目次
卵子の老化とは、年齢とともに卵子の数が減り、同時に卵子の「質」、とくに染色体を正しく分ける力が落ちていくことを指します。卵子は生まれる前にすべてつくられ、その後は新しく増えることがありません。そのため卵子は、持ち主と同じだけ年を重ねています。卵子の加齢に伴う染色体異数性には、染色体をつなぎとめる仕組みの弱まりなど、複数の機序が関与します。これが、年齢とともに妊娠しにくくなること、流産や枯死卵(胎嚢の中に赤ちゃんが見えない流産)が増えること、ダウン症候群などの頻度が上がることにつながります。この記事では、卵子が老化する原因、何歳から進むのか、老化のサインが本当に示すもの、そして防ぐためにできること・できないことを、臨床遺伝専門医の立場から整理します。
Q. 卵子はなぜ老化するのですか?
A. 卵子は胎児期から排卵まで、数十年にわたって分裂の途中で止まったまま待機しています。その間に染色体をつなぐタンパク質(コヒーシン)が少しずつ失われ、ミトコンドリアの働きも落ちるためです。その結果、排卵の直前に染色体を半分に分けるときに誤りが起こりやすくなります。老化そのものを止めたり、若返らせたりする方法は、現時点では確立していません。
- ➤何歳から → 30代半ばから変化がはっきりし、37〜38歳ごろから卵子の数の減り方が速まる
- ➤主な原因 → コヒーシンの劣化、染色体の分配を見張る仕組みのゆるみ、ミトコンドリア機能の低下
- ➤起こること → 妊娠率の低下、流産・枯死卵の増加、染色体の数の異常をもつ子どもの頻度の上昇
- ➤サイン → 月経周期の短縮などは「卵子の数」の減少を映すもので、卵子の質を直接示すものではない
1. 卵子の老化とは?「数の減少」と「質の低下」
卵子の老化には、「卵子の数が減ること」と「一つひとつの卵子の質が落ちること」の2つの面があります。日本生殖医学会は、女性は35歳以上になると妊娠率が下がるだけでなく流産率が上がり、その背景に加齢による卵子の質の低下があると説明しています[1]。数と質は別々に進むように見えて、どちらも「卵子が生まれる前からずっと卵巣の中で待っている」という同じ事情から生じています。
卵子は胎児期にすべてつくられ、増えることはない
女性が一生のうちに使う卵子のもとは、お母さんのおなかの中にいる胎児期にすべてつくられ、生まれた後に新しく増えることはありません。卵子のもとになる細胞は、薄い細胞の層に包まれた原始卵胞という形で卵巣に蓄えられています。
ヒトの卵巣の生殖細胞を数えた古典的な研究では、その数は胎生5か月ごろに約700万個とピークを迎え、そこから急速に減っていきます[2]。出生時にはすでに大きく減っており、思春期を迎えるころには数十万個になっています。その後も、排卵される1個の卵子の陰で、毎月たくさんの原始卵胞が目覚めては消えていきます。
年齢ごとの残り具合を数理モデルで推定した研究では、30歳の時点で残っている原始卵胞は胎児期の最大数の約12%、40歳では約3%とされています[3]。ただし、同じ年齢でも個人差が大きく、この数字はあくまで集団の平均的な姿です。卵子の数の詳しい推移は卵子の個数は決まっている?で解説しています。
卵子の「年齢」は自分の年齢と同じ
卵子は胎児期に分裂を始めたところで止まり、排卵の直前まで数十年も待機しているため、卵子の年齢は本人の年齢とほぼ同じです。卵子をつくる分裂は減数分裂と呼ばれ、46本の染色体を23本に半分にする特別な分裂です。卵子では、この分裂の第一段階の途中で止まった状態が長く続きます。この長い待機をディクチオテン期停止といいます。
待機している間、卵子の中では、父由来と母由来の染色体が対になり、互いにつながったまま並んでいます。この「つながった状態」を何十年も保たなければならないことが、卵子の老化を考えるうえでの鍵になります。40歳で排卵される卵子は、40年近く前に分裂を始め、そのまま止まっていた細胞です。
💡 用語解説:減数分裂と染色体
ヒトの体の細胞は、父親と母親から1セットずつ受け継いだ46本(23対)の染色体をもっています。卵子と精子をつくるときは、これを23本に半分にする減数分裂が行われ、受精によって再び46本に戻ります。このとき染色体の分け方を誤ると、1本多い(トリソミー)、または1本少ない(モノソミー)卵子ができます。これを「染色体の数の異常(異数性)」といいます。
卵子の老化は何歳から始まる?
卵子の数は生まれる前から減り続けていますが、妊娠への影響がはっきりしてくるのは30代半ばで、37〜38歳ごろからは減り方がさらに速くなります。原始卵胞の数を年齢ごとに調べた研究では、37〜38歳ごろ、残りがおよそ2万5千個になったあたりから減るスピードが速まることが示されました[4]。日本生殖医学会も、37歳を過ぎると卵子の数が急速に減り、約1,000個以下になると閉経に至ると説明しています[1]。
一方、卵子の質、とくに染色体の数の異常の起こりやすさは、30代後半から目立って上がります。体外受精の胚を調べた大規模な研究では、染色体の数に異常がある胚の割合が最も低かったのは26〜30歳で、38〜40歳では約半数、43歳以上では8割を超えていました[5]。このデータは体外受精を受けた方の胚を調べたもので、自然妊娠の卵子にそのまま当てはまるわけではありませんが、年齢とともに異常の割合が上がる傾向ははっきりしています。
変化は連続的で個人差も大きく、「35歳を過ぎたら急に妊娠できなくなる」といった線引きはできません。年齢別の妊娠のしやすさについては年齢別に見た妊娠確率で解説しています。
2. 卵子が老化する原因
卵子の老化の中心にあるのは、長い待機の間に染色体をつなぎとめる力が弱まり、排卵の直前の分裂で染色体を正しく分けられなくなることです。ヒトの受精卵には、ほかの哺乳類と比べて染色体の数の異常がとても多く、その大部分が卵子の減数分裂の誤りに由来し、母親の年齢とともに急増することがわかっています[6]。以下では、原因として考えられているものを、確からしさの高い順に説明します。
染色体をつなぐコヒーシンの劣化(主な原因)
現在、加齢に伴う卵子の染色体分配異常に関わる重要な機序の一つと考えられているのは、染色体どうしをつなぎとめるリング状のタンパク質「コヒーシン」が、年月とともに失われていくことです。卵子の中で対になった染色体は、コヒーシンによって束ねられています。コヒーシンは胎児期に取り付けられた後、ほとんど補充されないと考えられており、数十年の間に少しずつ減っていきます。
年齢の違うマウスの卵子を比べた研究では、年をとった卵子ほど染色体のつなぎ目(セントロメア周辺)のコヒーシンが少なく、つながりが弱くなっていました。そして、この弱まりが年齢に伴う染色体分配の誤りに大きく関与することが示されました[7]。つながりが弱まった染色体は、分裂のときに早すぎるタイミングでばらけてしまい、本来は別々の卵子に分かれるはずの染色体が一方に偏ります。これが染色体不分離で、トリソミーやモノソミーの受精卵が生じる原因になります。
この仕組みは、加齢に伴う卵子の染色体分配異常を説明する重要な機序の一つです。ただし、ヒトの加齢性異数性はコヒーシンだけで説明されるものではなく、組換え、紡錘体、チェックポイントなど複数の要因が関与すると考えられています。分子レベルの詳しい機序は、なぜ卵子で染色体異常(異数性)が起こるのかで解説しています。
染色体の分配を見張るチェック機構のゆるみ
細胞には、染色体が正しく並ぶまで分裂を先に進めない「見張り役」の仕組みがありますが、卵子ではこの見張りがもともと甘く、年齢とともに誤りを見逃しやすくなると考えられています。この仕組みは紡錘体形成チェックポイントと呼ばれます。
分裂のとき、染色体は紡錘体という糸のような構造に引っ張られて左右に分かれます。体の細胞では、1本でも正しくつながっていない染色体があると分裂が止まります。ところが卵子は細胞が非常に大きく、少数のつながりの誤りを検知しにくいことが指摘されています[6]。コヒーシンが弱まって染色体の並びが不安定になった卵子で、この見張りの甘さが重なることが、年齢とともに異常が増える一因と考えられています。
ミトコンドリアの機能低下と酸化ストレス
卵子の中でエネルギーをつくるミトコンドリアの働きが年齢とともに落ちることも、卵子の質の低下に関わると考えられています。卵子は体の中で最も大きな細胞の一つで、ミトコンドリアを非常に多く含んでいます。受精後の最初の数日間の分裂は、卵子がもともと持っていたミトコンドリアのエネルギーに頼って進みます。
卵巣の老化とミトコンドリアの関係をまとめた総説では、年齢とともに卵子や周りの細胞のミトコンドリアの数や機能が低下し、それが卵子の成熟や胚の発育に影響する可能性が示されています[8]。ミトコンドリアがエネルギーをつくる過程では活性酸素も生じ、これが細胞を傷つける状態を酸化ストレスといいます。
ただし、ミトコンドリアの機能低下がどこまで老化の「原因」で、どこまでが「結果」なのかは、まだ十分にわかっていません。ヒトでの研究は限られ、動物実験の結果が多いのが現状です。
テロメアの短縮(研究段階)
染色体の端にあるテロメアが短くなることと卵子の老化との関係は、まだ研究段階です。テロメアは、染色体の末端を保護するキャップのような構造で、遺伝情報そのものを担う部分ではありません。体の細胞では分裂のたびに少しずつ短くなり、短くなりすぎると細胞は分裂をやめます。
ただ、卵子は待機している間はほとんど分裂しません。そのため、「分裂を繰り返してテロメアが短くなり卵子が老化する」という説明は、卵子にはそのまま当てはまりません。卵子や周囲の細胞のテロメアと卵子の質との関係は研究されていますが、現時点では卵子の老化の主因として確立したものではありません。
老化を早める要因:喫煙・卵巣の手術・抗がん剤・遺伝的な体質
卵子の老化は基本的には年齢で決まりますが、喫煙、卵巣の手術、抗がん剤や放射線治療、一部の遺伝的な体質は、卵子の数の減少を早めることがあります。米国生殖医学会は、喫煙が卵子の数の減少を早め、閉経を早めることを示すデータがあるとしています[9]。
卵巣の手術や、がん治療で使う抗がん剤・放射線は、卵巣に蓄えられた原始卵胞を直接減らすことがあります。また、遺伝的な体質として知られるのが、FMR1遺伝子の特定の変化(前変異、プレミューテーション)です。この変化をもつ女性では、およそ20%に40歳未満で卵巣機能が止まる早発卵巣不全が起こると報告されています[10]。
血縁の女性に若くして閉経した方が複数いる場合、卵子の数が早く減る体質が家系内にあることも考えられます。40歳未満で月経が止まる状態については早発閉経(早期閉経)とはで解説しています。
🩺 院長コラム【卵子の老化は「時間」の問題】
卵子の老化の話をすると、「生活を改めれば若い卵子に戻せるのか」と考える方が少なくありません。けれども、ここまで見てきたように、中心にあるのは、何十年も分裂の途中で待ち続けた卵子の中で、染色体をつなぐタンパク質が少しずつ失われていくという「時間」の問題です。
この事実を正確に知っておくことは、妊娠・出産の時期を考えるうえで重要な基礎知識です。年齢とともに起こる変化を理解し、利用できる選択肢を検討するための情報として捉えることが大切です。
3. 卵子が老化するとどうなる?
卵子が老化すると、妊娠しにくくなる、流産(枯死卵を含む)が増える、染色体の数に異常のある子どもが生まれる頻度が上がる、という3つの変化が起こります。いずれも、第2章で見た「染色体の数の異常が増える」ことで、かなりの部分が説明できます。
妊娠しにくくなる
染色体の数に異常のある受精卵の多くは、着床しないか、着床しても早い段階で育たなくなるため、年齢とともに1回の排卵あたりの妊娠率が下がります。卵子の数が減ることで、そもそも排卵が不規則になったり、体外受精で採れる卵子が少なくなったりすることも重なります[1]。
第1章で紹介したように、体外受精の胚で染色体の数の異常がある割合は、38〜40歳で約半数、43歳以上では8割を超えます[5]。同じ研究では、1回の採卵で得られた胚に染色体の数が正常な胚が1個もなかった方の割合が、26〜37歳では数%だったのに対し、44歳では半数を超えていました。体外受精などの治療は受精や着床の手助けにはなりますが、卵子の染色体の状態そのものを変えることはできません。
流産が増える
流産の割合は年齢とともに上がり、40歳前後から急に高くなります。日本の不妊治療のデータをもとに厚生労働省が作成した資料では、治療で妊娠した方の流産率は、30歳で約20%、40歳で約35%、45歳以上では約66%でした[11]。デンマークの約63万件の妊娠を追跡した住民研究でも、自然流産の割合は20〜24歳の8.9%から、45歳以上では74.7%に上がっていました[12]。
📊 年齢と流産の割合
| 年齢 | 不妊治療で妊娠した方の流産率(日本) |
|---|---|
| 30歳 | 19.9% |
| 35歳 | 20.3% |
| 40歳 | 35.1% |
| 45歳以上 | 66.0% |
※日本産科婦人科学会の2010年データをもとに厚生労働省が作成した資料[11]による。不妊治療で妊娠した方の数値で、すべての妊娠にそのまま当てはまるものではありません。
妊娠初期の流産の約半数は、赤ちゃん側の染色体の異常によるものとされています[13]。年齢とともに流産が増えるのは、主に卵子の染色体の数の異常が増えるためです。流産は、ほとんどの場合、妊娠した方の行動が原因で起こるものではありません。流産の分類や種類は流産の種類で、流産を繰り返す場合の染色体の検査は不育症の原因になる染色体異常で解説しています。
枯死卵(胎芽が見えない流産)と卵子の染色体異常
枯死卵とは、超音波検査で胎嚢(赤ちゃんを包む袋)は見えるのに、その中に赤ちゃん(胎芽)が育ってこない状態を指す言葉で、稽留流産の一つの形です。医学的には「無胎芽妊娠」とも呼ばれます。受精卵が着床して胎嚢はつくられたものの、胎芽への発育が早い段階で止まったことを意味します。
枯死卵の原因として最も多いのは、受精卵の染色体の異常です。妊娠初期の流産の約半数が染色体の異常によるもので[13]、枯死卵もその代表的な形です。流産で最も多くみられる染色体の異常は16トリソミーで、このトリソミーは妊娠を最後まで続けることがほぼない異常です[6]。トリソミーの多くは卵子の減数分裂の誤りから生じ、母親の年齢とともに増えるため、年齢が上がるほど枯死卵も起こりやすくなります。
ただし、妊娠のごく初期は胎芽が小さく、見えないのが正常な時期もあります。米国の専門家の基準では、胎嚢の平均の直径が25mm以上あるのに胎芽が見えない場合などに、育たない妊娠と診断するとされています[13][14]。1回の検査で結論を急がず、間隔をあけて確認するのが一般的です。
💡 用語解説:枯死卵(こしらん)・無胎芽妊娠
枯死卵は、胎嚢はできたものの、その中で赤ちゃんのもと(胎芽)が育たなかった状態を指す言葉です。多くは受精卵の染色体の異常によって、ごく早い段階で発育が止まったものと考えられています。お母さんの生活や行動が原因で起こるものではなく、卵子と精子が出会った時点で決まっていることがほとんどです。1回の枯死卵のあと、次の妊娠で同じことが繰り返されるとは限りません。
ダウン症候群など染色体異常の子どもが生まれる頻度
母親の年齢が上がると、ダウン症候群(21トリソミー)など染色体の数の異常をもつ子どもが生まれる頻度も上がります。トリソミーのうち、13番・18番・21番や性染色体の異常の一部は、妊娠を継続して出生に至ることがあります。とくにダウン症候群は、生まれてくる子どもの染色体の数の異常のなかで最も多いものです。
📊 母親の年齢と子どもの染色体異常の頻度(出生時)
| 母親の年齢 | 出生1,000あたり | おおよその割合 |
|---|---|---|
| 30歳 | 2.6 | 約384人に1人 |
| 35歳 | 5.2 | 約192人に1人 |
| 40歳 | 15.2 | 約66人に1人 |
| 45歳 | 47.6 | 約21人に1人 |
| 49歳 | 125.0 | 約8人に1人 |
※日本家族計画協会の資料(厚生労働省「女性の年齢と子どもの染色体異常のリスク」)[15]による。ダウン症候群だけでなく、染色体異常全体の頻度です。以前の解説で「49歳で125%」とした記載は誤りで、正しくは出生1,000あたり125.0(約12.5%)です。
この表からわかるように、35歳を境に急に上がるわけではなく、年齢とともに連続的に上がっていきます。一方で、40歳でも約66人に65人、45歳でも約21人に20人は、染色体の数の異常をもたずに生まれています。集団の頻度は、一人ひとりの妊娠の結果を予言するものではありません。
染色体の数の異常のしくみや種類についてはトリソミーとはで詳しく解説しています。
4. 卵子老化のサインはある?
卵子の質の低下を自分で確かめられるサインはありません。よく「卵子老化のサイン」として挙げられる月経の変化は、主に卵巣に残っている卵子の数(卵巣予備能)が減ってきたことを映すもので、一つひとつの卵子の染色体の状態を示すものではありません。数と質を分けて考えることが、サインを正しく読むための前提です。
月経周期が短くなる・経血が減ることが意味するもの
月経周期が以前より短くなる、経血の量が減るといった変化は、卵巣に残っている卵子が減ってきたときにみられることがありますが、卵子の質を直接示すものではありません。卵子の数が減ると、卵胞を育てるホルモン(卵胞刺激ホルモン)が多く分泌されるようになり、卵胞が早く育って排卵までの期間が短くなることがあります。その結果、月経周期が短くなることがあります。
ただし、月経周期や経血の量は、ストレス、体重の変化、甲状腺の病気、子宮筋腫や子宮内膜の状態など、さまざまな理由で変わります。月経が規則的にきていても、卵子の染色体の状態がよいとは限りません。逆に、周期が短くなったからといって、すぐに妊娠できなくなるわけでもありません。
AMH・FSHでわかるのは「卵子の数」
血液検査のAMH(抗ミュラー管ホルモン)や、超音波で数える胞状卵胞の数からわかるのは、卵巣に残っている卵子の数の目安です。この「卵巣に残っている卵子の量」を卵巣予備能といいます。
米国生殖医学会は、卵巣予備能の指標は体外受精で採れる卵子の数をよく予測する一方、妊娠できる可能性を単独で予測する力は弱く、卵子の質や出生率との関連も弱いとしています[16]。つまり、AMHが低くても自然に妊娠する方はいますし、AMHが高くても年齢相応に卵子の染色体の異常は増えます。
AMHは、体外受精の薬の量を決めるときや、卵巣の手術の前後、閉経がいつごろになりそうかを考えるときなどには役立ちます。ただし、「AMHが年齢より低い=卵子が老化している」「AMHが高い=卵子が若い」とは読めない点に注意が必要です。
卵子の質を直接調べる検査はない
現時点で、排卵される前の卵子の質や染色体の状態を、卵子を傷つけずに調べる検査はありません。卵子の染色体を調べるには細胞そのものを分析する必要があり、調べた卵子は使えなくなるためです。
体外受精では、受精後に育った胚の一部の細胞を取って染色体の数を調べるPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)が行われることがあります。これは卵子ではなく胚を調べる検査で、胚の一部を調べた結果が胚全体を代表しない場合もあります。卵子の質は「年齢」が最もよい目安であり、実際の結果は妊娠してみないとわからない、というのが正直な答えです。
⚠️ 「セルフチェック」の限界
インターネット上には「卵子老化のセルフチェック」が数多くありますが、月経の変化、基礎体温、体調などから卵子の質を判断することはできません。数の目安はAMHなどで、質の目安は年齢で考えるのが現在の医学的な考え方です。
5. 卵子の老化は防げる?できること・できないこと
卵子の老化そのものを止めたり、老化した卵子を若返らせたりする方法は、現時点では確立していません。できるのは、老化を早める要因を避けることと、必要に応じて若いうちに卵子を凍結しておくことです。ここでは、よく勧められる方法の根拠を一つずつ確認します。
老化そのものを止める方法はない
卵子の加齢に伴う変化には、コヒーシンの減少を含む「待機した時間の長さ」に結びついた機序が関与しており、食事やサプリメントで若い時点の状態へ戻せることは示されていません。以前の解説では「老化を遅らせることはできる」と書いていましたが、ヒトで卵子の老化を遅らせることが確かめられた方法はありません。
「卵子の老化を防ぐ食べ物」として特定の食品が紹介されることがありますが、特定の食べ物が卵子の染色体の異常を減らすことを示した質の高い研究はありません。以前の解説で挙げていた赤ワインは、妊娠を考えている時期の飲酒につながるため、勧められません。
一方で、バランスのよい食事、適正な体重、十分な睡眠は、月経や排卵を整え、妊娠中の健康を支えるうえで意味があります。「卵子を若返らせる」目的ではなく、「妊娠に向けて体を整える」目的で取り組むのが現実的です。
抗酸化サプリメントの位置づけ
抗酸化物質のサプリメントが妊娠しにくさのある女性の出生率を上げるかどうかについては、確かな根拠がありません。国際的な研究者ネットワークであるコクランが複数の臨床試験をまとめた2020年の報告では、抗酸化物質が役立つ可能性を示す根拠は「質が低い〜非常に低い」もので、出生率を上げるかどうかは不確かだと結論しています[17]。
ビタミンCやビタミンE、コエンザイムQ10などは、試験管内や動物実験では卵子への効果が報告されることがありますが、ヒトで卵子の老化を遅らせることが確かめられたわけではありません。一方、妊娠を考えている時期の葉酸の摂取は、赤ちゃんの神経管閉鎖障害のリスクを下げる目的で勧められており、卵子の老化対策とは別の理由で意味があります。卵子の質との関係で取り組めることは卵子の質を上げる方法にまとめています。
喫煙を避ける・体重を整える
根拠がはっきりしている「老化を早めないための対策」は、たばこを吸わないことです。喫煙は卵子の数の減少を早め、閉経を早めることが示されています[9]。受動喫煙も避けられるなら避けたほうがよいと考えられます。
極端なやせや肥満は排卵を乱し、妊娠しにくさにつながります。体重を整えることは卵子を若返らせるものではありませんが、排卵を規則的に保つうえで意味があります。
ピルを飲むと卵子は老化しない?
低用量ピルで排卵を止めても、卵子の老化は止まりません。ピルが止めるのは、毎月1個の卵子が選ばれて排卵に向かう段階です。加齢に伴う卵子の変化は、排卵するかどうかに関係なく、待機している卵子で時間とともに進みます。また、原始卵胞が少しずつ目覚めて減っていく過程も、ピルを飲んでいる間も続くと考えられています。
「ピルを飲んでいる間は排卵しないので、その分だけ卵子が温存される」という説明を見かけることがありますが、これを裏づける根拠はありません。なお、ピルを服用している間はAMHなどの卵巣予備能の指標が低めに測定されることが報告されており、服用中に検査を受ける場合は結果の解釈に注意が必要です[18]。
卵子凍結という選択肢
卵子の老化を「止める」ことに最も近いのは、若いうちに卵子を採って凍結保存しておくことです。凍結した卵子は、採った時点の年齢の性質を保ちます。将来その卵子を使うときには、凍結したときの年齢に応じた妊娠率が期待されます。
ただし、凍結した卵子がすべて妊娠につながるわけではなく、1人の子どもを得るために必要な卵子の数は、凍結したときの年齢によって大きく変わります。採卵には排卵誘発の注射や採卵の処置が必要で、費用もかかります。凍結時の年齢と妊娠率の関係は卵子凍結の妊娠率は?で詳しく解説しています。
🩺 院長コラム【「防ぐ方法」を探しすぎないために】
卵子の老化を防ぐとうたうサプリメントや食事法は数多くありますが、ヒトで効果が確かめられたものはほとんどありません。根拠の乏しい方法に時間とお金をかけることは、かえって大切な時間を失うことにもつながりかねません。
現在の医学的知見では、卵子の加齢において年齢は重要な要因であり、喫煙は生殖機能に悪影響を及ぼすため避けることが勧められます。そのうえで、妊娠を望む時期や方法を、正確な情報をもとに検討することが大切です。
6. 男性の加齢も関係する
年齢の影響を受けるのは女性の卵子だけではありませんが、その中身は異なります。卵子の老化では「染色体の数の異常」が中心になるのに対し、男性の加齢では、精子をつくる細胞が分裂を繰り返すなかで、一つの遺伝子に起こる小さな変化(新生突然変異)が少しずつ増えていくことが知られています。
ダウン症候群などの染色体の数の異常は、そのほとんどが母親の卵子の減数分裂の誤りに由来し、父親の年齢との関係ははっきりしません[6]。一方、父親の年齢が高いと、一部のまれな遺伝性疾患や、発達に関わる病気の頻度がわずかに上がることが報告されています。精子の数や運動率も、年齢とともにゆるやかに低下します。
妊娠しにくさの原因の一部は男性側にもあるため、年齢の話を女性の卵子だけの問題として捉えないことも必要です。男性の加齢と妊娠の関係は男性不妊と年齢の関係で解説しています。
7. 遺伝の視点:卵子の老化と出生前検査
卵子の老化によって増える染色体の数の異常のうち、出生に至ることがあるものは、妊娠中の検査で調べることができます。妊娠中の血液で赤ちゃんの染色体を調べるNIPT(新型出生前診断)は、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーなどを対象とする検査です。
NIPTはスクリーニング検査で、陽性の結果が出た場合は、羊水検査などの確定検査で確認する必要があります。また、母親の年齢によって、陽性の結果が本当に赤ちゃんの異常を示している割合(陽性的中率)が変わります。年齢が高いほど、そもそもの頻度が高いため、陽性的中率も高くなります。
卵子の老化による染色体の数の異常は、ほとんどの場合、両親のどちらにも原因がない偶然の出来事です。出生前検査を受けるかどうかは、検査でわかることとわからないことを理解したうえで、ご夫婦で決めることです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 卵子の老化は何歳から始まりますか?
卵子の数は生まれる前から減り続けていますが、妊娠への影響がはっきりしてくるのは30代半ばで、37〜38歳ごろからは卵子の数の減り方が速くなります。卵子の染色体の異常も30代後半から目立って増えます。ただし変化は連続的で、個人差も大きいため、特定の年齢で急に変わるわけではありません。
Q2. 卵子の老化は自分でチェックできますか?
できません。月経周期が短くなる、経血が減るといった変化は、卵巣に残っている卵子の数が減ってきたことを映す場合がありますが、卵子の質を示すものではありません。AMHなどの検査でわかるのも卵子の数の目安で、卵子の質を直接調べる検査は現時点ではありません。
Q3. 老化した卵子を若返らせる方法はありますか?
現時点では、老化した卵子を若返らせる方法は確立していません。抗酸化サプリメントについても、出生率を上げるという確かな根拠はありません。根拠がはっきりしているのは、喫煙を避けることと、若いうちに卵子を凍結しておくことです。
Q4. ピルを飲んでいれば卵子は老化しませんか?
ピルで排卵を止めても、卵子の老化は止まりません。卵子の老化の中心である染色体をつなぐタンパク質の劣化は、排卵の有無に関係なく時間とともに進みます。なお、ピルの服用中はAMHなどが低めに測定されることがあるため、検査結果の解釈に注意が必要です。
Q5. 卵子が老化すると障害のある子どもが生まれやすくなりますか?
母親の年齢とともに、ダウン症候群など染色体の数の異常をもつ子どもが生まれる頻度は上がります。出生時の染色体異常全体の頻度は、30歳で約384人に1人、40歳で約66人に1人、45歳で約21人に1人とされています。一方で、40歳でも大多数の子どもは染色体の数の異常をもたずに生まれています。
Q6. 枯死卵は卵子の老化が原因ですか?
枯死卵(胎嚢の中に胎芽が育たない流産)の原因として最も多いのは、受精卵の染色体の異常です。染色体の数の異常は卵子の減数分裂の誤りから生じることが多く、母親の年齢とともに増えるため、年齢が上がるほど起こりやすくなります。ただし若い方にも起こり、多くは偶然の出来事で、お母さんの行動が原因ではありません。
まとめ
卵子は胎児期にすべてつくられ、減数分裂の途中で止まったまま、排卵の直前まで数十年待機しています。その間に染色体をつなぐコヒーシンが失われ、分配を見張る仕組みの甘さも重なって、年齢とともに染色体の数の異常をもつ卵子が増えていきます[6][7]。これが、妊娠率の低下、流産や枯死卵の増加、ダウン症候群などの頻度の上昇につながります。
卵子の数の減り方は37〜38歳ごろから速まり[4]、月経の変化やAMHは主に卵子の数を映します。卵子の質を直接調べる方法はなく、老化を止めたり若返らせたりする方法も確立していません。喫煙を避けること、必要に応じて若いうちに卵子を凍結することが、根拠のある対策です。卵子の老化の詳しい分子機序はなぜ卵子で染色体異常(異数性)が起こるのかで解説しています。
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参考文献
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- [2] Baker TG. A quantitative and cytological study of germ cells in human ovaries. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 1963;158:417-433. DOI: 10.1098/rspb.1963.0055. [PubMed 14070052]
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