先天性心疾患
先天性という言葉は、生まれたときから症状があることを意味しており、先天性心疾患とは、心臓の正常な働きに影響を与えるさまざまな先天性疾患の総称です。先天性心疾患は、最も一般的な先天性障害の1つで、赤ちゃんのほぼ100人に1人が先天性心疾患をもっています。
先天性心疾患は、心臓の正常な発育が何かの原因で阻害されることによって起こります。ほとんどのケースは、妊娠の最初の6週間に胎児の心臓の発達が影響をされることによると考えられています。この時期は、心臓が単純な管状の構造から、より完全な心臓に近い形に発達する大事な時期です。
心臓のはたらき
心臓は、心室、心房と呼ばれる部屋があり、それぞれに左右があるため、4つの主要部分に分かれています。これらは、以下のように構成されています。
- 左心房:肺から戻ってくる血液が入ってきます
- 左心室:全身にまわる血液を押し出すためのポンプの働きをします
- 右心房:全身から帰ってきた血液が入ってきます
- 右心室:右心房に帰ってきた全身の静脈血を肺に送り出すポンプの働きをします
また、血液が心臓の中を通って体の周りをどのように流れるかを制御する4つの弁があります。これらは次のように呼ばれています。
- 僧帽弁:左心房と左心室を分ける弁
- 大動脈弁:左心室と大動脈を隔てる弁
- 三尖弁:右心房と右心室を隔てる弁
- 肺動脈弁:右心室と肺動脈を隔てる弁
先天性心疾患は、赤ちゃんが子宮の中にいるときに、これらの心室や弁のいずれかが適切に発達しない場合に起こります。
先天性心疾患の原因
先天性心疾患のリスクを高める要因はいくつか知られていますが、ほとんどの場合、先天性心疾患の明らかな原因は特定されていません。しかし、先天性心疾患のリスクを高めることが知られているものがいくつかあります。
遺伝的要因
両親のどちらか、または両方から受け継いだいくつかの遺伝的な健康状態が、先天性心疾患の原因となることがあります。また、先天性心疾患のなかには、家族内で発生するものもあります。
ダウン症
ダウン症は、先天性心疾患を引き起こす可能性のある最も広く知られている遺伝的疾患です。ダウン症の子供たちは、遺伝子の異常の結果、様々な障害を持って生まれてきます。ダウン症の子どもたちの約半数は、先天性心疾患を持っています。多くの場合、これは中隔欠損症の一種です。ダウン症は赤ちゃんの正常な身体の発達に影響を与え、学習障害を引き起こす染色体異常(21トリソミー)です。
ターナー症候群
女性のみが罹患する遺伝子疾患で、ターナー症候群の子供の多くは先天性心疾患を持って生まれてきます。ターナー症候群でよく見られるのは弁や動脈の狭窄の問題です。大動脈縮窄が多いです。
ヌーナン症候群
肺動脈弁狭窄症を含む様々な症状を引き起こす可能性のある遺伝子疾患です。
感染症
母親が妊娠中に風疹などの特定の感染症にかかった場合、赤ちゃんの先天性心疾患のリスクが増加するものがあります。
風疹
風疹は、ウイルスによって引き起こされる感染症です。通常の大人や子供には深刻な感染症ではありませんが、妊娠8~10週目に母親が風疹に感染した場合、胎児に深刻な影響を与える可能性があります。この時期の胎児が風疹に感染すると、先天性心疾患を含む複数の先天性障害を引き起こす可能性があります。妊娠可能な年齢のすべての女性は、風疹の抗体価を検査したうえで、感染歴がないようならば風疹の予防接種を受けるべきでしょう。
インフルエンザ
妊娠13週までの第1三半期にインフルエンザに罹患した女性は、一般の人よりも先天性心疾患の赤ちゃんを出産するリスクが高いと言われていますが、そのメカニズムはは明らかになっていません。妊娠中の女性には、インフルエンザワクチンの接種が推奨されます。
医薬品等
妊娠中に、スタチン系薬剤や一部の皮膚疾患治療薬など、特定の種類の薬を服用している場合には先天性心疾患のリスクが高まるものがあります。これには以下のようなものがあります。
- ベンゾジアゼピン系薬剤
- ジアゼパムなどの抗てんかん薬
- 特定の皮膚疾患治療薬
- イソトレチノインやレチノイド外用薬などの特定の皮膚疾患治療薬
- イブプロフェン
- 妊娠30週以上の女性が鎮痛剤のイブプロフェンを服用すると、心臓病の赤ちゃんが生まれるリスクが高くなります。妊娠中はイブプロフェンよりもアセトアミノフェンの方が安全ですが、理想的には妊娠中、特に妊娠初期の3ヶ月間はいかなる医薬品の服用も避けましょう。
母親の生活習慣
母親が妊娠中に喫煙または飲酒している場合、赤ちゃんの先天性心疾患のリスクが増加します。
妊婦が妊娠中にアルコールを飲み過ぎると、胎児の組織に悪影響を及ぼす可能性があり、胎児性アルコール症候群として知られています。胎児性アルコール症候群の子どもは、心室中隔欠損や心房中隔欠損などの先天性心疾患を持っていることが多くなります。妊娠中の女性の飲酒は控えてください。
母体の糖尿病
母親がコントロール不良の1型糖尿病または2型糖尿病を患っている場合は先天性心疾患のリスクが高くなります。このリスクの増加は、1型糖尿病と2型糖尿病にのみ当てはまり、妊娠中に発症し、出産後に消失する妊娠糖尿病には当てはまりません。
このリスクの増加は、血液中のインスリンというホルモンの濃度が高くなり、子宮の中で成長する赤ちゃんの初期段階の正常な発育が妨げられることが原因と考えられています。
フェニルケトン尿症(PKU)
フェニルケトン尿症(PKU)は、生まれつきのまれな遺伝子疾患です。PKUでは、フェニルアラニンと呼ばれる化学物質を体内で分解することができず、血液や脳内に蓄積されます。これにより、学習障害や行動障害を引き起こす可能性があります。PKUは通常、低タンパク食と栄養補助食品で効果的に治療することができます。PKUの妊娠中の母親がこうした治療を行わないと、一般の人よりも先天性心疾患の赤ちゃんを出産する可能性が高くなります。
有機溶剤
一部の有機溶剤にさらされている女性は、一般の人よりも先天性心疾患の赤ちゃんを出産する可能性が高いと考えられます。有機溶剤は、ペンキ、マニキュア、接着剤など、さまざまな製品や物質に含まれています。
先天性心疾患の兆候と症状
先天性心疾患の多くは、妊娠中の超音波検査で生まれる前に診断されますが、エコー検査で先天性心疾患を発見できない場合もあります。
先天性心疾患は、特に赤ちゃんや子供に、以下のような様々な症状をもたらします。
- 心拍が速い
- 呼吸が速い
- 足、おなか、目の周りの腫れ
- 極度の疲労感や倦怠感
- 皮膚や唇が青くなる(チアノーゼ)
- 授乳時の疲労感や呼吸の速さ
これらの症状は、生後すぐに顕在化することもありますが、軽度の異常であれば、後々まで症状が出ないこともあります。
先天性心疾患の種類
先天性心疾患には多くの種類があり、それらが複合的に発症することもあります。一般的な欠陥には以下のようなものがあります。
- 中隔欠損
- 心臓の2つの部屋の間に穴が開いている状態。心室中隔欠損症、心房中隔欠損症があります。
- 大動脈縮窄coarctation of the aorta
- 大動脈と呼ばれる心臓から全身に血液を送り出す一番大きな動脈が通常よりも狭くなっている。
- 肺動脈弁狭窄症
- 心臓の右心室から肺へお送り出す血液が逆流しないようにコントロールする肺動脈弁が通常よりも狭くなっている。
- 大血管転位 TGA(transposition of the great arteries)
- 肺動脈弁と大動脈弁、およびそれらが接続されている動脈の位置が入れ替わっている。
- 心臓の発達が悪い
- 心臓の一部が正常に発達せず、血液を体や肺に十分に送り出すことができない。
先天性心疾患の治療
先天性心疾患の治療は、通常、患者さんやお子さんの障害の種類や程度によって異なります。
心臓に穴が開いているような軽度の異常は、自然に改善し、それ以上の問題を引き起こすことがないため、治療の必要がないことが多いです。
異常の程度が大きく、問題を引き起こしている場合は、通常、手術やインターベンション治療が必要となります。外科の手術技術の進歩により、最近では多くの場合、心臓の正常な機能のほとんどを回復することができます。
しかし、先天性心疾患の患者さんは、生涯を通じて治療が必要な場合が多くなっています。例えば結合組織も通常とちがいなかなか縫合しても手術自体がうまくいかないなどという場合もあります。そのため、新生児期乳児期だけでなく小児期や成人期にも専門医による診察が必要です。複雑な心臓病を持つ人は、時間の経過とともに心臓のリズムや弁にさらなる問題が生じる可能性もあるためです。
ほとんどの手術やインターベンション治療の効果は、「治癒」とはみなされていません。先天性心疾患に対する手術やインターベンションといった治療をしても、患者さんの運動能力は制限され、また、感染症を防ぐための方策が必要になる可能性もあります。
先天性心疾患の予防
妊娠中の方は、以下のことでリスクを軽減することができます。
- 風疹とインフルエンザの予防接種を確実に受ける。
- アルコールの摂取を避ける。
- 妊娠第1期(満12週まで)には、1日400マイクログラムの葉酸サプリメントを摂取しましょう。これにより、先天性心疾患やその他の先天性障害を持つ子供を出産するリスクが低くなります。
- 漢方薬や市販薬を含め、妊娠中に薬を服用する場合は、事前にかかりつけの医師や薬剤師に確認してください。
- 感染症の人との接触は避ける。
- 糖尿病を患っている場合は、その管理を徹底する。
- ドライクリーニング、シンナー、マニキュアリムーバーなどに使用される有機溶剤への接触を避ける。
この記事の著者:仲田洋美医師
医籍登録番号 第371210号
日本内科学会 総合内科専門医 第7900号
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 第1000001号
臨床遺伝専門医制度委員会認定 臨床遺伝専門医 第755号