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肺動脈の閉塞・狭窄はなぜ起こる?関わる遺伝子と血管が狭くなる仕組みをやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

「肺動脈が詰まる・狭くなる」と聞くと、多くの方は血のかたまり(血栓)が詰まる肺塞栓を思い浮かべます。しかし生まれつきの体質——つまり遺伝子の設計図のわずかな違いによって、肺動脈が育つ段階でうまく作られなかったり、生まれた後にじわじわ狭くなったりするタイプがあります。本記事では、RNF213・ELN・BMPR2・JAG1・PTPN11・TBX1・GDF1など、肺動脈の閉塞や狭窄に関わる主要な遺伝子を取り上げ、「なぜ血管が狭くなるのか」という分子レベルの仕組みを、患者さんご家族にも遺伝診療に関わる方にもわかるように臨床遺伝専門医が解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 肺動脈狭窄・閉塞/原因遺伝子
臨床遺伝専門医監修

Q. 肺動脈の閉塞・狭窄には遺伝子が関係するのですか?まず結論だけ知りたいです

A. はい。血栓が原因のものとは別に、生まれつきの遺伝子の違いが原因となる「先天性・遺伝性」の肺動脈狭窄・閉塞があります。これは1つの病気ではなく、複数の遺伝子が関わる不均一な疾患群です。原因の仕組みは大きく、①発生段階で血管がうまく作れない、②生まれた後に血管がじわじわ狭くなる、③血管の弾力(物理的な強さ)が失われる、の3つのタイプに整理できます。

  • 成人でも起こる → RNF213という日本人に多い遺伝子変異が、心臓の構造異常を伴わない成人の末梢性肺動脈狭窄の主因に
  • 弾力の喪失 → エラスチン(ELN)が足りないと、血流の力が血管の筋肉を直撃して内腔が狭くなる
  • 発生の設計図 → JAG1/NOTCH2・TBX1・GDF1の異常が、血管の壁づくりや左右の配置をくるわせる
  • 肺高血圧へ → BMPR2の異常では血管が極端に作りかわり、肺動脈性肺高血圧症を引き起こす
  • 弁の狭窄 → PTPN11(ヌーナン症候群)では肺動脈弁が厚く硬くなり、最も多い心臓合併症となる

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1. 肺動脈の閉塞・狭窄とは:1つの病気ではなく「遺伝子の物語の集まり」

肺動脈は、心臓から肺へ血液を送り、酸素を受け取るための大切な血管です。この血管が狭くなったり(狭窄)、つまったり(閉塞)、そもそも作られなかったり(閉鎖)すると、心臓に大きな負担がかかります。ここで大切なのは、「肺動脈閉塞・狭窄」は単一の病名ではないということです。生まれつきの構造の問題から、生まれた後に進行する血管の作りかえ、さらには血管の弾力をつくる材料の不足まで、まったく異なる生物学的なプロセスが、同じ「狭い・つまる」という結果を生み出しています。

なお、日常的に最も多い「肺動脈がつまる」原因は血のかたまりによる肺塞栓・血栓性の閉塞ですが、これは後天的に起こる別カテゴリーの病態です。本記事では、それとは異なる生まれつきの遺伝子・発生に由来するタイプに絞って解説します。近年の網羅的なゲノム解析により、こうした遺伝性・発生性の肺動脈病変の背後にある分子メカニズムが、次々と明らかになってきました。

原因は大きく3つのタイプに分けられます

① 発生段階の形成不全

胎児期に血管や心臓の出口がうまく作れず、生まれた時点ですでに狭い・つまっている・分かれていないタイプ。TBX1・GDF1などが関わります。

② 生後の進行性リモデリング

発生は終わった後の血管で、細胞同士の信号が乱れ、内側の細胞が死に、筋肉の細胞が増えすぎて内腔がじわじわふさがるタイプ。RNF213・BMPR2が代表です。

③ メカノバイオロジーの異常

血管の弾力をつくる材料(エラスチンなど)の不足や過剰により、物理的な力のバランスが崩れて狭くなるタイプ。ELNが代表です。

遺伝子変異による肺動脈壁の変化(断面の模式図) 正常 RNF213変異 ELN変異 BMPR2変異 広い内腔 なめらかな血管壁 内皮アポトーシス→内膜肥厚 狭い内腔 弾力喪失→コラーゲン蓄積で肥厚 プレキシフォーム病変→内腔閉塞

正常な肺動脈壁(左上)と比べ、RNF213変異は内皮細胞のアポトーシスとそれに続く内膜肥厚を、ELN変異は弾力の喪失とコラーゲン蓄積による肥厚を、BMPR2変異は糸球体様のプレキシフォーム病変による内腔閉塞を引き起こします。

2. RNF213遺伝子と成人の末梢性肺動脈狭窄

末梢性肺動脈狭窄は、これまで小児の先天性症候群(ファロー四徴症やウィリアムズ症候群など)に伴う子どもの病気と考えられてきました。ところが網羅的な遺伝子解析により、心臓の構造異常を伴わない「孤立性」の成人発症の末梢性肺動脈狭窄に、RNF213という遺伝子の特定の変化(p.Arg4810Lys)が深く関わっていることが分かってきました[1]

💡 用語解説:末梢性肺動脈狭窄(PPS)

肺の奥に向かって枝分かれしていく細い肺動脈(区域枝・亜区域枝)が、何か所も狭くなる病態です。心臓に近い太い部分ではなく、「末梢(まっしょう)=枝の先のほう」が多発性に狭くなるのが特徴で、進行すると右心室に強い負担がかかり、前毛細血管性の肺高血圧症を引き起こします。

このRNF213 p.Arg4810Lysは東アジアの人々に特異的な変異で、一般の日本人のおよそ0.8%が持っているとされます(報告により約1〜2%とするものもあります)[1]。健康な人にも一定の割合で存在する一方、孤立性の末梢性肺動脈狭窄の患者さんでは保有率が著しく高く、ある解析では患者の多くがこの変異を持ち、その大半がホモ接合体(両方のコピーに変異がある状態)であったと報告されています[2]

💡 用語解説:ホモ接合体とヘテロ接合体

遺伝子は父由来・母由来の2コピーがあります。ホモ接合体は両方のコピーに同じ変異がある状態、ヘテロ接合体は片方だけに変異がある状態です。RNF213では、ホモ接合体の方が血管病変が重くなりやすいことが知られています。

なぜ血管が狭くなるのか:分子の仕組み

RNF213がつくるタンパク質はミステリンと呼ばれ、ATPを分解する部分と、他のタンパク質に目印を付けるE3ユビキチンリガーゼという機能を併せ持っています。p.Arg4810Lysというミスセンス変異(アミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化)は、血管を新しく作る力(血管新生)を強く抑える性質を示します[4]。具体的には、セキュリンというタンパク質の発現低下を介して内皮細胞の血管新生能が下がること[3]、さらにカベオリン-1の全身的な減少が内皮細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導することが報告されています[4]

💡 用語解説:アポトーシスと「数珠状」病変

アポトーシスは、細胞がプログラムに従って自ら死ぬ仕組みです。血管の内側を覆う内皮細胞が失われると、それを埋め合わせようと血管平滑筋細胞が過剰に増え、内膜が厚くなって内腔が物理的に狭くなります。

この変異による狭窄は、血管造影で「数珠(じゅず)状」や屈曲した像を示し、動脈硬化でも炎症でもない線維筋性異形成(FMD)という血管病によく似た見た目になります。内弾性板が連続的に波打つのも特徴です。

RNF213は「もやもや病」(頭の中の主幹動脈が進行性に狭くなる病気)の感受性遺伝子としてよく知られていますが、もやもや病の有無にかかわらず、肺動脈・冠動脈などを含む全身性の血管障害を起こす独立した病態として捉えられるようになっています[4]。日本人に多い体質であるという点でも、知っておく価値の高い遺伝子です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「大人の肺動脈狭窄」を見逃さないために】

私は成人を診る臨床遺伝専門医であり、総合内科専門医でもあります。RNF213の話を最初にうかがうと「脳の病気でしょう?」と思われる方が多いのですが、文献を踏まえると、この変異は心臓に構造異常のない成人にも、原因不明とされてきた肺高血圧や末梢性肺動脈狭窄として表れることがあります。日本人に約0.8%という比較的高い頻度で存在する体質だからこそ、頭の片隅に置いておく意味があります。

「原因のわからない肺高血圧」と言われた方の背景に、こうした体質が隠れていることがあります。成人内科と遺伝の両方の視点から、画像所見だけでなく、ご本人やご家族の血管の既往にまで目を向けることが、診断の糸口になると考えています。

3. エラスチン(ELN)と血管の「弾力」:メカノバイオロジーの破綻

血管の弾力をつくる主役がエラスチンというタンパク質です。これをコードするELN遺伝子の変異や、7q11.23という染色体領域の微小欠失によって起こるウィリアムズ・ボイレン症候群は、大動脈弁上狭窄や末梢性肺動脈狭窄を引き起こす代表的な病気です。これらの動脈狭窄は、機能する遺伝子のコピーが1つしかない「ハプロ不全」という仕組みで起こります[5]

💡 用語解説:ハプロ不全(haploinsufficiency)

2つある遺伝子のコピーのうち片方が働かなくなり、残り1コピーから作られるタンパク質(約50%)だけでは正常な機能を保てない状態です。エラスチンのように「量がしっかり必要」なタンパク質では、半分では足りず病気になります。早期終止コドンを生むナンセンス変異などが、ナンセンス変異依存mRNA分解という仕組みを通じて機能的なエラスチンの不足を招きます。詳しくはハプロ不全の解説ページもご覧ください。

正常な動脈の中膜では、血管平滑筋細胞の層が、エラスチンでできた弾性板の間に規則正しく挟まれています。このエラスチンを含む組織は、血圧によって生じる強い力を吸収し、平滑筋細胞を過剰な負担から守る「応力遮蔽(おうりょくしゃへい)」の役割を果たしています[5]

💡 用語解説:応力遮蔽と「表現型スイッチ」

エラスチンが足りないと応力遮蔽が失われ、血流の力が平滑筋細胞を直接たたきます。すると細胞は、静かに収縮する「収縮型」から、さかんに増殖・移動する「合成型」へと性質を切り替えます。エラスチンを作り直せないこれらの細胞は、代わりにコラーゲンなどを大量に作って沈着させ、血管壁が厚くなって内腔が狭くなります。動脈硬化とはまったく別の仕組みです[5]

ウィリアムズ・ボイレン症候群の多くは染色体領域のまるごとの欠失で起こるため、後述するようにマイクロアレイ染色体検査(CMA)などで診断されます。エラスチン単独の遺伝子変異が原因の家族性の大動脈弁上狭窄もあり、これらは常染色体顕性(優性)遺伝の形をとります。

4. Notchシグナルとアラジール症候群(JAG1・NOTCH2)

発生のシグナル伝達の異常も、血管の根本的な弱さを生みます。常染色体顕性(優性)遺伝の多臓器疾患であるアラジール症候群は、その約94%がJAG1(Notchシグナルのリガンド)の変異、残りがNOTCH2(受容体)の変異に起因します[6]。NOTCH2型はアラジール症候群2型として知られます。肝臓の胆管減少症や特徴的な顔つきに加え、末梢性肺動脈狭窄は最も多い心血管病変として知られています[6]

💡 用語解説:神経堤細胞と「側方誘導」

神経堤細胞は、胚の初期に背側から全身へ遊走し、骨・軟骨・末梢神経・そして血管平滑筋など多彩な組織のもとになる細胞集団です。肺動脈や大動脈弓を含む心臓流出路の血管平滑筋は、主にこの神経堤細胞から作られます。

側方誘導とは、内皮細胞のリガンドが隣の未分化な細胞のNotch受容体を活性化し、血管平滑筋細胞へと育てていく仕組みです。分化した平滑筋自身もリガンドを増やして信号を次々と伝える自己増幅ループがあり、これが途切れると、血管の周囲に丈夫な多層の筋肉壁を作れなくなります。

この増幅ループが遮断されると、肺動脈の壁は構造的な弱さを抱えたまま発育し、血流の圧力に耐えきれずに内腔の低形成や多発性の狭窄として現れます。カテーテルや外科的な治療で右室・左室の圧の比が改善することは報告されていますが、組織そのものの弱さは残るため、慎重な経過観察が必要です[6]。原因遺伝子の同定には、アラジール症候群遺伝子検査(JAG1/NOTCH2)が用いられます。

5. BMPR2と肺動脈性肺高血圧症・TBX4と肺の発生

発生が終わった後の肺動脈で、進行性かつ極端な血管の作りかえが起こる代表が、肺動脈性肺高血圧症です。この重い病気では、肺血管の抵抗が著しく上がり、最終的に右心不全に至ります。TGF-βスーパーファミリーの受容体をコードするBMPR2遺伝子の機能喪失型変異が、遺伝性の約70%、特発性の約20%で見つかります[7]

肺動脈性肺高血圧症におけるBMPR2変異の検出率

タイプ別に見たBMPR2変異が見つかる割合

約70%
約20%

遺伝性(家族性)

特発性(孤発性)

正常では、この受容体を介した信号が、内皮細胞の生存を保ち、平滑筋細胞の増えすぎを抑えています[7]。機能喪失変異でこのバランスが崩れると、まず内皮細胞が深刻なアポトーシスを起こし、失われた内皮が隣の平滑筋細胞に強い増殖シグナルを送ります。さらに生き残った一部の内皮細胞は、内皮間葉移行(EndMT)という病的な変身を起こします。

💡 用語解説:内皮間葉移行(EndMT)とプレキシフォーム病変

内皮間葉移行(EndMT)は、血管の内側を覆う内皮細胞が、その性質を失って間葉系(線維芽細胞や平滑筋のような)細胞に変身する現象です。変身した細胞はサイトカインを出して炎症と細胞増殖をさらに加速させます。

プレキシフォーム病変とは、増えすぎた内皮様細胞・平滑筋細胞・基質が糸球体のように複雑に絡み合った構造体で、末梢の細い肺動脈を完全にふさいでしまう、肺動脈性肺高血圧症に特徴的な病変です。

変異を持つ平滑筋細胞は、本来ならアポトーシスを誘導するはずの信号に抵抗して無秩序に増え続けます。分子レベルでは、β-アレスチン2の増加とそれに伴うAKT・β-カテニン経路の活性化、さらに細胞内代謝の解糖系への切り替えが、この異常な生存と増殖を後押ししていることが示されています[7]。原因遺伝子の検索には、肺動脈性肺高血圧症NGS遺伝子検査が用いられます。

TBX4:肺の発生と血管網の破壊をつなぐ遺伝子

近年注目されているのが、T-box転写因子をコードするTBX4遺伝子です。この変異は小児期発症の肺高血圧症に加え、小膝蓋骨症候群(骨格の異常)や小児間質性肺疾患を同時に引き起こすという特異な表現型を示します[8]。TBX4は肺や下肢の発生における間葉系細胞の制御に重要で、機能が欠けると、肺胞の形成と血管新生がともに障害されます。動物モデルでは、肺胞の空洞が広がり機能的な血管が減る一方で、通常は平滑筋を持たないはずの胸膜下の細い動脈にまで異常な筋肉化が及ぶことが示されています[8]

+49.6%

平均直線性切片長(肺胞の空洞拡大)

-39.3%

機能的な血管(vWF陽性)の減少

+15.7%

右室収縮期圧の上昇

+16.3%

フルトン指数(右室肥大の指標)の上昇

TBX4機能不全の動物モデルで観察された変化。肺胞と血管の発育不全と肺高血圧の血行力学が同時に現れる[8]

6. 流出路と左右軸の発生異常:TBX1(22q11.2欠失)とGDF1

心臓の出口(円錐動脈幹)の根本的な形成不全は、肺動脈閉鎖症やファロー四徴症といった重い先天性心疾患の直接の原因になります。これらは22q11.2欠失症候群(ディジョージ症候群)に高頻度で見られます。この欠失領域には多くの遺伝子が含まれますが、流出路の発達において中心的な役割を担うのがTBX1で、そのハプロ不全が先天性心疾患の主因となります[9]

💡 用語解説:二次心臓領域と円錐動脈幹

二次心臓領域(SHF)は、心臓の出口を伸ばし作るための前駆細胞の供給源です。TBX1はこの領域で働き、流出路へ向かう細胞の増殖を支えます。円錐動脈幹は、やがて大動脈と肺動脈幹に分かれる部分で、ここを左右に仕切る「大動脈・肺動脈中隔」がうまく作られないと、肺動脈が右心室から独立して作られない(肺動脈閉鎖)、あるいは大動脈の騎乗を伴う(ファロー四徴症)といった構造異常が決まってしまいます[9]

TBX1からの細胞供給が滞ると、心臓管の伸びが不十分になり、さらに中隔の形成には心臓神経堤細胞と二次心臓領域由来の細胞との精密な協調が必要です。これが乱れることで、致命的な解剖学的異常が生じます[9]。こうした円錐動脈幹奇形は、先天性心疾患遺伝子パネル検査での評価対象となります。

GDF1:からだの「左右」を決める信号の異常

より早い発生段階の異常も、重い肺動脈病変の原因になります。胚の初期に、心臓を含む内臓が正しい左右の位置につくためには、左右軸の正確な確立が欠かせません。この崩れは、肺動脈閉鎖症・大血管転位症・右心房異性といった重い円錐動脈幹奇形に直結します[11]

💡 用語解説:Nodalの共リガンドとしてのGDF1

GDF1はTGF-βスーパーファミリーに属する分泌タンパク質です。単独では強い信号を出さず、左右を決めるもう一つの重要な分子「Nodal」とヘテロ二量体(ペア)を組むことで、Nodalの活性を高め、より遠くまで安定して信号を届けます[12]。ヒトでGDF1のヘテロ接合性の機能喪失変異が起こると、この左右決定の信号が弱まり、心臓のねじれや血管の作りかえを導く指示が不足して、複雑な心奇形が広く生じます[11]

こうした左右の決まり方の異常(内臓錯位)は、内臓錯位症・完全内臓逆位 遺伝子検査での評価対象となります。なお、これらの心奇形の多くは新生突然変異(de novo変異)、つまり両親にはなく子どもで初めて生じる変異によって起こることが少なくありません。

7. 肺動脈弁狭窄とRAS/MAPK経路(PTPN11・ヌーナン症候群)

細胞内の信号経路の恒常的な過剰活性化も、心臓弁の形成に深刻な影響を与えます。RAS/MAPKシグナル経路の生殖細胞系列変異で起こる疾患群はRASopathiesと総称され、代表であるヌーナン症候群では患者の半数以上が先天性心疾患を合併し、その中で最も多く特徴的なのが肺動脈弁狭窄です[10]。最も頻度が高い原因は、チロシンホスファターゼSHP-2をコードするPTPN11遺伝子機能獲得型変異です[10]

💡 用語解説:機能獲得型変異(Gain-of-Function)

遺伝子の変化によって、タンパク質の働きが「失われる」のではなく、逆に過剰になったり、スイッチがオンに固定されたりするタイプの変異です。PTPN11では、この機能獲得によってRAS/MAPK経路が過剰に活性化し、弁の形成プロセスを乱します。多くは常染色体顕性(優性)遺伝の形をとります。

正常な肺動脈弁の形成は、胚発生期の精密な内皮間葉移行(EndMT)に依存し、心内膜の細胞が弁の基質となる弁間質細胞へと育ちます。ところが機能獲得型変異を持つ細胞では、この移行に異常が生じ、特に「線維性」の弁間質細胞へと偏った分化が進みます[10]。これらの細胞はTGF-β刺激に過敏になり、コラーゲンやプロテオグリカンといった細胞外マトリックスを過剰に作るため、弁が著しく厚く硬くなって血流の妨げとなります[10]。原因遺伝子の検索には、Noonan・RASopathies遺伝子パネル検査が用いられます。

8. 遺伝学的診断との接続:出生前と出生後で分けて理解する

原因遺伝子を調べる方法は、「出生前」と「出生後」で大きく異なります。両者は目的も技術も違うため、明確に分けて理解することが大切です。

🤰 出生前の検査

非侵襲的スクリーニング:NIPTインペリアルプランでは154遺伝子218疾患を網羅)。超音波で心構造異常が疑われた場合の検討材料になります。

確定検査:絨毛検査・羊水検査+ターゲット遺伝子解析。羊水+CMAでは、Gバンド法では検出できない微小欠失(ウィリアムズや22q11.2など)を確定できます(学会指針では原則として超音波での構造異常がある場合などが対象です)。

👶 出生後の検査

遺伝子パネル検査:病態に応じて肺動脈性肺高血圧症パネル先天性心疾患パネルNoonan・RASopathiesパネルなどを選びます。

染色体の評価:ウィリアムズや22q11.2欠失のような微小欠失はマイクロアレイ染色体検査(CMA)で確定診断します(Gバンド法では検出困難です)。

当院のNIPTでは、互助会(8,000円)により、陽性時の羊水検査費用が全額補助されます。また、RAS病や円錐動脈幹奇形の多くは新生突然変異(de novo変異)で生じるため、家族歴がない症例が大半を占めます。一方で、アラジール症候群やヌーナン症候群のように常染色体顕性(優性)遺伝の形をとるものでは、患者さんご本人のお子さんへ理論上50%の確率で受け継がれる可能性があります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「わかること」が、いつも「安心」とは限らない】

出生前診断と遺伝カウンセリングを専門とする立場として、私が大切にしているのは「非指示的」という姿勢です。ここで取り上げた疾患群は、同じ遺伝子変異でも症状の出方が人によって大きく異なり、軽い方から重い方まで幅があります。だからこそ、検査結果が出ても、それが将来を断定するものではないことを、ていねいにお伝えします。

「見つけること」が、必ずしも「安心」につながるとは限りません。私たちは情報を提供する立場であり、どう受け止め、どう選ぶかはご家族のものです。年齢や統計だけで判断せず、医学的な根拠と心理的な支えの両面から、ご家族が後悔の少ない選択にたどりつけるよう伴走したいと考えています。

9. よくある誤解

誤解①「肺動脈がつまる=血のかたまりだけ」

確かに血栓(肺塞栓)は最も多い原因の一つですが、生まれつきの遺伝子・発生の問題による狭窄・閉塞も存在します。本記事はこの後者を扱っています。原因のタイプによって、考え方も検査も大きく異なります。

誤解②「原因遺伝子がわかれば必ず治せる」

遺伝子の同定は、病態の理解や個別化された管理にとても役立ちます。ただし、それがただちに根本治療につながるとは限りません。現時点では明確な根治法が確立していない病態も多く、正確な情報に基づく管理が中心となります。

誤解③「ひとつの遺伝子の病気」

肺動脈の狭窄・閉塞は、RNF213・ELN・JAG1・NOTCH2・BMPR2・TBX4・TBX1・PTPN11・GDF1など多数の遺伝子が関わる不均一な疾患群です。「同じ見た目でも原因はさまざま」という点が、診断と管理の出発点になります。

誤解④「出生前にわかれば安心できる」

これらの病態は症状の幅が広く、不完全浸透のものもあります。見つけること自体が常に利益になるとは限りません。検査を受けるかどうかは、遺伝カウンセリングを通じてご家族が中立的に判断していくことが大切です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 末梢性肺動脈狭窄は子どもだけの病気ですか?

いいえ。確かに、ファロー四徴症やウィリアムズ症候群に伴う小児の病気として知られてきましたが、近年は心臓の構造異常を伴わない成人発症の孤立性末梢性肺動脈狭窄が注目されています。日本人に多いRNF213 p.Arg4810Lysが、その主要な遺伝的要因として同定されています。

Q2. RNF213の変異を持っていると、必ず肺動脈が狭くなりますか?

いいえ。RNF213 p.Arg4810Lysは一般の日本人のおよそ0.8%(報告により約1〜2%)が持つ体質で、その多くは血管の症状を発症しません。一般にホモ接合体(両方のコピーに変異)の方が病変が重くなりやすいことが知られていますが、持っているだけで必ず発症するわけではありません。詳しくは遺伝カウンセリングでご相談ください。

Q3. アラジール症候群とウィリアムズ症候群はどう違うのですか?

どちらも末梢性肺動脈狭窄を起こしますが、仕組みが異なります。アラジール症候群はJAG1/NOTCH2の変異によるNotchシグナルの異常で、血管平滑筋の分化がうまくいきません。ウィリアムズ症候群はエラスチン(ELN)を含む7q11.23の微小欠失によるハプロ不全で、血管の弾力が失われます。原因経路が違うため、診断方法も異なります。

Q4. 肺動脈性肺高血圧症は遺伝するのですか?

一部は遺伝します。遺伝性(家族性)肺動脈性肺高血圧症の約70%、特発性の約20%でBMPR2遺伝子の変異が見つかります。BMPR2は常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、変異があっても発症しない方がいる「不完全浸透」が知られています。家族歴がある場合や若年発症の場合は、遺伝カウンセリングと遺伝子検査が選択肢になります。

Q5. 肺動脈閉鎖症やファロー四徴症は出生前にわかりますか?

これらの円錐動脈幹奇形は、胎児超音波で構造異常として疑われることがあります。22q11.2欠失症候群などが背景にある場合、原因の精査としてNIPTや、羊水検査・絨毛検査+染色体マイクロアレイ(CMA)が検討されます。ただし検査の適否は個別の状況によりますので、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q6. ヌーナン症候群の肺動脈弁狭窄は、ふつうの弁狭窄と何が違うのですか?

ヌーナン症候群の肺動脈弁狭窄は、RAS/MAPK経路(多くはPTPN11の機能獲得型変異)の過剰活性化により、弁を作る細胞が細胞外マトリックスを過剰に産生し、弁が厚く硬くなる(異形成弁)のが特徴です。このため、通常のバルーン拡張術が効きにくい場合があります。原因遺伝子の同定は、治療方針や合併症の予測、ご家族の再発リスク評価に役立ちます。

Q7. どの遺伝子検査を受ければよいか分かりません。

症状や疑われる病態によって最適な検査は異なります。肺高血圧が中心なら肺動脈性肺高血圧症パネル、心臓の構造異常なら先天性心疾患パネル、ヌーナン症候群が疑われればNoonan・RASopathiesパネルが候補です。まず臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、状況を整理することをおすすめします。

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参考文献

  • [1] The results of genetic analysis and clinical outcomes after stent deployment in adult patients with isolated peripheral pulmonary artery stenosis. European Respiratory Journal. 2023. [ERJ]
  • [2] Nonsyndromic Peripheral Pulmonary Artery Stenosis Is Associated With Homozygosity of RNF213 p.Arg4810Lys Regardless of Co-occurrence of Moyamoya Disease. Chest / PubMed. [PubMed 28962888]
  • [3] Downregulation of Securin by the variant RNF213 R4810K reduces angiogenic activity of iPSC-derived vascular endothelial cells from moyamoya patients. Biochem Biophys Res Commun. 2013. [DOI]
  • [4] RNF213-Associated Vascular Disease: A Concept Unifying Various Vasculopathies. Life (Basel). 2022. [PMC9032981]
  • [5] Elastin, arterial mechanics, and stenosis. PMC. [PMC9037699]
  • [6] Pulmonary artery pathologies in Alagille syndrome: a meta-analysis. PMC. [PMC9421510]
  • [7] New mutations and Pathogenesis of Pulmonary Hypertension (BMPR2). PMC. [PMC9897592]
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  • [9] Tbx1, subpulmonary myocardium and conotruncal congenital heart defects. PubMed. [PubMed 21591244]
  • [10] Dysregulated TGFβ-ERK Signaling Drives Aberrant Extracellular Matrix Production in Noonan Syndrome-Associated Pulmonary Valve Stenosis. PubMed. [PubMed 41648231]
  • [11] Loss-of-Function Mutations in Growth Differentiation Factor-1 (GDF1) Are Associated with Congenital Heart Defects in Humans. PMC. [PMC2265655]
  • [12] Long-range action of Nodal requires interaction with GDF1. PubMed. [PubMed 18079174]

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遺伝子PTPN11遺伝子SHP2タンパク質をコードし、ヌーナン症候群と肺動脈弁狭窄に関わる遺伝子を解説。遺伝子JAG1遺伝子NotchシグナルのリガンドJAG1とアラジール症候群の関わりを解説。疾患アラジール症候群2型(ALGS2)NOTCH2の変化で起こるアラジール症候群2型の症状・診断・治療を解説。疾患22q11.2欠失症候群(ディジョージ症候群)TBX1のハプロ不全と円錐動脈幹奇形(ファロー四徴・肺動脈閉鎖)を解説。検査肺動脈性肺高血圧症NGS遺伝子検査BMPR2・TBX4など肺高血圧症の原因遺伝子を網羅的に解析するNGS検査。検査Noonan・RASopathies遺伝子パネル検査PTPN11などRAS/MAPK経路の遺伝子を解析し肺動脈弁狭窄の原因を調べます。

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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