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SPG59(常染色体劣性痙性対麻痺59型)とは?症状・原因・遺伝のしくみをわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

SPG59(常染色体劣性痙性対麻痺59型)は、USP8遺伝子の変化により、乳幼児期から足のつっぱり(痙縮)や歩きにくさがゆっくり進む、きわめてまれな遺伝性の神経の病気です。世界でも報告例がごく少なく、100万人に1人未満と推定されています。同じUSP8遺伝子は、大人の「クッシング病」とも関わるという奥深い一面を持ちます。この記事では、SPG59の症状・原因・遺伝のしかた・診断・治療を、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 遺伝性痙性対麻痺・希少疾患・遺伝カウンセリング
臨床遺伝専門医監修

Q. SPG59(常染色体劣性痙性対麻痺59型)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SPG59は、USP8という遺伝子の働きが生まれつき弱まることで、乳幼児期から下肢の痙縮(足のつっぱり)や歩行障害がゆっくり進む、ごくまれな遺伝性の神経の病気(複合型の遺伝性痙性対麻痺)です。つま先歩きやはさみ脚歩行、腱反射の亢進などがみられ、境界域の知的のゆっくりさを伴うこともあります。父・母の両方から変化した遺伝子を受け継いで発症する常染色体劣性(潜性)遺伝で、ご両親はふつう症状のない「保因者」です。現時点で根本治療はなく、リハビリや抗痙縮薬などの対症療法が中心となります。

  • 原因の正体 → 15番染色体にあるUSP8遺伝子(脱ユビキチン化酵素の設計図)の機能喪失型変化
  • 中心となる症状 → 乳幼児期からの下肢痙縮・尖足歩行・はさみ脚歩行・腱反射亢進・クローヌス
  • 遺伝のしかた → 常染色体劣性(潜性)遺伝。保因者同士のごきょうだいの発症リスクは25%
  • 診断の柱 → 次世代シーケンサーによる遺伝学的検査(全エクソーム検査など)。HSPパネルにUSP8は含まれません
  • いま言えること → 報告例はごく少数で、原因とされる変化の病的意義もまだ確定途上の、研究が続く領域です

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1. SPG59(常染色体劣性痙性対麻痺59型)とは

SPG59は、「遺伝性痙性対麻痺(Hereditary Spastic Paraplegia:HSP)」と呼ばれる病気のグループのひとつです。HSPは、脳から脊髄へと信号を伝える長い神経の通り道(皮質脊髄路)がゆっくりと傷んでいくことで、おもに両脚のつっぱり(痙縮)と歩きにくさが進行する神経の病気の総称です。これまでに80を超える原因遺伝子が見つかっており、それぞれにSPG1、SPG2…という番号が割り当てられています。SPG59は、その59番目として整理されたタイプにあたります。

SPG59の原因は、15番染色体(15q21.2)にあるUSP8遺伝子の変化です[3]。発症はとても早く、乳児期から小児期にかけて、歩き始めの時期の異常な歩き方や、運動発達のゆっくりさとして気づかれることが多い病気です[2]。HSPの多くが「足の運動だけ」の症状にとどまるのに対し、SPG59は知的のゆっくりさや眼の動きの異常などを伴うことがあるため、「複合型(合併症をともなうタイプ)」に分類されます。

SPG59は100万人に1人未満と推定される、HSPの中でもとりわけまれなタイプです[2]。後で詳しくお伝えしますが、世界の医学文献に残る報告例自体がごくわずかしかなく、病気の全体像はいまも研究によって少しずつ明らかになっている段階にあります。だからこそ、確定診断と、ご家族に寄り添った遺伝カウンセリングの意味が大きい病気だと、私たちは考えています。

💡 用語解説:痙縮(けいしゅく)と上位運動ニューロン

痙縮とは、筋肉がこわばって突っ張り、思うように力を抜けなくなった状態です。脳から脊髄へ命令を送る神経(上位運動ニューロン)には、本来「筋肉を必要以上に緊張させすぎないようにブレーキをかける」役割があります。この上位運動ニューロンが傷むと、ブレーキが外れて筋肉が常に緊張し、足が棒のように突っ張ってしまいます。HSPやSPG59の歩きにくさは、筋肉そのものの病気ではなく、この「ブレーキ役の神経の障害」によって起こります。

2. SPG59の症状と経過

SPG59の中心となる症状は、早い時期から始まり、ゆっくりと進む下肢の痙縮です[2]。両脚の筋緊張が高まり、腱反射が強くなり(腱反射亢進)、足首などにリズミカルなふるえ(クローヌス)がみられます。こうした「上位運動ニューロン徴候」が、SPG59の土台となる所見です。

特徴的な歩き方と足の変形

痙縮が進むと、ふくらはぎの筋肉が過度に緊張し、かかとが上がってつま先立ちのようになる尖足歩行(つま先歩き)がみられます。さらに、太ももの内側の筋肉が緊張して両脚が交差しがちになり、はさみのように脚を組んで歩くはさみ脚歩行(鋏状歩行)が現れます[2]。成長とともに筋緊張のアンバランスが続くと、足が内側に向いて変形する内反尖足を生じることがあり、整形外科的な対応が必要になる場合もあります。なお、病気を最初に報告した家系の3きょうだいでは、内反尖足がみられたのは1人で、全員にクローヌスが認められました[3]

知的の発達・眼の動き・画像所見について

SPG59が「複合型」とされるのは、足の症状に加えて中枢神経の所見を伴うことがあるためです。知的の発達については、境界域のゆっくりさが報告されていますが、これは全例に必ずあるものではありません。最初の報告家系では、3きょうだいのうち2人は知的に正常で、1人が境界域でした[3]。眼振(眼の細かなふるえ)も一部の患者さんで報告されています[2]

頭部MRI(磁気共鳴画像)については、注意が必要です。最初の報告家系では、3人とも脳のMRIは正常でした[3]。一部のデータベースには、小脳や大脳白質の形態異常が「起こりうる所見」として登録されていますが[4]、これはごく少数例の情報をまとめたもので、SPG59に必ずみられる確立した中核所見ではありません。「MRIで必ず異常が出る病気」と受け止めないことが大切です。

症状カテゴリ 具体的な所見 気づかれやすい時期
運動・下肢 下肢痙縮、腱反射亢進、クローヌス、進行性の歩行障害 乳児期〜小児期(初期症状)
歩行・骨格 尖足歩行、はさみ脚歩行、内反尖足(一部の例) 歩き始めの前後〜小児期
知的・発達 境界域の知的のゆっくりさ(必発ではない) 発達の過程で顕在化
眼・画像 眼振(一部)。原報告ではMRI正常、白質・小脳異常は確立した所見ではない 検査実施時

3. 原因遺伝子USP8と発症のしくみ

USP8がつくるタンパク質は、細胞の中で「分解の目印」を外す消しゴム役の酵素(脱ユビキチン化酵素)です。私たちの細胞では、不要になったタンパク質に「ユビキチン」という小さな目印がつけられ、ゴミ処理場へ運ばれて分解されます。USP8は、この目印を適切なタイミングで外し、必要なタンパク質を分解から守ったり、細胞内の物流(エンドソームと呼ばれる袋を使った輸送)を整えたりしています。USP8そのものの分子としての詳しい働き――エンドソームでの受容体の仕分け、EGFRの調節、自己阻害のしくみ、そして大人のクッシング病との関わりなど――は、USP8遺伝子の解説ページで詳しくまとめています。

💡 用語解説:脱ユビキチン化酵素とエンドソーム選別輸送(ESCRT)

細胞の表面で役目を終えた受容体は、エンドソームという袋に取り込まれ、再利用するか、リソソームで分解するかが決められます。この仕分けを行うベルトコンベアが「ESCRT(エンドソーム選別輸送複合体)」です。USP8はこのESCRTと協調し、目印(ユビキチン)を外したり装置の部品を守ったりして、細胞内の物流を滞りなく保っています。USP8の働きが弱まると、この物流が渋滞し、細胞のすみずみまで荷物が届かなくなると考えられています。

どんな遺伝子の変化が見つかっているか

SPG59が独立した病気として確立したのは、2014年にNovarinoらが発表した大規模な全エクソーム解析の研究です[1]。血のつながりのある両親から生まれた3きょうだいの家系で、USP8遺伝子にホモ接合(父由来・母由来の両方に同じ変化がある状態)のミスセンス変異(c.928C>A、p.Gln310Lys)が見つかりました[1][3]。ゼブラフィッシュでこの遺伝子の働きを抑えると運動の異常が現れたことから、USP8が脊椎動物の運動神経に重要であることが示唆されました[1]。その後、ホモ接合だけでなく、2か所に別々の変化を持つ複合ヘテロ接合での発症も報告されており、常染色体劣性遺伝のパターンに合致することが確かめられています。

💡 用語解説:ミスセンス変異と機能喪失型変異

ミスセンス変異とは、DNAの1文字が変わって、設計図が指定するアミノ酸が別のものに置き換わる変化です。SPG59で見つかったp.Gln310Lysは、310番目のグルタミンがリジンに変わるミスセンス変異です。

機能喪失型変異とは、遺伝子本来の働きが弱まる・失われる変化です。SPG59は、USP8の働きが不足することで神経が傷むと考えられており、これは大人のクッシング病で起こる「働きが強くなりすぎる(機能獲得型)」変化とは正反対です。同じ遺伝子でも、変化の向きで現れる病気がまったく違うのです。

なぜ「足」が突っ張るのか:ダイイングバック変性

USP8は全身の細胞で働いているのに、なぜSPG59では「足」がとくに障害されるのでしょうか。その鍵は、足を動かす神経の並外れた長さにあります。脳の運動野から脊髄の下のほう(腰や仙骨のあたり)まで伸びる神経細胞の軸索は、ヒトの体でもっとも長い細胞の一つで、1メートルを超えることもあります[5]。この長い距離を、エネルギー源や材料を運び続けるためには、微小管というレールの上を、キネシンダイニンといった運び屋(モータータンパク質)が休みなく往復する、精密な物流が欠かせません。

ダイイングバック変性:末端から細胞体へ傷みが進む もっとも長い軸索(足を動かす神経)が最初に影響を受ける 細胞体 大脳皮質運動野 健常な軸索(近位) 変性した遠位部 末端 シナプス(脊髄) 変性が進む向き(遠位→近位)

細胞内の物流が滞ると、細胞体からもっとも遠い軸索の末端(シナプス側)から先に傷み、徐々に細胞体へ向かって変性が進みます。これを「ダイイングバック」と呼び、最も長い「足の神経」が最初に障害されるため、下肢の痙縮が主症状になります。

USP8の働きが弱まってエンドソームの物流が渋滞すると、細胞体から最も遠い軸索の末端がまっさきにエネルギー不足に陥ります。そのため、末端から細胞体に向かって変性が進む「ダイイングバック」が起こります[5]。USP8が全身にあるのに足の神経が特異的に障害されるのは、こうして「いちばん長い細胞」が真っ先に音をあげるためだと考えられています。なお、SPG59で知的のゆっくりさを伴うことがある背景としては、USP8がシナプスの足場タンパク質SHANK3を守る働きを持つことが関わる可能性が指摘されていますが、これはまだ研究段階の知見です[8]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【同じ遺伝子が、正反対の病気を起こすということ】

私はがん薬物療法専門医・総合内科専門医として、コルチゾールが過剰になる内分泌の状態に向き合うことがあります。文献を踏まえると、USP8という遺伝子は本当に示唆に富んでいます。大人で下垂体腫瘍の細胞だけに「働きが強くなりすぎる」変化が起きるとクッシング病になり、生まれつき両親から「働きが弱まる」変化を受け継ぐとSPG59になる――同じ遺伝子が、変化の向きと場所で正反対の病気を生むのです。

臨床遺伝専門医としてご家族に説明する立場からは、この「向き」と「場所(体の細胞だけか、生殖細胞系列か)」の区別が、ご家族のリスクを左右する決定的なポイントになります。分子の言葉を一本ずつほどいていくと、見え方がまるで変わる――遺伝医療の面白さと責任を、いつも感じる遺伝子の一つです。

4. 遺伝のしかたと再発リスク

SPG59は常染色体劣性(潜性)遺伝の病気です[2]。私たちは同じ遺伝子を父由来・母由来の2本ずつ持っていますが、この病気は2本ともに変化がそろって初めて発症します。片方だけに変化がある人は「保因者(キャリア)」で、ふつう症状はありません。SPG59のお子さんのご両親は、たいていそれぞれ保因者です。

常染色体劣性(潜性)遺伝のしくみ 保因者の父(Aa)×保因者の母(Aa) 父:A a A a A a AA 非保因者 Aa 保因者 Aa 保因者 aa 発症 非保因者 25% 保因者 50% 発症 25% A=正常な遺伝子/a=変化した遺伝子

ご両親がともに保因者の場合、お子さん一人ひとりで、発症が25%・保因者が50%・変化を受け継がないのが25%という確率になります(妊娠ごとに毎回この確率です)。

ご両親がともに保因者の場合、お子さんが発症する確率はそれぞれの妊娠で25%、症状のない保因者となる確率が50%、変化をまったく受け継がない確率が25%です。すでにお子さんがSPG59と診断されている場合、次のごきょうだいの発症リスクは25%となります。なお、血のつながりのあるご夫婦(血族婚)では、同じ変化を共有しやすいため、まれな常染色体劣性疾患の発症リスクがやや高くなります。ホモ接合・ヘテロ接合・複合ヘテロ接合といった用語の意味も、あわせてご覧いただくと理解が深まります。

こうした数字は、冷たい確率として受け取られがちですが、本来はご家族がこれからを考えるための材料です。SPG59のように報告例が少ない病気では、なおさら一般論だけでは語りきれません。再発リスクや家族計画については、遺伝カウンセリングのなかで、ご家族の状況に合わせて一緒に整理していくことが大切だと考えています。

5. SPG59の診断

乳幼児期の痙性対麻痺は、ほかの多くの神経の病気と症状が重なるため、確定診断には段階を踏んだ評価が必要です。まずMRIで脊髄の腫瘍や奇形などの構造的な原因を除外し、白質に異常がある場合は副腎白質ジストロフィーなどの代謝性の病気との区別を行います[5]。日内変動を伴う歩行異常があれば、ドーパ反応性ジストニアの可能性を考えてレボドパを試すこともあります。こうして他の原因を整理したうえで、遺伝学的検査に進みます。

出生後の診断:次世代シーケンサーによる遺伝学的検査

SPG59を含むHSPは原因遺伝子が80以上あり、症状だけで遺伝子を一つに絞り込むのは困難です。そのため、症状のあるお子さんの確定診断では、次世代シーケンサー(NGS)を使って多数の遺伝子をまとめて調べる方法が標準になっています[5]。検体は血液や唾液で、体に大きな負担はかかりません。

💡 大切なポイント:SPG59と検査メニューの関係

当院の遺伝性痙性対麻痺(HSP)遺伝子検査パネルは38遺伝子を一度に調べる検査ですが、この38遺伝子のなかにUSP8は含まれていません。そのためSPG59を確実に拾うには、すべてのタンパク質設計図(全エクソン)を網羅する全エクソーム検査(WES)が適しています。クリニカルエクソーム検査も選択肢になりますが、収載遺伝子が限られるため、USP8が対象かどうかは事前確認が必要です。「どの検査がご本人に適しているか」は、症状や家族歴をふまえて臨床遺伝専門医がご一緒に判断します。

検査で変化が見つかったときに、もう一つ重要になるのが「その変化が本当に病気の原因か」の判定です。実は、SPG59を最初に報告した家系の変化(p.Gln310Lys)は、公的データベースでは意義不明バリアント(VUS)として扱われている側面があります[3]。これは「明らかに病気の原因」と「明らかに無害」の中間で、まだ判断が定まっていないことを意味します。だからこそ、結果の解釈と説明には専門的な評価が欠かせません。

💡 用語解説:意義不明バリアント(VUS)

VUS(Variant of Uncertain Significance)とは、見つかった遺伝子の変化が「病気を起こすのか、それとも個人差の範囲なのか、現時点では判断できない」ものを指します。医学的な証拠が増えるにつれて、将来「病的」または「良性」に再分類されることがあります。VUSが見つかったというだけで発症や保因が確定するわけではないため、過度に不安にならず、専門医とともに慎重に意味づけしていくことが大切です。

出生前の検査について

SPG59のような単一遺伝子の劣性疾患では、出生前の検査は「すでに家系内で原因となる変化が特定されている場合」に限って意味を持ちます。その場合、羊水検査・絨毛検査で得た胎児の細胞に対し、家系で判明している変化を標的に調べる方法が選択肢となります(羊水検査・絨毛検査について)。出生前に調べるかどうかは、ご家族の価値観に関わる繊細な選択です。私たちは検査を勧めることも、安心を約束することもせず、中立の立場で情報をお伝えし、決定はご家族に委ねる姿勢を大切にしています。

6. 治療と療養・将来の展望

現在のところ、SPG59をはじめとする大半のHSPに対して、病気の進行そのものを止める根本治療は確立していません[7]。治療の中心は、お子さんの生活の質を保ち、できることを増やすための対症療法とリハビリテーションになります。

いま行われている対症療法

最優先となるのは、下肢の痙縮をやわらげ、運動機能を最大限に保つことです[7]。理学療法による関節の可動域の維持・拘縮の予防・ストレッチは、日々の積み重ねがとても重要です。薬物療法としては、バクロフェンやチザニジンといった中枢性の筋弛緩薬が用いられます。経口薬で十分でない重症例では、ポンプを使って薬を脊髄の周囲に持続的に届けるバクロフェン髄注療法(ITB療法)が検討されることもあります。

  • 理学療法・作業療法:関節可動域の維持、拘縮予防、ストレッチ、装具(短下肢装具など)の調整
  • 抗痙縮薬:バクロフェン・チザニジンなどの内服。重症例ではバクロフェン髄注療法(ITB)
  • ボツリヌス療法:局所の強い痙縮や内反尖足の進行に対し、標的の筋肉へボツリヌス毒素を注射
  • 整形外科的対応:内反尖足などの変形に対するアキレス腱延長術などを、時期を見て検討

局所の強い痙縮や内反尖足の進行に対しては、下腿の筋肉などへのボツリヌス毒素の注射が有効なことがあります。集中的な理学療法と組み合わせることで、歩行機能の改善や手術時期を遅らせる効果が報告されています[7]。お子さん一人ひとりで症状の出方が違うため、小児神経・整形外科・リハビリの多職種が連携して、その子に合った計画を立てていくことが大切です。

将来への希望:遺伝子治療研究の進展

いま、HSPの領域では大きな前進が起きています。SPG59と同じく乳幼児期に発症し、重い痙縮と知的障害を伴う常染色体劣性HSPであるSPG47(AP4B1遺伝子の変化)に対して、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子補充療法の第1/2相臨床試験が進行しています(ClinicalTrials.gov:NCT06948019)[6]。正常な遺伝子を中枢神経に届けて、神経の変性を食い止めようとする試みです。

SPG59もSPG47と同じく、単一遺伝子の機能喪失で起こる常染色体劣性の病気です。理屈のうえでは、正常なUSP8遺伝子を届けて働きを補うアプローチが将来の選択肢になりうると考えられますが、現時点では患者由来のiPS細胞や動物モデルを使った基礎研究の段階であり、ヒトでの治療として確立したものではありません。先行するSPG47の成果や、ESCRT経路を標的とした研究の進展が、SPG59の治療開発につながることが期待されます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【希少疾患のご家族に寄り添うということ】

SPG59は小児期に始まる病気で、私自身が成人を診る臨床遺伝専門医として直接お子さんを担当する場面は多くありません。それでも、リンチ症候群や遺伝性乳がんのご家族へのカウンセリングと地続きの問題として、「報告例の少ない病気と、どう向き合うか」を考え続けてきました。情報が少ない病気ほど、ご家族は孤独になりやすいからです。

文献を踏まえて私が大切にしているのは、わからないことを「わからない」と正直にお伝えしつつ、いま確かに言えること――遺伝のしかた、再発リスク、対症療法でできること、そして世界で進む研究――を一つずつ整理してお渡しすることです。SPG47で遺伝子治療が動き出した今、SPG59のご家族にも「世界はあなたの病気を見ています」と伝えられる日が、少しずつ近づいていると感じています。

7. エビデンスの限界:いま正直に言えること

SPG59について正直にお伝えしておきたいのは、この病気の医学的な証拠がまだ限られているという事実です。病気の土台となっているのは、2014年の最初の報告(3きょうだいの1家系)と、その後のごく少数の追加報告にすぎません[1]。原因とされる変化も、前述のとおり公的データベースでは意義不明(VUS)として扱われる側面があり、USP8とHSPの結びつきの証拠は「限定的」と評価される段階にあります[3]

これは「だから心配いらない」という意味でも、「だから疑わしい」という意味でもありません。報告が積み重なる途中の、研究が続く領域だということです。だからこそ、診断にあたっては、見つかった変化の意味づけ、家系内での共分離(同じ変化を持つ家族に症状があるか)、ほかの原因の除外を、ていねいに行う必要があります。情報が少ない病気だからこそ、確かな根拠と慎重な解釈、そしてご家族への誠実な説明が、何よりも価値を持つと私たちは考えています。

8. よくある誤解

誤解①「親が発症していないから遺伝病ではない」

SPG59は常染色体劣性(潜性)遺伝です。ご両親は症状のない保因者であることがほとんどで、両親が健康でも、お子さんが発症することがあります。親に症状がないことは、遺伝性を否定する理由にはなりません。

誤解②「USP8の変化だから、クッシング病が遺伝する」

同じUSP8でも、クッシング病は大人の腫瘍細胞だけに起きる体細胞変異(機能獲得型)で、お子さんには遺伝しません。SPG59は生まれつきの機能喪失型で遺伝します。変化の向きと場所がまったく違う、別の話です。

誤解③「MRIで異常がないからSPG59ではない」

最初に報告された家系では全員のMRIが正常でした。SPG59はMRIで必ず異常が出る病気ではなく、画像が正常でも否定はできません。診断の柱はあくまで遺伝学的検査です。

誤解④「HSPのパネル検査を受ければSPG59もわかる」

当院のHSPパネル(38遺伝子)にはUSP8が含まれていません。SPG59を確実に調べるには、全エクソーム検査など、より網羅的な解析が必要です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

SPG59は、世界でも報告例の少ない、ごくまれな病気です。だからこそ、診断がつくまでに時間がかかったり、情報を探しても見つからずに不安になったりするご家族が少なくありません。私たちは、確かな根拠にもとづいた説明と、ご家族の歩みに寄り添う遺伝カウンセリングを通じて、その不安を少しでもやわらげたいと考えています。診断・遺伝形式・再発リスク・いまできること――一つずつ、ご一緒に整理していきましょう。臨床遺伝専門医が、その役割を担います。

よくある質問(FAQ)

Q1. SPG59はどのくらいまれな病気ですか?

SPG59は100万人に1人未満と推定される、遺伝性痙性対麻痺の中でもとりわけまれなタイプです。世界の医学文献に残る報告例自体がごくわずかしかなく、病気の全体像はいまも研究によって明らかになっている段階です。そのため、確定診断と専門的な情報提供の意味が大きい病気といえます。

Q2. 親が健康でも、子どもがSPG59になることがありますか?

はい、あります。SPG59は常染色体劣性(潜性)遺伝で、ご両親はそれぞれ症状のない保因者であることがほとんどです。父・母の両方から変化した遺伝子を受け継いだ場合に発症します。ご両親がともに保因者の場合、お子さんの発症リスクはそれぞれの妊娠で25%です。

Q3. ミネルバクリニックのHSPパネル検査でSPG59はわかりますか?

当院のHSP遺伝子検査パネル(38遺伝子)には、SPG59の原因であるUSP8は含まれていません。そのためSPG59を確実に調べるには、全エクソーム検査(WES)のように、すべてのタンパク質設計図を網羅する検査が適しています。どの検査が適切かは、症状や家族歴をふまえて臨床遺伝専門医がご一緒に判断します。

Q4. SPG59とクッシング病は、同じUSP8なのになぜ違う病気なのですか?

変化の「向き」と「場所」が違うからです。SPG59は、生まれつき全身の細胞が持つ機能喪失型の変化(働きが弱まる)で、足の神経が傷みます。一方クッシング病は、大人の下垂体腫瘍の細胞だけに後から生じる機能獲得型の変化(働きが強くなりすぎる)で、こちらは遺伝しません。詳しくはUSP8遺伝子のページで解説しています。

Q5. SPG59に根本的な治療法はありますか?

現時点で、進行そのものを止める根本治療は確立していません。治療は、理学療法によるリハビリ、バクロフェンやチザニジンなどの抗痙縮薬、局所のボツリヌス療法、重症例でのバクロフェン髄注療法(ITB)といった対症療法が中心です。なお、同じ仲間の病気であるSPG47では遺伝子治療の臨床試験が進んでおり、将来への期待が高まっています。

Q6. MRIが正常だと言われましたが、SPG59は否定できますか?

いいえ、MRIが正常でもSPG59は否定できません。最初に報告された家系では3人とも脳のMRIが正常でした。SPG59は画像で必ず異常が出る病気ではないため、診断の柱は遺伝学的検査になります。画像所見だけで判断せず、症状の経過と遺伝子検査を総合して評価することが大切です。

Q7. 次の子どもにも遺伝するか、出生前に調べられますか?

家系内で原因となる変化がすでに特定されている場合に限り、羊水検査・絨毛検査で得た胎児の細胞に対して、その変化を標的に調べることが選択肢となります。出生前に調べるかどうかは価値観に関わる繊細な選択です。私たちは検査を勧めることも安心を約束することもせず、中立の立場で情報をお伝えし、決定はご家族に委ねます。

Q8. 遺伝子検査でVUS(意義不明)と言われました。どう考えればよいですか?

VUSは「病気を起こすか、個人差の範囲か、現時点では判断できない」変化です。VUSというだけで発症や保因が確定するわけではありません。医学的な証拠が増えれば、将来「病的」または「良性」に再分類されることもあります。過度に不安にならず、症状の経過や家族歴と合わせて、専門医と一緒に意味づけしていくことをおすすめします。

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参考文献

  • [1] Novarino G, et al. Exome Sequencing Links Corticospinal Motor Neuron Disease to Common Neurodegenerative Disorders. Science. 2014. [PubMed 24482476]
  • [2] Autosomal recessive spastic paraplegia type 59. Orphanet (ORPHA:401795). [Orphanet]
  • [3] Ubiquitin-Specific Protease 8; USP8. OMIM (*603158). [OMIM 603158]
  • [4] Autosomal recessive spastic paraplegia type 59. GARD (NIH). [GARD 21695]
  • [5] Diagnosis, investigation and management of hereditary spastic paraplegias in the era of next-generation sequencing. PMC. [PMC4503825]
  • [6] Safety and Efficacy of AAV9/AP4B1 (BFB-101) for AP4B1-related Hereditary Spastic Paraplegia Type 47 (SPG47). ClinicalTrials.gov (NCT06948019). [ClinicalTrials.gov]
  • [7] Hereditary spastic paraplegia: from decades of therapy to future innovations. PMC. [PMC12796147]
  • [8] USP8 Deubiquitinates SHANK3 to Control Synapse Density and SHANK3 Activity-Dependent Protein Levels. PubMed. [PubMed 29735556]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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