目次
着床前診断(ちゃくしょうぜんしんだん)とは、体外受精でできた胚(受精卵が育ったもの)から一部の細胞を採り、子宮に戻す前に染色体や遺伝子を調べる検査の総称です。英語ではpreimplantation genetic testing(PGT)と呼ばれ、調べる内容によってPGT-A・PGT-SR・PGT-Mの3種類に分かれます。以前は「PGS(着床前スクリーニング)」「PGD」という呼び方が使われていましたが、現在は国際的にPGTへ整理されています。この記事では、着床前診断で何がわかり何がわからないのか、出生前診断とどう違うのか、日本ではどのような人が対象になるのかを、臨床遺伝専門医の立場から、検査の限界も含めて解説します。

Q. 着床前診断とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 体外受精で得た胚の細胞の一部を調べ、染色体の数や構造、特定の遺伝子の変化がないかを、子宮に戻す前に確認する検査です。妊娠が成立する前に行う点が、妊娠後に胎児を調べる出生前診断との最大の違いです。ただし、調べているのは将来胎盤になる部分の数個の細胞であり、結果は胎児の確定診断ではありません。そのため国際的な指針では、着床前診断を受けて妊娠した方にも、妊娠後の出生前検査の選択肢を提示することが求められています。
- ➤3つの種類 → 染色体の数を見るPGT-A、転座など構造の異常を見るPGT-SR、単一遺伝子疾患を見るPGT-M
- ➤PGSとの関係 → PGS(着床前スクリーニング)はPGT-Aの旧称。PGT-Aは着床前診断の一種
- ➤検査の仕組み → 胚盤胞の栄養外胚葉から5〜10個の細胞を採り、胚は凍結して結果を待つ
- ➤限界 → モザイクや判定不能があり、正常胚を移植しても妊娠・出産は保証されない
- ➤日本の対象 → 学会の見解・細則に基づき実施。2025年9月にPGT-Aの対象へ「女性が高年齢(35歳以上が目安)の不妊症」が加わった
🧬 着床前診断の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・英語名 | ちゃくしょうぜんしんだん/preimplantation genetic testing(PGT)。「着床前検査」「着床前遺伝学的検査」とも呼ばれる |
| 定義 | 体外受精で得た胚の細胞の一部を用い、移植前に染色体や遺伝子を調べる検査の総称 |
| 種類 | PGT-A(染色体の数)/PGT-SR(染色体の構造)/PGT-M(単一遺伝子疾患) |
| 検体 | 主に胚盤胞(受精後5〜7日目)の栄養外胚葉(将来胎盤などになる部分)から採った5〜10個の細胞[2] |
| 前提となる治療 | 体外受精(顕微授精を含む)。自然妊娠では行えない |
| 日本での運用 | 日本産科婦人科学会の見解・細則に基づき、承認された施設で実施[11][12] |
| 妊娠後の検査 | 着床前診断は確定診断ではないため、妊娠後の出生前検査(NIPT・羊水検査など)の選択肢が提示される[1] |
※本記事は用語解説です。特定の治療や検査を勧めるものではありません。
1. 着床前診断(PGT)とは ─ 妊娠前に胚を調べる検査
着床前診断とは、体外受精でつくられた胚から細胞の一部を採取し、染色体や遺伝子を調べたうえで、子宮に移植する胚を選ぶための検査です。「着床」とは、胚が子宮の内膜に潜り込んで妊娠が成立することを指します。その「前」に行う診断なので、着床前診断と呼ばれます。
この検査は体外受精が前提です。卵子と精子を体の外で受精させ、培養している胚からでなければ細胞を採れないためです。着床前診断による世界で最初の妊娠は1990年に報告され、日本では1998年に日本産科婦人科学会(以下、学会)が見解を示し、重篤な遺伝性疾患を対象とする検査が臨床研究として始まりました[18]。その後、転座などの染色体構造異常による習慣流産(2006年)、染色体の数の異常(2015年からの特別臨床研究)へと対象が広がり、現在は学会の見解・細則のもとで医療として行われています[18]。
国際的には、以前使われていたPGD(着床前遺伝子診断)とPGS(着床前スクリーニング)という用語は、PGT(preimplantation genetic testing)という総称に置き換えられています[1]。現在は、「着床前診断」=PGT全体を指す言葉として理解するのが正確です。
着床前診断でわかること・わからないこと
着床前診断でわかるのは、検査の種類ごとに決められた項目だけです。PGT-Aでは胚の染色体の本数に過不足がないか、PGT-SRでは親の転座などに由来する染色体の部分的な過不足がないか、PGT-Mでは家族で特定されている単一遺伝子疾患の原因となる変化を受け継いでいるかを調べます[1][3]。
一方で、着床前診断は「健康な赤ちゃんかどうか」をすべて調べる検査ではありません。PGT-Aでは、単一遺伝子疾患や、ごく小さな染色体の欠失・重複はわからないか、検出に限界があります。心臓などの形の異常のように、染色体や遺伝子の検査では判断できない先天性の病気もあります。また、調べているのは胚全体ではなく一部の細胞であるため、検査結果と胎児の実際の状態が一致しない可能性も残ります(詳しくは5章)。
💡 用語解説:胚と胚盤胞
受精卵が細胞分裂を繰り返して育ったものを「胚」と呼びます。受精後5〜7日ほどで、中に空洞をもつ胚盤胞という段階になります。胚盤胞には、将来赤ちゃんの体になる内細胞塊と、胎盤や膜になる栄養外胚葉という2種類の細胞のかたまりがあります。現在の着床前診断の多くは、この栄養外胚葉から細胞を採って調べます。
出生前診断との違い
着床前診断は妊娠前に「胚」を調べ、出生前診断は妊娠後に「胎児」を調べます。どちらも赤ちゃんの染色体や遺伝子を調べる点は共通していますが、時期・対象・結果の確かさが大きく異なります。
📊 着床前診断と出生前診断の違い
| 項目 | 着床前診断(PGT) | 出生前診断 |
|---|---|---|
| 時期 | 妊娠成立前(胚移植の前) | 妊娠成立後 |
| 対象 | 体外受精で得た胚 | おなかの中の胎児 |
| 前提 | 体外受精が必要 | 自然妊娠・体外受精のどちらでも可能 |
| 主な方法 | 栄養外胚葉の生検+遺伝学的解析 | NIPT(母体血)・超音波検査などの非確定的検査、絨毛検査・羊水検査などの確定検査 |
| 結果の位置づけ | 胎盤側の数個の細胞の結果で、胎児の確定診断ではない | NIPTは非確定的検査、羊水検査などは確定検査 |
| 日本での対象 | 学会の細則で定められた夫婦に限られる | 検査の種類ごとに異なる |
この違いから、両者は「どちらか一方を選ぶ」関係ではありません。着床前診断を受けて妊娠した場合でも、妊娠後にNIPT(新型出生前診断)や確定検査を検討する意味が残ります。この点は6章で詳しく説明します。
2. 着床前診断の3つの種類:PGT-A・PGT-SR・PGT-M
着床前診断は、調べる内容と目的によってPGT-A・PGT-SR・PGT-Mの3種類に分けられます。同じ「着床前診断」でも、対象となる夫婦、検査方法、日本での審査の仕組みがそれぞれ異なります[1]。
🧪 着床前診断の3つの種類
| 種類 | 調べるもの | 主な目的・対象 | 日本での運用 |
|---|---|---|---|
| PGT-A (着床前胚染色体異数性検査) |
染色体の数の過不足(異数性) | 移植不成功や流死産を繰り返す不妊症の夫婦、女性が高年齢の不妊症の夫婦 | 学会の細則に基づき、承認施設で実施 |
| PGT-SR (着床前胚染色体構造異常検査) |
転座などに由来する染色体の部分的な過不足 | 夫婦のどちらかに染色体構造異常がある場合 | 学会の細則に基づき、承認施設で実施 |
| PGT-M (単一遺伝子疾患の着床前検査) |
家族で特定されている遺伝子の変化 | 重篤な単一遺伝子疾患を子に伝える可能性がある夫婦 | 学会が症例ごとに審査 |
PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)
PGT-Aは、胚の染色体の本数に過不足がないかを調べる検査です。ヒトの細胞は通常46本(23対)の染色体をもちますが、本数が1本多いトリソミーや1本少ないモノソミーなど、本数が変化した状態を染色体の数的異常(異数性)と呼びます。異数性をもつ胚の多くは、着床しないか、着床しても流産に至ります。一部は、ダウン症候群(21トリソミー)のように出生に至る場合があります。
異数性の多くは、卵子ができる過程の減数分裂で染色体がうまく分かれない染色体不分離によって生じ、女性の年齢とともに増えることが知られています[4]。PGT-Aは、こうした胚を移植前に見分け、胚移植あたりの妊娠率を高めたり流産を減らしたりすることを目的としています。PGT-Aの詳しい成績や費用の考え方は、PGT-Aとは?費用・成功率・限界を解説で解説しています。
PGT-SR(着床前胚染色体構造異常検査)
PGT-SRは、夫婦のどちらかが染色体の構造異常をもつ場合に行う検査です。代表的なのは、染色体の一部が別の染色体とつながり替わっていても、遺伝情報の総量に過不足がない均衡型構造異常です。相互転座やロバートソン転座がその例です。本人は健康でも、卵子や精子ができるときに遺伝情報の一部が過剰または不足した「不均衡型」の胚ができやすく、流産を繰り返す原因になります。PGT-SRは、このような不均衡型の胚を移植前に見分けるための検査です。詳しくはPGT-SR(着床前胚染色体構造異常検査)とはをご覧ください。
PGT-M(単一遺伝子疾患の着床前検査)
PGT-Mは、夫婦が重篤な単一遺伝子疾患を子に伝える可能性がある場合に、その原因となる遺伝子の変化を胚が受け継いでいるかを調べる検査です。家族ごとに原因となる変化が異なるため、検査はそれぞれの家族に合わせて設計されます。日本では、学会が症例ごとに実施の可否を審査する仕組みがとられています[13]。PGT-Mの仕組みや倫理的課題は、着床前遺伝学的検査(PGT-M)とはで詳しく解説しています。
3. 用語の整理:PGD・PGS・PGT・着床前検査・着床前スクリーニングの違い
PGT-Aは着床前診断の一種であり、「PGS(着床前スクリーニング)」はPGT-Aの旧称です。着床前診断に関する言葉は、時代とともに呼び方が変わってきたため、同じ検査が複数の名前で呼ばれることがあります。
📖 着床前診断に関する用語の対応
| 用語 | 意味 | 現在の呼び方 |
|---|---|---|
| 着床前診断・着床前検査・着床前遺伝学的検査 | 胚を移植前に調べる検査全体 | PGT(総称) |
| PGD(着床前遺伝子診断) | 主に遺伝性疾患の保因者などを対象に、特定の遺伝子や染色体の異常を調べる検査 | PGT-M、PGT-SR |
| PGS(着床前スクリーニング) | 主に不妊症・不育症の夫婦の胚について、染色体の数の異常を網羅的に調べる検査 | PGT-A |
※国際的な用語改訂(2017年)以降、PGD・PGSはPGTに置き換えられています[1]。
このように、「着床前診断」と「PGT-A」は同じ意味ではありません。PGT-Aは着床前診断のうち染色体の数を調べる検査を指し、ほかにPGT-SRとPGT-Mがあります。インターネット上では「着床前診断=PGT-A」「着床前診断=PGS」として説明されていることがありますが、PGT-Aの成績や限界を、PGT-MやPGT-SRにそのまま当てはめることはできません。情報を読むときは、どの種類の検査についての説明かを確認することが大切です。
4. 着床前診断の仕組み:胚盤胞の生検から結果まで
現在の着床前診断の多くは、胚盤胞まで育てた胚の栄養外胚葉から数個の細胞を採り、胚を凍結している間に遺伝学的な解析を行い、結果に基づいて移植する胚を選ぶという流れで行われます。全体の流れは次の通りです。
胚盤胞の栄養外胚葉を調べる理由
着床前診断の細胞の採り方(生検)には、卵子の極体、受精後3日目ごろの胚の細胞(割球)、胚盤胞の栄養外胚葉の3つがあります。このうち現在最も広く行われているのが、胚盤胞の栄養外胚葉生検です[2]。
栄養外胚葉生検には、2つの利点があります。1つは、将来赤ちゃんの体になる内細胞塊には触れず、胎盤などになる部分から細胞を採ることです。もう1つは、複数の細胞を採れるため解析に使えるDNAが多く、判定不能になる割合が低いことです。欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)の推奨では、栄養外胚葉から5〜10個の細胞を採ることとされ、判定不能の割合は5%未満と見込まれています[2]。生検は受精後5〜7日目に行い、結果が出るまでに時間がかかるため、胚は生検後にほぼ必ず凍結保存されます[2]。
生検が胚に与える影響については、現時点で生検によって新生児の有害な転帰が増えるという示唆はないとされています。ただし、生殖補助医療や着床前診断の長期的な影響については、まだ十分なデータがそろっていないことも明記されています[1]。日本の先進医療として行われたPGT-Aの研究では、PGT-Aを実施した344例・1,253個の胚で、生検による胚の損傷は報告されませんでした[15]。
解析方法(全ゲノム増幅・次世代シークエンサー)
数個の細胞に含まれるDNAはごくわずかなため、まず全ゲノム増幅(WGA)という方法でDNAを増やしてから解析します[2]。PGT-AやPGT-SRでは、増幅したDNAを次世代シークエンサー(NGS)などで読み取り、染色体ごとのDNAの量を基準と比べることで、染色体の数や部分的な過不足を推定します[14]。PGT-Mでは、家族の検体を使って事前に準備した方法で、原因となる遺伝子の変化やその周辺の目印(マーカー)を調べます[1]。
ここで知っておきたいのは、NGSによるPGT-Aは染色体を1本ずつ目で見る検査ではなく、DNAの量から染色体の本数を推定する検査だということです。このため、正常な細胞と異常な細胞が混ざっている場合には、中間的な値として検出されることがあります。これが次に説明する「モザイク」の判定につながります。
結果の読み方(学会の胚診断指針)
日本のPGT-A・PGT-SRの結果は、学会の胚診断指針に基づき、A〜Dの4つの判定に分類されます。
📋 PGT-A・PGT-SRの判定区分(学会の胚診断指針に基づく)
| 判定 | 意味 | 移植の考え方 |
|---|---|---|
| A | 常染色体が正倍数性(本数に過不足がない。均衡型転座を含む) | 移植の候補 |
| B | 常染色体の数的・構造的異常をもつ細胞と正倍数性の細胞が混在するモザイク | 遺伝カウンセリングを受けて個別に検討 |
| C | 常染色体の異数性、または不均衡型の構造異常 | 原則として移植の対象としない |
| D | 解析結果の判定が不能 | 施設の方針とカウンセリングにより検討 |
※性染色体の解析情報は、原則として検査機関から実施施設には通知されません。性染色体に変化がある場合には通知されます[16]。
学会の全国研究では、生検された胚盤胞42,529個のうち、正倍数性(A)が25.5%、モザイク(B)が11.7%、異数性(C)が61.7%でした。胚生検を行った採卵周期のうち、正倍数性の胚が1個以上得られたのは38.3%でした[4]。つまり、この研究の対象となった集団では、約6割の採卵周期で移植できる正倍数性の胚が得られなかったことになります。ただし、この研究の対象は反復着床不全・反復流産・染色体構造異常のある夫婦に限られており、個人がこの確率に当てはまるわけではありません。
5. 着床前診断の限界と「正常胚」の意味
着床前診断で「正常」と判定された胚は、検査した項目に異常が見つからなかった胚という意味であり、妊娠・出産や健康を保証するものではありません。検査には生物学的・技術的な限界があり、PGT-Aが患者あたりの出産率を高めるかどうかについても、現時点では証明されていません。
モザイク胚と限局性胎盤モザイク
1つの胚の中に、染色体の数が正常な細胞と異常な細胞が混在している状態をモザイクと呼びます。着床前の胚では、受精後の細胞分裂の誤りによってモザイクが生じることがあります。問題は、生検で採るのが栄養外胚葉の数個の細胞に限られることです。採った細胞が、胎児になる内細胞塊の状態を正しく代表しているとは限りません。
米国生殖医学会(ASRM)の見解によると、PGT-Aでモザイクと報告される割合は検査室によって2%から20%超までと幅があります。さらに、同じ検体でも検査室の方法や基準によって「高頻度モザイク」「異数性」「正倍数性」と判定が分かれうるとされています[8]。モザイクと判定された胚からの出生例も報告されており、モザイクの判定をどのように解釈し移植に用いるかは、現在も議論が続いています[8]。
これと似た現象は、妊娠後にも見られます。染色体の異常が胎盤にだけ存在し、胎児には存在しない状態を限局性胎盤モザイクと呼びます。逆に、胎盤側に異常がなく胎児側に異常があることもありえます。栄養外胚葉は胎盤になる部分なので、着床前診断の結果と胎児の実際の染色体が食い違う可能性は、原理的に否定できません。
正常胚でも着床しない・流産する理由
正倍数性(A判定)の胚を移植しても、着床しない場合や流産する場合があります。学会の全国研究では、胚移植6,080回のうち、胚移植あたりの臨床妊娠率は68.8%、継続妊娠率は56.3%、妊娠あたりの流産率は10.4%でした[4]。これらは研究全体の胚移植あたりの成績であり、A判定胚だけの成績を示す数値ではありません。正倍数性と判定された胚でも、着床しない場合や流産する場合があります。
その理由としては、胚の染色体の数以外の要因(検査では見えない遺伝子の変化や胚の発育能力など)、モザイクや判定の限界といった検査側の要因、子宮内膜の状態などの母体側の要因が関わりうると考えられています。ただし、個々の着床不全や流産について、どの要因がどの程度関わったかを特定することは多くの場合困難です。流産全体で見ると、妊娠初期の流産の約50%は胎児の染色体異常によるとされ[10]、残りの流産には染色体異常以外の原因が関わっています。このため、PGT-Aを行っても、流産を完全に避けられるわけではありません。
エビデンス:わかっていること・わかっていないこと
PGT-Aの有効性は、研究の対象や評価のしかたによって結論が異なります。とくに重要なのは、「胚移植1回あたりの成績」と「採卵を始めた患者あたりの最終的な出産率(累積出生率)」を区別して考えることです。
🔬 PGT-Aについての主なエビデンス
| 研究・見解 | 内容 |
|---|---|
| 多施設ランダム化比較試験(2021年) | 良好な胚盤胞が3個以上ある女性で、累積出生率は通常の体外受精81.8%、PGT-A 77.2%。通常の体外受精はPGT-Aに劣らなかった。臨床的な妊娠喪失は8.7%(PGT-A)と12.6%(通常)[5] |
| 多施設ランダム化比較試験(2019年) | 予後が良好な25〜40歳の患者で、妊娠20週時点の継続妊娠率に有意差はなかった[6] |
| ASRM・SART見解(2024年) | 体外受精を受けるすべての患者へのルーチンのスクリーニング検査としての価値は示されていない。流産リスクを下げる価値も不明確[7] |
| 日本生殖医学会ガイドライン | PGT-Aを併用しても累積妊娠率・累積出生率を改善する明確な証拠はない。反復流産例で流産回避を目的とする場合には有用[17] |
これらを総合すると、PGT-Aは移植に適さない可能性が高い胚を避け、移植あたりの成績を高める手段にはなりうる一方で、体外受精を受けるすべての人に一律に勧められる検査ではなく、最終的に出産できる確率そのものを上げるとは証明されていないと整理できます。高年齢の女性や反復流産の方など、対象を絞った集団での有用性については、現在も研究が続いています。
6. PGT-Aで正常と判定されても妊娠後の出生前検査が勧められる理由
着床前診断は胎児の確定診断ではないため、着床前診断を受けて妊娠した場合にも、妊娠後の出生前検査の選択肢が提示されます。ESHREの推奨は、着床前診断の後に妊娠したすべての女性に出生前診断を提示すべきだとしています。提示すべき選択肢には、絨毛検査・羊水検査といった確定検査と、超音波検査・母体血を用いるNIPTといった非侵襲的な検査が含まれます[1]。
その理由は、ここまで説明してきた限界にあります。
- 生検部位の問題:調べたのは胎盤になる栄養外胚葉の数個の細胞で、胎児そのものではない
- モザイクの問題:胚の中に正常な細胞と異常な細胞が混在していると、採った細胞によって結果が変わりうる
- 誤診の可能性:採取した細胞と胚全体の状態が一致しない可能性や、検査工程に伴う誤判定の可能性があり、各施設は自施設の検査精度を把握する必要がある[1]
- 検査範囲の問題:PGT-Aでは単一遺伝子疾患や微細な欠失・重複はわからないか、検出に限界がある
米国産科婦人科学会(ACOG)も、母体年齢やリスクにかかわらず、すべての妊婦に出生前のスクリーニング検査と確定検査の選択肢を提示するよう推奨しています[9]。NIPTは代表的な染色体の数的異常について感度・特異度が高いスクリーニング検査ですが、確定検査とは同等ではなく、陽性の場合は確定検査での確認が必要です[9]。
妊娠後の検査を受けるかどうかは、夫婦が十分な説明を受けたうえで決めることであり、受けない選択もあります。大切なのは、「着床前診断を受けたからダウン症候群などの可能性はゼロになった」と理解しないことです。ダウン症候群(21トリソミー)はPGT-Aで検出の対象となる異数性の1つですが、上記の限界があるため、妊娠後の検査にも意味があります。着床前診断とNIPTの違いは、着床前診断でダウン症は防げる?NIPTとの違いと限界でも詳しく解説しています。
🩺 院長コラム【「正常胚」という言葉の範囲】
PGT-Aの結果で使われる「正常胚」という言葉は、正確には「検査した範囲で、対象とした染色体に数の過不足が見つからなかった胚」を意味します。遺伝医学では、検査結果を解釈するとき、「何を調べて、何を調べていないか」を常にセットで考えます。着床前診断は、調べた範囲については重要な情報を与えてくれる検査ですが、調べていない範囲については何も語りません。
だからこそ、着床前診断と妊娠後の出生前検査は、どちらかがどちらかを置き換える関係ではなく、異なる時点で異なる対象を調べる、互いに補い合う検査だと考えるのが医学的に正確です。
7. 日本での位置づけ:受けられる人・費用・性別の扱い
日本の着床前診断は法律ではなく、学会の見解・細則に基づいて運用されており、対象となる夫婦と実施施設が定められています。誰でも希望すれば受けられる検査ではありません。
受けられる人
PGT-Aの対象は、2025年9月の学会細則の改定により、次のいずれかに該当する夫婦となりました[11][12]。
- 反復する体外受精・胚移植の不成功の既往がある不妊症の夫婦
- 反復する流死産の既往がある夫婦
- 女性が高年齢の不妊症の夫婦(2025年9月時点では、女性年齢は35歳以上が目安)
35歳以上の不妊症が加わった背景には、卵子の染色体異常(異数性)が女性の年齢とともに増えることがあります[4]。ただし、この新しい対象集団でPGT-Aがどの程度有効かについては、今後のデータの蓄積が必要です。
PGT-SRは、夫婦のいずれかに染色体構造異常がある場合が対象です。流産を繰り返す場合には、まず夫婦の染色体検査で構造異常の有無を確認することが、PGT-SRを検討する前提になります。PGT-Mは、重篤な遺伝性疾患を対象に、学会が症例ごとに審査したうえで実施されます[13]。
費用・保険・先進医療・助成の枠組み
PGT-Aは原則として公的医療保険の適用外(自費)ですが、一部の施設では「先進医療」として、保険診療の体外受精と併用できる場合があります。費用の考え方は、次の3段階で整理すると理解しやすくなります。
- 原則は自費:PGT-Aは保険適用外です。日本では保険診療と自費診療を同じ治療の中で組み合わせる「混合診療」が原則として認められていないため、先進医療の枠外でPGT-Aを行う場合、採卵から移植までの一連の治療が自費になるのが一般的です。
- 先進医療での保険併用:PGT-Aは臨床研究として先進医療に位置づけられ、実施施設・対象・期間を限って保険診療の体外受精と併用できる場合があります。厚生労働省の2025年の資料では、徳島大学病院が申請した着床前胚異数性検査が先進医療Bとして「適」と評価されています。ただし、対象となる患者や実施施設には条件があります[14]。
- 自治体の助成:東京都などには、保険診療と併用して自費で行った対象の先進医療の費用の一部を助成する制度があります[19]。助成は先進医療として行われることが前提で、区市町村が独自に上乗せする場合もあります。
⚠️ 費用・制度は時期と施設で変わります
先進医療として実施できる施設、受付の状況、費用、助成の条件や上限額は、年度や施設によって変わります。本記事では具体的な金額を記載していません。最新の情報は、治療を受ける生殖医療施設と、お住まいの自治体に確認してください。費用やデメリットの考え方は着床前診断(PGT)の検査費用やデメリットでも解説しています。
性別の判定・産み分けについて
日本の学会の運用では、着床前診断を性別の選択(産み分け)のために行うことは認められていません。PGT-Aでは性染色体も解析されますが、その情報は原則として検査機関から実施施設に通知されません。性染色体に何らかの変化が認められた場合にのみ通知され、必要に応じて遺伝カウンセリングのもとで扱われます[16]。
海外では国や地域によって性別の扱いが異なり、ESHREも性別の開示は各国の法規制の範囲内で扱うべき事項としています[1]。インターネット上には海外での検査を仲介するサービスの情報もありますが、日本の学会の枠組みの外で行われるものであり、検査の質や結果の扱い、妊娠後のフォローについて同じ基準が保証されるわけではない点に注意が必要です。
8. 着床前診断を検討するときの相談先
着床前診断を検討するときは、生殖医療施設での説明に加えて、遺伝カウンセリングで検査の意味と限界を確認することが勧められています。学会の細則では、検査の実施前と、結果が判明した胚を移植する前のそれぞれの時点で、臨床遺伝の専門的な知識をもつ医師が遺伝カウンセリングを行い、夫婦の意思決定を支援することが定められています[16]。
遺伝カウンセリングでは、たとえば次のような点を整理します。
- 自分たちの状況で、どの種類の着床前診断が対象になるのか
- 検査でわかること・わからないこと、判定不能やモザイクの可能性
- 移植できる胚が得られない可能性を含めた、現実的な見通し
- 妊娠した場合の出生前検査の選択肢
- 着床前診断以外の選択肢(検査を行わない体外受精、妊娠後の出生前検査など)
ESHREも、遺伝カウンセリングは臨床遺伝専門医または遺伝カウンセラーが行い、夫婦が自ら結論に至れるよう非指示的に、すべての選択肢を示すべきとしています[1]。着床前診断そのものは生殖医療施設で行われる検査です。一方で、検査結果の意味や妊娠後の出生前検査については、臨床遺伝専門医に相談することで、遺伝医学の立場から整理することができます。
よくある質問(FAQ)
Q1. PGT-Aとは着床前診断のことですか?
PGT-Aは着床前診断(PGT)の一種です。着床前診断にはPGT-A(染色体の数)、PGT-SR(染色体の構造)、PGT-M(単一遺伝子疾患)の3種類があり、PGT-Aはそのうち胚の染色体の数の過不足を調べる検査を指します。以前はPGS(着床前スクリーニング)と呼ばれていました。
Q2. 着床前診断でダウン症はわかりますか?
ダウン症候群(21トリソミー)はPGT-Aで検出の対象となる染色体の数の異常の1つです。ただし、調べるのは将来胎盤になる部分の数個の細胞であり、モザイクや誤診の可能性があるため、胎児の確定診断にはなりません。そのため、着床前診断の後に妊娠した場合にも、妊娠後の出生前検査の選択肢が提示されます。
Q3. 着床前診断で性別は教えてもらえますか?
日本の学会の運用では、着床前診断を性別の選択のために行うことは認められていません。PGT-Aでは性染色体も解析されますが、その情報は原則として検査機関から実施施設に通知されず、性染色体に何らかの変化がある場合にのみ通知されます。
Q4. 着床前診断に保険や助成金は使えますか?
PGT-Aは原則として保険適用外の自費診療です。一部の施設では先進医療として保険診療の体外受精と併用できる場合があり、自治体によっては対象の先進医療にかかる費用の助成があります。PGT-Aが助成対象になるかは、実施技術・治療日・自治体の要件を確認してください。実施施設や助成の条件は年度や地域で変わるため、治療を受ける施設とお住まいの自治体で最新の情報を確認してください。
Q5. 着床前診断を受けて妊娠したら、NIPTは不要ですか?
不要とは言えません。着床前診断は胎盤になる部分の細胞を調べる検査で、胎児の確定診断ではないためです。欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)は、着床前診断の後に妊娠したすべての女性に出生前診断を提示すべきとしています。NIPTや羊水検査などを受けるかどうかは、説明を受けたうえでご夫婦が選択します。
Q6. 着床前診断は誰でも受けられますか?
誰でも受けられるわけではありません。日本では学会の見解・細則に基づき、PGT-Aは体外受精・胚移植の不成功を繰り返す不妊症の夫婦、流死産を繰り返す夫婦、女性が高年齢(2025年9月時点で35歳以上が目安)の不妊症の夫婦が対象です。PGT-SRは夫婦のいずれかに染色体構造異常がある場合、PGT-Mは重篤な遺伝性疾患について学会が症例ごとに審査した場合に実施されます。
まとめ
着床前診断(PGT)は、体外受精で得た胚の一部の細胞を調べ、移植前に染色体や遺伝子の情報を得る検査の総称です。染色体の数を調べるPGT-A、構造の異常を調べるPGT-SR、単一遺伝子疾患を調べるPGT-Mの3種類があり、PGSはPGT-Aの旧称です。
検査は胚盤胞の栄養外胚葉から5〜10個の細胞を採って行われます。結果はA〜Dに判定されますが、モザイクや判定の限界があり、正常と判定された胚でも妊娠・出産や健康は保証されません。PGT-Aで選別した胚の移植あたりの成績と、移植に至らなかった周期も含む患者あたりの累積出生率は別の指標です。後者を改善するとは証明されていません。
日本では、学会の見解・細則のもとで対象が定められ、2025年9月にPGT-Aの対象へ女性が高年齢の不妊症の夫婦が加わりました。費用は原則自費で、一部の施設で先進医療として保険診療と併用できる場合があります。そして、着床前診断は胎児の確定診断ではないため、妊娠後も出生前検査の選択肢を検討する意味があります。検査の意味と限界を理解したうえで判断するために、遺伝カウンセリングを活用してください。
🏥 着床前診断後の妊娠・出生前検査のご相談
着床前診断後の妊娠で、当院のNIPTや出生前検査を検討する方へ。
検査の対象と限界を確認したうえでご相談いただけます。
参考文献
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