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原始生殖細胞(PGC)とは?精子・卵子のもとになる細胞とエピジェネティクス|遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

あなたのからだをつくっている約37兆個の細胞のうち、次の世代へ引き継がれるのは「生殖細胞」だけです。その生殖細胞のいちばん最初の姿が原始生殖細胞(PGC)。妊娠のごく初期に、ほんの数十個だけ生まれます。この細胞は生殖腺に向かって長い距離を移動し、たどり着くとゲノムに刻まれた「親の記憶」をほぼ全部消去するという、生命でもっとも劇的な作業を行います。この記事では、PGCがどこで生まれ、なぜ記憶を消すのか、そしてそれが不妊症・胚細胞腫瘍・体外配偶子形成(IVG)とどうつながるのかを、遺伝専門医が最新研究をふまえて解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 生殖細胞・エピジェネティクス・IVG
臨床遺伝専門医監修

Q. 原始生殖細胞(PGC)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 原始生殖細胞(PGC)とは、将来「精子」や「卵子」になる、いちばん最初の細胞のことです。妊娠のごく初期にわずかな数だけ生まれ、おなかの中を移動して生殖腺(卵巣・精巣のもと)にたどり着きます。この細胞のいちばんの特徴は、DNAについた「親の生活の記録(エピゲノム)」をいったんほぼ全部消してリセットすることです。このリセットや移動がうまくいかないと、不妊症・インプリンティング疾患・胚細胞腫瘍につながることがあります。

  • ヒトとマウスは違う → ヒトPGCの司令塔はSOX17。マウスとは主役の遺伝子が別物です
  • 徹底的なリセット → DNAメチル化が80%超から数%まで低下。全身のどの細胞よりも徹底的です
  • 数の一生 → 胎児期約680万個がピーク、出生時約200万個、思春期約30万個へ
  • 臨床とのつながり → 早発卵巣機能不全(POI)・無精子症・胚細胞腫瘍の起点になります
  • IVGの現在地 → 2024年に体外でのリセット再現に成功。ただし生殖目的の使用は認められていません

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1. 原始生殖細胞(PGC)とは?──いのちのバトンを運ぶ細胞

わたしたちのからだをつくる細胞は、大きく2つに分けられます。ひとつは体細胞——皮膚、心臓、脳、筋肉など、あなた自身を形づくる細胞です。もうひとつが生殖細胞——精子と卵子になり、次の世代へ遺伝情報を運ぶ細胞です。体細胞はあなたが亡くなればすべて消えますが、生殖細胞だけは子へ、孫へと受け継がれていきます。生命の歴史のなかで、38億年間ひとつも途切れずにつながってきた唯一の細胞系譜が、この生殖細胞なのです。

その生殖細胞のいちばん最初の姿が、原始生殖細胞(Primordial Germ Cells:PGC)です。妊娠のごく初期、まだ胎児の心臓も脳もできていない時期に、ほんのわずかな数の細胞が「あなたは生殖細胞になりなさい」と運命づけられます。この時点では精子でも卵子でもなく、男の子になるか女の子になるかも決まっていません。まだ何にでもなれる可能性を秘めた、いわば「生殖細胞のたまご」です。

💡 用語解説:原始生殖細胞(げんしせいしょくさいぼう)

英語で Primordial Germ Cells、略してPGCと呼ばれます。「原始」というのは「原始人」のような古さの意味ではなく、「いちばん最初の・おおもとの」という意味です。「始原生殖細胞」と書かれることもありますが、同じものを指しています。

なお、よく似た名前の「原始卵胞」は別のものです。原始卵胞は、PGCがずっと成長したあとに卵巣のなかにできる「卵子+それを包む細胞」のセットで、PGCよりもかなり後の段階にあたります。

なぜPGCは特別なのか──2つの使命

PGCには、ほかのどの細胞にもない2つの使命があります。第一に、遺伝情報(DNAの配列)を傷つけずに次世代へ渡すこと。第二に、そして意外に思われるかもしれませんが、エピゲノム、つまり「DNAの上に書き込まれた注釈」をいったん消し去ることです。

この「消す」という作業が、PGCをほかのあらゆる細胞から際立たせています。皮膚の細胞は「皮膚として働け」というメモを一生持ち続けます。しかし生殖細胞は、そうしたメモをすべて剥がして白紙に戻さなければなりません。なぜなら、受精卵は「何にでもなれる状態」からスタートしなければならないからです。もし親の細胞に書かれたメモがそのまま残っていたら、受精卵は最初から「皮膚になれ」「肝臓になれ」と指示された状態で発生を始めてしまい、正常な赤ちゃんにはなれません。

💡 用語解説:エピゲノム/エピジェネティクス

DNAを「本」にたとえると、DNAの配列(A・T・G・C)は「本文の文字」です。これは一生変わりません。一方エピゲノムは、その本に貼られた「付せん」や「マーカーの線引き」にあたります。「このページは読むな」「ここは重要」といった指示書きです。

同じDNAを持つ細胞が、皮膚になったり心臓になったりできるのは、この付せんの貼り方が違うからです。代表的な付せんがDNAメチル化(DNAに小さな標識をつけて遺伝子を читатьにくくする仕組み)とヒストン修飾です。詳しくはエピジェネティクスDNAメチル化のページで解説しています。

用語と臨床のつながり──なぜ遺伝診療でPGCを語るのか

PGCは胎児期にしか存在しない細胞なので、「大人になった自分には関係ない」と思われるかもしれません。しかし実際には、PGCの時代に起きた出来事が、何十年もあとになって臨床の場に現れます。ここが遺伝診療でPGCを理解しておく意味です。

具体的には、次の3つの接点があります。ひとつめは不妊症。PGCの数が十分に確保できなかったり、生き残れなかったりすると、女性では早発卵巣機能不全(POI)、男性では無精子症として現れます。ふたつめはインプリンティング疾患。PGCでの「消去」と、そのあとの「書き直し」に失敗すると、ベックウィズ・ヴィーデマン症候群などの原因になります。みっつめは胚細胞腫瘍。分化しそこねたPGCが体内に残ると、のちにセミノーマなどの腫瘍のもとになります[15]。いずれも遺伝カウンセリングの場で実際に扱うテーマです。

2. PGCはどこで、どうやって生まれるのか

生きものによって、生殖細胞の決まり方は大きく2通りに分かれます。ショウジョウバエや線虫、カエルなどは、「前形成(preformation)」という方式をとります。卵のなかにあらかじめ「生殖細胞のもと」となる特別な物質が仕込まれていて、受精後にその部分を受け継いだ細胞が自動的に生殖細胞になる仕組みです。いわば「席が最初から予約されている」方式です。

一方、ヒトを含む哺乳類は「後生(epigenesis)」という、まったく違う方式をとります。あらかじめ決まった席はありません。着床した胚のなかで、まわりの細胞から届くシグナル(合図)を受け取った細胞が、その場で「じゃあ私が生殖細胞になります」と手を挙げるのです。誰がPGCになるかは、生まれつきではなく、たまたまその場所にいたかどうかで決まる——これが哺乳類の面白いところです。

ヒトPGCの司令塔はSOX17──マウスとの決定的な違い

ここが、この記事でもっとも重要なポイントのひとつです。長いあいだ、生殖細胞の研究はマウスを使って進められてきました。マウスでは、BLIMP1(PRDM1)・PRDM14・TFAP2C という3つの遺伝子がチームを組んでPGCの運命を決めることがわかっていました。ところが——ヒトではまったく違う遺伝子が主役だったのです

2015年、ケンブリッジ大学のグループが、ヒトの多能性幹細胞からPGC様細胞をつくる実験系を確立し、その司令塔が SOX17 であることを突きとめました[2]。驚くべきことに、SOX17はもともと内胚葉(腸や肝臓になる組織)をつくるための遺伝子として知られていました。ヒトは、まったく別の目的でつくられていた遺伝子を、生殖細胞づくりに転用していたのです。同じ研究では、BLIMP1が内胚葉やそのほかの体細胞の遺伝子を抑え込む役を担うことも示されました[2]

💡 用語解説:転写因子(てんしゃいんし)とは

DNAという「設計図の束」から、どのページを読み出すかを決める「スイッチ役のタンパク質」です。SOX17・BLIMP1・TFAP2Cはすべて転写因子で、DNAの特定の場所にくっついて、そこにある遺伝子のスイッチをオンまたはオフにします。

PGCができるときには、①体細胞になるための遺伝子をオフにする②多能性(何にでもなれる性質)の遺伝子を再びオンにする③生殖細胞専用の遺伝子をオンにする——という3つの操作が同時に必要です。この複雑な操作を指揮するのが転写因子のチームです。

なぜヒトとマウスでこれほど違うのでしょうか。有力な説明は「胚のかたちが違うから」です。マウスの初期胚は筒状(卵円柱型)ですが、ヒトやサルの初期胚は平たい円盤状(二層性胚盤)です。かたちが違えば、細胞に届くシグナルの配置も変わり、それに合わせて使う遺伝子も変わったと考えられています[2]

この事実は、「マウスでわかったことをそのままヒトに当てはめてはいけない」という警告でもあります。遺伝医療の現場でも、動物実験の結果を患者さんの話に直結させないよう、つねに注意が必要です。

PGCが生まれる「場所」はどこか

では、ヒトのPGCは体のどこで生まれるのでしょうか。じつはこれはまだ完全には決着していません。ヒトの初期胚を研究材料にすることは倫理的に極めて制限されるため、直接観察することが難しいからです。

現在有力な手がかりは、ヒトに近いサル(カニクイザル)の研究です。2016年の報告では、サルのPGCは胚齢11日ごろの羊膜(胚を包む膜)から生まれることが示されました[3]。同じ研究で、羊膜そのものがBMP4WNT3Aというシグナル分子を出しており、これらがPGCを誘導している可能性が示されています[3]

⚠️ ここは注意が必要です。「羊膜から生まれる」というのはサルで確かめられた知見であり、ヒトでそのまま同じかどうかは確定していません。ヒトでは後方エピブラストという別の場所を起源とする考えもあり、現在も検証が続いています。

3. 生殖腺への長い旅──PGCはなぜ移動するのか

PGCは生まれた場所にとどまりません。将来の卵巣・精巣となる「生殖堤(せいしょくてい)」を目指して、胚のなかを長距離移動します。細胞のサイズからすれば、これは人間が何十キロも歩くのに相当する大冒険です。

なぜわざわざ移動するのでしょうか。答えはシンプルです。PGCだけでは精子にも卵子にもなれないからです。生殖細胞が成熟するには、それを支える体細胞(セルトリ細胞や顆粒膜細胞)が必要で、その支援体制は生殖堤にしかありません。PGCは、自分を育ててくれる環境を求めて旅をするのです。

PGCの旅路(マウスでの研究をもとにした模式図)

🌱

① 誕生

シグナルを受けてPGCの運命が決まる

🚶

② 後腸へ

腸のもとになる管のなかを進む

🧭

③ 腸から脱出

SDF-1の匂いを頼りに背中側へ

🏠

④ 生殖堤に到着

ライセンスを取得し分化開始

道しるべはSDF-1という「匂い」

PGCはどうやって道に迷わずに目的地へたどり着くのでしょうか。鍵を握るのが SDF-1(CXCL12) という物質と、PGCの表面にある受け取り役 CXCR4 の組み合わせです。生殖堤やその通り道の細胞がSDF-1を出し、PGCはその「匂いの濃い方向」へ向かって進みます。犬が匂いを追うのと同じ原理です。

この仕組みが本物である証拠として、マウスでSDF-1やCXCR4を働かなくすると、生殖堤にたどり着けるPGCの数が大きく減ります[6][7]。興味深いことに、SDF-1が欠けたマウスでもPGCは組織のなかを動くこと自体はできており、SDF-1は「動く力」ではなく「生殖堤に入り込むための最終誘導」に必要だと報告されています[7]。この仕組みは魚・鳥・マウスに共通して見られる、進化的に古いものです[6]

💡 用語解説:ケモカインと走化性(そうかせい)

ケモカインとは、細胞を呼び寄せるために放出される小さなタンパク質のことです。SDF-1(CXCL12)はその代表格で、免疫細胞を炎症の現場に呼び集めるときにも同じ仕組みが使われます。

走化性とは、細胞が化学物質の「濃さの勾配(グラデーション)」を感じ取って、濃い方(または薄い方)へ移動する性質です。重要なのは「濃度そのもの」ではなく「濃さの差」を読んでいる点です。まわり中を同じ濃度にしてしまうと、細胞は方向がわからなくなって進めなくなります。

移動中のPGCを守る仕組みもあります。通り道の細胞が出す SCF(幹細胞因子、KITLG遺伝子がつくるタンパク質) と、PGC表面の受容体 KIT が結びつくと、PGCに「生き続けなさい」という信号が届きます。この信号が途絶えると、PGCはアポトーシス(細胞の自死)を起こして消えてしまいます。PGCは、旅の途中で常に励まされ続けないと死んでしまう、繊細な細胞なのです。

到着だけでは足りない──「ライセンシング」という関門

生殖堤にたどり着いたPGCは、そこで「ライセンシング(licensing/免許の付与)」という重要な関門を通過します。これは、PGCが「これから性別を決めて、減数分裂に進んでよい」という資格を得るプロセスです。

かつては、この免許はPGCが自分で自分に与える(細胞自律的)と考えられていました。まれに生殖堤ではなく副腎に迷い込んだPGCも減数分裂に入る、という観察があったためです[8]。ところが2015年、この常識をくつがえす実験が報告されます。

研究者たちは、生殖堤をつくるのに必要な GATA4 という遺伝子をマウスで欠損させ、生殖堤そのものができない胚をつくりました。すると——PGCは正常に移動して、生殖堤があるはずだった場所(中腎の腹内側)まで、ちゃんとたどり着きました。生き延びてもいました。ところが、ライセンシングの証である DAZL と MVH(DDX4)の発現を、まったく開始できなかったのです[8]

つまり、免許はPGCが自分で取るものではなく、生殖堤の体細胞から「授与」されるものだったのです。目的地に着くことと、そこで一人前になることは、まったく別の話でした。GATA4はヒトでも性分化疾患(DSD)や先天性心疾患の原因遺伝子として知られており、この基礎研究は臨床と地続きです。

💡 用語解説:DAZL(ダズル)とDDX4(VASA)

どちらもRNA結合タンパク質——つまり、遺伝子から読み出されたメッセージ(RNA)にくっついて、「いつ・どれだけタンパク質をつくるか」を調節する分子です。この2つが現れると、その細胞は「一人前の生殖細胞になる資格を得た」という目印になります。

DAZL は「Deleted in Azoospermia-Like」の略で、名前のとおり無精子症との関連から発見された遺伝子です。ヒトでもDAZLの変異が早発卵巣機能不全(POI)の患者さんから報告されています[18]DDX4 はVASA(ヴァーサ)とも呼ばれ、ショウジョウバエからヒトまで保存された、生殖細胞の代表的な目印です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「環境が細胞を育てる」ということ】

GATA4欠損マウスの実験結果を初めて読んだとき、私はしばらく考え込んでしまいました。PGCはちゃんと目的地まで歩いていったのに、迎えてくれる家がなかったから、一人前になれずに止まってしまった。細胞は自分の力だけで成長するのではなく、受け入れてくれる環境があってはじめて次の段階に進める——そういう話だからです。

これは診察室で感じることと、どこか重なります。同じ検査結果を受け取っても、その方がどんな環境に置かれているか、まわりにどんな人がいるかで、その後の歩みは大きく変わります。医学的な情報を正確にお伝えすることと同じくらい、それを受け止める環境をご家族と一緒に整えることが、遺伝カウンセリングの仕事なのだと考えています。

4. ゲノムの記憶を消す──エピジェネティック・リプログラミング

ここからが、PGCという細胞のいちばんの見せ場です。生殖堤にたどり着いたPGCは、ゲノム全体に貼られた付せんを、片っ端から剥がしていくという、生命史上もっとも大胆な作業を始めます。

80%超から数%へ──徹底的な消去

2015年、北京大学のグループが、妊娠初期のヒト胚のPGCを1細胞レベルで解析し、その全貌を明らかにしました[4]。ヒトPGCのDNAメチル化レベルは、80%を超える状態から、わずか数%にまで落ち込みます[5]。10〜11週ごろには、残っているメチル化は中央値でおよそ5〜7%程度にまで下がると報告されています[5]

この数字がどれほど異常か、比較するとよくわかります。受精直後の胚でも「第一波」と呼ばれるリセットが起きますが、PGCで起きる「第二波」のほうがはるかに徹底しています。遺伝子のスイッチ部分(プロモーターやCpGアイランド)だけでなく、遺伝子の本体、遺伝子と遺伝子のあいだの広大な領域まで、ゲノムのほぼ全域が対象になります[4]まさに「本に貼られた付せんを、1ページ残らず剥がしていく」作業です。

ヒトPGCで起きるDNAメチル化の消去

ゲノム全体のメチル化レベル(概略値)

80%超
約5〜7%

リセット前

体細胞と同レベル

リセット後

受精後10〜11週ごろ

生涯でこれほど徹底的にエピゲノムがリセットされる細胞は、PGC以外にありません。これによって「白紙」に戻り、次の世代が一から発生をやり直せます。

親の刻印(インプリント)を消す

このリセットのなかでも、とりわけ重要なのが「ゲノムインプリンティング」の消去です。

💡 用語解説:ゲノムインプリンティング(刷り込み)

わたしたちは、遺伝子を父から1つ・母から1つ、ペアで受け継ぎます。ふつうは両方が働きますが、一部の遺伝子は「父から来たほうだけ」または「母から来たほうだけ」しか働きません。これがゲノムインプリンティングです。

どちらの親から来たかを示す「刻印」が、DNAメチル化としてインプリンティング制御領域(ICR)に押されています。この刻印がおかしくなると、ベックウィズ・ヴィーデマン症候群などのインプリンティング疾患が起こります。

ここで、多くの方が疑問に思われるはずです。「せっかくの刻印を、なぜわざわざ消すのか?」

理由を考えてみましょう。ある女性のPGCには、彼女の父から来た染色体と、母から来た染色体の両方があります。しかし彼女が卵子をつくるとき、その卵子はすべて「母由来」の刻印を持たなければなりません。彼女の子どもにとって、彼女は「母」だからです。父から受け継いだ染色体にも、母としての刻印を押し直す必要がある——だから、いったん全部消してから書き直すのです。消去はPGCの時期に、書き直しはそのあとの精子・卵子ができる過程で行われます。

この消し方が中途半端だったり、書き直しに失敗したりすると、インプリンティング疾患につながります。胎児期の、この短い期間の作業ミスが、生まれてくる子どもの一生を左右する——PGCの重みはここにあります。

消去を逃れる「エスケープ領域」──経世代遺伝の入り口

これほど徹底したリセットにも、例外があります。ゲノムの一部は、この大掃除を生き延びるのです。

生き延びるのは主にトランスポゾン(ゲノムのなかを動き回る配列)です。とくに進化的に「若い」=まだ動く能力を残しているトランスポゾンほど、高いメチル化を保ったまま残ることが報告されています[4]

これは理にかなっています。トランスポゾンのメチル化まで外してしまうと、それらが自由に動き出してゲノムをズタズタにしてしまうからです。生殖細胞は「リセットしたい」と「ゲノムを守りたい」という相反する要求のあいだで、絶妙なバランスを取っているのです[5]

ただし、この「消し残し」には別の意味もあります。親の生活環境の影響が、消されずに子や孫へ伝わる物理的な通り道になりうるのです。これがいわゆる経世代エピジェネティック遺伝の議論の土台です。関連する考え方はDOHaD(胎児プログラミング/バーカー仮説)父親の加齢と精子エピゲノムのページでも扱っています。ヒトでどこまで本当に世代を超えて伝わるのかは、現在も研究途上のテーマです。

X染色体の再活性化

女性(XX)の体細胞では、2本のX染色体のうち1本が丸ごと不活性化されています(X染色体不活性化)。ところが女性のPGCでは、この眠っていたX染色体が再び目を覚まします。ヒトでは発生4週という非常に早い時期からX染色体の再活性化が起きていると報告されています[4]。卵子は2本のXを健全な状態で持って次世代に渡す必要があるため、ここでもリセットが働くわけです。

5. オスとメスの分かれ道──進むか、止まるか

生殖堤に落ち着き、免許を得たPGCは、いよいよ男女の分かれ道に立ちます。ここで驚くべき事実があります。PGC自身の性染色体(XXかXY)が、直接この分かれ道を決めるのではありません。決めるのは、まわりの体細胞が出すシグナルです。

つまり、XY(男性型)のPGCでも卵巣の環境に置かれれば卵子のほうへ進もうとし、XX(女性型)のPGCでも精巣の環境なら精子のほうへ進もうとします。生殖細胞は、自分の性別を「まわりに聞いて」決めているのです。

女性側:レチノイン酸のゴーサイン

卵巣になる側では、レチノイン酸(RA)という物質が鍵を握ります。RAはビタミンAからつくられる物質で、これが生殖細胞に届くと STRA8 という遺伝子のスイッチが入り、減数分裂がスタートします[10]。その後の研究で、RAはSTRA8を介する経路と、減数分裂専用の接着装置 REC8 を直接オンにする経路の、2つのルートを並行して動かしていることも示されました[19]

💡 用語解説:減数分裂(げんすうぶんれつ)

精子と卵子をつくるためだけに行われる、特別な細胞分裂です。ふつうの細胞分裂(体細胞分裂)では染色体の数は46本のまま変わりませんが、減数分裂では46本→23本と半分になります。精子(23本)と卵子(23本)が合体して46本に戻る——これで世代を超えても数が保たれます。

このとき同時に、父由来と母由来の染色体のあいだで「組換え」という遺伝子のシャッフルが起こり、きょうだいでも顔や体質が違う多様性が生まれます。詳しくは減数分裂とはをご覧ください。

男性側:二重のブレーキ

一方、精巣になる側では、まったく逆のことが起きます。胎児期に減数分裂を始めてしまっては困るのです。なぜなら、男性は思春期以降に何十年ものあいだ精子をつくり続けなければならず、そのための「元となる幹細胞の在庫」を胎児期に使い切ってしまうわけにはいかないからです。

そこで精巣では、二段構えのブレーキが働きます。第一のブレーキが CYP26B1 という酵素です。セルトリ細胞などが出すこの酵素は、入ってきたRAを片っ端から分解してしまいます。ゴーサインが届く前に、握りつぶしてしまうわけです[10]。実験でCYP26の働きを薬で止めると、胎児の精巣でもSTRA8が現れてしまうことが確認されています[10]

ところが、発生が進むとCYP26B1の量は自然に減ってきます。そこで登場するのが第二のブレーキ、NANOS2 です。NANOS2は生殖細胞自身がつくるRNA結合タンパク質で、CYP26B1が減ったあともSTRA8の発現を抑え続けます[11]。同時に、細胞の増殖アクセルであるmTORC1経路を抑え込むことで、細胞分裂そのものも止めます[12]

このNANOS2がないマウスでは何が起きるか——生殖細胞はいったん止まるものの、その後止まり続けることができず、最終的にアポトーシスで失われてしまいます[11]。さらに、NANOS2を女性の生殖細胞に無理やり発現させると、減数分裂が止まり、男性型の遺伝子が働き出すことも示されています[11]たった1つの遺伝子が、生殖細胞の性の方向を切り替えてしまうのです。

📌 ここは混同しやすい点です。上で説明した「男性側のブレーキ役」は NANOS2 で、これはマウスでの研究が中心です。名前のよく似た NANOS3 は別の遺伝子で、こちらはヒトの臨床で重要になります(次の章で解説します)。

項目 女性側(卵巣へ) 男性側(精巣へ)
胎児期の運命 減数分裂に入る 減数分裂に入らない
鍵となる分子 レチノイン酸 → STRA8・REC8 CYP26B1(RA分解)→ NANOS2
到達する状態 減数分裂の途中で一時停止(数十年) 細胞分裂を休止(G0/G1期)
生物学的な意味 卵子の数を胎児期に決め、あとは使うだけ 幹細胞の在庫を温存し、思春期以降に使う

6. PGCの数の一生──なぜ卵子は減る一方なのか

ここからは、多くの方にとっていちばん「自分ごと」になる話です。女性の卵子のもとは、胎児のときにすべてつくり終えられ、あとは減っていく一方——この事実の出発点が、PGCなのです。

1963年に発表された古典的な研究は、ヒトの卵巣にある生殖細胞の数を段階ごとに数えあげました。それによると、生殖細胞の総数は受精後2か月ごろの約60万個から増え続け、5か月ごろに約680万個でピークに達します。ところが、そこから急激な減少が始まり、出生の時点では約200万個にまで落ち込みます[9]。さらに同じ研究では、新生児にいる正常な卵母細胞のうち、7歳の時点まで生き残るのは約30万個と報告されています[9]

生殖細胞の数の一生(1963年の古典的研究より)

生まれる前がピークで、あとは減り続けます

約60万
約680万
約200万
約30万

胎生2か月

胎生5か月

ピーク

出生時

7歳ごろ

生まれた瞬間、すでにピーク時の3割以下にまで減っています。数え方には研究による幅があり、近年は再検証も進んでいますが、「胎児期がピークで以後は減る一方」という大枠は変わっていません。

この数字を初めて知ると、多くの方が驚かれます。生まれた瞬間、女の子はすでに生殖細胞の7割近くを失っているのです。しかもこの減少は、病気でも不摂生でもなく、正常な発生プロセスとして起きています。この「あらかじめ決まった在庫」という考え方が、卵巣予備能という臨床概念の生物学的な土台になっています。

数十年におよぶ「一時停止」と、その代償

胎児期に減数分裂を始めた卵母細胞は、途中のディプロテン期(網糸期)で動きを止めます。そしてそのまま——排卵されるその日まで、10年、20年、ときには40年以上も停止し続けますディクチオテン期停止と呼ばれるこの状態は、生物界でも類を見ない長さの「休止」です。

この長すぎる待機が、大きな代償を生みます。減数分裂の途中で止まっているあいだ、染色体どうしはコヒーシンというタンパク質のリングでつなぎとめられています。ところがこのコヒーシンは、胎児期に取りつけられたあと、生涯にわたって交換されません。何十年も、同じ接着剤で貼られたままなのです。

当然、接着剤は年月とともに劣化します。ヒトの卵巣を調べた研究では、40歳以上の女性では、20歳前後の女性に比べて、減数分裂に特有のコヒーシン(REC8とSMC1B)が有意に減少していました[14]。接着が緩めば、染色体の分配が正確に行えなくなります。これが不分離——染色体が正しく分かれない現象です。

同じ研究は、妊娠におけるトリソミーの頻度は20代では2〜3%であるのに対し、30代半ばから指数関数的に上昇し、40歳を超えると35%に達するという数字を引用しています[14]。これが、「高齢妊娠でダウン症候群(21トリソミー)の頻度が上がる」ことの生物学的な背景です。より詳しくは染色体異数性のメカニズムと加齢問題紡錘体形成チェックポイント(SAC)のページで解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「年齢のせい」ではなく「仕組みの帰結」として】

診察室で年齢と染色体の話をするとき、私はできるだけこの「コヒーシンの話」まで踏み込むようにしています。理由は単純で、仕組みがわかると、自分を責めなくてよくなるからです。卵子の接着剤が胎児のときに取りつけられて以来ずっと交換されないというのは、その方の生き方とも努力とも、いっさい関係のない話です。

「年齢が上がるとリスクが上がります」とだけ言われると、多くの方は「私が遅らせたせいだ」と受け取ってしまいます。けれど本当は、ヒトという生きものが、卵子を数十年も一時停止させておくという設計を選んだ結果にすぎません。数字の裏側にある仕組みまでお伝えすることが、遺伝カウンセリングでできる小さな仕事だと思っています。

7. PGCと病気のつながり──不妊症と胚細胞腫瘍

PGCが足りないと何が起こるか──POIという病態

ここまでの話を踏まえると、ひとつの予測が立ちます。PGCの数が十分に確保できなければ、卵子の在庫が最初から不足する——つまり、若くして卵巣の機能が尽きてしまうはずです。これが早発卵巣機能不全(POI)です。

この予測は、実際のヒトの患者さんで確かめられています。NANOS3 という遺伝子は、PGCをアポトーシスから守る働きをしています。ブラジルのPOI患者85名を対象とした研究で、原発性無月経を呈した姉妹に、NANOS3のホモ接合性の変異(p.Glu120Lys)が見つかりました[13]。実験室での検証では、この変異があるとNANOS3のアポトーシス抑制能力が損なわれることが示されました[13]

つまり、胎児期にPGCが守りきれずに死んでしまったために、何十年もあとになって無月経として現れたということです。PGCの話は、決して昔話ではありません。同様に、ライセンシングの指標であるDAZLについても、POI患者でホモ接合性変異が同定され、その変異がPGCにおけるNANOS3の発現低下を介してアポトーシスを増やすことが報告されています[18]

男性側でも同じ構図です。生殖細胞の発生や減数分裂に関わる遺伝子の変異は、非閉塞性無精子症(NOA)の原因になります。TEX11SYCP3STAG3 などが知られています。

分化しそこねたPGCの行き先──胚細胞腫瘍

PGCにはもうひとつ、影の側面があります。PGCは「何にでもなれる」性質をまだ残している——これは裏を返せば、制御を失えば暴走しうるということです。

思春期以降の男性に発症する精巣の胚細胞腫瘍(セミノーマなど)には、GCNIS(精巣内胚細胞腫瘍性病変)という共通の前段階があります。現在もっとも広く受け入れられている考え方では、GCNISの正体は「分化しそこねて、胎児期の性質を保ったまま残ってしまったPGCまたは前精原細胞」です[15]

その証拠に、これらの腫瘍細胞はPGCと同じ目印(OCT3/4、NANOG、KITなど)を持ち続けています[15]。また、浸潤性のセミノーマ・非セミノーマとその周囲のGCNISの80〜100%で、12番染色体短腕の獲得(多くはi(12p)という等腕染色体)が見られます[15]。興味深いことに、前述のSOX17を発見した研究でも、hPGC様細胞とセミノーマがCD38という共通の表面マーカーを持つことが示されており、基礎研究と腫瘍学がここで交差しています[2]

💡 用語解説:胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)

生殖細胞(PGCやその子孫)を起源とする腫瘍のことです。精巣や卵巣にできるほか、PGCが移動の途中で道を外れて残った場所——縦隔(胸の中央)や仙尾部(おしりの付け根)など、生殖腺から離れた場所にできることもあります。「なぜ胸に生殖細胞の腫瘍が?」という疑問の答えが、まさにPGCの移動にあるのです。

なお、性分化疾患(DSD)のなかには性腺芽腫のリスクが高まる病態があり、生殖腺の管理が臨床的な課題になることがあります。

8. 体外配偶子形成(IVG)──試験管のなかで精子と卵子をつくる

PGCの研究が向かう先が、体外配偶子形成(In Vitro Gametogenesis:IVG)です。皮膚や血液の細胞からiPS細胞をつくり、それを試験管のなかでPGCへ、さらに精子や卵子のもとへと育てる——という技術です。

2024年の突破──立ちはだかっていた壁

長いあいだ、この分野には大きな壁がありました。iPS細胞からPGC様細胞(hPGCLC)をつくるところまではできても、そこから先——エピゲノムのリセットと、次の段階への分化が進まなかったのです[1]

2024年5月、京都大学の斎藤通紀教授らのグループが『Nature』誌でこの壁を突破しました[1]。鍵は意外なところにありました。PGCをつくるときに使う BMP シグナルを、その後も使い続ける——これだけだったのです。

仕組みはこうです。BMPシグナルは細胞内のMAPK(ERK)経路を抑え、それによってDNAメチル化酵素(DNMT)の働き——新しくメチル化をつける酵素と、既存のメチル化を維持する酵素の両方——を弱めます[1]。すると、細胞が分裂するたびにメチル化がコピーされずに薄まっていきます。これが「複製共役型の受動的脱メチル化」です。

💡 用語解説:受動的脱メチル化と能動的脱メチル化

DNAのメチル化を外す方法には、2通りあります。

受動的脱メチル化=「コピーしないことで薄める」方法。細胞が分裂してDNAが複製されるとき、新しいDNA鎖にメチル化を写し取る作業をサボると、分裂のたびにメチル化の濃度が半分、また半分…と薄まっていきます。消しゴムを使わず、コピーの手を抜いて薄れさせるイメージです。

能動的脱メチル化=「消しゴムで消す」方法。TET酵素という酵素がメチル基を化学的に変化させて外していきます。

TET1がないと、生殖細胞は「羊膜」になってしまう

同じ研究では、能動的脱メチル化を担う TET1 という酵素の役割も調べられました。結果は衝撃的なものでした。TET1を欠損させたhPGCLCは、生殖細胞になれず、胚外組織(羊膜など)の細胞へと分化してしまったのです[1]

これは、TET1が単なる「消しゴム係」ではないことを意味します。TET1は生殖細胞が別のものに変わってしまわないよう見張っている番人だったのです。脱メチル化そのものは受動的な仕組みが主役でありながら、TET1は系譜を守る役として不可欠——この二重構造が明らかになりました。

100億倍という増幅能

この方法のもうひとつの特徴が、増やせる量です。誘導された前精原細胞・卵原細胞は、およそ1010倍(100億倍)以上に増幅可能と報告されています[1]。細胞株として保存し、必要なときに再び増やせるということで、研究や創薬の基盤として大きな意味を持ちます。

⚠️ 誤解しないでください。この研究で得られたのは「前精原細胞」「卵原細胞」という、精子・卵子になる手前の段階の細胞です。試験管のなかで受精可能な精子や卵子ができたわけではありません。

倫理と規制の現在地

技術が進むほど、倫理と規制の議論が重要になります。アメリカ生殖医学会(ASRM)の倫理委員会は2026年、IVGについての見解を公表しました。そこでは、「ヒトにおける生殖目的でのIVGは、非ヒト霊長類での確固たる研究が行われ、その結果が安心できるものと確認されるまで、検討されるべきではない」とされています[16]。IVGは有望である一方、ヒトに応用するには科学的・倫理的・社会的な課題を慎重に検討する必要がある、というのが現時点の国際的な立場です[16]

日本ではどうでしょうか。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議に置かれた生命倫理専門調査会は、令和7年(2025年)8月26日付で「ヒトの幹細胞から作成されるヒト生殖細胞を用いるヒト胚の作成について」という報告をまとめています[17]。同報告では、幹細胞から分化させた配偶子を受精させてヒトの生殖に用いることは「容認されない(現時点で安全ではない)」と位置づけられる一方、作成したヒト胚を体外培養による研究等にのみ用いる研究については、専門的な監視プロセスによる審査の対象として整理されています[17]

つまり「基礎研究は条件つきで進めるが、赤ちゃんを生むための使用は認めない」——これが日本と国際社会に共通する、現在の線引きです。CRISPR-Cas9などのゲノム編集着床前診断と組み合わせたときに何が起こりうるかという議論も含め、今後長く続く課題です。

9. よくある誤解

誤解①「PGCは原始卵胞と同じもの」

名前が似ていますが、まったく別の段階です。PGCは妊娠ごく初期に現れる「生殖細胞のたまご」で、まだ性別も決まっていません。原始卵胞はもっとあとの段階で、卵母細胞が顆粒膜細胞に包まれた状態です。PGC→卵原細胞→卵母細胞→原始卵胞、という順番になります。

誤解②「マウスでわかったことはヒトでも同じ」

PGCはまさに、この考え方が通用しない代表例です。ヒトPGCの司令塔はSOX17ですが、マウスでは事情が異なります。胚のかたち自体が違うため、使う遺伝子も違ってきました。動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることはできません。

誤解③「iPS細胞から赤ちゃんがつくれる」

2024年の研究で得られたのは精子・卵子の「手前の段階」の細胞です。受精可能な配偶子ができたわけではありません。さらに、生殖目的での使用は日本でも国際的にも認められていません。基礎研究の段階です。

誤解④「卵子は生活習慣で増やせる」

卵子のもとになる細胞の数は、胎児期にピークを迎えて以降、減っていく一方です。これは正常な発生プロセスの一部で、あとから増やす方法は現時点では確立していません。「卵子の質を上げる」と称する情報には、慎重に向き合ってください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 原始生殖細胞(PGC)を検査で調べることはできますか?

いいえ。PGCは胎児期のごく短い期間にしか存在しない細胞なので、生まれたあとの方のPGCを直接調べる検査はありません。ただし、PGCの発生や維持に関わる遺伝子(NANOS3、DAZLなど)を調べることは可能です。原発性無月経や早発卵巣機能不全(POI)、非閉塞性無精子症(NOA)などで原因を探る際に、こうした遺伝子が検査対象に含まれることがあります。どの検査が適切かは症状や家族歴によって異なりますので、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q2. 妊娠中の生活習慣がPGCに影響することはありますか?

PGCがエピゲノムをリセットしている時期は、理論的には外部からの影響を受けやすい時期にあたると考えられています。ただし、ヒトにおいて「妊娠中の特定の生活習慣が、生まれてくる子どものPGCにこういう影響を与える」と確定できるデータは、現時点では限られています。動物実験では栄養や化学物質の影響が報告されていますが、ヒトへそのまま当てはめることはできません。過度に不安になる必要はなく、一般的な妊娠中の注意点(禁煙・禁酒・葉酸摂取など)を守っていただくのが現実的です。

Q3. なぜ胸やおしりの付け根に「生殖細胞の腫瘍」ができるのですか?

PGCが胎児期に生殖腺へ向かって長距離を移動することが背景にあります。この旅の途中で道を外れ、生殖腺以外の場所にとどまってしまった細胞が、のちに腫瘍のもとになると考えられています。縦隔(胸の中央)や仙尾部(おしりの付け根)は、PGCの移動経路に近い場所にあたります。「体の真ん中の線に沿って胚細胞腫瘍ができやすい」という臨床的な特徴は、PGCの旅路を知ると理解しやすくなります。

Q4. IVG(体外配偶子形成)で、将来は誰でも子どもを持てるようになりますか?

現時点でお答えできるのは「まだわからない」ということです。2024年に体外でのエピゲノムのリセットを再現する研究成果が報告されましたが、得られたのは精子・卵子の手前の段階の細胞です。また、ASRM(アメリカ生殖医学会)の2026年の見解では、非ヒト霊長類での研究が十分に行われ安全性が確認されるまで、生殖目的での使用は検討すべきでないとされています。日本でも生殖目的の使用は認められていません。実用化の時期を予測できる段階ではありません。

Q5. PGCの話は、高齢出産のリスクとどう関係するのですか?

深く関係しています。PGCから育った卵母細胞は、胎児期に減数分裂を始めたところで停止し、排卵の日まで数十年待ち続けます。このとき染色体をつなぎとめている「コヒーシン」というタンパク質は、胎児期に取りつけられて以降、交換されません。時間とともに劣化するため、染色体が正しく分かれにくくなります。ヒトの卵巣を調べた研究でも、40歳以上では20歳前後と比べて減数分裂特有のコヒーシンが有意に減少していました。これが年齢と染色体の関係の生物学的背景です。ご本人の生活や努力とは無関係な、ヒトという生きものの設計に由来する現象です。

Q6. 「始原生殖細胞」と「原始生殖細胞」はどう違うのですか?

同じものを指しています。英語の Primordial Germ Cells の訳語が2通り使われているだけで、内容に違いはありません。教科書や論文によってどちらの表記も見かけます。略号のPGCはどちらでも共通です。「原始」も「始原」も「いちばん最初の・おおもとの」という意味で使われています。

Q7. PGCがエピゲノムを消すと、インプリンティング疾患のリスクはどうなりますか?

消すこと自体は正常なプロセスで、むしろ必要な作業です。問題になるのは、消し方が中途半端だったり、そのあとの「書き直し」に失敗したりした場合です。父由来・母由来を示す刻印が正しく付け直されないと、ベックウィズ・ヴィーデマン症候群などのインプリンティング疾患につながることがあります。こうした疾患を疑う場合、第一選択の検査はメチル化解析です。詳しくは当院のインプリンティング疾患のページをご覧ください。

Q8. 男性の生殖細胞は、なぜ胎児期に減数分裂を始めないのですか?

思春期以降、何十年ものあいだ精子をつくり続ける必要があるからです。胎児期に減数分裂を始めてしまうと、精子のもとになる幹細胞の「在庫」を使い切ってしまいます。そこで精巣では、CYP26B1という酵素がレチノイン酸を分解してゴーサインを届かせず、さらにNANOS2というタンパク質がその後もブレーキをかけ続けます。女性が「在庫を胎児期に確定してあとは使うだけ」なのに対し、男性は「工場を温存して後から稼働させる」——正反対の戦略です。

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] In vitro reconstitution of epigenetic reprogramming in the human germ line. Nature. 2024;631:170-178. [PMC11222161]
  • [2] SOX17 Is a Critical Specifier of Human Primordial Germ Cell Fate. Cell. 2015;160(1-2):253-268. [PMC4310934]
  • [3] The Germ Cell Fate of Cynomolgus Monkeys Is Specified in the Nascent Amnion. Developmental Cell. 2016;39(2):169-185. [PubMed 27720607]
  • [4] The Transcriptome and DNA Methylome Landscapes of Human Primordial Germ Cells. Cell. 2015;161(6):1437-1452. [PubMed 26046443]
  • [5] Epigenetic reprogramming in mouse and human primordial germ cells. Experimental & Molecular Medicine. 2024. [PMC11671582]
  • [6] The chemokine SDF1/CXCL12 and its receptor CXCR4 regulate mouse germ cell migration and survival. Development. 2003;130(18):4279-4286. [PubMed 12900445]
  • [7] Impaired colonization of the gonads by primordial germ cells in mice lacking a chemokine, stromal cell-derived factor-1 (SDF-1). PNAS. 2003. [PMC154343]
  • [8] Licensing of Primordial Germ Cells for Gametogenesis Depends on Genital Ridge Signaling. PLOS Genetics. 2015. [PMC4349450]
  • [9] A quantitative and cytological study of germ cells in human ovaries. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 1963;158(972):417-433. [Royal Society]
  • [10] Retinoic acid regulates sex-specific timing of meiotic initiation in mice. PNAS. 2006;103(8):2474-2479. [PMC1413806]
  • [11] Nanos2 suppresses meiosis and promotes male germ cell differentiation. Genes & Development. 2008;22(4):430-435. [PubMed 18281459]
  • [12] NANOS2 suppresses the cell cycle by repressing mTORC1 activators in embryonic male germ cells. iScience. 2021. [PMC8350546]
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  • [14] Age-Related Decrease of Meiotic Cohesins in Human Oocytes. PLOS One. 2014. [PMC4013030]
  • [15] On the Origin of Testicular Germ Cell Tumors: From Gonocytes to Testicular Cancer. Frontiers in Endocrinology. 2019;10:343. [PMC6563414]
  • [16] Ethical considerations of in vitro gametogenesis: an Ethics Committee opinion. Fertility and Sterility. 2026;125:617-621. [ASRM]
  • [17] ヒトの幹細胞から作成されるヒト生殖細胞を用いるヒト胚の作成について(令和7年8月26日). 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 生命倫理専門調査会. [内閣府]
  • [18] Truncated DAZL mutation reduces NANOS3 expression in primordial germ cells and leads to premature ovarian insufficiency. Life Medicine. 2024;3(2):lnae007. [Oxford Academic]
  • [19] Retinoic Acid Activates Two Pathways Required for Meiosis in Mice. PLOS Genetics. 2014;10(8):e1004541. [PMC4125102]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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