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SOX17遺伝子とは?血管と内胚葉をつくり、肺高血圧症・脳動脈瘤に関わる転写因子

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

からだをつくる細胞は、どれも最初は同じ一個の受精卵から始まります。そこから「腸や肺になる細胞」「血管になる細胞」「精子や卵子のもとになる細胞」へと運命が分かれていくとき、その分岐点でスイッチを押す遺伝子があります。SOX17遺伝子は、そのスイッチのひとつです。しかもこの遺伝子は、生まれたあとの血管の健康を守り続ける役目も担っており、働きが弱まると重症の肺動脈性肺高血圧症や脳の動脈瘤につながることが分かってきました。さらにがんの領域では、消えることでがんを進める顔と、増えることで免疫から隠れる顔という、正反対の二面性を見せます。この記事では、SOX17という一つの遺伝子が発生・血管・がんという三つの舞台で果たす役割を、遺伝専門医が一次文献にもとづいてやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約20分
🧬 内胚葉・血管内皮・始原生殖細胞
臨床遺伝専門医監修

Q. SOX17遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SOX17は、細胞の運命を決める「転写因子」の設計図です。おなかの中では内胚葉(消化管や肝臓・膵臓になる層)・血管の内側の細胞・そして精子や卵子のもとになる細胞を方向づけ、生まれたあとは血管の内皮が「血管らしさ」を保つために働き続けます。この遺伝子の病的なバリアントは重症の肺動脈性肺高血圧症を、発現の低下は脳動脈瘤を招きます。がんでは、消えることでも増えることでも悪さをするという珍しい二面性を示します。

  • ヒト特有の役割 → ヒトでは始原生殖細胞(原始生殖細胞)の運命を決める鍵になる。マウスではこの役割を担わない
  • 肺動脈性肺高血圧症(PAH) → 先天性心疾患を合併する例が多く、若年発症で治療に反応しにくい重症型になりやすい
  • 遺伝形式 → 常染色体顕性(優性)だが浸透率は不完全で、バリアントがあっても発症しない血縁者がいる
  • 脳の血管 → 内皮でSOX17が失われ、そこに高血圧が重なると動脈瘤ができやすくなることが動物実験で示されている
  • がんでの二面性 → 多くのがんでは沈黙してWntを抑えられなくなる一方、大腸の初期病変では逆に高発現して免疫から隠れる

🧬 SOX17遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 SOX17(SRY-box transcription factor 17)/別名 SOX-17
タンパク質 SOX17(414アミノ酸)/HMGボックスをもつ転写因子。SoxFサブグループ(SOX7・SOX17・SOX18)に属します
染色体上の位置 8番染色体長腕 8q11.23
主なはたらき 細胞の運命決定を担う転写因子。内胚葉への分化、動脈内皮としての性質の獲得と維持、胎児期の造血幹細胞の維持、ヒトでは始原生殖細胞の運命決定
主な発現部位 決定的内胚葉/血管内皮(肺動脈・脳主幹動脈など)/胎児期の造血幹細胞/オリゴデンドロサイト前駆細胞
生殖細胞系列変異と関連疾患 肺動脈性肺高血圧症(PAH)。先天性心疾患を合併する例が多く、遺伝形式は常染色体顕性(優性)で浸透率は不完全です
体細胞変異 SOX17自体の体細胞変異ががんのドライバーになるという確立した報告はありません。がんで問題になるのは配列の変化ではなく発現量の変化です
よく見かける多型 rs10103692(遺伝子の上流にあるコモンバリアント)。多くの人が保有しており、単独で発症予測に使うことはできません
検査上の注意 肺高血圧症の遺伝学的検査は複数遺伝子を同時に調べるパネルで行うのが一般的です。バリアントが見つかっても発症するとは限らないため、結果の解釈には遺伝カウンセリングが欠かせません

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. SOX17遺伝子とは ─ 細胞の進路を決める「読み取り役」

SOX17は、8番染色体の長腕(8q11.23)にある遺伝子で、414個のアミノ酸からなる転写因子をつくります。転写因子というのは、ゲノムという膨大な設計図のなかから「いまこの細胞で読むべきページ」に付箋を貼っていくタンパク質のことです。細胞がどんな細胞になるかは、どの遺伝子を読むかで決まりますから、転写因子は細胞の進路を決める案内役といえます。

SOX17が属するのはSOXファミリーという大きなグループです。SOXという名前は、性を決める遺伝子として有名なSRYと似た配列をもつ、という意味からきています。ヒトとマウスにはSOX遺伝子が20個あり、DNAに結合する部分(HMGボックス)の似かたによってAからHまでのサブグループに分けられます。SOX17はSoxFサブグループに入り、仲間はSOX7とSOX18の2つです[1]。骨と精巣をつくるSOX9SOX8はSoxEという別のサブグループで、同じSOXファミリーでも担当する仕事はまったく違います。

💡 用語解説:HMGボックスと「DNAを曲げる」という仕事

SOXファミリーに共通するHMGボックスは、およそ79個のアミノ酸からなるDNA結合部品です。3本のらせん(ヘリックス)がL字型に組み合わさった形をしていて、多くの転写因子とは違い、DNAの二重らせんの細い側の溝(マイナーグルーブ)にはまり込みます。認識する目印の配列は「(A/T)(A/T)CAA(A/T)G」で、SOXファミリー共通です[1]。結合するとDNAが大きく折れ曲がるため、SOXは「スイッチを押す」だけでなく「離れた場所どうしを引き寄せる」建築士のような役目も果たします。この折れ曲がりがあるからこそ、遠く離れたエンハンサーと遺伝子の入口を近づけることができるのです。

SoxFの3兄弟は、血管をつくる場面で仕事を分け合っています。マウスでSOX17とSOX18の両方を欠くと、片方だけを欠いた場合よりはるかに強い血管形成の障害が出ることが示されており、互いの役割が重なり合って支え合っていることが分かります[2]。この「予備がある」という性質は、のちに出てくる「SOX17のバリアントをもっていても発症しない人がいる」という現象を理解するうえでも大切な視点になります。

2. ヒトの始原生殖細胞を決めるスイッチ ─ マウスにはない役割

精子や卵子のもとになる細胞を始原生殖細胞(原始生殖細胞、PGC)といいます。受精後まもない胚のなかで、ごく少数の細胞が「この子たちは次の世代に命をつなぐ係」と決められる瞬間があり、そこから生殖細胞の系譜が始まります。この決定は生涯にわたる妊孕性の出発点ですから、生殖医療にとって非常に重要な過程です。

ここでSOX17が登場します。ヒトのiPS細胞・ES細胞から始原生殖細胞に相当する細胞を誘導する実験系が2015年に確立され、そこでSOX17がヒト始原生殖細胞の運命を決める鍵となる制御因子であることが示されました[3]。SOX17はこの過程でもっとも早く現れる目印であり、SOX17を強制的に働かせるだけで生殖細胞様の運命に傾きます。同じ研究では、BLIMP1という別の因子が内胚葉や体細胞の遺伝子を抑える役目を担っていることも示されました。

注目すべきは、マウスではSOX17がこの役割を担っていないという点です[3]。マウスとヒトでは着床後の胚の形も、多能性の状態も異なっており、生殖細胞がつくられる仕組みそのものが違っているのです。動物実験の結果をそのままヒトに当てはめられない典型例であり、生殖医学の分野でヒト由来の実験系が必要とされる理由でもあります。同じ研究では、生殖細胞由来の腫瘍であるセミノーマ(精上皮腫)が始原生殖細胞と共通の性質をもつことも示されており、生殖細胞腫瘍の起源を考えるうえでも手がかりになります。生殖腺の未分化な細胞から生じる性腺芽腫など、生殖細胞の系譜に関わる腫瘍を理解する土台にもなる知見です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「マウスで分かっている」は「ヒトで分かっている」ではありません】

遺伝子の説明を読んでいると、マウスの実験結果とヒトの話がなめらかにつながって書かれていることがあります。読みやすいのですが、SOX17はその危うさを教えてくれる遺伝子です。生殖細胞の運命決定という、生命にとって根源的な過程ですら、マウスとヒトでは主役が入れ替わっているのですから。

診療の場でも同じことが起こります。ある遺伝子の変化について「マウスでは不妊になります」と説明されて強い不安を抱かれる方がいらっしゃいますが、ヒトで同じことが起きるとは限りません。どこまでがヒトで確かめられた話で、どこからが動物モデルの話なのか。その線引きを一緒に確認していく作業こそ、遺伝カウンセリングの中身だと考えています。

3. 発生でのSOX17 ─ 内胚葉・動脈・胎児期の造血という3つの舞台

SOX17という遺伝子の全体像をつかむには、「一つの遺伝子が三つの現場を掛け持ちしている」とイメージするのが近道です。舞台は内胚葉、血管の内側、そして胎児期の血液づくりの3つです。

🧭 SOX17が働く3つの現場

① 内胚葉

消化管・肝臓・膵臓・肺のもとになる層をつくる。ここでの働きが最初に知られた役割です

② 血管の内皮

「静脈ではなく動脈である」という性質を獲得させ、生まれたあとも維持し続けます

③ 胎児期の造血

胎児と新生児の造血幹細胞を維持する。生後約4週で発現が止まります

※ヒトではこれに加えて、始原生殖細胞の運命決定という第4の役割があります。

血管については、SOX17は動脈としてのアイデンティティを獲得し、それを維持するために欠かせない因子であることが示されています[4]。血管は一様な管ではなく、動脈と静脈では壁の構造も遺伝子の使い方も違います。その違いを最初に決め、そして生涯にわたって「動脈らしさ」を保ち続ける仕事をSOX17が担っているのです。この「維持し続ける」という点が重要で、だからこそ大人になってからSOX17が減ると血管に問題が生じます。

血液づくりの現場でも、SOX17は時期を限って働きます。マウスの造血幹細胞を調べた研究では、SOX17は胎児期と新生児期の造血幹細胞にだけ発現しており、成体の造血幹細胞には発現していませんでした。SOX17を欠くと胎児の造血に重い障害が起こる一方、成体の造血幹細胞は影響を受けません。そして造血幹細胞がSOX17を発現しなくなるのは生後およそ4週で、ちょうどこの時期に幹細胞の性質が胎児型から成体型へ切り替わります[5]。同じ遺伝子でも「いつ働くか」が厳密に決められている好例です。

このほか神経系では、脳の中で神経の電線を絶縁被覆する細胞、すなわちオリゴデンドロサイトの発生をSOX17が調節することが報告されています[6]。オリゴデンドロサイトはミエリンをつくるグリア細胞の一種です。内胚葉・血管・血液・神経と、まったく異なる組織で同じ転写因子が使い回されているのは、進化のなかで「使える道具は何度でも使う」という設計思想が働いた結果といえます。

4. ゲノムの「個室」に守られた遺伝子 ─ CTCFループと上流の調節領域

ゲノムのDNAは細胞の核のなかで、でたらめに丸まっているわけではありません。CTCFというタンパク質が境界の杭となり、DNAが大きなループをつくって「部屋」に区切られています。この部屋の内側では遺伝子とエンハンサーが自由に会話できますが、部屋をまたいだ会話は起こりにくくなります。

SOX17は、この構造がとりわけはっきりした遺伝子です。ヒトのSOX17周辺を解析した研究によれば、SOX17は強いCTCF境界で仕切られた約336キロベースのループドメインのなかで、唯一登録されているタンパク質コード遺伝子でした[7]。いわば個室を一人で使っている状態です。細胞の運命を左右する遺伝子ほど、余計な信号が入り込まないよう厳重に隔離されているという考え方に合致します。

同じ研究では、SOX17の約230キロベース上流から、これまで登録されていなかった長鎖ノンコーディングRNAが転写されていることが発見され、T-REX17と名づけられました[7]。T-REX17はSOX17が働き始めたあとに現れ、SOX17とは別の経路でヒトの内胚葉形成に必要な働きをします。T-REX17を失った細胞は、内胚葉から先の成熟した細胞へ進めなくなりました。つまりSOX17の周囲には、タンパク質にならないRNAまで含めた調節の仕組みが同じ部屋のなかに用意されているのです。

💡 用語解説:なぜ「遺伝子の外側」が病気に関わるのか

遺伝子検査というと、タンパク質の設計図そのものに誤字がないかを調べる検査を思い浮かべる方が多いと思います。しかし病気の原因は、設計図の本体ではなく「その設計図をどれくらいの声量で読むか」を決める調節領域にあることもあります。エンハンサーはその代表で、遺伝子から数十キロベース離れた場所にあっても、DNAが折れ曲がることで遺伝子の入口に届きます。SOX17でも、遺伝子の外側にあるコモンバリアントが発現量を下げ、肺高血圧症のかかりやすさに関わることが示されています。通常の遺伝子パネル検査ではこうした領域は対象外になることが多い、という点は知っておいていただきたいところです。

5. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とSOX17 ─ 分かっている数字

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、心臓から肺へ血液を送る細い動脈が狭くなり、肺の血圧が上がって右心に負担がかかる病気です。SOX17がこの病気の原因遺伝子として浮かび上がったのは2018年で、先天性心疾患を合併したPAH患者256人の全エクソーム解析から見つかりました。この研究では、有害と判定されるSOX17のまれなバリアントが先天性心疾患を合併するPAHの約3.2%に寄与すると推定され、先天性心疾患のない特発性・遺伝性PAHでは0.7%でした[8]。見つかったバリアントの多くはミスセンス変異で、しかもよく保存されたHMGボックスの領域に集まっていました。

その後、実際の患者さんの臨床像がまとめられました。フランスの肺高血圧症ネットワークからの報告では、SOX17の病的バリアントをもつPAH患者20人と、発症していない血縁の保有者8人が同定されています。診断時の年齢の中央値は17歳(2〜53歳)と若く、74%が症状の重い機能分類III度またはIV度、肺血管抵抗の中央値は14.0ウッド単位に達していました。先天性心疾患の合併は20人中7人(35%)で、心疾患を伴う人はより若い年齢で診断されていました。さらに20%にあたる4人がくり返す喀血を起こして動脈塞栓術を要し、画像を評価できた16人中13人(81%)で胸部CTに拡張・蛇行した肺血管やすりガラス影などの異常を認めました[9]

小児を中心とした英国のコホートでは、さらに厳しい数字が並びます。平均肺動脈圧の中央値は60mmHg、体表面積で補正した肺血管抵抗の中央値は17.2ウッド単位・平方メートルでした。過去の報告例と合わせて解析すると発症年齢は二峰性の分布を示し、全体の69%が小児期発症でした。先天性心疾患を合併する人は合併しない人より有意に若く診断されており(8.8歳対21.7歳)、HMGボックス領域にバリアントがある人ほど小児期に発症する割合が高いという傾向も示されました(52.6%対20.7%)。治療反応性は乏しく、報告のあった範囲で小児例の26%がポッツシャント手術を、全体の38%が肺移植を受けています[10]

項目 報告されている数値
小児期発症の割合 約69%(既報を統合した解析)
先天性心疾患の合併 フランスコホートで20人中7人(35%)
肺血管抵抗 中央値14.0ウッド単位(成人中心)/17.2ウッド単位・平方メートル(小児・体表面積補正)※単位が異なるため直接比較はできません
くり返す喀血 20人中4人(20%)
胸部CTの異常所見 評価可能16人中13人(81%)
肺移植 報告のあった全症例の38%

病気のなりやすさに関わるのは、まれなバリアントだけではありません。SOX17の上流にあるエンハンサー領域には、多くの人がもっている一般的なバリアント(コモンバリアント)があり、これがHOXA5やROR-αといった転写因子の結合を変えることで内皮のSOX17発現量を下げることが示されました。このエンハンサーを欠くマウスは、低酸素などの負荷を加えたときに通常より重い肺高血圧を起こします[11]ハプロ不全のように「量が足りない」ことが病気につながるタイプの遺伝子であることが、ここからも読み取れます。

臨床的な含意として、専門家の論説では二つの点が指摘されています。ひとつは抗凝固療法のジレンマです。SOX17バリアントの保有者は、心臓の短絡を通じて血栓が全身に飛ぶ奇異性塞栓による脳梗塞のリスクと、喀血のリスクの両方を抱えるため、血をさらさらにする薬の使いどころが難しくなります。もうひとつは、バリアントの有無が予後や肺移植の判断材料になりうるという点です。なお、腎臓と尿路の先天異常に関連するとされるSOX17のバリアントは別に報告されていますが、PAHのコホートでは尿路の異常は報告されていません[12]

6. なぜ肺の血管が壊れるのか ─ 4つの分子メカニズム

SOX17が減ると、肺の血管の内皮細胞に何が起きるのでしょうか。総説では、内皮の機能不全がまず起こり、そこから閉塞性のリモデリングへ進むという流れが整理されています[13]。ここでは代表的な4つの筋道を見ていきます。

🧬 SOX17が減ったときに起きる4つの流れ

① 内皮らしさを失う

SOX17 減少 → RUNX1 の抑制がはずれる → 増殖しやすく、死ににくい細胞へ

② 炎症細胞を呼び込む

SOX17 減少 → NF-κB 活性化 → CXCL10・CXCL11 増加 → リンパ球が集まる

③ エネルギー代謝の変調

SOX17 減少 → HIF-2α 増加 → ミトコンドリアの働きが低下

④ 細胞間の連絡が途切れる

SOX17 減少 → 保護的なマイクロRNAを積んだエクソソームが減る

① RUNX1の抑制がはずれ、内皮が「内皮でなくなる」

発生の途中で、血管の内皮になるか血液細胞になるかという分かれ道があります。SOX17はこの分岐で、血液側へ進ませるRUNX1を抑え込み、細胞を内皮側にとどめる役目を果たします。SOX17が減るとこの抑えがはずれ、内皮細胞は本来の性質を失って過剰に増え、アポトーシスに抵抗し、未熟な血管をつくるようになります[13]。細い肺動脈が内側から詰まっていく、あの病理像の出発点です。

② 炎症のシグナルが過剰になる

ヒトの肺動脈内皮細胞でSOX17を減らすと、NF-κBという炎症のスイッチが強く入り、CXCL10とCXCL11というケモカインが著しく増えました。ケモカインはリンパ球を呼び寄せる化学的な誘導灯で、実際にSOX17を減らした細胞の培養液は、CXCR3という受容体をもつ細胞を引き寄せました[14]。血管のまわりに免疫細胞が集まって慢性の炎症が続けば、血管はさらに硬く狭くなっていきます。ただしこの研究で患者さんの血液を調べた部分は3人と少数であり、今後の検証が必要な段階です。

③ 代謝の変調と、女性に多いことの説明

SOX17には、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの働きを守り、低酸素応答の司令塔であるHIF-2αを抑える作用があります。内皮でSOX17を失ったマウスでは肺のHIF-2αが増え、逆にSOX17を増やしたマウスでは減りました[15]。同じ研究は、PAHが女性に多い理由にも踏み込んでいます。エストロゲンの代謝産物のひとつである16α-ヒドロキシエストロンがSOX17のプロモーター活性を抑えることが示され、雄のラットの肺では雌よりSOX17の発現が高いことも観察されました。さらに患者さん1,326人の解析で、SOX17のリスクバリアントrs10103692をもつ人では血漿クエン酸の値が低いという関連が報告されています。性差と代謝と遺伝が一本の線でつながった研究です。

④ 細胞間の「宅配便」が届かなくなる

細胞はエクソソームという小さな袋にマイクロRNAを積んで、周囲や自分自身に届けています。SOX17を増やすとmiR-224-5pとmiR-361-3pを含むエクソソームの放出が促され、これらが傷んだ内皮に取り込まれてNR4A3やPCSK9といった遺伝子の上昇を抑え、内皮の機能を改善しました[16]。SOX17が減ると、この自分自身を守る宅配便が細くなってしまうわけです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因が分かる」ことの本当の値打ち】

遺伝学的検査で原因遺伝子が分かっても、いまこの瞬間に治療が変わるとは限りません。それでも意味がないわけではありません。SOX17によるPAHのように、若いうちから重症化しやすく画像に特徴がある病型だと分かれば、経過を見る間隔や、喀血が起きたときの備え、移植を検討し始める時期の判断が変わってきます。

そして何より、ご家族の見通しが変わります。発症していない血縁の方に同じバリアントが見つかることもあれば、見つからずに安心できることもあります。「調べても治らないなら意味がない」と言われることがありますが、私は、次に何が起こりうるかを知って準備できること自体が医療の一部だと思っています。

7. 頭蓋内動脈瘤とSOX17 ─ どこまで分かっているのか

脳の動脈にできるこぶを頭蓋内動脈瘤といい、破れるとくも膜下出血を起こします。ヨーロッパと日本の大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)で、8番染色体のSOX17近傍(8q11.23〜q12.1)が動脈瘤のなりやすさに関わる領域として再現性をもって同定されました[17]

動物実験も、この関連を裏づける方向の結果を出しています。SOX17は脳の主要な動脈の内皮細胞に強く発現しており、内皮でSOX17を欠損させたマウスにアンジオテンシンIIを投与して高血圧を加えると、内腔の拡張・血管壁の菲薄化・蛇行、そしてくも膜下出血といった動脈瘤の特徴がそろって現れました。細胞のレベルでは、細胞どうしの接着装置の組み立てや、細胞と細胞外マトリックスの接着、再生能力、そして周囲へのシグナル分泌が損なわれていました[18]SOX17の欠損だけでは動脈瘤ができず、高血圧という負荷が加わって初めて破綻するという点は、生活習慣の管理が重要であることを示唆しています。

ヒトの脳微小血管内皮細胞を用いた研究では、SOX17を減らした細胞にアンジオテンシンIIの刺激を加えるとアポトーシスが進み、電子顕微鏡でオートファゴソームの異常な蓄積が観察されました。逆にSOX17を増やすとオートファジー関連の変化が抑えられ、SOX17が細胞死とオートファジーの両面から内皮を守っている可能性が示されました[19]。脳の血管内皮は血液脳関門の主役でもあり、VEGFシグナルを介した保護作用も報告されています。

💡 用語解説:GWASで「見つかった領域」と「原因遺伝子」は同じではありません

GWASが指し示すのはゲノム上の領域であって、そこに並ぶ遺伝子のどれが本当の犯人かまでは決まりません。実際、2020年に報告された1万人規模の頭蓋内動脈瘤GWASでは、第8染色体の領域についてSOX17が関与するという証拠はその解析からは得られておらず、それ以前の機能的な研究があるためにこの領域をSOX17と注釈した、と明記されています[20]。動物実験の説得力とヒト集団での証拠は別物であり、「SOX17は脳動脈瘤の原因遺伝子です」と言い切れる段階ではない、というのが正確な理解です。

8. がんにおける二面性 ─ 沈黙する顔と、隠れる顔

SOX17ががんに関わるとき、配列の誤字(変異)よりも発現量の変化が問題になります。しかもその向きは、がんの種類と時期によって正反対です。

沈黙する顔 ─ メチル化による消失とWntの暴走

SOX17は、細胞増殖を進めるWnt/β-カテニン経路にブレーキをかける働きをもちます。ところが多くのがんでは、SOX17の入口にあるCpGアイランドが異常にメチル化され、遺伝子が読まれなくなります。大腸がんを調べた研究では、メチル化によるSOX17の沈黙が大腸がん細胞株の100%、大腸の腺腫(前がん病変)の86%、ステージIとIIの大腸がんの100%で認められました。SOX17を人為的に働かせると細胞のコロニー形成とβ-カテニン依存の転写が抑えられ、抑制の担い手がHMGボックス内にあることも示されています[21]。腺腫の段階ですでに高頻度に起きていることから、発がんのごく早い時期の出来事だと考えられています。

隠れる顔 ─ 初期の大腸がんが免疫から身を隠す仕組み

2024年、これと正反対の現象が報告されました。マウスの大腸がんオルガノイド(APC欠失・KRAS変異・TP53欠失をもつ細胞のかたまり)を体内に移植すると、体外で培養していたときには働いていなかったSOX17が強く発現するようになったのです。SOX17を失わせたがんは免疫のあるマウスでは育たず、免疫のないマウスでは育ちました。しくみとしては、SOX17がインターフェロンγの受容体であるIFNGR1を直接抑えることでがん細胞がインターフェロンγを感じ取れなくなり、MHCクラスIの発現が上がらなくなります。さらに胎児型の腸のプログラムを呼び起こして、免疫に見つかりやすいLGR5陽性の細胞から、見つかりにくいLGR5陰性の細胞へと分化の向きを変えていました[22]

ここで一つ、正直に書いておかなければならないことがあります。ヒトの腺腫ではSOX17がメチル化で沈黙しているという報告と、マウスの初期病変ではSOX17が高発現するという報告は、一見すると矛盾しています。実験系(ヒトの手術検体か、マウスに移植したオルガノイドか)も、測っているもの(メチル化かタンパク質の量か)も異なるため、単純にどちらかが誤りとは言えません。文脈によって役割が入れ替わる遺伝子である、というのが現時点での妥当なまとめ方であり、この点はまだ決着していないと理解しておくのが安全です。

婦人科領域では、また別の顔が知られています。卵巣がんの細胞ではSOX17がPAX8という因子と複合体をつくり、腫瘍の生存を支える「系統依存性因子」として働いていることが示されました[23]卵巣がん子宮内膜がんではSOX17が悪玉として働く場面がある、ということです。

9. 治療開発の現在地 ─ 確立していることと、研究段階のこと

最初にはっきりさせておきます。現時点で、SOX17を標的とした治療薬は臨床で使えるものはありません。PAHの治療は、肺の血管を広げる薬を組み合わせる現在の標準治療が基本です。以下は、研究段階として報告されている方向性です。

ひとつは、SOX17が減ったときに崩れる下流の遺伝子発現パターンを、既存の薬で元に戻そうという発想です。SOX17を減らした肺動脈内皮細胞の遺伝子発現の「型」を手がかりに、その型を打ち消す化合物を薬剤データベースから探す試みが行われています[11]。RUNX1を直接抑える低分子化合物も候補として検討されていますが、いずれも動物モデルや細胞の段階であり、ヒトでの有効性と安全性は確かめられていません。

もうひとつは、SOX17が出しているエクソソーム由来のマイクロRNAそのものを届けるという核酸医薬的な発想です[16]。届ける場所を肺の血管に絞る技術が課題で、こちらも実験室の段階にとどまります。

がんの領域では、卵巣がんでSOX17とPAX8の複合体を標的とする方向が探索されています。転写に関わるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)を阻害するとSOX17とPAX8の発現が下がることが示され、経口の共有結合型CDK12/13阻害薬を用いた異種移植モデルで抗腫瘍効果が報告されています[23]。また、メチル化で沈黙したSOX17をDNMT阻害薬(エピドラッグ)で目覚めさせるという考え方も、細胞実験の段階では示されています[21]。いずれも分子標的治療の候補として研究が続いている段階です。

10. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際

SOX17を単独で調べる場面はほとんどありません。肺高血圧症が疑われる状況では、関連する複数の遺伝子をまとめて調べる肺動脈性肺高血圧症NGS遺伝子検査が用いられます。当院のパネルは16遺伝子を対象としており、そのなかにSOX17が含まれています。より広く調べたい場合はクリニカルエクソーム検査という選択肢もあります。遺伝子検査全般の考え方については、別ページもあわせてご覧ください。

遺伝形式は常染色体顕性(優性)遺伝で、お子さんに受け継がれる確率は理論上50%です。ただしここで欠かせないのが不完全浸透という考え方です。フランスのコホートでは、患者さん20人に対して発症していない血縁の保有者が8人同定されています[9]。バリアントを受け継ぐことと発症することはイコールではありません。この違いを共有しないまま結果だけをお伝えすると、必要以上の不安を生んでしまいます。

発端者に病的バリアントが見つかった場合、症状のない血縁の方に同じ変化があるかを調べる予測的検査が話題になります。早期に見つけて治療を始められる可能性がある一方、発症するかどうかは分からないまま「保有者」という情報だけを抱えることにもなります。受けるかどうかも、いつ受けるかも、ご本人が決めることです。当院では臨床遺伝専門医が検査の前後にお話を伺い、一緒に整理していきます。妊娠・出産に関わる選択肢としては、羊水検査・絨毛検査着床前遺伝学的検査(PGT-M)についてのご相談もありますが、いずれも時間の余裕をもって考えていただきたい事柄です。

11. よくある誤解

❌ 誤解1:SOX17にバリアントがあれば必ず肺高血圧症になる

浸透率は不完全です。実際に、発症していない血縁の保有者が複数報告されています。定期的に経過をみていく必要はありますが、診断そのものではありません。

❌ 誤解2:SOX17は脳動脈瘤の原因遺伝子として確立している

GWASが示したのは領域であって遺伝子ではありません。最大規模の解析では、この領域でSOX17が関与するという証拠は得られていないと明記されています。動物モデルの結果とヒト集団の証拠は区別して読む必要があります。

❌ 誤解3:rs10103692の結果で将来が予測できる

多くの人がもっている一般的なバリアントです。集団レベルでの傾向を示す指標であり、個人の発症を予測する目的には使えません。

❌ 誤解4:SOX17を狙った治療薬がもう使える

臨床で使えるSOX17標的薬はありません。低分子化合物も核酸医薬も、動物実験や細胞実験の段階です。研究の進展と現在の医療は分けて考えてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. SOX17遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

SOX17は8番染色体の長腕(8q11.23)にある遺伝子で、414個のアミノ酸からなる転写因子をつくります。HMGボックスという部分でDNAの細い溝に結合し、細胞がどの遺伝子を読むかを決めます。おなかの中では内胚葉・血管の内皮・胎児期の造血幹細胞を方向づけ、ヒトでは始原生殖細胞の運命決定にも関わります。生まれたあとも血管の内皮で働き続け、動脈としての性質を保つ役目を担っています。

Q2. SOX17にバリアントがあると、必ず肺高血圧症になりますか?

必ず発症するわけではありません。SOX17による肺動脈性肺高血圧症は常染色体顕性(優性)遺伝ですが、浸透率が不完全であることが知られています。フランスの報告では、患者さん20人に対して発症していない血縁の保有者が8人同定されています。バリアントを受け継ぐことと発症することは別であり、経過をみていくことと診断されることも別です。

Q3. SOX17による肺高血圧症には、どんな特徴がありますか?

若い年齢で発症し、先天性心疾患を合併することが多いのが特徴です。既報を統合した解析では約69%が小児期発症で、先天性心疾患を合併する方は合併しない方より若い年齢で診断されていました。くり返す喀血や、胸部CTでの拡張・蛇行した肺血管やすりガラス影といった画像所見も報告されています。治療への反応が乏しく、肺移植に至る割合が高いことも知られています。

Q4. SOX17は肺高血圧症の遺伝子検査に含まれていますか?

含まれています。当院の肺動脈性肺高血圧症NGS遺伝子検査は16遺伝子を対象としており、SOX17はその一つです。SOX17だけを単独で調べることはほとんどなく、BMPR2をはじめとする関連遺伝子をまとめて調べるのが一般的です。より広く調べたい場合はクリニカルエクソーム検査という選択肢もあります。

Q5. SOX17は脳動脈瘤の原因遺伝子なのですか?

確立した原因遺伝子とは言えません。ゲノムワイド関連解析で第8染色体のSOX17近傍が動脈瘤のなりやすさに関わる領域として繰り返し同定されていますが、2020年の大規模解析では、その解析からはSOX17が関与する証拠は得られず、過去の機能的研究があるためにこの領域をSOX17と注釈したと明記されています。内皮でSOX17を失ったマウスに高血圧を加えると動脈瘤ができるという動物実験の結果と、ヒト集団での証拠は分けて理解する必要があります。

Q6. なぜ同じ遺伝子が、がんを抑えたり進めたりするのですか?

がんの種類と時期によって、SOX17に求められる役割が入れ替わるためと考えられています。多くの上皮性のがんではSOX17がメチル化によって沈黙し、Wntシグナルへのブレーキが失われます。一方、大腸の初期病変を扱った研究では、逆にSOX17が高発現してインターフェロンγの受容体を抑え、免疫から隠れることが示されました。ヒトの腺腫でのメチル化の報告とは一見矛盾しており、実験系も測定対象も異なるため、現時点では文脈依存的な遺伝子と理解するのが妥当です。

Q7. マウスの研究結果は、ヒトにそのまま当てはまりますか?

SOX17は、当てはまらない例として知られています。ヒトの始原生殖細胞では、SOX17がその運命を決める鍵となる制御因子であることが示されましたが、マウスではSOX17はこの役割を担っていません。着床後の胚の形や多能性の状態がマウスとヒトで異なるためと考えられています。動物実験の結果を読むときは、どこまでがヒトで確かめられた話なのかを確認することが大切です。

Q8. SOX17を標的とした治療薬はありますか?

現時点で臨床に使えるSOX17標的薬はありません。肺動脈性肺高血圧症の治療は、肺の血管を広げる薬を組み合わせる現在の標準治療が基本です。SOX17が減ったときの遺伝子発現パターンを打ち消す低分子化合物、RUNX1を抑える化合物、エクソソーム由来のマイクロRNAを届ける核酸医薬などが研究されていますが、いずれも動物モデルや細胞実験の段階にとどまります。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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