目次
- 1 1. DAZL遺伝子とは ─ 生殖細胞のなかだけで働く「翻訳のスイッチ係」
- 2 2. DAZとDAZLは別物です ─ 4億5000万年の家系図
- 3 3. いつ働き始めるのか ─ 生殖細胞に渡される「免許証」
- 4 4. どうやって翻訳を操るのか ─ mRNAを輪にして読ませる
- 5 5. マイクロRNAをつくる役割 ─ 増やすのではなく「増えすぎを止める」
- 6 6. DAZLが欠けると何が起きるか ─ 動物モデルが示す雌雄の差
- 7 7. 女性の不妊 ─ 早発卵巣不全(POI)と切断型変異
- 8 8. 男性の不妊 ─ 多型の解釈とメチル化
- 9 9. がんで再び目を覚ます ─ 生殖細胞の遺伝子が体細胞で働くとき
- 10 10. 検査とカウンセリング、そしてよくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
精子と卵子は、体のほかの細胞とはまったく違う道すじをたどってつくられます。その道の入口で「あなたは生殖細胞になりなさい」と細胞に告げ、以後の道のりを最後まで見守り続けるのがDAZL(ダズル)遺伝子です。名前が似ているために混同されやすいY染色体のDAZとは別の遺伝子で、DAZLは男女どちらも持っている3番染色体の遺伝子です。
Q. DAZL遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DAZLは、生殖細胞のなかだけで働く「翻訳のスイッチ係」をつくる遺伝子です。DNAからつくられたmRNAという設計図の写しに直接くっつき、どの設計図をいつタンパク質に翻訳するかを決めます。この働きがないと、精子や卵子のもとになる細胞は生殖細胞として一人前になれず、消えてしまいます。名前の似たDAZはY染色体にあり男性しか持ちませんが、DAZLは3番染色体にあって男女ともに持っています。
- ➤生殖細胞の「免許証」 → DAZLが出て初めて、細胞はレチノイン酸に応答して減数分裂に入れるようになる
- ➤分子のしくみ → 標的mRNAの3’UTRにあるGUUという並びを読み、ポリA結合タンパク質を呼び寄せて翻訳を始めさせる
- ➤女性での意義 → ホモ接合の切断型変異 c.808C>T(p.Arg270*)が早発卵巣不全(POI)の症例で報告されている
- ➤男性での意義 → T54Aなどの多型は集団によって結論が食い違い、公的データベースでは意義不明変異とされている
- ➤がんとの関係 → 本来は生殖細胞だけの遺伝子が、肺がんや膠芽腫で異所的に目を覚ますことがある
🧬 DAZL遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. DAZL遺伝子とは ─ 生殖細胞のなかだけで働く「翻訳のスイッチ係」
DAZLは、deleted in azoospermia-like(無精子症で欠失する遺伝子に似たもの)の頭文字をとった名前です。3番染色体の短腕、3p24.3という場所にあり、男女を問わず1コピーずつ持っている常染色体の遺伝子です[1]。11個のエキソンと10個のイントロンからなり、翻訳される領域の前後には5’非翻訳領域と3’非翻訳領域、そしてプロモーターの上流にエンハンサーが配置されています[2]。
この遺伝子がつくるDAZLタンパク質は、RNA結合タンパク質と呼ばれる仲間です。転写因子がDNAにくっついて「設計図をコピーするかどうか」を決めるのに対し、RNA結合タンパク質はすでにコピーされたmRNAにくっついて「そのコピーをタンパク質に翻訳するかどうか」を決めます。つまりDAZLが担当しているのは、転写・翻訳という流れの後半、いわば工場の出荷ラインの管理です。
なぜ生殖細胞では、わざわざこんな二段構えの管理が必要なのでしょうか。理由は、生殖細胞が「転写ができない時期」を長く経験するためです。卵子は減数分裂の途中で長期間眠りにつきますし、精子はつくられる終盤で染色体が固く詰め込まれ、新しく設計図をコピーできなくなります。そこで生殖細胞は、必要な設計図をあらかじめコピーして蓄えておき、使う瞬間になってから翻訳するという戦略をとります。その在庫管理を担うのがDAZLです。
💡 用語解説:3’UTRとRNA認識モチーフ
mRNAは、タンパク質の設計情報そのものが書かれた部分の前後に、翻訳されない「余白」を持っています。後ろ側の余白が3’非翻訳領域(3’UTR)で、ここは余白どころか制御情報がぎっしり書き込まれた掲示板です。DAZLはRNA認識モチーフ(RRM)という約90個のアミノ酸からなる部品でこの掲示板を読みます。DAZLのRRMが認識するのはGUU(グアニン・ウラシル・ウラシル)という3文字の並びで、結晶構造の解析からは、折れ曲がったβシートがこの3文字をしっかり挟み込むように結合することが示されています[3]。
DAZLタンパク質には、このRRMのほかにもうひとつDAZ反復と呼ばれる部品があります。アスパラギン・チロシン・グルタミンに富む24個のアミノ酸のかたまりで、RNAではなく他のタンパク質と手をつなぐための部分です[2]。RNAをつかむ手と、仲間を呼ぶ手。この2本の手を持っていることが、DAZLが「読むだけでなく実際に翻訳を動かせる」理由になっています。
なお、DAZLからつくられるmRNAは1種類ではありません。選択的スプライシングによって、ヒトで3種類、マウスで6種類の転写産物が登録されており、組織や細胞の種類によって現れ方が違う可能性が指摘されています[2]。また翻訳される領域の手前にある5’非翻訳領域や、プロモーターの上流にあるエンハンサーも、この遺伝子をいつ・どこで読み出すかを決める要素です。DAZLは「生殖細胞にしかない遺伝子」ではなく、誰もが持っているのに生殖細胞でしか読み出されない遺伝子だ、という言い方のほうが実態に近いでしょう。
2. DAZとDAZLは別物です ─ 4億5000万年の家系図
外来で最も多い誤解が、「DAZLの検査をすればY染色体の欠失が分かる」というものです。DAZとDAZLは名前が1文字違いですが、乗っている染色体も、持っている人も、調べ方も違います。ここを最初に整理しておきます。
DAZファミリーには3つのメンバーがいます。いちばん古いのがBOULE(BOLL)という遺伝子で、イソギンチャクからヒトまで、驚くほど広い動物種で保存されています。系統解析から、このBOULEが脊椎動物の祖先で重複してできたのがDAZLだと考えられています[4]。さらにDAZLが重複してY染色体へ移り住み、旧世界ザル以降の霊長類でDAZという一群になりました。つまり祖父がBOULE、父がDAZL、子がDAZという家系図です。
DAZファミリーの家系図
祖先型・2番染色体
3番染色体・男女とも
Y染色体・男性のみ
DAZはY染色体のAZFc領域にまとまって存在するため、この領域が欠けると4コピーがまとめて失われます。DAZLは3番染色体にあるので、この欠失とはまったく無関係です。
構造の面でも違いがあります。BOULEとDAZLはRRMを1個、DAZ反復を1個しか持ちませんが、Y染色体のDAZはRRMを1〜3個、DAZ反復を8〜24個も縦に並べて持っており、しかもその数は人によってばらつきます[5]。同じ家系の遺伝子でありながら、DAZだけが増幅と剪定を繰り返して形を変えてきたことが分かります。
臨床的にこの違いが効いてくるのは、無精子症の検査です。男性不妊で行うY染色体微小欠失検査(AZF検査)が調べているのはDAZクラスターを含むY染色体の領域であり、DAZLは対象に入りません。DAZLを調べたい場合は、まったく別の検査になります。DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4のそれぞれについては各遺伝子ページで解説しています。
祖先にあたるBOULE(BOLL)は、ヒトでは2番染色体長腕(2q33)にあり、精子形成の後半にあたる減数分裂の進行に関わると考えられています[4]。3つの遺伝子は同じ道具立て(RNA認識モチーフとDAZ反復)を受け継ぎながら、担当する時期が少しずつずれています。DAZLが生殖細胞の入口を、DAZとBOULEがその先の減数分裂から精子の完成までを受け持つ。この分業によって、生殖細胞の長い発生過程が切れ目なくカバーされていると考えると理解しやすいでしょう。
3. いつ働き始めるのか ─ 生殖細胞に渡される「免許証」
🔍 関連記事:原始生殖細胞(PGC)/生殖細胞系列/配偶子形成と受精
精子や卵子のもとになる細胞は、胎児のごく早い時期に体の後ろのほうで生まれ、そこから将来の卵巣・精巣になる場所(生殖堤)まで長い距離を移動します。この移動中の細胞を始原生殖細胞と呼びます。DAZLが姿を現すのは、この細胞が旅を終えて生殖堤にたどり着いた直後です[6]。
このタイミングには理由があります。始原生殖細胞は移動の途中で、DNAについていたメチル基という目印をゲノム全体で大規模に消去します。この初期化によってクロマチンがゆるみ、それまで読めなかったDAZLの領域が開かれるのです。エピジェネティクスのリセットが、DAZLの発現開始のスイッチになっているわけです。
DAZLが出ると、細胞にはひとつの資格が与えられます。それが「配偶子形成のライセンス」です。この概念は、DAZLを欠いたマウスの解析から明らかになりました。DAZLがない始原生殖細胞は生殖堤には到達するものの、多能性を保ったままで生殖細胞としての運命を確定できず、減数分裂にも精子形成にも卵子形成にも進めません[6]。生殖細胞としての運命は、生殖堤に住み着いたあとで決まる、ということも示されています[7]。
💡 用語解説:レチノイン酸と減数分裂のスイッチ
胎児の卵巣では、ビタミンAからつくられるレチノイン酸という物質が「減数分裂を始めなさい」という号令として働きます。ところがこの号令は、誰にでも聞こえるわけではありません。DAZLを持っている細胞だけが号令を聞き取れるのです。DAZLは号令そのものではなく、号令を受け取るための「耳」をつくる遺伝子だとイメージすると分かりやすいでしょう。胎児卵巣での減数分裂前期のプログラムは、この受け取り能力の上に成り立っています[8]。
では、男性ではどうなるのでしょうか。胎児の精巣では減数分裂を待たせる必要があるため、DAZLの働きにブレーキがかかります。この役目を担うのがNANOS2というタンパク質で、DAZLのmRNA自体を分解へ導くことが示されています[9]。同じDAZLという遺伝子が、卵巣では「進め」、精巣では「待て」という正反対の文脈に置かれる。ここが生殖細胞の性差を理解するうえで面白いところです。
細胞内での居場所も、時期によって変わります。減数分裂に入る前の未熟な生殖細胞ではDAZLは主に核のなかにいますが、減数分裂が始まると細胞質へ移り、翻訳中のリボソームが数珠つなぎになった画分と結びつきます[2]。核にいるあいだは在庫の整理、細胞質に出てからは出荷、という役割の切り替えが起きているわけです。
ここで押さえておきたいのは、生殖細胞が単独で育つわけではないという点です。精巣ではセルトリ細胞が、卵巣では顆粒膜細胞が生殖細胞を取り囲み、栄養やシグナルを供給しています。ただしDAZLが働いているのは、支える側ではなく支えられる側である生殖細胞そのものです。この区別は、後で述べる不妊の原因を考えるときに効いてきます。周囲の環境が整っていても、生殖細胞の内側で翻訳の指令が出せなければ、配偶子はできあがらないからです。
4. どうやって翻訳を操るのか ─ mRNAを輪にして読ませる
DAZLの分子としての手口は、驚くほど物理的です。mRNAの3’UTRにあるGUUの並びに取りつくと、DAZLはDAZ反復を使ってポリA結合タンパク質(PABP)を呼び寄せます。PABPはmRNAの5’側にある翻訳開始複合体と手をつなぐ性質があるため、その結果mRNAは端と端がつながって輪のような形(閉ループ)になります。輪になるとリボソームが効率よく乗り込めるようになり、翻訳が一気に立ち上がります[10]。
DAZLによる翻訳の立ち上げ
目印を読む
RRMでつかむ
DAZ反復で握手
閉ループ形成
翻訳開始
この方式の巧みなところは、ポリA鎖が短くても翻訳を始められる点にあります。ふつうmRNAは3’末端に長いポリA鎖を持ち、そこにPABPが並ぶことで翻訳が支えられます。ところが眠っている生殖細胞のmRNAは、ポリA鎖が短く削られた状態で保管されています。DAZLはPABPを直接3’UTRへ連れてくるため、ポリA鎖の長さという条件を迂回できるのです。
もうひとつの働きが、mRNAの寿命を延ばすことです。細胞のなかにはポリアデニル化の逆をおこなう酵素があり、ポリA鎖を端から削っていきます。削られきったmRNAは分解されますが、DAZLが結合しているmRNAではこの攻撃が物理的に妨げられます。実際、DAZLが結合する場所はポリA鎖の近傍に集中しており、この位置取りが生殖細胞の生存に必要であることが示されています[11]。
では、DAZLは具体的にどの設計図を担当しているのでしょうか。ヒトの胎児卵巣を使った解析では、764個もの候補が見つかりました。そのなかには、相同染色体を横につなぐSYCP1、染色体の組換えに関わるTEX11、姉妹染色分体を束ねるSMC1Bが含まれ、これら3つの翻訳がDAZLによって促進されることが確認されています[12]。シナプトネマ複合体の材料を、必要な瞬間にまとめて供給しているわけです。
卵子が成熟する場面では、DAZLは単独ではなくCPEB1というタンパク質と協調して働きます。両者が同じ標的の3’UTRに乗り、相乗的に翻訳を引き上げることが示されています[13]。ひとつのスイッチではなく、複数のスイッチの組み合わせで細かくタイミングを調整しているとイメージしてください。
5. マイクロRNAをつくる役割 ─ 増やすのではなく「増えすぎを止める」
🔍 関連記事:マイクロRNA(miRNA)/Dicer/DICER1遺伝子
近年になって、DAZLにはmRNA以外の相手がいることが分かってきました。相手はマイクロRNAの前駆体です。マイクロRNAは、できたばかりのときはヘアピンのように折り返した形をしており、その先端のループ部分をDAZLが認識します。認識の目印は、mRNAのときと同じGUUです[14]。
ヘアピンを切って一人前のマイクロRNAに仕上げるのはDICERという酵素ですが、DAZLがループに結合しているとこの切断が促進されます。ヒトの始原生殖細胞様細胞でDAZLを増やすと、100種類を超える成熟マイクロRNAが増加し、そのなかにはlet-7ファミリーの9種類中8種類が含まれていました[14]。
💡 ここは誤解されやすい点です
「DAZLが増殖を支えている」と説明されることがありますが、この経路については逆です。増えたlet-7などのマイクロRNAは、細胞増殖を促すTRIM71などの働きを抑え、その結果として始原生殖細胞の増殖は抑制されます。実際、ヒト胎児卵巣でDAZLを強く発現している細胞ほど、増殖中の細胞の目印であるKI-67は少なくなります。DAZLを増やした生殖腫瘍細胞では、奇形腫の形成も小さくなりました[14]。生殖細胞にとって「増えるのをやめて次の段階へ進む」ことは成熟であり、DAZLはそのブレーキ側に立っています。
6. DAZLが欠けると何が起きるか ─ 動物モデルが示す雌雄の差
DAZLの重要性を最初に決定づけたのは、1997年のマウス実験です。この遺伝子を壊したマウスでは生殖細胞が失われ、雌雄いずれも配偶子がまったくつくられなくなりました[15]。ノックアウトによって完全な不妊になる遺伝子は多くありません。DAZLが生殖の根幹にあることを示す結果です。
なぜ生殖細胞が消えてしまうのでしょうか。DAZLは、SOX2・SALL4・SUZ12といった多能性や体細胞分化に関わる因子の翻訳を抑えることが示されています[16]。この抑えが外れると、細胞は生殖細胞にも体細胞にもなりきれない宙ぶらりんの状態に置かれ、最終的にアポトーシスで失われます。
生まれたあとに壊すと、雌雄で結果が分かれる
より臨床に近い問いは、「胎児期は無事に過ぎた後でDAZLが働かなくなったらどうなるか」です。これを調べるために、生後の生殖細胞だけでDAZLを壊す実験が行われました。結果は雌雄で対照的でした。雌は妊性を保ち、正常に出産できたのに対し、雄は完全な不妊となり、精子のもとになる幹細胞が徐々に失われ、減数分裂や精子への最終仕上げの段階でも停止が起きました[17]。
この差は、卵子と精子のつくり方の違いから説明できます。卵巣予備能、すなわち生涯使う卵子の在庫は胎児期に決まってしまい、生後に新しくつくられることは基本的にありません。つまり卵巣ではDAZLの本当の勝負は胎児期に終わっています。一方の精巣では、幹細胞が一生にわたって分裂と分化を繰り返すため、DAZLが担う翻訳の指令は生涯必要とされ続けます。実際、精子のもとになる前駆細胞の増幅と分化には、DAZLによる広範な翻訳プログラムが必要であることが示されています[18]。
もうひとつ、DAZLには生殖細胞を守る役割もあります。精巣は熱に弱い臓器ですが、熱ストレスを受けるとDAZLはストレス顆粒と呼ばれるRNAの避難所に集まり、アポトーシスの信号を伝えるRACK1というタンパク質を抱え込んで隔離します。DAZLを欠いたマウスではこの避難所そのものがうまくつくられず、生殖細胞の細胞死が増えました[19]。DAZLは平時の生産管理だけでなく、非常時の危機管理も兼ねているわけです。
ストレス顆粒は、膜で包まれた小器官ではなく、タンパク質とRNAが集まって液体のしずくのように相分離してできる構造です(液–液相分離)。必要なときにさっと集まり、危機が去れば溶けて消える。この機動性の高いしくみに、DAZLが構成部品として組み込まれているという点は、この遺伝子が単なる翻訳因子にとどまらないことを示しています。
7. 女性の不妊 ─ 早発卵巣不全(POI)と切断型変異
🔍 関連記事:早発卵巣不全(POI)/早発閉経の基礎知識/低AMH・POIの遺伝子検査
40歳未満で卵巣の働きが止まってしまう状態を早発卵巣不全(POI)と呼びます。原因は自己免疫や医原性などさまざまですが、遺伝的な背景が関わる例も少なくありません。DAZLは長らく「関係していそうだが決め手がない」遺伝子でしたが、2024年に状況を大きく動かす報告が出ました。
POIと診断された女性の全エクソーム解析から、DAZLのc.808C>T(p.Arg270*)というホモ接合の変異が見つかりました。これは終止コドンが本来より手前に生じるナンセンス変異で、タンパク質のC末端側45アミノ酸、エキソン11に相当する部分がまるごと失われます。DAZLで切断型の変異が報告されたのは、この報告が初めてとされています[20]。
重要なのは、失われた場所です。C末端側はPABPと握手するための部分でした。実験では、この短くなったDAZLはタンパク質としては十分な量つくられるものの、PABPを引き寄せる力が有意に落ちていました。その結果、NANOS3・VASA・SYCP3という生殖細胞に必須の遺伝子の3’UTRを介した翻訳促進が働かなくなります[20]。
💡 用語解説:なぜNANOS3の低下が決定的なのか
NANOS3は、始原生殖細胞がアポトーシスに陥るのを防ぐ「防波堤」の役割を持つタンパク質です。切断型DAZLをもつ細胞ではNANOS3が明らかに減り、アポトーシスを起こした細胞の割合が増えました。さらに、正常なDAZLがある状態でもNANOS3だけを減らすとアポトーシスが増えたことから、NANOS3の低下そのものが細胞死の引き金だと確認されています[20]。卵子の在庫が胎児期に決まる以上、この時期の細胞死は取り返しがつきません。
両親から1本ずつ受け継いだ場合にだけ発症するという点で、この変異は常染色体潜性(劣性)遺伝の形をとります。ご両親はそれぞれ保因者で、通常は症状がありません。
では、ヘテロ接合(1本だけ変化がある状態)ではどうでしょうか。DAZLのミスセンス変異が、早期閉経の家系や不妊男性で報告されています[21]。ただし、こうした変異が単独でどれだけ発症に寄与するかは確立していません。早発閉経は複数の要因が重なって起きることが多く、ひとつの変異だけで説明できる例はむしろ少数派です。
なお、卵胞のかたちづくりの面でもDAZLは関与しています。マウスでは、卵子どうしがつながった塊がほどけて一つひとつの原始卵胞になる過程で、DAZLがTex14というmRNAの翻訳を通じて働いていることが示されています[22]。卵巣予備能の「初期設定」に関わる遺伝子だと理解しておくと、臨床像との対応がつかみやすくなります。
ここまでの話を、実際の診療の言葉に置き換えてみます。卵子は胎児期に減数分裂を始めたあと、その途中で長い眠りに入ります(ディクチオテン期停止)。排卵のたびに、この眠りから覚めた卵子が一つずつ使われていきます。つまり在庫は増えず、減っていく一方です。DAZLが関わっているのは、この在庫がつくられる最初の局面です。
したがって、DAZLに関連する変化が見つかったとしても、そこから在庫を増やす治療があるわけではありません。実際に選択肢となるのは、妊孕性温存のように、今ある卵子をどう活かすかという方向の検討です。卵子凍結の流れや年齢別の妊娠率、あるいは卵巣機能不全そのものの評価とあわせて考えることになります。遺伝子検査は方針を決める材料のひとつであって、それ自体が治療ではない、という位置づけを共有しておくことが大切です。
8. 男性の不妊 ─ 多型の解釈とメチル化
DAZLはもともと男性不妊の候補遺伝子として注目されてきました。よく検討されてきたのが、T12A(p.Thr12Ala)とT54A(p.Thr54Ala)という2つのミスセンス型の一塩基多型です。ところが、この2つの解釈は簡単ではありません。
13件の症例対照研究、患者2,556例と対照1,997例をまとめたメタ解析では、T54Aについてアジア人集団でのみ有意な関連が示され、白人集団では関連が認められませんでした。一方、T12Aについては当初リスク上昇が見えたものの、試験逐次解析という手法で検証すると偽陽性と判定されています[23]。
日本人ではさらに事情が異なります。無精子症・乏精子症の患者234例と妊孕性のある対照131例を調べた研究では、T54Aは患者にも対照にもまったく検出されませんでした。T12Aの頻度は患者15.4%、対照13.7%で有意差がありません。この分布は台湾を含む狭い地域に限られる可能性が指摘されています[24]。
💡 用語解説:意義不明変異(VUS)とは
遺伝子に見つかった変化は、病気を起こすと確定したもの、無害と確定したもの、そしてどちらとも判断できないもの(VUS)に分けられます。DAZLのT54Aは、かつて造精機能障害との関連が報告されましたが、公的データベースOMIMでは現在意義不明変異に再分類されています[1]。「以前は原因とされていたが、証拠が積み上がるにつれて評価が変わった」という、遺伝学ではごく普通に起きる出来事です。個人向けの遺伝子解析サービスでこの部位の結果を受け取っても、それだけで不妊の原因と考えることはできません。
配列の変化以外に注目されているのが、DNAメチル化です。DAZLのプロモーター領域は本来メチル化されていない状態で働きますが、不妊男性の精子ではこの領域に異常なメチル化がみられることが報告されています。祖先遺伝子であるBOULEと合わせて、DAZファミリーのエピジェネティックな制御がヒトの妊孕性と関連することが示されました[25]。配列は正常なのに働きが落ちる、という状況があり得るということです。
臨床的な整理をしておきます。非閉塞性無精子症の原因検索では、まず染色体の数と構造を調べる染色体検査とY染色体微小欠失の評価が基本になります。DAZLはそのあとに検討する遺伝子群のひとつであり、単独で調べて答えが出るものではありません。精子形成の各段階には多くの遺伝子が関わっており、SYCP3やSYCE1のように確立した原因遺伝子も存在します。
なお、切断型の変異が見つかったときによく問題になるのが、変異のあるmRNAがナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)という監視機構で壊されてしまうかどうかです。DAZLのc.808C>Tの場合、変異型タンパク質は野生型と同程度に検出されており、量が減ったのではなく働きが変わったことが問題だと分かります[20]。多型の情報を扱う際は、dbSNPのrs番号で対象を特定しておくと、報告ごとの表記ゆれに惑わされずにすみます。
9. がんで再び目を覚ます ─ 生殖細胞の遺伝子が体細胞で働くとき
生殖細胞とがん細胞には、増え続ける力、未分化な性質を保つしくみ、細胞死を回避する能力といった共通点があります。そのため、本来は生殖細胞でしか働かない遺伝子が、がん細胞で異所的に目を覚ますことがあります。こうした遺伝子群は「がん精巣抗原」あるいは「がん生殖細胞遺伝子」と総称され、DAZLもその一員として位置づけられるようになりました[2]。
非小細胞肺がんでは、正常組織のなかで精巣にしか発現していないDAZLが、がん組織で発現していることが免疫染色などで示されました。この状態のDAZLは、細胞増殖のシグナルに関わるJAK2と、DNAの複製や修復に関わるMCM8のmRNAに結合し、それぞれの翻訳を高めます。その結果、腫瘍の増殖が進むだけでなく、白金製剤であるシスプラチンに対する抵抗性が生じました[26]。MCM8は相同組換え修復と複製ストレス応答を担うヘリカーゼで、MCM9と複合体をつくって働きます。DNAを傷つけて効かせる薬に対し、修復能力を上げて対抗するという構図です。
膠芽腫でも同様の現象が報告されています。腫瘍組織と細胞株でDAZLの発現が高く、DAZLを抑えると増殖・遊走・浸潤が低下し、幹細胞としての性質を示すマーカーも減少しました。抗がん剤に対する抵抗性も弱まっています[27]。
一方で、DAZLはどんな腫瘍でも増殖を後押しするわけではありません。前の章で述べたとおり、生殖腫瘍細胞ではDAZLを増やすと増殖と奇形腫の形成が抑えられました[14]。同じ遺伝子が、細胞の文脈によって逆向きに働くのです。生殖細胞に由来する腫瘍としては性腺芽腫も知られており、生殖細胞と腫瘍の境界は現在も研究が進んでいる領域です。
10. 検査とカウンセリング、そしてよくある誤解
DAZLは、現時点では単独で調べて答えが出る遺伝子ではありません。POIの原因検索では、まず問診と内分泌検査、染色体検査、そしてFMR1のリピート伸長といった確立した項目を評価するのが基本です。そのうえで、複数の原因遺伝子をまとめて調べる不妊症遺伝子検査へ進みます。この検査は男女どちらにも対応しており、女性側の対象遺伝子にはBMP15・GDF9・STAG3・FSHR・FOXL2・NR5A1といった、早発卵巣不全との関連が確立した遺伝子が並びます。
そしてこの検査の男性側の対象遺伝子には、DAZLが含まれています。AR・CFTR・SRY・USP9Y・FSHR・NR5A1などと並び、造精機能や性腺機能に関わる遺伝子のひとつとして評価される位置づけです。したがって、造精機能障害の遺伝学的検索のなかでDAZLを確認することができます。ただし前の章で見たとおり、DAZLの多型は解釈が難しく、見つかった変化がそのまま原因を意味するわけではありません。結果は必ず精液所見やほかの遺伝子の結果と合わせて読むことになります。
女性のPOIについては、DAZLを原因遺伝子とする報告はありますが、現時点では症例数が限られており、研究が進められている段階です。そのため、確立した項目とパネルで評価したうえで、必要に応じて全エクソーム検査や全ゲノムシークエンス、カスタマイズ遺伝子パネル検査といった網羅的な解析へ広げる設計になります。実際、c.808C>Tが見つかったのも全エクソーム解析でした[20]。パネルと網羅的解析の使い分けについてはWESとパネル検査の違いもあわせてご覧ください。
結果をどう受け止めるかも重要です。DAZLに変化が見つかったとしても、多くは意義不明変異と判定されます。逆に、変化が見つからなくても妊孕性が保証されるわけではありません。検査を受ける前に「何が分かって、何が分からないのか」を整理しておくことが、結果に振り回されないための備えになります。遺伝カウンセリングでは、こうした前提の共有から始めます。当院では臨床遺伝専門医が診療と遺伝カウンセリングを担当します。
研究の方向としては、体外で配偶子をつくる技術のなかでDAZLが重要な道具になりつつあります。ヒトのES細胞を用いた実験では、DAZLは始原生殖細胞の形成そのものに働き、DAZやBOULEはその後の減数分裂や半数体の形成を後押しすることが示されました[28]。iPS細胞からの分化誘導が進めば、これまで手が届かなかったヒト生殖細胞の初期段階を実験室で観察できるようになります。ただし、これらは現時点で研究段階の知見であり、治療として提供されているものではありません。
検査の選び方についても整理しておきます。原因がひとつに絞り込めている場合は単一遺伝子検査で足りますが、DAZLのように「候補のひとつ」という位置づけの遺伝子では、複数遺伝子を同時に見るパネルや、必要に応じて全ゲノムシークエンスまで広げる設計が現実的です。また、見つかった変化がどのような遺伝形式をとるのかによって、ご家族への意味合いは大きく変わります。妊孕性という言葉が指す範囲は広く、遺伝学的な要因はそのごく一部にすぎません。検査の前後で、この全体像を一緒に確認しておくことをおすすめします。
誤解①「DAZLはY染色体の遺伝子だから男性だけのもの」
Y染色体にあるのはDAZ1〜DAZ4です。DAZLは3番染色体にあり、男女ともに2本ずつ持っています。むしろ確立した報告があるのは女性のPOIの例であり、「男性の遺伝子」という理解は正確ではありません。
誤解②「T54Aが陽性なら不妊の原因が分かった」
T54Aは公的データベースで意義不明変異に再分類されています。日本人集団では患者・対照とも検出されなかったという報告もあり、この結果だけで原因と結論することはできません。
誤解③「DAZLはマイクロRNAで細胞を増やす」
向きが逆です。DAZLがDICERを助けて成熟させたlet-7などのマイクロRNAは、増殖を促す因子を抑え、結果として始原生殖細胞の増殖にブレーキをかけます。
誤解④「がんで働くなら、変異があるとがんになりやすい」
肺がんや膠芽腫で問題になっているのは、がん細胞側で起きた発現の変化であり、生まれ持った配列の変化ではありません。遺伝するかどうかがまったく異なります。
よくある質問(FAQ)
🏥 不妊・早発卵巣不全の遺伝子診断のご相談
早発卵巣不全(POI)・低AMH・無精子症などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] OMIM *601486. DELETED IN AZOOSPERMIA-LIKE; DAZL. Johns Hopkins University. [OMIM 601486]
- [2] Anatomy and Function of Deleted in Azoospermia Like (DAZL) Gene in Human and Mouse. Dev Reprod. 2025. [DOI 10.12717/DR.2025.29.2.19]
- [3] Kinked beta-strands mediate high-affinity recognition of mRNA targets by the germ-cell regulator DAZL. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011. [PMC3215079]
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