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CBL遺伝子変異を伴うヌーナン症候群様疾患(OMIM 613563)とは ― 若年性骨髄単球性白血病(JMML)・もやもや病・全身性血管炎の特徴と生涯にわたる管理戦略を遺伝専門医が徹底解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

CBL遺伝子変異を伴うヌーナン症候群様疾患(OMIM 613563)は、若年性骨髄単球性白血病(JMML)への顕著な発症素因と、青年期以降のもやもや病・全身性血管炎の遅発性リスクを併せ持つ、極めて稀な常染色体顕性(優性)遺伝疾患です。古典的なヌーナン症候群と顔貌や成長障害を共有しながらも、心疾患の有病率は低く、JMMLの多くが自然退縮するという独自の臨床的軌跡を辿るため、診断と長期管理には特別な戦略が必要になります。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 CBL遺伝子・RAS病・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. CBL遺伝子変異によるヌーナン症候群様疾患とはどんな病気ですか?まず結論を教えてください

A. CBL遺伝子の生殖細胞系列ミスセンス変異(新生突然変異/de novo)によって生じる、RAS-MAPK経路の制御不全に起因する多発奇形症候群です。軽度の顔貌異常・成長遅延・発達遅滞に加えて、乳幼児期の若年性骨髄単球性白血病(JMML)と、青年期以降のもやもや病・全身性血管炎という二つの大きな合併症リスクを抱えます。一方で、JMMLの多くが自然退縮するという他の侵攻性JMMLにはないパラドックスを示します。

  • 疾患の正体 → OMIM 613563、別名CBL症候群、ヌーナン症候群全体の1%未満を占める希少サブタイプ
  • 分子メカニズム → E3ユビキチンリガーゼ機能喪失によるRAS-MAPK経路の恒常的活性化
  • JMMLの特異性 → 第11染色体獲得性片親性ダイソミーが引き金、約半数が無治療または6-MP単剤で自然退縮
  • 遅発性血管リスク → もやもや病・大中小血管炎が生涯にわたり進行性に発症する可能性
  • 管理戦略 → 5歳までの3ヶ月毎血液検査と生涯にわたる脳血管モニタリング

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1. CBL遺伝子変異によるヌーナン症候群様疾患とは:疾患の定義

CBL遺伝子変異を伴うヌーナン症候群様疾患(Noonan syndrome-like disorder with or without juvenile myelomonocytic leukemia、OMIM 613563)は、第11番染色体長腕(11q23.3)に位置するCBL遺伝子の生殖細胞系列変異によって生じる、極めて稀な常染色体顕性(優性)遺伝疾患です。臨床現場では「CBL症候群」と呼ばれることもあります。古典的なヌーナン症候群と顔貌や成長障害において重なり合う部分を持ちながら、若年性骨髄単球性白血病(JMML)への発症素因と、青年期以降のもやもや病や全身性血管炎の遅発性リスクを併せ持つ、独自の臨床像を示します。

💡 用語解説:RAS病(RASopathies)とは

細胞の増殖や分化を制御する「RAS-MAPK経路」と呼ばれる細胞内シグナル伝達経路に異常が生じる病気の総称です。代表的な疾患にヌーナン症候群(NS)・心臓皮膚顔面(CFC)症候群・コステロ症候群・神経線維腫症1型などがあります。共通点は顔貌異常・成長遅延・心疾患・発達の特徴などですが、原因遺伝子によって症状の重みづけが大きく変わります。CBL症候群もこのRAS病ファミリーに属しますが、心疾患が少なく血液腫瘍・血管病変が前面に出るという独自プロファイルを持ちます。

古典的なヌーナン症候群は出生1,000〜2,500人に1人と比較的高頻度ですが、CBL変異によるサブタイプはヌーナン症候群全体の1%未満を占めるに過ぎない、極めて稀な疾患です。ヌーナン症候群の原因として最多はPTPN11遺伝子(約50%)で、次いでSOS1(10〜15%)、RAF1(5〜10%)と続き、CBLはさらに下位に位置します。しかし、有病率が低い一方で生命予後に直結する血液腫瘍・脳血管・血管系合併症を特徴とするため、臨床的重要性は数字以上に大きい疾患です。

🔍 関連記事:CBL遺伝子の構造と機能について詳しく知りたい方は、遺伝子そのものを掘り下げた解説ページもご参照ください。

2. 原因遺伝子CBLと分子病態メカニズム

CBL症候群の臨床像を理解する鍵は、CBLタンパク質が果たしている「シグナルのブレーキ役」としての役割にあります。CBLは正常な状態では細胞増殖シグナルを抑制する重要な負の制御因子ですが、変異が生じるとそのブレーキが効かなくなり、結果として細胞内シグナルが過剰に活性化されてしまいます。

💡 用語解説:E3ユビキチンリガーゼ

不要になったタンパク質に「ユビキチン」という小さな目印タグを付けて、細胞のゴミ処理工場(プロテアソームやリソソーム)へ送り出す酵素のことです。CBLタンパク質はこの仕組みを使って、細胞表面の受容体型チロシンキナーゼ(RTK)——たとえば上皮成長因子受容体(EGFR)や血管内皮増殖因子受容体2(VEGFR-2)——を時間どおりに分解し、増殖シグナルが過剰にならないよう調整しています。

💡 用語解説:ミスセンス変異・生殖細胞系列変異

ミスセンス変異とは、DNAの塩基がたった1つ変わることで、できあがるタンパク質の中のアミノ酸が別の種類に置き換わるタイプの変異です。タンパク質の立体構造や機能に影響を与えます。
生殖細胞系列変異とは、精子・卵子の段階ですでに存在する変異のことで、全身のあらゆる細胞に同じ変異が受け継がれます。これに対して、体の一部の細胞だけで後天的に生じる変異は「体細胞変異」と呼ばれます。CBL症候群では、患者さんは全身の細胞にCBLの生殖細胞系列ミスセンス変異を持って生まれてきます。

変異が集中する場所と分子の壊れ方

CBL症候群を引き起こす生殖細胞系列変異の大部分は、CBLタンパク質の機能の中核となるRINGフィンガードメインとその近傍のリンカー領域に集中しています。具体的には、p.Y371H(371番目のチロシンがヒスチジンに置換)、p.Q367P、c.1111T>C、さらにはc.1110_1112delといった小さな欠失変異などが繰り返し同定されています。

これらの変異が生じると、変異型CBLタンパク質は活性化された受容体(EGFR・VEGFR-2など)に結合することはできても、ユビキチンを付けて分解へ誘導する力を失います。その結果、本来であれば速やかに分解されるはずの受容体が細胞表面に残り続け、リガンド刺激を受けた後も増殖シグナルを発信し続ける状態になってしまいます。

🧬 正常CBLと変異型CBLの違い

受容体分解の有無がRAS-MAPK経路の活性レベルを決定する

✅ 正常CBL

受容体(RTK)にユビキチンを付加

リソソーム・プロテアソームで分解

シグナル伝達が時間どおりに終了し、細胞増殖が適切に抑制される

❌ 変異型CBL

受容体(RTK)に結合はできる

ユビキチン付加・分解ができない

受容体が細胞表面に滞留しRAS-MAPK・PI3K-AKT経路が恒常的に過剰活性化

この持続的なシグナル伝達異常こそが、発達遅滞・低身長といった形態形成の異常、JMMLに代表される造血器腫瘍の発生、さらにはもやもや病などの血管系の形態異常という、一見すると無関係に見える多臓器表現型を統合的に説明する分子基盤です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【ブレーキが効かない車のたとえ】

CBL症候群の分子病態を一般の方にお伝えするとき、私は「ブレーキの効かない車」というたとえをよく使います。正常な細胞では、増殖シグナルというアクセルを踏み込んだ後、CBLというブレーキが時間どおりに効いて車(細胞)が落ち着きます。ところが変異型CBLでは、アクセルを踏んだ後にブレーキを踏もうとしても効かない——だから細胞は止まることなく走り続けてしまうのです。

この「止まれない状態」が骨髄細胞で起きるとJMMLになり、血管の細胞で起きるともやもや病や血管炎の素地になります。同じ分子の故障が、年齢と組織を変えて違う顔で現れてくる——これがCBL症候群を生涯にわたるフォローアップの対象にしている理由です。

3. 主な身体的症状と表現型

CBL症候群の臨床像は、古典的なヌーナン症候群と多くの特徴を共有しつつも、いくつかの重要な点で異なります。とりわけ、顔貌異常が極めて軽度で目立たないこと、心疾患の有病率が全体的に低いことが、診断を難しくする一方で本疾患の特徴的なプロファイルを形成しています。

👶 顔貌・頭蓋顔面

  • 突出した広い前頭部
  • 両眼開離(目が広く離れている)
  • 眼裂斜下・眼瞼下垂
  • 低位で後方回転した耳介
  • 翼状頸(短く余剰皮膚を伴う首)
  • 多くは古典的NSより軽度で目立たない

📏 成長・体格

  • 出生時の身長・体重はおおむね正常
  • 生後数ヶ月〜数年で成長速度低下
  • 最終身長は正常下限〜低身長
  • 一部は成長ホルモン分泌不全
  • 漏斗胸・鳩胸など胸郭変形
  • 脊柱側弯症

🧠 神経発達

  • 乳児期の筋緊張低下
  • 言語発達遅滞が主体
  • 知的障害は軽度〜中等度に留まることが多い
  • 注意欠陥・協調運動障害
  • 感情の同定・表現が苦手な傾向
  • 気分障害の合併に留意

⚕️ その他の合併症

  • 男児の停留精巣:約3分の2
  • カフェオレ斑などの色素病変
  • 縮れ毛・疎毛などの毛髪異常
  • 先天性心疾患の頻度は低い
  • JMMLリスク(後述)
  • もやもや病・血管炎リスク(後述)

💡 用語解説:停留精巣(りゅうていせいそう)

本来であれば出生前に陰嚢内に下りてくるはずの精巣が、お腹の中や鼠径部に留まったままになる状態です。CBL症候群の男児では約3分の2に合併すると報告されています。放置すると将来の不妊症や精巣腫瘍のリスクになるため、適切な時期(一般的に生後6ヶ月〜1歳台)に泌尿器科で精巣固定術(オーキオペキシー)を受けることが標準的な管理です。

臨床的に重要なのは、CBL症候群の顔貌異常が古典的なヌーナン症候群と比べて軽度であるケースが多いという事実です。顔貌から症候群を疑うことが難しく、JMMLが発症して初めて症候群の存在に気づくケースが少なくありません。発達遅滞や低身長を伴う患者さんで原因不明の血液異常や血管病変があれば、CBL症候群の可能性を一度は考えることが早期診断のカギになります。

4. 若年性骨髄単球性白血病(JMML):致命的危機と自然退縮のパラドックス

CBL症候群の生命予後に最も直接的に影響する合併症が、乳幼児期に発症する若年性骨髄単球性白血病(JMML)です。一般のJMMLは極めて侵攻性で、診断後速やかに造血幹細胞移植を行わなければ致死的となる疾患ですが、CBL症候群に伴うJMMLは多くが自然に退縮するという、血液腫瘍学の常識を覆すパラドックスを示します。

💡 用語解説:JMML(若年性骨髄単球性白血病)

骨髄の造血幹細胞からつくられる単球・顆粒球が異常に増えてしまう、幼児期に発症する稀な骨髄増殖性腫瘍です。年間100万人の小児あたり約1.2人と推定され、小児に発症するすべての白血病のうち約2%を占めるに過ぎません。臨床症状としては、発熱・リンパ節腫脹・脾腫(脾臓が腫れる)・肝腫大・紫斑や点状出血・貧血・血小板減少などがみられ、検査では胎児ヘモグロビン(HbF)の上昇とGM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)に対する過感受性が特徴です。

「ツーヒット」モデル:なぜCBL患者だけがJMMLを発症するのか

CBL症候群の患者さんは生まれた瞬間から全身の細胞にCBL変異を1つ持っています(これが「第一のヒット」)。しかし、これだけではすぐに白血病になりません。造血幹細胞のレベルで後天的な体細胞性のイベントが追加で発生したときに初めて、JMMLが起こります(これが「第二のヒット」)。

💡 用語解説:獲得性片親性ダイソミー(aUPD)

本来、人間の染色体は父親と母親から1本ずつ受け継いだ2本1組で構成されています。片親性ダイソミーとは、染色体の組換えなどによって両方の染色体が同じ親由来になってしまう現象です。CBL患者のJMML細胞では、第11染色体長腕(11q23.3)にこのaUPDが起こり、正常な野生型CBLアレル(対立遺伝子)が失われ、代わりに変異型アレルが2本そろってしまう(ヘテロ接合性の消失:LOH)状態になります。これによってブレーキが完全に失われ、サイトカイン非依存的な造血細胞の爆発的増殖が引き起こされます。

驚くべき臨床経過:自然退縮(Spontaneous Regression)の頻度

CBL関連JMMLの最も特筆すべき特徴は、無治療のまま経過観察するだけ、あるいは6-メルカプトプリン(6-MP)という経口の抗代謝薬を内服するだけで、過半数が劇的に退縮するという臨床的軌跡です。CBL変異を持つJMML細胞は、他の侵攻性JMMLと比べてDNAメチル化レベルが著しく低い「低メチル化プロファイル」を示すことが分かっており、これが緩徐な経過の分子的背景の一つと考えられています。

📊 CBL変異関連JMMLにおける治療介入と転帰の分布(n=24)

特定研究コホート(n=24)の追跡結果:自然退縮が過半数を占める一方で、進行性経過をたどり移植を要した症例や死亡例も存在し、予後の二極化が観察される

🟢 自然退縮(無治療経過観察)
11人
45.8%
🟢 自然退縮(6-MP内服)
3人
12.5%
⚪ HSCT実施後寛解
2人
8.3%
⚪ HSCT実施後の再発・合併症
4人
16.7%
🔴 移植前死亡
4人
16.7%

データソース:Haematologica(PMC10620587, PMC8123759)に基づく集計

日本のレトロスペクティブ・コホート研究では、CBL関連JMML患者の5年全生存率(OS)70.3%・移植なしでの生存率(TFS)52.7%と、従来のJMMLの常識を覆す比較的良好な予後が報告されています。これを受けて、現代の標準的な管理アプローチは「Watch and Wait(注意深い経過観察)」へと大きくシフトしています。特に血小板数が比較的保たれ、HbFが正常範囲内である乳児では、致死的な移植関連合併症リスクを伴う造血幹細胞移植への直行を避け、慎重に経過を観察することが推奨されています。

ただしすべてのCBL関連JMMLが良性経過をたどるわけではありません。一部は血小板減少の悪化・急速な脾腫増大・急性骨髄性白血病(AML)への移行など侵攻性の経過を示し、移植待機中の死亡や移植後の再発例も明確に存在します。進行性の徴候を認めた場合や、低メチル化薬・6-MPでコントロールが困難な場合には、ブスルファン・フルダラビン・メルファランによる強力な前処置を伴う同種造血幹細胞移植が、依然として唯一の根治的アプローチとして適応されます。

🔍 関連記事:出生前にCBL変異を含む単一遺伝子疾患を検出するNIPTについてはインペリアルプランで154遺伝子・218疾患を網羅的に検査できます。

5. もやもや病と全身性血管炎:生涯にわたる遅発性リスク

CBL症候群の予後を決定づけるもう一つの大きな柱が、青年期から成人期にかけて発症する血管系の合併症です。幼少期にJMMLを経験して幸運にも自然退縮で寛解した患者さんであっても、数年から十数年の潜伏期を経て、もやもや病や全身性血管炎を発症するリスクが報告されています。このリスクは年齢とともに消失するJMMLとは異なり、生涯にわたって持続します

💡 用語解説:もやもや病(Moyamoya disease)

脳に血液を送る主要な動脈である内頸動脈(ICA)の終末部から、前大脳動脈・中大脳動脈の根元部分にかけて、慢性的・進行性に狭くなって最終的に閉塞してしまう病気です。血液が足りなくなった脳がそれを補おうとして、脳底部に細い側副血管網を作りますが、この血管網が血管造影で「もやもや(puff of smoke)」と煙のように見えることから命名されました。この側副血管は壁が薄くて壊れやすく、虚血性脳卒中(脳梗塞)・頭蓋内出血・一過性脳虚血発作(TIA)・大脳基底核虚血による舞踏病など、重篤な神経症状の引き金になります。

なぜCBL変異がもやもや病を起こすのか

この特異な脳血管病変の根底にあるのも、やはりCBL機能の喪失です。正常なCBLはVEGFR-2(血管内皮増殖因子受容体2)やEGFRを適切に分解することで過剰な血管新生を抑制していますが、変異型CBLではこの分解制御が破綻し、VEGFR-2を介したシグナルが異常に遷延します。その結果、血管内皮細胞による異常なもやもや血管網の形成と、血管壁の筋線維芽細胞の過剰増殖・遊走による内膜肥厚が同時に駆動され、主幹動脈の狭窄・閉塞へとつながっていきます。

💡 用語解説:血管炎(Vasculitis)

血管そのものに炎症が起こり、血管壁が傷んだり詰まったりする一連の病気の総称です。侵される血管の太さによって、大血管炎(巨細胞性動脈炎・高安動脈炎など)・中血管炎・小血管炎(ANCA関連血管炎など)に分類されるのが一般的です。CBL症候群で観察される血管炎は、大動脈から毛細血管に至るあらゆる径の血管を無秩序に侵す「多様血管炎(variable-vessel vasculitis)」の様相を呈することがあります。乳児期にJMMLと同時期に発症して皮膚の紫斑や壊死性病変を呈することもあれば、白血病寛解の数年後に遅発性自己免疫疾患として発症することもあります。

将来への展望として、患者さん由来の細胞を用いたインビトロ研究では、RAF-RAS-MAPK経路阻害薬(MEK阻害薬など)の投与によって変異CBLによる筋線維芽細胞の異常増殖・遊走が劇的に抑制されることが確認されています。致死的な血管炎やもやもや病の進行を防ぐ新たな分子標的治療の開発に向けた、重要な足がかりとなる知見です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「治った」あとも続く見守りの大切さ】

CBL関連JMMLが自然退縮で寛解した患者さんとそのご家族は、本当にほっとされます。「もう大丈夫ですよね?」と尋ねられることも多い。けれど、私はそこで一呼吸置いてお伝えします。「血液の方は落ち着きましたが、CBLという遺伝子の素因はずっと続くので、これから先の血管の方も一緒に見守っていきましょう」と。

原因不明の頭痛が続く、片方の手足が一瞬力が抜ける、突然の意識消失——こうした症状が出たときに「もやもや病かもしれない」と頭をよぎる医師に出会えるかどうかが、長期的な予後を分けます。患者さんやご家族にも、ご自身の疾患について理解を深め、定期的な脳血管モニタリング(MRI/MRA)の意義を共有しておくことが、本当の意味での生涯管理だと思っています。

6. 鑑別診断:古典的ヌーナン症候群との違い

RAS病ファミリーには複数の関連疾患があり、それぞれが顔貌・心疾患・発達特徴・腫瘍リスクなどの組み合わせで微妙に異なる表現型を示します。臨床現場で最も強力な鑑別の手がかりとなるのが先天性心疾患の分布です。RAS-MAPK経路は胎生期の心血管系の器官形成に深く関わるため、変異する遺伝子の種類によって特異的な心奇形が生じます。

遺伝子(代表疾患) 主な循環器表現型 発達遅滞・知的障害 腫瘍(JMML等)リスク 特記事項
PTPN11
(古典的NS)
肺動脈弁狭窄症(PS)が高頻度
HCMは少ない
軽度/言語遅滞主体 リスク上昇(約4%)
JMMLも発症
NS原因として最多(約50%)
SOS1
(古典的NS)
PSや中隔欠損など多様 比較的保たれやすい 低い 外胚葉異常が顕著
RAF1
(NS/NSML)
肥大型心筋症(HCM)が約95% 中等度の発達遅滞 一般小児程度 早期心エコーが必須
HRAS
(コステロ症候群)
重症不整脈・HCM・PS 中等度〜重度 固形腫瘍(横紋筋肉腫等)大 著しい哺乳障害・乳頭腫
CBL
(CBL症候群)
心疾患の有病率は全体的に低い 軽度〜中等度 JMMLの顕著な発症素因 遅発性のもやもや病・多様血管炎

CBL症候群を他のRAS病から鑑別する上で覚えておきたいのは、「顔貌が比較的軽度」「心疾患の頻度が低い」「JMMLとその後の血管病変が前面に出る」という三点セットです。この組み合わせを臨床的に意識できれば、原因不明の発達遅滞と低身長を持つ患者さんにJMMLや脳虚血のエピソードが加わったとき、CBL症候群を鑑別の早い段階で考えることができます。

7. 診断と遺伝子検査の進め方

CBL症候群の確定診断は、臨床所見からの疑いに加えて、次世代シーケンシング(NGS)によるCBL遺伝子の解析が必須となります。具体的には、RAS病関連の複数遺伝子パネル検査、あるいはより広範な全エクソーム解析が用いられます。多くのケースは新生突然変異(de novo)によるため、患者さん本人だけでなく両親も同時に検査するトリオ解析が、変異の起源確認と次子のリスク評価のために有用です。

CBL症候群を疑うべき主要所見の組み合わせ

💡 こんなときCBL症候群を考える

  • 発達遅滞・低身長を伴う患児にJMMLが発症した
  • 軽度のヌーナン様顔貌があるが心疾患は認めない
  • JMMLが自然退縮した既往と、その後の原因不明の脳虚血エピソードがある
  • RAS病が疑われるがPTPN11・SOS1・RAF1などが陰性
  • 原因不明の若年性血管炎を伴う発達特徴のあるお子さん

出生前診断と出生後診断の整理

CBL症候群の診断は、ライフステージによって用いる検査が異なります。それぞれの検査法を整理しておきます。

🤰 出生前診断

スクリーニング:NIPT(新型出生前診断)のうち、単一遺伝子疾患を対象とするプラン。インペリアルプランでは154遺伝子・218疾患(CBLを含む)を網羅。

確定診断:羊水検査・絨毛検査による胎児DNAの直接解析。NIPT陽性時はこれが確定診断の手段となります。

👶 出生後診断

遺伝子検査:血液からの次世代シーケンシング解析(CBL遺伝子単独、RAS病関連パネル、または全エクソーム解析)。

JMML疑い時:骨髄穿刺・末梢血塗抹標本検査・HbF測定・GM-CSF感受性試験などの血液学的精査。JMML細胞のaUPD(LOH)解析も診断補助に。

出生前にCBL症候群が判明することが「常に利益になる」とは限りません。表現型の幅が広く、JMMLが自然退縮するケースもあれば侵攻性のケースもあり、もやもや病のリスクも発症するか否かは個人差があります。遺伝カウンセリングを通じて、ご家族が情報を整理して納得のいく選択ができるよう、十分な時間をかけて支援することが大切です。

8. 治療と長期サーベイランスプロトコル

CBL症候群の患者さんは出生から成人期に至るまで、血液系・脳血管系・内分泌系・神経発達系といった複数の臓器で重篤な合併症を発症するリスクを抱えています。小児科・血液腫瘍科・神経内科・脳神経外科・内分泌科・泌尿器科・臨床遺伝科などの集学的チームによる、生涯にわたる包括的管理が不可欠です。

JMMLに対する早期スクリーニング・プロトコル

⏰ 開始時期と頻度

出生時(または遺伝子診断確定時)から直ちに開始。生後〜1歳までは少なくとも3ヶ月に1回、その後は5歳までの定期乳幼児健診の都度継続。5歳以降は症状出現時に再開。

🔍 検査内容

①脾腫・肝腫大・リンパ節腫脹の精密な身体診察、②全血球計算(CBC)と末梢血塗抹標本による白血球分画評価(単球増多の確認)、③異常時はHbF測定。

🩺 異常検出時

血小板減少・単球増多・肝脾腫を認めたら、RAS病関連の骨髄増殖性疾患に精通した小児血液・腫瘍専門医にコンサルテーション。Watch and Waitか移植かの方針決定を協議。

脳血管・全身血管系の長期モニタリング

JMMLが寛解した後も、もやもや病や全身性血管炎のリスクは生涯にわたって続きます。患者さんが反復する持続的な頭痛、片麻痺などのTIA様の脱力、原因不明の痙攣発作、舞踏病様の不随意運動などを示したときには、ためらわずに頭部MRI・MRA(MR血管画像)による評価が必要です。内頸動脈終末部の狭窄や側副血管の発達状態の精査が、もやもや病の早期発見につながります。

頭蓋内に限らず大動脈・頸部動脈などの大血管炎を合併する可能性があるため、経頭蓋超音波検査などを用いた非侵襲的な定期的血管スクリーニングを長期フォローアップに組み込むことも、進行性病変の早期発見に有効です。

内分泌・発達支援と生活の質(QOL)の最適化

男児における停留精巣に対しては、適切な時期での精巣固定術が将来の不妊予防のために重要です。成長遅延が顕著な症例には、内分泌専門医による成長ホルモン分泌不全の精査と、適応があれば成長ホルモン補充療法の検討が行われます。さらに、軽度〜中等度の知的障害・言語発達遅滞・感情の認識や表現が苦手な傾向(失感情症的特徴)に対しては、幼児期からの言語聴覚士・臨床心理士による早期療育、特別支援教育、ソーシャルスキルトレーニング、必要に応じた児童精神科による薬物療法といった、包括的な心理社会的サポート体制の確立が大切です。

9. 遺伝カウンセリングと家族支援

CBL症候群の確定診断後、ご家族への丁寧な遺伝カウンセリングが欠かせません。臨床遺伝専門医を中心とした多職種チームが、医学情報の提供と心理的サポートを並行して行います。

  • 遺伝形式と再発リスクの説明:多くは新生突然変異(de novo)で両親に変異はありませんが、常染色体顕性(優性)遺伝のため患者さん本人が子どもを持つ場合の遺伝確率は理論上50%です。生殖細胞モザイクの可能性も考慮し、次子の出生前診断についても話し合います。
  • 予後情報の整理:JMMLが自然退縮するケースが多いという情報は、ご家族にとって大きな希望になります。一方で、もやもや病・血管炎の遅発性リスクは継続するため、楽観と警戒の双方を持って長期管理に臨むことが大切です。
  • 出生前診断の選択肢:家族内に既知の変異がある場合、絨毛検査・羊水検査による出生前診断が可能です。検査を受けるかどうか・受けた結果をどう受け止めるかはご家族の選択であり、私たちは中立的に情報提供と意思決定支援を行います。
  • 心理社会的支援:希少疾患であるためご家族が孤立しやすい背景があります。患者会・疾患レジストリ・小児慢性特定疾病医療費助成制度などの情報を、必要に応じてお伝えします。

よくある質問(FAQ)

Q1. CBL症候群とヌーナン症候群は同じ病気ですか?

広い意味では「ヌーナン症候群様疾患」というファミリーに属しますが、原因遺伝子も合併症のプロファイルも異なる別の疾患です。古典的なヌーナン症候群(多くはPTPN11変異)は肺動脈弁狭窄症などの心疾患が高頻度ですが、CBL症候群では心疾患の頻度は低く、代わりにJMMLやもやもや病・血管炎のリスクが前面に出ます。発症メカニズム(CBLによる受容体分解の破綻)も古典的NSとは異なります。

Q2. JMMLになっても本当に自然に治ることがあるのですか?

はい、CBL変異を背景とするJMMLの過半数は、無治療の経過観察、あるいは6-メルカプトプリン(6-MP)の単剤内服のみで自然退縮することが報告されています。これはCBL関連JMML細胞が「低メチル化プロファイル」を持つことなどの分子的背景があると考えられています。ただし、すべてのCBL関連JMMLが自然退縮するわけではなく、一部は侵攻性の経過をたどります。血小板数・HbF・脾腫の推移などをみながら、専門医と相談して方針を決めることが重要です。

Q3. 知的障害はどの程度ですか?

CBL症候群における知的障害は多くが軽度から中等度に留まり、言語発達の遅れが主体です。コステロ症候群やCFC症候群のような重度の認知障害やてんかんを伴う深刻な神経学的表現型とは明確に異なります。一方で、注意欠陥・協調運動障害・気分障害・感情の表現が苦手な傾向(失感情症的特徴)などが頻発するため、早期療育と社会生活への包括的サポートが大切です。

Q4. JMMLが治ったあとも検査は続けるべきですか?

はい、強くお勧めします。CBL症候群ではJMMLが寛解した後も、青年期から成人期にかけてもやもや病や全身性血管炎が遅発性に発症するリスクが生涯続きます。反復する頭痛・一過性の手足の脱力・原因不明の意識消失や痙攣・舞踏病様の不随意運動などの症状があれば、頭部MRI・MRAによる脳血管評価を行う必要があります。何もない時期にも定期的なフォローアップを継続することが、長期予後を守るうえで重要です。

Q5. 出生前にCBL症候群を診断できますか?

はい、家族内に既知のCBL変異がある場合は、絨毛検査・羊水検査による胎児DNAの直接解析で確定診断が可能です。スクリーニングとしては、単一遺伝子疾患を網羅的に検査するインペリアルプラン(154遺伝子・218疾患)でCBL変異が対象に含まれます。出生前診断を受けるかどうかはご家族の選択であり、十分な遺伝カウンセリングのもとで判断することが大切です。

Q6. 両親に同じ変異がないのに子どもが発症することはありますか?

はい、むしろそれが一般的です。CBL症候群の多くは新生突然変異(de novo)によって発症します。これは精子・卵子の形成過程または受精直後に新しく生じた変異で、両親には同じ変異が存在しません。ご両親が健康であってもお子さんでCBL症候群が発症することがあるのは、このためです。「両親が健康だから遺伝病ではない」という思い込みが診断の遅れにつながることがあるため、注意が必要です。

Q7. 将来、根治的な治療法は開発されますか?

期待される分子標的治療として、MEK阻害薬などのRAF-RAS-MAPK経路阻害薬が注目されています。患者さん由来の細胞を用いたインビトロ研究では、これらの薬剤がCBL変異による筋線維芽細胞の異常増殖や血管病変の進行を抑制することが確認されています。臨床応用にはさらなる研究が必要ですが、致死的な血管炎やもやもや病の進行を防ぐ次世代治療として将来性が見込まれています。

Q8. JMMLサーベイランスは何歳まで続けるべきですか?

国際ガイドラインでは、出生時または遺伝子診断確定時から始めて、生後〜1歳までは3ヶ月に1回、その後は5歳までの定期乳幼児健診のたびに身体診察と全血球計算(CBC)を行うことが推奨されています。5歳を過ぎるとJMMLの発症リスクは劇的に低下するため定期スクリーニングは終了しますが、発熱の遷延・易出血性・脾腫の出現など明らかな臨床症状があれば、年齢にかかわらず直ちに再開する必要があります。

🏥 CBL症候群・RAS病・希少疾患の遺伝カウンセリング

CBL症候群をはじめとする希少遺伝性疾患の診断・出生前診断・長期管理について、
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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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