目次
- 1 1. BOULE(BOLL)遺伝子とDAZファミリー ─ 生殖のいちばん古い設計図
- 2 2. 減数分裂のスイッチ ─ BOULEはどうやって精子形成を進めるのか
- 3 3. 無精子症(減数分裂停止)との関係 ─ ヒトでの臨床的な意味
- 4 4. 検査で変異が見つかりにくい理由 ─ 配列に現れない「発現の蓋」
- 5 5. ヒトの卵子形成での役割 ─ DAZLからBOULEへの切り替え
- 6 6. 精子を守る環状RNA(circBOULE) ─ 精液で測れる新しいバイオマーカー
- 7 7. iPS細胞・クラインフェルター症候群との関わり
- 8 8. がん・避妊薬研究での位置づけ(研究段階)
- 9 9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
精子や卵子といった「生殖細胞」は、体のほかの細胞とはまったく違う特別な分裂(減数分裂)を経てつくられます。その減数分裂を先へ進める「進めのスイッチ」の役目を担うのがBOULE(BOLL)遺伝子です。BOULEは、ハエからヒトまであらゆる動物が共通して持ち続けてきた「生殖のいちばん古い部品」で、この仕組みを理解すると、原因のはっきりしない男性不妊(無精子症)がどこでつまずいているのかが見えてきます。本記事では、BOULEが精子形成・卵子形成で果たす役割と、無精子症・がん・将来の男性避妊薬研究とのつながりまで、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. BOULE(BOLL)遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. BOULEは、生殖細胞の減数分裂を先へ進める「翻訳のスイッチ」をつくる遺伝子です。細胞周期を進めるCDC25AなどのmRNAに結合して、必要なタイミングでタンパク質づくりを一気にオンにします。このスイッチが入らないと、精子のもとになる細胞が減数分裂の途中で止まり、精液中に精子が出てこない無精子症につながります。近年はヒトの卵子形成やがん、将来の男性避妊薬の研究でも注目されています。
- ➤精子形成での役割 → 減数分裂のG2期からM期への移行を進める中心因子。ハエの不妊はヒトのBOULE遺伝子で回復できるほど機能が共通している
- ➤無精子症(減数分裂停止)との関係 → 減数分裂が止まった患者さんの精巣ではBOULEタンパク質が失われている
- ➤検査で見つかりにくい理由 → DNA配列の変異はまれで、多くは「発現がオフになる」エピジェネティックな変化。脱メチル化で再びオンになりうる
- ➤卵子形成での役割 → ヒト胎児卵巣では、DAZLからBOULEへ発現が切り替わる特別な時期がある
- ➤検査上の注意 → 現時点でBOULEは当院の男性不妊症NGSパネル(146遺伝子)にも含まれていない
🧬 BOULE(BOLL)遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. BOULE(BOLL)遺伝子とDAZファミリー ─ 生殖のいちばん古い設計図
BOULEは、精子や卵子をつくる「DAZ遺伝子ファミリー」のなかでいちばん古くからある祖先型のメンバーで、イソギンチャクのような原始的な動物からヒトまで、あらゆる動物が1コピーずつ持ち続けてきました。
ヒトのBOLL遺伝子は常染色体である2番染色体の長腕、2q33.1という場所にあります[1]。この遺伝子がつくるのは、RNA結合タンパク質と呼ばれる種類のタンパク質です。DNAではなくmRNA(タンパク質をつくるための設計図のコピー)にくっついて、いつ・どれだけタンパク質をつくるかを調整する役割をもっています。ヒトのBOULEは、同じファミリーのDAZやDAZLよりも、むしろショウジョウバエの持つBoule(ブール)に構造が近い、という珍しい特徴があります[2]。それだけ、大昔から形をほとんど変えずに受け継がれてきたということです。
💡 用語解説:RNA結合タンパク質とRNA認識モチーフ(RRM)
遺伝子の情報は、DNA →(コピーして)mRNA →(読み取って)タンパク質、という順で伝わります。RNA結合タンパク質は、この途中のmRNAに直接くっついて、翻訳(タンパク質づくり)のオン・オフや量を調整する「現場監督」のような存在です。BOULEはその手(結合部位)としてRNA認識モチーフ(RRM)を1個もっており、狙った相手のmRNAだけを選んでつかむことができます。
進化の歴史をたどると、まずBOULEがあり、脊椎動物が現れたときにBOULEが複製されてDAZLが生まれ、さらに旧世界ザルや類人猿の系統で、常染色体にあったDAZLがY染色体へ移って増え、DAZ(DAZ1〜DAZ4)ができました。Y染色体のDAZ領域(AZFc)の欠失は男性不妊のよく知られた原因ですが、これは進化的に新しい遺伝子の話です。いちばん古いBOULEは、動物にとって配偶子づくりの「原型」を担ってきたと考えられています。
図1:DAZ遺伝子ファミリーの進化(BOULEが最古の祖先)
すべての動物が共通して持つ最古のメンバー(常染色体・2q33.1)
脊椎動物に広がる(常染色体・精子と卵子の両方で働く)
ヒトなど高等霊長類のみ(Y染色体・AZFc欠失=男性不妊の代表的原因)
この「古さ」は、ご本人やご家族にとっても意味があります。BOULEはあまりに大切な部品なので、変異が生じるとすぐに不妊につながって子孫に残りません。そのため人類の遺伝子プールには病気を起こすような変異がほとんど蓄積していないのです。実際、ヒトのBOULE遺伝子をショウジョウバエに入れると、ハエの不妊(減数分裂の停止)が回復することが示されています[2]。数億年を隔てても働きが同じ、という事実は、この遺伝子が生殖の根幹にあることを物語っています。マウスでBOULEを完全になくすと雄は不妊になりますが、雌は正常に妊娠でき、それ以外の全身の健康には影響が出ないことも分かっています[3]。
2. 減数分裂のスイッチ ─ BOULEはどうやって精子形成を進めるのか
BOULEの中心的な仕事は、精子のもとになる細胞(精母細胞)が減数分裂を「途中で止めずに完走」するためのスイッチを入れることです。具体的には、細胞周期を前へ進めるCDC25AというタンパクのmRNAをつかまえ、翻訳を一気にオンにします。
減数分裂が進む時期には、DNAからmRNAをつくる「転写」がいったん止まる場面があります。そこで生殖細胞は、あらかじめmRNAを貯めておき、必要な瞬間に翻訳をオンにする「転写後の調整」で運命を決めます。BOULEはこの調整役の司令塔です。標的として最もよく調べられているのが、細胞周期を進めるホスファターゼCDC25A(ショウジョウバエのTwineに相当)です。BOULEはCDC25AのmRNAの3’非翻訳領域(3’UTR)に結合し、mRNAを壊れにくくするのではなく、リボソームを呼び込んで翻訳そのものを直接活性化すると考えられています。実際にヒトの精巣でもBOULEとCDC25Aは連動して働いていることが示されており[4]、こうしてCDC25Aが供給されることで、減数分裂第一分裂のG2期からM期への移行が進みます。
図2:BOULEが減数分裂を進めるしくみ(遺伝子起点の連鎖)
RNA結合タンパク質をつくる
3’UTRに結合し翻訳をオン
減数分裂が先へ進む
半数体の精子細胞ができる
ヒトの精巣では、BOULEに3種類の少しずつ違う型(アイソフォーム)B1・B2・B3が存在します。これは選択的スプライシングという、1つの遺伝子から複数のmRNAをつくり分けるしくみによるもので、3型は精巣だけに現れ、量の比はおよそB1:B2:B3=80:220:1と報告されています[5]。もっとも多いB2が減数分裂を仕上げる主役と考えられており、減数分裂が停止した精巣ではこれら3型すべてが減少し、型どうしの比の乱れが「精母細胞から円形精子細胞へ進む力」の低下と相関していました[5]。ご本人にとっては、単にBOULEがあるかないかだけでなく、その内訳のバランスまでが精子形成の進み具合を左右しているという点が、この遺伝子の奥深さです。
3. 無精子症(減数分裂停止)との関係 ─ ヒトでの臨床的な意味
ヒトでは、減数分裂が止まった無精子症の精巣で、BOULEタンパク質が失われていることが分かっています。BOULEの欠如は、原因のはっきりしない男性不妊のかなりの部分に共通する所見です。
💡 用語解説:減数分裂停止と非閉塞性無精子症
精液のなかに精子がまったく見あたらない状態を無精子症といいます。精子の通り道がふさがっている「閉塞性」と、精子をつくる工程そのものがうまくいかない「非閉塞性」に分かれます。減数分裂停止は非閉塞性の一つで、精子のもとになる細胞は精巣にあるのに、減数分裂の途中で足踏みして、その先の成熟した精子ができない状態を指します。
無精子症の患者さん47人の精巣を調べた研究では、減数分裂が止まった精巣(28例)ではBOULEタンパク質がまったく検出されず、しかもBOULEが失われている精巣ではCDC25Aも同時に失われていました[4]。前のセクションで見た「BOULE→CDC25A→減数分裂」という流れが、そのまま人の精子形成障害の一因になっていることを示す所見です。非閉塞性無精子症には、減数分裂の染色体対合に関わるSYCP3・TEX11など、はっきりした原因遺伝子も知られています。BOULEはこれらと同じ「減数分裂の遺伝子群」の一員ですが、後述のとおり変異が主因になることはまれです。
ご本人・ご家族にとって大切なのは、こうした知見が「精巣に精子が残っている可能性」の見通しにつながりうるという点です。非閉塞性無精子症では、顕微鏡下で精巣からわずかな精子を探す手術(micro-TESE)を行うことがあります。BOULEなどの発現状態を分子的に評価することで、精子が回収できる確率を事前に見積もる手がかりになりうると報告されています[4]。まだ研究段階ですが、「見つからないかもしれない」という不安に、科学的な輪郭を与えてくれる方向性です。
4. 検査で変異が見つかりにくい理由 ─ 配列に現れない「発現の蓋」
BOULEでは、DNA配列そのものの病的変異はまれで、多くの場合、配列は正常なのに発現だけがオフになる「エピジェネティックな変化」で機能が失われます。だからこそ、配列を読む検査では捉えにくいのです。
BOULEにミスセンス変異などのコーディング変異が見つかっても、健常な男性にも同じ変化があるため意義不明変異(VUS)や非病原性の多型と判定されることがほとんどです。これは前述の「強い選択のためにBOULEの変異が集団に残りにくい」ことの裏返しでもあります。では何が発現を止めているのか。近年注目されているのが、遺伝子のスイッチ部分(プロモーター)のDNAメチル化です。
💡 用語解説:エピジェネティクスとDNAメチル化
エピジェネティクスとは、DNAの文字(配列)を書き換えずに、遺伝子のはたらきをオン・オフする仕組みです。代表がDNAメチル化で、遺伝子のスイッチ部分にメチル基という小さな「蓋」が付くと、その遺伝子は読み取られにくくなり「沈黙(サイレンシング)」します。配列は無傷でも、蓋がされていれば働けません。
実際、精子形成が低下した精巣では、BOULEをはじめとする複数の生殖関連遺伝子のプロモーターで異常な高メチル化が起き、mRNAの発現が大きく低下していました[6]。BOULEのスイッチ部分に8か所のメチル化しやすい部位が見つかり、そのメチル化の強さと精子形成の指標が逆相関することも報告されています[6]。ここで臨床的な希望につながるのが、この蓋が「はがせる(可逆的)」という性質です。培養細胞に脱メチル化剤(5-アザシチジン)を加えると、いったん沈黙したBOULEの発現が再びオンになり、その下流にある精子細胞特有の遺伝子(プロタミン2など)まで動きだしました[6]。こうしたエピジェネティクスに働きかける治療は、まだ細胞・動物レベルの研究段階ですが、原因不明の男性不妊に新しい切り口を与える可能性があります。
図3:配列は正常でも「蓋」で発現が止まる(そして戻せる)
正常な精子形成
プロモーターにメチル化の蓋なし
→ BOULEが発現
→ 減数分裂が進む
減数分裂の停止
プロモーターが高メチル化(蓋)
→ 配列は正常でもBOULEが沈黙
→ 脱メチル化剤で再びオンになりうる
5. ヒトの卵子形成での役割 ─ DAZLからBOULEへの切り替え
かつてBOULEは「オスの精子形成にだけ必要」と考えられていましたが、ヒトでは卵子形成にも独自の役割をもつことが分かってきました。胎児の卵巣には、DAZLからBOULEへ発現が切り替わる特別な時期があります。
ヒトの胎児卵巣を調べた研究では、未熟な生殖細胞のマーカーであるDAZLがまず現れ、そのあとの減数分裂前期の卵母細胞で、ほぼ入れ替わるようにBOULEが一過性に現れます[7]。そして原始生殖細胞由来の卵子が原始卵胞をつくるころには、BOULEは下がりDAZLが戻ります。マウスではDAZLとBOULEが同じ細胞で一緒に出ているのに対し、ヒトでは明確な「バトンタッチ」があるという違いは、ヒトの卵子形成を理解するうえで重要です。
この知見は、卵巣機能が気になる方にとっての意味も持っています。BOULEは女性側でも減数分裂の進行に関わる可能性があり、卵巣予備能や早発卵巣不全(POI)の背景を分子から考えるうえでの手がかりになります。ただし、BOULE単独がヒトのPOIの確立した原因遺伝子として位置づけられているわけではありません。POIに関わる遺伝子としては、卵母細胞が分泌する因子のGDF9・BMP15や、減数分裂コヒーシンのSTAG3などが知られています。BOULEはあくまで「卵子形成の仕組みを深く理解するための鍵の一つ」と受け止めるのが適切です。
6. 精子を守る環状RNA(circBOULE) ─ 精液で測れる新しいバイオマーカー
BOULEはタンパク質をつくるだけでなく、「環状RNA(circBOULE)」という特別なRNAもつくり、これが熱ストレスから精子を守り、精液で測れる不妊のバイオマーカーとして注目されています。
💡 用語解説:環状RNA(circRNA)
ふつうのmRNAは端(5’末端と3’末端)のある「ひも状」ですが、環状RNAは端どうしがつながった「輪」の形をしています。端がないため分解されにくく、体液や細胞のなかで長く安定して存在できます。この安定性が、精液のように扱いやすい検体での検査に向いている理由です。
ヒトのBOULE遺伝子からは7種類の環状RNA(circBOULE)がつくられ、精巣や精子に多く存在します。ハエからマウス、ヒトまで共通して、circBOULEは熱ストレスによる妊よう性の低下から精子を守る役割をもち、熱ショックタンパク質(HSP)のHSPA2などと結びついて、その量を適切に保っていました[8]。臨床的にも価値があり、複数のcircBOULEの量が精子の状態と関係することが分かっています。circEx3-6は精子の運動が悪いタイプ(精子無力症)で、circEx2-6・circEx2-7は形の異常が多いタイプ(奇形精子症)で低下し、さらにcircEx2-6は精子DNAの傷の多さ(DNA断片化指数)と逆相関、circEx2-7は体外受精の受精率・卵割率と相関することが報告されています[9]。ご本人にとっては、精液という侵襲の少ない検体で、精子の質や生殖補助医療の見通しを推し量る手がかりになりうる、という点が実用的な意味です(現時点では研究段階で、当院の一般診療メニューではありません)。
7. iPS細胞・クラインフェルター症候群との関わり
BOULEは、シャーレの上で生殖細胞をつくり出す再生医療の研究でも「生殖細胞になったかどうかの目印」であり、運命を決める因子として使われています。クラインフェルター症候群の不妊の解明にも役立っています。
男性不妊の代表的な原因であるクラインフェルター症候群(47,XXY)の患者さんから作ったiPS細胞を生殖細胞へ分化させると、健常者(46,XY)由来に比べて生殖細胞への分化が明らかに悪く、その正体はBOULE陽性・MAGEA4陽性の細胞が減り、細胞死(アポトーシス)が増えることでした[10]。X染色体が1本多いことが、未知の経路を通じてBOULEの活性化を妨げ、生殖細胞の生存と減数分裂を破綻させる――クラインフェルター症候群で精子がつくられにくい初期の姿を、分子のレベルで捉えた成果です。さらに、ヒトのセルトリ細胞にDAZL・DAZ2・BOULEの3つを強く働かせると、自己複製と分化の力をもつ雄性の生殖幹細胞へと直接つくり替えられることも示されており、BOULEが生殖細胞の運命を根から決める因子であることを物語ります[11]。こうした基礎研究は、いつか同じ悩みを持つ方に新しい選択肢をもたらすかもしれない、という長い射程の意味を持っています。
8. がん・避妊薬研究での位置づけ(研究段階)
BOULEは本来「生殖細胞だけ」で働く遺伝子ですが、この厳しい線引きが破れるとがんで顔を出す(がん精巣抗原)ことがあり、逆にその生殖細胞特異性を利用した副作用の少ない男性避妊薬の標的としても研究が進んでいます。いずれも研究段階の話です。
💡 用語解説:がん精巣抗原(CTA)
正常では精巣(と胎盤)にしか出ないのに、さまざまながんで異常に現れるタンパク質をがん精巣抗原(CTA)と呼びます。正常な体の組織にはないため、がんだけを狙う免疫療法の標的として期待されています。BOULEもこのCTAの一つに数えられます。
精巣の腫瘍のうち、高齢者に多い「精母細胞性セミノーマ」では、がん精巣抗原が一様に陽性になります。これは減数分裂期の細胞の性質を残したまま腫瘍化したことを示す所見で、一般的な古典型セミノーマでのがん精巣抗原の陽性率が3〜40%程度にとどまるのと対照的です[12]。また生殖器以外でも、大腸がんの細胞にBOULEを過剰に発現させると、増殖・移動する力が有意に高まり、動物への移植でも腫瘍が大きくなりました[13]。本来は精母細胞で細胞周期を進める役目のBOULEが、がん細胞のなかで暴走のアクセルとして「乗っ取られる」姿です。ただし、これらは診断や治療がすでに確立したという話ではなく、あくまで研究で見えてきた性質です。がんに関する詳しい解説はこの記事の範囲を超えるため、ここでは概略にとどめます。
もう一つ注目されているのが、男性避妊薬への応用です。世界では予期しない妊娠が多く、男性が主体的に家族計画へ参加できる薬が長く求められてきました。しかしホルモンを抑える従来の方法は、性欲の低下や気分の変動などの全身への副作用が壁になっています。ここで、ホルモンにいっさい触れずに精子づくりだけを止められる「非ホルモン性」の標的が探されており、BOULEはその有力候補の一つです[14]。動物実験では、BOULEをはたらかなくすると精子形成だけが選択的に障害されて不妊になる一方、生存や全身の健康は保たれることが示されています[3]。投与をやめれば元に戻る「可逆的」な避妊法の理想像に近く、実用化されれば家族計画の選択肢を大きく広げる可能性があります。とはいえ、これも臨床応用にはまだ距離のある研究段階のテーマです。
9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際
大切な前提として、BOULEは現時点で当院の遺伝子検査メニューの対象遺伝子には含まれていません。男性不妊の遺伝子検査は、確立した原因遺伝子を中心に組み立てられているためです。
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは/遺伝子検査とは
当院の男性不妊症NGSパネルは146の原因遺伝子を対象としており、減数分裂に関わる遺伝子としてSYCP3・SYCP2・SYCE1・TEX11などが含まれますが、BOULEは対象に入っていません。男女どちらにも対応する不妊症遺伝子検査でも同様です。前のセクションで見たとおり、BOULEの障害は「配列の変異」より「発現の消失」が主体であり、そもそも配列を読む検査では捉えにくいという事情もあります。したがって、ご自身の男性不妊についてBOULEだけを名指しで調べる、という状況は現時点では想定しにくいのが実情です。
それでも、原因のはっきりしない男性不妊で「何が起きているのか」を分子から整理することには意味があります。当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどんな意味を持つのか、次にどんな選択肢があるのかを丁寧に整理していきます。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料をお渡しする役割だと考えています。
10. よくある誤解
誤解①「BOULEに変異があると必ず無精子症になる」
実際には、BOULEのDNA配列の変異はまれで、健常な男性にも同じ変化が見つかります。無精子症で問題になるのは「変異」ではなく「発現の消失」です。変異=不妊という単純な図式では説明できません。
誤解②「BOULEとDAZは同じもの」
3つは親戚ですが役割が違います。BOULEは常染色体にある最古のメンバーで減数分裂を進めます。DAZはY染色体にある新しいメンバーで、その欠失(AZFc)が男性不妊の代表的原因です。DAZLはその中間で、精子と卵子の両方に関わります。
誤解③「遺伝子検査で異常なしなら遺伝は無関係」
配列を読む検査は、発現がオフになっているだけの状態を見のがすことがあります。BOULEはその典型で、配列が正常でもメチル化の「蓋」で機能が失われている場合があります。「異常なし」は「問題なし」と同じではありません。
誤解④「BOULEを狙った治療薬や避妊薬がもうある」
脱メチル化による発現回復や、非ホルモン性避妊薬の標的としての期待はありますが、いずれも細胞・動物実験の段階です。ヒトで使える治療・避妊法として確立したものはまだありません。
🧭 このページを読んだあなたへ
この記事にたどり着いた方には、いくつかの状況が考えられます。原因のはっきりしない無精子症・乏精子症について調べている方、男性不妊の遺伝子検査を受けて「異常なし」と言われて戸惑っている方、あるいは卵巣機能や早発卵巣不全の背景として生殖細胞の遺伝子を知りたい方かもしれません。
次に確認しておくとよい観点は、状況に応じて次のあたりです。
- 男性側の場合 → 非閉塞性無精子症の考え方と、Y染色体の異常(AZF微小欠失)の有無
- 検査結果を受け取った場合 → その変化が意義不明変異(VUS)かどうか、遺伝するタイプかどうか
- 女性側・卵巣機能が気になる場合 → 早発卵巣不全(POI)と卵巣予備能に関わる遺伝子(GDF9・BMP15など)
よくある質問(FAQ)
🏥 男性不妊・無精子症の遺伝子診断のご相談
原因のはっきりしない無精子症・乏精子症、卵巣機能の低下などに関する
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参考文献
- [1] BOL-LIKE; BOLL. OMIM. Johns Hopkins University. [OMIM 606165]
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