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妊孕性(にんようせい)とは?読み方・意味と、妊娠する力が低下する原因を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

「妊孕性」は「にんようせい」と読みます。日常ではまず使わない言葉ですが、がんの治療説明や不妊の相談の場面で突然出てきて、意味も読み方も分からないまま話が進んでしまうことがあります。この記事では、妊孕性という言葉の意味と読み方から始めて、女性と男性それぞれで何がこの力を支えているのか、加齢やがん治療でなぜ低下するのかを、遺伝専門医の立場で整理します。数字はすべて学会のガイドラインなど一次資料で確認したものだけを載せました。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 妊孕性・生殖生理・性腺毒性
臨床遺伝専門医監修

Q. 妊孕性とは何ですか。読み方も教えてください

A. 妊孕性は「にんようせい」と読み、妊娠できる能力のことを指します。日本癌治療学会の診療ガイドラインでも「妊孕性(にんようせい;妊娠できる能力のこと)」と定義されています。女性では妊娠する力、男性ではパートナーを妊娠に導く力を意味し、男女どちらにも使う言葉です。「孕」という字は「はらむ」と読み、お腹に子を宿すという意味をもっています。

  • 読み方と意味 → 「にんようせい」。妊娠できる能力そのものを指す医学用語
  • 男女で支える仕組みが違う → 女性は生まれる前に卵子の数が決まり、男性は生涯つくり続ける
  • 加齢の実際 → 不妊の頻度は20代前半で5%以下、40歳以上では60%以上に
  • がん治療の影響 → 薬の種類・総量・年齢、放射線の部位と線量で大きく変わる
  • 遺伝との接点 → 若くして妊孕性が下がる背景に、遺伝的な要因が隠れていることがある

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1. 妊孕性とは何か:読み方は「にんようせい」です

妊孕性は「にんようせい」と読みます。「妊」は妊娠の妊、「孕」は訓読みで「はらむ」と読み、お腹に子を宿すという意味の漢字です。つまり文字どおり「子を宿す力」を表した言葉で、医学的には妊娠できる能力を指します。日本癌治療学会の診療ガイドラインでも「妊孕性(にんようせい;妊娠できる能力のこと)」と明記されています[1]

💡 用語解説:妊孕性・妊孕能・妊孕力の違い

医療の現場では妊孕性・妊孕能・妊孕力という3つの言葉が混在していますが、いずれも「妊娠できる能力」を指しており、意味に大きな違いはありません。学会のガイドラインでは「妊孕性」が使われることが多く、この記事でもそれに合わせています。

よく誤解されるのが、妊孕性は女性だけの言葉ではないという点です。日本がん・生殖医療学会は「女性の場合は妊娠する力、男性の場合はパートナーを妊娠に導く力」と説明しています[12]。男性の造精機能が下がることも、立派に「妊孕性の低下」です。

妊孕性が失われた状態が「不妊症」です

妊孕性という言葉と対になるのが不妊症です。日本産科婦人科学会は、妊娠を望む健康な男女が避妊をせずに性交していたにもかかわらず1年間妊娠しない場合を不妊症と定義しています[6]。じつはこの「1年」という期間は比較的新しいもので、日本では長く「2年」が一般的でしたが、世界保健機関や欧米の学会が1年としていることを受けて、2015年に日本産科婦人科学会が「1年」へ短縮しました[14]。より早く適切な治療につながるようにという意図があります。

ただし年齢によって話は変わります。日本生殖医学会は、米国生殖医学会が2023年に示した考え方として、35歳未満なら1年、35歳以上なら6か月の不妊期間で検査を始めることを紹介しています[8]。また、排卵がない、子宮内膜症があるなど、明らかな原因がある場合は期間を問わず不妊症として扱ってよいとされています[7]

世界保健機関は2023年、生殖年齢にある人の約17.5%、およそ6人に1人が生涯のうちに不妊を経験するという推計を公表しました。しかもこの割合には地域によるばらつきがほとんどないことも示されています[9]。一度も妊娠したことがない場合を原発性不妊、過去に妊娠経験がある場合を続発性不妊と呼び分けます[10]。決して珍しいことではない、という点はぜひ知っておいてください。

図1:妊孕性を支える4つの柱

① 配偶子をつくる力

女性は卵子、男性は精子。数と質の両方が問われます

② ホルモンの調節

脳の視床下部と下垂体が性腺に指令を出す回路です

③ 出会いの通り道

卵管、子宮頸管、精管。どこかが詰まれば受精に至りません

④ 育てる場所

子宮内膜に着床し、妊娠を維持できる子宮が必要です

4つのどれか一つでも欠けると、妊娠する力に影響が出ます。

2. 女性の妊孕性を支える仕組み:数は生まれる前に決まっています

女性の妊孕性は、卵巣・卵管・子宮・子宮頸部という複数の臓器が連携して初めて成立します[1]。このうち出発点になるのが卵巣です。卵巣の中には原始卵胞という、眠ったままの状態の卵子とそれを取り囲む細胞の集まりが蓄えられています。ここが男性と決定的に違うところで、この原始卵胞は胎児期につくられたあとは新しく増えることがなく、生涯かけて減っていく一方です。残っている量を卵巣予備能と呼び、その目安としてAMHという血液検査が使われます。

💡 用語解説:卵子はなぜ「途中で止まって」いるのか

卵子のもとになる細胞は、胎児のうちに減数分裂を始めますが、途中で一時停止した状態のまま卵巣の中で待機します。この長い待機をディクチオテン期停止といい、排卵の直前になってようやく分裂が再開します。

つまり40歳で排卵する卵子は、40年以上ものあいだ途中停止していた細胞ということになります。待機が長くなるほど染色体を正確に分ける仕組みが綻びやすくなり、これが加齢とともに染色体の数の異常が増える理由です。卵子の質という言葉は、主にこのことを指しています。

卵子は単独では育ちません。周囲を取り囲む顆粒膜細胞と互いに信号をやり取りしながら成熟していきます。この顆粒膜細胞は女性ホルモンをつくる役目も担っており、卵胞が育つことでエストロゲンが分泌され、子宮内膜が厚くなります。そして脳の視床下部と下垂体から出るゴナドトロピンという指令ホルモンが、この一連の流れを月ごとに制御しています。排卵と月経周期は、この精密な連携の結果として起きている現象です。

卵管も見落とせません。排卵された卵子は卵管の先端でキャッチされ、卵管の中で精子と出会い、受精卵となって子宮へ運ばれます。配偶子形成と受精のしくみを追うと、妊娠の成立がいかに多くの段階を必要としているかが見えてきます。実際、日本産婦人科医会がまとめた不妊の原因別頻度では、卵管因子が20.5%、卵巣因子が20.5%、子宮因子が17.6%、免疫因子が5.2%と、原因が幅広く分布しています[7]

3. 男性の妊孕性を支える仕組み:つくり続けるからこその強みと弱み

「不妊は女性の問題」という思い込みは、いまも根強く残っています。しかし日本産婦人科医会がまとめたデータでは、不妊の原因別頻度のうち男性不妊が32.7%と最も高い割合を占めています[7]。妊孕性を考えるときに男性側を検査しないという選択は、原因の3分の1を最初から見ないことと同じです。

男性の妊孕性は、精巣での精子形成と、つくられた精子を送り届ける機能の両方に支えられています。女性と大きく違うのは、精子のもとになる細胞が生涯にわたって分裂を続け、精子を新しくつくり続けているという点です。これは「一度失っても回復しうる」という強みになる一方で、分裂の盛んな細胞ほど抗がん剤や放射線の影響を受けやすいという弱みにも直結します[13]

💡 用語解説:精原細胞とライディッヒ細胞

精巣には役割の違う細胞が同居しています。精原細胞は精子のもとになる細胞で、さかんに分裂を繰り返します。一方ライディッヒ細胞は男性ホルモンであるテストステロンをつくる細胞で、分裂はほとんどしません。

この違いが、臨床上とても重要な結果を生みます。分裂の盛んな精原細胞のほうが抗がん剤や放射線の影響を受けやすいため、男性ホルモンの分泌は保たれているのに精子だけがつくられなくなるという状態が起こりうるのです[1]。見た目や体調に変化がないため、本人が気づきにくいのが厄介な点です。

ここでぜひ知っておいていただきたい、希望のある事実があります。日本癌治療学会のガイドラインには、化学療法が終了した数年後に精子形成が再開することもあると記されています[1]。治療直後に精子が見つからなくても、それが最終結論とは限りません。また精巣がんで片側の精巣を摘出し、化学療法や放射線治療を行わなかった場合の11年間の追跡調査では、85%で挙児が可能だったという報告もあります[1]。片方が残っていれば、その役割はかなりの程度まで補われるということです。

精子がまったく見つからない状態は無精子症と呼ばれますが、精管が詰まっているわけではなく精子形成そのものに問題がある場合を非閉塞性無精子症(NOA)といいます。この背景には遺伝的な要因が関わることがあり、Y染色体の微小欠失のほか、減数分裂に関わるTEX11SYCP3SYCE1といった遺伝子が知られています。精巣そのものができる過程にはSRY遺伝子が関与しており、この段階の異常は性分化疾患として現れます。当院では男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)で、これらをまとめて調べることができます。原因の見当がつかないまま治療を重ねるより、まず背景を確かめるほうが近道になることは少なくありません。男性不妊の原因もあわせてご覧ください。

4. 加齢で妊孕性はどう変わるのか

妊孕性が下がる最も一般的な原因は、病気ではなく加齢です。日本産婦人科医会がまとめた年齢別の不妊の頻度は、次のように推移します[7]。抽象的に「年齢とともに下がる」と言われるより、具体的な数字で見たほうが実感が湧くはずです。

図2:年齢別にみた不妊の頻度

日本産婦人科医会の資料による

5%以下
9%
15%
30%
60%以上

20代前半

20代後半

30代前半

30代後半

40歳以上

30代後半から40歳以上にかけての落ち込みが目を引きます。この背景にあるのが、第2章で説明した2つの現象です。ひとつは原始卵胞の数そのものが減っていくこと、もうひとつは長く待機した卵子で染色体の分配がうまくいかなくなることです。卵子の老化のメカニズム卵子形成と染色体異常の関係もあわせてお読みいただくと、理解が深まると思います。

男性側も無縁ではありません。精子は生涯つくられ続けますが、つくる細胞が分裂を重ねるぶん、新しく生じる遺伝子の変化が年齢とともに蓄積していきます。男性不妊と年齢の関係で詳しく扱っています。「女性の年齢だけ気にすればよい」というのは、正確ではありません。

📌 補足:AMHは残っている卵子の「数」の目安であって、卵子の質や自然妊娠できるかどうかを判定する検査ではありません。低いから妊娠できない、高いから安心、という読み方はどちらも誤りです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「知らなかった」で失われる時間をなくしたい】

妊孕性という言葉を初めて聞くのが、がんの告知の直後だった、という方に何度もお会いしてきました。頭が真っ白な状態で「妊孕性温存はどうしますか」と尋ねられても、判断できるはずがありません。読み方すら分からない言葉について、その場で人生に関わる決断を求められるのです。

だからこの記事は、あえて言葉の読み方から始めました。妊孕性が何を指すのか、何がそれを支えているのかを、元気なうちに一度知っておいていただきたいのです。知識は、いざというときに落ち着いて選ぶための土台になります。そして、この言葉を今まさに突きつけられている方には、ひとつだけお伝えします。急いで決めるべきことと、じっくり考えてよいことは、必ず分けられます。

5. がん治療が妊孕性を下げる仕組み

がんの治療が妊孕性に届く経路は、大きく3つあります。抗がん剤が生殖細胞を直接傷つける経路、放射線が性腺や脳の指令系統を傷つける経路、そして手術で臓器そのものが失われる経路です。ここは数字を扱う章になりますので、出典を明示しながら進めます。

図3:がん治療が妊孕性に届く3つの経路

① 抗がん剤

分裂の盛んな細胞を狙う性質上、卵胞や精原細胞も巻き添えになります

② 放射線

性腺への直接照射に加え、脳への照射でホルモンの指令が途絶えることも

③ 手術

卵巣・子宮・精巣の摘出や、周囲の血流・神経への影響

抗がん剤:薬の種類と総量、そして年齢で決まります

抗がん剤には、卵子や卵巣機能に大きく影響するものと、ほとんど影響しないものがあります[1]。卵子の数を減らす代表格が、シクロホスファミドやブスルファンなどのアルキル化薬と、シスプラチンなどの白金製剤です。これらは総使用量が増えるほど原始卵胞の数が減るという関係にあり、アルキル化薬の使用量をシクロホスファミドの量に換算して卵巣への影響を予測する方法も開発されています[1]

💡 用語解説:性腺毒性とアルキル化薬

性腺毒性とは、卵巣や精巣といった性腺の働きを損なう作用のことです。抗がん剤はがん細胞のように分裂の速い細胞を狙って効くように設計されていますが、卵胞を支える細胞や精子のもとになる細胞も同じように分裂が盛んなため、区別されずに影響を受けてしまいます。

アルキル化薬は、DNAに直接くっついて構造を変えてしまうタイプの薬です。効果が強い反面、性腺毒性も最も高いグループとされ、造血幹細胞移植の前処置などで高用量が使われる場面ではとくに注意が必要になります。

同じ薬でも、投与された年齢によってリスクの区分が変わるという点は、あまり知られていません。女性の性腺毒性リスク分類では、シクロホスファミドの総量5g/m240歳を超えていれば高リスク、30〜40歳なら中間リスクと扱われます[5]。同じ量の薬を使っても、若いほど残っている卵子が多いため、影響の出方が違うのです。

リスク区分 薬剤・総投与量 放射線(全腹部・骨盤照射)
高リスク シクロホスファミド 総量5g/m2(40歳超)/総量7.5g/m2(20歳未満)、プロカルバジン、テモゾロミド、カルムスチン 6Gy超(成人)/10Gy超(思春期後)/15Gy超(思春期前)、頭蓋照射40Gy超
中間リスク シクロホスファミド 総量5g/m2(30〜40歳)、シスプラチン 5〜10Gy(思春期後)/10〜15Gy(思春期前)
低リスク ABVD・CHOP・COP療法など(アルキル化薬を含まない、または低用量のレジメン)、急性白血病に対する多剤併用療法 記載なし

女性の性腺毒性リスク分類(抜粋)[5]。実際の判断はレジメン全体と個々の状況によります。

⚠️ 重要:この分類表は2024年12月に大きく改訂されています。日本癌治療学会のガイドラインは第2版となり、対象領域が8から11に拡大するとともに、従来の性腺毒性分類表が最新のJSCO分類表として全面的に見直されました[3]。厚生労働省もこれを受けて2025年1月に事務連絡を発出しており、公的助成の対象患者要件にも影響しています[4]。上の数値は目安としてご覧いただき、実際の判断は必ず主治医と最新版のガイドラインでご確認ください[2]

化学療法によって月経が止まることは珍しくなく、その頻度は30〜76%と報告されています[1]。ただし、影響を受けたのが成熟した卵胞だけであれば、治療終了後に回復することが多いのも事実です[1]。一方、造血幹細胞移植のように高用量のアルキル化薬と全身放射線照射を組み合わせる治療は最も影響が大きく、移植を受けた患者の83%に妊孕性の喪失が認められたという報告があります[11]。同じ「抗がん剤」という一語でも、中身によってここまで差があります。

放射線:どこに、どれだけ当たるかで決まります

放射線は卵巣内の原始卵胞の数を減らします。直接照射された分だけでなく、周囲に散乱した被曝も考慮する必要があります[1]。報告によれば2Gyの照射で原始卵胞の数が減少し、出生時なら20.4Gy、30歳時なら14.3Gy以上の照射で卵巣機能が廃絶するとされています[1]。年齢が高いほど、少ない線量で影響を受けます。

男性では、21歳より若い時期に精巣やその近傍へ放射線治療を受けた患者の11年間の追跡調査で、7.5Gy以上の被曝で妊孕性が低下することが報告されています[1]。また一時的な乏精子症や無精子症は10cGyや35cGyという、はるかに少ない線量でも起こり、2〜4Gy以上で永続的な無精子症になるという報告もあります[1]

見落とされやすいのが脳への照射です。視床下部や下垂体に放射線が当たるとゴナドトロピンの分泌が障害され、性腺そのものは無事でも卵巣や精巣が働かなくなります。35〜40Gyでゴナドトロピンの分泌不全が生じるとされ、これは男女に共通する現象です[1]。「お腹に放射線を当てていないから大丈夫」とは限らない、ということです。

手術:切除の範囲だけでなく、血流への影響もあります

両側の卵巣を切除すれば卵巣機能は消失し、片側切除や部分切除では卵子の数が減ります[1]。多くの場合は残った卵巣がその役割を補いますが、減少が著しければ卵巣機能不全となります。さらに、悪性でない病気の手術であっても術後の血流障害によって卵巣機能が落ちる可能性が指摘されており、子宮や卵巣の手術後にAMHが低下したという報告があります[1]。切除した量だけの問題ではないのです。卵巣がん子宮体がんのように、対象の臓器そのものが妊孕性を担っている場合は、治療がそのまま妊孕性の喪失につながりやすくなります。

男性では、両側の精巣を切除すれば精子形成と男性ホルモン産生の両方が失われます[1]。一方で前述のとおり、片側のみであれば影響は小さいと考えられています[1]。なお女性の卵巣機能は時間の経過とともに回復することが多いのに対し、精巣のほうがより強い影響を受けるという指摘もあります[12]。男性だから軽い、ということではありません。

6. 妊孕性を「温存する」という選択肢

性腺毒性のある治療を受ける前に、卵子・胚(受精卵)・卵巣組織・精子を凍結して保管しておくのが妊孕性温存療法です。日本癌治療学会のガイドラインは、がん治療医が果たすべき役割として「がん治療によって生殖可能年齢内に不妊となる可能性およびそれに関する情報を患者に伝える」「挙児希望がある場合、可能な限り早期に生殖医療を専門とする医師を紹介する」ことを挙げています[1]何よりもがん治療を最優先するという大前提のうえで、時間の許すかぎり選択肢を提示する、という考え方です[1]

方法の選択は、性別、年齢、パートナーの有無、そして治療開始までに残された時間で変わります。女性ではパートナーがいる場合の胚凍結、いない場合の未受精卵子凍結が中心となり、排卵誘発の時間がとれない場合や思春期前の場合には卵巣組織の凍結が検討されます[1]。男性では精子の凍結保存が第一選択で、すでに無精子症になっている場合でも手術で精巣内から精子を回収できることがあります[12]

📖 それぞれの方法の成功率、がん細胞を戻してしまうリスク、費用と公的助成の詳細は、卵巣組織凍結(OTC)と未受精卵子凍結(OC)とは?で詳しく解説しています。

なお、卵巣機能が失われて40歳未満で月経が止まる状態を早発卵巣不全(POI)といいます。がん治療によって生じるものは医原性のPOIと呼ばれます。TP63遺伝子のページでは、抗がん剤がどのように卵子のゲノム防御機構を作動させて卵胞を失わせるのかという分子レベルの仕組みを扱っていますので、より深く知りたい方はそちらもご覧ください。

7. 妊孕性の低下に遺伝的な背景があるとき

ここからが、遺伝診療を専門とする当院からお伝えしたい部分です。妊孕性の低下は「加齢」か「がん治療」で説明されることがほとんどですが、同じ年齢でも人によって卵巣予備能に大きな差があるのはなぜか、という問いに答えるには、もう一つの視点が必要になります。それが遺伝的な背景です。

たとえばFMR1遺伝子のリピートが中間的な長さになっている方では、卵巣機能が早く尽きるFXPOIを起こしやすいことが知られています。当院ではFMR1遺伝子リピート伸長検査でこれを確認できます。また、卵母細胞が出す成長因子のGDF9BMP15、減数分裂に関わるSTAG3、DNA修復に関わるMCM8MCM9、性腺の発生を司るNR5A1FOXL2など、多くの遺伝子が関与することが分かってきました。卵巣が卵巣として維持されるために働くWNT4/RSPO1シグナルもこの文脈に含まれます。染色体レベルではターナー症候群が代表で、自己免疫が背景にある自己免疫性卵巣炎という原因もあります。

原因が分かることの価値は、「いつまでに何を決めておくべきか」を逆算できるようになる点にあります。当院では女性不妊症NGS遺伝子パネル検査マイクロアレイ染色体検査(CMA)を組み合わせて背景を調べています。詳細は低AMHおよび早発性卵巣不全における遺伝子検査をご覧ください。

遺伝性腫瘍と妊孕性:ガイドラインが定める説明事項

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

ヒトは同じ遺伝子を父由来・母由来で2本ずつ持っています。そのうち1本に病的な変化があるだけで体質が現れる伝わり方を常染色体顕性遺伝(従来の常染色体優性遺伝)といいます。この場合、お子さんに受け継がれる確率は性別に関係なく50%です。多くの遺伝性腫瘍がこの形式をとります[1]

日本癌治療学会のガイドラインには、遺伝性腫瘍について独立した項目が設けられています。若くしてがんを発症した場合や家族歴が濃厚な場合には遺伝性腫瘍の可能性が高くなるため、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)リンチ症候群などの可能性を並行して検索し、必要に応じて遺伝カウンセリングや意思決定の支援を受けられるよう配慮することが推奨されています[1]BRCA1BRCA2TP53などがこれに該当します。

なお同じガイドラインには、日本産科婦人科学会の見解として遺伝性腫瘍は着床前診断や出生前診断の対象とはなっていない旨を伝えるべきだという記載もあります[1]。ただしこれは2017年版時点での記述であり、着床前診断をめぐる国内の枠組みはその後見直しが進んでいます。現在は個々の事例ごとに審査される仕組みへと移行しているため、この分野は制度そのものが動いているとご理解ください。実際に検討される際は、必ず最新の情報をご確認ください。またHBOCの女性では卵巣予備能が低いために生殖補助医療の成績が不良になるという報告があるものの、見解は一定していないとされています[1]

こうした話は、ご本人だけの問題では終わりません。ご家族やご親族にも関わってくるため、丁寧な配慮が欠かせないとガイドラインも指摘しています[1]。当院では臨床遺伝専門医遺伝カウンセリングを担当し、検査を受けるかどうかの段階からご相談をお受けしています。

8. よくある誤解

誤解①「妊孕性は女性だけの言葉」

男性にも使います。女性では妊娠する力、男性ではパートナーを妊娠に導く力を指します[12]。実際、不妊の原因別頻度では男性不妊が32.7%と最多です[7]

誤解②「抗がん剤を使えば必ず不妊になる」

薬の種類と総量によって大きく異なります。アルキル化薬を含まない、または低用量のレジメンは低リスクに分類されており[5]、化学療法後の無月経も回復することが多いとされています[1]

誤解③「治療後に精子がなければ諦めるしかない」

化学療法の終了から数年後に精子形成が再開することもあると、ガイドラインに明記されています[1]。治療直後の検査結果が最終結論とは限りません。まずは精液検査で現状を確認してください。

誤解④「お腹に放射線を当てなければ問題ない」

脳への照射でも妊孕性は下がります。視床下部や下垂体に35〜40Gyが当たるとゴナドトロピンの分泌不全が生じ、性腺そのものは無事でも働かなくなります[1]

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【妊孕性は「あるかないか」ではありません】

妊孕性という言葉は、つい「ある」「ない」の二択で語られがちです。けれども実際には、卵子の数、卵子の質、ホルモンの調節、通り道、育てる場所という複数の要素が、それぞれ違う速度で変化していく連続的なものです。どれか一つが弱くても、他が補ってくれることもあります。

私が遺伝の側から強くお伝えしたいのは、若くして卵巣予備能が下がっている方のなかに、原因を調べれば分かる方が確実にいらっしゃるということです。原因が分かれば「あと何年くらい猶予がありそうか」の見当がつき、次の一手を落ち着いて選べます。逆に、原因を調べないまま時間だけが過ぎてしまうのが、いちばんもったいない。気になることがあれば、検査を受けると決める前の段階でご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 妊孕性は何と読みますか。「にんようせい」で合っていますか?

はい、「にんようせい」で正しい読み方です。日本癌治療学会の診療ガイドラインでも「妊孕性(にんようせい;妊娠できる能力のこと)」と読みがなつきで記載されています[1]。「孕」は訓読みで「はらむ」と読み、お腹に子を宿すという意味の漢字です。

Q2. 妊孕性と妊孕能、妊孕力は違うものですか?

いずれも「妊娠できる能力」を指しており、意味に大きな違いはありません。学会のガイドラインでは「妊孕性」という表記が用いられることが多く、公的助成の事業名でも「妊孕性温存療法」が使われています。文献によっては「妊よう性」とひらがな交じりで書かれることもあります。

Q3. 何年妊娠しなければ不妊症になるのですか?

日本では、避妊せずに性交していたにもかかわらず1年間妊娠しない場合を不妊症と定義しています[6]。以前は2年でしたが、2015年に1年へ短縮されました[14]。なお米国生殖医学会は2023年に、35歳未満なら1年、35歳以上なら6か月の時点で検査を始めることを提唱しています[8]

Q4. 不妊はどのくらいの人が経験するものですか?

世界保健機関は2023年、生殖年齢にある人の約17.5%、およそ6人に1人が生涯のうちに不妊を経験するという推計を公表しました。しかもこの割合には地域によるばらつきがほとんど見られませんでした[9]。決して特別なことではありません。

Q5. 抗がん剤を使うと必ず妊孕性は失われますか?

いいえ。薬の種類と総投与量、そして治療を受ける年齢によって大きく変わります。アルキル化薬を含まない、または低用量のレジメンは低リスクに分類されています[5]。一方、造血幹細胞移植のように高用量のアルキル化薬と全身照射を組み合わせる治療では、83%に妊孕性の喪失が認められたという報告があります[11]

Q6. 男性でも妊孕性温存は必要ですか?

必要です。精巣は抗がん剤や放射線への感受性が高い臓器とされており[13]、女性の卵巣機能が時間とともに回復することが多いのに対し、精巣のほうがより強い影響を受けるという指摘もあります[12]。精子の凍結保存は身体への負担が小さく、可能な限り初回の化学療法を始める前に検討されます[12]

Q7. 若いのにAMHが低いと言われました。遺伝子検査を受ける意味はありますか?

意味がある場合があります。若年で卵巣予備能が低下している背景には、FMR1のリピート伸長をはじめ複数の遺伝子や染色体の要因が関わることが分かってきています。原因が分かると、どのくらいの時間的猶予を想定して計画を立てるべきかの見当がつきます。ただし検査を受けるかどうかはご本人の選択ですので、受ける前の段階でのご相談を歓迎します。

Q8. 妊孕性温存の情報は、誰から聞けばよいのでしょうか?

日本癌治療学会のガイドラインは、がん治療医が不妊となる可能性について情報を伝え、挙児希望がある場合は可能な限り早期に生殖医療を専門とする医師を紹介することを求めています[1]。まずは主治医にお尋ねください。そのうえで、遺伝的な背景が関わりそうな場合には、当院のような遺伝診療の窓口もご利用いただけます。

🏥 妊孕性と遺伝的背景のご相談

若年での卵巣予備能低下や無精子症の背景を調べたい方
遺伝性腫瘍をお持ちで妊娠を考えている方は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックへご相談ください。

参考文献

  • [1] 妊孕性温存 診療ガイドライン|がん診療ガイドライン. 日本癌治療学会. [日本癌治療学会]
  • [2] 妊孕性温存|がん診療ガイドライン. 日本癌治療学会. [日本癌治療学会]
  • [3] 小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 第2版(日本癌治療学会 編). 金原出版. [金原出版]
  • [4] 小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業における対象患者要件への影響(事務連絡 令和7年1月31日). 厚生労働省健康・生活衛生局がん・疾病対策課. [PDF]
  • [5] 妊よう性/生殖機能(女性)長期フォローアップリーフレット. 日本造血・免疫細胞療法学会. [PDF]
  • [6] 不妊症. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. [日本産科婦人科学会]
  • [7] 不妊症の定義・分類・治療法. 日本産婦人科医会. [日本産婦人科医会]
  • [8] 生殖医療Q&A Q2.不妊症とはどういうものですか? 一般社団法人 日本生殖医学会. [日本生殖医学会]
  • [9] 世界では6人に1人に不妊の影響. 公益社団法人 日本WHO協会. [日本WHO協会]
  • [10] 不妊(ファクトシート). 公益社団法人 日本WHO協会. [日本WHO協会]
  • [11] 小児がん治療における妊孕性への影響. 日本産婦人科医会. [日本産婦人科医会]
  • [12] 造血器腫瘍(成人). 一般社団法人 日本がん・生殖医療学会. [日本がん・生殖医療学会]
  • [13] 男性の皆様へ|KOFNet. 京都大学医学部附属病院. [KOFNet]
  • [14] 不妊症. KOMPAS 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト. [KOMPAS]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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