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肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは?原因・遺伝(BMPR2)から最新治療まで解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、肺へ血液を送る細い動脈がだんだん狭くなり、心臓の右側(右心室)に大きな負担がかかっていく進行性の病気です。かつては診断から数年という予後不良の難病とされてきましたが、この20年で最も治療が進歩した肺の病気のひとつになりました。しくみを理解することは、BMPR2遺伝子を中心とした遺伝性の肺血管疾患全体を理解することにもつながります。本記事では、原因や遺伝(BMPR2)、2022年に改訂された新しい診断基準、ソタテルセプトなどの最新治療と予後までを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でまず知りたい結論

Q. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは、ひとことで言うとどんな病気ですか?

A. 肺の細い動脈(肺小動脈)の壁が厚く硬くなって内腔が狭くなり、肺の血圧が上がって右心臓が疲れていく病気です。肺高血圧症全体は5つのグループに分けられ、PAHはそのうち第1群にあたります。原因不明の特発性のほか、遺伝子(BMPR2など)が関わる遺伝性、薬剤・膠原病などに伴うものがあります。「肺だけの高血圧」なので、腕で測るふつうの血圧では分かりません。診断の確定には右心カテーテル検査が必要です。

1. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは ─ 肺の細い動脈が狭くなり、右心臓に負担がかかる病気

PAHは、肺の細い動脈で「壁の細胞が過剰に増える・線維化する・血の塊ができる」といった変化が起こり、血管の内腔がゆっくり狭くなっていく病気です。肺高血圧症は原因によって5つのグループに分けられ、PAHはそのうちの第1群として定義されています[1]。この結論をまず押さえておくと、以降の治療の話がつながります。

肺は、全身から戻ってきた血液に酸素を取り込む場所です。その入口にあたる肺動脈が狭くなると、血液を押し出す右心室は、より強い力で拍出しなければならなくなります。はじめのうち右心室はがんばって厚くなりますが、負担が続くと次第に疲れ、最終的に右心不全へと進みます。息切れ・疲れやすさ・むくみ・失神といった症状は、この右心室の疲れを反映したものです。症状が肺そのものよりも心臓の側に出るため、ぜんそくや加齢のせいと思われて診断が遅れやすいのが、この病気のむずかしいところです。

歴史的にみると、有効な薬がなかった1980年代の登録研究では、特発性PAHと診断されてからの生存期間の中央値はおよそ2.8年と報告されていました[2]。しかしその後、血管を広げる複数の薬や、次の章で述べる新しい治療の登場によって、予後は大きく改善してきました。「昔の数字」がそのまま今のあなたやご家族に当てはまるわけではないという点は、最初に知っておいていただきたい大切な事実です。診断された、あるいは家族が診断された方にとっては、まず「どのタイプか」「どの重症度か」を正しく見極めることが、その後の見通しを決めていきます。

2. 肺高血圧症の5つのグループ ─ どのタイプかで治療がまるで変わります

肺高血圧症は原因によって5つのグループに分けられ、PAHはそのうちの第1群です。同じ「肺の高血圧」でもグループが違えば治療方針は正反対になることもあり、まず自分がどこに当てはまるかを知ることが出発点になります。

図1:肺高血圧症の5つのグループ(PAHは第1群)

第1群 PAH(肺動脈性肺高血圧症)
肺の小動脈そのものが厚くなるタイプ。特発性・遺伝性・薬剤/膠原病などに伴うものを含む。この記事の主役
第2群 左心疾患に伴うPH … 心臓の左側の不調が背景。頻度は最も高い
第3群 肺疾患・低酸素に伴うPH … 間質性肺疾患やCOPDなど
第4群 慢性の肺動脈閉塞に伴うPH … 主に慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
第5群 不明・多因子性のPH … 血液疾患・代謝疾患など

第1群のPAHはさらに細かく分かれます。明らかな原因のない特発性PAH、遺伝子変異による遺伝性PAH、薬剤や毒素による薬物・毒素誘発性、そして膠原病(結合組織病)・先天性心疾患・門脈圧亢進症・HIV感染症などに合併する関連PAHです。合併するタイプでは膠原病が最も多く、次いで先天性心疾患などが続きます。2022年および2024年の分類改訂では、以前は別扱いだった肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)や、生まれたばかりの赤ちゃんに起こる新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)が第1群のなかに整理し直されました[3]。PPHNに関わる遺伝的な要因については新生児肺高血圧感受性のページでも扱っています。

「薬でPAHが起こる」という点も知っておくと役立ちます。過去の食欲抑制薬に加え、近年は一部の抗がん剤との関連が整理され、2024年の国際会議ではマイトマイシンCとカルフィルゾミブが「関連が確実」な薬剤として、ベバシズマブやボルテゾミブが「関連の可能性がある」薬剤として位置づけられました[4]。もしご自身やご家族がこうした薬を使っていて息切れが強くなった場合、原因のひとつとして肺高血圧を思い出せることが、早期発見につながります。

3. 診断はどう進む? ─ 2022年の新基準と「疑い→検出→確定」の3ステップ

診断は、まず症状から疑い、心エコーで可能性をふるい分け、最後に右心カテーテル検査で確定する3段階で進みます。基準の数字が2022年に引き下げられ、より早い段階で肺高血圧をとらえられるようになりました。

2022年のヨーロッパのガイドラインでは、肺高血圧症の定義が「安静時の平均肺動脈圧が20 mmHgを超える」に変わりました(以前は25 mmHg以上)[1]。そのうえでPAHと診断するには、右心カテーテル検査で次の3つをすべて満たす「毛細血管前性」であることが必要です。肺の血管抵抗(PVR)の基準も、以前の3ウッド単位より厳しい2ウッド単位超えに引き下げられました[1]。この変更のねらいは、血管の傷みが重くなる前の、より早い段階で見つけて介入することにあります。読者にとっての意味は明快で、「以前なら経過観察だった軽い段階でも、専門施設で相談する価値がある」ということです。

図2:診断の3ステップ(疑い→検出→確定)

STEP 1 疑う:一般の医療機関で、原因不明の息切れ・失神・むくみからPHを疑う。心電図・胸部X線・血液検査(BNP/NT-proBNP)
STEP 2 検出する:心エコー(心臓の超音波)で可能性を「低い/中間/高い」に振り分ける。急ぐ所見があれば専門施設へ直行
STEP 3 確定する:専門施設で肺血流シンチ・CT・自己抗体検査、そして右心カテーテル検査で血行動態を確定

確定の3基準:平均肺動脈圧 >20 mmHg/肺動脈楔入圧 ≤15 mmHg/肺血管抵抗 >2ウッド単位

この3ステップの目的は、必要な人をできるだけ早く専門施設につなぐことです。急速に進む症状・重い運動能力の低下・失神・右心不全のサインがある方は、途中を飛ばして速やかに専門センターへ紹介されます[1]。ご本人やご家族にとっては、「息切れが続くなら早めに循環器・呼吸器の専門施設で心エコーを」という一歩が、診断の遅れを防ぐ一番の近道になります。

4. 原因遺伝子BMPR2とTGF-β/BMPシグナル ─ 「増えすぎ」にブレーキをかける受容体

遺伝性PAHの最大の原因は、BMPR2という遺伝子の変化です。この遺伝子がつくる受容体は、血管の細胞が「増えすぎない」ようにブレーキをかける役目を担っており、その機能が失われると血管の壁が厚くなっていきます。

BMPR2(骨形成タンパク質受容体2型)は、細胞の増殖とアポトーシス(計画的な細胞死)のバランスを保つTGF-βスーパーファミリーに属する受容体です。受け取った合図はSMADというタンパク質を通じて核へ伝わり、「増えすぎるな」という指令を出します。BMPR2はBMPR1AなどのI型受容体と複合体をつくって働き、下流ではSMAD3SMAD4といったSMAD群が指令の中継役を果たします。遺伝性PAHでは、BMPR2の機能喪失型変異によってこのブレーキが効かなくなり、血管平滑筋や内皮の細胞が過剰に増えて血管が狭くなります[5]

図3:BMPR2遺伝子から血管が狭くなるまで(正常なら「増えすぎ」を止める)

① BMPR2遺伝子(設計図)→ 血管の細胞の表面に受容体をつくる
② 受容体がBMP9/10を受け取る → SMADを介して核へ「増えすぎるな」と伝える
正常:血管の壁の細胞は増えすぎず、内腔は保たれる
— 変異で②が壊れると —
異常:ブレーキが外れ、細胞が過剰に増殖 → 壁が厚くなり血管が狭くなる → 肺の血圧が上がる

数字でみると、BMPR2の変異は遺伝性PAHの大半で見つかり、原因不明とされてきた特発性PAHでもおよそ20%で見つかります[5]。変異のかたちは、アミノ酸が1つ入れ替わるミスセンス変異、途中で設計図が途切れるナンセンス変異、読み枠がずれる部分の切り出しに関わるスプライス部位変異などさまざまです。BMPR2以外にも、ACVRL1・ENG・SMAD9といった同じ経路の遺伝子の変化が、遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)に伴うPAHの背景になることがあります。ご本人・ご家族にとって重要なのは、「原因が単なる不摂生ではなく、細胞のブレーキ機構という体質的な仕組みにある」と分かること自体が、自分を責めない出発点になり得る、という点です。

💡 用語解説:機能喪失型変異とミスセンス変異

機能喪失型変異は、遺伝子がつくるタンパク質の働きが弱まったり失われたりする変化です。BMPR2では、この変化によって「増えすぎるな」というブレーキが効かなくなります。ミスセンス変異はアミノ酸が1つだけ別のものに置き換わる変化で、タンパク質の形がわずかに変わって働きが落ちることがあります。同じ遺伝子でも、どんな種類の変化かによって影響の出方は異なります。

5. 遺伝するの? ─ 遺伝性PAH(顕性・不完全浸透)と、PVOD/PCH(潜性)のちがい

遺伝性PAHは常染色体顕性(優性)遺伝で、変異を持っていても発症するのは一部です。一方、PVOD/PCHという別のタイプは常染色体潜性(劣性)遺伝で、遺伝のかたちがまったく違います。「同じ肺高血圧でも受け継がれ方が違う」ことを知ると、家族の心配のしどころが整理できます。

遺伝性PAHは常染色体顕性(優性)遺伝のかたちをとり、親から子へは2分の1の確率で変異が受け継がれます。ただし大切なのは、変異を受け継いでも実際に発症するのは一部にとどまるという点です。これを不完全浸透と呼び、BMPR2変異の保因者が生涯で発症する割合はおよそ20%と報告されています[5]。しかも発症には性差があり、女性のほうが男性より発症しやすいことが知られています。つまり「変異がある=必ず発症する」ではありません。発症には、変異に加えて炎症・感染・環境など別の要因(セカンドヒット)が関わると考えられています。ご家族にとっては、「変異が見つかっても、それは運命の宣告ではなく、注意して見守る根拠になる」という受け止め方が現実的です。

図4:受け継がれ方の対比(顕性 と 潜性)

遺伝性PAH(BMPR2 など)
・常染色体顕性(優性)
・親から子へ2分の1で変異が伝わる
・不完全浸透(変異があっても発症は約20%)
・女性のほうが発症しやすい
PVOD/PCH(EIF2AK4)
・常染色体潜性(劣性)
・両親がそれぞれ保因者のときに発症しうる
・肺の「静脈・毛細血管」側が傷む
・PAHの薬で肺水腫が出ることがあり区別が重要

一方、肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)は、EIF2AK4という遺伝子の両方のコピーの変異によって起こる常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です[6]。典型的なPAHが小動脈を傷めるのに対し、こちらは肺の静脈や毛細血管の側を傷めます。見た目の症状は似ていますが、PAHの治療薬でかえって肺水腫を起こすことがあるため、両者を区別することが臨床上とても重要です。遺伝形式が「顕性」か「潜性」かで、血縁者の発症リスクの考え方も、次の妊娠での相談の仕方も変わってきます。だからこそ、遺伝子の結果は数字だけでなく発症前の検査(予測的検査)の意味も含めて、専門職と一緒に読み解くことが大切です。

6. リスクと予後 ─ 「低リスクを達成・維持できるか」が見通しを決めます

PAHでは、症状・血液検査・画像・カテーテルの数字を組み合わせて「1年以内に悪くなる危険度」を評価し、治療の強さを決めます。治療後に「低リスク」を達成・維持できた人ほど、その後の見通しが良いことが、各国の登録研究で一致して示されています。

診断時には、症状の進み方・失神の有無・右心不全のサイン・6分間歩行距離・心臓から出るホルモン(BNP/NT-proBNP)・心エコーやMRIでの右心室の働き・カテーテルの数値などをもとに、低・中間・高リスクに分けます[1]。治療を始めたあとのフォローでは、より細かい4段階のモデルで反応をみます。ここで右心室のリモデリング(形と働きの変化)を評価に取り入れる点が、近年の大きな進歩です。数字が並ぶと不安になりがちですが、これらは「治療が効いているかを客観的に確かめ、必要なら早めに手を打つための地図」だと考えると受け止めやすくなります。

歴史的な生存期間中央値が約2.8年だった時代[2]と比べ、現代は積極的な併用療法によって予後が大きく改善しています。登録研究が共通して伝える最も重要なメッセージは、「診断から1年の時点で低リスク状態にたどり着き、それを保てた人は、長期の見通しが良好」という事実です。ご本人・ご家族にとっての意味は、治療のゴールが「症状を少しやわらげる」ことではなく、「客観的なリスクを低リスクまで押し下げて病勢を抑え込む」ことにある、と理解できる点にあります。

7. 薬による治療の全体像 ─ 初期併用療法と、病変を退縮させる新薬

PAHの薬物治療は、血管を広げる3つの経路を同時に狙う「初期併用療法」が今の標準です。さらに近年は、狭くなった血管そのものを退縮させる方向の新薬が登場し、治療の考え方が変わりつつあります。

診断直後から、エンドセリンという血管収縮物質を抑える薬(ERA)と、一酸化窒素の経路を強める薬(PDE5阻害薬など)を組み合わせる2剤併用を始め、重症例ではプロスタサイクリンの持続点滴を加えた3剤併用を行うのが基本です[7]。毎日たくさんの薬をのむ負担を減らす工夫も進んでいます。第3相A DUE試験では、マシテンタンとタダラフィルの配合剤が単剤よりも肺の血管抵抗をよく下げることが示され[8]、これにもとづいて2024年3月にはこの配合剤(オプシンヴィ)が1日1回1錠の薬としてアメリカで承認されました[9]。なお、これらの薬の多くは妊娠中は使えないものがあり、妊娠を考える方には専門施設での事前相談が欠かせません。

治療の考え方を大きく変えたのが、アクチビンという増殖シグナルの過剰を打ち消す新薬ソタテルセプトです。これはBMPR2の機能低下で崩れたシグナルのバランスを整え直すことを狙った、まったく新しいタイプの薬です。すでに強力な併用療法を受けている患者を対象にした第3相STELLAR試験では、24週の時点で6分間歩行距離がプラセボと比べて約40.8m改善しました[10]。さらに、1年以内の死亡リスクが高い進行期の患者を対象にした第3相ZENITH試験では、死亡・肺移植・PAH悪化による入院を合わせた指標が76%も減少し(プラセボ群54.7%に対しソタテルセプト群17.4%)、あまりに明確な効果のため試験が早期に終了されました[11]。「進行を遅らせる病気」から「病変を退縮させ得る病気」へと、位置づけが動きつつあります。

開発中の薬も続いています。吸入型のチロシンキナーゼ阻害薬セラルチニブは、第2相TORREY試験で肺血管抵抗を有意に下げ[12]、続く第3相PROSERA試験(2026年に速報が公表)では、6分間歩行距離の改善は+13.3mであらかじめ定めた厳しい基準にはわずかに届かなかったものの、より重症の中間・高リスク群では+20.0mの改善が示されました[13]。まだ承認された治療ではありませんが、重症の方ほど効果が見えやすい可能性が示唆されています。こうした新薬の情報は、「今の治療がすべてではなく、選択肢が広がり続けている」という希望として受け止めていただける部分です。

8. 手術・カテーテル治療 ─ 薬で足りないときの選択肢

最大限の薬物治療でも改善しない場合には、カテーテルや外科的な治療が救命や「橋渡し」の手段として検討されます。近年はカテーテル治療の科学的な裏づけも増えてきました。

そのひとつが、肺動脈のまわりの交感神経を焼いて緊張をやわらげる肺動脈除神経術(PADN)です。薬に抵抗性のPAH患者を対象にした偽手術対照のランダム化試験(PADN-CFDA試験)では、6か月の時点で運動能力が改善し、臨床的な悪化も抑えられました[14]。このほか、右心の負担を左心へ逃がす心房中隔裂開術や、小児で行われるリバースPottsシャントといった手技が、症状の緩和や移植までの橋渡しとして使われます。両側肺移植は、あらゆる内科治療でも進行する場合の最終手段であり、待機中の急変には人工心肺(VA-ECMO)が命をつなぐ役割を果たします。ご本人・ご家族にとっては、「薬で足りないときにも次の手が用意されている」ことを知っておくと、見通しの持ちようが変わってきます。

9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリング ─ 誰が、いつ、何のために調べるか

遺伝子検査は「原因をはっきりさせる」だけでなく、「血縁者にどう向き合うか」を考えるための情報でもあります。だからこそ、検査の前後で臨床遺伝専門医と一緒に意味を整理することが大切です。

特発性PAHや遺伝性PAHでは、BMPR2などを含む遺伝子検査(NGSパネル)が検討されることがあります。肺の病気全般を幅広く調べたい場合には肺疾患のNGSパネルが用いられることもあります。検査で変異が見つかった場合、次に考えるのは血縁者のことです。遺伝性PAHは顕性遺伝で不完全浸透のため、「変異を受け継いだ家族が全員発症するわけではない」一方で、発症前から定期的に心エコーで見守る予測的検査やサーベイランスが選択肢になります。

当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどんな意味を持つのか、そして結果を受けてどんな選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。臨床遺伝専門医がどのような医師かについては臨床遺伝専門医とはのページもあわせてご覧ください。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「変異がある」と「必ず発症する」は、別の話です】

遺伝性PAHの遺伝子検査でいちばん誤解されやすいのが、この「不完全浸透」です。変異があっても発症しない人が多数いる、という事実は、結果を聞いた直後にはなかなか受け止めにくいものです。数字の上では2分の1で受け継がれ、そのうえで発症するのは一部——この二段構えを飛ばして説明すると、「変異=発症」という重い誤解だけが残ってしまいます。

だから私は、遺伝の結果は「宣告」ではなく「見守る根拠」だと考えています。変異が分かったからこそ、発症前から定期的にチェックし、もし変化があれば早く手を打てる。医学が進めば見通しはさらに変わるかもしれません。それでも、いま分かっていることの輪郭を正確にお渡しすることが、長い目でいちばん誠実だと考えています。

10. よくある誤解

PAHは名前がまぎらわしく、ふつうの高血圧と混同されがちです。ここでは、ご相談でとくに多い4つの誤解を整理します。

誤解①「腕の血圧が正常なら大丈夫」

PAHは肺の中だけの高血圧で、腕で測るふつうの血圧とは別ものです。全身の血圧が正常でもPAHは起こりえます。診断の確定には右心カテーテル検査が必要で、家庭の血圧計では分かりません。

誤解②「BMPR2の変異があると必ず発症する」

遺伝性PAHは不完全浸透で、変異があっても発症するのは一部です。BMPR2変異の保因者が生涯で発症する割合はおよそ20%と報告されています。変異は「必ず発症」ではなく「注意して見守る根拠」です。

誤解③「もう治らない病気だ」

昔の生存の数字はしばしば独り歩きします。実際にはこの20年で治療は大きく進み、低リスクを達成・維持できた人は良好な見通しが示されています。近年はソタテルセプトのように、病変の退縮を狙う薬も登場しています。

誤解④「PAHは全部同じ治療でよい」

肺高血圧症は5つのグループに分かれ、治療は正反対になることもあります。とくにPVOD/PCHは、通常のPAHの薬でかえって肺水腫を起こすことがあり、区別が欠かせません。まず「どのタイプか」の見極めが出発点です。

📌 このページを読んだあなたへ

検査結果を受け取った方、これから検査を考えている方、ご家族にPAHが見つかった方——立場によって次に確認するとよい観点は変わります。次のような点を、専門職と一緒に整理していくと道筋が見えます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは、どんな病気ですか?

肺へ血液を送る細い動脈の壁が厚く硬くなって内腔が狭くなり、肺の血圧が上がって右心臓に負担がかかる進行性の病気です。肺高血圧症全体は5つのグループに分けられ、PAHはそのうちの第1群にあたります。原因不明の特発性のほか、BMPR2などの遺伝子が関わる遺伝性、薬剤や膠原病に伴うものがあります。腕で測るふつうの血圧では分からず、診断の確定には右心カテーテル検査が必要です。

Q2. PAHは遺伝しますか?

遺伝性PAHは常染色体顕性(優性)遺伝で、親から子へは2分の1の確率で変異が受け継がれます。ただし変異があっても発症するのは一部で、これを不完全浸透と呼びます。BMPR2変異の保因者が生涯で発症する割合はおよそ20%と報告されており、女性のほうが発症しやすい傾向があります。一方、肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)はEIF2AK4遺伝子の両方のコピーの変異による常染色体潜性(劣性)遺伝で、遺伝のかたちが異なります。

Q3. 2022年に診断基準が変わったと聞きました。どこが変わったのですか?

2022年のヨーロッパのガイドラインで、肺高血圧症の定義が「安静時の平均肺動脈圧が20 mmHgを超える」に引き下げられました(以前は25 mmHg以上)。PAHと診断するには、右心カテーテル検査で平均肺動脈圧20 mmHg超・肺動脈楔入圧15 mmHg以下・肺血管抵抗2ウッド単位超えの3つをすべて満たす「毛細血管前性」であることが必要です。血管の傷みが重くなる前の早い段階で見つけて介入することがねらいです。

Q4. BMPR2の変異が見つかったら、必ず発症しますか?

いいえ、必ず発症するわけではありません。遺伝性PAHは不完全浸透で、BMPR2変異の保因者が生涯で発症する割合はおよそ20%と報告されています。発症には変異に加えて炎症・感染・環境などの別の要因が関わると考えられています。変異が分かった場合は、発症前から定期的に心エコーで見守る予測的検査やサーベイランスが選択肢になります。結果の意味は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで一緒に整理することをおすすめします。

Q5. PAHの治療にはどんなものがありますか?

今の標準は、血管を広げる複数の経路を同時に狙う初期併用療法です。エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)とPDE5阻害薬などを組み合わせ、重症例ではプロスタサイクリンの持続点滴を加えます。2024年には配合剤オプシンヴィが1日1回1錠で承認されました。さらに、増殖シグナルのバランスを整えるソタテルセプトは、第3相ZENITH試験で死亡・肺移植・入院を合わせた指標を76%減らし、PAHの治療の考え方を変えつつあります。薬で足りない場合には肺動脈除神経術や肺移植も選択肢になります。

Q6. PAHの見通し(予後)はどのくらいですか?

有効な薬がなかった1980年代の登録研究では、特発性PAHの生存期間の中央値は約2.8年と報告されていました。しかしその後の積極的な併用療法によって予後は大きく改善しています。各国の登録研究が共通して示すのは、「診断から1年の時点で低リスク状態にたどり着き、それを保てた人ほど長期の見通しが良好」という点です。過去の数字がそのまま今のご本人に当てはまるわけではありません。

Q7. PAHの遺伝子検査は、誰が受けるとよいのですか?

特発性PAHや、家族にPAHの方がいる遺伝性PAHが疑われる場合に、BMPR2などを含む遺伝子検査が検討されることがあります。変異が見つかると、血縁者が発症前から見守るかどうかを考える手がかりになります。ただし遺伝性PAHは不完全浸透のため、変異を受け継いだ家族が全員発症するわけではありません。検査を受けるかどうかを含め、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで意味を整理したうえで判断されることをおすすめします。

Q8. 妊娠を考えています。PAHがあると何に気をつければよいですか?

PAHを合併した妊娠は母体への負担が大きく、専門施設での集学的な管理が必要です。また、PAHの治療薬のなかには妊娠中は使えないものがあります。遺伝性PAHの場合は、次の妊娠に向けた遺伝形式や血縁者リスクの考え方も相談の対象になります。妊娠を検討される段階で、循環器・産科・遺伝の各領域が連携できる施設で、時間に余裕をもって相談されることをおすすめします。

🏥 肺動脈性肺高血圧症の遺伝子診断のご相談

遺伝性PAHが心配な方・ご家族に肺高血圧症の方がいる方の
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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