解説:多遺伝子リスクスコア(PRS)

一つの遺伝子の変異だけで決まる病気とは違い、生活習慣病などの多くは、たくさんの遺伝子のごく小さな影響が積み重なって発症します。PRS(Polygenic Risk Score)は、その小さな影響を全部足し合わせて「あなたの遺伝的なリスクは平均と比べてどれくらいか」を数値化したものです。ただし高いPRSが出ても、それだけで発症が確定するわけではありません。

しかし、PRSを実際の医療に広く使うには、見過ごせない課題が立ちはだかっています。最大の問題が「祖先集団バイアス」です。

💡 用語解説:祖先集団バイアスと連鎖不平衡(LD)

現在のPRSの多くは、ヨーロッパ系の人々の大規模なデータをもとに作られています。ところが、遺伝子の並び方のパターン(連鎖不平衡=LD)は人類集団によって異なるため、ヨーロッパ系向けに作られたPRSをアジア系やアフリカ系の人に当てはめると、予測の精度が大きく下がることが繰り返し確認されています[4]。これを放置したまま臨床に導入すると、精密医療の恩恵が特定の集団に偏り、すでにある健康格差をさらに広げてしまう危険があります。

もう一つの課題は、結果の伝え方です。PRSの数値は複雑な確率の集まりであり、それを「あなたの生涯発症リスク」として患者さんや臨床医にとって分かりやすく、行動につながる形に翻訳するのは簡単ではありません。計算・解釈・報告のしかたに統一された基準がまだ整っていないことも、現場での混乱や誤解の原因になっています。この問題を解くには、世界中の多様な集団を対象にした研究を強力に進め、データの多様性を確保することが急務とされています。

5. なぜ遺伝カウンセリングが欠かせないのか

予測的検査は、ふつうの血液検査とは次元が違います。結果がその人のアイデンティティや将来の設計に取り返しのつかない影響を与えるため、検査の前後で遺伝カウンセリングを受けることが、すべての国際的なガイドラインで必須とされています[2]。通常は一度きりの診察ではなく、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなど複数の専門家が、複数回に分けて計画的に行います。

検査前:何が分かり、何が分からないか

検査前カウンセリングの一番の目的は、患者さんが自分で納得して決められるよう支えることです。詳しい家族歴をうかがってリスクを評価し、検査で何が分かり、何が分からないか(検査の限界)を徹底的に話し合います。とくに大切なのは、陽性は「確率が高い」ことを示すだけで必ず発症するとは限らないこと、そして陰性でも発症リスクがゼロになるわけではなく、一般の人と同じくらいのリスクは残るという事実です[2]。これを「偽りの安心(false reassurance)を避ける」と言います。

💡 用語解説:発端者(はったんしゃ・プロバンド)

家系の中で最初に病気を発症した人、または最初に医療機関を受診した人のことです。無症状の血縁者に予測的検査を行う場合、発端者で病気の原因となる遺伝子変異が特定されていることが前提になります。原因変異が分かっていないと、血縁者を調べても結果の解釈があいまいになり、予測的検査は推奨されません。その場合は、MRIや心エコー、生化学検査などの遺伝子検査以外の方法で見守ることが検討されます[2]

検査後:心と家族へのケア

結果が出たあとは、心理的なサポートが中心になります。重い病気の変異を受け継いでいると分かったとき、ご本人は強い絶望感を抱えることがあります。反対に、陰性だった場合でも、発症して苦しむ他の家族を前に「自分だけが免れた」という罪悪感(サバイバーズ・ギルト)に苦しむケースも報告されています[2]

さらに遺伝情報は「個人の情報」であると同時に、「血縁者と共有される情報」でもあります。ある一人の結果が陽性であれば、その親・きょうだい・子どもも同じ変異を持つ確率が、常染色体顕性(優性)遺伝の場合で50%あることを意味します。結果を家族に伝えるかどうかは本人の判断に委ねられますが、伝えることで家族間に対立が生じたり、思いがけない事実が明らかになることもあります。医療者は、本人の守秘義務と、予防の恩恵を受けられるかもしれない血縁者の利益との間で、常に難しいバランスを取ることになります[2]

6. 生殖の選択肢:着床前診断(PGT)

予測的検査の結果は、次の世代をどう考えるかという生殖の意思決定にも関わります。遺伝カウンセリングでは、変異を子どもに受け継がせないための選択肢として着床前診断(PGT)が説明されることがあります。これは体外受精(IVF)と組み合わせ、受精卵の段階で遺伝情報を調べ、影響を受けていない胚を子宮に戻す方法です。

💡 用語解説:着床前診断(PGT)

PGT(Preimplantation Genetic Testing)は、体外受精で得た受精卵(胚)の一部の細胞を取り出して遺伝情報を調べ、子宮に戻す前に評価する検査です。調べる対象によっていくつかの種類に分かれます。妊娠してから調べる出生前診断とは違い、妊娠が成立する前の段階で選択ができる点が特徴です。

PGTの種類 目的・対象 位置づけ
PGT-M
(単一遺伝子疾患)
特定の単一遺伝子疾患の原因変異を調べる ハンチントン病やBRCA変異など、親の変異が分かっている場合に適用
PGT-SR
(構造異常)
染色体の転座など構造の再編成を調べる 反復流産や特定の先天性疾患の予防に用いられる
PGT-A
(異数性)
染色体の数の異常を調べる 原因不明の反復流産などに用いられる
PGT-P
(多遺伝子リスク)
複数の遺伝子による多因子疾患のリスク(PRS)を評価 科学的なコンセンサスが不足しており、英国などでは法的に認可されていない

なお、家系の中ですでに原因変異が分かっている場合には、妊娠後に絨毛検査・羊水検査による出生前の遺伝子診断という選択肢もあります。どの方法を選ぶか、あるいは選ばないかは、ご家族の価値観に沿って慎重に話し合うべきテーマです。

7. 子どもへの予測的検査:もっとも慎重な判断

遺伝カウンセリングの中で、最も難しい倫理的判断を伴うのが、無症状の子どもに対する予測的検査です。専門家のガイドラインでは、その病気が小児期に発症し、かつ早期の介入で明確な利益が得られる場合に限って、「子どもの最善の利益」にかなうとして推奨されます[2]

逆に、ハンチントン病や遺伝性乳がんのような「成人になってから発症する病気」を、親の希望だけで無症状の子どもに検査することは、原則として行いません。有効な治療法がない状態で情報を与えることが子どもに心理的な負担をかけるだけでなく、その子が大人になったときに「自分の遺伝的な運命を知る権利」と「知らないままでいる権利」を自分で選ぶ機会を、永久に奪ってしまうからです[2]

💡 用語解説:滴下法(てきかほう・Drip-feed approach)

病気のことを子どもに一度に全部伝えるのではなく、年齢や理解力、興味の段階に合わせて少しずつ情報を渡していく方法です。子ども自身が新しい遺伝情報を受け止め、自分で考えて行動するための土台(足場固め=スキャフォールディング)を、時間をかけて作っていきます。「リスクを伝えること」と「実際に検査をすること」を切り分けるのがポイントで、不安から検査を先延ばしにしたり病気を隠したりするより、家族が適切な支援を受けられるようになります[2]

保因者(病気は発症しないが変異を持つ人)かどうかを調べる検査も、慎重に考えます。X染色体に関連する病気や、浸透率が不完全な常染色体顕性(優性)遺伝の病気では、次の世代に変異を伝える生物学的な責任がその人個人に強く帰属するため、将来の罪悪感やスティグマにつながりかねません。だからこそ、子ども自身が十分に理解して参加できる年齢になるまで、保因者検査を延期する明確な理由があるのです[2]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【子どもの「未来を選ぶ権利」を守る】

「家系にこの病気があるから、子どもも早く調べて安心したい」というご相談は本当に多く、その不安は痛いほど分かります。けれども成人発症の病気については、私はまず「いま検査することが、お子さんにとって本当に利益になるか」を一緒に考えます。

大人になったお子さんが、自分で「知る」「知らない」を選べること。それ自体が、親が守ってあげられる大切な権利だと私は考えています。情報を隠すのではなく、発達段階に応じて少しずつ伝えながら、決断はご本人に残しておく――そのお手伝いをするのが遺伝カウンセリングです。

8. AI解析・VUS・二次的所見:結果の解釈をめぐる現実

次世代シーケンサー(NGS)の普及で、解析されるゲノムデータの量は爆発的に増えました。膨大なデータの中から本当に病気の原因となる変異を見つけ、その意味を解釈する作業は非常に複雑で、近年は人工知能(AI)や機械学習の活用が急速に進んでいます。AIはClinVarなどの公共データベースや世界中の論文を猛烈な速さでスキャンし、既知の病的変異の照合や初期分類を大きく速めてくれます。

💡 用語解説:VUS(意義不明のバリアント)

DNAの配列に変化(バリアント)は見つかったものの、それが病気を引き起こすもの(病的)なのか、それとも無害な個人差(良性)なのか、現在の医学では判断できない変異のことです。Variants of Uncertain Significanceの頭文字をとってVUSと呼ばれます。AIは過去のデータのパターンから学ぶため、データベースにない新しい変異や報告例の少ない希少な変異に出会うと、信頼できる分類ができません。

こうしたあいまいなケースで、AIは科学的な推論や臨床の総合判断において、まだ人間には及びません。VUSを正しく解釈するには、患者さんの精密な家族歴・症状(表現型)・最新の研究文献を批判的に吟味できる「専門家によるキュレーション」が今も欠かせないのです。AIは専門家を置き換えるものではなく、大量の初期フィルタリングを担い、専門家の判断を支える強力な補助ツールとして位置づけられています。

💡 用語解説:二次的所見(Secondary findings)

本来調べたかった目的とは関係なく、検査の過程で偶然見つかる、健康に関わる重要な遺伝情報のことです。たとえば、がんゲノムプロファイリング検査などの網羅的な解析で、別の病気に関わる病的変異が偶発的に見つかることがあります。米国の学会(ACMG)は、医学的な管理で病気の経過を変えられる遺伝子をまとめたリスト(2025年公表のv3.3で84遺伝子)を示しており、こうした所見をどう扱うか(知らせてほしいか/ほしくないか)は、検査の前に話し合って方針を決めておくことが強くすすめられています[3]

日本医学会のガイドライン(2022年改訂)でも、遺伝情報の特性として新たに「あいまい性が内在していること」が加えられました。これは、いまVUSとされている変異が、将来の医学の進歩によって「良性」から「病的」へ、あるいはその逆へと再分類されうることを意味します。医療者はこのあいまい性を踏まえ、解釈が変わりうることを説明したうえで、継続的なフォローアップを行うことが推奨されています[3]

9. 遺伝的差別への不安と、それを防ぐ仕組み

予測的検査の普及を根底から脅かしているのが、遺伝的差別(Genetic Discrimination)への恐怖です。遺伝的差別とは、生まれ持った遺伝情報を理由に、就職や昇進の機会を奪われたり、生命保険・医療保険への加入を断られたり、法外な保険料を求められたりする、不当な取り扱いを指します[5]

💡 用語解説:遺伝的差別とGINA

遺伝情報は「いまの健康状態」ではなく「将来病気になるかもしれない確率」を示すにすぎません。それでも雇用主や保険会社が不当に利用すれば、人生の基盤が脅かされかねません。米国では2008年にGINA(遺伝情報差別禁止法)が成立し、医療保険と雇用の分野で遺伝情報による差別を禁じました[5]。ただし生命保険・長期介護保険などは対象外で、すでに病気が「発症」している場合は保護の対象にならないなど、限界も指摘されています。

差別への恐怖は、検査をためらわせるだけでなく、医学の発展に不可欠なバイオバンクへの検体提供や臨床研究への参加まで妨げ、結果として社会全体の医療の進歩を遅らせる深刻な要因になっています。各国はそれぞれの考え方で、これを防ぐ仕組みを作ってきました。

分野 米国 欧州 英国 日本
主な仕組み 連邦法(GINA) 人権条約(オビエド条約) 政府と業界の協定(ABIコード) 基本法+業界の自主規制(ゲノム医療推進法ほか)
雇用 保護対象 包括的に禁止 該当する明確な規定なし 明示的な禁止規定はなし
医療保険 保護対象 包括的に禁止 該当する明確な規定なし 国民皆保険
生命保険 対象外 包括的に禁止 一部例外を除き保護 業界の自主規制

欧州では、1997年に採択されたオビエド条約が、人間の尊厳を守る国際的に法的拘束力のある枠組みとして、遺伝的遺産を理由とする差別を禁じ、予測的検査を医療や研究の目的に限って認めています[6]。英国では法律による全面禁止ではなく、保険業界とのABIコードという協定で、原則として予測的検査の結果を保険の引受に使わない実務的な運用が続いています(ハンチントン病の高額な生命保険など限られた例外あり)。

日本では長く独自の法律がありませんでしたが、2023年6月に「ゲノム医療推進法」が成立し、その第3条で「先天的なゲノム情報による不当な差別の防止」が初めて明記されました[7]。ただし、この法律は基本理念を定めるにとどまり、米国のGINAのような具体的な禁止事項や強い罰則を伴っていないという限界も指摘されています。さらに詳しい背景は「ゲノムとは」のページでも解説しています。

保険分野では、生命保険協会が2022年5月に、「発症前遺伝学的検査や易罹患性検査の結果は収集・利用しない」とする明確な方針を公表しました[8]。つまり、ハンチントン病の予測的検査やBRCA変異が陽性という「予測的な事実」だけを理由に、加入を断られたり不利な条件をつけられたりすることはない、と業界全体で合意されています。ただし、検査の結果すでにがんなどが「発症」していると分かった場合は、ほかの通常の医療情報と同じく告知の対象になります。金融庁も相談窓口の設置などを通じて、国民の不安払拭と公平性のバランスをとろうとしています[9]

よくある質問(FAQ)

Q1. 予測的検査と、ふつうの検査(診断的検査)はどう違うのですか?

診断的検査は、いま出ている症状の原因をはっきりさせるための検査です。一方、予測的検査は症状のない人が将来病気になる確率を調べるもので、結果は「確定」ではなく「確率」を示します。だからこそ、年齢・家族歴・生活習慣と合わせて意味を読み解き、遺伝カウンセリングを受けることが大切になります。

Q2. 「陽性」だったら、必ず病気になるのですか?

病気によって異なります。浸透率の高い発症前診断(ハンチントン病など)では発症がほぼ確実とされますが、それでも発症する年齢や重症度までは予測できません。易罹患性診断や感受性診断では、陽性は「一般の人よりリスクが高い」ことを意味するだけで、必ず発症するわけではありません。また陰性でも、リスクが完全にゼロになるわけではない点に注意が必要です。

Q3. 治療法がない病気でも、検査を受ける意味はありますか?

これは一概に言えない、とても個人的な問いです。治療法がまだない病気では、結果を知ることが強い心理的負担になる可能性があります。一方で、人生設計や生殖の計画を考えるために、あえて知ることを選ぶ方もいます。どちらが正しいということはなく、受けるか・いつ受けるかはご本人が決めることです。医師は中立の立場で、判断に必要な情報を提供します。

Q4. 多遺伝子リスクスコア(PRS)はどこまで信頼できますか?

PRSは精密医療の次のフロンティアとして期待される一方、現時点では課題も残ります。多くのPRSがヨーロッパ系のデータをもとに作られているため、アジア系など他の集団に当てはめると精度が下がる「祖先集団バイアス」が知られています。また、計算や解釈の統一された基準がまだ整っていないため、PRS単独の予測力は一般集団では限定的です。臨床で使う際は、従来のリスク評価と組み合わせて慎重に解釈する必要があります。

Q5. 子どもに予測的検査を受けさせることはできますか?

病気の性質によります。小児期に発症し、早期の介入で明確な利益が得られる病気なら推奨されます。しかし、ハンチントン病や遺伝性乳がんのような成人発症の病気を、親の希望だけで無症状の子どもに検査することは原則として行いません。子どもが大人になったときに「知る・知らない」を自分で選ぶ権利を守るためです。詳しくは未成年者の遺伝学的検査のページをご覧ください。

Q6. 検査結果は家族にも影響しますか?

はい。遺伝情報は本人だけのものではなく、血縁者と共有される情報でもあります。ある人の結果が陽性であれば、親・きょうだい・子どもも同じ変異を持つ確率が、常染色体顕性(優性)遺伝の場合で50%あります。結果を家族に伝えるかどうかは本人の判断ですが、伝え方や時期について遺伝カウンセリングで一緒に考えることができます。

Q7. 遺伝情報を理由に、保険や就職で差別されませんか?(日本の状況)

日本では2023年にゲノム医療推進法が成立し、不当な差別の防止が基本理念として明記されました。生命保険協会も2022年に、発症前遺伝学的検査や易罹患性検査の結果は収集・利用しないと公表しています。ただし、検査の結果すでに病気が発症していると分かった場合は、ほかの医療情報と同じく告知の対象になります。不安がある場合は、検査の前に遺伝カウンセリングで相談しておくと安心です。

Q8. どんなときに予測的検査を考えるとよいですか?どこに相談すればいいですか?

血縁者に若くして発症した方が多い、特定の病気が家系に集中している、家族で原因となる遺伝子変異がすでに分かっている――といった場合は、予測的検査を検討する一つのきっかけになります。ただし「受けるべきか」自体が大切な相談内容です。まずは臨床遺伝専門医のいる医療機関で遺伝カウンセリングを受け、ご自身やご家族にとっての意味を整理することをおすすめします。

🏥 予測的検査・遺伝カウンセリングのご相談

「将来の発症リスクを知るべきか」という問いも含めて、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

関連記事

参考文献

  • [1] The complexities of predictive genetic testing. PMC. [PMC1120190]
  • [2] Predictive testing — Knowledge Hub. NHS Genomics Education Programme. [NHS Genomics Education]
  • [3] 日本医学会. 医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン. [日本医学会]
  • [4] Current clinical use of polygenic scores will risk exacerbating health disparities. PMC. [PMC6563838]
  • [5] Genetic Discrimination. National Human Genome Research Institute (NHGRI). [NHGRI]
  • [6] Oviedo Convention and its Protocols — Human Rights and Biomedicine. Council of Europe. [Council of Europe]
  • [7] The Dawn of a New Era in Genomic Medicine in Japan: The Genome Medicine Promotion Act. Stanford Law School. [Stanford Law]
  • [8] 生命保険とゲノム医療. 厚生労働省. [厚生労働省]
  • [9] ゲノム情報による不当な差別等への対応の確保(保険分野における対応). 金融庁. [金融庁]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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