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KDR(VEGFR2)遺伝子とは?血管新生を司る受容体の働き・関連疾患・治療標的を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

血管は、必要な場所へ必要なだけ伸びていく精密なネットワークです。その「伸ばす・止める」を最前線で受け取るアンテナが、KDR遺伝子(VEGFR2)がつくる受容体です。この1個の受容体は、赤ちゃんの心臓や血管をかたちづくる段階から、大人になってからのがんの成長、さらには肺の血管の病気まで、いくつもの場面に顔を出します。KDRは希少な病気の原因になることもあれば、多くの人が持つありふれた個人差(多型)として現れることもあり、その「意味の重さ」は場面によって大きく変わります。本記事では、KDR(VEGFR2)が血管新生の中心でどう働き、どんな病気とつながり、どのように治療の標的になっているのかを、遺伝専門医の視点からやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 血管新生・先天性心疾患・がん治療標的
臨床遺伝専門医監修

Q. KDR(VEGFR2)遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. KDRは「VEGFR2」という受容体の設計図で、血管の内側をおおう内皮細胞の表面で、血管を増やす合図(VEGF)を受け取るアンテナとして働きます。この合図を受け取ると、内皮細胞は増え、生き延び、移動して、新しい血管を伸ばします(血管新生)。生まれつきの機能を弱める稀な変化は、肺の血管の病気(肺動脈性肺高血圧症)や心臓の形の異常(ファロー四徴症)と関連します。一方でがんでは、腫瘍が自分に栄養を送る血管を引き込むためにこの仕組みを乗っ取っており、KDR(VEGFR2)はがん治療の重要な標的になっています。

  • 血管での役割 → 内皮細胞の増殖・生存・移動を促し、新しい血管を伸ばす中心的な受容体
  • 先天性心疾患との関係 → KDRの稀なタンパク質切断型変異がファロー四徴症と強く関連(遺伝的要因のひとつ)
  • 肺の血管の病気 → ヘテロ接合性の機能喪失変異が遺伝性肺動脈性肺高血圧症の遺伝的原因のひとつとして報告
  • がん治療標的 → VEGFR2を狙う抗体医薬(ラムシルマブ)が胃がん・肺がん・大腸がんなどで承認
  • 多型(SNP)の位置づけ → Q472H(rs1870377)などのありふれた個人差は、単独で発症を決めるものではない

🧬 KDR(VEGFR2)遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 KDR(Kinase Insert Domain Receptor)/別名 VEGFR2・CD309・(マウスでは Flk-1)
タンパク質 血管内皮増殖因子受容体2(VEGFR2)/1回膜貫通型の受容体チロシンキナーゼ
染色体上の位置 4番染色体長腕(4q12
主なはたらき 内皮細胞でVEGFを受け取り、血管新生・血管透過性・胎生期の血液/血管形成を制御する
主な発現部位 血管内皮細胞/リンパ管内皮細胞/胎生期の血液・血管前駆細胞/一部の神経・アストロサイト
生殖細胞系列変異と関連疾患 ヘテロ接合性の機能喪失変異=遺伝性肺動脈性肺高血圧症(PAH)/稀なタンパク質切断型変異=ファロー四徴症との強い関連
体細胞変異(がん) グリオーマ・血管肉腫などで報告。VEGFR2は治療標的として重要(下記本文参照)
よく見かける多型 Q472H(rs1870377)/rs2071559 など。いずれもありふれた個人差で、単独で発症予測には使えません
検査上の注意 病的変異(PAH・TOFの稀な変異)と、多くの人が持つ多型は意味がまったく異なります。区別した解釈が必要です

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. KDRとVEGFR2 ─ 血管を「伸ばす合図」を受け取るアンテナ

結論から言うと、KDRは血管の内側をおおう細胞のアンテナをつくる遺伝子で、その良し悪しは「血管を増やす合図をどれだけ正しく受け取れるか」に直結します。KDRという名前は Kinase Insert Domain Receptor(キナーゼ挿入ドメイン受容体)の頭文字で、つくられるタンパク質はVEGFR2(血管内皮増殖因子受容体2)と呼ばれます。KDRがコードするVEGFR2タンパク質は、マウスではFlk-1、細胞表面マーカーとしてはCD309とも呼ばれます。

VEGFR2は、血管をつくる合図であるVEGF(血管内皮増殖因子)を受け取る主役の受容体です。VEGFの受容体は3種類(VEGFR1・VEGFR2・VEGFR3)ありますが、内皮細胞を「増やす・生かす・動かす」という血管新生の中心的な働きを担っているのは、このVEGFR2です。似た名前のFLT4(VEGFR3)は主にリンパ管を、VEGFR1(FLT1)は合図の量を調整する役割を担っており、3つは分担しながら血管とリンパ管のネットワークを整えています。

この受容体は、受容体チロシンキナーゼ(RTK)という大きなグループに属します。RTKは「外から合図を受け取り、それを細胞の中の言葉に翻訳して伝える」タイプの受容体で、同じ仲間にはFGFR1やEGFRなど、がんでよく名前が挙がる受容体が数多く含まれます。KDRが4番染色体の長腕(4q12)にあることは、遺伝子検査で位置を確認するときの目印になりますが、患者さんご本人やご家族にとって大切なのは「どこにあるか」よりも「どう働くか」です。この受容体のスイッチが弱すぎても強すぎても、血管づくりのバランスが崩れて病気につながる、という点が、これから読み進めるうえでの土台になります。

💡 用語解説:血管新生(angiogenesis)とは

血管新生は、すでにある血管から新しい血管が枝分かれして伸びていく現象です。赤ちゃんの発生、傷の治り、月経周期などの正常な場面で必要な一方、がんは自分に酸素と栄養を届けるためにこの仕組みを乗っ取ります。VEGFR2は、この「伸ばす」合図を最前線で受け取る受容体です。だからこそ、血管を伸ばしたい病気(虚血)でも、血管を止めたい病気(がん)でも、治療のターゲットとして注目されています。

2. 受容体の構造 ─ 合図を「受ける外側」と「伝える内側」

結論として、VEGFR2は「外で合図を受け取る部分」と「内で合図を伝える部分」がひと続きになった1本のタンパク質で、この形が働きの正確さを支えています。受容体は細胞膜を1回だけ貫いており、大きく3つの領域に分かれます。

VEGFR2の構造とVEGF結合による二量体化・自己リン酸化の仕組み

第一が細胞外ドメインです。ここには免疫グロブリン(Ig)に似た7つの小さなかたまり(IgD1〜7)が並んでおり、VEGFなどの合図分子を受け止める「手」の役割をします。第二が細胞膜を1回だけ貫く膜貫通ドメインで、外側と内側をつなぐ橋のような部分です。第三が細胞内ドメインで、ここにキナーゼ(リン酸化酵素)の働きをもつ部分が収められています。このキナーゼ部分は2つのブロックに分かれ、そのあいだに「キナーゼ挿入ドメイン」が挟まっています。KDRという遺伝子名は、まさにこの構造上の特徴に由来しています。

合図の伝わり方はシンプルです。VEGFが外側のドメインに結合すると、2つのVEGFR2が寄り添ってペア(二量体)になり、互いの内側の部分にリン酸という目印をつけ合います(自己リン酸化)。この目印が、細胞の中でさまざまな合図の連鎖を呼び出すスイッチになります。この一連の流れのどこかが弱まれば血管はうまく伸びず、逆に勝手に入りっぱなしになれば血管が過剰につくられる——この単純な原理が、後半で扱う病気の理解の鍵になります。

3. シグナル伝達 ─ 1つの合図が複数の「作業班」を動かす

結論として、VEGFR2はスイッチが入ると複数の経路を同時に立ち上げ、「増える」「生き延びる」「動く」「すき間を広げる」といった作業を分業で進めます。1つの合図が枝分かれして別々の作業班を動かすからこそ、血管づくりという複雑な工事が滞りなく進みます。

主な経路 内皮細胞での主な働き
PLCγ → PKC → MAPK 細胞が増える(増殖)ための合図
PI3K → Akt 細胞が生き延びる(アポトーシスの抑制)
eNOS → NO 血管を広げ、血管のすき間(透過性)を調節する
Src → FAK 細胞が足場を組み替えて移動する(遊走)

これらの経路は独立して働くのではなく、周りの分子によって細かく調整されています。たとえばニューロピリン1(NRP1)という補助受容体はVEGFR2と協力して合図を強め、血流の勢い(ずり応力)そのものも受容体の性質を切り替えます[1]同じVEGFR2でも、置かれた環境によって「どの作業班をどれだけ動かすか」が変わるのです。この柔軟さは、正常な血管づくりでは強みになりますが、がんのように環境が異常な場所では、腫瘍に都合よく利用されてしまう弱点にもなります。

読者のみなさんにとって大切なのは、細かい経路名を覚えることではありません。「VEGFR2の合図をブロックすると、血管を増やす作業班がまとめて止まる」——この一点が、後で出てくるがん治療薬の考え方に直結します。1つの受容体を止めるだけで複数の作業をいっぺんに抑えられることが、VEGFR2が治療標的として選ばれる大きな理由です。

4. 可溶型sVEGFR2 ─ 血管を「拒む」ためのもう1つの顔

結論として、KDRからは膜に埋まった通常型だけでなく、細胞から離れて漂う「おとり」型(sVEGFR2)もつくられ、これが血管やリンパ管の伸びすぎを抑えるブレーキとして働きます。体は、血管を伸ばす仕組みと同じ数だけ、伸ばしすぎを止める仕組みも用意しているのです。

この可溶型は、遺伝子から情報を写し取るスプライシングバリアントという仕組みで生まれます。通常なら取り除かれるはずのイントロン13の一部が残ることで、途中で読み終わりの合図が生じ、膜に埋まる部分もキナーゼ部分も持たない、短い受容体ができあがります[2]。膜に固定されないため細胞から離れて漂い、合図分子VEGF-Cを捕まえて、本来の受容体(VEGFR3)に届く前に横取りします[3]。その結果、リンパ管が伸びるのを抑える「おとり」として働きます。

💡 用語解説:なぜ角膜には血管がないのか

目の角膜は、透明であるために血管もリンパ管も入り込ませないという特殊な組織です。この「血管を拒む」性質を支える分子のひとつが、この可溶型VEGFR2です。マウスの研究では、角膜でこの可溶型が失われると、本来ないはずのリンパ管が角膜に侵入してくることが示されました[2]。体が血管を「伸ばす」だけでなく「あえて拒む」仕組みまで精密に持っていることが、よく分かる例です。

このおとり型の存在は、患者さんやご家族にとっても示唆に富みます。同じ1つの遺伝子から、正反対の働きをもつタンパク質が状況に応じてつくり分けられているという事実は、「遺伝子=1つの働き」という単純なイメージが必ずしも当てはまらないことを教えてくれます。KDRの検査結果を読むときにも、どの型・どの部分の変化なのかによって意味が変わりうる、という視点が役に立ちます。

5. 発生における役割 ─ 血液と血管の発生を支えるVEGFR2

結論として、VEGFR2は発生のごく初期に、血管内皮系と造血系に関わる前駆細胞の形成・維持に重要な受容体です。発生初期には、血管内皮系と造血系は非常に近い前駆細胞集団から生じ、共通の前駆細胞(ヘマンジオブラスト/血管芽細胞)の概念も提唱されており、VEGFR2はその源の増殖と生存を支えています。この受容体が働かないと、胎児は血管も血液もうまくつくれず、発生を続けられません。

ここで重要になるのが、細胞の表面で働くVEGFR2と、細胞の核の中で働く転写因子との連携です。血液や心臓の発生では、GATA1GATA2GATA4といったGATAファミリーの転写因子と、その相棒であるZFPM(FOG)ファミリーが、どの細胞をどの方向に成熟させるかを決めています。表面のアンテナ(VEGFR2)が「増えて生き延びよ」という合図を送り、核の司令塔(GATA/ZFPM)が「赤血球になれ」「心臓の壁をつくれ」と細胞の運命を決める——この二段構えで、血管系と血液系がかたちづくられていきます。

💡 用語解説:GATA と ZFPM(FOG)

GATAは、DNAの決まった配列に結合して遺伝子のオン・オフを切り替える転写因子のグループです。単独では力を発揮しにくく、ZFPM(別名FOG)という相棒とペアを組んで初めて、赤血球づくりや心臓の壁づくりを正しく進められます。GATA4とZFPMの相棒関係がうまくいかないと、心臓の発生に影響が出ることが知られています。VEGFR2が支える「血管・血液の材料づくり」と、GATA/ZFPMが担う「材料の運命決め」は、正常な発生では切り離せない関係にあります。

この「表面のアンテナ」と「核の司令塔」の連携という視点は、次のセクションで扱う先天性心疾患を理解するうえでの下準備になります。ご家族に心臓の病気があって原因を調べているとき、1つの遺伝子だけでなく、連携する複数の遺伝子のネットワーク全体を見る必要があるのは、発生がこのようなチームプレーで進むからです。

6. 先天性心疾患 ─ ファロー四徴症とKDR

結論として、KDRの稀な変化、とくにタンパク質を途中で切ってしまう変異は、ファロー四徴症という代表的な先天性心疾患の遺伝的要因のひとつとして強く関連することが分かってきました。これは、心臓の壁や血管の形づくりに、内皮細胞のVEGFR2シグナルが深く関わっているためと考えられています。

ファロー四徴症(TOF)は、心臓から肺へ血液を送り出す部分の狭さなど、4つの特徴が組み合わさる、チアノーゼを起こす先天性心疾患です。その原因を調べた大規模な研究では、TOFの患者さんと、そうでない人とでKDRの変異の多さを比べたところ、タンパク質を途中で切ってしまうタイプの変異(PTV)がTOFの患者さんで際立って多く、統計学的にも非常に強い関連が示されました[4]。さらに、TOFの兄弟姉妹をもつ家系の解析や、変異を再現したマウス・細胞の実験でも、VEGFR2の働きが弱まることが心臓の形の異常につながりうると裏づけられています[4]

ここで、第5章で見た「表面のアンテナと核の司令塔の連携」が効いてきます。TOFの原因遺伝子としては、心臓の転写因子であるGATA4FLT4(VEGFR3)、NOTCH1などが以前から知られており、大規模なエクソーム解析では、KDRやZFPM1/FOG1を含む複数の遺伝子で変異の集まりが報告されています[5]。心臓の壁づくりを担う転写因子ネットワーク(GATA4とその相棒ZFPM/FOG)と、血管・心内膜側のVEGFR2シグナルが、いわば車の両輪として正常な心臓発生を支えている、という全体像が見えてきます。

⚠️ 誤解を避けるために

KDRの変異がTOFと関連するといっても、「KDRに変化があれば必ずTOFになる」わけではなく、「TOFの人は必ずKDRに変化がある」わけでもありません。TOFでは22q11.2欠失が重要な遺伝的原因のひとつであり、KDRもTOFの遺伝的要因のひとつとして強い関連が示されています。遺伝形式もひと通りではないと報告されています。お子さんやご家族の心疾患の原因を調べるときは、1つの遺伝子だけを見るのではなく、臨床遺伝専門医とともに全体像を整理することが大切です。

7. 肺動脈性肺高血圧症(PAH)とKDR

結論として、KDRのヘテロ接合性機能喪失変異は、遺伝性肺動脈性肺高血圧症(PAH)の遺伝的原因のひとつとして報告されており、特に低DLCOや肺実質異常を伴う表現型との関連が示されています。肺の血管を保つのにVEGFシグナルが必要であることを考えると、この関連は理にかなっています。

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、肺へ血液を送る肺動脈が徐々に狭く硬くなり、心臓に大きな負担がかかる、進行性で重い病気です。フランスの研究チームは、確立した原因遺伝子に変化が見つからないPAHの家系を調べ、KDRの片方のコピーの機能を失わせる変異が、2つの家系でPAHと一緒に受け継がれていることを示しました[6]。この報告では、KDR変異をもつPAHは、一酸化炭素の拡散能(DLCO)が低いという特徴や、肺の実質にも変化が見られる形をとることが指摘されています。別の大規模なゲノム解析でも、KDRの機能喪失変異がPAHおよびDLCOの低下・発症年齢の高さと強く関連することが独立に確認されました[7]

遺伝カウンセリングの観点で押さえておきたいのは、遺伝の仕方です。これらのKDR変異は片方のコピーに変化があるだけで関連する(ヘテロ接合性)一方で、変異をもっていても必ず発症するわけではない(浸透率が低い)という特徴が報告されています。実際、報告された家系でも、同じ変異をもちながら症状のないご家族が含まれていました[6]。これは、「変異が見つかった=発症が確定」ではないことを意味します。ご家族にPAHがあってKDR変異が見つかった場合でも、他のご家族が同じ変異をもつかどうか、そして今後どう経過を見ていくかは、一律には決められません。だからこそ、検査の前後で臨床遺伝専門医と一緒に「この結果が自分と家族にとって何を意味するか」を整理することが、見通しを持つための出発点になります。

8. がんと治療標的 ─ 血管を「引き込む」腫瘍を狙い撃つ

結論として、がんは自分に栄養を届ける血管を引き込むためにVEGFR2の仕組みを利用しており、この受容体をブロックする薬はすでに複数のがんで承認・使用されています。血管を伸ばす合図を止めることで、腫瘍を「兵糧攻め」にする、という発想です。

固形がんは、ある程度大きくなると、酸素と栄養を確保するために自分の周りに新しい血管を呼び込みます(腫瘍血管新生)。その中心にあるのがVEGF–VEGFR2の合図です。ここを断てば腫瘍の成長を抑えられる——この考えにもとづいて開発されたのが、VEGFR2を狙う分子標的治療です。

薬のタイプ VEGFR2との関わり
抗VEGFR2抗体
(ラムシルマブ)
VEGFR2の外側に結合し、合図分子が受容体につくのを直接ブロックする
マルチキナーゼ阻害薬
(ソラフェニブ等)
VEGFR2を含む複数のキナーゼの内側のスイッチをまとめて抑える

代表的な薬がラムシルマブです。これはVEGFR2の外側にぴたりと結合するヒト型のモノクローナル抗体で、VEGF-A・VEGF-C・VEGF-Dが受容体に結合して合図を送るのをブロックします[8]。米国では2014年に進行胃がん・胃食道接合部がんに対して承認されました[8]。その後、非小細胞肺がんや大腸がんなどにも適応が広がっています。実際の適応や併用療法はがん種・治療ラインによって異なります。このほか、VEGFR2を含む複数のキナーゼを同時に抑えるマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブ、スニチニブ、レンバチニブなど)も、腎がんや肝がん、甲状腺がんなどで広く使われています。

近年注目されているのが、VEGFR2阻害と免疫チェックポイント阻害薬との組み合わせです。腫瘍の血管を整えることで免疫細胞が腫瘍に入りやすくなり、免疫療法の効果が高まる可能性が研究されています。また、大腸がんでは、免疫を抑える働きをもつ制御性T細胞がVEGFR2を高く出していることも報告されており、VEGFR2が血管づくりだけでなく免疫の調整にも関わっている可能性が見えてきています。

興味深いことに、VEGFR2をブロックしたときの腫瘍細胞の反応も詳しく調べられています。グリオブラストーマ(膠芽腫)の細胞を用いた研究では、VEGFR2の働きを止めると、腫瘍細胞の中でミトコンドリアが増える方向の変化が起き、それが活性酸素の増加を通じて腫瘍細胞のアポトーシス(自然死)や増殖抑制につながることが示されました[9]。細胞の中のエネルギー工場の動きまで巻き込んで腫瘍を抑えている可能性があり、VEGFR2を標的にした治療の奥行きを示す知見です。ただし、これらは細胞や動物を用いた基礎研究の段階を含む知見であり、個々の患者さんの治療方針は、担当医が全身状態やがんの種類を踏まえて総合的に判断します。

9. 多型(SNP)をどう読むか ─ Q472H・rs1870377の位置づけ

結論として、KDRのQ472H(rs1870377)などの多型は、多くの人が持つありふれた個人差であり、この1つで将来の病気を予測したり治療を決めたりすることはできません。病的変異(PAHやTOFの稀な変異)とは、意味の重さがまったく異なります。

研究論文を検索すると、KDRの一塩基多型(SNP)としてQ472Hという表記やrs1870377という番号をよく目にします。この2つは同じ変化を別の呼び方で示したもので、472番目のグルタミン(Q)がヒスチジン(H)に置き換わる多型です。研究では、この多型がグリオーマ(脳腫瘍)のより攻撃的な性質と関連するという報告[10]や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症度に年齢・性別に依存した影響を及ぼすという報告[11]など、さまざまな場面で調べられてきました。ただし、これらはあくまで「集団として統計的にわずかな傾向がある」という報告であり、その多型を持つ個人の運命を決めるものではありません。

💡 消費者向け(DTC)遺伝子検査の結果を受け取った方へ

体質検査などでrs1870377やrs2071559の結果を見て不安になる方がいらっしゃいます。しかし、このようなありふれた多型ひとつで、将来の発症を予測したり治療方針を決めたりすることはできません。関連研究で報告されるのは「集団としてわずかに頻度が高い/低い」という統計的な傾向であって、個人の運命ではないからです。医療機関で行う診断目的の検査と、消費者向けの検査では、目的も精度の基準も異なります。両者の違いについてはDTC遺伝子検査と医療機関の遺伝子検査の違いで解説しています。

ここで最も大切なのは、「病的変異」と「多型」を混同しないことです。PAHやTOFで問題になるKDRの変異は、タンパク質の働きを大きく損なう稀な変化です。一方でQ472Hのような多型は、複数の集団で比較的よくみられる個人差です。同じKDRの「変化」でも、どのタイプの変化なのかによって臨床的な意味はまるで違います。検査結果に「KDRに変化あり」と書かれていても、それが病的変異なのか多型なのかで、次に考えるべきことは大きく変わります。この区別こそが、遺伝子検査の結果を正しく受け止めるための最初の一歩です。

10. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際

結論として、KDRという名称は、生殖細胞系列の遺伝学的検査と、がん領域でVEGFR2を治療標的として扱う文脈の両方に登場しますが、その意味は大きく異なります。遺伝性疾患の原因検索としてKDRを調べる場合と、VEGFR2を薬理学的な治療標的として扱う場合を区別することが重要です。

場面 調べる検体 解釈の要点
家族性PAH・先天性心疾患 血液(生殖細胞系列) 病的な機能喪失変異が対象。浸透率が低く、変異があっても発症しない場合がある。
がん領域でのVEGFR2標的治療 通常、KDR単独の遺伝子検査を前提としない VEGFR2は薬理学的な治療標的として重要。ただし、多くの承認適応ではKDR変異やVEGFR2発現そのものを必須のバイオマーカーとして薬剤を選択するわけではない。治療選択はがん種、病期、既治療、他のバイオマーカーなどを総合して行う。
体質検査(DTC)で多型が判明 唾液など Q472H等の多型は個人差。単独で発症予測や治療決定には使えない。

ご家族に肺高血圧症や先天性心疾患があり、KDRを含む遺伝学的検索を考えている場合、大切なのは「検査を受けるかどうか」だけでなく「結果が出たあと、それをどう受け止めるか」まで含めて事前に整理しておくことです。KDRの病的変異は浸透率が低いため、「変異が見つかっても発症するとは限らない」という結果になることがあります。この不確実さをどう扱うかは、ご本人やご家族の状況によって答えが変わります。当院では、こうした遺伝学的な情報の整理と意思決定の伴走を、臨床遺伝専門医が行っています。特定の検査を勧めることはせず、中立的な立場で、その方にとって必要な情報をお伝えすることを大切にしています。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、いくつかの異なる状況にいらっしゃると思います。ご家族に肺高血圧症や先天性心疾患があって原因を調べている方がんの治療でVEGFR2を標的とする薬の名前を目にした方、あるいは体質検査でKDRの多型の結果を受け取って戸惑っている方——それぞれで、次に確認するとよい観点は変わります。

先天性・遺伝性の病気を調べている方は、まず遺伝形式と、KDR変異に特徴的な「浸透率の低さ」を押さえておくと、結果を落ち着いて受け止められます。血縁者への影響が気になる方はPAHファロー四徴症の各解説を、多型の意味を知りたい方は一塩基多型(SNP)の考え方を、あわせてご覧ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. KDRとVEGFR2は違うものですか?

密接に対応していますが、厳密には同じものではありません。KDRは遺伝子名で、VEGFR2(vascular endothelial growth factor receptor 2)はKDR遺伝子がコードするタンパク質名です。CD309もVEGFR2タンパク質を指す名称で、マウスではFlk-1という名称が広く用いられます。論文や臨床の文脈ではKDRとVEGFR2がほぼ対応する名称として使われることがありますが、遺伝子とタンパク質を区別して理解すると正確です。

Q2. KDRに変異があると必ず病気になりますか?

必ずしもそうではありません。まず、KDRの「変化」には、タンパク質の働きを大きく損なう稀な病的変異と、多くの人が持つありふれた多型があり、意味がまったく異なります。さらに、肺動脈性肺高血圧症に関連する病的な機能喪失変異であっても浸透率が低く、変異をもっていても発症しないご家族が報告されています。したがって「変異が見つかった=発症が確定」ではありません。どのタイプの変化かを見きわめ、臨床情報とあわせて解釈することが大切です。

Q3. ファロー四徴症の子どもがいます。KDRを調べたほうがよいですか?

ファロー四徴症では22q11.2欠失が重要な遺伝的原因のひとつであり、臨床所見に応じて染色体異常を含む遺伝学的評価が検討されます。KDRはファロー四徴症と強く関連する遺伝子のひとつですが、原因は複数あり、KDR単独で説明できるとは限りません。お子さんやご家族の心疾患の背景をどこまで調べるかは、ご家族歴や合併所見によって変わりますので、臨床遺伝専門医と相談しながら検査計画を立てることをおすすめします。

Q4. 体質検査でrs1870377(Q472H)の結果が出ました。どう受け止めればよいですか?

rs1870377(Q472H)は、複数の集団で比較的よくみられる多型です。研究では脳腫瘍の性質や感染症の重症度との関連が調べられていますが、いずれも「集団としてわずかな統計的傾向がある」というレベルの報告で、個人の発症を予測するものではありません。したがって、この結果ひとつで将来の病気を心配したり、生活や治療の方針を決めたりする必要はありません。気になる点があれば、医療機関で行う診断目的の検査との違いも含めてご相談ください。

Q5. VEGFR2を標的とするがんの薬とは、どのようなものですか?

代表的なものに、VEGFR2の外側に結合して合図をブロックする抗体医薬(ラムシルマブ)があり、胃がんや非小細胞肺がん、大腸がんなどで化学療法と組み合わせて使われています。ほかに、VEGFR2を含む複数のキナーゼをまとめて抑えるマルチキナーゼ阻害薬(ソラフェニブ、スニチニブ、レンバチニブなど)もあります。いずれも腫瘍の血管新生を抑える発想の薬ですが、実際にどの薬を使うかは、がんの種類や全身状態をふまえて担当医が判断します。

Q6. KDR(VEGFR2)とFLT4(VEGFR3)は何が違うのですか?

どちらもVEGFの受容体ですが、主な担当が異なります。KDR(VEGFR2)は主に血管(血液を流す血管)の新生を担い、FLT4(VEGFR3)は主にリンパ管の発生・維持を担います。両者は協力しつつ役割分担しており、関連する病気も異なります。たとえばFLT4はリンパ浮腫やファロー四徴症との関連が知られ、KDRは肺動脈性肺高血圧症やファロー四徴症、そしてがん治療の標的として重要です。

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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  • [2] Alternatively spliced vascular endothelial growth factor receptor-2 is an essential endogenous inhibitor of lymphatic vessel growth. Nat Med. 2009. [PubMed 19668192]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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