この記事の監修・執筆:仲田洋美(臨床遺伝専門医)
ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医・総合内科専門医・がん薬物療法専門医。1995年に医師免許を取得し、遺伝医療と出生前診断に携わっています。
記事の作り方(編集方針)

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、心臓から肺へ血液を送る肺動脈の圧が上がり、心臓の右側に負担がかかる病気です。原因の一部は生まれ持った遺伝子の変化で、BMPR2など26の遺伝子をまとめて調べると、遺伝性かどうか、ご家族やお子さんへ遺伝する確率を考える手がかりが得られます。あなたの1回の検査結果は、症状のないご家族が自分の状態を知り、早めに見張りを始めるための手がかりにもなります。このページでは、肺動脈性肺高血圧症の症状・遺伝のしかたと、この遺伝子検査でわかること・わからないことを、臨床遺伝専門医が解説します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. この遺伝子検査で何がわかりますか?
肺動脈性肺高血圧症に関わるBMPR2など26遺伝子をまとめて調べ、遺伝性肺動脈性肺高血圧症かどうか、肺静脈閉塞症(EIF2AK4)やオスラー病(HHT)とつながる型かどうかを確かめます。
🧬 Q. どんな人が受けるとよいですか?
特発性・遺伝性の肺動脈性肺高血圧症や肺静脈閉塞症と診断された方、ご家族に肺動脈性肺高血圧症の方がいる方、子どものうちに肺高血圧と言われた方です。
🧬 Q. 費用・日数・検体は?
検査費用は税込330,000円、結果までは2〜3週間です。検体は血液・唾液・頬の内側の粘膜で、オンライン診療でも受けられます。遺伝カウンセリング料(30分22,000円・税込)が別にかかります。
🧬 Q. 結果のあとはどうなりますか?
臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングで直接ご説明してから、マイページにアップします。原因が見つかれば、症状のないご家族はその変化だけを調べられ、変化があれば定期的な見張りを始められます。意義がまだわからない変化(VUS)の扱いもご説明します。
1. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは:遺伝子検査を考える前に知っておきたいこと
肺動脈性肺高血圧症とは、肺の細い動脈が狭くなって血液が流れにくくなり、肺動脈の圧が高くなる病気です。心臓の右側(右心室)は、狭くなった血管に無理に血液を押し出そうとして負担が大きくなり、進むと右心不全につながります。英語の pulmonary arterial hypertension の頭文字をとって、PAHと呼ばれます。
日本では指定難病86に指定されており、難病情報センターによると、医療受給者証を持つ方は3,934人(2019年度)です。男女比は1対1.7で女性に多く、妊娠できる年代の女性にも起こることが特徴とされています(2026年10月時点で確認)。病気のしくみや治療の全体像は、肺動脈性肺高血圧症(PAH)の総論でくわしく解説しています。このページでは、遺伝子検査を受けるかどうかを決めるために必要なことを中心にお伝えします。
症状:息切れ・疲れやすさ・失神と、診断までの流れ
肺高血圧症の症状は、体を動かしたときの息切れ、疲れやすさ・だるさ、動悸、胸の痛み、失神、足のむくみなどです。初めは安静にしていれば症状がなく、坂道や階段で息が切れる程度のため、気づくのが遅れがちです。
診断は、心臓の超音波検査(心エコー)で肺高血圧が疑われたあと、右心カテーテル検査で肺動脈の圧を直接測って確かめます。2022年の欧州心臓病学会・欧州呼吸器学会(ESC/ERS)のガイドラインでは、安静時の平均肺動脈圧が20mmHgを超えると肺高血圧症と定義されました[1]。一方、日本の指定難病の認定基準(2024年4月の基準)は、平均肺動脈圧25mmHg以上・肺血管抵抗3 Wood単位以上などとしています。診断の基準と、医療費助成の認定基準は別のものとして受け取ってください。
肺高血圧症の5つのグループと、遺伝が関わる「第1群」
肺高血圧症は、原因によって5つのグループに分けられます。心臓の左側の病気(第2群)、肺の病気や低酸素(第3群)、肺の血栓(第4群)などに続いて起こるものが多く、肺動脈そのものの病気である肺動脈性肺高血圧症は第1群です。
第1群には、原因がわからない「特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)」、遺伝子の変化が関わる「遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)」、膠原病・先天性心疾患・門脈圧亢進症などに伴うものなどがあります。以前「原発性肺高血圧症」と呼ばれていたのは、主に今の特発性・遺伝性の肺動脈性肺高血圧症にあたります。この遺伝子検査がいちばん役に立つのは、この特発性・遺伝性の方と、肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)が疑われる方です[2]。
肺動脈性肺高血圧症は治る?寿命・余命の見通し
肺動脈性肺高血圧症は、今のところ完全に治す方法が確立した病気ではありません。ただ、見通しはこの30年で大きく変わりました。専用の薬がなかった時代の米国の登録研究では、診断からの生存期間の中央値は2.8年でした[9]。その後、作用の違う薬(エンドセリン受容体拮抗薬・PDE5阻害薬・プロスタサイクリン系の薬など)が次々に使えるようになり、難病情報センターも、欧米の大規模な登録研究で予後が改善していると説明しています。日本でも、新しい作用の薬ソタテルセプト(エアウィン)が2025年8月に発売されています(2026年10月時点、添付文書で確認)。
「余命10年」といった数字が検索されていますが、見通しは、診断の時期、重症度、治療への反応、原因の遺伝子によって一人ひとり大きく違います。集団の数字を、そのままご自身の余命として受け取らないでください。治療は呼吸器内科・循環器内科などの専門の医療機関で受けていただきます(当院は治療を行っていません)。
2. 肺動脈性肺高血圧症は遺伝する?原因遺伝子と遺伝する確率
肺動脈性肺高血圧症の一部は遺伝します。いちばん多い原因遺伝子はBMPR2で、変化はおもに常染色体顕性(優性)遺伝で親から子へ受け継がれます。ただし、変化を受け継いでも発症しない人が多いのが、この病気の大きな特徴です。肺高血圧の原因を遺伝子で調べる意味は、ここにあります。
いちばん多い原因はBMPR2
BMPR2は、血管の細胞が増えすぎないようにブレーキをかけるBMPシグナルの受け手(受容体)をつくる遺伝子です。難病情報センターによると、日本の遺伝性肺動脈性肺高血圧症の約70%、家族歴のない特発性と診断された方でも約20%にBMPR2の変化が見つかっています。海外の総説も、家族性の70〜80%、特発性の10〜20%がBMPR2の変化によるとしています[3]。
BMPR2の変化をもつ方は、もたない方より若くして診断される傾向があります。1,550人の個人データをまとめた解析では、診断時の平均年齢は変化をもつ方で35.4歳、もたない方で42.0歳でした。また、変化をもつ方は、死亡または肺移植に至るリスクが高いと報告されています(ハザード比1.42)[4]。
変化を持っていても発症しない人がいる:浸透率と、女性に多い理由
同じ遺伝子の変化をもつ人のうち、実際に発症する人の割合を浸透率といいます。BMPR2の変化をもつ人の浸透率は全体で約30%と推定され、女性では約42%、男性では約14%が発症すると推定されています[2][5]。変化をもっていても発症しない人が多いことを不完全浸透といい、肺動脈性肺高血圧症が女性に多い理由のひとつと考えられています。
この数字は、患者さんのいる家系のきょうだいなどを調べて推定したもので、ご家族ごとの事情までは反映していません。「女性だから必ず発症する」「男性だから大丈夫」とは言えないことにご注意ください。
お子さんへ遺伝する確率:顕性遺伝は2分の1、潜性遺伝の型は4分の1
BMPR2・ACVRL1・ENG・SMAD9・TBX4・SOX17などの変化は、常染色体顕性(優性)遺伝で受け継がれます。親が変化をもっていれば、お子さん一人ひとりが変化を受け継ぐ確率は2分の1です。ただし上のとおり、受け継いでも発症するのは一部で、お子さんが発症する確率は2分の1よりずっと低くなります。
一方、肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)の原因になるEIF2AK4は、常染色体潜性(劣性)遺伝です。家族性の肺静脈閉塞症の13家系すべてで、EIF2AK4の両方の遺伝子に変化が見つかったと報告されています[7]。ご両親がともに保因者なら、お子さんが病気になる確率は一人ひとり4分の1です。型によって遺伝のしかたが違うため、遺伝カウンセリングでは原因の遺伝子に合わせてご説明します[2]。
潜性遺伝の型について、パートナーが同じ遺伝子の保因者かどうかを調べる方法もあります。当院の拡大版保因者スクリーニングでは、EIF2AK4は女性版1009遺伝子の対象です(女性版787遺伝子には含まれていません)。G6PC3・SARS2・ABCC8は、女性版787遺伝子と1009遺伝子の両方の対象です(2026年10月時点で遺伝子一覧を確認)。
家族に肺動脈性肺高血圧症の人がいて「自分も」と不安な方へ
親やきょうだいが肺動脈性肺高血圧症と診断されると、階段で少し息が切れただけでも「始まったのでは」と不安になりながら暮らしている方もいます。症状のない方が、将来発症する可能性を調べる検査を「発症前の検査(予測的検査)」といいます。
ご家族で原因の変化がわかっていれば、その変化だけを調べて、受け継いでいるかどうかを確かめられます。受け継いでいないとわかれば、その変化について、ご家族と同じ確率を心配する必要はなくなります。ただし、原因の遺伝子が見つからない肺高血圧もあるため、肺高血圧そのものが起こらないとまでは言えません。受け継いでいるとわかった場合は、第5章のとおり、定期的な見張りで早く見つけることにつなげられます。
当院は、ライフステージごとに患者さんの人生をサポートするという考え方で診療しており、知りたいと願う方を拒むことはしません。遺伝カウンセリングで十分に考えたうえで、ご本人が知りたいと決めた場合は、その意思を尊重して検査まで行います。知らないでいる選択も、同じように尊重します。なお、国際的な合意声明は、未成年の方の発症前の検査は慎重に検討すべきとしています[2]。
3. この遺伝子検査で調べる26遺伝子と、わかる病気
この検査では、肺動脈性肺高血圧症に関わる26の遺伝子をまとめて調べます。国際的な専門家パネルが「病気との関係がはっきりしている(definitive)」と判定した12遺伝子(ACVRL1・ATP13A3・BMPR2・CAV1・EIF2AK4・ENG・GDF2・KCNK3・KDR・SMAD9・SOX17・TBX4)は、すべて含まれています[6]。国際的な合意声明も、遺伝子検査にはこの12遺伝子を含めるよう勧めています[2]。
26遺伝子の一覧:遺伝子ごとの病名と遺伝のしかた
表の「根拠」は、国際的な専門家パネルの2023年の判定です[6]。根拠が「中程度」「限定的」の遺伝子や、要旨に記載のない遺伝子で見つかった変化は、慎重に解釈する必要があります。病名と遺伝のしかたは、遺伝子と病気の対応をまとめたデータベース(OMIM)にもとづきます。
🧬 肺動脈性肺高血圧症パネルの26遺伝子
※「根拠」は文献[6]の判定(はっきりしている=definitive、中程度=moderate、限定的=limited)。「要旨に記載なし」は、同じ論文の要旨で判定が示されていない遺伝子で、おもに表の病気(全身の病気の一部として肺高血圧が起こりうるものを含む)の原因として知られています。病名・遺伝のしかたはOMIMの登録にもとづきます(2026年10月時点)。
表にある全身の病気のうち、G6PC3による重症先天性好中球減少症は、好中球減少症の遺伝子パネル検査でも調べられます。TET2の変化は、年齢とともに血液の細胞だけに起こるクローン性造血として見つかることもあり、結果の解釈には注意が必要です。
治療の選び方が変わる型:肺静脈閉塞症・肺毛細血管腫症(EIF2AK4)
肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)は、肺動脈性肺高血圧症とよく似た症状ですが、肺の静脈や毛細血管にも病変がある型で、遺伝子検査が診断の大事な手がかりになります。2022年のESC/ERSガイドラインは、この型の診断には、症状・画像・血液ガス・呼吸機能検査に遺伝子検査を組み合わせることを勧め、確かめるための肺の生検は勧めていません[1]。
この型では、肺動脈性肺高血圧症の薬を使う場合も、症状と酸素の取り込み(ガス交換)を注意深く見ながら使うことが検討される、とされています[1]。家族性の肺静脈閉塞症ではEIF2AK4の両方の遺伝子の変化が見つかり、病理で確かめられた家族歴のない肺静脈閉塞症でも20人中5人に見つかったと報告されています[7]。原因の遺伝子がわかると、治療の進め方を専門の医療機関で検討するうえでの手がかりになります。
オスラー病(HHT)とつながる遺伝子:ACVRL1・ENG・GDF2
ACVRL1・ENG・GDF2は、鼻血をくり返し、皮膚や内臓に血管の奇形ができる遺伝性出血性毛細血管拡張症(オスラー病・HHT)の原因遺伝子でもあります。2001年の研究で、HHTに肺高血圧症を合併した方にACVRL1(ALK1)の変化が見つかり、HHTに伴う肺高血圧症にこの遺伝子が関わることが示されました[8]。これらの遺伝子は、TGF-βシグナル(BMPシグナルを含む仲間)の流れの中で働いています。
肺高血圧の検査でこれらの遺伝子に変化が見つかった場合は、肺高血圧だけでなく、HHTとしての血管の奇形(肺・脳・肝臓など)の確認も考えます。反対に、HHTが主な心配ごとの方には、HHTの6遺伝子を調べるオスラー病(HHT)の遺伝子検査が向いています。
子どもの肺高血圧症と遺伝子:TBX4・SOX17など
子どものうちに発症した肺動脈性肺高血圧症では、大人とは違う遺伝子が見つかることがあります。米国の研究では、特発性肺動脈性肺高血圧症でTBX4の変化が子どもで130人中10人に見つかったのに対し、大人では178人中0人でした。既知の遺伝子の変化で説明できた割合は、子どもで発症した特発性の21%、大人で発症した特発性の11%でした[10]。
オランダの研究では、子どものうちに発症した特発性・遺伝性の肺動脈性肺高血圧症20人のうち6人(30%)に、TBX4の変化または欠失が見つかりました。TBX4は膝のお皿(膝蓋骨)が小さい「小膝蓋骨症候群」の原因遺伝子でもあり、一方で大人の変化をもつ方で肺高血圧になる割合は低いとされています[11]。
4. どんな人がこの検査を受けるとよいか
特発性・遺伝性の肺動脈性肺高血圧症、肺静脈閉塞症・肺毛細血管腫症と診断された方と、そのご家族に向く検査です。国際的な合意声明は、少なくともこれらの方と、食欲抑制薬に関連したもの・先天性心疾患に伴うものと診断された方に、遺伝カウンセリングと遺伝子検査を提案すべきとしています[2]。
受けるとよい方
- ●特発性肺動脈性肺高血圧症・遺伝性肺動脈性肺高血圧症と診断された方
- ●肺静脈閉塞症(PVOD)・肺毛細血管腫症(PCH)が疑われる、または診断された方
- ●子どものうち、若いうちに肺高血圧症と診断された方
- ●オスラー病(HHT)があり、肺高血圧症を合併した方
- ●ご家族(親・きょうだい・子ども)に肺動脈性肺高血圧症の方がいて、ご自身が原因を受け継いでいるか知りたい方
- ●妊娠を考えていて、ご家族の肺高血圧症が気になる方
一方、国際的な合意声明は、第2〜5群の肺高血圧症(心臓の左側の病気・肺の病気・肺の血栓など)の方に遺伝子検査を勧めるだけの根拠は、今のところ十分ではないとしています[2]。膠原病や肝臓の病気に伴う肺高血圧症の方も、まず原因の病気の治療が中心になります。こうした方が受けても、原因の遺伝子が見つかる見込みは高くないことをご理解ください。
ほかの検査が向いている場合と、選び方の表
肺の病気の遺伝子検査は、症状や検査の結果によって選ぶパネルが変わります。比べているのは検査の種類で、どれが優れているという意味ではありません。
🔍 症状・検査の結果から選ぶ検査
※肺疾患遺伝子パネルにもBMPR2・ACVRL1・ENG・SMAD9・FOXF1は入っていますが、EIF2AK4・TBX4・SOX17・KCNK3・GDF2・CAV1は入っていません(2026年10月時点)。肺動脈性肺高血圧症とわかっている場合は、このページの検査が向いています。
5. 病的変異が見つかったら、次にできること
原因の遺伝子の変化(病的変異)が見つかると、ご本人の治療と見張り、ご家族の検査、次のお子さんへの備えを、具体的に考えられるようになります。わかるだけで終わらせず、次の一歩につなげることが、この検査を受ける意味です。
ご本人:治療の選び方、HHTの確認、妊娠の計画
遺伝性肺動脈性肺高血圧症と確定すると、病名がはっきりし、指定難病などの制度を使うときの手がかりにもなります(第7章)。EIF2AK4による肺静脈閉塞症・肺毛細血管腫症とわかれば、薬の使い方に注意が必要な型として、専門の医療機関で治療の進め方を考えることになります[1]。ACVRL1・ENG・GDF2の変化なら、オスラー病としての血管の奇形の確認も考えます。治療は呼吸器内科・循環器内科などの専門の医療機関で受けていただきます。
肺動脈性肺高血圧症のある女性にとって、妊娠は心臓と肺に大きな負担がかかります。2022年のESC/ERSガイドラインは、妊娠できる年代の女性には診断の時点で妊娠のリスクと不確かさを説明し、妊娠しないよう助言すること、はっきりした避妊の助言をすることを勧めています。妊娠を考えている方、妊娠した方は、経験のある肺高血圧症の専門施設で速やかに相談し、遺伝カウンセリングを含めて一緒に決めていくことが勧められています[1]。妊娠を考えるときは、まず主治医の専門施設にご相談ください。
症状のないご家族:ピンポイントの検査と、定期的な見張り
ご本人で原因の変化が見つかったら、ご家族は同じ変化だけを調べて、受け継いでいるかどうかを確かめられます。国際的な合意声明は、病的な変化が見つかった方の血縁者に、遺伝カウンセリングと遺伝子検査を提案すべきとしています[2]。2022年のESC/ERSガイドラインも、肺動脈性肺高血圧症を起こす変化をもつとわかった方と、遺伝性肺動脈性肺高血圧症の患者さんの第一度近親者に、リスクの説明と年1回の見張り(スクリーニング)を勧めています[1]。
合意声明では、見張りは年1回を目安に、問診・診察・心電図・呼吸機能検査・血液検査(NT-proBNP/BNP)・心エコーで行うとされています。間隔は、遺伝子・結果の推移・性別・家族歴によって6か月〜3年の幅があり、息切れなどの症状が出たらすぐにくわしく調べることが勧められています[2]。フランスの研究では、症状のないBMPR2の変化をもつ55人を見張ったところ、肺動脈性肺高血圧症が年2.3%(男性0.99%、女性3.5%)の割合で新たに見つかり、見つかった方は全員、飲み薬の治療で低リスクの状態を保っていました[12]。
あなたの1回の検査が、ご両親・きょうだい・お子さんが自分の状態を知り、症状が出る前から見張りを始める手がかりになります。症状のないご家族の検査は、ご本人の同意のもとで行います。
お子さんを持つとき:出生前診断・PGT-M・NIPT
ご家族で原因の変化がわかっていれば、妊娠したときに、赤ちゃんが同じ変化を受け継いでいるかを調べることができます。絨毛・羊水からの胎児の出生前診断は当院で承っております。ただし、出生前診断を行うかどうかは、病気の重さや国内の指針を踏まえて個別に考えます。浸透率が低い病気では、変化を受け継いでも発症しないことが多いことも含めて、妊娠を考えている段階からご相談ください。何もしないで産むことも、そのまま選べる選択肢です。
体外受精でできた受精卵を調べる着床前遺伝学的検査(PGT-M)については、日本でも、日本産科婦人科学会の指針にもとづく審査を経て行われています(当院は体外受精・PGT-Mを行っていません)。準備に必要なことは海外でPGT-Mを考えている方へのコラムで解説しています。
このパネルの26遺伝子のうち、FLNAだけは、当院のNIPTのインペリアルプランでも調べられます(ダイヤモンドプランには含まれていません)。当院のNIPTは妊娠9週から受けられ、妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます。そのほかの25遺伝子は、当院のNIPTでは調べられません。妊娠中のご夫婦は、NIPTと同じ日に採血できるカップルの保因者検査「ファミリーセーフティ プラス」(女性787遺伝子・男性714遺伝子、単独では受けられません)も選べます。
結果は臨床遺伝専門医がご説明します
結果は、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングで直接ご説明してから、マイページにアップします。結果だけをお送りすることはありません。見つかった変化の意味、ご家族への影響、次にどうするかを一緒に考えます。報告書の読み方は遺伝子検査結果の見かたでも解説しています。調べた目的とは別の病気の原因が見つかった場合の扱いは、二次的所見の開示方針をご覧ください。
結果は、基本的に日本語版でお渡ししています。海外でPGT-Mを受けるなど、英語の原本が必要な方には英語版をお渡ししますので、検査の時にお申し出ください。英語版と日本語版の双方を希望される方は、追加料金5,500円で承ります。
6. 検査でわかること・わからないこと(陰性・VUS)
この検査でわかるのは、26遺伝子の小さな変化(1文字の置き換わりや、小さな挿入・欠失)と、遺伝子のまとまった欠失・重複です。一方で、遺伝子検査には必ず限界があります。
- ●陰性でも否定はできません:既知の遺伝子の変化で説明できるのは、家族性ではおよそ7〜8割ですが、特発性では子どもで発症した方の21%、大人で発症した方の11%にとどまったという報告があります[10]。原因となる遺伝子の変化が見つからなくても、肺動脈性肺高血圧症の臨床診断が否定されるわけではなく、必要な治療や経過観察は継続します。
- ●意義がまだわからない変化(VUS):病気の原因かどうかまだ判断できない変化が見つかることがあります。VUSは、それだけで診断やご家族の検査には使いません。国際的な合意声明も、VUSを着床前の検査に使うべきではないとしています[2]。
- ●欠失・重複の大きさ:国際的な合意声明は、とくにBMPR2・ACVRL1・ENG・TBX4で欠失・重複の解析を勧めています[2]。この検査の欠失・重複解析は、遺伝子全体や2つ以上の連続したエクソンの変化を見つけるもので、1つのエクソンだけの欠失・重複は見つからないことがあります。
- ●根拠が弱い遺伝子:根拠が「中程度」「限定的」の遺伝子や、要旨で判定されていない遺伝子で見つかった変化は、慎重に解釈します[6]。
▶ 技術的な限界(くわしく見る)
この検査は、次世代シーケンサーで遺伝子のたんぱく質をつくる部分(エクソン)と、その境目を読みます。調べる遺伝子の99%以上の領域を、同じ場所を20回以上読み取る精度で調べます。読み取りの質が低い変化は、別の方法(サンガー法)で確かめます。見つかった欠失・重複は、別の原理の方法(qPCR法やMLPA法)でもう一度確かめてから報告します。欠失・重複は、頬の内側の粘膜と血液では遺伝子全体の変化を、血液では2つ以上の連続したエクソンの変化を見つけられます。
よく似た配列(偽遺伝子など)があると、読み取りが難しい場合があります。染色体の一部が入れ替わる変化(転座・逆位)、繰り返し配列が伸びる変化、遺伝子の働きを調節する領域(プロモーター)や、エクソンから20塩基より離れた場所(深いイントロン)の変化は調べられません。体の一部の細胞だけにある変化(モザイク)や、がんなどの体細胞の変化を調べる検査ではありません。
7. 日本の制度:指定難病86と小児慢性特定疾病(2026年10月時点)
肺動脈性肺高血圧症は、指定難病86の対象です。難病情報センターのページ(2026年1月更新)では、遺伝性肺動脈性肺高血圧症について、遺伝子検査と遺伝カウンセリングを考えることにも触れています。子どもの方では、小児慢性特定疾病(慢性心疾患・告示番号82「肺動脈性肺高血圧症」)の対象にもなっています(2026年10月時点で確認)。
医療費の助成を受けるには、それぞれの制度の認定の基準を満たし、申請する必要があります。認定の基準や申請の方法は、難病情報センター・小児慢性特定疾病情報センターや、お住まいの自治体の窓口でご確認ください。当院の検査・遺伝カウンセリングはすべて自費診療です。
8. 検査の流れ・費用・結果までの日数・検体
検査費用は税込330,000円、結果までは2〜3週間です。検体は唾液・頬の内側の粘膜・血液のいずれかで、オンライン診療でも受けられます。この検査は、遺伝診療先進国・米国の3大遺伝子検査会社の一角で行います。※
※「3大遺伝子検査会社」は、遺伝性がんや周産期(出生前検査・保因者検査)を含む遺伝子検査全般を手がける米国の検査専業会社のうち、2025年通期の売上高が上位の3社を指します(各社の決算発表にもとづく当院調べ)。がん検診やリキッドバイオプシーに特化した会社は含みません。
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遺伝カウンセリング臨床遺伝専門医
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検体の採取・発送唾液・頬の粘膜・血液
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💴 費用・日数・検体
※オンラインの場合は、遺伝カウンセリング料金を事前にお支払いください。※ご夫婦・カップルで同じ検査を同じ日に一緒に受ける場合は、遺伝カウンセリング料が1人分になります(検査費用の割引はありません)。※当院の検査・遺伝カウンセリングはすべて自費診療です。
オンライン診療では、ビデオ通話で遺伝カウンセリングを行ったあと、検体を当院へお送りいただきます。検体採取キットは、検査料金のお支払いのあとにお送りします。ご自身で判断して先に検体を採取しないでください。検体の取り違えを防ぎ、検査に使える品質を保つためです。
遺伝カウンセリングでは、検査で何がわかり、何がわからないか、結果がご家族にとってどういう意味をもつかをご説明します。検査を受けるかどうかは、説明を聞いて納得してから決めていただきます。
9. 院長コラム
🩺 院長コラム【発症しないかもしれない遺伝子を、なぜ調べるのか】
私自身、希少な常染色体顕性(優性)遺伝性疾患の当事者です。子どもに病気を受け渡したくない、という遺伝の病気をもつ方の思いはよくわかります。また、お子さんが重い症状で発症したのをきっかけに、ご自身も同じ遺伝子の変化を持っていたとわかり、自分のせいだと責めてしまう親御さんを、何度も見てきました。私の当事者としての話は、遺伝性疾患の当事者として、臨床遺伝専門医になった理由に書いています。
肺動脈性肺高血圧症のBMPR2の変化は、受け継いでも発症しない人のほうが多い変化です。「発症しないかもしれないなら、調べなくてもよいのでは」と考える方もいるでしょう。けれども、この病気は早く見つけて治療を始められるかどうかが大切で、症状のないご家族が変化をもっているとわかれば、定期的な見張りで早く見つけることにつなげられます。反対に、受け継いでいないとわかったご家族は、その変化については、同じ確率を心配し続けなくてよくなります。
遺伝子検査は、やってみないとわからないことを、何度も経験してきました。検査をしないと何も言えない、というのが私の確固たる考えです。こうした経験から、当院では、検査を受けずにリスクだけをご説明することはしておりません。検査をせずにリスクをお伝えするほうが、かえって危険だと考えているためです。
わからないまま悩み続けるより、わかったことから次を考えるほうが前に進める、と考えています。結婚や妊娠を考えるときも、知ったうえで選べることは増えます。遺伝子の変化は誰にでも起こりうるもので、誰のせいでもありません。どの選択をされても、その選択を尊重します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 肺動脈性肺高血圧症は遺伝しますか?遺伝する確率は?
一部は遺伝します。いちばん多い原因遺伝子のBMPR2の変化は常染色体顕性(優性)遺伝で、親が変化をもっていれば、お子さんが受け継ぐ確率は2分の1です。ただし、変化をもつ人の浸透率は全体で約30%(女性約42%、男性約14%)と推定され、受け継いでも発症しない人のほうが多い病気です。肺静脈閉塞症の原因となるEIF2AK4は常染色体潜性(劣性)遺伝で、ご両親がともに保因者なら、お子さんが病気になる確率は4分の1です。
Q2. 家族に肺動脈性肺高血圧症の人がいます。症状がなくても検査できますか?
できます。ご家族で原因の変化がわかっていれば、その変化だけを調べて受け継いでいるかを確かめられます。受け継いでいるとわかった場合、国際的な合意声明は、年1回を目安に心エコーや血液検査(NT-proBNP/BNP)などで見張ることを勧めています。検査の前に遺伝カウンセリングで、知ることの意味をよく考えていただきます。
Q3. 原発性肺高血圧症と肺動脈性肺高血圧症は同じですか?
以前「原発性肺高血圧症」と呼ばれていたのは、主に今の特発性・遺伝性の肺動脈性肺高血圧症にあたります。肺動脈性肺高血圧症は、膠原病や先天性心疾患などに伴うものも含む、肺高血圧症の第1群の呼び名です。
Q4. 肺動脈性肺高血圧症は治りますか?寿命は?
今のところ完全に治す方法が確立した病気ではありません。専用の薬がなかった時代の米国の登録研究では、診断からの生存期間の中央値は2.8年でしたが、その後、作用の違う薬が次々に使えるようになり、見通しは改善しています。見通しは重症度や治療への反応によって一人ひとり大きく違うため、主治医の専門施設でご確認ください。
Q5. 肺動脈性肺高血圧症があっても妊娠・出産はできますか?
妊娠は心臓と肺に大きな負担がかかるため、2022年の欧州のガイドラインは、妊娠できる年代の女性には診断の時点で妊娠のリスクを説明し、妊娠しないよう助言することを勧めています。妊娠を考えている方、妊娠した方は、経験のある肺高血圧症の専門施設で速やかに相談することが勧められています。遺伝のことは当院の遺伝カウンセリングでご相談いただけます。
Q6. 遺伝子の変化が見つからなかったら、遺伝性ではないということですか?
そうとは言い切れません。既知の遺伝子で原因が見つかる割合は、特発性では子どもで発症した方の21%、大人で発症した方の11%にとどまったという報告があります。まだ見つかっていない原因や、この検査で調べられない種類の変化が残る可能性があります。原因となる遺伝子の変化が見つからなくても、肺動脈性肺高血圧症の臨床診断が否定されるわけではなく、必要な治療や経過観察は継続します。
Q7. 費用と結果までの日数を教えてください。
検査費用は税込330,000円、結果までは2〜3週間です。遺伝カウンセリング料(30分22,000円・税込)が別にかかります。当院の検査・遺伝カウンセリングはすべて自費診療です。唾液や頬の内側の粘膜ならオンライン診療でも受けられます。
Q8. 結果はどのように説明されますか?
臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングで直接ご説明してから、マイページにアップします。見つかった変化の意味、ご家族への影響、ご家族の検査や見張り、妊娠を考えるときの選択肢まで一緒に考えます。結果は基本的に日本語版でお渡しし、英語の原本が必要な方には英語版をお渡しします。
🧬 一度の検査で、ご自身とご家族のこれからを考える
生まれ持った遺伝子は一生変わりません。肺動脈性肺高血圧症の原因がわかれば、ご自身の治療の手がかりだけでなく、症状のないご家族の見張りや、結婚・妊娠の計画を考える手がかりになります。当院では臨床遺伝専門医が、検査の前後の遺伝カウンセリングから、ご家族の遺伝子検査、羊水検査・絨毛検査による出生前診断の相談まで、院内で続けて担当します。
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参考文献
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