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L1CAM遺伝子とは?L1症候群(X連鎖性水頭症・MASA症候群)の原因と遺伝のしかた、がんとの関係を遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医として遺伝医療に携わっています。

L1CAM(エルワンカム)遺伝子は、X染色体のXq28にあり、神経細胞どうしをつなぎ、神経の突起が伸びる道筋を整える「L1細胞接着分子」をつくる遺伝子です。この遺伝子の病的バリアント(病気の原因になる配列の変化)は、X連鎖性水頭症やMASA(マサ)症候群などをまとめたL1症候群の原因になります[1]。同じ家系の中でも重い型から軽い型まで現れうること、主に男の子が発症し女性は保因者になることが、この遺伝子を理解するうえでの要点です。この記事では、遺伝子とタンパク質のはたらき、L1症候群、遺伝のしかたと検査、がんとの関係までを順に解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 L1CAM・L1症候群・X連鎖遺伝
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. L1CAM遺伝子とは何ですか?どんな病気に関係しますか?

A. 神経の発生に欠かせないL1細胞接着分子の設計図で、X染色体にある遺伝子です。はたらきが失われると、X連鎖性水頭症、MASA症候群、X連鎖性の脳梁形成異常といったL1症候群を起こします。遺伝形式はX連鎖性(X連鎖潜性[劣性])です。バリアントの種類からおおよその傾向は読めますが、一人ひとりの重症度までは予測できません。

  • ➤場所とはたらき → Xq28。神経細胞の接着、軸索の伸長と束形成、神経細胞の移動を支える
  • ➤関連する病気 → L1症候群(X連鎖性水頭症、MASA症候群、X連鎖性脳梁部分無形成)
  • ➤遺伝のしかた → 母が保因者なら妊娠ごとに50%の確率で伝わる。孤発例は約40%
  • ➤検査 → 塩基配列の解析で大半が見つかる。出生前診断では重症度を予測できない
  • ➤がんとの関係 → 腫瘍組織での発現が予後マーカーとして研究されている。遺伝性のがん体質とは別の話

L1CAM遺伝子のはたらきとL1症候群・X連鎖遺伝の関係をまとめたインフォグラフィック

1. L1CAM遺伝子とは?場所・役割・関連する病気

L1CAM遺伝子は、X染色体の長腕の端に近いXq28という場所にあり、L1細胞接着分子(L1 cell adhesion molecule)というタンパク質の設計図になっています[1]。読み方は「エルワンカム」で、タンパク質のほうは単に「L1」と呼ばれることもあります。がん研究の分野ではCD171という名前でも登場しますが、指しているものは同じです。

L1は、細胞の膜を貫いて表面に突き出している糖タンパク質(糖の鎖が付いたタンパク質)で、免疫グロブリンスーパーファミリーという大きな仲間に属します。細胞の表面で隣の細胞と結びつく「細胞接着分子」の一つですが、見つかる場所が主に神経系であることから、単なる接着剤というより「神経認識分子」と呼ぶほうが実態に近いとも説明されています[2]。つまり、細胞どうしを貼り合わせるだけでなく、相手を見分けて信号を伝える役目を持つ分子です。

X染色体は、女性が2本、男性が1本だけ持つ染色体です。男性はL1CAM遺伝子を1コピーしか持たないため、その1コピーに病的バリアントがあると、補う相手がなく症状が現れます。この状態をヘミ接合といいます。L1CAMに関係する病気がほぼ男性に限って見られるのは、このためです[1]。X染色体のしくみを知っておくと、第5章の遺伝の話が理解しやすくなります。

この遺伝子が医療の場面で登場するのは、主に3つの状況です。1つ目は、胎児や新生児に水頭症が見つかり、原因を調べるとき。2つ目は、発達の遅れや歩き方の異常がある男の子や成人男性で、遺伝性痙性対麻痺や知的障害の原因を探すとき。3つ目は、家系内に発症した方がいて、女性が保因者かどうかを知りたいときです。どの場面でも、L1CAMのバリアントが確定すれば、その家系の遺伝のしかたを具体的に説明できるようになります。

🧬 L1CAM遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子記号(読み方) L1CAM(エルワンカム)
つくるタンパク質 L1細胞接着分子(別名:L1、CD171)
染色体上の場所 X染色体 長腕 Xq28
主なはたらき 神経細胞どうしの接着、軸索の伸長と束形成、神経細胞の移動
遺伝形式 X連鎖性(X連鎖潜性[劣性])
病気が起こるしくみ 機能喪失(タンパク質がつくられない、または正しくはたらかない)
OMIM番号 308840

※染色体上の場所・遺伝形式・病気のしくみはGeneReviews[1]、分子の性質はOMIM[2]による。

L1CAM遺伝子に関連する3つの病名

L1CAM遺伝子の病的バリアントで起こる病気は、OMIM(ヒトの遺伝子と遺伝性疾患のカタログ)では3つの病名で登録されています[1]。もともとは別々の病気として報告されていましたが、原因が同じ遺伝子だとわかり、現在は「L1症候群」という一つのスペクトラム(連続した幅を持つ病気のまとまり)として扱われています。3つは別の病気というより、同じ病気の重い側と軽い側に付いた名前だと考えると理解しやすくなります。

📋 L1CAM遺伝子に関連する病名(OMIM)

病名 OMIM番号 位置づけ
X連鎖性水頭症(HSAS) 307000 重い側。生まれる前から水頭症が現れることが多い
MASA症候群(SPG1を含む) 303350 軽い側。知的障害、ことばの遅れ、痙性対麻痺、内転母指
X連鎖性脳梁部分無形成 304100 脳梁の形成異常が前面に出る型。水頭症は伴わない

※OMIM番号と病名はGeneReviews[1]の一覧による。SPG1はX連鎖性複雑型痙性対麻痺1型のことです。

1つの遺伝子に複数の病名が付いている例は、遺伝性疾患では珍しくありません。多くの場合は「バリアントが違えば病名も違う」という関係になりますが、L1CAMではそう単純ではありません。同じ家系で同じバリアントを持つ方のあいだでも、ある方は重い水頭症、別の方はMASA症候群というように、3つの病名にまたがって現れることがあります[1]。病名は「いま現れている症状の組み合わせ」を表すラベルであり、原因の違いを表すものではない、という点を最初に押さえておいてください。

💡 用語解説:細胞接着分子

細胞接着分子とは、細胞の表面にあって、隣の細胞や細胞のまわりの足場と結びつくタンパク質の総称です。組織の形を保つ「のり」の役目に加えて、結びついたことを細胞の内側へ伝える受容体としてもはたらきます。L1は、6個の免疫グロブリン様ドメインを持つ免疫グロブリン様ドメイン含有タンパク質の一員で、神経系で使われる代表的な接着分子です。

2. L1タンパク質の構造とはたらき

L1は、細胞の外に長く伸びた部分、膜を1回だけ貫く部分、細胞の内側の短い尾の3つからできています。外側で相手を捕まえ、内側で細胞の骨組みにつながることで、「つかむ」と「動く」を連動させています。神経の発生を扱った総説では、この分子の多彩なはたらきと、ヒトの病気の原因バリアントとの対応が整理されています[3]。

13個のドメインが並ぶ構造

L1は13個の区画(ドメイン)からなる膜タンパク質です。細胞の外側には、免疫グロブリン様ドメインが6個、その後ろにフィブロネクチンIII型様ドメインが5個並びます。続いて膜を貫く部分が1つ、最後に細胞の内側へ短い細胞質ドメインが1つあります[1]。ドメインとは、タンパク質の中でひとまとまりに折りたたまれ、それぞれ決まった役割を受け持つ単位のことです。

免疫グロブリン様ドメイン6個・細胞の外側(先端)
▶
フィブロネクチンIII型様ドメイン5個・細胞の外側
▶
膜貫通部1個・細胞膜を貫く
▶
細胞質ドメイン1個・細胞の内側

この並び方には意味があります。先端側の免疫グロブリン様ドメインは、向かい合う細胞のL1や別の分子と結びつく場所です。フィブロネクチンIII型ドメインの部分は、先端の免疫グロブリン様ドメインと膜とのあいだをつなぐ位置にあり、細胞の内側の尾は細胞骨格(細胞の形と動きを支える骨組み)へつながります。

隣り合う神経細胞の細胞膜を貫くL1タンパク質が、細胞外で互いに結合して細胞接着を支える模式図。

L1タンパク質は細胞膜を貫き、細胞外に伸びた部分で隣の細胞のL1と結合して、神経細胞どうしの接着を支えます。ドメイン構造、分子の形状、距離は簡略化しています。

病気との関係で大切なのは、免疫グロブリン様ドメインやフィブロネクチンIII型様ドメインの折りたたみを支える「鍵となるアミノ酸」があることです。この位置のアミノ酸が別のものに置き換わると、ドメインの形が保てなくなり、病気の原因になりやすいとされています[1]。1文字の違いでも、場所によって影響の大きさが変わるということです。

神経の配線をつくる:軸索の伸長と束形成

L1の主な仕事は、胎児期に神経の配線をつくることです。神経細胞(ニューロン)は、軸索という長い突起を伸ばして遠くの相手とつながります。L1は、発生の過程で軸索が伸びること、伸びた軸索どうしが束になること(束形成)にかかわると考えられています。さらに、末梢神経でのシュワン細胞と軸索の相互作用、神経細胞の移動、神経細胞の生存にも関係します[1]。

これらのはたらきは、2通りの結びつき方で実現されています。1つはL1どうしが結びつく同種結合(ホモフィリック結合)、もう1つはL1がL1以外の分子と結びつく異種結合(ヘテロフィリック結合)です。結びついた情報は、L1に付随するタンパク質を通じて細胞の内側へ伝わり、さまざまな信号を引き起こします[1]。軸索が束になって同じ方向へ進むのは、隣り合う軸索の表面のL1どうしが手をつなぐためだと考えると、イメージしやすくなります。

L1症候群で錐体路(すいたいろ:大脳から脊髄へ運動の指令を伝える軸索の束)や脳梁(のうりょう:左右の大脳半球を結ぶ軸索の束)に形成の異常が見られるのは、こうした配線づくりの役割と対応しています。軸索が目的地へ導かれるしくみの全体像は、軸索誘導の解説で扱っています。

💡 用語解説:軸索(じくさく)と束形成

軸索は、神経細胞から伸びる1本の長い突起で、電気信号を次の細胞へ送る電線にあたります。発生の途中では、先に伸びた軸索を足場にして後続の軸索が沿って伸び、太い束をつくります。これを束形成(ファシキュレーション)といいます。脳梁や錐体路は、こうしてできた大きな軸索の束です。

「つなぎ留める」と「動かす」の2つの顔

L1には、細胞どうしをつなぎ留める静的なはたらきと、細胞の移動を後押しする動的なはたらきの両方があります。総説では、この2つの顔の切り替えにかかわる要因として、細胞表面でL1が膜のすぐ外側で切断されること、そしてL1が結びつく相手を変えてインテグリンと結合することが挙げられています[4]。インテグリンは、細胞が足場をつかんで動くときに使う受容体です。

膜のすぐ外側での切断は、ADAMと呼ばれる酵素群(タンパク質を切る酵素の一種)が担い、発生途中のマウスの脳でも起きていることが示されています[4]。切断は、L1のはたらき方を「つなぎ留める」側から切り替える引き金の一つと位置づけられています。神経の発生では、細胞が正しい場所へ移動するためにこの「動かす」側のはたらきが役立ちます。

一方、同じしくみが、がん細胞では浸潤や転移を助ける方向にはたらくことがあります。神経をつくるための分子が、別の場面では病気の進行にかかわるという二面性があり、第7章でこの点を取り上げます。

3. L1症候群:L1CAM遺伝子が原因で起こる病気

L1症候群は、L1CAM遺伝子の病的バリアントによって起こる病気の総称で、水頭症、知的障害、両足の痙性(けいせい:筋肉のつっぱり)、内転母指(ないてんぼし)の4つが主な特徴です[1]。重い型から軽い型まで幅があり、2021年更新のGeneReviewsでは、280人を超える方でL1CAMの病的バリアントが確認されています[1]。X連鎖性水頭症は遺伝性の先天性水頭症として最も多い型で、有病率はおよそ3万人に1人、非症候性(ほかに大きな合併奇形のない)先天性水頭症の男性の約5〜10%を占めると推定されています[1]。

名前の整理も必要です。以前は、X連鎖性水頭症、MASA症候群、X連鎖性の痙性対麻痺、脳梁の形成異常が、それぞれ別の病気として報告されていました。原因がL1の遺伝子だとわかったあと、これらをまとめてCRASH(クラッシュ)症候群と呼ぶ提案がなされました。CRASHは、脳梁低形成(Corpus callosum hypoplasia)、知的障害(Retardation)、内転母指(Adducted thumbs)、痙性(Spasticity)、水頭症(Hydrocephalus)の頭文字を並べた略語です[5]。事故などで起こる「挫滅症候群(クラッシュ症候群)」とはまったく別のものです。現在はL1症候群という呼び方が一般的です。

3つの表現型と症状の違い

L1症候群は、重い順に、X連鎖性水頭症(HSAS)、MASA症候群(SPG1を含む)、X連鎖性の脳梁形成異常の3つの表現型に分けられます[1]。表現型とは、遺伝子の変化が実際に体に現れた姿のことです。それぞれの詳しい経過は、X連鎖性水頭症とMASA症候群の各ページで解説しています。ここでは遺伝子の側から見た全体像を示します。

🧠 L1症候群の3つの表現型(男性の場合)

特徴 X連鎖性水頭症(HSAS) MASA症候群(SPG1含む) X連鎖性の脳梁形成異常
水頭症 全例 第三脳室の拡大がみられることがある なし
脳梁の無形成・低形成 水頭症に伴ってみられる 一部でみられる 全例
知的障害 重度 軽度〜中等度 軽度〜中等度
ことばの遅れ あり あり あり
両足の痙性 あり あり 程度はさまざま
内転母指 約50% 50%未満 50%未満

※GeneReviewsの比較表[1]をもとに作成。L1症候群の関連表現型の解説はMASA症候群の解説ページでも確認できます。

重い側のHSASでは、水頭症が生まれる前から現れることが多く、死産や乳児期早期の死亡につながることがあります。知的障害は重く、その程度は、髄液を逃がすシャント手術を行ったかどうかとは関係しないとされています[1]。軽い側のMASA症候群では、知的障害は軽度(IQ 50〜70)から中等度(IQ 30〜50)です。足は乳児期には力が入りにくく、生後数年のうちに痙性へ変わっていきます。筋肉がやせて関節が固くなることで、足を引きずるような歩き方になります[1]。

内転母指は、親指が手のひら側に折れ込んだままになる所見です。親指を外へ開いたり伸ばしたりする筋肉が生まれつき十分に育っていないことが原因で、装具で改善を図ることがあります。手術は一般には勧められていません[1]。行動面については、この病気に特有の問題は一般にはみられないとされています[1]。

脳の画像でみられる所見

画像検査では、水頭症に加えて、脳梁の無形成・低形成、小脳の低形成、小さな脳幹、錐体(錐体路が通る延髄のふくらみ)の欠損がみられます[1]。とくに両側の錐体がないことは、MRIや病理解剖で確認された場合、この病気をほぼ特定できる所見とされています。L1が軸索の束をつくる分子であることを思い出すと、運動の指令を運ぶ太い束や、左右の脳をつなぐ束に異常が出ることは理にかなっています。

注意したいのは、中脳水道(脳の中で髄液が通る細い通路)の狭窄が必ずあるわけではない点です[1]。病名に「中脳水道狭窄」と入っているため誤解されやすいのですが、狭窄がなくてもL1症候群は否定できません。

胎児期の所見についての報告もあります。L1CAMの病的バリアントが確認された男の胎児10例の胎児MRIをまとめた多施設研究では、特徴的な脳幹の形成異常がみられ、左右の視床がつながる所見、脳室の拡大、脳梁の無形成をさまざまな組み合わせで伴っていました。著者らは、こうした所見があれば出生前にL1CAMの検査を提案するきっかけになると述べています[6]。

ヒルシュスプルング病を伴うことがある

L1症候群の方の一部に、ヒルシュスプルング病が合併することが知られています。ヒルシュスプルング病は、腸の末端部分で神経節細胞(腸の動きを調節する神経細胞)が生まれつき欠けているために、便が先へ送られにくくなる病気です。L1CAMの病的バリアントを持ち、L1症候群とヒルシュスプルング病の両方がある方は、少なくとも16人報告されています[1]。

腸の神経節細胞は、神経堤細胞という細胞が胎児期に腸の中を移動してつくられます。この移動がうまくいかないことが、神経節細胞が欠ける背景にあると考えられています。ただし、L1CAMの病的バリアントだけではヒルシュスプルング病の合併を十分に説明できない可能性があるとされ、L1CAMはヒルシュスプルング病にかかわる別の遺伝子の影響を強める「修飾遺伝子」としてはたらくという仮説が示されています[1]。修飾遺伝子とは、それ自体は病気の主な原因ではなく、症状の出方を変える遺伝子のことです。

このため、L1症候群と診断されたあとの評価では、便秘の経過がある場合にヒルシュスプルング病を調べることが勧められています[1]。L1CAMの病的バリアントを持つ乳児で、腸に詰まりがないのに動かなくなる先天性の偽性腸閉塞と水頭症が重なった報告も1例あります[1]。腸の動きの障害には、FLNA遺伝子によるX連鎖性慢性特発性偽性腸閉塞症のように原因遺伝子が異なる病気もあるため、区別が必要です。

似た症状を示すほかの病気との区別

水頭症、痙性対麻痺、知的障害は、L1症候群以外の多くの病気でもみられる症状です。先天性水頭症は、神経管閉鎖障害、キアリ奇形、ダンディ・ウォーカー奇形などの脳の形成異常や、出血のあとに起こることがあります。ほかの単一遺伝子が原因の非症候性先天性水頭症も知られており、CCDC88C遺伝子やMPDZ遺伝子の両方のアレルに病的バリアントがある場合がその例です[1]。こちらは常染色体潜性(劣性)遺伝で、男女どちらにも起こります。

痙性対麻痺についても、ほかの症状を伴う2021年更新のGeneReviewsでは、複雑型だけで約50の遺伝学的な型が紹介されています[1]。X連鎖性のものでは、PLP1遺伝子によるSPG2がL1CAMによるSPG1と並んで挙げられます。X連鎖性の知的障害で水頭症を伴うことがある病気にはPettigrew(ペティグリュー)症候群もあります。症状だけで区別することは難しく、家系図で遺伝のしかたを確かめたうえで、遺伝学的検査で原因遺伝子を特定することになります。L1症候群の成人男性では痙性がいくらか進む傾向があるとされますが、大きな集団で確かめられたものではありません[1]。

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4. バリアントの種類と重症度の関係

L1症候群は、L1タンパク質のはたらきが失われる「機能喪失」によって起こります。原因になるのは、タンパク質が途中までしかつくられなくなる切断型のバリアント、エクソン単位や遺伝子全体の欠失、そしてアミノ酸が1つ置き換わるミスセンスバリアントです[1]。機能喪失型変異という点は共通していても、はたらきがどの程度残るかはバリアントによって異なり、それが症状の幅につながります。

遺伝子解析を依頼された367人を調べた研究では、73人(20%)にL1CAMのバリアントが見つかり、その種類は68通りにのぼりました[2]。特定の場所に集中する「よくあるバリアント」が少なく、家系ごとに違うバリアントが見つかることが多い遺伝子です。

3つのクラス分類:どこが、どう壊れるか

バリアントが「タンパク質のどの部分を、どのように損なうか」で3つのクラスに分ける考え方があります。1997年に提案された分類では、クラス1が細胞の内側の細胞質ドメインだけに影響するもの、クラス2が細胞の外側のドメインで起こるミスセンスバリアント、クラス3が細胞の外側のドメインで早期に終止コドンが生じてタンパク質が途中で切れるものとされました[5]。

🔬 L1CAMバリアントのクラス分類と重症度の傾向

クラス バリアントの性質 重症度の傾向
クラス1 細胞質ドメインだけに影響する(ミスセンス、ナンセンス、フレームシフトなど) 3つの中では最も軽い傾向
クラス2 細胞の外側のドメインのミスセンスバリアント クラス1より重く、クラス3より軽い傾向
クラス3 細胞の外側のドメインで早期終止が生じる(ナンセンス、フレームシフト) 重い水頭症、重い知的障害、早期死亡が多い傾向

※Yamasakiらの分類[5]による。あくまで集団としての傾向で、個人の経過を決めるものではありません。

なぜこのような差が出るのでしょうか。細胞の外側で早く途切れたタンパク質は、膜に留まれず、相手と結びつく部分も細胞の内側へ信号を伝える部分も失われると考えられます。これに対して細胞質ドメインだけが損なわれた場合は、外側で相手と結びつくはたらきが残る可能性があります。ミスセンス変異は置き換わる場所によって影響が大きく変わり、ドメインの折りたたみを支える鍵となるアミノ酸に当たると重くなりやすいとされています[1]。ナンセンス変異やフレームシフト変異は、切断型の代表です。

数字で見る傾向と、その限界

病的バリアントが確認されたL1症候群の方33人を解析した報告では、3歳までに亡くなった割合が、切断型バリアントでは52%、ミスセンスバリアントでは8%でした[1]。バリアントの種類が病気の重さに関係することを示す結果です。こうしたバリアントと症状の対応関係を遺伝子型-表現型相関といいます。

ただし、この傾向には大きな限界があります。L1症候群では、同じバリアントを持つ同じ家系の中でも、軽い方から重い方までみられます[1]。バリアントの種類以外の要因が症状の出方に影響していることを意味しますが、その正体はまだよくわかっていません。「切断型だから必ず重い」「ミスセンスだから軽い」と一人ひとりに当てはめることはできません。

バリアントの見た目だけで影響を判断できない例もあります。アミノ酸の種類を変えない、いわゆるサイレントな1塩基の変化が、L1CAMではX連鎖性水頭症の原因になった例が報告されています[1]。遺伝子は、エクソンと呼ばれる部分をつなぎ合わせるスプライシングという工程を経てタンパク質の設計図になります。アミノ酸を変えない変化でも、このつなぎ合わせを乱せば、できあがるタンパク質は大きく変わります。「アミノ酸が変わらないから無害」とは言い切れないことを示す例です。

もう一つ知っておきたいのが、遺伝子の欠失が隣の遺伝子に及ぶ場合です。Xq28ではL1CAMのすぐ近くにAVPR2遺伝子があり、両方を含む欠失によって、X連鎖性水頭症に腎性尿崩症(腎臓で尿を濃くできず大量の尿が出る病気)を伴った例が報告されています[1]。隣り合う遺伝子がまとめて失われて複数の症状が重なる状態は隣接遺伝子症候群と呼ばれ、AVPR2遺伝子とX連鎖性腎性尿崩症はそれぞれ別のページで解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【バリアントの種類は「傾向」であって「予告」ではない】

クラス分類や52%対8%という数字は、集団を見たときの傾向を示すものです。報告書に書かれたバリアントの種類から、目の前の一人の経過を言い当てることはできません。同じ家系の中で重症度が大きく違うという事実が、そのことをよく表しています。

文献の数字を読むときは、「この数字は誰を集めた集団のものか」を確かめる必要があります。重い例が検査に回りやすければ、数字は重い方向に傾きます。遺伝子検査の結果は、画像所見や家族歴と重ねて解釈することが重要です。

5. 遺伝のしかた・保因者・出生前診断

L1症候群はX連鎖性(X連鎖潜性[劣性])の遺伝形式をとります。母親が保因者(病的バリアントをヘテロ接合で持つ人)の場合、そのバリアントが子どもに伝わる確率は妊娠ごとに50%です。受け継いだ男の子は発症し、受け継いだ女の子は保因者になって通常は発症しません[1]。父から息子へは伝わらないことも、X連鎖遺伝の特徴です。父親は息子にY染色体を渡すため、X染色体上の遺伝子は息子に伝わりません。

母親が保因者X染色体の片方に病的バリアント
▶
妊娠ごとに50%バリアントのあるX染色体が伝わる確率
▶
受け継いだ男の子発症する(重症度は予測できない)
▶
受け継いだ女の子保因者(通常は発症しない)

家族歴がなくても起こる:孤発例と新生突然変異

L1症候群の男性の約40%は、家系の中でただ一人の発症者(孤発例)です[1]。家族歴がないことは、この病気を否定する理由になりません。孤発例の場合、考えられる状況は3つあります。母親が保因者である場合、本人に新しく生じた新生突然変異である場合、そして母親の体の一部の細胞や卵子のもとになる細胞だけにバリアントがあるモザイクの場合です。

このうちどれに当たるかで、次の妊娠での再発率が変わります。そのため、母親の遺伝学的検査を行って保因者かどうかを確かめることが勧められています[1]。母親の血液でバリアントが見つからなくても、再発率は一般の方と同じにはなりません。卵子のもとになる細胞にだけバリアントがある性腺モザイクの可能性が残るためで、実際に母親の性腺モザイクが少なくとも1家系で報告されています[1]。

発症した男性から子どもへの伝わり方も、X連鎖遺伝の規則に従います。発症した男性は、病的バリアントを娘の全員に伝え、息子には伝えません。ただし、L1症候群の男性が子どもを持つことは一般にはまれです。ごく軽い症状の男性が娘にバリアントを伝えた家系も報告されています[1]。また、母方のおばが保因者である可能性や、その子どもへの影響も考える必要があり、家系の中で誰から調べるかを整理することが出発点になります。

女性保因者に症状は出るのか

女性保因者は通常は発症しませんが、内転母指や軽い知的障害といった軽い所見がみられることがあります。L1症候群の症状がそろって現れることはまれですが、重い水頭症を示した女性の報告もあります[1]。

女性はX染色体を2本持ちますが、細胞ごとにどちらか1本がはたらかないよう抑えられています。これをX染色体不活化といいます。どちらが抑えられるかは通常、細胞ごとにランダムに決まります。細胞集団全体では必ず半々になるわけではなく、組織によっても割合が異なります。偏りが生じて、正常なL1CAMを持つX染色体のほうが多くの細胞で抑えられると、症状が出やすくなります。中脳水道狭窄、内転母指、軽い知的障害があり家族歴のない女の子で、病的バリアントとX染色体不活化の偏りが確認された例が紹介されています[1]。保因者という言葉は「症状がまったく出ない人」という意味ではないことに注意が必要です。

出生前診断(羊水検査・絨毛検査)でわかること、わからないこと

家系内の病的バリアントが特定されていれば、羊水や絨毛を用いた出生前診断と、着床前遺伝学的検査が技術的に可能です[1]。発症した方でバリアントが確定していることが前提になります。検査の流れは単一遺伝子疾患の出生前診断と羊水検査・絨毛検査のページに、着床前の検査はPGT-Mの解説にまとめています。

ここで必ず知っておきたい限界があります。男の胎児に病的バリアントが見つかっても、その子の重症度を正確に予測することはできません。同じ家系の中でL1症候群のすべての表現型が現れうるためです[1]。兄が軽い型だったから次の子も軽い、とは言えません。逆も同じです。

超音波検査にも限界があります。L1症候群を超音波だけで確実に診断することはできません。水頭症は妊娠20〜24週より前、場合によっては妊娠後期になるまで確認できないことがあり、リスクのある妊娠で超音波所見が正常に見えても、L1症候群を否定する根拠にはなりません[1]。胎児超音波検査は形の変化を見る検査であり、遺伝子の変化を直接調べる検査とは役割が異なります。

⚠️ 出生前診断を考えるときに

出生前診断は、検査を受けること自体も、結果を受けてどうするかも、ご本人とご家族が決めることです。L1症候群では「バリアントの有無はわかるが、重症度はわからない」という点が、判断を難しくします。検査の前に、何がわかり何がわからないのかを整理しておくことが欠かせません。

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6. 出生後の診断と遺伝子検査の進め方

L1症候群の診断は、症状や画像所見に加えて、遺伝学的検査でL1CAMの病的バリアントを確認することで確定します。男性では、示唆する所見があり、1本しかないX染色体上のL1CAMに病的バリアントが見つかれば診断が確定します。女性での診断はまれですが、全般的な発達の遅れや水頭症がある場合に、片方のX染色体に病的バリアントが見つかれば診断されます[1]。

検査法と見つかる割合

L1CAMの病的バリアントは、塩基配列を読む検査(シークエンス解析)で約99%が見つかり、残りの約1%はエクソン単位や遺伝子全体の欠失・重複です[1]。シークエンス解析は、1塩基の置き換わりや小さな挿入・欠失、スプライス部位変異を見つけるのが得意です。一方で、エクソンが丸ごと抜けるような大きな変化は、読み方によっては見逃されます。そのため、シークエンス解析で見つからない場合は、次の段階として欠失・重複を調べる検査を行います。代表的な方法がMLPAです。

検査の入口は、症状の現れ方によって変わります。水頭症と内転母指、家系内の男性に同じ症状があるといった特徴がそろっていれば、L1CAM単独の検査や、関連する遺伝子をまとめて調べるパネル検査が向いています。水頭症や痙性対麻痺、知的障害だけでは原因を絞りにくい場合は、エクソーム解析のように遺伝子を広く調べる方法が選ばれます[1]。

🔍 L1CAMの検査法と特徴

検査法 見つかるバリアント 見つかる割合の目安
シークエンス解析 1塩基の置換、小さな挿入・欠失、スプライス部位のバリアント 約99%
欠失・重複解析 エクソン単位、遺伝子全体の欠失・重複 約1%

※GeneReviews[1]による。割合は病的バリアントが見つかった方の中での内訳です。

結果の読み方と、当院の関連検査

検査で見つかったバリアントは、病的かどうかを5段階で判定します。判定の考え方はACMGガイドラインの解説にまとめています。L1CAMで注意が必要なのは、VUS(臨床的意義不明のバリアント)が見つかった場合です。VUSは、それだけでは診断を確定することも否定することもできません[1]。家系ごとに異なるミスセンスバリアントが多い遺伝子なので、症状のある家族と一緒にバリアントが受け継がれているかを調べるなど、追加の情報が判定の助けになります。病的バリアントまたは病的である可能性が高いバリアントと判定された場合に、症状や家族歴を踏まえて保因者検査や出生前診断への利用を検討できます。

当院の検査では、遺伝性痙性対麻痺(HSP)遺伝子検査パネルと大頭症・過成長症候群NGSパネルの対象遺伝子にL1CAMが含まれています。発達の遅れや知的障害の原因を広く調べる場合は発達障害・学習障害・知的障害遺伝子検査、原因が絞れない場合はクリニカルエクソーム検査が選択肢になります。妊娠前に保因者かどうかを調べる検査として拡大版保因者スクリーニングもありますが、対象遺伝子は検査ごとに異なるため、L1CAMが含まれるかは事前に確認が必要です。

診断がついたあとの医療は、小児科、小児神経科、脳神経外科、リハビリテーション科、臨床遺伝の専門家がかかわる体制が望ましいとされています。水頭症には必要に応じて髄液を逃がすシャント手術が行われますが、胎児期のシャントの有益性は示されていません。発達の遅れには個別の教育的支援を、痙性には標準的な治療を行い、神経学的な評価を定期的に続けます[1]。

7. がんとL1CAM:腫瘍での発現と研究の現状

L1CAMは、神経の病気とは別に、がんの研究でも注目されています。ただし、ここで扱うのは「腫瘍の組織でL1タンパク質がつくられているかどうか」であり、生まれつきのバリアントの話ではありません。この2つを混同しないことが、この章を読むうえでの前提です。L1CAMの生まれつきの病的バリアントについて、遺伝性のがん発症リスクを高めるという関連は確立していません[1]。

「つなぎ留める分子」が、がんでは「動かす分子」になる

がん細胞でL1がつくられると、細胞どうしをつなぎ留めるよりも、細胞を動かし周囲へ入り込ませる方向にはたらくことが多いとされています。総説によると、腫瘍におけるL1の発現は、予後の悪さ、進行の速い性質、進んだ病期と関連することが多く、がん細胞の運動性と浸潤性を高め、転移や抗がん剤への抵抗性を支えます[4]。第2章で述べた、膜のすぐ外側での切断とインテグリンとの結合という切り替えのしくみが、がんでも使われているのです。

神経の発生細胞の移動と軸索の伸長を助ける
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一部のがん細胞で発現腫瘍組織でL1がつくられる
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運動性・浸潤性が高まる転移や薬剤抵抗性にかかわる
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予後マーカー・治療標的の研究いずれも研究段階

この変化は、上皮間葉転換(EMT)と呼ばれる現象とも結びつけて研究されています[4]。EMTは、きちんと並んで接着していた上皮の細胞が、ばらけて動きやすい性質に変わる現象で、がんが周囲へ広がる最初の段階にかかわります。がんが広がる道筋の全体像は浸潤・転移カスケードの解説で扱っています。

子宮内膜がんの予後マーカーとしての研究

L1CAMの腫瘍での発現が詳しく調べられているがんの一つは、子宮内膜がん(子宮体がん)です。I期の子宮内膜がんを対象とした2つのランダム化試験(PORTEC-1:714人、PORTEC-2:427人)のうち、腫瘍検体を評価できた865人を対象とする統合解析では、年齢、浸潤の深さ、悪性度、脈管侵襲、治療法で調整したあとも、L1CAMの発現は独立した予後因子でした。遠隔再発のハザード比は3.5(95%信頼区間1.92〜6.30)、全死亡のハザード比は2.1(同1.41〜2.98)と報告されています[7]。ハザード比は、ある因子を持つ群で出来事が起こる速さが、持たない群の何倍かを示す数字です。

子宮内膜がんは、現在は遺伝子の特徴によって4つの分子サブタイプに分けて考えます。2026年のメタ解析では、L1CAM陽性の割合は全体で15%、サブタイプ別では下の表のとおりで、L1CAM陽性はとくにMMR-D群とNSMP群で生存の悪さと関連すると結論づけられました[8]。

📊 子宮内膜がんの分子サブタイプ別・L1CAM陽性の割合(メタ解析の統合値)

分子サブタイプ 特徴 L1CAM陽性の割合
POLE変異型 POLE遺伝子のエクソヌクレアーゼ領域に病的バリアントがある 4.87%
MMR-D(ミスマッチ修復欠損) マイクロサテライト不安定性に関連するミスマッチ修復機能の欠損がある 52.16%
p53異常型 p53免疫染色が異常パターンを示す 52.86%
NSMP 上の3つのどれにも当てはまらない 30.88%

※Siddiquiらのメタ解析[8]による統合値。全体とサブタイプ別の統合値は、同じ一つの集団を分割した割合ではありません。もとになった研究ごとに対象や測定条件が異なるため、個々の施設の数字とは一致しないことがあります。

一方で、扱いには慎重さが必要です。欧州の3学会(ESGO・ESTRO・ESP)による2025年改訂の診療ガイドラインでは、再発リスク群は、がんの解剖学的な広がり、脈管侵襲の状態、分子分類にもとづいて定義されています。L1CAMについては、MMR-D型の中では転帰と関連しなかったと記載されており、上のメタ解析の結論とは一致していません[9]。L1CAMは有望なバイオマーカーとして研究が続いている段階で、どのサブタイプでどう使うかの評価は定まっていません。

治療の標的としての研究:CAR-T細胞療法の臨床試験

L1は細胞の表面にあるため、治療の標的としても研究されてきました。代表的なのが、小児がんの神経芽腫に対するCAR-T細胞療法です。CAR-T細胞療法は、患者さん自身の免疫細胞(T細胞)に、がん細胞の目印を見つける人工の受容体を組み込んで体に戻す治療です。L1は神経芽腫で多くつくられ、正常な組織での発現が限られることが、標的に選ばれた理由でした[10]。

再発または治療抵抗性の神経芽腫を対象とした、L1CAMを標的とするCAR-T細胞療法の第I相臨床試験(ENCIT-01)の結果が2026年に報告されています。構造の異なる3種類のCARが比較され、36人が登録、22人が投与を受けました。細胞の製造は36人中34人で成功しています。グレード2以上の副作用として、サイトカイン放出症候群、皮疹、低ナトリウム血症が多くみられ、低ナトリウム血症は3人で用量を制限する毒性となりました。腫瘍が小さくなるなどの客観的な効果は確認されず、著者らは、製造は可能であるものの、L1CAMは神経芽腫では適切な標的ではない可能性があると結論づけています[10]。

この結果は、細胞の表面に多く出ている分子であっても、それだけでは治療がうまくいくとは限らないことを示しています。L1CAMを標的とする治療は、現時点では研究の段階にあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「腫瘍での発現」と「生まれつきのバリアント」は別の話】

L1CAMについて調べると、水頭症の話と子宮内膜がんの話が同じ画面に並びます。けれども前者は生まれつき全身の細胞にある配列の変化、後者は腫瘍の組織でタンパク質がつくられているかどうかの話で、調べているものが違います。病理検査で「L1CAM陽性」と書かれていても、L1症候群の保因者という意味にはなりません。

医学文献では、L1CAMの予後マーカーとしての期待と、治療標的としての難しさの両方が示されています。同じ遺伝子の名前が出てきたときも、「生殖細胞系列の話か、腫瘍の話か」を確かめることが、結果を正しく理解するうえで重要です。

よくある誤解

誤解①「病的バリアントがあれば必ず重い水頭症になる」

L1症候群には重い型から軽い型まであり、同じ家系の中でも重症度が異なります。バリアントの種類でわかるのは集団としての傾向までです。

誤解②「家族歴がなければL1症候群ではない」

発症した男性の約40%は、家系でただ一人の発症者です。新生突然変異や、母親の性腺モザイクによる場合があります。

誤解③「女性の保因者には症状が出ない」

通常は発症しませんが、内転母指や軽い知的障害がみられることがあり、まれに重い水頭症の報告もあります。

誤解④「L1症候群の家系はがんになりやすい」

生まれつきのL1CAMの病的バリアントと、L1症候群以外の病気との関連は知られていません。がんの研究は腫瘍組織での発現を見ています。

よくある質問(FAQ)

Q1. L1CAM遺伝子の読み方と別名は?

L1CAMは「エルワンカム」と読みます。L1 cell adhesion molecule(L1細胞接着分子)の略で、つくられるタンパク質はL1、がん研究の分野ではCD171とも呼ばれます。X染色体のXq28にあります。

Q2. L1CAM遺伝子の病的バリアントはどのように遺伝しますか?

X連鎖性(X連鎖潜性[劣性])の遺伝形式です。母親が保因者の場合、バリアントが子どもに伝わる確率は妊娠ごとに50%で、受け継いだ男の子は発症し、受け継いだ女の子は保因者になります。父親から息子へは伝わりません。

Q3. 家族に同じ病気の人がいないのに、子どもがL1症候群と診断されました。なぜですか?

L1症候群の男性の約40%は、家系でただ一人の発症者です。母親が症状のない保因者である場合、お子さんに新しく生じた新生突然変異である場合、母親の卵子のもとになる細胞だけにバリアントがある性腺モザイクの場合があります。どれに当たるかで次の妊娠での再発率が変わるため、母親の遺伝学的検査が勧められています。

Q4. 出生前診断で、赤ちゃんの重症度までわかりますか?

わかりません。家系内の病的バリアントが特定されていれば、胎児がそのバリアントを持つかどうかは調べられますが、重症度を正確に予測することはできません。同じ家系の中でも重い型から軽い型まで現れうるためです。超音波検査で異常が見えないことも、L1症候群を否定する根拠にはなりません。

Q5. 女性の保因者にも症状は出ますか?

通常は発症しませんが、内転母指や軽い知的障害といった軽い所見がみられることがあります。L1症候群の症状がそろって現れることはまれですが、重い水頭症を示した女性の報告もあります。X染色体不活化の偏りが関係すると考えられています。

Q6. 遺伝子検査を受けても、原因が見つからないことはありますか?

あります。GeneReviewsでは、L1CAMの病的バリアントを検出する方法の内訳は、塩基配列を読む検査が約99%、欠失・重複解析が約1%とされています。これはL1症候群が疑われる方の99%で原因がわかるという意味ではありません。エクソン単位や遺伝子全体の欠失・重複は、別の方法で調べる必要があります。また、臨床的意義不明のバリアント(VUS)が見つかった場合は、それだけでは診断を確定も否定もできません。水頭症や痙性対麻痺にはL1CAM以外の原因遺伝子もあります。

Q7. L1CAMとがんにはどんな関係がありますか?

一部のがんでは、腫瘍の組織でL1タンパク質がつくられ、がん細胞の運動性や浸潤性を高めることが報告されています。子宮内膜がんでは予後マーカーとして研究されていますが、診療での位置づけはまだ定まっていません。これは腫瘍組織での発現の話で、生まれつきのL1CAMの病的バリアントががんの体質につながるという関連は知られていません。

まとめ

L1CAM(エルワンカム)遺伝子は、X染色体のXq28にあり、神経細胞の接着、軸索の伸長と束形成、神経細胞の移動を支えるL1細胞接着分子をつくります。はたらきが失われると、X連鎖性水頭症、MASA症候群、X連鎖性の脳梁形成異常からなるL1症候群が起こります[1]。

遺伝形式はX連鎖性で、母親が保因者なら妊娠ごとに50%の確率でバリアントが伝わります。孤発例も約40%あり、家族歴がなくても否定はできません。切断型のバリアントは重く、細胞質ドメインだけのバリアントは軽い傾向がありますが、同じ家系の中でも重症度は異なり、出生前に重症度を予測することはできません[1][5]。

がんの分野では、腫瘍組織でのL1の発現が、子宮内膜がんの予後マーカーや治療標的として研究されています[7][10]。これは腫瘍での発現の話であり、生まれつきのバリアントとは区別して理解する必要があります。正確な遺伝学的診断があってはじめて、保因者検査や出生前診断といった次の選択肢を具体的に検討できます。

🏥 L1CAM遺伝子の検査・遺伝カウンセリングをご検討の方へ

ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、L1CAMを含む遺伝子パネル検査、保因者検査、単一遺伝子疾患の出生前診断に対応しています。ご家系で確認されたバリアントの情報や、これまでの検査結果がある場合はご用意ください。検査でわかること・わからないことを整理したうえで、診断にもとづいて次の選択を決めていきます。

参考文献

  • [1] L1 Syndrome. GeneReviews® [Internet]. 2004(2021年更新). [NCBI Bookshelf NBK1484]
  • [2] *308840 L1 CELL ADHESION MOLECULE; L1CAM. OMIM. [OMIM 308840]
  • [3] Neural cell recognition molecule L1: relating biological complexity to human disease mutations. Human Molecular Genetics. 2000. [PubMed 10767310]
  • [4] L1CAM: A major driver for tumor cell invasion and motility. Cell Adhesion & Migration. 2012. [PMC3478260]
  • [5] CRASH Syndrome: Mutations in L1CAM Correlate with Severity of the Disease. Neuropediatrics. 1997. [PMC1563987]
  • [6] L1CAM variants cause two distinct imaging phenotypes on fetal MRI. [PMC8528460]
  • [7] L1 cell adhesion molecule is a strong predictor for distant recurrence and overall survival in early stage endometrial cancer: pooled PORTEC trial results. Eur J Cancer. 2014. [PubMed 25126672]
  • [8] Prevalence and Survival Outcomes of L1 Cell Adhesion Molecule-Positive in Endometrial Cancer Across Molecular Subtypes: A Systematic Review and Meta-Analysis. JCO Glob Oncol. 2026. [PubMed 41886720]
  • [9] ESGO–ESTRO–ESP guidelines for the management of patients with endometrial carcinoma: update 2025. The Lancet Oncology. [The Lancet Oncology]
  • [10] The first-in-human ENCIT01 trial comparing second- versus third-generation L1CAM-specific CAR T cells in patients with primary refractory or relapsed neuroblastoma. Clin Cancer Res. 2026. [PubMed 42312971]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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