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DAZ4遺伝子とは?Y染色体AZFc領域にある4つのDAZコピーの1つ|精子形成での役割と「遺伝的冗長性」を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

精子がつくられなくなる原因を調べていくと、たどり着くことが多いのがY染色体の「AZFc」という領域です。ここには精子形成に関わるDAZ遺伝子が4つ(DAZ1〜DAZ4)並んでいます。DAZ4はそのうちの1つ。ところが4つはたがいに99%以上そっくりで、「1つだけを取り出して調べる」ことが技術的にとても難しい遺伝子です。この記事では、DAZ4が何をしているのか、欠けると本当に不妊になるのか、そして検査で何がわかって何がわからないのかを、ご本人・ご家族の視点も交えて整理します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 AZFc・DAZファミリー・精子形成・遺伝カウンセリング
🔑 遺伝専門医が解説

Q. DAZ4遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DAZ4は、精子のもとになる細胞(精原細胞)で、必要なタンパク質をつくる指令(mRNA)の翻訳を後押しするRNA結合タンパク質の設計図です。Y染色体のAZFc領域に4つ並ぶDAZ遺伝子のうちの1つで、DAZ3とペアを組んでいます。この領域がまるごと欠けると精子形成が強く障害されますが、「DAZ4だけが欠けると不妊になるかどうか」は、実は30年たっても決着していません。

  • 分子としての役割 → 精原細胞でmRNAの3’末端側に結合し、ポリA結合タンパク質(PABPC1)と協力して翻訳を後押しする。欠けると精原細胞の増殖がうまくいかなくなる
  • 4コピーの中の位置づけ → DAZ1〜DAZ4は99%以上同一。DAZ4はDAZ1と同じくRNA認識モチーフ(RRM)を2つ持つが、「だから重要/不要」という因果は証明されていない
  • 「DAZ3/4が欠けても無害」説の現在地 → 有力な仮説だが議論継続。むしろDAZ3/4を含む欠失に不妊との関連を示した報告もあり、単純に「無害」とは言い切れない
  • 確実に言えること → ハプログループNという集団ではDAZ3/DAZ4がまるごと欠けたまま固定しており、その男性たちの妊よう性は正常。ここに遺伝的な「予備(冗長性)」が見てとれる
  • 検査と遺伝カウンセリングの要点 → 標準のAZF欠失検査ではDAZ4を単独で見分けることはできない。AZFc欠失は息子には必ず伝わり、娘には伝わらない

🧬 DAZ4遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 DAZ4(Deleted in Azoospermia 4)/別名 pDP1680・pDP1681
タンパク質 DAZ4タンパク質(RNA結合タンパク質)/予測579アミノ酸・分子量約65 kD
染色体上の位置 Y染色体長腕 Yq11.23(AZFc領域)/GRCh38座標 Y:24,833,820–24,907,040
OMIM番号 400048
主なはたらき 精子のもとになる細胞で、mRNAの3’非翻訳領域に結合し、タンパク質への翻訳を後押しする
主な発現部位 精巣(減数分裂前の精原細胞の細胞質に限局)
生殖細胞系列変異と関連疾患 AZFc領域の欠失(DAZ4を含む多コピー遺伝子の喪失)は非閉塞性無精子症・重症乏精子症の原因。DAZ4単独の欠失が不妊を起こすかは未確立
体細胞変異 がんのドライバー変異として確立した報告はありません
検査上の注意 4つのDAZ遺伝子は99%以上同一のため、標準のAZF欠失検査ではDAZ4だけを見分けることはできません

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. DAZ4とDAZファミリー ─ Y染色体にある「精子づくりの予備部品」

DAZ4は単独の遺伝子ではなく、Y染色体に4つ並んだ「DAZ」という兄弟遺伝子の一員です。まずこの4つがどういう関係なのかを押さえると、あとの話がすべてつながります。ご本人にとっては「なぜ1つの遺伝子を調べにくいのか」の理由がここにあります。

DAZ(Deleted in Azoospermia=無精子症で欠失する、の意味)は、1995年に「精子がつくれない男性でY染色体から失われている遺伝子」として発見されました[1]。その後の詳しい解析で、ヒトのY染色体にはDAZ遺伝子が4つ(DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4)あり、2つずつ向かい合ったペアを2組つくって並んでいることがわかりました[2]。DAZ1とDAZ2がひと組、そしてDAZ3とDAZ4がもうひと組です。DAZ4はこの4番目のコピーにあたります。

4つのDAZ遺伝子は、DNAの並びがたがいに99%以上そっくりです[3]。これは「別々の遺伝子」というより「1つの遺伝子を4回コピーして少しずつ場所を変えて置いた」ようなイメージに近いものです。DAZ4がつくるタンパク質は579アミノ酸ほどと予測されており[4]、DAZ1〜DAZ3と同じくRNA結合タンパク質の仲間です。

💡 用語解説:RNA結合タンパク質(RBP)とは

遺伝子の情報は、いったんmRNAという「コピー」に書き写され、それをもとにタンパク質がつくられます(DNAからタンパク質へ)。RNA結合タンパク質は、このmRNAにくっついて「いつ・どれだけタンパク質に翻訳するか」を細かく調整する裏方です。DAZ4のようなRBPが働くことで、精子のもとになる細胞は必要なタンパク質を必要なタイミングでつくれます。DAZ4が結合するのは、多くの場合mRNAの末尾側(3′非翻訳領域)です。

なぜ「予備部品」という言い方をするのか。それは、これだけそっくりなコピーが4つもあること自体が、1つや2つ欠けても他がカバーできる「冗長性(じょうちょうせい)」を示唆しているからです。実際、後で見るように、DAZ3とDAZ4がまるごと失われても妊よう性が正常な集団が存在します[5]。この「予備がある」という設計思想こそ、DAZ4という遺伝子を理解するうえで最も大切な視点です。ご本人やご家族にとっては、「1つ欠けた=すぐ不妊」という単純な話ではない、ということを意味します。

2. 4つのコピーの中のDAZ4 ─ なぜ「1つだけ」を調べるのが難しいのか

4つのDAZが99%以上同じ、という事実は、検査の現場でそのまま「DAZ4だけを取り出して調べられない」という制約になります。ここは検査結果を受け取るご本人にとって、とても実務的に重要なポイントです。

4つのDAZ遺伝子は、細かい部分だけが少しずつ違います。具体的には、それぞれの遺伝子の中にある2.4キロベースの繰り返し配列(DAZリピート)の数と、RNAをつかむ部品(RNA認識モチーフ=RRM)の数が異なります[3]。原著の解析では、4つのうちDAZ1とDAZ4だけがRRMを2つ分含む長い繰り返しを持ち、DAZ2とDAZ3は1つとされています[4]。DAZリピートの数はどの遺伝子でも少なくとも7回はあります。

💡 用語解説:RNA認識モチーフ(RRM)とは

RRMは、RNA結合タンパク質が実際にmRNAをつかむ「手」にあたる部品です。DAZ4はこの手を2つ持つタイプと考えられています。ただし注意したいのは、「手が2つだから重要」「1つだから予備」といった因果関係は証明されていないことです。手の数はコピーを見分ける目印にはなりますが、それ自体が「効き目の強さ」を決めているわけではありません。

この99%超という類似性が、そのまま検査上のいちばんの壁になります。DNAを増やして調べる一般的な方法(PCR)では、4つのコピーがまとめて増えてしまい、どれがDAZ4なのかを配列だけでは区別できないのです。さらに、4つの遺伝子のあいだでは「遺伝子変換」というコピー間の情報の書き換えが頻繁に起こるため、目印にしていた小さな違いも入れ替わってしまうことがあります[6]。そのため、「DAZ4というコピーが1つ欠けている」ことを臨床の現場で確実に言い当てるのは、現時点では研究レベルの解析でしか実現できていません。

3. 精子形成でのDAZ4の働き ─ 精原細胞の「翻訳スイッチ」

DAZ4が実際に細胞の中で何をしているのか。近年ようやく分子のレベルで見えてきました。ここが分かると、「なぜAZFcが欠けると精子ができなくなるのか」の理屈が腑に落ちます。

DAZタンパク質は、精子ができる全過程で働いているわけではありません。ヒトの精巣を調べた研究では、4つのDAZ遺伝子はすべて転写されているものの、そのタンパク質は減数分裂の前段階である「精原細胞」の細胞質だけに見られました[7]。つまりDAZ4は、精子の“いちばんもと”になる細胞が増えていく初期の段階で働く遺伝子です。

2024年に報告された研究で、DAZがどうやって働くのかがはっきりしました[8]。DAZタンパク質は、DAZリピートの部分を使ってポリA結合タンパク質(PABPC1)という別のタンパク質と手を組み、mRNAが翻訳される全体量を底上げしていました。DAZを人工的に減らすと細胞全体の翻訳が下がり、細胞の増殖も鈍りました。DAZがつかんでいたmRNAには、細胞の増殖や細胞周期の進行に関わる遺伝子(RAD21やSMC2など)が含まれていました。

💡 用語解説:ポリA結合タンパク質(PABP)とは

mRNAの末尾には「ポリA鎖」という尾のような構造があり、そこに結合するのがポリA結合タンパク質(PABP)です。PABPが結合すると、mRNAは安定し、リボソームに翻訳されやすくなります。DAZ4はこのPABPとチームを組むことで、翻訳を「オン」にする側の働きをしていると考えられています。

この仕組みが分かると、AZFc領域がまるごと欠けたときに何が起きるかも見えてきます。DAZが失われた男性の精巣では、増えていくはずの精原細胞(c-KITという目印を持つ細胞)がうまく増殖できなくなっていました[8]。精子をつくる工場の、いちばん川上の材料が細くなってしまうイメージです。ご本人にとって、これは「なぜAZFc欠失で精子が極端に少なくなるのか」の生物学的な答えの一つになります。

4. 「DAZ4が欠けても無害」は本当か ─ 30年続く論争の現在地

ここがこの記事のいちばんの核心です。ネット上では「DAZ1・DAZ2の欠失は不妊につながるが、DAZ3・DAZ4の欠失は無害」とよく書かれています。しかしこれは確定した事実ではなく、いまも決着していない仮説です。検査結果を前にしているご本人ほど、この「まだ分かっていない」という事実を正確に知っておくことが大切です。

図:Y染色体AZFc領域に並ぶ4つのDAZ遺伝子とペア関係

近位ペア(P2側)

DAZ1
RRM 2つ分
DAZ2
RRM 1つ

遠位ペア(P1側)

DAZ3
RRM 1つ
DAZ4
RRM 2つ分

4つは99%以上そっくり。DAZ1↔DAZ2、DAZ3↔DAZ4が向かい合ったペアを組む。DAZ4はDAZ3とともに遠位(P1)側にある。

この「DAZ1/2は病的・DAZ3/4は無害」という考えは、2002年に提唱された仮説から広まりました[9]。当時、乏精子症の男性の一部でDAZ1/DAZ2のペアが失われていたことが根拠でした。しかしその後の研究は、必ずしもこの説を支持していません。それどころか、むしろ逆の結果を示した報告すらあります。

たとえば、不妊男性300名と対照399名を調べた2004年の研究では、不妊と統計的に関連したのはDAZ3/DAZ4を含む欠失(DAZ3/4-CDY1a型)のほう(p=0.042)で、DAZ1/DAZ2の欠失との関連は見られませんでした[10]。また2014年のチュニジアの研究では、DAZ2とDAZ4が同時に欠けている割合が、不妊男性で12.4%・妊よう性のある男性で4.3%と有意に高く(p=0.01)、とくにDAZ4を失うことが乏精子症と関連していました[11]。つまり「DAZ4が欠けても完全に無害」とは、そう単純には言い切れないのです。

では、なぜ「DAZ1/2=病的」という説が広まったのでしょうか。近年の詳しい構造解析がその「からくり」を明らかにしています[12]。集団に多い2種類の部分欠失には、実は消えるコピーに偏りがあったのです。よく調べられてきた「gr/gr欠失」の多くはDAZ1/DAZ2を消し、別の「b2/b3欠失」の多くはDAZ3/DAZ4を消していました。この偏りが交絡(見かけの関連)を生み、「DAZ1/2が悪者」という印象をつくった可能性が高いと考えられています。

💡 用語解説:交絡(こうらく)とは

交絡とは、2つのものが直接関係していなくても、背後にある共通の要因のせいで「関係があるように見えてしまう」現象です。DAZの場合、「どのコピーが消えたか」と「どんなタイプの欠失か」が最初から結びついていたため、コピー単独の影響を切り分けられませんでした。だからこそ、ハプロタイプ(Y染色体の型)や欠失のタイプまで含めて解析しないと、本当のことは分からないのです。

2016年の総説は、この30年の議論をこう総括しています ── 「どのサブタイプがどの遺伝子を消すかで説明しようとした研究は、相反する結果をもたらしてきた」[6]。これはサブタイピングの技術的な限界も一因です。したがって現時点で誠実に言えるのは、「DAZ4が欠けても大丈夫」でも「DAZ4が欠けたら不妊」でもなく、『どのコピーが欠けたかだけで妊よう性を説明する試みは、まだ決着していない』ということです。ご本人・ご家族にとっては、検査で「DAZ3/4側の欠失」と言われても、それだけで結論を出さず、精液所見など実際の状態と合わせて判断すべき、という意味になります。

5. ハプログループNでの「固定」 ─ DAZ4がなくても妊よう性が正常な集団

論争のなかで、数少ない「はっきり言えること」がこのセクションです。DAZ3とDAZ4がまるごと失われたまま、代々受け継がれている集団が実在します。これは冗長性の何よりの証拠です。

ヨーロッパからアジアに広く分布するハプログループNという父系の系統では、DAZ3とDAZ4がまるごと欠けたまま集団に固定しています[5]。「固定」とは、その系統のほぼ全員がこの欠失を持っている、という意味です。もしDAZ3/DAZ4が精子形成に必須なら、この系統は子孫を残せず絶えてしまうはずです。ところが実際には、この系統は広く分布し続けており、男性の妊よう性に明らかな低下は見られません。

この欠失では、DAZ3/DAZ4に加えて近くの別の遺伝子(BPY2の一部)も失われ、AZFcという領域の長さが約3.7メガベースから約1.5メガベースへと、半分以下に短くなっています[5]。それでも妊よう性が保たれているという事実は、残ったDAZ1・DAZ2が、失われたDAZ3・DAZ4の役割を十分に肩代わりできることを強く示しています。これこそが、4つもコピーを持つ「予備部品」設計の意味なのです。

💡 用語解説:ハプログループとは

ハプログループは、Y染色体のわずかな違い(一塩基多型など)をたどって分類した、父から息子へ受け継がれる系統のグループです。日本人にも複数のハプログループが混ざっています。同じ「DAZが欠けている」でも、どの系統で・どんな成り立ちで欠けたかによって、妊よう性への影響が変わりうる、というのが近年の理解です。

🔍 関連記事:遺伝子量効果dbSNPとrsID

6. AZFc欠失と男性不妊 ─ DAZ4を含む領域がまるごと欠けたとき

DAZ4単独の話ではなく、DAZ4を含む「AZFc領域」がまるごと欠けたときには、はっきりした影響が出ます。これは男性不妊の最も多い遺伝的原因であり、ご本人にとって最も現実的に関わる部分です。

AZFc領域全体の欠失(b2/b4欠失と呼ばれます)は、既知の男性不妊の遺伝的原因として最も多いものです。Y染色体の微小欠失全体の約80%を占めます[13]。20,884人を対象にした大規模な集団調査では、この完全欠失は2,320人に1人に見られ、精子形成障害のリスクを約145倍に高め、重症精子形成障害の約6%を説明していました[12]

📊 AZFc領域の主な欠失タイプと男性不妊リスク(20,884人の集団調査より)

欠失タイプ 大きさ 集団での頻度 精子形成障害リスク DAZコピーへの影響
b2/b4(完全欠失) 約3.5 Mb 2,320人に1人 約145倍 DAZ 4コピーすべて+周辺遺伝子
gr/gr 約1.6 Mb 41人に1人 約2倍 DAZを2コピー残す(多くはDAZ1/2側)
b2/b3 約1.8 Mb 90人に1人 リスク因子と言えない DAZを2コピー残す(多くはDAZ3/4側)
b1/b3 約1.6 Mb 994人に1人 約2.5倍 DAZを2コピー残す

Rozenら(2012)による。b2/b4完全欠失だけが強いリスクを持ち、部分欠失の影響は集団によって異なる。

この完全欠失は、AZFc領域の両端にある229キロベースのそっくりな繰り返し配列のあいだで、Y染色体が自分自身と組換えを起こすことで生じます[14]。この領域は3つの大きな回文構造(パリンドローム)が重なった、ヒトゲノムでも指折りに不安定な場所で、だからこそ欠失が繰り返し起こります。

💡 用語解説:非対立遺伝子相同組換え(NAHR)とは

ふつう組換えは、相同染色体どうしの「同じ場所」で起こります。ところがAZFcのようにそっくりな配列が近くに何個も並んでいると、本来ペアにならない配列どうしが間違って組換えを起こすことがあります。これを非対立遺伝子相同組換え(NAHR)と呼び、そのあいだにある遺伝子がごっそり抜け落ちてしまいます。AZFc欠失はこの典型例です。

AZFc完全欠失があると精子は極端に少なくなりますが、それでも精巣内に精子が残っていることは少なくありません。手術で精巣から直接精子を回収する顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)の成功率は、報告によって幅がありますが、平均47%(13〜100%)とするもの[15]や、より新しい系統的レビューで62.4%とするものがあります。回収できた精子を使えば顕微授精(ICSI)が可能です。

7. 検査でわかること・わからないこと ─ DAZ4を「単独で」は調べられない

検査結果を受け取ったご本人が最も戸惑うのが、「DAZ4という項目が結果に出てこない」ことです。これは検査の不備ではなく、原理的な理由があります。ここを知っておくと、結果の読み方が変わります。

男性不妊の診断でおこなう標準的な検査は「Y染色体微小欠失検査(AZF欠失検査)」です。国際的なガイドライン(EAA/EMQN 2023)では、AZFcの判定にsY254とsY255という2つの目印(STSマーカー)を使います[13]。ところがこの2つのマーカーは、4つのDAZ遺伝子をまとめて検出するものです。だから「AZFcが欠けているかどうか」は分かっても、「4つのうちDAZ4だけが欠けている」といった細かい区別はできません。片方だけ欠失として出た場合は、むしろ技術的なエラーを疑うべきとされています。

では、DAZ4を単独で調べる検査はあるのでしょうか。臨床の現場には存在しません。前に述べたとおり4つのDAZは99%以上同一で、しかもコピー間で遺伝子変換が頻繁に起こるため、コピー単位で「これはDAZ4」と見分けるには、配列の細かな違い(SFV)を数える研究レベルの解析が必要です[6]。当院でも、DAZ4を直接調べるメニューはありません。男性不妊症NGSパネル不妊症遺伝子検査にもDAZ1〜DAZ4は含まれていません(多コピー・高相同性のためNGSパネルの対象外で、AZFc欠失は上記のY染色体微小欠失検査で判定するのが標準です)。

💡 用語解説:意義不明変異(VUS)という考え方

仮に研究的な解析でDAZ4付近の小さな違いが見つかっても、その多くは意義不明変異(VUS)、つまり「病気を起こすかどうか判断できない変化」に分類されます。DAZ4は集団によって数が変わりやすい遺伝子なので、「違いがある=異常」とは限りません。検査で何か出ても、それだけで結論を出さないことが大切です。

AZF欠失検査は、無精子症・重症乏精子症の男性で、核型検査(染色体の数と形の検査。クラインフェルター症候群の併存を確認)とセットで行うのが標準です。当院では染色体検査(Gバンド法)も実施しています。検査を受けるかどうか、どこまで調べるかは、精液所見やご希望をふまえて臨床遺伝専門医とご相談のうえ決めることをおすすめします。

8. 進化のなかのDAZ ─ ヒトを含む高等霊長類だけが持つ遺伝子

DAZ4がなぜ4つもコピーを持つのか。その答えは、この遺伝子の進化の歴史にあります。ここを知ると、「予備部品」という設計が偶然ではないことが見えてきます。

DAZ遺伝子は、もともとY染色体にあったわけではありません。もとは常染色体(3番染色体)にあったDAZLという遺伝子が、進化の途中でY染色体へ移動し、そこで何度もコピーされて増え、不要な部分が刈り込まれてできあがったものです[2]。この増幅は、ヒトと旧世界ザル(アカゲザルなど)が枝分かれする前に始まったと考えられています[3]

重要なのは、Y染色体にDAZを持つのはヒトを含む高等霊長類(類人猿と旧世界ザル)だけという点です。旧世界ザルはDAZを1コピーしか持たず、大型類人猿は複数コピーを持ちます。マウスやその他の哺乳類のY染色体にDAZはありません。DAZ4は、この「霊長類が進化の途中で手に入れ、コピーを増やしてきた」遺伝子の4番目のコピーなのです。同じ祖先から生まれた兄弟には、常染色体に残ったDAZLと、さらに古い祖先であるBOULEがいます。

2023年には、これまで半分以上が「空白」だったY染色体の全塩基配列が初めて完全に解読され、TSPY・DAZ・RBMYといった多コピー遺伝子ファミリーの正確な構造がようやく明らかになりました[16]。DAZ4を含むAZFc領域の複雑な繰り返し構造も、この完全ゲノムでさらに詳しく調べられるようになっています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「異常なし」と「わからない」は違います】

DAZ4のような多コピー遺伝子は、遺伝学のなかでも「白黒がつけにくい」典型だと考えています。4つがそっくりで、集団によって数も変わり、しかもコピー間で情報が入れ替わる。だからこそ、検査で分かる範囲には最初からはっきりした限界があります。この限界を正直にお伝えすることが、遺伝を専門にする者の責任だと思っています。

大切にしているのは、「検査で見つからなかった」ことを「異常がない」と言い換えないことです。DAZ4を単独で調べる方法が臨床にない以上、ここは正確に区別すべきところだと考えています。数値や検査項目だけで結論を急がず、精液所見やご家族の状況まで含めて、ご本人が納得して次の一歩を選べるように整理していく ── それが遺伝カウンセリングの役割だと考えています。

9. 次世代への伝わり方 ─ 遺伝カウンセリングで確認すること

AZFc欠失が見つかったとき、多くのご本人・ご夫婦が最も気にされるのが「子どもにどう伝わるのか」です。ここは事実がはっきりしているので、落ち着いて確認できます。

AZFc欠失はY染色体上の変化です。Y染色体は父から息子にのみ受け継がれるため、AZFc欠失を持つ男性から顕微授精などで生まれた男児は、原則としてこの欠失を必ず受け継ぎます。一方、女児には伝わりません(女児はY染色体を持たないため)。生まれた男児も将来、父と同じように精子形成の問題を抱える可能性が高い、という点は、治療に進む前に知っておいていただきたい大切な情報です。

また、AZF欠失の場所によって精子回収の見込みが大きく違う点も重要です。AZFc欠失では精巣内に精子が残っていることが多いのに対し、AZFaやAZFbの完全欠失では精子回収がほとんど期待できません。この違いは治療方針を左右するため、「AZFのどこが欠けているか」を正確に把握することが欠かせません。

💡 用語解説:保因者・遺伝形式という考え方

AZFc欠失はY染色体上にあるため、遺伝形式としては「父→息子」の一方向です。女性が保因者になることはありません。息子への伝達をどう考えるか、顕微授精での性別選択の議論も含めて、ご夫婦の価値観にそって整理していくのが遺伝カウンセリングの役割です。

当院では、こうしたY染色体微小欠失に関する検査と遺伝カウンセリングを、紹介状なしで臨床遺伝専門医が直接おこなっています。検査を受けるべきか、結果をどう受け止めるか、次にどう進むか ── ご本人・ご夫婦の状況にあわせて一緒に考えます。

10. よくある誤解

DAZ4は情報が錯綜しやすい遺伝子です。ネットで見かける説明のうち、正確でないものを整理しておきます。

❌ 誤解1:DAZ3・DAZ4は欠けても無害だと確定している

⭕ 正しくは:これは確定した事実ではありません。有力な仮説ではありますが、むしろDAZ3/DAZ4を含む欠失に不妊との関連を示した報告もあり[10]、DAZ2とDAZ4の同時欠失が不妊男性で有意に多かった研究もあります[11]。「どのコピーが欠けたか」だけで妊よう性を説明する試みは、30年たっても決着していません[6]

❌ 誤解2:DAZ4だけを調べる遺伝子検査を受けられる

⭕ 正しくは:臨床の現場では受けられません。4つのDAZは99%以上同一で、標準のAZF欠失検査はsY254/sY255という目印で4コピーをまとめて検出します[13]。コピー単位の判別は研究レベルの解析でのみ可能です。

❌ 誤解3:RRMを2つ持つDAZ4のほうがDAZ2・DAZ3より重要だ

⭕ 正しくは:RNA認識モチーフ(RRM)の数はコピーを見分ける目印にはなりますが、「数が多いほど重要」という因果は証明されていません[4]。DAZ3・DAZ4がまるごと欠けても妊よう性が正常な集団が実在します[5]

❌ 誤解4:AZFc欠失があると絶対に子どもは持てない

⭕ 正しくは:そうとは限りません。AZFc完全欠失でも精巣内に精子が残っていることが多く、microTESEで精子を回収して顕微授精に進める可能性があります(回収率は報告により47〜62%程度)[15]。ただし生まれた男児にはこの欠失が受け継がれます。

🧭 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、いくつかの状況が考えられます。
検査でAZFc欠失を指摘された方:まず「どのAZF領域が欠けているか(a/b/c)」で精子回収の見込みが大きく変わります。Y染色体の異常で全体像を確認できます。
これから男性不妊の検査を考えている方:DAZ4を単独で調べる検査はありません。標準はAZFc欠失(Y染色体微小欠失)検査染色体検査です。
顕微授精など次の治療を検討中の方:AZFc欠失は息子に必ず伝わり、娘には伝わりません。この点を含めて方針を整理しておくと安心です。

次に確認しておくとよい観点は、①欠けているのがAZFのどの領域か ②精巣内精子回収(microTESE)の適応 ③息子への伝わり方(遺伝形式) ④併存しうるクラインフェルター症候群の有無、の4点です。判断に迷うときは遺伝カウンセリングでご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. DAZ4遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

DAZ4はY染色体の長腕、AZFcという領域にある遺伝子で、精子のもとになる細胞(精原細胞)で働くRNA結合タンパク質をつくります。mRNAの末尾側に結合し、ポリA結合タンパク質と協力して、必要なタンパク質への翻訳を後押しします。DAZ4はこのAZFc領域に4つ並ぶDAZ遺伝子(DAZ1〜DAZ4)の4番目で、DAZ3とペアを組んでいます。

Q2. DAZ4が欠けていると必ず不妊になりますか?

いいえ、そう単純ではありません。DAZ3とDAZ4がまるごと欠けたまま代々受け継がれ、妊よう性が正常な集団(ハプログループN)が実在します。これは残るDAZ1・DAZ2が役割を肩代わりできる「予備(冗長性)」があることを示しています。一方で、DAZ3/DAZ4を含む欠失やDAZ2+DAZ4の同時欠失に不妊との関連を示した報告もあり、「無害」とも「必ず不妊」とも言い切れないのが現状です。

Q3. DAZ4だけを調べる遺伝子検査はありますか?

臨床の現場にはありません。4つのDAZ遺伝子はDNAの並びが99%以上そっくりで、標準のAZF欠失検査(sY254・sY255という目印を使う)は4つのコピーをまとめて検出します。そのため「DAZ4というコピーだけが欠けている」ことを見分けるには、研究レベルの詳しい解析が必要です。当院の男性不妊症NGSパネルや不妊症遺伝子検査にもDAZ1〜DAZ4は含まれていません。

Q4. DAZ4はDAZ1・DAZ2・DAZ3と何が違うのですか?

4つはたがいに99%以上同一で、細かい構造(DAZ反復の数とRNA認識モチーフ=RRMの数)だけが少し異なります。DAZ1とDAZ4はRRMを2つ分持ち、DAZ2とDAZ3は1つとされています。並び方はDAZ1↔DAZ2、DAZ3↔DAZ4のペア構造で、DAZ4はDAZ3とともに遠位(P1)側にあります。ただし「RRMが多いから重要」という因果は証明されていません。

Q5. AZFc欠失があると子どもは持てないのでしょうか?

AZFc完全欠失でも精巣内に精子が残っていることは多く、顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)で精子を回収して顕微授精に進める可能性があります。回収率は報告により47〜62%程度です。ただし、生まれた男児にはこのAZFc欠失が受け継がれ、将来同じように精子形成の問題を抱える可能性が高い点は知っておく必要があります。

Q6. AZFc欠失は子どもに遺伝しますか?

AZFc欠失はY染色体上の変化なので、父から息子にのみ受け継がれ、娘には伝わりません。顕微授精などで生まれた男児は原則としてこの欠失を必ず受け継ぎます。女性が保因者になることはありません。息子への伝達をどう考えるかも含めて、遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q7. 検査でAZFaやAZFbの欠失と言われました。AZFcとどう違いますか?

精子回収の見込みが大きく異なります。AZFc欠失では精巣内に精子が残っていることが多いのに対し、AZFaやAZFbの完全欠失では精子回収がほとんど期待できないとされています。そのため「AZFのどの領域が欠けているか」を正確に把握することが、治療方針を決めるうえで非常に重要です。核型検査(染色体の数と形の検査)とあわせて評価します。

Q8. DAZ4はがんに関係しますか?

DAZ4の体細胞変異ががんのドライバー(原因)となるという確立した報告はありません。DAZ遺伝子ファミリーはがん精巣抗原として研究されることはありますが、DAZ4単独でがんを起こすという知見は現時点でありません。DAZ4は主に精子形成に関わる遺伝子として理解しておくのが適切です。

参考文献

  • [1] Diverse spermatogenic defects in humans caused by Y chromosome deletions encompassing a novel RNA-binding protein gene. Nat Genet. 1995. [PubMed 7670487]
  • [2] The DAZ gene cluster on the human Y chromosome arose from an autosomal gene that was transposed, repeatedly amplified and pruned. Nature Genet. 1996. [OMIM 400048]
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男性不妊・AZFc欠失についてご相談ください

検査を受けるべきか、結果をどう受け止めるか、次にどう進むか。臨床遺伝専門医が紹介状なしで直接おうかがいします。

遺伝カウンセリング・遺伝診療について

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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