目次
- 1 1. 卵巣予備能(Ovarian Reserve)とは何か
- 2 2. 卵胞数の一生 ― 生まれる前がピークという事実
- 3 3. 「量」と「質」は別物 ― 卵子が老化するとはどういうことか
- 4 4. 卵巣予備能を測る4つの指標
- 5 5. 【最重要】AMHが低くても、自然妊娠率は下がりません
- 6 6. AMHの数値を歪める要因と、混同されやすい3つの言葉
- 7 7. 若い方で予備能が極端に低いとき ― 遺伝専門医が最初に考えること
- 8 8. 体外受精・妊孕性温存では、ORTは頼れる羅針盤になります
- 9 9. 「卵巣若返り」と補助療法 ― 現時点でわかっていること
- 10 10. よくある誤解
- 11 11. 遺伝専門医からのメッセージ
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
「AMHが低いと言われました。もう自然に妊娠できないのでしょうか」——診察室で最も多く受ける質問のひとつです。結論から申し上げると、AMHは卵子の「数」を映すものさしであって、「妊娠しやすさ」を測るものさしではありません。米国生殖医学会(ASRM)も、卵巣予備能検査を「妊娠力検査」として用いてはならないと明記しています[2]。この記事では、卵巣予備能(Ovarian Reserve)の生理学から検査値の正しい読み方、そして若い方で予備能が極端に低いときに遺伝専門医が真っ先に考えることまで、順を追って解説します。
Q. 卵巣予備能とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 卵巣予備能とは、卵巣の中に残っている「まだ育ち始めていない卵胞(非発育卵胞)」の在庫量のことです。AMHやAFCといった検査でおおよその見当をつけられますが、これらが示すのはあくまで「数」であり、「卵子の質」や「妊娠しやすさ」ではありません。自然妊娠のしやすさを最も強く決めるのは、依然として「実年齢」です[2][3]。
- ➤卵胞は生まれる前がピーク → 胎児期に最大となり、閉経時には約1,000個まで減ります
- ➤AMHが低くても自然妊娠率は下がらない → 981名を追跡した前向き研究で、低AMH群と正常群に差はありませんでした
- ➤数値は簡単に動く → ピル・PCOS・卵巣手術・測定キットの違いでAMHは大きくぶれます
- ➤若年の極端な低下は遺伝学的評価が先 → FMR1プレミューテーションと染色体核型検査が国際ガイドラインの推奨です
- ➤「卵巣若返り」は慎重に → PRP療法は2024年の複数の無作為化比較試験で有効性が示されませんでした
1. 卵巣予備能(Ovarian Reserve)とは何か
卵巣予備能とは、ある時点で卵巣の中に残っている「非発育卵胞(Non-Growing Follicles)」の総数を指します。平たく言えば「卵巣に眠っている卵子の在庫量」です。米国生殖医学会の委員会意見書では、卵巣予備能は「卵巣に残っている卵母細胞の数、すなわち卵子の量」と定義されています[2]。ここで大切なのは、定義そのものに「質」という言葉が一切含まれていない点です。
卵巣の中で最も静かに眠っているのが原始卵胞です。これは卵母細胞の周りを一層の扁平な細胞が取り囲んだだけの、最も未熟な状態の卵胞です。この原始卵胞のプールこそが本当の意味での「在庫」であり、女性の一生を通じて新たに補充されることはありません。在庫は減る一方であり、増えることはない——これが卵巣という臓器の最大の特徴です。
💡 用語解説:非発育卵胞(ひはついくらんぽう)
卵胞には「まだ眠っている卵胞」と「目覚めて育ち始めた卵胞」があります。眠っている方が非発育卵胞(原始卵胞など)で、これが在庫本体です。目覚めた卵胞は数か月かけて成長し、やがて排卵するか、途中で消えていきます。
ここが重要なポイントですが、検査で測れるのは「目覚めた側」だけです。眠っている在庫そのものは、生きている人の体からは直接数えられません。だからこそAMHやAFCは「在庫量を間接的に推定する代理指標」にとどまるのです。
卵巣予備能を評価する検査群は、まとめて卵巣予備能検査(Ovarian Reserve Testing:ORT)と呼ばれます。血液検査(AMH・基礎FSH・エストラジオール)と超音波検査(胞状卵胞数)を組み合わせるのが一般的です[2]。卵巣がどのように形づくられ維持されるのかという発生学的な背景については、卵巣の発達と維持もあわせてご覧ください。
2. 卵胞数の一生 ― 生まれる前がピークという事実
🔍 関連記事:原始卵胞/配偶子形成と受精のしくみ/顆粒膜細胞
ヒトの卵胞数は、驚くことに胎児期にピークを迎えます。妊娠5か月ごろに数百万個の非発育卵胞が確立され、そこから一貫して減少に転じます。8つの組織学的研究のデータを統合した数理モデルによれば、閉経を迎える平均50〜51歳の時点で残っている非発育卵胞はおよそ1,000個にすぎません[1]。
では、その膨大な卵胞はどこへ消えたのでしょうか。生殖可能な期間に実際に排卵する回数は、生涯を通じておよそ450回程度にすぎません[1]。つまり残りの圧倒的多数は、排卵に至ることなく「閉鎖(Atresia)」というアポトーシス(細胞死)のプロセスで静かに消えていきます。これは病気でも異常でもなく、卵巣という臓器にあらかじめ組み込まれたプログラムです。
非発育卵胞(在庫)の減り方のイメージ
胎児期にピークを迎え、以後は一方向に減り続けます
胎児期
妊娠5か月頃
出生時
思春期
初経
30代後半
閉経時
平均50〜51歳
グラフは対数的な減少を視覚的に表したもので、実数の比率どおりではありません。減り方は一直線ではなく、後半になるほど加速することが知られています[1]。
なお、卵巣の在庫が減る速度には大きな個人差があります。同じ年齢でも、平均より在庫が多い方も少ない方もいます。これは病的というより、身長や骨密度と同じように「ばらつきのある正常」の範囲を含む現象です。ここを取り違えると、健康な方が不必要な不安を抱えることになります。
3. 「量」と「質」は別物 ― 卵子が老化するとはどういうことか
🔍 関連記事:減数分裂のしくみ/ディクチオテン期停止/コヒーシン/染色体の不分離
卵子には、他のどんな細胞とも違う特殊な事情があります。それがディクチオテン期停止です。卵母細胞は胎児期に減数分裂を開始しますが、第一分裂の途中で止まったまま、排卵の順番が回ってくるその日まで待ち続けます。40歳で排卵する卵子は、40年以上も分裂を中断したまま待機していた細胞なのです。
💡 用語解説:コヒーシンと染色体不分離
コヒーシンは、姉妹染色分体(対になった染色体)を束ねておく「輪ゴム」のようなタンパク質複合体です。減数分裂を正しく行うには、この輪ゴムがしっかり効いている必要があります。
ところが卵母細胞では、このコヒーシンは胎児期に一度かけたら、その後は基本的に張り替えられません。何十年も経てば輪ゴムは劣化します。輪ゴムが緩んだ状態で分裂が再開すると、染色体が正しく分かれない「不分離」が起こり、結果として胚の染色体異数性につながります。これが「卵子の老化」の分子的な正体のひとつです。
加齢によって卵子に起こる変化はコヒーシンだけではありません。長い待機期間のあいだに酸化ストレスが蓄積し、ミトコンドリアゲノムにも変異が積み重なります。染色体を正しく引っぱるための紡錘体の機能も低下していきます。加齢に伴う染色体異数性のメカニズムについては、染色体異数性のメカニズムと加齢で詳しく扱っています。
ここで決定的に重要なことがあります。これらの「質の低下」は、卵子の「数」とは独立して進む現象だということです。在庫がたくさん残っていても、40歳の卵子は40歳の卵子です。逆に在庫が少なくても、30歳の卵子は30歳の卵子としての品質を保っています。在庫の残量を測るAMHが、卵子の品質を教えてくれない理由は、まさにここにあります。
4. 卵巣予備能を測る4つの指標
AMH(抗ミュラー管ホルモン)
AMHはTGF-βスーパーファミリーに属する糖タンパク質で、直径2〜6mm程度の前胞状卵胞・小胞状卵胞の顆粒膜細胞から分泌されます[2]。眠っている原始卵胞そのものはAMHを出しません。目覚めて育ち始めた卵胞だけが出すのです。だからこそAMHは「これから育つ卵胞がどれだけ控えているか」の代理指標になります。
AMHの臨床上の大きな利点は、ゴナドトロピン(FSH・LH)の影響を受けにくく、月経周期内で比較的安定していることです。採血のタイミングを選ばずに測定できます。
AFC(胞状卵胞数)
AFCは、経腟超音波で見える直径2〜10mmの小さな卵胞を、両側の卵巣で物理的に数える方法です。月経周期の初期(第2〜5日)に測定します。習熟した検者が行えば、AMHと同等以上の予測精度をもつとされています[2]。裏を返せば、検者の技量と機器の性能に結果が左右されるという弱点も抱えています。
基礎FSHとエストラジオール(E2)
卵胞刺激ホルモン(FSH)は下垂体から分泌され、卵胞の発育を促します。育った卵胞の顆粒膜細胞はエストロゲンやインヒビンBを分泌し、これらが下垂体に「もう十分だ」という負のフィードバックを送ります。卵胞の在庫が減ってくるとこのフィードバックが弱まり、結果として基礎FSHが上昇します。
ただし基礎FSHは周期間・周期内の変動が大きく、単独の指標としては信頼性に限界があります。同じ方でも月によって数値が動くため、1回の測定値だけで判断することはできません。
5. 【最重要】AMHが低くても、自然妊娠率は下がりません
これがこの記事で最もお伝えしたいことです。「AMHが低い=妊娠しにくい」という理解は、前向きコホート研究によって明確に否定されています。
決定的な証拠を示したのが、2017年にJAMA誌に発表されたTime to Conceive研究です[3]。この研究では、不妊症の既往がなく、妊活を始めて3か月以内の30〜44歳の女性981名を対象に、AMH・FSH・インヒビンBを測定したうえで、実際に妊娠するまでを追跡しました。地域から募集された一般の女性たちであり、不妊外来の患者ではありません。
結果は明快でした。卵巣予備能の低下を示すバイオマーカー(低AMH・高FSH)は、妊娠のしやすさとも、6周期後・12周期後の累積妊娠率とも、関連しませんでした[3]。基礎FSHが10 mIU/mLを超える群でも、6周期後の妊娠確率は63%で、正常群の62%と実質的に変わりませんでした[3]。インヒビンBについても同様に、妊娠との関連は認められませんでした。
⚠️ 国際ガイドラインが明言していること
米国生殖医学会の委員会意見書は、卵巣予備能の指標について次のように述べています。「採卵数の予測因子としては優れているが、年齢とは独立した生殖能力の予測因子としては劣る。したがって、妊娠力検査として用いたり、不妊治療へのアクセスを拒む根拠にしてはならない」[2]。
つまり、健康な女性に対して単発のAMH測定を「妊娠力スコア」として販売することは、国際的な推奨に反しています。この点は、患者さんご自身にもぜひ知っておいていただきたいところです。
なぜこうなるのか。理屈はシンプルです。自然妊娠に必要なのは「1個の質のよい卵子」であって、「たくさんの卵子」ではないからです。30代前半でAMHが低い方は、確かに在庫が同年代より少ない。しかし毎月選ばれて排卵する1個は、実年齢相応の品質を保っています。一方40代でAMHが高くても、排卵する卵子は40代の卵子であり、異数性のリスクは年齢どおりに高いままです。在庫が多いことは、質を保証しません。
では、AMHは無意味なのでしょうか。そうではありません。体外受精で何個の卵子が採れるかを予測する道具としては、AMHは非常に優秀です[2]。道具は正しい用途に使ってこそ力を発揮します。妊孕性という言葉の意味を正確に理解することが、この誤解を解く第一歩です。
6. AMHの数値を歪める要因と、混同されやすい3つの言葉
「他院と数値が違う」のはなぜか ― 測定キットの問題
意外に知られていませんが、AMHの測定系は長らく国際的に標準化されていませんでした。同じ抗体を使っている市販キットどうしでさえ、測定値に不一致が生じることが報告されています[13]。実際、Gen II ELISAと旧来のキットを比較した研究では、測定値に系統的なずれが確認されました[17]。この状況を改善するため、WHOの参照物質を確立する取り組みが進められてきました[12]。
💡 用語解説:ng/mL と pmol/L ― 単位が違うと数字は7倍変わります
AMHの検査値には2つの単位が使われます。日本では ng/mL が主流ですが、海外の論文や検査結果では pmol/L が使われることも多くあります。換算式は1 ng/mL ≒ 7.14 pmol/L です[12]。
「AMHが14もあった」と驚かれた方が、実は pmol/L 表記で、ng/mL に直すと約2.0だった——こうした行き違いは実際に起こります。検査結果を見るときは、まず単位を確認してください。そして経過を追うときは、できるだけ同じ検査室で測ることをおすすめします。
AMHを動かす主な要因
💊 経口避妊薬(ピル)
視床下部-下垂体-卵巣軸を抑制するため、AMHが一時的に低下します。これは真の予備能の喪失ではありません。服用中の測定値は割り引いて解釈する必要があります。
🔵 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
小胞状卵胞が過剰にあるためAMHもAFCも著しく高値になります。しかし在庫が多いことと妊娠しやすいことは別問題で、排卵障害を伴えば不妊の原因になります。
☢️ 性腺毒性のある治療
化学療法(特にアルキル化剤)や骨盤への放射線治療は卵巣予備能を低下させます。治療開始前の妊孕性温存の検討が重要になります。
DOR・POI・POR ― 混同されやすい3つの言葉
診察室でも、この3つはしばしば混同されます。しかし意味も、対応も、まったく違います。
ポイント:「在庫が少ない(DOR)」ことと「刺激に反応しない(POR)」ことは、同じではありません。AMHが正常なのに刺激に反応しない方もいれば、AMHが低くてもよく反応する方もいます。この区別を可視化したのがPOSEIDON基準の功績です[8]。
7. 若い方で予備能が極端に低いとき ― 遺伝専門医が最初に考えること
ここからが、遺伝専門医の本領です。若い方で卵巣予備能が極端に低い、あるいはPOIと診断されたとき、サプリメントを探す前にやるべきことがあります。それが遺伝学的評価です。
2024年に改訂された国際的なPOI診療ガイドラインは、POIと診断されたすべての女性に対して、染色体核型検査・FMR1プレミューテーション検査・21水酸化酵素抗体・甲状腺機能の評価を推奨しています[5]。
① FMR1プレミューテーション ― 検査には落とし穴があります
FMR1遺伝子はX染色体上にあり、その5’非翻訳領域にCGGという3塩基の繰り返し配列を持っています。この繰り返し回数が55〜200回の範囲にあるものをプレミューテーション(前変異)と呼びます。プレミューテーション保因者の女性のうち、およそ20〜30%がFXPOI(脆弱X関連原発性卵巣不全)を発症します[6]。
⚠️ 見落とされやすい重大なポイント
国際ガイドラインは、FMR1プレミューテーション検査について「専用の検査として実施しなければならない。多遺伝子パネルや次世代シークエンス(NGS)では検出できないため役に立たない」と明記しています[5]。
つまり、「不妊症の遺伝子パネル検査を受けたから安心」とは言えません。リピート配列の長さを測るには、リピート伸長に対応した専用の検査法(FMR1遺伝子リピート伸長検査)が必要です。
さらに知っておいていただきたいのが、FXPOIのリスクはリピートが長いほど高くなるわけではないという事実です。1,668名の女性を解析した研究によれば、リスクが最も高いのはCGGリピート70〜100回の領域で、85〜89回でピークに達します。そして120回を超えると、リスクは45回未満の方と有意差がなくなります[6]。この非線形の関係は複数の研究で一貫して確認されています[7]。
「リピートが長いほど危険」という直感は、ここでは通用しません。この非線形性は、FXPOIの発症機序が脆弱X症候群(200回超・メチル化による遺伝子サイレンシング)とは異なり、RNA毒性という別のメカニズムによることを示唆しています。同じくRNA毒性が関わるFXTASとあわせて理解すると、FMR1という遺伝子の奥深さがよくわかります。
② 染色体核型検査 ― モザイク型ターナー症候群を見逃さないために
POIの原因として決して見逃してはならないのが、ターナー症候群とそのモザイク型です[5]。典型的なターナー症候群(45,X)は低身長などの身体的特徴から小児期に診断されますが、モザイク型(45,X/46,XX など)は身体的特徴が乏しく、成人期に「原因不明の月経不順・不妊」として初めて見つかることがあります。
これを拾い上げるのが染色体検査(Gバンド法)による核型分析です。Y染色体由来の物質が含まれる場合には性腺腫瘍のリスク管理も必要になるため、診断の意義は妊孕性にとどまりません。X染色体の構造異常(欠失・転座)を詳しく見るにはマイクロアレイ染色体検査(CMA)が補完的に用いられます。
③ 自己免疫と、④ がん関連遺伝子という視点
POIの原因の一部は自己免疫性です。国際ガイドラインは21水酸化酵素抗体(副腎皮質抗体)と甲状腺機能の評価を推奨しています[5]。詳しくは自己免疫性卵巣炎をご覧ください。
また、DNA二本鎖切断の修復に関わる遺伝子(BRCA1・BRCA2)に病的バリアントを持つ方で、卵巣予備能が低い傾向にあるとする報告があります。HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)と診断された方は、リスク低減卵管卵巣摘出術の時期とライフプランをあわせて考える必要があり、妊孕性温存の検討を早めに始める価値があります。ただし、この関連の強さについては現時点で研究間の見解が一致しておらず、確立した推奨には至っていません。
8. 体外受精・妊孕性温存では、ORTは頼れる羅針盤になります
自然妊娠の予測には役立たないAMHですが、体外受精の場面では話がまったく変わります。卵巣刺激で何個の卵子が採れるかを予測する道具として、AMHとAFCは優れた性能を発揮します[2]。刺激の薬剤量を決め、卵巣過剰刺激症候群のリスクを見積もるうえで、これらの情報は欠かせません。
2016年に提唱されたPOSEIDON基準は、年齢・卵巣予備能マーカー・過去の刺激への反応性という3つの軸で患者さんを4群に分類します。予備能マーカーの閾値はAFC 5個未満/AMH 1.2 ng/mL未満とされ、35歳未満をグループ3、35歳以上をグループ4と定義しています[8]。この分類の価値は、「予備能は保たれているのに刺激に反応しない群(グループ1・2)」を可視化したことにあります。
予測された低反応群への戦略として、1つの月経周期のなかで2回の刺激と採卵を行うDuoStim(二重卵巣刺激)が研究されています。1周期に卵胞発育の波が複数あるという生理学的知見に基づく方法で、短期間で胚を蓄積することを目指します。得られた胚に対して着床前診断を行うか、単一遺伝子疾患のリスクがある場合はPGT-Mを検討するか——ここは遺伝カウンセリングの領域です。
がん治療を控えた方の妊孕性温存でも、AMHとAFCは治療前の限られた時間で何ができるかを判断する材料になります。卵子凍結・胚凍結・卵巣組織凍結のどれを選ぶかは、年齢・予備能・治療開始までの猶予によって変わります。重要なのは、判断を先延ばしにしないことです。
9. 「卵巣若返り」と補助療法 ― 現時点でわかっていること
予備能が低いと告げられた方が、次に出会うのが「補助療法」の情報です。ここは冷静な目が必要な領域です。
PRP(多血小板血漿)の卵巣内注入
ご自身の血液から成長因子を濃縮した血漿をつくり、卵巣に注入する方法です。「卵巣若返り」として世界的に広まりましたが、2024年に発表された2つの無作為化比較試験が、いずれも有効性を示せませんでした。
多施設共同で行われたPROVA試験では、卵巣低反応の既往がある38歳未満の女性においてPRP注入は成熟卵子の獲得数を改善せず、体外受精の他の指標も向上させませんでした[9]。研究者らは「この集団に対する卵巣内PRP注入の使用を支持しない」と結論づけています[9]。POSEIDONグループ3・4を対象としたプラセボ対照二重盲検試験でも、同様に有効性は確認されませんでした[10]。
DHEA・コエンザイムQ10
DHEAはアンドロゲンの前駆体、CoQ10はミトコンドリアの補酵素であり抗酸化物質です。いずれも採卵の数か月前から投与する試みが行われてきました。理論的な根拠は明確ですが、臨床的な効果は現時点で確立していません。
CoQ10については、35歳未満で予備能が低い女性を対象とした無作為化比較試験で、卵巣の反応性と胚のパラメータは改善したものの、臨床妊娠率と生児獲得率については統計学的に有意な差に達しませんでした[15]。DHEAを含む補助療法全般についても、ネットワークメタ解析の著者ら自身が「組み入れられたRCTの数が少なく、バイアスリスクも楽観できない」と述べています[16]。欧州生殖医学会の卵巣刺激ガイドラインでも、アンドロゲン前投与の位置づけは限定的です[11]。
なお、DHEAは国内では医薬品として承認されていません。当院ではこれらの補助療法を行っておらず、本項は文献に基づく情報提供です。使用を検討される場合は、主治医と十分に相談してください。
10. よくある誤解
誤解①「AMHが低いから、もう自然妊娠は無理」
981名を追跡した前向き研究で、低AMH群と正常群の累積妊娠率に差はありませんでした[3]。AMHは「数」のものさしであって、妊娠のしやすさのものさしではありません。
誤解②「AMHが高いから安全」
PCOSではAMHが著しく高くなりますが、排卵障害を伴えば不妊の原因になります。また40代でAMHが高くても、卵子の年齢は変わりません。在庫の多さは、質を保証しません。
誤解③「他院のAMHと比べれば経過がわかる」
測定キットが違えば、同じ血液でも値がずれます[13][17]。単位(ng/mL と pmol/L)の違いも要注意です[12]。経過は同じ検査室で追ってください。
誤解④「遺伝子パネルを受けたからFMR1も調べた」
これは危険な誤解です。国際ガイドラインは「多遺伝子パネルやNGSではFMR1プレミューテーションは検出できない」と明記しています[5]。専用のリピート伸長検査が必要です。
11. 遺伝専門医からのメッセージ
不妊症の初期評価には、年齢に応じた時間の目安があります。米国生殖医学会の委員会意見書では、35歳未満なら避妊せずに12か月、35歳以上なら6か月を目安に検査を始めることが推奨されています[4]。希発月経や無月経、重度の子宮内膜症、骨盤手術の既往がある場合は、年齢を問わず初診時から評価を開始します[4]。
よくある質問(FAQ)
🏥 卵巣予備能低下・POIの遺伝学的評価
若くしてAMHが低い、40歳未満で月経が止まった——
その背景に遺伝的な要因が隠れていることがあります。
FMR1リピート伸長検査・染色体核型検査を含めた評価を、
臨床遺伝専門医がご相談に応じます。
参考文献
- [1] Human Ovarian Reserve from Conception to the Menopause. PLoS ONE. 2010. [PMC2811725]
- [2] Testing and interpreting measures of ovarian reserve: a committee opinion. Fertility and Sterility (ASRM). 2020. [Fertil Steril]
- [3] Association Between Biomarkers of Ovarian Reserve and Infertility Among Older Women of Reproductive Age. JAMA. 2017. [PMC5744252]
- [4] Fertility evaluation of infertile women: a committee opinion. ASRM. 2021. [ASRM]
- [5] Evidence-based guideline: premature ovarian insufficiency. Human Reproduction Open (ESHRE/ASRM). 2024. [PMC11631070]
- [6] Refining the risk for fragile X-associated primary ovarian insufficiency (FXPOI) by FMR1 CGG repeat size. Genetics in Medicine. 2021. [PMC8460441]
- [7] Fragile X-associated Primary Ovarian Insufficiency: Evidence for Additional Genetic Contributions to Severity. [PMC2881575]
- [8] POSEIDON’s Stratification of ‘Low Prognosis’ Patients in ART. Frontiers in Endocrinology. 2021. [PMC8276236]
- [9] Effect of intraovarian platelet-rich plasma injection on IVF outcomes in women with poor ovarian response: the PROVA randomized controlled trial. Human Reproduction. 2024. [Hum Reprod]
- [10] Intraovarian platelet-rich plasma injection and IVF outcomes in patients with poor ovarian response: a double-blind randomized controlled trial. Human Reproduction. 2024. [PubMed 38423539]
- [11] ESHRE guideline: ovarian stimulation for IVF/ICSI. Human Reproduction Open. 2020. [PMC7203749]
- [12] Establishment of a WHO Reference Reagent for anti-Mullerian hormone. [PMC7429692]
- [13] Towards international standardization of immunoassays for Müllerian inhibiting substance/anti-Müllerian hormone. [PMC6302068]
- [14] Endometrioma and ovarian reserve: effects of endometriomata per se and its surgical treatment on the ovarian reserve. [PMC6897522]
- [15] Pretreatment with coenzyme Q10 improves ovarian response and embryo quality in low-prognosis young women with decreased ovarian reserve: a randomized controlled trial. [PMC5870379]
- [16] TEAS, DHEA, CoQ10, and GH for poor ovarian response undergoing IVF-ET: a systematic review and network meta-analysis. Reproductive Biology and Endocrinology. 2023. [PMC10355041]
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