目次
- 1 1. 遺伝性痙性対麻痺91型(SPG91)とは ─ 新しく定義された病気
- 2 2. SPTAN1遺伝子とα-IIスペクトリン ─ 神経の骨組みをつくる設計図
- 3 3. なぜ神経が傷むのか ─ 骨組みの崩れと「長さ依存性」の変性
- 4 4. SPTAN1がつくる3つの病型スペクトラム
- 5 5. 変異の「場所」が症状を左右する ─ 遺伝子型-表現型相関
- 6 6. 症状と進み方 ─ 純粋型から複雑型まで
- 7 7. 診断の進め方 ─ 遺伝子検査が決め手になります
- 8 8. 治療とリハビリ ─ 今できることと、未来への研究
- 9 9. 遺伝のかたちと再発率 ─ ご家族が知っておきたいこと
- 10 10. よくある誤解
- 11 このページを読んだあなたへ
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
遺伝性痙性対麻痺91型(SPG91)は、世界でもまだ報告例が限られるとても稀な神経の病気です。ですが、その原因となるSPTAN1遺伝子は、かつては赤ちゃんの重いてんかん(点頭てんかん)の原因としてだけ知られていた遺伝子でした。同じ遺伝子が、足の突っ張り(痙性対麻痺)や小脳失調といった、より遅く始まる幅広い症状まで引き起こすと分かってきたのが、この病気です。ですからSPG91を理解することは、「1つの遺伝子がなぜこれほど違う病気を起こすのか」という遺伝学の大きなテーマを理解することにもつながります。この記事では、SPG91の症状・遺伝の仕組み・診断・治療・そしてご家族が知っておきたい遺伝の考え方までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. 遺伝性痙性対麻痺91型(SPG91)とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SPG91は、SPTAN1という遺伝子の変化によって、足の突っ張り(痙性対麻痺)を中心とした歩きにくさが、ゆっくり進んでいく神経の病気です。小脳失調(ふらつき)や手足のしびれ(末梢神経障害)を伴うこともあります。多くは常染色体顕性(優性)遺伝という形で、親から子へ50%の確率で受け継がれる可能性がありますが、ご両親には変化がなく、その子で初めて生じる新生突然変異(de novo)の場合もあります。命に関わることは少なく、リハビリと症状に合わせたケアで、長く生活を続けていくことが目標になります。
- ➤中心となる症状 → 下肢の痙縮(突っ張り)と筋力低下による、ゆっくり進む歩行障害
- ➤SPTAN1の幅広さ → 同じ遺伝子が、重い乳児てんかん(EIEE5/DEE5)から純粋な小脳失調まで起こす
- ➤変異の場所が症状を左右する → N末端側のp.Arg19Trpは痙性対麻痺と強く結びつく
- ➤遺伝のかたち → SPG91は常染色体顕性(優性)。親から受け継ぐ場合に加え、新生突然変異(de novo)も
- ➤診断の決め手 → 遺伝子パネル検査や全エクソーム解析でSPTAN1の変化を確認する
🧬 SPG91の基本情報
| 疾患名 | 遺伝性痙性対麻痺91型/英名 Spastic paraplegia 91, autosomal dominant, with or without cerebellar ataxia/略称 SPG91 |
| 原因遺伝子 | SPTAN1(染色体9q34領域。α-IIスペクトリンをコード) |
| 遺伝形式 | 常染色体顕性(優性)。親から受け継ぐ場合に加え、新生突然変異(de novo)も報告される。なお、SPTAN1の両アレル性バリアントによる常染色体潜性HSPは、SPG91とは別のSPTAN1関連病型として報告されている |
| OMIM表現型番号 | 620538 |
| 頻度・報告例数 | 確立した有病率のデータはありません。SPG91を定義づけた2022年の国際研究では、痙性対麻痺を示すp.Arg19Trp変異が7家系15名で報告されています |
| 主な症状 | 下肢の痙縮・筋力低下・歩行障害。小脳失調、末梢神経障害、視神経萎縮、膀胱直腸障害、一部で知的障害やてんかんを伴うことも |
| 診断の決め手 | 遺伝子パネル検査・全エクソーム/全ゲノム解析によるSPTAN1病原性バリアントの同定。脳MRIは正常のことが多い |
| 鑑別すべき疾患 | 他の遺伝性痙性対麻痺(SPG4・SPG11など)、遺伝性小脳失調症(SCA)、SPTAN1による発達性てんかん性脳症5型(EIEE5/DEE5) |
| 再発率・保因者 | 顕性遺伝では各妊娠につき50%。de novoが確認されれば同胞の再発率は一般集団並みに低下(生殖細胞系列モザイクの可能性はわずかに残る) |
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. 遺伝性痙性対麻痺91型(SPG91)とは ─ 新しく定義された病気
SPG91は、下肢の突っ張り(痙縮)と筋力低下により、歩きにくさがゆっくり進むタイプの遺伝性痙性対麻痺です。原因は9番染色体の長腕(9q34領域)にあるSPTAN1遺伝子の変化で、OMIM(世界的な遺伝病データベース)には表現型番号620538として登録されています。名前が示すとおり「小脳失調(ふらつき)を伴うこともあれば、伴わないこともある」病気で、症状の幅がとても広いのが特徴です。
遺伝性痙性対麻痺(HSP)は、下肢の痙縮と筋力低下を主な症状とする神経変性疾患の総称で、これまでに80以上の原因遺伝子・遺伝子座が知られており、それぞれSPG1から順に番号が付けられています。SPG91はそのなかでも比較的新しく定義された病型で、次世代シーケンシング(一度に多くの遺伝子を読む技術)の進歩と、1万件を超える国際的なゲノムデータを持ち寄った大規模研究によって、2022年にはっきりと形づくられました[1]。
ここで、ご本人やご家族にとって大切なことをお伝えします。「新しく定義された」というのは、病気そのものが最近生まれたという意味ではありません。これまで原因が分からなかった歩行障害の一部に、実はSPTAN1という共通の原因があったと分かってきた、ということです。長く診断がつかなかった方にとって、名前と原因が判明することは、今後の見通しを立て、同じ病気の情報にたどり着くための出発点になります。
💡 用語解説:痙性対麻痺(けいせいついまひ)
痙性とは、筋肉が過度に緊張してこわばり、思うように動かせない状態のことです。対麻痺は、左右両方の下肢(足)に麻痺が及ぶことを指します。つまり痙性対麻痺は「両足がこわばって、歩きにくくなる」状態を表す言葉です。脳から足へ運動の指令を伝える長い神経の通り道(皮質脊髄路)が傷むことで起こります。
かつてSPTAN1は、発達の遅れ、点頭てんかん(ウエスト症候群)、小頭症、脳の髄鞘(神経を包む膜)ができにくい状態などを特徴とする、重い「早期乳児てんかん性脳症5型(EIEE5、現在の呼び名は発達性てんかん性脳症5型/DEE5、OMIM 613477)」の原因遺伝子としてだけ知られていました[2]。その常識を大きく塗り替えたのが、SPG91の発見です。
2. SPTAN1遺伝子とα-IIスペクトリン ─ 神経の骨組みをつくる設計図
SPG91を理解するには、原因遺伝子SPTAN1がつくるタンパク質、α-IIスペクトリンの役割を知るのが近道です。結論から言うと、このタンパク質は神経細胞の「骨組み(細胞骨格)」をつくる部品です。骨組みが弱くなると、特に長い神経が形を保てなくなり、少しずつ傷んでいきます。これがSPG91で足が動きにくくなる仕組みの土台です。
SPTAN1遺伝子は57のエクソン(設計図の意味のあるパーツ)からなり、2472個のアミノ酸でできた非赤血球型のα-IIスペクトリンをコードしています[3]。スペクトリンは、ヒトを含むすべての多細胞動物の細胞に広く存在する、ありふれた細胞骨格タンパク質です[4]。とりわけ神経系では重要な働きをしています。
💡 用語解説:細胞骨格(さいぼうこっかく)
細胞骨格とは、細胞の内側に張りめぐらされた「柱と梁(はり)」のような支えのことです。建物の骨組みが家の形を保つように、細胞骨格は細胞の形を保ち、外からの力から細胞膜を守り、中の物質を必要な場所へ運ぶレールにもなります。細胞骨格の詳しい解説はこちら。スペクトリンやアクチンは、この骨組みをつくる代表的な部品です。
機能する状態のスペクトリンは、α-IIスペクトリンとβスペクトリン(β-IIやβ-IIIなど)が互いに逆向きに結合して二量体(ペア)をつくり、さらにそのペアどうしが頭側で結びついて四量体(テトラマー)という大きな単位になります[2]。神経細胞の軸索(信号を伝える長い突起)では、この四量体がアクチンの輪を規則正しい間隔でつなぎ、膜結合型周期骨格(MPS)と呼ばれる、はしごのような精緻な網目構造をつくります[1]。この網目は、髄鞘に包まれた軸索の完全性を保ち、機械的なストレスから細胞膜を守るだけでなく、軸索の発達やシナプス形成の土台にもなります[5]。
さらにα-IIスペクトリンは、特定の膜タンパク質を正しい場所に配置する働きも担います。とくに、電気信号(活動電位)が生まれる軸索起始部(AIS)や、跳躍伝導に関わるランヴィエ絞輪という部位で、電位依存性ナトリウムチャネルなどの重要なイオンの通り道を一か所に集めて安定させます[2]。つまりα-IIスペクトリンが働かなくなると、神経の「骨組み」が弱るだけでなく、「電気を正しく流す仕組み」まで乱れてしまうのです。この二重の役割が、SPTAN1の変化がこれほど幅広い神経症状を起こす理由の一つと考えられます。ご本人・ご家族にとっては、症状が足だけでなく、しびれ・ふらつき・視力など複数に及びうる背景がここにあると理解しておくと、追加の症状が出たときにも落ち着いて受け止めやすくなります。
3. なぜ神経が傷むのか ─ 骨組みの崩れと「長さ依存性」の変性
SPG91で足の症状が出るのは、脳から足へ伸びる特別に長い神経(皮質脊髄路の上位運動ニューロン)が、骨組みの弱さのために少しずつ傷んでいくからです。長い電線ほど途中でトラブルが起きやすいのと同じで、体のなかで最も長い神経が真っ先に影響を受けます。この「長さ依存性の軸索変性」という考え方が、なぜ足先の方から症状が始まるのかを説明してくれます。
SPG91を起こすSPTAN1のミスセンス変異(1つのアミノ酸が別のものに置き換わる変化)の多くは、スペクトリンの繰り返し構造のなかで、3本のらせん束(three-helix bundle)をつなぐ重要な部分に位置しています[1]。コンピューターによるタンパク質モデリングでは、これらの変異はα-IIスペクトリン単独の四量体化ドメインを直接壊すわけではないものの、α-IIとβスペクトリンが組み合わさる「四量体化」の安定性を大きく妨げると予測されています[1]。
💡 用語解説:ミスセンス変異
ミスセンス変異とは、遺伝子の1文字が変わった結果、タンパク質を組み立てる「部品(アミノ酸)」が1個だけ別のものに置き換わる変化です。部品が1個違うだけでも、置き換わった場所が重要であれば、タンパク質の形や働きが大きく変わってしまいます。ミスセンス変異の詳しい解説はこちら。
この結合の妨げによって、細胞膜との安定した結びつきが弱まり、細胞は形を保てず外からのストレスに弱くなります。さらに、変異したスペクトリンは細胞のなかで異常なかたまり(凝集体)をつくりやすくなります。実際、患者さん由来の線維芽細胞を使った実験では、α-II/β-IIやα-II/β-IIIスペクトリンの複合体が不規則に凝集する様子が観察されており、これが神経に毒性を及ぼす一因ではないかと考えられています[2]。
ここで重要なのは、変異のタイプによって、病気の起こり方(メカニズム)が異なるという点です。ミスセンス変異やインフレーム欠失(アミノ酸が枠を保ったまま抜ける変化)の多くは、正常なタンパク質の働きまで邪魔するドミナントネガティブ効果を持ちます[2]。一方、ナンセンス変異やフレームシフト変異では、異常なmRNAがナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)という仕組みで壊され、タンパク質の量が足りなくなるハプロ不全によって、遺伝性運動ニューロパチー(末梢神経の病気)などが起こると報告されています[6]。
💡 用語解説:ドミナントネガティブとハプロ不全のちがい
ドミナントネガティブは、変異したタンパク質が「正常なタンパク質の足を引っ張る」タイプです。悪い部品が組み立てラインに紛れ込み、全体を壊してしまうイメージです。一方ハプロ不全は、単純にタンパク質の「量が半分になって足りない」タイプです。同じSPTAN1の変化でも、このどちらが起きるかで症状のあらわれ方が変わります。
動物モデルの研究も、この理解を裏づけています。CRISPR-Cas9技術でラット胎児の前脳のSptan1遺伝子を欠失させた実験では、樹状突起や軸索の発達異常、軸索起始部の喪失、抑制性の神経支配の減少といった深刻な発達障害が確認されました[2]。この長い軸索を持つ上位運動ニューロンは、骨組みの不安定さや軸索内の輸送障害にとりわけ弱く、その負担が長年かけて積み重なることで、下肢の遠位(足先)から始まる進行性の痙性対麻痺、すなわちSPG91としてあらわれると考えられています。ご本人にとっては、症状がゆっくり進むことにも理由があるのだと知っておくと、日々の変化に一喜一憂しすぎず、長い目でリハビリを続けていく心の支えになります。
4. SPTAN1がつくる3つの病型スペクトラム
SPTAN1の病原性バリアントは、1つの病気にとどまらず、重症度や発症時期が大きく異なる3つのグループを引き起こします。SPG91は、そのなかの「遅く始まり、ゆっくり進む」側に位置づけられます。ご自身やご家族がどの位置にいるのかを大づかみに知ることは、今後の見通しを持つうえで役に立ちます。
① 発達性てんかん性脳症5型(EIEE5/DEE5)
発症:生後数か月以内(早期乳児期)
主な症状:難治性の点頭てんかん、ヒプスアリスミア、重度の知的障害、四肢の痙直性麻痺
変異:C末端側のインフレーム欠失・重複など
MRI:大脳・脳幹・小脳の萎縮、重い髄鞘形成不全
② 発達遅滞(てんかんを伴う/伴わない)
発症:小児期
主な症状:軽〜中等度の認知・運動発達の遅れ、難治性でないてんかん、軽微な小脳症状
変異:ミスセンス変異、一部の欠失
MRI:正常、または軽度の脳梁菲薄化や非特異的萎縮
③ SPG91・遺伝性小脳失調(本記事)
発症:先天性〜若年成人期(多くは10歳未満)
主な症状:下肢の痙性対麻痺、小脳失調、末梢神経障害、軽度の認知障害を伴うことも
変異:N末端付近のミスセンス(p.Arg19Trp)、特定の欠失(p.Lys2083del)
MRI:正常が多い。失調が強い例では小脳萎縮
この3つを大きく2つの流れとして捉えると分かりやすくなります。①のEIEE5/DEE5は、胎児期から乳児期にかけての「神経のつくられ方」そのものの障害を色濃く反映しています。これに対し、③のSPG91や小脳失調は、いったんできあがった神経回路が、時間とともに保てなくなる「神経変性」のプロセスを反映していると理解されます。ご家族にとって大切なのは、同じSPTAN1でも③は①とは別物で、命に関わる重い乳児てんかんとは経過が大きく異なるという点です。名前や遺伝子が同じというだけで最悪の経過を思い描く必要はありません。
加えて近年は、これらの中間にあたる「純粋な痙性対麻痺」や「純粋な小脳失調」から「複雑な痙性失調」まで、単一遺伝子SPTAN1が幅広い病像を生むことが、複数の国際研究で確認されています[1][7]。1つの遺伝子が複数の異なる病気を起こすこの性質は、遺伝学で多面発現(プレイオトロピー)と呼ばれ、SPTAN1はその代表例として神経遺伝学の重要なマイルストーンになっています。
5. 変異の「場所」が症状を左右する ─ 遺伝子型-表現型相関
SPG91の研究で最も重要な発見の一つが、SPTAN1のどこに変化があるかによって、あらわれる症状がある程度決まってくるという関係(遺伝子型-表現型相関)です[1]。この関係が分かると、遺伝子検査で見つかった変化から、今後どんな症状に注意すればよいかの見当がつきやすくなります。
再発性ホットスポット:p.Arg19Trp と痙性対麻痺
SPTAN1の変異のなかで、SPG91の原因として最も繰り返し報告されているのが、c.55C>T(p.Arg19Trp)というミスセンス変異です[1]。SPG91を定義づけた2022年の研究では、血縁関係のない7家系・合計15名でこの同じp.Arg19Trp変異が見つかり、いずれも遺伝性痙性対麻痺の症状を示しました。遺伝のかたちは4家系で常染色体顕性(優性)、1例が新生突然変異(de novo)と確認されています[1]。
この変異を持つ患者さんをまとめた解析では、p.Arg19Trpが痙性対麻痺(HSP)の病像ととても強く結びついていることが示されました。具体的には、これまでに報告された患者さんを合わせると、約35%が感覚運動性の末梢神経障害(ポリニューロパチー)を、約30%が小脳失調を合併していました[8]。これは、上位運動ニューロンだけでなく、感覚神経や小脳のネットワークにも影響が及びうることを示しています。この変異はα-IIスペクトリンのN末端側にあり、四量体化を妨げるものの単量体そのものの構造は壊さない、という「絶妙な」変化であることが、この中等度の病像を生む理由と考えられています[8]。
小脳失調に特徴的な欠失:p.Lys2083del
SPG91の定義が「小脳失調を伴う、あるいは伴わない」とされているように、SPTAN1は痙性対麻痺ではなく「純粋な小脳失調」を主な症状とする病像を起こすこともあります。その代表が、インフレーム欠失であるp.Lys2083del(c.6247_6249delAAG)です[1]。2022年の研究では、この欠失が血縁関係のない4名(早期発症・若年発症・成人発症を含む)で再発性の変異として報告されています[1]。
特筆すべきは、痙縮をまったく伴わない純粋な小脳失調として発症した、韓国人女性のde novo例が報告されている点です[9]。この患者さんは、両手の姿勢時のふるえ、小脳性の構音障害、脚を広く開いた不安定な歩行、指鼻試験での測定のずれを示し、MRIでは小脳の萎縮が確認されましたが、痙縮や反射亢進は見られませんでした。これはアジア人集団におけるSPTAN1関連の純粋小脳失調の報告例で、この変異が人種を問わず小脳のネットワークに弱さをもたらしうることを示唆しています。
その他の変異と、両アレル変異による潜性遺伝
上記のほかにも、複数の新規de novoミスセンス変異が、痙縮と失調が複雑に混ざり合う病像を起こすことが報告されています。p.Arg1098Cysやp.Arg1624Cysは小脳失調と強く関連し、一部では知的障害やてんかんを合併しました。p.Gln2205Proは、痙性対麻痺と小脳失調の両方が混在する複雑な病像を示しました[1]。
SPG91(OMIM 620538)は常染色体顕性(優性)遺伝として定義される病型です。一方、SPTAN1では、父由来・母由来の両方に病原性バリアントをもつ両アレル性変異による常染色体潜性(劣性)の複雑型HSPも別途報告されています[10][11]。これらはSPG91そのものの遺伝形式というより、SPTAN1関連疾患の表現型スペクトラムの広さを示す報告として理解するのが適切です。両アレル性変異の報告では、ヘテロ接合のご両親やきょうだいが無症状であった例もあります[11]。見つかったバリアントの種類、アレルの状態、家系内での分離を確認して遺伝形式を判断することが重要です。
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6. 症状と進み方 ─ 純粋型から複雑型まで
SPG91の症状は、足だけの純粋な運動障害から、いくつもの神経系が関わる複雑な症候群まで幅があります。発症年齢は出生直後の先天性から若年成人期まで幅広いものの、統計的には多くの方が最初の10年間(10歳未満)に、歩き方の異常や運動発達の遅れとして最初の兆候を経験します[3]。ご本人・ご家族にとっては、いつ・どんな症状が出やすいかをあらかじめ知っておくことが、変化に気づいて早めに対応する助けになります。
純粋型の中核症状(足の運動障害)
- ➤歩行異常と筋力低下 → 下肢の不器用さ・バランスの取りにくさから始まり、足先を引きずる、つまずきやすくなる、といったゆっくり進む歩行障害が明らかになります
- ➤上位運動ニューロン徴候 → 診察では、下肢の深部腱反射の亢進、足首のクローヌス、バビンスキー徴候陽性など、皮質脊髄路の障害に特徴的な所見が確認されます
- ➤筋痙攣と痛み → 進行に伴い、下肢の不随意な筋痙攣や、筋の過緊張による関節の痛み・こわばりが生活の質に影響することがあります
複雑型で加わる症状
多くの方は、足の運動障害だけにとどまらず、「複雑型」としていくつかの追加症状を伴います[3]。
- ➤小脳失調 → 歩行時のふらつきや脚を広げた歩き方、言葉が不明瞭になる構音障害、目標を正確に捉えられない測定のずれ、素早い反復運動の困難など
- ➤眼の症状 → 視神経萎縮による見えにくさ、眼振、外眼筋の動きの異常、斜視などを合併することがあります
- ➤末梢神経障害 → p.Arg19Trp変異の約35%に見られるように、足先の感覚の鈍さや筋のやせを伴う末梢神経障害を併発することがあります[8]
- ➤膀胱直腸障害 → 病気が進んで脊髄の自律神経の経路が障害されると、尿意の切迫感や尿失禁などがあらわれることがあります
- ➤てんかん・発達面 → EIEE5に見られるような壊滅的なてんかんはまれですが、複雑型の一部では焦点発作などを合併したり、発達の遅れや軽〜中等度の知的発達の障害を認めたりすることがあります
なお、de novoのSPTAN1変異でてんかんを合併した16歳男性の詳しい神経認知プロファイル研究では、言語的推論の力は完全に保たれていた一方で、知覚的推論の力が極端に低く、情報処理の速度が非常に遅いという、アンバランスな認知の特徴が報告されています[12]。これは、スペクトリンの異常が脳の知能を全体的に下げるのではなく、特定の白質ネットワークに的を絞ってダメージを与える可能性を示すものです。ご家族にとっては、「できること」と「苦手なこと」の差が大きい場合があると知っておくことが、学習や生活の支援を組み立てるうえでの手がかりになります。
7. 診断の進め方 ─ 遺伝子検査が決め手になります
SPG91の確定診断は、症状の評価・神経画像検査・遺伝子検査を組み合わせて行います。遺伝性痙性対麻痺は症状だけで原因遺伝子を特定することができないため、最新のゲノム解析が欠かせません。逆に言えば、血液などから遺伝子を調べることで、長年つかなかった診断に道が開けるということです。
神経画像検査(MRI)
脳・脊髄のMRIは、重症度を分類し、ほかの病気を除外するための重要な検査です。純粋型のSPG91では、脳・脊髄のMRIが完全に正常のことが多いのが特徴です[8]。一方、小脳失調が強い患者さん(p.Lys2083del変異例など)では小脳や橋小脳の萎縮が見られ[2]、発達遅滞やてんかんを伴う早期発症例では、脳梁の菲薄化・脳室の拡大・髄鞘形成不全といった構造的な違いが認められることがあります[2]。MRIが正常だからといってSPG91を否定できるわけではない点は、ご本人・ご家族に知っておいていただきたい大切なポイントです。
遺伝子検査(NGSパネル・全エクソーム解析)
確定診断は、SPTAN1の病原性バリアントを見つけることでなされます。今日では、痙性対麻痺や小脳失調に関わる数十〜数百の遺伝子を一度に調べるSPTAN1を対象に含む遺伝子パネル検査や、運動失調症NGSパネル検査、全エクソームシーケンシング(WES)、全ゲノムシーケンシング(WGS)が診断の標準になっています[1]。てんかんを伴う複雑型ではてんかん包括的遺伝子検査が選ばれることもあります。
イギリスの国営医療サービス(NHS)が運営するデータベース「Genomics England PanelApp」では、SPTAN1が複数の疾患パネル(小児・成人発症の遺伝性痙性対麻痺、成人発症の遺伝性小脳失調、早期発症または症候群性てんかん)において、最も信頼性の高い「Green List(高エビデンス)」に分類されています[11]。検査で変化が見つかったら、それが既知のホットスポット(p.Arg19Trpなど)か新規の変化かを確認し、ご両親の遺伝子も併せて調べるトリオ解析を行うことで、その変化が新生突然変異か遺伝性かを判断することが重要になります[9]。
鑑別すべき病気
8. 治療とリハビリ ─ 今できることと、未来への研究
現時点では、SPTAN1変異によるSPG91や小脳失調の進行を完全に止める根本的な治療法は確立されていません。しかし、多職種による対症療法を適切に組み合わせることで、合併症を防ぎ、運動機能と生活の質を長く保つことが十分に可能です[2]。「治せない」と「何もできない」はまったく別のことだと、まず知っておいていただきたいと思います。
運動機能の維持とリハビリ
純粋型・複雑型を問わず、SPG91の管理の土台となるのが、続けて行う理学療法(PT)と作業療法(OT)です。筋の柔軟性を保ち、痙縮による関節の拘縮(固まってしまうこと)を防ぐための毎日のストレッチと、残っている筋力を保つための適度なトレーニングが勧められます[2]。足首のコントロールが低下して下垂足が生じた場合は、短下肢装具(AFO)が歩行の安定性を大きく高めます。進行した場合は、歩行器・杖・車椅子を適切なタイミングで取り入れることが、自立した生活を支えます。
薬による症状の管理
- ➤痙縮のコントロール → バクロフェン、チザニジン、ジアゼパムなどの経口の筋弛緩薬が第一選択です。局所の強い痙縮にはボツリヌストキシンAの筋肉内注射、重い全身の痙縮には持続髄注バクロフェン療法(ITB療法)が選ばれることもあります
- ➤てんかんの管理 → 発作を伴う複雑型やEIEE5スペクトラムの患者さんでは抗てんかん薬が欠かせません。SPTAN1関連のてんかんは難治性のことが多いものの、複数の薬物療法やケトジェニックダイエットが一部で有効性を示したと報告されています[13]
- ➤自律神経・嚥下の管理 → 膀胱直腸障害には薬物療法や導尿、進行した嚥下障害には言語聴覚士による訓練や経管栄養の導入が検討されます
未来に向けた治療研究
SPTAN1関連疾患では、病態メカニズムの解明が進められています。神経遺伝性疾患全般では新しい治療法の研究開発が進んでいます[10]。とくに、異常な変異タンパク質がドミナントネガティブに働いて四量体形成を妨げる病型では、将来的に変異したアレルの働きを選択的に抑える治療戦略が検討対象になり得ます。アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)などの核酸医薬や遺伝子治療は神経遺伝性疾患全般で研究されています。ただし、SPG91については臨床的な有効性と安全性が確立した疾患修飾療法はまだありません。現時点では正確な遺伝学的診断と対症療法を行いながら、今後の研究の進展を見守る段階です。
9. 遺伝のかたちと再発率 ─ ご家族が知っておきたいこと
SPG91の診断を受けた方とご家族にとって、遺伝の仕組みと再発率を正しく理解することは、家族計画や長期的な生活設計のうえでとても大切です。結論から言うと、SPG91は多くの場合、常染色体顕性(優性)遺伝という形をとります[3]。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝とde novo変異
常染色体顕性(優性)遺伝とは、ペアになっている遺伝子のうち片方に変化があるだけで症状が出るタイプです。この場合、お子さんに変化が伝わる確率は、男女を問わず各妊娠につき50%です。
一方de novo変異(新生突然変異)は、ご両親の遺伝子には変化がなく、卵子・精子がつくられる過程や受精の初期に、その子で初めて生じた変化です。de novo変異の詳しい解説はこちら。
患者さんの多くは、同じ症状を持つ親から変化を受け継いでいますが、ご両親の遺伝子には変化がなく、その子で初めて生じたde novoのケースも報告されています[1]。とくに、小脳失調を強く示すp.Lys2083del変異や、一部のミスセンス変異では、de novoでの発症が複数確認されています[1]。
- ➤次世代への遺伝確率 → SPG91の患者さんがお子さんをもうける場合、病原性バリアントが伝わり発症する確率は、男女を問わず各妊娠につき50%です
- ➤きょうだいのリスク → de novo変異と確認された場合、患者さんのきょうだいの再発リスクは一般集団と同程度まで下がります。ただし親の生殖細胞系列モザイクの可能性がわずかに残るため、リスクは厳密にはゼロではありません
- ➤SPTAN1関連の潜性病型 → SPG91とは別に、両アレル性SPTAN1バリアントによる常染色体潜性HSPの報告があり、その場合は遺伝の考え方が異なります[10]
こうした遺伝のかたちや再発率は、変異のタイプ・家系の状況・de novoかどうかによって一人ひとり異なります。だからこそ、当院では検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にとってどんな意味を持つのか、どんな選択肢があるのかを、中立の立場で一緒に整理します。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご家族です。私たちは、後悔の少ない選択のための判断材料をお渡しする役割を担います。
予後と生活の質
SPG91の長期的な見通しは、発症年齢や、知的障害・てんかんといった合併症の有無によって大きく異なります。純粋な痙性対麻痺を示す方の多くは、正常な寿命を全うします。歩行障害が進んでも、適切なリハビリと装具の活用により、就学や就労を含めた生産的な生活を長く続けることが可能です[3]。一方で、時間の経過とともに、いったん獲得した運動や認知のスキルが後退することを経験する方もいると報告されており、これはSPG91が固定した障害ではなく、進行性の神経変性疾患である事実を示しています[2]。だからこそ、小児科・神経内科・リハビリテーション科・整形外科・臨床遺伝科による多職種の連携で、ライフステージの変化に合わせた柔軟なケアを続けることが、生活の質を保つうえで何より重要になります。
10. よくある誤解
誤解①「SPTAN1の変化=重い乳児てんかん」
SPTAN1は確かに重いてんかん性脳症の原因にもなりますが、変異の場所とタイプが違えば、SPG91のように遅く始まる痙性対麻痺や小脳失調を起こします。同じ遺伝子でも、起こる病気は一つではありません。
誤解②「MRIが正常なら神経の病気ではない」
純粋型のSPG91では、脳・脊髄のMRIが正常のことが多いのが特徴です。画像が正常でも、遺伝子検査でSPTAN1の変化が見つかれば診断がつきます。MRIの正常は「病気の否定」ではありません。
誤解③「必ず親から遺伝している」
親から受け継ぐ場合もありますが、ご両親に変化がなく、その子で初めて生じたde novo変異の例も報告されています。「家系に誰もいないからこの病気ではない」とは言えません。
誤解④「治療法がないから何もできない」
根本治療は未確立ですが、リハビリや痙縮・症状に合わせた対症療法で、機能と生活の質を長く保つことを目指します。神経遺伝性疾患全般では核酸医薬などの研究が進んでいますが、SPG91に対する疾患修飾療法は現時点で確立されていません。「治せない」と「何もできない」は別です。
このページを読んだあなたへ
このページには、いくつかの状況の方がたどり着いていると思います。遺伝子検査でSPTAN1の変化が見つかった方、原因不明の歩行障害が続き、これから検査を考えている方、そしてご家族にSPG91やSPTAN1関連の診断がついた方。それぞれで、次に確認するとよい観点が少しずつ異なります。
次に整理しておきたいのは、次のような点です。①遺伝形式が顕性か潜性か、de novoか(→再発率が変わります)。②見つかった変化がホットスポット(p.Arg19Trpなど)かどうか(→遺伝子型-表現型相関から注意すべき症状が見えてきます)。③血縁者への影響と、次の妊娠への備え。④どの検査で確定診断に進むか。これらは、遺伝カウンセリングで一つずつ整理していけます。ネットの情報に疲れてしまったら、一人で抱え込まず、一度専門医の話を聞きに来ませんか。
よくある質問(FAQ)
🏥 痙性対麻痺・小脳失調の遺伝子診断のご相談
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参考文献
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