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クローン性造血(CHIP)とは?加齢に伴う血液細胞の変異と、がん・心臓病・腎臓病との深い関係

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

健康診断やがんの検査で「クローン性造血(CHIP)」という言葉を聞いて、不安を抱えていませんか。CHIPは、加齢とともにほとんどの人の体に起こりうる、ありふれた血液細胞の変化です。その多くは生涯なにも起こしませんが、近年の研究によって、白血病の「前段階」であるだけでなく、心臓病・腎臓病・糖尿病といった全身の病気とも深く関わっていることがわかってきました。本記事では、その仕組みから最新の研究までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 クローン性造血・加齢・慢性炎症
臨床遺伝専門医監修

Q. クローン性造血(CHIP)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. CHIPは、加齢に伴って血液をつくる細胞(造血幹細胞)に体細胞変異が生じ、特定の遺伝子変異を持つ細胞の集団(クローン)が増えた状態です。白血病などの病気はまだなく、血球減少もありません。多くは無症状ですが、血液腫瘍のリスクがわずかに上がるほか、心臓病・腎臓病・糖尿病など全身の慢性炎症性疾患とも関わります。後天的な体細胞変異なので、子どもには遺伝しません。

  • 定義 → 白血病に関連する遺伝子の体細胞変異を持つ血液細胞が、変異アレル頻度(VAF)2%以上で増えた状態
  • どのくらいある → 加齢で急増。70代で約1割、90歳以上で約2割(80歳以上では2〜4割という報告も)
  • 主な遺伝子 → DNMT3A・TET2・ASXL1・JAK2など。約8割がエピジェネティクス・DNA修復・スプライシング関連
  • 血液以外への影響 → 心筋梗塞・心不全のリスクが約2倍。腎臓病・糖尿病・痛風とも関連(インフラメイジング)
  • 遺伝するの? → 体細胞変異なので子孫には遺伝しません。いわゆる「がん家系」とは別の話です

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1. クローン性造血(CHIP)とは?加齢が血液細胞に刻む変化

私たちの血液は、骨髄にいる「造血幹細胞」という大もとの細胞から、毎日休みなくつくられています。長い人生のあいだに、この造血幹細胞はたくさんの細胞分裂を繰り返し、その過程で少しずつ後天的な遺伝子の変化(体細胞変異)をためていきます。その大半は、血液をつくる働きに影響しない「ただの傷」です。ところが、ごく一部の変異が細胞に「増えやすさ」という生き残りの優位性を与えると、その変異を持つ細胞だけが選ばれて増え、同じ遺伝子の傷を共有する細胞集団(クローン)ができあがります。これがクローン性造血の正体です[2]

このうち、明らかな血液のがんもなく、血球減少(貧血など)も、血液細胞の形の異常(異形成)もないのに、白血病に関連するドライバー遺伝子の体細胞変異がはっきりと検出される状態を、「意義不明のクローン性造血(Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential:CHIP)」と呼びます。この用語は2015年にSteensmaらによって正式に提唱されました[1]。「意義不明(Indeterminate Potential)」という言葉には、「将来どうなるか定まっていない=多くは何も起こらないが、一部で病気につながる」という意味が込められています。

💡 用語解説:VAF(変異アレル頻度)と「2%」という線引き

VAF(Variant Allele Frequency)とは、調べたDNAのうち「変異を持つ割合」のことです。たとえばVAF 2%なら、おおよそ血液細胞の数%がそのクローンに置き換わっているイメージです。CHIPの診断には、世界保健機関(WHO)や国際コンセンサス分類(ICC)でVAFが2%以上であることが求められます。これは検査機器が安定して検出できる下限であると同時に、将来予測に役立つ実用的な目安として設定された数字です。より高精度の解析では、50〜60歳の健康な人のほぼ全員に、ごく微小なクローン(VAF 0.03%程度)が見つかることもわかっています[2]。VAFの読み方はカバレッジ・デプスとVAFの解説もあわせてご覧ください。

CHIPは、多発性骨髄腫の前段階である「MGUS(意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症)」や、慢性リンパ性白血病の前段階である「MBL(単クローン性B細胞リンパ球増加症)」と同じく、病気の手前にある“前駆状態”として位置づけられます。多くの方にとっては、加齢とともに白髪が増えるのと同じくらい自然な現象であり、ただちに治療が必要なものではありません。一方で、急性骨髄性白血病(AML)などへ進む人がごくわずかながら存在するため[11]、どんな人を注意深く見守るべきかを見極めることが、現代医療の大切なテーマになっています。

2. どのくらいの人にあるの?加齢とともに増える有病率

CHIPは決して珍しいものではありません。むしろ高齢になるほど、ごく当たり前にみられる生物学的な現象です。大規模なゲノム解析によると、年齢が上がるにつれて有病率は劇的に上昇します。70代から急に増えはじめ、90歳以上ではおよそ5人に1人に達するというデータがあります[2]。なお、検査の感度やコホート(調べた集団)によって数字には幅があり、別の報告では80歳以上の20〜40%にみられるとされています。下のグラフは、年齢層ごとの検出率の一例です。

年齢層別にみるクローン性造血の有病率

大規模ゲノム解析にもとづく各年齢層でのCHIP変異の検出率の一例

0.1%
9.6%
11.7%
18.4%

40歳未満

70〜79歳

80〜89歳

90歳以上

40歳未満ではきわめてまれですが、70代以降で急激に有病率が上がり、90歳以上では約2割に達します。この加齢依存的なクローン拡大が、さまざまな加齢関連疾患の土台になっています。

この強い「年齢依存性」は、ほかの血液がんの前駆状態とも共通する特徴です。だからこそ、高齢の方の原因不明の貧血や、全身の慢性炎症を評価するときには、その背景にCHIPが隠れていないかを意識することが大切になってきています[2]

3. なぜ起こるのか?体細胞変異・クローン拡大・NGSで見つかる仕組み

ここで多くの方が最初に気にされるのが、「これは生まれつきのものなの? 子どもに遺伝するの?」という点です。結論から言うと、CHIPの変異は後天的な体細胞変異であり、子孫に遺伝することはありません。精子や卵子に由来する「生殖細胞系列変異」とは、まったく別のレイヤーの話です。この違いはとても大切なので、別ページの体細胞変異と生殖細胞系列変異のちがいでも詳しく解説しています。

💡 用語解説:ドライバー変異とパッセンジャー変異

細胞にたまる体細胞変異の大半は、増殖に関係しない「ただの同乗者(パッセンジャー変異)」です。一方、細胞に増殖の優位性を与え、クローン拡大を実際に「運転している」ごく少数の変異をドライバー変異と呼びます。CHIPで見つかるのは、まさにこのドライバー変異です。変異の種類については遺伝子変異の全体像もご参照ください。

では、なぜ近年になってCHIPが急に注目されるようになったのでしょうか。それは、次世代シーケンサー(NGS)という、たくさんの遺伝子を一度に深く読む技術が普及したからです。健康な人の血液を深く読むと、これまで白血病の患者さんでしか見つからなかったような変異が、ごく低い割合で検出されるようになりました。とくに、ある領域を何度も繰り返し読む「ディープシーケンス」によって、シーケンス深度を上げることで、ごく小さなクローンまで見えるようになったのです。CHIPは「新しく生まれた病気」ではなく、「技術の進歩によって見えるようになった、もともと存在した現象」だといえます。

4. CHIPを引き起こす主な遺伝子と分子メカニズム

CHIPで見つかる体細胞変異の約8割は、特定のグループに集中しています。具体的には、遺伝子のオン・オフを調整するエピジェネティクスの制御因子(DNMT3A・TET2・ASXL1)、DNA損傷修復にかかわる遺伝子(TP53・PPM1D)、シグナル伝達を担うチロシンキナーゼ(JAK2)、そしてmRNAのスプライシングを担う因子(SF3B1・SRSF2・U2AF1)です[2]。これらの変異は造血幹細胞を増えやすくするだけでなく、そこから生まれる免疫細胞(単球・マクロファージ・T細胞など)の性質まで変え、全身に静かな炎症の火種をまくことがわかってきました。

最も多いのはDNMT3A(約58.5%)

DNMT3Aは、CHIPで最も高頻度に変異がみられる遺伝子で、全体の約58.5%を占めます[2]。DNMT3Aは、DNAのCpG部位メチル化という目印をつける酵素です。CHIPで見られる変異の多くは、この酵素の働きを失わせるミスセンス変異ナンセンス変異などの「機能喪失型」です。働きが失われると、本来は分化(成熟)へ進むべき幹細胞が、自分のコピーを増やし続けるようになります。さらに、IL-1βやIL-6、IL-8といった炎症性物質の産生を高め、後述するNLRP3インフラマソームを活性化させるなど、強い炎症性の体質を全身に広げます。

2番目に多いTET2(約20%)― 正反対なのに結果は同じ

TET2は、CHIPの原因としてDNMT3Aに次いで多く、全体の約20%を占めます[2]。おもしろいことに、DNMT3Aがメチル基を「付ける」のに対し、TET2はメチル基を「外す(脱メチル化する)」、生化学的にはまったく逆の働きをする酵素です。それにもかかわらず、TET2の機能が失われても、やはり幹細胞は増えやすくなり、骨髄系の細胞へ偏って分化するようになります。このように、正反対の遺伝子の異常が、最終的には同じような結果(収束した表現型)に行き着くのがCHIPの不思議なところです。正常なTET2はマクロファージの炎症に「ブレーキ」をかけていますが、その機能が失われるとブレーキが外れ、IL-1β・IL-6・IL-8の過剰な分泌が続きます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【がんの検査で「予想外の変異」が見つかるとき】

私はがん薬物療法専門医として、がん遺伝子パネル検査やリキッドバイオプシーの結果を読む機会が数多くあります。そこで時々出会うのが、腫瘍そのものとは関係のない、DNMT3AやTET2といった「クローン性造血由来の変異」です。これを腫瘍の変異と取り違えると、治療方針を誤りかねません。だからこそ、血液という“正常組織”の中にも、加齢で生じた小さなクローンが潜んでいるという視点が欠かせません。

患者さんに結果をお伝えするときは、「これは生まれつきのものでも、いま治療が必要な白血病でもありません」と、まず安心していただくことから始めます。意味づけのていねいな説明こそが、過剰な不安や不要な検査を防ぐ第一歩だと、日々の診療で実感しています。

ASXL1と喫煙、JAK2と血栓

ASXL1は、染色体の構造(クロマチン)を整える因子です。CHIPで見られるASXL1変異の特徴は、喫煙という環境ストレスが選択圧として強く働く点にあります。タバコ煙による慢性的な肺の炎症があると、正常な細胞ではなく、ASXL1変異を持つクローンだけが特異的に増えやすくなることが、動物モデルで示されています。この背景には、炎症を引き起こすNF-κB経路や、低酸素応答にかかわるHIF-1αの異常な活性化が関わっています。一方、JAK2変異はCHIPの約3.2%にみられ[2]、血小板の過剰な活性化を通じて、血栓症(静脈や動脈の血のかたまり)のリスクを高めることが知られています。JAK2変異は、機能獲得型変異として働く点が、機能喪失型のDNMT3A・TET2と対照的です。

💡 用語解説:NLRP3インフラマソーム

NLRP3インフラマソームとは、細胞内にある「危険センサー&炎症スイッチ」のような巨大なタンパク質複合体です。危険信号を感知すると組み立てられ、酵素カスパーゼ1を活性化して、IL-1βとIL-18という強力な炎症性物質を成熟・放出させます。CHIPでは、DNMT3AやTET2の異常により、このスイッチが必要以上に入りやすくなります。生化学的な入り口は遺伝子ごとに違っても、最終的に多くがこのNLRP3の慢性的な活性化に行き着くのが、CHIPの炎症の核心です。仕組みの詳細はインフラマソーム/NLRP3の解説をご覧ください。

5. 治療関連クローン性造血(t-CH)とカーディオオンコロジー

CHIPは一般の高齢者でみられる加齢現象ですが、がん治療を受けた方では、これと少し違うタイプのクローン性造血が問題になります。それが「治療関連クローン性造血(therapy-related CH:t-CH)」です。抗がん剤(化学療法)や放射線治療は、造血幹細胞にとって非常に強いストレスとなり、いわば「ふるい(ボトルネック)」のように働きます[12]。このとき、ふつうの幹細胞が傷ついて減る一方で、DNA損傷応答(DDR)にかかわる遺伝子(TP53・PPM1D・CHEK2など)に変異を持つクローンだけが生き残って増えやすくなります。過去の放射線治療やプラチナ系抗がん剤、トポイソメラーゼII阻害薬の使用歴が、これらの変異と強く関連することが大規模解析で示されています。

なかでも注目されるのがPPM1D遺伝子の機能獲得型変異です。正常なPPM1Dは、DNA損傷への反応にブレーキをかける調整役ですが、t-CHに伴う変異ではこの働きが過剰になり続け、DNAの傷が修復されずに蓄積し、活性酸素(ROS)が大量に発生します[4]。この変異を持つマクロファージは強い炎症性に変わり、NLRP3インフラマソームを介してIL-1βとIL-18を盛んに放出します。動物実験では、こうした変異細胞ががん治療に伴う非虚血性の心不全(心毒性)を直接引き起こすことが示され、さらにNLRP3を阻害する薬剤(MCC950)を投与すると、その病的な心臓のリモデリングが回復しました[4]。これは、がんサバイバーの長期的な心臓イベントを、腫瘍循環器学(カーディオオンコロジー)という新しい視点でとらえ直す、重要な発見です。

6. 血液のがんだけじゃない:全身の病気とのつながり

CHIPがもたらした最大の発見は、血液の病気という枠を越えて、CHIPが加齢に伴うさまざまな慢性疾患の「独立した原因」になりうる、ということでした。この「炎症性の老化」をインフラメイジング(Inflammaging)と呼びます。下の図は、骨髄で生じた変異が、変異マクロファージとNLRP3を介して全身の臓器に炎症を広げていく流れを表したものです。

CHIPが全身の炎症を広げる流れ ① 造血幹細胞の 体細胞変異 DNMT3A / TET2 など ② クローンが 増えていく 変異マクロファージへ ③ NLRP3を 過剰に活性化 インフラマソーム ④ IL-1β・IL-18が 全身に慢性炎症 動脈硬化 心不全・腎障害 骨髄の小さな変異が、血流に乗って全身の臓器の慢性炎症(インフラメイジング)につながる

動脈硬化・心臓病(リスク約2倍)

CHIPは急性骨髄性白血病などの血液腫瘍リスクを約13倍に高めますが、血液腫瘍そのものが希少なため、絶対的な年間発症リスクは0.5〜1%程度にとどまります[11]。むしろ数として大きな影響を持つのが心血管疾患です。CHIPは、高血圧・脂質異常症・喫煙・糖尿病といった従来のリスク因子とは完全に独立して、冠動脈疾患や心筋梗塞のリスクを約2倍に高めることが示されています[2]。変異マクロファージが血管壁に入り込み、NLRP3を介してIL-1βやIL-18を過剰に分泌すると、動脈硬化のプラークが大きく不安定になり、血栓ができやすくなります。同じ仕組みは心筋の線維化も進め、心不全の悪化にもつながります。

慢性腎臓病(CKD)・2型糖尿病・痛風

CHIPによる全身の微小な炎症は、毛細血管が密に張りめぐらされた腎臓にもダメージを与えます。CHIPを持つ方は、もともとの腎機能(eGFR)が低い傾向にあり、急性腎障害のリスク増加や、慢性腎臓病(CKD)の進行加速と強く関連します[6]。VAF 2%を超えるCHIP変異は、進行したCKD患者さんの約25%という高い頻度で検出されます。ある研究では、年齢と性別を調整した後でも、腎不全のリスクを予測するスコア(5年KFRE)が、CHIP群で29.1±4.4、非CHIP群で19.9±1.8と有意に高いことが示されました(P=0.01)[6]

糖代謝にも影響します。米国の6つの前向きコホート(17,637名、平均追跡9.8年)の統合解析では、CHIPを持つ方は2型糖尿病の新規発症リスクが23%高い(ハザード比1.23、95%信頼区間1.04〜1.45)と報告されました[5]。とくにTET2変異(HR 1.48)とASXL1変異(HR 1.76)が高い発症リスクと関連し、DNMT3A変異では統計的に有意な関連はみられませんでした。さらに、CHIPを代表するDNMT3A・TET2・ASXL1はいずれも尿酸値の制御とも関連し、尿酸結晶が引き起こす「訓練免疫」と相乗的に作用して、痛風発作の頻発や重症化に関わる可能性が指摘されています[8]

COPD・感染症・COVID-19重症化とY染色体の喪失

前述のASXL1のように、CHIPは喫煙と相乗的に作用して慢性閉塞性肺疾患(COPD)にかかりやすくします。また、好中球や単球といった下流の免疫細胞の働きが低下するため、敗血症などの重症感染症やCOVID-19の重症化リスクも高くなることが報告されています。関連する加齢現象として、男性の白血球でしばしば起こるモザイク状の「Y染色体喪失(LOY)」があります。LOYは加齢とともに増え、70歳以上の男性の40%以上、90代では過半数にみられる、最もありふれた体細胞のモザイク現象です。LOYのレベルが高い人ほど自然免疫の働きが損なわれており、COVID-19での重症化・死亡リスクと強く相関することが判明しています[9]

7. 診断とリスク層別化:CHIP・CCUSをどう見分けるか

原因不明の血球減少に出会ったときや、がんの遺伝子パネル検査で偶然に体細胞変異が見つかったとき、医師は「血球数」「形の異常(異形成)の有無」「クローンの証拠(VAF)」を組み合わせて、状態を分類します。とくに、形の異常(1系統以上で10%以上)があるかどうかが、前駆病変と骨髄異形成症候群(MDS)を分ける決定的な境界線になります[3]

分類 クローン変異(VAF≧2%) 血球減少 形の異常(10%以上) 血液腫瘍への年間進行
CHIP(意義不明のクローン性造血) あり なし なし 0.5〜1.0%未満
ICUS(意義不明の特発性血球減少症) なし あり(持続性) なし 不明(他疾患の鑑別が必要)
CCUS(意義不明のクローン性血球減少症) あり あり(持続性) なし CHIPより高い(高リスク)
MDS(骨髄異形成症候群/腫瘍) あり/なし あり(原則) あり 非常に高い(病型による)

クローン性造血リスクスコア(CHRS)による個別化

CHIPやCCUSと診断された方が、10年以内にMDSやAMLへ進む確率には大きな個人差があります。このリスクを数値化し、過剰な不安や不要な治療を避けながら、本当に注意が必要な方を早期に拾い上げるために、英国の約50万人規模のデータ(UK Biobank)をもとに「クローン性造血リスクスコア(CHRS)」が開発されました[10]。65歳以上であること、悪性度の高い変異(スプライシング因子やTP53など)の有無、変異の数、クローンの大きさ(VAF)、赤血球の指標、血球減少の有無などを点数化して、リスクを評価します。興味深いことに、DNMT3A変異が単独で存在する場合は、例外的に予後良好とみなされ、スコアが下がります[3]

CHRSによる3つのリスク区分 低リスク スコア 9.5以下 10年以内の進行 2%未満 通常の経過観察が中心 中間リスク スコア 9.5超〜12.5未満 注意深い経過観察と 定期的な血液検査が必要 高リスク スコア 12.5以上 予後は低リスクMDSと同等 早期介入・臨床試験を検討 単一のDNMT3A変異は予後良好因子としてスコアを下げる。スプライシング因子変異やVAF20%以上は高リスク要因。

高リスク群(スコア12.5以上)の方の進行リスクは、低リスクMDSの患者さんとほぼ同等であることが、前向き観察研究で判明しています[3]。このため、形の異常があるかどうか(CCUSかMDSか)にこだわる旧来の考え方から、分子遺伝学的な予後予測を中心に据える枠組みへと、診療の重心が移りつつあります。

8. 最新の治療研究:炎症を抑える・エピジェネティクスを回復する

現在、CHIPやCCUSという前駆状態を完治させる承認済みの標準治療はありません。しかし北米を中心に、血液・心臓・腫瘍の専門医が連携する「クローン性造血クリニック」が次々と設立され、伝統的な心血管リスク因子の厳格な管理と並行して、先駆的な臨床試験が始まっています[3]。研究の方向性は、大きく「炎症を抑える」「エピジェネティクスを回復する」「血球減少と代謝を改善する」の3つに分けられます。

💡 用語解説:CANTOS試験とカナキヌマブ

カナキヌマブは、炎症性物質IL-1βを直接ブロックする抗体医薬です。心筋梗塞の既往がある高リスク患者を対象とした大規模試験「CANTOS」では、主要な心血管イベントの相対リスクが15%下がりました。さらにこの試験の参加者のゲノムを解析したところ、TET2変異を持つCHIPの方では、心血管保護効果がとくに強かった(ハザード比0.38)ことが示されました[7]。「炎症をピンポイントで抑えれば、CHIPに伴う心臓病を減らせる」という概念実証となった、重要な研究です。

この成果を受けて、血液腫瘍リスクの高いCCUS患者さんを対象に、カナキヌマブの有効性を検証する第2相試験が進行中です。また、IL-1βの上流にあるNLRP3インフラマソームを直接阻害する低分子化合物(DFV890など)の試験も展開されています[3]。エピジェネティクスを回復させるアプローチとしては、TET酵素の補酵素として働く高用量ビタミンC(アスコルビン酸)療法が注目され、TET2変異を持つ方を対象とした試験が行われています。さらに、進行した白血病で承認済みのIDH1/IDH2阻害薬(イボシデニブ、エナシデニブなど)を、前駆段階から予防的に使う試みも始まっています。代謝・心血管薬の多面的な作用を活用する「ドラッグ・リポジショニング」として、スタチンやメトホルミン、赤血球の成熟を促すルスパテルセプトの試験も進行しています[3]

9. 出生前診断・がん診療との意外な接点

「血液をつくる細胞のクローン」という話が、なぜ出生前診断やがん診療とつながるのか。鍵は、血液中を漂うDNAの断片(cell-free DNA:cfDNA)にあります。cfDNAの多くは、実は血液細胞に由来します。そのため、母体のクローン性造血や、まだ気づかれていない母体の悪性腫瘍があると、cfDNAを使う検査の結果が、本来とは違って出ることがあるのです。

NIPT(新型出生前診断)は、母体の血液中のcfDNAを解析する検査です。このcfDNAの大部分は胎盤と母体に由来するため、限局性胎盤モザイク(CPM)や母体側の要因が、いわゆる偽陽性の原因になることがあります。母体のクローン性造血も、こうした母体側要因のひとつとして理解しておくべきものです。NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、陽性の場合は羊水検査・絨毛検査による確定診断が選択肢となります。偽陽性が起こる仕組みはNIPT陽性なのに羊水検査は陰性のページでも解説しています。

同じことは、がんのリキッドバイオプシー(血液で腫瘍由来のctDNAを調べる検査)でも起こります。リキッドバイオプシーforモニターのようにctDNAの体細胞変異を追う検査では、CHIP由来の変異が混じり込み、腫瘍の変異と取り違えるおそれがあります。だからこそ、「いま見えている変異は、腫瘍由来か、生まれつきか、それともCHIP由来か」を見分ける視点が、正確な診断に欠かせません。なお、若年での骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病の素因が疑われる場合は、胚細胞系列を調べる骨髄不全症候群NGSパネルという別の検査が用いられます(これは後天的なCHIPの検出を目的とした検査ではありません)。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「これは遺伝するの?」という問いに寄り添う】

遺伝カウンセリングを行う臨床遺伝専門医として、私が大切にしているのは、検査の数字そのものより「その結果をどう受け止めるか」です。CHIPは後天的な体細胞変異であり、お子さんに遺伝するものではありません。けれど、「クローン」「変異」という言葉の響きだけで、ご本人やご家族が必要以上に不安を抱えてしまうことは少なくありません。

私は成人内科・がん薬物療法を長く担当してきた立場から、CHIPを「白血病の予告」ではなく、「年齢とともに体に刻まれる自然な変化のひとつ」として、正確に、そして温かくお伝えすることを心がけています。不確かなことは不確かなままに、いま分かっていることを誠実に共有する。それが、過剰な検査や不安からあなたを守る、いちばんの近道だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. クローン性造血(CHIP)は子どもに遺伝しますか?

いいえ、遺伝しません。CHIPの変異は、生まれたあとに血液をつくる細胞で後天的に生じる体細胞変異です。精子や卵子に由来する生殖細胞系列変異とはまったく別のもので、子孫に受け継がれることはありません。詳しくは体細胞変異と生殖細胞系列変異のちがいをご覧ください。

Q2. CHIPと言われたら、必ず白血病になるのですか?

いいえ。CHIPから急性骨髄性白血病などの血液腫瘍へ進む方は、ごくわずかです。CHIPは血液腫瘍リスクを相対的には約13倍に高めますが、もともとの発症率が低いため、絶対的な年間リスクは0.5〜1%程度にとどまります。多くの方は生涯なにも起こりません。ただし、進行リスクには個人差があるため、必要に応じてCHRSなどの指標で評価し、注意深く見守ることが大切です。

Q3. CHIPがあると、どんな全身の病気に注意すべきですか?

CHIPは、従来のリスク因子とは独立して、冠動脈疾患や心筋梗塞のリスクを約2倍に高めます。そのほか、慢性腎臓病の進行、2型糖尿病の発症、痛風、COPD、重症感染症との関連も報告されています。背景にあるのは、変異した免疫細胞が引き起こす全身の慢性炎症(インフラメイジング)です。高血圧・脂質異常症・糖尿病などの管理を、ふだん以上にていねいに行うことが勧められます。

Q4. CHIPを治す薬はありますか?

現時点で、CHIPそのものを治す承認済みの標準治療はありません。ただし、IL-1βを抑えるカナキヌマブ、NLRP3阻害薬、高用量ビタミンC、IDH阻害薬、スタチンやメトホルミンなど、さまざまな臨床試験が進行中です。まずは、心血管リスク因子(高血圧・脂質異常症・糖尿病・喫煙)を適切に管理することが、現実的で効果的な対策となります。

Q5. がんの検査でCHIP由来の変異が見つかることはありますか?

あります。がん遺伝子パネル検査やリキッドバイオプシー(ctDNA検査)では、血液由来のCHIP変異が混じり込み、腫瘍の変異と取り違えられることがあります。これを正しく見分けるには、腫瘍と正常組織を比べる解析や、CHIPの存在を念頭に置いた解釈が欠かせません。臨床遺伝専門医による結果の整理が役立つ場面です。

Q6. 母体のクローン性造血は、NIPTの結果に影響しますか?

影響することがあります。NIPTは母体血液中のcfDNAを解析しますが、このcfDNAの多くは血液細胞に由来します。そのため、母体のクローン性造血や、まだ気づかれていない母体の悪性腫瘍が、まれに偽陽性や判定不能の一因となることがあります。NIPTはスクリーニング検査であり、陽性時には羊水検査・絨毛検査による確定診断が選択肢となります。詳しくはNIPTの偽陽性の解説をご覧ください。

Q7. CHIPとCCUSは何が違うのですか?

どちらもVAF 2%以上のクローン変異がある点は共通していますが、CHIPには持続する血球減少がないのに対し、CCUS(意義不明のクローン性血球減少症)では血球減少を伴います。血球減少があること自体が進行リスクを高める独立した要因とされ、CCUSはCHIPより注意深い経過観察が必要です。なお、血液細胞の形の異常(10%以上)が加わると、骨髄異形成症候群(MDS)と診断が変わります。

Q8. 抗がん剤治療を受けるとCHIPになりやすいのですか?

抗がん剤や放射線治療は造血幹細胞に強いストレスを与え、DNA損傷応答に関わる遺伝子(TP53・PPM1D・CHEK2など)に変異を持つクローンが選ばれて増えやすくなります。これを治療関連クローン性造血(t-CH)と呼びます。t-CHは、将来の治療関連の血液腫瘍リスクだけでなく、がん治療後の心臓イベントとも関わることがわかってきています。治療を受けた方の長期的な健康管理という観点から、近年とくに重視されている領域です。

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参考文献

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  • [2] Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential (CHIP): Linking Somatic Mutations, Hematopoiesis, Chronic Inflammation and Cardiovascular Disease. PMC. [PMC8629838]
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  • [5] Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential (CHIP) and Incident Type 2 Diabetes Risk. Diabetes Care. 2023;46(11):1978. [Diabetes Care]
  • [6] Association of Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential with Worse Kidney Function and Anemia in Two Cohorts of Patients with Advanced Chronic Kidney Disease. PMC. [PMC9063886]
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  • [9] Loss of Y in leukocytes as a risk factor for critical COVID-19 in men. PMC. [PMC9747543]
  • [10] Clonal Hematopoiesis Risk Score (CHRS). MLL Munich Leukemia Laboratory. [MLL]
  • [11] Clonal hematopoiesis and risk of acute myeloid leukemia. PMC. [PMC6959179]
  • [12] Distinct landscape and clinical implications of therapy-related clonal hematopoiesis. Journal of Clinical Investigation. [JCI]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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