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KRAS遺伝子変異の全貌:がんの最重要標的と最新の標的治療戦略をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

KRAS(ケーラス)遺伝子は、ヒトのがんでもっとも高い頻度で変異が見つかる「がんの司令塔」ともいえる遺伝子です。膵臓がん・大腸がん・肺がんといった難治性のがんで中心的な役割を担い、40年近く「薬を効かせられない標的」とされてきました。しかし近年、ソトラシブやダラクソンラシブをはじめとする新しい分子標的薬が次々と登場し、治療の常識が大きく変わりつつあります。一方で、生まれつきのKRAS変異(新生突然変異)は、ヌーナン症候群やCFC症候群などの先天性疾患(RASopathy)の原因にもなります。このページでは、専門的な内容を一般の方にもわかる言葉で解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 KRAS遺伝子・がんゲノム・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. KRAS遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. KRASは、細胞に「増えなさい」という指令を伝えるスイッチ役のタンパク質をつくる遺伝子です。このスイッチが変異によって「オンのまま」固定されると、細胞が無秩序に増えてがんになります。膵臓がん・大腸がん・肺がんでとくに高頻度に変異が見つかり、近年は変異のタイプ(G12C・G12Dなど)ごとに効く新薬が登場しています。生まれつきの変異は先天性疾患(RASopathy)の原因にもなります。

  • 遺伝子の基礎 → 第12番染色体(12p12.1)に位置するRASファミリーの代表的な「がん遺伝子」
  • 変異のしくみ → コドン12・13・61のミスセンス変異で「オン」に固定(機能獲得型)
  • 関わるがん → 膵臓がん(73〜95%)・大腸がん(40〜52%)・非小細胞肺がん(11〜40%)
  • 最新の標的治療 → ソトラシブ・アダグラシブ・ディバラシブ・ダラクソンラシブ
  • 先天性疾患 → ヌーナン症候群3型・CFC症候群2型(RASopathy)

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1. KRAS遺伝子とは:基礎知識

KRASは「Kirsten rat sarcoma viral oncogene homolog(カーステンラット肉腫ウイルスがん遺伝子相同体)」の略称で、ヒトの第12番染色体の短腕(12p12.1)に位置する遺伝子です。この遺伝子からつくられるKRASタンパク質は、細胞の外から届く「成長しなさい」という信号を、細胞の内部へと伝えるリレー選手のような役割を担っています。

KRASは、よく似た働きをするNRAS・HRASとともに「RASファミリー」を構成します。RASファミリーの変異は全がんの約30%に関わるとされ、その中でもKRASの変異はRAS変異全体の約85%という圧倒的な割合を占めています。つまりKRASは、ヒトのがんでもっとも頻繁に異常が起こる遺伝子のひとつなのです。

💡 用語解説:がん遺伝子(オンコジーン)とは

私たちの体には、もともと細胞の成長や分裂を正しく調節する遺伝子があります。これを「がん原遺伝子(プロトオンコジーン)」と呼びます。この遺伝子に変異が起こり、アクセルが踏みっぱなしのように暴走を始めると「がん遺伝子(オンコジーン)」になります。KRASはまさにこのタイプの代表選手で、たった1か所の変異でブレーキの効かない状態になってしまうことがあるのです。

KRASには2つの「顔」があります。ひとつは、後天的に体の細胞で起こる変異(体細胞変異)が引き起こす「がん」。もうひとつは、生まれつき持っている変異(多くは新生突然変異)が引き起こす「先天性疾患(RASopathy)」です。同じ遺伝子でありながら、変異が起こる場所や時期によって、まったく異なる病気につながるのが大きな特徴です。同じRASファミリーのNRAS遺伝子についても別ページで解説しています。

2. KRASの働きと変異のメカニズム

KRASタンパク質は、細胞内で「オン」と「オフ」を切り替える分子スイッチとして働きます。成長因子などの刺激が来ると、KRASは「GTP」という分子と結合してオン(活性化)状態になり、刺激が終わるとGTPを分解して「GDP」結合型のオフ(不活性化)状態へ戻ります。このオン・オフが、必要なときだけ細胞を増やす精密な制御を支えています。

💡 用語解説:GTPアーゼと分子スイッチ

KRASは「GTPアーゼ」という種類のタンパク質です。GTPアーゼは、GTPという燃料を結合して「オン」になり、その燃料を自分で分解(加水分解)することで「オフ」に戻ります。この切り替えを助ける係として、オンにするGEF(SOS1など)と、オフに戻すのを助けるGAPという2種類のタンパク質があります。電気のスイッチが手を離せば自動で切れるように、正常なKRASも自動でオフに戻る設計になっているのです。

ところが、KRASの特定の場所(コドン12・13・61)にミスセンス変異が起こると、KRASの形がわずかに変わり、自分でオフに戻る能力(GTPの分解能力)が低下、あるいは失われてしまいます。その結果、KRASは「オンのまま固定」され、細胞に増殖の指令を出し続けます。これががん化の根本的な引き金です。

💡 用語解説:ミスセンス変異と機能獲得型変異

ミスセンス変異とは、DNAの1文字が変わることで、できあがるタンパク質のアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変異です。KRASのG12CやG12Dは、12番目のアミノ酸(グリシン)が別のアミノ酸に置き換わったミスセンス変異を指します。

こうしてスイッチが「オンに固定」され、本来より強く働くようになった状態を機能獲得型変異と呼びます。くわしくはミスセンス変異の解説機能獲得型変異の解説もご覧ください。

暴走する3つの下流経路

「オン」のまま固定されたKRASは、おもに以下の3つの経路を持続的に活性化させ、細胞をどんどん増やします。

  • RAF-MEK-ERK(MAPK)経路:細胞の分裂・増殖をもっとも直接的に推し進める中心的な経路です。
  • PI3K-AKT-mTOR経路:細胞が死ににくくなり(生存)、栄養代謝を作り替える経路です。
  • RAL-GEF経路:細胞の浸潤・転移する能力の獲得に関わります。

これらの経路は互いに補い合うため、1つの経路だけを薬で止めても、別の経路が代わりに活性化して生き延びてしまう(適応耐性)という、治療を難しくする性質があります。

免疫からの逃避(腫瘍微小環境への影響)

変異KRASは、がん細胞自身を増やすだけではありません。周囲の環境(腫瘍微小環境)を改変し、免疫細胞ががんを攻撃しにくい状態をつくり出します。具体的には、免疫を抑える細胞を呼び寄せ、がんを攻撃するキラーT細胞の侵入を妨げる「免疫逃避」を引き起こします。逆にいえば、KRASを効果的に抑えられれば、免疫の働きが回復する可能性があることが前臨床研究で示されており、KRAS標的薬と免疫療法の併用が次世代の戦略として期待されています。

3. KRAS変異が関わるがん

KRAS変異はすべてのがんに均等に現れるわけではなく、特定のがん種に偏っています。さらに重要なのは、12番目のアミノ酸がどう置き換わったか(G12C・G12D・G12Vなどのサブタイプ)によって、効く薬がまったく異なるという点です。下のグラフは、主要ながん種における変異サブタイプの分布を示したものです。

主要がん種におけるKRAS変異サブタイプの分布

G12D
G12C
G12V
G13D
その他

膵臓がん

40%
32%
28%

大腸がん

35%
25%
18%
22%

非小細胞肺がん(喫煙者)

10%
44%
19%
27%

膵臓がん・大腸がんではG12Dが多いのに対し、喫煙と関連の深い肺がんではG12Cの割合が大きくなります。「その他」にはG12RやG12Cなど少数のサブタイプを含みます。

膵臓がん(PDAC)

膵臓がんは全がんの中でもっともKRAS変異の頻度が高く、症例の73〜95%に変異が認められます。膵臓がんでは腫瘍ができる極めて初期の段階からKRAS変異が生じ、がんの維持に欠かせない「ドライバー中のドライバー」です。サブタイプはG12D(約40%)とG12V(約32%)が大多数を占め、次いでG12Rが見られます。一方で、最初に承認された薬の標的であるG12Cは膵臓がんではわずか1%程度しかなく、このミスマッチが膵臓がんへの標的治療の実用化を長く遅らせてきました。

大腸がん(CRC)

大腸がんでは約40〜52%にKRAS変異が見られ、とくに右側結腸がんで頻度が高い傾向があります。大腸がんに特徴的なのは、コドン13の変異であるG13DがKRAS変異全体の約18%を占める点で、これは膵臓がんや肺がんではほとんど見られません。

⚠️ 重要:大腸がんでKRAS検査が必須な理由

大腸がんでは、治療開始前にKRAS・NRASの変異の有無を調べることがガイドラインで定められています。KRASまたはNRASに変異がある場合、抗EGFR抗体薬(セツキシマブ・パニツムマブ)は効果がないばかりか、副作用だけをもたらすため使用しません。逆に変異がない(野生型)患者さんにはこれらの薬が著効する可能性があります。つまりKRAS検査は、効かない薬を避け、効く薬を選ぶための「道しるべ」なのです。

非小細胞肺がん(NSCLC)

肺腺がんを中心とする非小細胞肺がんでは約11〜40%にKRAS変異が認められます。最大の特徴は喫煙歴との強い相関です。喫煙者の肺がんでは、タバコの発がん物質が引き起こす特有の変異によりG12Cがもっとも多く(約44%)発生し、非喫煙者ではG12Dが過半数(約56%)を占めます。日本人では、非扁平上皮がんの約4.5%にG12C変異が認められると報告されています。G12C阻害薬が最初に承認された適応がこの肺がんでした。

4. KRAS変異による先天性疾患(RASopathy)

KRASは「がんの遺伝子」というイメージが強いですが、生まれつきのKRAS変異は、まったく別の先天性疾患を引き起こします。これらは「RASopathy(ラソパチー)」と総称される一群の病気です。

💡 用語解説:RASopathy(ラソパチー)とは

RAS/MAPKという情報伝達の「幹線道路」に関わる遺伝子(KRAS・NRAS・PTPN11・BRAFなど)に生まれつきの変異が生じて起こる疾患群の総称です。この経路は心臓・骨・皮膚・脳など多くの組織の発達に関わるため、共通して特徴的な顔貌・心疾患・成長や発達の問題が見られます。代表的な疾患にヌーナン症候群(最多)、CFC症候群、コステロ症候群などがあります。

KRASの生まれつきの変異が原因となる代表的な疾患には、次の2つがあります。原因遺伝子であるKRASのこのページと、各疾患ページは相互に解説を補い合っています。

  • ヌーナン症候群3型KRAS変異によるヌーナン症候群です。低身長・特徴的な顔貌・先天性心疾患などを特徴とします。KRASが原因となるのはヌーナン症候群全体の5%未満とされています。
  • CFC症候群2型(心臓-顔-皮膚症候群)KRAS変異によるCFC症候群です。心疾患・特徴的な顔貌・皮膚や毛髪の異常・発達の問題などが見られます。

これらの疾患は常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとりますが、患者さんの多くは両親に変異がない新生突然変異(de novo)で発症します。つまり「ご両親が健康でも、お子さんに初めて変異が生じる」ことが珍しくありません。また、受精後の細胞分裂の途中で一部の細胞だけに変異が起こるモザイク変異もあり、この場合は体の一部に限局した病変(たとえば動静脈奇形など)として現れることがあります。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝と新生突然変異

常染色体顕性(優性)遺伝とは、2本ある染色体のうちどちらか1本に変異があるだけで症状が現れる遺伝形式です。親から子へ受け継がれる確率は理論上50%です。

新生突然変異(de novo)とは、両親の精子・卵子、または受精直後に新しく生じた変異で、両親には同じ変異が存在しません。KRAS関連のRASopathyの多くはこのタイプで発症します。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「がんの遺伝子」と聞いて不安になった親御さんへ】

お子さんがヌーナン症候群やCFC症候群と診断され、その原因がKRASと聞いて「がんの遺伝子だなんて……」と強い不安を抱かれる親御さんは少なくありません。けれども、生まれつきのKRAS変異(RASopathy)と、がんで起こる後天的なKRAS変異は、変異の場所も、起こり方も、意味も異なります。RASopathyだからといって、必ずがんになるわけではありません。

大切なのは、正確な診断のもとで、心臓・成長・発達などの面を計画的に見守っていくことです。正しい情報を知ることが、漠然とした不安を、具体的な見通しへと変えていきます。気になることがあれば、どうぞ遺伝の専門家にご相談ください。

5. KRASを調べる遺伝子検査

KRASには2つの顔があるため、検査も「がん(体細胞変異)を調べる検査」と「生まれつきの変異を調べる検査」に分かれます。検査の目的によって、調べる材料も方法もまったく異なります。

がん(体細胞変異)を調べる検査

がんの治療方針を決めるために、腫瘍のKRAS変異を調べます。変異のタイプに最適な薬を選ぶこの仕組みをコンパニオン診断と呼びます。日本では、複数のRAS遺伝子を同時に調べる「All RAS検査」や、一度に多数のがん関連遺伝子を解析する包括的がんゲノムプロファイリング(CGP)が保険診療で行われています。

💡 用語解説:コンパニオン診断とリキッドバイオプシー

コンパニオン診断とは、ある薬が効くかどうかを事前に遺伝子検査で見極め、最適な患者さんに最適な薬を届けるための検査です。

リキッドバイオプシーとは、血液中にわずかに漏れ出たがん由来のDNA(ctDNA)を解析する技術です。組織の採取(生検)が難しい場合や、治療経過中に新たに生じた耐性変異を、体への負担を抑えてリアルタイムにモニタリングできます。

生まれつきの変異を調べる検査

RASopathyが疑われる場合は、血液などからKRASを含む関連遺伝子を調べます。当院では、KRASを対象に含む複数の遺伝子パネル検査を行っています。

出生前の検査と出生後の確定検査

KRASを含むRASopathy関連の遺伝子は、出生前のスクリーニング検査であるNIPT(新型出生前診断)の一部のプランでも対象に含まれています。当院では、KRASを対象遺伝子に含むダイヤモンドプラン(56遺伝子)インペリアルプラン(154遺伝子)を提供しています。これらは新生突然変異(de novo)で起こる疾患群を対象としたプランで、父親の加齢で増える可能性のある疾患を含みます。

NIPTはあくまで「可能性を評価する」スクリーニング検査です。確定診断には、出生前であれば絨毛検査・羊水検査が、出生後であれば血液による遺伝子解析が必要です。当院のNIPT受検者は全員が互助会(8,000円)に加入し、この互助会制度により陽性時の羊水検査費用が全額補助されます。

6. KRASを標的とした最新の治療

KRASは長く「創薬困難(Undruggable)」とされてきました。タンパク質の表面が滑らかで薬が結合できる溝がなく、燃料であるGTPと競合させるのも事実上不可能だったためです。しかし「Switch II(スイッチ2)」と呼ばれる隠れたポケットの発見が突破口となり、ついに有効な薬が登場しました。

💡 用語解説:分子標的薬と共有結合型阻害薬

分子標的薬とは、がんの増殖に関わる特定の分子をピンポイントで狙い撃ちする薬です。中でも共有結合型阻害薬は、標的に「がっちり接着」して離れないタイプ。G12C変異では、新たに生じた反応性の高いシステインという足場を利用して、KRASを不活性な「オフ状態」に強制的にロックします。

第1世代:G12C阻害薬

ソトラシブ(商品名:ルマケラス)は、世界で初めて承認されたKRAS G12C阻害薬です。日本では2022年1月に、化学療法後に増悪したKRAS G12C変異陽性の非小細胞肺がんを適応として承認されました。さらに2025年1月16日には、米国FDAが大腸がんへの適応(パニツムマブとの併用)を承認し、無増悪生存期間が5.6か月(標準治療2か月程度)へと有意に延長しました。

アダグラシブ(商品名:Krazati)は2番目のG12C阻害薬で、日本でも2022年12月に承認されています。2024年6月21日には、米国FDAがセツキシマブとの併用を大腸がんに迅速承認し、奏効率34%を示しました。大腸がんでG12C阻害薬の単剤効果が限定的だった理由は、KRASを抑えると、がん細胞が上流のEGFRを過剰に活性化して抜け道をつくるためでした。抗EGFR抗体薬を組み合わせてこの抜け道を先回りして塞ぐ戦略は「垂直阻害」と呼ばれ、臨床で実証された歴史的な成果です。

次世代G12C阻害薬とG12D・Pan-RAS阻害薬

ディバラシブ(GDC-6036)は、ソトラシブやアダグラシブと比べて5〜20倍の効力を持つとされる次世代のG12C阻害薬で、肺がん単剤で高い奏効率、大腸がんではセツキシマブ併用で奏効率62%という目覚ましい成績を示しています。

膵臓がんや大腸がんで多いG12Dは、G12Cのような足場がなく創薬が困難でしたが、非共有結合型のMRTX1133が登場し、前臨床モデルで強力な腫瘍縮小効果と免疫環境の改善を示しています。

そしていま世界中の注目を集めているのが、特定のサブタイプに依存せず複数のRAS変異をまとめて抑えるダラクソンラシブ(RMC-6236)です。「分子接着剤」という新しいしくみで、活性化した「オン状態」のRASを直接たたきます。難治性の膵臓がんの第1相試験で奏効率36%を示し、さらに2025年に結果が報告された第3相試験(RASolute 302)では、標準化学療法に対し全生存期間が13.2か月対6.7か月へと約2倍に延長(死亡リスク60%減)するという、膵臓がんでは画期的な成果を達成しました。肺がんでもドセタキセルとの比較第3相試験(RASolve 301)が進行中です。

薬剤 標的 対象がん 治療内容 奏効率(ORR)
ソトラシブ G12C 大腸がん パニツムマブ併用 26%
アダグラシブ G12C 大腸がん セツキシマブ併用 34%
ディバラシブ G12C 肺がん 単剤 約56%
ディバラシブ G12C 大腸がん セツキシマブ併用 62%
ダラクソンラシブ Pan-RAS 膵臓がん 単剤(第1相) 36%
ダラクソンラシブ Pan-RAS 肺がん 単剤(第1相) 38%

数値は各臨床試験の報告に基づく目安です。データカットオフや対象集団によって変動することがあります。日本国内で未承認の薬剤・適応も含まれます。

7. 遺伝カウンセリングの意義

KRASに関する検査では、「体細胞変異(がん)」と「生まれつきの変異(RASopathy)」をきちんと区別して理解することが何より大切です。遺伝カウンセリングでは、次のような内容を丁寧に扱います。

  • 遺伝形式と再発の可能性:がんで見つかるKRAS変異は子どもへ受け継がれるものではありません。一方、RASopathyの多くは新生突然変異ですが、常染色体顕性遺伝のため、ご本人がお子さんを持つ場合の遺伝確率は理論上50%です。
  • 二次的所見への配慮:がんの遺伝子検査の過程で、生まれつきの変異が偶然見つかることがあります。本人だけでなく血縁者にも関わる重大な情報のため、専門的なカウンセリングが欠かせません。
  • 出生前の選択肢:次のお子さんを望む場合、絨毛検査・羊水検査などの選択肢があります。検査を受けるかどうかは、ご家族で話し合ってお決めください。
  • 中立・非指示的な情報提供:医師は情報の提供者であり、特定の選択を勧める立場ではありません。遺伝カウンセリングを通じ、決定はご家族に委ねられます。

8. よくある誤解

誤解①「KRAS変異は必ず遺伝する」

がんで見つかるKRAS変異は後天的な体細胞変異であり、子どもへ受け継がれるものではありません。遺伝するのは生まれつきの変異(RASopathy)の場合だけです。

誤解②「KRAS変異があると抗EGFR薬が効く」

むしろ逆です。大腸がんでKRAS変異があると抗EGFR抗体薬は効きません。だからこそ事前の検査で変異の有無を確認し、効かない薬を避けることが重要です。

誤解③「G12C薬はすべてのKRAS変異に効く」

ソトラシブなどはG12C専用です。G12DやG12Vには効きません。サブタイプごとに別の薬が必要で、だからこそ正確な検査が前提になります。

誤解④「KRAS変異がんは治療法がない」

かつては「創薬困難」とされましたが、いまは次々と標的薬が登場し、状況は大きく変わりつつあります。「手立てがない病気」ではなくなってきています。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「変異のタイプ」を知ることが、治療の地図になる】

私はがん診療と臨床遺伝の両方に長く携わってきましたが、KRASほど短期間で景色が変わった遺伝子はありません。ほんの数年前まで「効く薬がない」と言われていた変異に、いまは複数の選択肢が生まれています。大切なのは、ただ「KRAS変異がある」で終わらせず、それがG12Cなのか、G12Dなのか、どのがんなのかという「変異のタイプ」まで正確に把握することです。それが、いま受けられる治療や、参加できる治験への扉を開きます。

そして忘れてはならないのが、遺伝子データを「誰が解釈し、どう伝えるか」です。同じ検査結果でも、その意味づけ次第で次の一歩は変わります。患者さんとご家族が、正確な情報のもとで自分たちの納得できる選択にたどり着けるよう、伴走するのが私たちの役割だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. KRAS遺伝子とは何ですか?

KRASは、細胞に「増えなさい」という信号を伝えるスイッチ役のタンパク質をつくる遺伝子です。第12番染色体(12p12.1)にあり、NRAS・HRASとともにRASファミリーを構成します。変異によってスイッチが「オン」のまま固定されると細胞が無秩序に増え、がんの原因になります。

Q2. KRAS変異は遺伝しますか?

場合によります。がんで見つかるKRAS変異は後天的な体細胞変異で、子どもには遺伝しません。一方、生まれつきのKRAS変異(ヌーナン症候群3型やCFC症候群2型などのRASopathy)は常染色体顕性遺伝で、理論上50%の確率で受け継がれます。ただしRASopathyの多くは両親に変異がない新生突然変異で発症します。

Q3. KRAS変異はどのがんに多いですか?

膵臓がん(73〜95%)でもっとも頻度が高く、次いで大腸がん(40〜52%)、非小細胞肺がん(11〜40%)に多く見られます。膵臓・大腸がんではG12Dが、喫煙者の肺がんではG12Cが多いという特徴があります。

Q4. KRAS変異があると治療法はありますか?

変異のタイプによって選択肢が広がっています。G12C変異にはソトラシブやアダグラシブが承認されており、大腸がんでは抗EGFR抗体薬との併用が有効です。G12Dや複数のRAS変異を狙う新薬(MRTX1133、ダラクソンラシブなど)も臨床試験で成果を上げています。具体的な治療は主治医とご相談ください。

Q5. 大腸がんでKRAS検査が必要なのはなぜですか?

大腸がんでは、KRASまたはNRASに変異があると抗EGFR抗体薬(セツキシマブ・パニツムマブ)が効かないためです。効かない薬による副作用を避け、効く薬を選ぶために、治療開始前のRAS遺伝子検査がガイドラインで定められています。

Q6. G12CとG12Dは何が違うのですか?

どちらもKRASの12番目のアミノ酸が置き換わったミスセンス変異ですが、置き換わる相手が異なります。G12Cは反応性の高いシステインに変わるため共有結合型の薬で狙いやすく、最初に薬が実用化しました。G12Dは創薬が難しく、現在はMRTX1133などが開発中です。サブタイプによって効く薬がまったく異なります。

Q7. KRASに関わる病気を出生前に調べられますか?

当院では、KRASを対象遺伝子に含むNIPTのダイヤモンドプラン(56遺伝子)・インペリアルプラン(154遺伝子)を提供しています。これらは新生突然変異で起こる疾患群を対象としたスクリーニング検査です。確定診断には絨毛検査・羊水検査が必要で、受けるかどうかはご家族の判断に委ねられます。詳細は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q8. リキッドバイオプシーとは何ですか?

血液中にわずかに漏れ出たがん由来のDNA(ctDNA)を解析する検査です。組織の採取が難しい場合や、治療中に新しく生じた耐性変異を、体への負担を抑えてリアルタイムに調べられます。日本でも大腸がんのRAS遺伝子検査として実用化されています。

🏥 遺伝子検査・がんゲノム・遺伝カウンセリングについて

KRASをはじめとする遺伝子に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

関連記事

参考文献

  • [1] Pan-cancer analysis to characterize the clinicopathological and genomic features of KRAS-mutated patients. PMC. [PMC11868181]
  • [2] KRAS-targeted therapies in cancer: novel approaches and future directions. BMJ Oncology. 2025;4(1):e000946. [BMJ Oncology]
  • [3] FDA approves sotorasib with panitumumab for KRAS G12C-mutated colorectal cancer. U.S. FDA. January 16, 2025. [FDA]
  • [4] FDA grants accelerated approval to adagrasib with cetuximab for KRAS G12C-mutated colorectal cancer. U.S. FDA. June 21, 2024. [FDA]
  • [5] Single-Agent Divarasib (GDC-6036) in Solid Tumors with a KRAS G12C Mutation. N Engl J Med. 2024;390:1408. [NEJM]
  • [6] Safety, efficacy, and on-treatment ctDNA changes from a phase 1 study of RMC-6236 in RAS mutant PDAC. J Clin Oncol. 2025;43(suppl 4):722. [JCO]
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  • [8] KRAS proto-oncogene, GTPase. OMIM #190070. Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [9] 国内初リキッドバイオプシーによる大腸がんRAS遺伝子変異検査の製造販売承認を取得. シスメックス. 2019. [Sysmex]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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