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精液検査で「精子が1匹もいません」と告げられたとき、多くの方が「もう子どもは持てない」と受け止められます。けれども精液中に精子がいないことと、精巣の中に精子がいないことは、まったく別のことです。非閉塞性無精子症(NOA)は、精子の通り道は開いているのに精巣で精子がつくられにくくなっている状態を指します。それでも精巣のごく一部で精子形成が残っていることがあり、顕微鏡下で探し出して顕微授精につなげる道があります。この記事では、原因となる染色体・遺伝子の異常から、検査の進め方、精子回収の見込みまでを、遺伝専門医の視点で整理します。
Q. 非閉塞性無精子症(NOA)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 精子の通り道はふさがっていないのに、精巣で精子をつくる働きそのものが低下し、射精した精液の中に精子が見つからない状態です。無精子症は男性全体の約1%、不妊に悩む男性の10〜15%にみられ、そのうちおよそ6割がNOAです。原因には染色体の変化・Y染色体のAZF欠失・TEX11などの単一遺伝子の変化があり、どれに当てはまるかによって精子を回収できる見込みが大きく変わります。だからこそ手術の前に遺伝学的検査を行う意味があります。
- ➤閉塞性(OA)との違い → 精巣の大きさ・FSH値・精液量とpHで見分ける。治療方針がまったく異なる
- ➤AZF欠失の意味 → AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収は事実上望めず、AZFcなら可能性が残る
- ➤TEX11などの新しい原因遺伝子 → 「原因不明」とされてきた症例の一部に減数分裂の遺伝子の変化が見つかる
- ➤micro-TESE → 顕微鏡で太い精細管を選んで採る方法。回収率は原因と組織像で大きく異なる
- ➤遺伝カウンセリングの要点 → 男児への伝わり方は原因によって違う。テストステロン補充は妊娠希望時には行わない
1. 非閉塞性無精子症(NOA)とは ─ 「通り道」ではなく「工場」の問題
無精子症とは、射出された精液の中に精子が1つも見つからない状態をいいます。ここで大切なのは、無精子症が「ひとつの病気」ではなく、原因の異なる複数の状態をまとめた呼び名だということです。大きく分けると、精子はつくられているのに通り道がふさがっている閉塞性無精子症(OA)と、通り道は開いているのに精子をつくる働きそのものが低下している非閉塞性無精子症(NOA)の2つになります。工場と配送路にたとえるなら、OAは配送路が寸断された状態、NOAは工場の生産ラインが止まっている状態です。
頻度をみると、無精子症は男性全体のおよそ1%に、そして不妊の検査を受けた男性の10〜15%に認められます[1]。この無精子症のうち、閉塞性が20〜40%程度を占め、残るおよそ6割が非閉塞性です[1]。つまりNOAは、無精子症のなかで多数派にあたります。NOAは男性不妊のなかで最も重い状態と位置づけられており、その背景には遺伝的な要因が大きく関わっていると考えられています[2]。
💡 用語解説:無精子症・乏精子症・無精液症
よく似た言葉が並ぶので整理しておきます。無精子症(azoospermia)は、精液を遠心分離して沈殿物まで調べても精子が1つも見つからない状態です。乏精子症(oligozoospermia)は、精子はいるけれども数が基準より少ない状態を指します。
まぎらわしいのが無精液症(aspermia)で、こちらは射精そのものが起こらず精液が出てこない状態です。精液は出ているのに精子がいないのが無精子症、精液自体が出ないのが無精液症、と区別してください。
診断は「1回の検査」では確定しない
無精子症の診断で見落とされがちなのが、検査のやり方そのものに厳密な決まりがあるという点です。精液を顕微鏡でのぞいて精子が見えなかった、というだけでは無精子症とは言えません。世界保健機関(WHO)の基準では、精液を遠心分離にかけて底に沈んだ沈渣を残らず観察し、それでも精子が確認できないことを求めています。日本で使われている標準的な手順では、3000gで15分間の遠心を行ったうえで、沈渣の全量を位相差顕微鏡で精査します。
さらに、検査は1か月から2か月ほど間隔をあけて2回以上行う必要があります。精子形成には約74日という長い時間がかかるため、発熱や過労、感染症といった一時的な出来事が数か月遅れて精液所見に現れることがあるからです。1回の結果だけで人生に関わる判断を下さないための、いわば安全装置です。実際、初回で無精子症とされた方が、条件を変えた再検査でごく少数の精子(クリプトゾースペルミア)が見つかることは珍しくありません。
精液所見を読むときの物差しも、2021年に更新されています。WHOラボマニュアル第6版では、妊娠に至った男性の下位5%にあたる値を「下限基準値」として示しており、精液量1.4mL、精子濃度1600万/mL、総精子数3900万/射精、総運動率42%、前進運動率30%、生存率54%、正常形態率4%とされています[3]。ここで誤解しやすいのは、この数字を下回ると妊娠できない、という意味ではないことです。あくまで「妊娠実績のある男性のなかで低いほうの5%に位置する」という統計上の目印にすぎません。
第6版で総運動率が40%から42%へ引き上げられ、前進運動率が32%から30%へ引き下げられたことに気づかれたでしょうか。基準が一律に緩くなったわけでも厳しくなったわけでもなく、世界各地から集めた実測データに基づいて項目ごとに調整された結果です[3]。過去の検査結果と比べるときは、どの版の基準で判定されたものかを確認する必要があります。
2. 閉塞性(OA)との見分け方と、NOAが起こる仕組み
OAとNOAの区別は、その後の治療がまったく別物になるため、診療の出発点にあたります。OAであれば通り道を再建する手術で自然妊娠を目指せる場合がありますが、NOAでは精巣から直接精子を探す方針になります。見分けるための手がかりは、精巣の大きさ・血液中のFSH値・精液量とpHの3つです。
精巣の体積は、その大半が精子をつくる精細管で占められています。したがって精子形成が長く止まっていると精巣は小さく柔らかくなります。オーキドメーターという器具で測り、日本人成人男性ではおおむね15〜20mL程度が目安とされます。OAでは精子はつくられているので精巣の大きさは保たれ、NOAでは縮んでいることが多い、という違いが生まれます。
💡 用語解説:FSHが「上がる」のはなぜか
脳の下垂体から出る卵胞刺激ホルモン(FSH)は、精巣に「精子をつくりなさい」と指示を送るホルモンです。精巣が元気に働いていると、精巣側からインヒビンBという物質が返信のように分泌され、脳は「足りている」と判断してFSHの分泌を抑えます。これをネガティブフィードバックといいます。
精子をつくる細胞が減ると、この返信が届かなくなります。脳は「まだ足りない」と判断してFSHを増やし続けるため、FSHの高値は精巣の造精機能が落ちているサインになるのです。エアコンの温度センサーが壊れて、部屋が冷えているのに送風を強め続けている状態を想像すると分かりやすいかもしれません。
ただし、FSHが正常だからNOAではない、と単純に言い切ることはできません。ここに診断の難しさがあります。血清FSHの値は精巣内に残っている精原細胞(精子のもとになる細胞)の量とおおよそ反比例します。精原細胞が枯渇したセルトリ細胞単独症候群(SCOS)ではFSHが著しく高くなりますが、精原細胞は残っていて減数分裂の途中で進行が止まる成熟停止(maturation arrest)では、FSHが正常範囲にとどまることがあるのです。この型はOAと数値が似てしまうため、鑑別がとりわけ難しくなります。
前精巣性と精巣性 ─ 指令の問題か、工場の問題か
NOAは、原因の場所によってさらに2つに分けられます。ひとつは前精巣性で、精巣そのものは働ける状態にあるのに、脳からの指令が届いていないタイプです。視床下部と下垂体からなる指令系統(HPG軸)が破綻し、FSHとLHの分泌が不足するために精子形成が休止します。これを低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(HH)と呼び、先天性のものではカルマン症候群が代表的です。後天的には下垂体腫瘍や頭部外傷などが原因になります。
もうひとつが精巣性(原発性精巣不全)で、指令は届いているのに精巣側が応えられないタイプです。この場合、返信が返らないためFSHはむしろ高くなります。原因としては小児期の停留精巣、精巣捻転、思春期以降のおたふく風邪による精巣炎、抗がん剤治療や放射線照射、アナボリックステロイドの乱用などが知られています。この2つを見分ける意味は非常に大きく、前精巣性であればホルモン補充で精子形成が回復する見込みが高いのに対し、精巣性では後述するように薬物療法の効果が乏しいからです。
精巣の中では、精子のもとになる生殖細胞を支えるセルトリ細胞と、テストステロンをつくるライディッヒ細胞が協力して働いています。セルトリ細胞は生殖細胞を物理的に抱えこみ、栄養と成長のシグナルを渡す「保育器」の役割を担います。この関係が崩れると、生殖細胞は途中で死んでしまいます。そして原発性精巣不全のかなりの部分では、こうした検査を尽くしても原因が特定できません。従来こうした症例は特発性NOAと呼ばれてきましたが、その背後に未知の遺伝的な変化が隠れていると考えられており、実際に近年その一部が明らかになりつつあります。次の章では、その中身に踏み込みます。
3. 染色体の変化とY染色体AZF欠失 ─ 手術前に必ず調べたい理由
NOAの遺伝学的な原因は、大きく3つの層に分けて理解すると整理しやすくなります。ひとつ目が染色体の数や構造の変化、ふたつ目がY染色体の一部が欠けるAZF欠失、そして3つ目が個々の遺伝子の変化です。顕微鏡で見える大きさの変化から、DNAの1文字レベルの変化まで、解像度の異なる3段階と考えてください。
クラインフェルター症候群(47,XXY)
染色体の変化のなかで最も多いのが、X染色体が1本多いクラインフェルター症候群です。男児のおよそ1000人に1〜2人にみられる、決してまれではない状態です。ところが身体的な特徴が目立たないため多くが見過ごされており、不妊の検査をきっかけに成人してから初めて診断されるケースが少なくありません。
余分なX染色体があると、なぜ精子形成が障害されるのでしょうか。生まれた時点では精子のもとになる細胞はある程度存在していますが、思春期以降に精細管が進行性に線維化し、ガラス様に変性していきます。生殖細胞は次第にアポトーシス(細胞の自死)によって失われ、精巣は硬く小さくなっていきます。この変化が年齢とともに進むという性質は臨床的に重要で、精子回収を検討する場合には時間が味方をしてくれないことを意味します。
染色体の構造の変化も見逃せません。ロバートソン転座や相互転座、逆位といった組み替えがあると、減数分裂のときに相同染色体どうしがうまく対合できず、その異常を細胞が感知して分裂を止めてしまいます。結果として成熟停止という形の精子形成障害が生じます。こうした変化は、Gバンド法による染色体検査(核型分析)で調べることができます。
Y染色体微小欠失(AZF欠失)と、その決定的な意味
Y染色体の長腕(Yq11)には、精子をつくるために欠かせない遺伝子が集まった領域があり、無精子症因子(AZF:Azoospermia Factor)と呼ばれています。この領域の一部が抜け落ちるのがY染色体微小欠失で、クラインフェルター症候群に次いで多い男性不妊の遺伝的原因です。
💡 用語解説:なぜY染色体は欠けやすいのか
ふつうの染色体は2本1組で存在し、減数分裂のときに互いにDNAを交換しながら傷を修復し合っています。ところがY染色体にはペアの相手がいません。X染色体と組み替えできるのは両端のごく一部だけです。
そこでY染色体は、自分の中に同じ配列を鏡写しに並べたパリンドローム(回文)配列を持ち、自分自身を折りたたんで修復する仕組みを進化させました。しかしこの繰り返し配列は諸刃の剣で、よく似た配列どうしが誤って結合してしまうことがあり、その際に間に挟まれた領域がごっそり抜け落ちます。AZF欠失の多くはこの仕組みで生じます。
AZF領域は、精子形成の進行順に対応するようにAZFa・AZFb・AZFcの3つに区分されています。ここからが臨床的に最も重要な点です。どの区画が欠けているかによって、精子を回収できる見込みが根本的に変わります。欧州アンドロロジー学会(EAA)と欧州分子遺伝学品質管理ネットワーク(EMQN)による診断ガイドラインは、AZFa領域の完全欠失があれば精巣から精子を回収することは事実上不可能であると明記しています[4]。AZFbおよびAZFb+cの完全欠失も同様で、組織像はセルトリ細胞単独症候群または成熟停止となり、精子は得られません[4]。
一方でAZFcの完全欠失は事情が異なります。同ガイドラインは、AZFa・AZFbとは対照的に、AZFc欠失ではかなりの割合で精子形成が部分的に残っていることが確かめられていると述べています[4]。実際の回収率は報告により幅がありますが、中国の627例の検討ではAZFc欠失群の回収率は56.5%と報告されています[5]。
表の最後に挙げたgr/gr欠失は、AZFcの一部だけが欠ける部分欠失で、完全欠失とはまったく別に扱う必要があります。2023年に改訂されたEAA/EMQNガイドラインでは、gr/gr欠失は集団ごとに影響の異なる精子形成障害のリスク因子であり、同時に精巣胚細胞腫瘍の素因でもあると位置づけられています[4]。「欠失がある=精子がつくれない」ではないため、結果を受け取る際にはどの型の欠失なのかを確認することが欠かせません。
検査法についても注意点があります。同ガイドラインは、マーカー数をむやみに増やした市販キットの多くは推奨できないとしています[4]。意味のない多型を拾い上げてしまい、本来なら精子回収が可能だった方から手術の機会を奪いかねないためです。基本のマルチプレックスPCRに欠失範囲の確認検査を加える方法が、現在も標準とされています[4]。
4. TEX11と単一遺伝子の変化 ─ 「原因不明」が減っていく
核型分析とAZF欠失検査で原因が判明するのは、NOA全体のおよそ4分の1にとどまります[2]。残りは長く「特発性」と呼ばれてきました。しかし全エクソームシーケンス(WES)という、遺伝子の働く部分をまとめて読む技術が普及したことで、この「原因不明」の一部に個々の遺伝子の変化が見つかるようになってきました。その代表格がTEX11遺伝子です。
💡 用語解説:減数分裂とシナプシス
精子や卵子をつくるときだけに起こる特別な細胞分裂が減数分裂です。染色体の数を半分にして、受精で元に戻るように準備します。その途中、父由来と母由来の同じ染色体どうしがぴったり並んで結合します。これがシナプシス(対合)です。
対合した染色体は、一部を意図的に切断してから交換し合います(乗換え・組換え)。この切断と修復が正しく完了しないと、細胞は「DNAが壊れたまま」と判断して分裂を中止し、自死します。成熟停止とは、まさにこの段階で精子形成が止まってしまった状態を指します。
TEX11はX染色体上にあり、精巣でのみ働く減数分裂特異的な遺伝子です。つくられるタンパク質は、パキテン期という減数分裂の一時期に、相同染色体の対合を維持し、DNAの二本鎖切断が正しく修復されるよう仲立ちします。つまり染色体の交換作業を監督する現場責任者にあたります。この監督役が不在になれば、対合が乱れ、乗換えが起こらず、精母細胞は集団で自死します。
2015年に報告された研究では、無精子症の男性289人を調べたところ7人(2.4%)にTEX11の変異が見つかり、精子濃度が正常な対照384人には1人も認められませんでした[6]。さらに注目すべきは内訳です。成熟停止と診断された33人に限ると、そのうち5人(15%)でTEX11変異が検出されたのです[6]。組織像で成熟停止と分かっている方に絞り込めば、検出率はぐんと高くなります。この研究では、患者の精巣ではTEX11タンパク質が失われていることも免疫染色で確認されており、変異が実際に機能を損なっていることが裏づけられました[6]。
X連鎖という遺伝形式が持つ、意外な意味
ここで遺伝形式の話が効いてきます。TEX11はX染色体上にあるため、男性は1本しか持ちません(ヘミ接合)。予備がないので、1つの変異がそのまま影響として現れます。母親が変化を持っていても、母親はX染色体を2本持つため症状が出ず、保因者として気づかれないまま受け継がれることがあります。
そして次世代への伝わり方は、AZF欠失とは正反対になります。AZF欠失はY染色体上にあるため、顕微授精で男児が生まれれば100%その男児に受け継がれます。父親と同じ不妊の課題を、息子さんも抱えることになります。ところがTEX11はX染色体上にあるため、父親から息子へは伝わりません。父親のX染色体は必ず娘に渡り、息子には父親のY染色体が渡るからです。生まれた娘さんは保因者となり、その次の世代の男児に影響が及ぶ可能性があります。同じ「遺伝する」でも、誰にどう伝わるかがまったく違うのです。この違いは遺伝カウンセリングの中心的な話題になります。
TEX11以外にも、減数分裂に関わる原因遺伝子が次々と報告されています。染色体を対合させる足場(シナプトネマ複合体)をつくるSYCP3やSYCP2、その中央部分を組み立てるSYCE1、DNA修復に関わるMEIOB、TEX11と複合体を組んで働くM1APなどです。精巣の分化や性腺の形成に関わるNR5A1やDMRT1の変化がNOAとして現れることもあります。こうした遺伝子を1つずつ順番に調べていくのは時間も費用もかかるため、現在は関連遺伝子をまとめて解析する遺伝子パネル検査が用いられます。
なお、原因遺伝子が特定できたとしても、それが直ちに治療法の決定につながるとは限りません。分かるのは主として「なぜ止まっているか」であり、「どうすれば動くか」ではないのが現状です。ただし成熟停止の原因が減数分裂の遺伝子にあると判明した場合、精子形成が途中で確実に止まっていることの説明がつき、精子回収の見込みを考えるうえでの参考になります。検査の位置づけを正確に理解したうえで受けていただくことが大切だと考えています。
5. 検査の進め方 ─ どこまで調べ、どこから先は調べないか
NOAの評価は、男性ひとりの問題としてではなくカップル単位で始めるのが原則です。女性側の年齢と卵巣予備能によって、使える時間が変わってくるからです。精子回収に何年もかけるうちに、パートナーの側で妊娠の可能性が下がってしまっては本末転倒になります。男性の検査と並行して女性の評価も進める、という順序が現実的です。
診察とホルモン検査
初診では、二次性徴の程度(体毛の分布、乳房の発育、体格)を確認したうえで、陰嚢の触診を行います。精巣の体積をオーキドメーターで測り、硬さを確かめ、精巣上体と精管が触れるかどうかを調べます。精管が触れない場合は先天性精管欠損が疑われ、まったく別の診断の道筋に入ります。立った姿勢で腹圧をかけながら触れる(ヴァルサルヴァ手技)ことで、精索静脈瘤の有無と程度も評価します。
血液検査ではFSH、LH、総テストステロン、プロラクチンを測ります。これらの組み合わせから、前精巣性(指令の不足)か精巣性(工場の障害)かを見分けます。AUA/ASRMのガイドラインでは、性欲低下・勃起障害・乏精子症または無精子症・精巣萎縮・診察上のホルモン異常のいずれかがある男性に対して、FSHとテストステロンを含むホルモン評価を行うべきだとされています[7]。無精子症はこれに該当しますので、検査の対象になります。
画像検査は「疑いがあるときだけ」
意外に思われるかもしれませんが、ガイドラインは初期評価としての陰嚢超音波検査をルーチンには行わないという立場をとっています[7]。経直腸超音波(TRUS)や骨盤MRIについても同様で、初期評価としては推奨されていません。これらは特定の疑いがあるときに限って行うべき検査という位置づけです。
具体的には、精液量が1.4mL未満で酸性、血清テストステロンは正常、精管は触知できる、という組み合わせで射精管閉塞(EDO)が疑われる場合に、TRUSまたは骨盤MRIを検討します[7]。もうひとつ、精管欠損がある方には腎臓の超音波検査が推奨されています[7]。精管と腎臓はどちらも胎児期のウォルフ管という共通の構造から発生するため、精管がつくられなかった方では腎臓の形成異常を伴うことがあるからです。
また、OAとNOAを区別するためだけに診断目的の精巣生検をルーチンに行うことも推奨されていません[7]。診察所見とホルモン値でおおむね判断がつくうえ、生検そのものが精巣に負担をかけるためです。組織を調べるのであれば、後述する精子回収の手術と同時に行うほうが理にかなっています。
💡 用語解説:CFTRと先天性精管欠損(CBAVD)
精管が生まれつく途中でつくられなかった状態を先天性精管欠損(CBAVD)といいます。多くはCFTRという遺伝子の変化と関連し、嚢胞性線維症という病気と地続きの状態です。これは通り道の問題なので分類上はOAにあたり、精巣では精子がつくられています。
この場合、パートナーの女性もCFTRの保因者かどうかを調べることが重要になります。お二人とも変化を持っていた場合、お子さんに嚢胞性線維症が生じる可能性があるためです。無精子症の検査が、ご夫婦そろっての遺伝カウンセリングにつながる典型的な場面です。
精索静脈瘤をどう扱うか
精索静脈瘤を合併している場合の判断は、慎重を要します。AUA/ASRMガイドラインは、画像でしか見つからない触知できない静脈瘤に対する手術は推奨しないと強い調子で述べています[8]。また触れる静脈瘤があって精液所見に異常がある男性には手術を検討してよいとしつつ、無精子症の男性はその対象から除くと明記しています[8]。
さらに、触れる静脈瘤とNOAを併せ持つ男性については、生殖補助医療に先立って静脈瘤を治療することを支持する決定的な根拠は存在しない、とカップルに伝えるべきだとされています[8]。静脈瘤の手術を行うと、生殖補助医療の開始が少なくとも6か月遅れることも指摘されています[8]。女性側の年齢を考えると、この遅れは軽視できません。手術で射精液中に精子が出てくる方もいらっしゃいますが、それを期待して時間を使うかどうかは、ご夫婦で情報を共有したうえで決めていく問題です。
6. micro-TESE ─ 精巣のなかから精子を探し出す
NOAで精子を得るための中心的な方法が、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE、MD-TESE)です。AUA/ASRMガイドラインは、NOAの男性が精子回収を受ける際にはmicro-TESEを行うべきである、と推奨しています[8]。
この手術の考え方は、精巣を「均一に精子がない臓器」ではなく「まだらな臓器」として捉えるところにあります。NOAの精巣でも、ごく一部の精細管で精子形成が残っていることがあります。手術用顕微鏡で精巣の内部を拡大して観察すると、萎縮した精細管は細く透明に見えるのに対し、精子形成が保たれている精細管は太く白く濁って見えます。この見た目の違いを頼りに、可能性の高い部分だけを選んで採取するのがmicro-TESEです。
従来の方法(cTESE)は、精巣の複数箇所をあてずっぽうに採取するものでした。micro-TESEは狙いを絞れるため、採取する組織量が少なくて済み、精巣内の細い血管を傷つけにくいという利点があります。精巣の血流を守ることは、術後のテストステロン分泌を保つうえでも意味があります。
回収率は「原因」と「組織像」で大きく変わる
最も知りたいのは「自分の場合、どれくらいの見込みがあるのか」という点だと思います。全体の数字としては、AUA/ASRMガイドラインが引用するメタアナリシスで、患者あたりの精子回収率は42%(95%信頼区間 34〜49%)と報告されています[8]。ただしこれは平均値であり、実際には原因によって大きな幅があります。
中国の施設で627人を対象に行われた検討では、全体の回収率が39.4%であったのに対し、原因別では精巣炎によるものが90.0%、停留精巣が69.0%、AZFc欠失が56.5%と高く、一方でクラインフェルター症候群は42.4%、特発性NOAは27.6%にとどまりました[5]。おたふく風邪などによる精巣炎は、一度ダメージを受けたあとも一部の精細管が生き残りやすいのに対し、原因が特定できない特発性では回収が難しい傾向がある、と読み取れます。
精巣の組織像による違いも顕著です。最も軽症にあたる低精子形成では73〜100%という高い回収率が報告される一方、早期の成熟停止では27〜40%、セルトリ細胞単独症候群(SCOS)では22.5〜41%と報告されています[9]。数字に幅があるのは、施設ごとの手術手技や症例の選び方が違うためで、単一の値として受け取るべきではありません。
興味深いことに、同じ組織診断名でも精巣内が不均一かどうかで結果が変わります。組織像が場所によってばらついている(不均一な)方では、均一な方に比べて回収率が高いことが示されており、SCOSでは30%対6%、成熟停止では38%対0%という差が報告されています[10]。顕微鏡下で精細管の見た目が不均一だった方では65%、均一だった方では15%と、さらに明確な差がついています[10]。まだらであること自体が、探せる余地が残っているサインなのです。
一度目の手術で精子が見つからなかった場合の再手術についても報告があります。初回で不成功だった125人に2回目のmicro-TESEを行った検討では、18.4%で精子が得られました。回収に成功した方は精巣容積が小さい傾向にあり、クラインフェルター症候群の方の50%で精子が得られた一方、SCOSと成熟停止の群では18.6%にとどまっています[11]。再挑戦に意味がないわけではありませんが、初回より条件が厳しくなることは知っておく必要があります。
7. 薬物療法の効果と限界、そして再生医療の現在地
手術以外の選択肢についても整理しておきます。ここでは「効く場合」と「効かない場合」がはっきり分かれるため、区別が重要です。
ホルモン療法が明確に有効な場合
前精巣性NOA、すなわち脳からの指令不足による低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(HH)では、外から不足しているホルモンを補う治療が有効です。hCGにhMGやrFSHを組み合わせて投与することで、精巣内の環境を立て直し、射精液中に精子が出現することも期待できます。工場は壊れておらず、指示書が届いていないだけだったので、指示書を届ければ生産が再開する、という理屈です。この場合はmicro-TESEに進む前に、まず薬物療法を検討します。
原発性精巣不全での経験的ホルモン療法
問題はもう一方、FSHがすでに高い原発性精巣不全のケースです。micro-TESEの前にクロミフェンやhCGを投与して精子形成を後押しできないか、という発想は以前から試みられてきました。しかし現時点でのエビデンスは、この期待に否定的です。
欧州泌尿器科学会(EAU)のガイドラインは、NOAかつ原発性性腺機能低下症の男性へのホルモン療法を推奨しておらず、治療の主軸は精巣内精子採取であるとしています[12]。AUA/ASRMのガイドラインも、NOAの患者には薬物療法を支持するデータが限られていることを伝えるべきだとしています[8]。さらに特発性不妊の男性については、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)の利点は生殖補助医療の成績と比べて限定的である、と説明することが求められています[8]。
サプリメントについても同様で、抗酸化物質やビタミンなどの男性不妊治療における臨床的有用性には疑問があると患者に伝えるべきだ、とガイドラインは述べています[8]。効果が期待できないものに時間と費用を投じるより、確立した方法に資源を集中させるほうが合理的だという判断です。
⚠️ 重要:テストステロン補充は妊娠を希望する男性には行いません
AUA/ASRMガイドラインは、現在または将来の妊孕性に関心のある男性には、外因性テストステロン療法を処方すべきではないと明記しています[8]。
理由は仕組みを考えると分かります。外からテストステロンを入れると、脳は「足りている」と判断してFSHとLHの分泌を止めてしまいます。その結果、精巣内でのテストステロン産生と精子形成がかえって停止するのです。男性ホルモンを補えば男性機能全般が改善するように思えますが、精子づくりに関してはまったく逆に働きます。筋力トレーニング目的のアナボリックステロイドも同じ機序で造精機能を抑制します。
新鮮精子と凍結精子のどちらを使うか
micro-TESEで得た精子を顕微授精(ICSI)に使う際、採卵と同じ日に手術して新鮮なまま使うか、先に手術して凍結保存しておくかという選択があります。凍結の利点は、採卵当日に精子が得られないという事態を避けられることです。女性側に負担の大きい排卵誘発と採卵を無駄にせずに済みます。
一方で、NOAから回収される精子はもともと動きが乏しく繊細なため、凍結融解の過程で相当数が失われる可能性があります。とくにクラインフェルター症候群のように回収できる精子がごく少数と予想される場合には、採卵日に手術を合わせて新鮮な精子を使う方針が選ばれることがあります。近年は卵子のガラス化保存が普及したため、精子が得られなかった当日に卵子を凍結して次の機会に備えるという柔軟な対応も可能になっています。どちらが優れているかは症例によって異なり、施設の体制にも左右されるため、治療を受ける施設とよく相談すべき点です。
再生医療は「研究段階」であること
micro-TESEでも精子が得られなかった方に向けて、いくつかの新しい技術が研究されています。多血小板血漿(PRP)の精巣内投与、間葉系幹細胞(MSC)の移植、iPS細胞から精子をつくる体外精子形成、3次元の精巣オルガノイド、精原幹細胞(SSC)の自家移植などです。CRISPR-Cas9で原因となる変異を修正してから細胞を戻す、という構想も基礎研究として議論されています。
ただし、これらはいずれも研究段階であり、確立した治療として提供できるものではありません。動物実験や少数例の報告にとどまるものが大半で、ヒトでの有効性と安全性は今後の検証を待つ必要があります。幹細胞を用いる技術には腫瘍が生じる懸念もあり、慎重な評価が続いています。将来に希望を持つことと、現時点で選べる選択肢を冷静に見極めることは、両立させたいところです。
8. 遺伝カウンセリングで話し合うこと
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは/父親の加齢と精子エピゲノム
遺伝学的な原因が判明した場合、次に問題になるのがお子さんへの影響です。ここは原因ごとに答えがまったく異なるため、一般論では答えられません。
AZF欠失の場合、EAA/EMQNガイドラインが明記しているとおり、欠失は男児に必ず受け継がれます[4]。Y染色体はそのまま父から息子へ渡るためです。女児にはY染色体が渡らないので影響しません。息子さんも将来同じ課題に直面する可能性が高いことを、治療前に共有しておく必要があります。またAZFc欠失を持つ男性の精子を用いた場合、受精率や妊娠率は欠失のない男性と大きく変わらないものの、胚の質や胚盤胞到達率が低いという報告があることも指摘されています[4]。
これに対してX染色体上のTEX11では、前述のとおり息子さんには伝わらず、娘さんが保因者となります。クラインフェルター症候群では、生まれるお子さんの染色体異常のリスクがわずかに上昇する可能性が議論されており、出生前診断の選択肢を含めて説明が行われます。CFTR関連の精管欠損では、パートナーの保因者検査が話題の中心になります。
こうした説明は、検査結果の紙を渡して終わりにできる内容ではありません。どの情報がご夫婦にとって意思決定に必要で、どこまで知りたいのかは人によって違います。当院では臨床遺伝専門医が時間をとって遺伝カウンセリングを行い、検査を受けるかどうかの段階からご相談をお受けしています。数字や確率をお伝えするだけでなく、それをどう受け止め、これからどうしていきたいかを一緒に整理していくことを大切にしています。
よくある質問(FAQ)
🏥 男性不妊の遺伝子診断のご相談
非閉塞性無精子症・AZF欠失・染色体異常などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] Differentiation between nonobstructive azoospermia and obstructive azoospermia: then and now. Asian J Androl. 2025. [PubMed 39268812]
- [2] Genetic Landscape of Nonobstructive Azoospermia and New Perspectives for the Clinic. J Clin Med. 2020. [J Clin Med 2020;9:300]
- [3] WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, Sixth Edition. World Health Organization. 2021. [WHO 2021 lower reference limits]
- [4] EAA/EMQN best practice guidelines for molecular diagnosis of Y-chromosomal microdeletions: State of the art 2023. [PubMed 37674303]
- [5] Successful Sperm Retrieval and Clinical Pregnancies Following Micro-TESE and ICSI Treatments in Patients with Nonobstructive Azoospermia Due to Various Etiologies. Cells. 2024. [PubMed 39329763]
- [6] X-linked TEX11 mutations, meiotic arrest, and azoospermia in infertile men. N Engl J Med. 2015. [PubMed 25970010]
- [7] Diagnosis and treatment of infertility in men: AUA/ASRM guideline part I. Fertil Steril. 2021. [ASRM Practice Document]
- [8] Diagnosis and treatment of infertility in men: AUA/ASRM guideline part II. Fertil Steril. 2021. [ASRM Practice Document]
- [9] Microdissection testicular sperm extraction. Transl Androl Urol. 2017. [PubMed 28904907]
- [10] Heterogenicity of testicular histopathology and tubules as a predictor of successful microdissection testicular sperm extraction in men with nonobstructive azoospermia. Medicine (Baltimore). 2018. [PubMed 29851822]
- [11] Predictors of sperm retrieval success in first-time and repeated Micro-TESE for nonobstructive azoospermia. [Future Science OA]
- [12] Non-obstructive azoospermia: current and future perspectives. Fac Rev. 2021. [PubMed 33659925]



