目次
遺伝性痙性対麻痺(いでんせいけいせいついまひ、HSP)は、両足のつっぱりと力の入りにくさが年単位でゆっくり進む、遺伝性の神経の病気の総称です。ひとつの病気ではなく、原因となる遺伝子の違いによって80を超える病型に分かれます[1]。同じ家系でも発症する年齢や進み方に差があり、家族歴がはっきりしない方に見つかることもあります。この記事では、症状と病型、原因遺伝子、遺伝のしかた、診断の流れ、治療と研究の現状を順に解説します。
Q. 遺伝性痙性対麻痺(HSP)とはどんな病気ですか?
A. 脳から脊髄へ運動の指令を伝える長い神経線維が、先端のほうから少しずつ傷んでいく遺伝性の病気のグループです。主な症状は両足のつっぱり(痙縮)と歩きにくさで、多くはゆっくり進みます。原因遺伝子によって遺伝のしかたが異なり、常染色体顕性(優性)、常染色体潜性(劣性)、X連鎖性、ミトコンドリア遺伝のいずれもあります。根本的に治す治療はまだ確立していませんが、症状を和らげる治療とリハビリテーションがあり、一部の病型では原因に働きかける治療の研究が進んでいます。
- ➤病型 → 足の症状が中心の「単純型」と、ほかの神経症状を伴う「複合型」
- ➤原因 → SPG4(SPAST遺伝子)が常染色体顕性型で最も多い
- ➤遺伝 → 遺伝形式は病型ごとに違い、子に伝わる確率も変わる
- ➤診断 → 治療できる別の病気を除外したうえで、遺伝学的検査で病型を確定する
- ➤制度 → 日本では指定難病18(脊髄小脳変性症)に含まれる

1. 遺伝性痙性対麻痺(HSP)とは
遺伝性痙性対麻痺は、両足の痙縮(けいしゅく:筋肉がこわばってつっぱる状態)と筋力低下を主な症状とする、遺伝性の病気のグループです。英語では Hereditary Spastic Paraplegia といい、頭文字をとってHSPと呼ばれます。19世紀に報告した医師の名前から、シュトリュンペル・ロラン症候群という別名もあります[2]。「対麻痺」は両足に症状が出ることを指す言葉で、まったく動かせなくなるという意味ではありません。
病気の本体は、大脳から脊髄へ運動の指令を伝える運動ニューロンのうち、「上位運動ニューロン」と呼ばれる神経細胞の線維が傷むことです。この線維は皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)という通り道をつくっており、腰のあたりまで届くものは体の中でも特に長い神経線維です。HSPでは、この長い線維が先端のほうから変性していきます[3]。足へ向かう線維がいちばん長いため、症状は足に出ます。
💡 用語解説:痙縮と上位運動ニューロン
痙縮とは、筋肉を伸ばそうとしたときに反射的に力が入り、こわばってしまう状態です。上位運動ニューロンは、ふだん脊髄の反射が強く出すぎないように抑える役目も担っています。この神経が傷むと抑えが効かなくなり、足がつっぱる、膝が曲がりにくい、つま先が引っかかるといった症状につながります。筋肉そのものの病気ではない点が、筋ジストロフィーなどとの違いです。
どのくらいの頻度の病気か
HSPはまれな病気で、頻度の推計は調査の方法や地域によって幅があります。各国の疫学研究をもとにしたモデル推計では、すべての病型を合わせた世界全体の有病率は10万人あたり3.6人とされています[4]。日本では、2002年度の臨床調査個人票を用いた集計で、家族性痙性対麻痺は10万人あたり0.9人、脊髄小脳変性症として登録された方の4.7%と報告されています[5]。
ただし、この数字は医療費助成の申請にもとづくもので、症状が軽く受診していない方や、別の診断名がついている方は含まれません。後で述べるように、家族歴がはっきりしない方や、幼いころから症状があって脳性麻痺と考えられていた方の中にもHSPが含まれているため、実際の人数はこれより多い可能性があります。
日本では指定難病18に含まれる
日本の制度では、痙性対麻痺は「脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)」(指定難病18)の中に含まれています。難病情報センターは、足のつっぱりと歩行障害が主な症状である痙性対麻痺について、一部の病型で小脳の症状を伴うことがあるため、行政上は脊髄小脳変性症に含めていると説明しています[6]。診療ガイドラインも同じ整理をとっており、変性疾患としての痙性対麻痺を脊髄小脳変性症として扱っています[5]。
このため、「脊髄小脳変性症」という名前の書類や制度の中に、HSPの方が含まれていることになります。病名が違って見えても、医療費助成の申請先は同じです。重症度などの認定基準を満たすかどうかは、主治医と相談して確認します。
2. 症状と病型:単純型と複合型
HSPは、症状の広がり方によって「単純型(純粋型)」と「複合型(複雑型)」に分けられます。この分け方は原因遺伝子による分類とは別のもので、診察でわかる症状にもとづく臨床的な分類です。どちらの型かによって、疑われる遺伝子や遺伝のしかたの見当が変わるため、診断の入り口として使われています。
単純型:足の症状が中心
単純型は、症状が両足のつっぱりと筋力低下にほぼ限られる型です。歩くときに足が前に出にくい、つま先が地面にすれる、階段を下りるのが怖い、といった変化から気づかれることが多く、進み方はゆるやかです。これに加えて、尿意を我慢しにくいといった膀胱の症状と、足の振動の感覚がわずかに鈍くなることは、単純型の範囲に含まれます[2]。
腕の力や話す機能、飲み込む機能は保たれるのが通常です。ただし、単純型と複合型の境目ははっきりしたものではありません。SPG4でも、複合型を思わせる症状があるからといってSPG4が否定されるわけではないとされています[7]。国内の報告では、常染色体顕性(優性)遺伝のHSPは単純型がほとんどを占めるとされています[8]。
複合型:ほかの神経症状を伴う
複合型は、足のつっぱりに加えて、ほかの神経の症状や目・骨格などの症状を伴う型です。伴う症状としては、認知機能障害や知的障害、話しにくさ・飲み込みにくさ、小脳性運動失調(ふらつき)、筋肉のやせ、末梢神経障害(ニューロパチー)、視神経萎縮、網膜の変性などが挙げられています[8]。常染色体潜性(劣性)遺伝のHSPは複合型が多い傾向があります[8]。
複合型では、最初に目立つ症状が足のつっぱりとは限りません。ふらつきが先に出れば運動失調の病気として、発達の遅れが先に出ればMASA症候群のように知的障害を伴う病気として調べが始まることもあります。HSPと脊髄小脳変性症、白質の病気は症状が重なり合うため、診断名より先に原因遺伝子が判明することも珍しくありません。
📋 単純型と複合型の違い
| 項目 | 単純型(純粋型) | 複合型(複雑型) |
|---|---|---|
| 中心となる症状 | 両足のつっぱり・筋力低下・歩きにくさ | 左に加えて、ほかの神経症状や全身の症状 |
| 伴ってよい症状 | 膀胱の症状、足の振動覚の軽い低下 | 制限なし |
| 伴う症状の例 | 原則なし | 知的障害、運動失調、ニューロパチー、視神経萎縮、網膜変性など |
| 遺伝形式の傾向 | 常染色体顕性(優性)が多い | 常染色体潜性(劣性)が多い |
| 代表的な病型 | SPG4、SPG3A、SPG31 | SPG11、SPG15、SPG7、AP-4関連(SPG47・50・51・52) |
※単純型の定義はGeneReviews[2]、遺伝形式の傾向と複合型の症状は国内の総説[8]による。同じ遺伝子でも単純型・複合型の両方をとることがあります。
経過:何年かけて、どこまで進むのか
HSPの多くは、年単位でゆっくり進みます。ドイツを中心とした608人の調査では、補助なしで歩ける状態は、発症から中央値で22年間保たれていました[9]。発症から40年たっても、およそ4人に1人は歩行補助具を使わずに歩いていたと報告されています[9]。この数字はさまざまな病型をまとめた集団のもので、特定の遺伝子に限った値ではありません。
同じ調査では、発症が早い人ほど自立歩行が長く保たれ、発症が遅い人ほど発症からの年数に対して早く歩行補助が必要になる傾向も示されました[9]。「若くして発症したから重い」とは限らないということです。一方で、複合型や小児期発症の一部の病型では進行が速いものもあり、経過の見通しは病型ごとに考える必要があります。
幼いころに始まる型は脳性麻痺と見分けにくい
ごく幼い時期に症状が始まるHSPは、進行がほとんど目立たず、脳性麻痺の痙直型両麻痺とよく似た姿をとることがあります。GeneReviewsも、幼児期早期に発症した場合は非進行性に見え、痙直型両麻痺の脳性麻痺に似ることがあると記載しています[2]。10歳未満で発症するHSPでは、ATL1遺伝子によるSPG3Aが最も多い原因でした[9]。
出産時の経過に大きな問題がなく、頭部MRIにも脳性麻痺を説明できる所見がないのに両足のつっぱりがある場合は、遺伝性の病気も候補になります。診断が変わると、きょうだいや次の世代への遺伝の見通しも変わります。脳性麻痺と遺伝の関係については脳性麻痺は遺伝するのかでも取り上げています。
3. なぜ足から症状が出るのか:長い神経線維を保つしくみ
HSPで足に症状が出るのは、足へ向かう神経線維(軸索)が体の中で特に長く、その長さを維持するしくみに弱点が生じるためです。軸索とは、神経細胞から伸びる1本の長い突起で、電気信号を遠くへ伝える電線のような部分です。皮質脊髄路の軸索は、大脳の表面から腰の高さの脊髄まで続いています。細胞の本体は脳にあるのに、材料やエネルギーを先端まで届け続けなければなりません。
HSPの原因遺伝子は数多くありますが、その働きを調べると、いくつかの共通したテーマに集まることがわかってきました。細胞内の小器官の形づくり、膜や荷物の輸送、ミトコンドリアの働き、脂質やコレステロールの代謝などです[3]。いずれも細胞にとって基本的な機能で、軸索が長い神経ほど、その不調の影響を受けやすいと考えられています。このような「長い軸索ほど先端から傷む」病態を、長さ依存性の軸索障害と呼びます[3]。
小胞体の形づくりと微小管
常染色体顕性型で多いSPG4・SPG3A・SPG31の原因タンパク質は、いずれも小胞体の形づくりに関わっています。小胞体は細胞内に広がる膜の袋や管で、軸索の中では細い管が網のようにつながって先端まで伸びています。HSPの原因タンパク質には、膜にヘアピンのように差し込まれて管の形をつくる領域を持つものが多く、小胞体を形づくるタンパク質と総称されます[1]。
SPG4の原因であるスパスチンは、微小管を切る酵素でもあります。微小管は軸索の中を走るレールのような構造で、切って作り直すことで適切な状態が保たれます。スパスチンは微小管の切断と小胞体の形づくりの両方に関わり、SPG31の原因であるREEP1は小胞体の形づくりと微小管との相互作用に関わるとされています[3]。スパスチンはAAAタンパク質という酵素ファミリーの一員です。
軸索輸送:荷物を運ぶモーター
微小管のレールの上で荷物を運ぶモータータンパク質の異常も、HSPの原因になります。キネシンは、細胞の本体から軸索の先端へ向けて荷物を運ぶモーターです。SPG10の原因であるKIF5Aはキネシン重鎖のひとつで、先端へ向かう輸送を担います。SPG30の原因であるKIF1Aも、微小管の上を動くモーターとして軸索輸送に関わります[3]。
輸送が滞ると、軸索の先端で必要な材料やミトコンドリアが不足します。距離が長いほど輸送の負担は大きくなるため、最も長い軸索から影響が出ると説明されています。KIF1Aの変化は、痙性対麻痺のほかに発達の遅れなどを伴う病型の原因にもなり、同じ遺伝子でも変化の種類によって症状の幅が広いことが知られています。
膜の輸送・脂質代謝・ミトコンドリア
複合型の原因遺伝子には、細胞内の膜の輸送や分解、脂質の代謝、ミトコンドリアに関わるものが多く含まれます。HSPの原因遺伝子がつくるタンパク質の役割は、小器官の形づくり、軸索輸送、脂質代謝、ミトコンドリア機能、エンドソームの輸送に及ぶとまとめられています[1]。エンドソームやリソソームは、細胞内で物質を仕分けて分解する経路で、オートファジーとも連携しています。
脂質代謝の例がSPG5です。原因のCYP7B1遺伝子は、オキシステロール7α水酸化酵素という、コレステロールが変化した物質を処理する酵素をつくります。SPG5の患者さんでは、この酵素が処理するはずの27-ヒドロキシコレステロールなどが血液と髄液にたまっており、ヒトの神経細胞に対する毒性も調べられています[10]。原因と結果のつながりが比較的はっきりしているため、治療研究が先行している病型です(第8章)。
AP-4関連のHSP(SPG47・SPG50・SPG51・SPG52)は、ゴルジ体からの荷物の仕分けに関わるAP-4複合体の4つの部品のいずれかが働かなくなる病気です。SPG50は小児期に発症し、進行性の痙性対麻痺に加えて発達の遅れ、知的障害、小頭症、てんかんなどを伴います[11]。SPG7の原因タンパク質パラプレジンはミトコンドリアで働くため、エネルギー産生の面から軸索の維持に関わると考えられています。
🩺 院長コラム【原因遺伝子が多いのに、症状が似る理由】
HSPの原因遺伝子の一覧を見ると、働きがばらばらに見えます。微小管を切る酵素、荷物を運ぶモーター、コレステロールを処理する酵素。それでも症状が似てくるのは、どれも「長い軸索を保つ」という同じ仕事のどこかを担っているからです。
臨床遺伝専門医の立場から見ると、この病気は「症状の名前」と「原因の名前」が一対一に対応しない典型例です。同じHSPでも遺伝子が違えば遺伝のしかたも経過も違います。病名がついた後に、もう一段、原因遺伝子まで確かめる意味がここにあります。
4. 原因遺伝子と主な病型(SPG番号)
HSPの病型は「SPG」に番号をつけて呼ばれます。SPGは spastic paraplegia の略で、原因となる遺伝子の場所が見つかった順に番号がつけられてきました[2]。2019年の総説では、80を超えるSPGと、およそ60の原因タンパク質が報告されています[1]。番号は重症度や頻度の順ではありません。SPG4が4番目に重いという意味ではなく、4番目に見つかったという意味です。
頻度には大きな偏りがあります。常染色体顕性型では、SPAST遺伝子によるSPG4が世界的に最も多い病型です[8]。国内の報告では、常染色体顕性のHSPの55%がSPG4で、SPG3AとSPG31はそれぞれ3〜5%を占め、20歳以下の若い発症が多いとされています[8]。常染色体潜性型は原因がさらに多様で、SPG5Aは常染色体潜性のHSPの7.3%を占めると報告されています[2]。
🧬 主な病型と原因遺伝子
| 病型 | 原因遺伝子 | 遺伝形式 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| SPG4 | SPAST | 常染色体顕性(優性) | 常染色体顕性型で最多。多くは単純型。発症年齢の幅が広い |
| SPG3A | ATL1 | 常染色体顕性(優性) | 小児期発症が多い。進行が目立たず脳性麻痺に似ることがある |
| SPG31 | REEP1 | 常染色体顕性(優性) | 若年発症が多い。通常は単純型 |
| SPG10 | KIF5A | 常染色体顕性(優性) | 軸索輸送のモーターの異常 |
| SPG30 | KIF1A | 顕性・潜性の両方 | 顕性型と潜性型がある |
| SPG11 | SPG11 | 常染色体潜性(劣性) | 複合型。脳梁が薄くなる型の代表 |
| SPG15 | ZFYVE26 | 常染色体潜性(劣性) | 複合型。SPG11とよく似た画像所見 |
| SPG7 | SPG7 | 常染色体潜性(劣性) | ミトコンドリアのタンパク質の異常。運動失調を伴うことがある |
| SPG5A | CYP7B1 | 常染色体潜性(劣性) | コレステロール関連物質の代謝異常。治療研究が進む |
| SPG47・50・51・52 | AP4B1・AP4M1・AP4E1・AP4S1 | 常染色体潜性(劣性) | AP-4関連。小児期発症の複合型 |
| SPG1 | L1CAM | X連鎖性 | MASA症候群・X連鎖性水頭症と同じ遺伝子 |
| SPG2 | PLP1 | X連鎖性 | ペリツェウス・メルツバッハ病と同じ遺伝子 |
※病型の番号づけと頻度はGeneReviews[2]と国内の総説[8]、タンパク質の働きは総説[3]による。表は代表的な病型のみを示しています。
このほかにも、SPG9A・SPG9B、SPG59、SPG78、SPG91など、個別に解説している病型があります。同じ遺伝子の変化でも、あるご家族では痙性対麻痺、別のご家族では運動失調や末梢神経の病気として現れることがあり、遺伝子型と表現型の対応は一対一ではありません。
💡 用語解説:SPG番号と遺伝子名
「SPG4」は病型(遺伝子の場所)につけられた番号で、「SPAST」はその場所にある遺伝子の名前です。SPG11やSPG7のように、番号がそのまま遺伝子名として使われているものもあります。近年は「SPAST関連HSP」のように遺伝子名で呼ぶ方法も広まっています。検査報告書では遺伝子名で書かれるのが通常なので、番号と遺伝子名の両方を控えておくと、情報を探すときに役立ちます。
5. 遺伝のしかたと家族への影響
HSPの遺伝のしかたは病型ごとに異なり、主な遺伝形式のすべてが存在します。「HSPは子に何%の確率で遺伝するか」という問いには、原因遺伝子がわかって初めて答えられます。遺伝形式がわからない段階で一律の数字を当てはめることはできません。
👪 遺伝形式ごとの伝わり方
| 遺伝形式 | しくみ | 次の世代への伝わり方 | 病型の例 |
|---|---|---|---|
| 常染色体顕性(優性) | 対になった遺伝子の片方の変化で発症しうる | 子に伝わる確率は妊娠ごとに50% | SPG4、SPG3A、SPG31 |
| 常染色体潜性(劣性) | 両方の遺伝子に変化があると発症する | 両親がともに保因者の場合、子が発症する確率は妊娠ごとに25% | SPG11、SPG15、SPG7、SPG5A |
| X連鎖性 | X染色体上の遺伝子の変化 | 保因者の女性の息子は各50%で変化を受け継ぎ発症しうる。娘も各50%で変化を受け継ぐ | SPG1、SPG2 |
| ミトコンドリア遺伝 | ミトコンドリアDNAの変化 | 母から子へ伝わる | ごくまれ |
常染色体顕性型:50%で伝わるが、発症の時期と重さは読めない
最も多いSPG4は常染色体顕性遺伝で、変化を持つ親から子へは50%の確率で伝わります。SPG4の浸透率(変化を持つ人のうち発症する人の割合)は年齢とともに上がりますが完全ではなく、生涯にわたり症状が現れない人もいます。その一方で、同じ家系の中でも症状の重さには大きな差があります[7]。発症年齢は1歳から76歳まで報告されています[7]。
この「年齢とともに上がる浸透率」は、家族歴の読み取りを難しくします。親が変化を持っていても、まだ発症していないか、症状がごく軽くて気づかれていないことがあるためです。こうした状態は不完全浸透と呼ばれ、SPAST遺伝子の病的バリアントは、浸透率の低さと症状の幅のために、家族歴のない方に見つかることも多いと報告されています[12]。
SPG4では、親から受け継がずに本人で新しく生じた変化(新生突然変異)による例は少ないとされ、診断された方の多くは、親のどちらかも変化を持っています[7]。家族歴がないように見えても、調べると親が同じ変化を持っていたということが起こります。
常染色体潜性型:両親が保因者
常染色体潜性遺伝の病型では、症状のない両親がそれぞれ1つずつ変化を持つ保因者であることが通常です。常染色体潜性遺伝では、両親から変化を1つずつ受け継いだ子が発症します。きょうだいが発症する確率は妊娠ごとに25%で、家系図の上では「兄弟姉妹にだけ患者がいる」「家族に誰もいない」という形になります。
患者さん本人の子については、パートナーが同じ遺伝子の保因者でないかぎり、子が発症する可能性は低くなります。パートナーが同じ遺伝子に病的バリアントを持たない場合、子は全員が保因者になりますが、通常は発症しません。パートナーが保因者なら、子が発症する確率は妊娠ごとに50%です。このように、同じ「HSP」という診断でも、常染色体顕性型と潜性型では家族への影響がまったく違います。
発症前の検査と、妊娠に関わる検査
家系の原因バリアントがわかっている場合、まだ症状のない血縁者が同じ変化を持つかどうかを調べることは技術的に可能です。ただし、HSPには発症を防ぐ方法が確立していないため、結果を知ることの利点と負担は人によって異なります。検査を受けない選択も尊重されます。無症状の未成年の方で、成人期発症が想定され、早期に結果を知っても予防や治療に結びつかない場合は、本人が理解して自分で決められる年齢まで発症前検査を待つことが原則です。一方、症状のある子どもの診断のための検査は、年齢にかかわらず検討されます。
妊娠に関わる検査として、出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT-M)が話題になることもあります。ここで知っておきたいのは、SPG4では症状の出方に幅があるため、出生前の検査結果から、発症するかどうか、何歳で発症するか、どの程度の障害になるかを予測することはできないとされている点です[7]。変化の有無はわかっても、その子の将来の姿まではわかりません。
6. 診断の流れ
HSPの診断は、「治療できる別の病気ではないことを確かめる」ことから始まり、最後に遺伝学的検査で病型を確定します。足のつっぱりと歩きにくさがゆっくり進むという症状は、HSPに特有のものではありません。遺伝性かどうかを考える前に、ほかの原因を調べる手順が必要です。
まず除外する病気
最初に確認するのは、脊髄が圧迫される病気や炎症、栄養の欠乏など、後天的な原因です。首や胸の背骨の病気による脊髄の圧迫、多発性硬化症などの炎症性の病気、ビタミンB12の欠乏、HTLV-1というウイルスによる脊髄の病気などが候補になります。これらは脊髄のMRIや血液検査で調べられ、原因に応じた治療があります。
遺伝性の病気の中にも、治療法のあるものが含まれます。GeneReviewsは、鑑別診断の中でも治療可能な遺伝性の病気に重点を置くよう求めています[2]。代表的なものは次のとおりです。
ひとつはドパ反応性ジストニア(瀬川病)で、GCH1遺伝子などが原因となり、レボドパという薬がよく効きます。もうひとつは脳腱黄色腫症で、原因はCYP27A1遺伝子です。さらに、副腎白質ジストロフィーの成人型(副腎脊髄ニューロパチー)は、ABCD1遺伝子によるX連鎖性の病気で、成人男性や女性保因者に痙性対麻痺として現れることがあり、副腎の働きの確認が必要になります。
頭部MRIが手がかりになる病型
単純型では頭部MRIに目立った異常がないことが多い一方、複合型では病型を絞り込む手がかりが得られることがあります。代表的な所見が、左右の大脳をつなぐ脳梁(のうりょう)が薄くなる「脳梁菲薄化」です。脳梁が薄いHSPでは、SPG11とSPG15が最も多い原因とされています[13]。
SPG11とSPG15では、MRIのFLAIRという撮り方で、脳梁の前端の両脇に左右対称の信号変化が見えることがあります。形がオオヤマネコの耳の先の毛に似ていることから「ears of the lynx(オオヤマネコの耳)徴候」と呼ばれます。SPG11またはSPG15の患者さん34人の画像を用いた研究では、この徴候の感度は判定者によって78.8〜97.0%、特異度は90.9〜100%でした[13]。この徴候があれば、家族歴がなくても遺伝子の変化が見つかる可能性が高いとされています[13]。
出生後の診断:遺伝学的検査で病型を確定する
症状のある方の病型を確定するのは、血液などを用いた遺伝学的検査です。HSPは原因遺伝子が多く、症状だけで1つに絞ることは難しいため、次世代シークエンサーで多数の遺伝子をまとめて調べる方法が用いられます。関連遺伝子をまとめたパネル検査のほか、遺伝子のタンパク質をつくる部分全体を調べるエクソーム解析、ゲノム全体を調べる全ゲノム解析があります。両者の違いはエクソーム解析と全ゲノム解析の違いで解説しています。
2014年の国内の報告では、常染色体顕性の症例の約60%で原因の変化が同定され、常染色体潜性の症例ではエクソーム解析を用いて約40%で同定されています[8]。裏を返せば、検査をしても原因が見つからない方が一定数います。結果が陰性であっても、HSPではないという意味にはなりません。
検査方法の選び方には注意点があります。最も多いSPAST遺伝子では、塩基配列を読む検査で見つかる変化が75〜80%、遺伝子の一部がまとまって欠けたり増えたりする変化(コピー数の変化)が20〜25%を占めます[7]。後者は配列を読むだけでは見逃されることがあり、MLPA法などの欠失・重複解析を含む検査が勧められています[7]。「検査は陰性だった」という場合は、どの方法で調べたかまで確認する必要があります。
当院の遺伝性痙性対麻痺(HSP)遺伝子検査パネルは、38遺伝子をまとめて調べる検査です。パネルに含まれない遺伝子が原因のこともあるため、症状や家族歴によっては全エクソーム検査や全ゲノムシークエンスを検討します。ふらつきや筋肉のやせが目立つ場合は、運動失調症、ALS、シャルコー・マリー・トゥース病、白質脳症のパネルが候補になることもあります。結果には、病気との関係がまだ判断できないVUSが含まれることがあります。
出生前の診断:家系のバリアントがわかっている場合
家系の原因バリアントが特定されている場合、その変化を対象とした出生前診断を検討できます。胎児の細胞を得るには羊水検査・絨毛検査が必要で、どちらも流産などのリスクを伴う検査です。家系の原因が不明な場合、通常の出生前スクリーニングでHSPの有無を判定することはできません。胎児に画像上の異常がある場合には、所見に応じた遺伝学的検査が検討されることもありますが、陰性でもHSPを除外できません。
出生前診断を考えるときは、検査でわかることの限界を先に整理しておく必要があります。前の章で述べたとおり、SPG4では変化の有無がわかっても発症の時期や重さは予測できません[7]。病型によって発症年齢も経過も大きく違うため、検査を受けるかどうかは、その病型の医学的な情報をもとに、ご本人とパートナーが決めることです。当院では、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを担当しています。
🩺 院長コラム【「陰性」の中身を確かめる】
遺伝学的検査の結果は、「何を調べたか」とセットで読むものです。SPAST遺伝子のように、通常の配列解析だけでは検出しにくい欠失・重複が2割以上を占める遺伝子では、調べ方が違えば結果も変わります。以前の検査で陰性だった場合でも、検査方法や対象範囲を見直すことで原因が判明することがあります。
もうひとつは、家族歴の読み方です。「家系に同じ病気の人はいない」という情報は、遺伝性ではないことの証明にはなりません。常染色体潜性型では両親に症状がなく、家族歴が明らかでないこともありますし、顕性型でも親の症状が軽くて気づかれていないことがあります。家系図は、診断がついてから見直すと別の意味を持つことがあります。
7. 治療と日常の管理
現時点で、HSPの進行を止めたり元に戻したりする治療は確立していません。治療の中心は、つっぱりを和らげ、歩く力をできるだけ長く保つための対症療法とリハビリテーションです。GeneReviewsも、単純型HSPの管理について症状に応じた治療を解説しています[2]。対症療法とリハビリテーションは、日常の機能を保つために重要です。
リハビリテーションと装具
日常の管理の土台は、ストレッチと運動を続けることです。痙縮があると、筋肉や腱が短く固まり、関節の動く範囲が狭くなっていきます。ふくらはぎや太ももの内側を毎日伸ばすことは、この変化を遅らせることを目的としています。理学療法士の指導のもとで、筋力を保つ運動やバランスの練習を組み合わせます。
つま先が下がって引っかかる場合には、足首を支える短下肢装具が使われます。杖や歩行器は、転倒を防ぎ、行動範囲を保つための道具です。使い始める時期を先延ばしにするよりも、必要になった段階で取り入れるほうが、結果として活動量を保ちやすくなります。
つっぱりを和らげる薬と処置
痙縮に対しては、飲み薬、注射、体内に埋め込むポンプといった方法があり、症状の強さと広がりに応じて選ばれます。飲み薬にはバクロフェンやチザニジンなどがあります。全身に作用するため、眠気や脱力が出ることがあり、少量から調整します。つっぱりは足を支える力にもなっているので、和らげすぎるとかえって立ちにくくなる点に注意が必要です。
特定の筋肉のつっぱりが強い場合には、その筋肉にボツリヌス毒素を注射する方法があります。飲み薬で十分な効果が得られない重い痙縮には、バクロフェンを脊髄の周囲に持続的に注入するポンプを埋め込む治療(バクロフェン髄注療法)が選択肢になります。尿意を我慢しにくい症状には、膀胱の過剰な収縮を抑える薬が使われます。いずれも神経内科やリハビリテーション科で行われる治療です。
公的な支援制度
第1章で述べたとおり、痙性対麻痺は指定難病18の対象に含まれます[6]。認定されると、病気に関わる医療費の自己負担に上限が設けられます。申請には、難病指定医が作成する診断書(臨床調査個人票)が必要です。身体障害者手帳や介護保険など、ほかの制度が使える場合もあります。申請の窓口は、お住まいの地域の保健所などです。
8. 研究が進む「原因に働きかける治療」
一部の病型では、原因そのものに働きかける治療の研究が、人を対象とした試験の段階に入っています。ただし、現時点で承認された根本的治療はなく、対象もごく限られた病型です。ここでは、査読を受けた論文と公的な試験登録で確認できる範囲の事実を紹介します。
SPG5:たまった物質を減らす試み
SPG5では、血液中にたまった27-ヒドロキシコレステロールを、コレステロールを下げる薬で減らす試験が行われました。ドイツの研究グループは、遺伝子で確定したSPG5の患者さん34人(28家系)を調べ、この物質が血液と髄液にたまっていること、血液中の値が重症度や罹病期間と相関することを示しました[10]。
そのうえで、14人を対象に、アトルバスタチン(1日40mg)と偽薬を9週間比べる無作為化二重盲検試験を行いました。アトルバスタチンを飲んだ群では、血液中の27-ヒドロキシコレステロールが31.5%下がり、偽薬の群では下がりませんでした[10]。この試験が評価したのは血液中の値で、歩行などの症状が良くなるかどうかは、この試験ではわかっていません。長期の効果は今後の検証を待つ段階です。
SPG50:遺伝子を補う治療
AP4M1遺伝子が働かないSPG50では、正常な遺伝子をウイルスベクターで届ける遺伝子治療の開発が進んでいます。用いられるのはアデノ随伴ウイルス9型(AAV9)というベクターで、腰から髄液の中に1回注入します。動物実験などの前臨床研究で安全性と効果が検討され[11]、その後、4歳の患者さん1人を対象とした第1相試験の結果が報告されました[14]。
この報告によると、投与後12か月の時点で治療の忍容性は良好で、重い有害事象はみられませんでした。効果については、病気の経過が安定したことを示唆する予備的な結果とされ、安全性と有効性を確かめるにはより長い観察が必要だと著者自身が述べています[14]。現在は、同時対照群を置いた非盲検の第3相試験が登録されています[15]。2026年10月時点では治験の段階であり、一般の診療で受けられる治療ではありません。
遺伝子治療や代謝に働きかける治療は、原因遺伝子ごとに開発されます。そのため、治験に参加できるかどうかの前提として、遺伝学的検査で病型が確定していることが求められます。将来の治療の選択肢という面でも、原因遺伝子を確かめる意味は大きくなっています。
9. よくある誤解
誤解①「家族に同じ病気の人がいないから遺伝性ではない」
常染色体潜性型では、両親は通常、症状のない保因者なので、家族歴が明らかでないこともあります。顕性型でも、親の発症が遅い、症状が軽いといった理由で気づかれていないことがあります。家族歴の有無だけでは判断できません。
誤解②「SPGの番号が大きいほど重い」
SPGの番号は、遺伝子の場所が見つかった順番です。重症度や頻度の順ではありません。SPG4が最も多く、番号の大きい病型の多くはごくまれです。
誤解③「遺伝子検査が陰性ならHSPではない」
検査をしても原因が見つからない方は一定数います。調べた遺伝子の範囲や、欠失・重複を調べたかどうかによって結果は変わります。陰性の場合は、検査の方法と範囲を確認します。
誤解④「いずれ必ず歩けなくなる」
608人の調査では、発症から40年たっても約4人に1人は補助具なしで歩いていました。進み方は病型と個人によって大きく異なります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 遺伝性痙性対麻痺は子どもに遺伝しますか?
遺伝する確率は、原因遺伝子と遺伝形式によって変わります。最も多いSPG4などの常染色体顕性(優性)型では、変化を持つ親から子へ50%の確率で伝わります。常染色体潜性(劣性)型では、パートナーが同じ遺伝子の保因者でないかぎり、患者さんの子が発症する可能性は低くなります。まず遺伝学的検査で病型を確定することが、見通しを立てる前提になります。
Q2. 何歳ごろに発症しますか?
発症年齢は乳幼児期から高齢期まで幅があります。SPG4では1歳から76歳までの発症が報告されています。同じ家系で同じ変化を持っていても、発症する年齢や症状の重さは人によって異なります。
Q3. 寿命に影響しますか?
足の症状が中心の単純型は、ゆっくり進む病気で、歩く機能への影響が主な問題になります。複合型や小児期発症の一部の病型では、合併する症状によって経過が異なります。病型ごとの見通しは、原因遺伝子が確定してから主治医と確認します。
Q4. 脳性麻痺と言われていましたが、遺伝性痙性対麻痺の可能性はありますか?
可能性はあります。幼いころに始まる遺伝性痙性対麻痺は進行が目立たず、痙直型両麻痺の脳性麻痺とよく似ることがあります。出産時の経過や頭部MRIで脳性麻痺を説明できる所見がない場合や、血縁者に似た症状の方がいる場合は、遺伝学的検査が検討されます。
Q5. 治療法はありますか?
進行を止める治療は確立していませんが、つっぱりを和らげる飲み薬、ボツリヌス毒素の注射、バクロフェン髄注療法、リハビリテーション、装具などの対症療法があります。SPG5やSPG50など一部の病型では、原因に働きかける治療の臨床試験が行われていますが、現時点で承認された根本的治療はありません。
Q6. 遺伝学的検査はどこで受けられますか?
神経内科のある大学病院などの遺伝子診療部門や、遺伝診療を専門とする医療機関で受けられます。当院では、遺伝性痙性対麻痺に関連する38遺伝子をまとめて調べるパネル検査のほか、全エクソーム検査、全ゲノムシークエンスを行っており、臨床遺伝専門医が結果の説明を担当します。
Q7. 医療費の助成はありますか?
日本では、痙性対麻痺は指定難病18「脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)」に含まれており、認定されると医療費助成の対象になります。申請には難病指定医が作成する診断書が必要です。
まとめ
遺伝性痙性対麻痺(HSP)は、脳から脊髄へ伸びる長い神経線維が先端から傷むことで、両足のつっぱりと歩きにくさがゆっくり進む、遺伝性の病気のグループです[3]。足の症状が中心の単純型と、ほかの症状を伴う複合型があり、80を超える病型が報告されています[1]。日本では指定難病18に含まれます[6]。
遺伝のしかたは病型によって異なり、原因遺伝子がわかって初めて、家族への影響や経過の見通しを具体的に考えられるようになります。診断では、治療できる別の病気を除外したうえで、欠失・重複の解析を含む遺伝学的検査で病型を確定します[7]。治療は対症療法とリハビリテーションが中心ですが、一部の病型では原因に働きかける治療の試験が始まっています[14]。関連する検査は遺伝性痙性対麻痺(HSP)遺伝子検査パネル、遺伝診療の全体は遺伝カウンセリング・遺伝診療のページをご覧ください。
🏥 遺伝性痙性対麻痺の遺伝学的検査をご検討の方へ
ミネルバクリニックでは、遺伝性痙性対麻痺に関連する遺伝子のパネル検査、全エクソーム検査、全ゲノムシークエンスを行っています。検査の前後には、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを担当し、結果がご本人と血縁の方にとって何を意味するかを医学的な根拠にもとづいて説明します。正確な診断をもとに、その後の選択を考えていただけます。
参考文献
- [1] Fowler PC, Garcia-Pardo ME, Simpson JC, O’Sullivan NC. NeurodegenERation: The Central Role for ER Contacts in Neuronal Function and Axonopathy, Lessons From Hereditary Spastic Paraplegias and Related Diseases. Front Neurosci. 2019;13:1051. DOI: 10.3389/fnins.2019.01051. PMID: 31680803. [PMC6801308]
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