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体外受精で「卵子があまり採れませんでした」と言われたとき、その一言の中身は人によってまったく違います。卵巣に卵子の在庫がもともと少ない方と、在庫はあるのに薬への反応が鈍い方とでは、次の周期で選ぶべき手立てが正反対になることもあります。この違いを整理して、年齢・AMH・胞状卵胞数・前回の採卵数から4つのグループに分けたものがPOSEIDON基準です。本記事では、基準の成り立ちからグループ別の考え方、そして若くして卵巣予備能が下がっている場合に検討する遺伝学的な原因検索まで、遺伝専門医の視点で解説します。
Q. POSEIDON基準とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 体外受精で卵子が採れにくい方を、年齢(35歳未満か以上か)、卵巣予備能の指標(AMHと胞状卵胞数)、そして前回の卵巣刺激で採れた卵子の数という3つの軸で4つのグループに分ける国際的な分類です。2016年にPOSEIDONグループが提唱しました[1]。従来のボローニャ基準が「採れない人」をひとまとめにしていたのに対し、卵子の「数」の問題なのか「質(年齢)」の問題なのかを切り分け、次の周期で何を変えるべきかを考えやすくしたことが最大の意義です。
- ➤分類の軸 → 年齢35歳・AMH 1.2 ng/mL・胞状卵胞数5個・前回の採卵数9個以下という区切り
- ➤対象者の多さ → 体外受精を受ける方の約43%が該当したという多国間研究の報告
- ➤数値が食い違うとき → AMHと胞状卵胞数がずれる方は約13.3%。どちらを重く見るかで方針が変わります
- ➤若くて予備能が低い場合 → 遺伝学的な原因が隠れていることがあり、原因検索の対象になります
- ➤見るべき指標 → 1回あたりの成績ではなく、胚を積み重ねた先の累積した成績で考えます
1. POSEIDON基準とは?ボローニャ基準からの転換
体外受精では、注射でいくつもの卵胞を同時に育てて採卵します。ところが、標準的な量の薬を使っても卵子がほとんど採れない方が一定数いらっしゃいます。この状態を卵巣低反応(POR)と呼びます。移植できる胚が得られず周期がキャンセルになりやすく、治療全体の成績にも直結するため、生殖医療のなかでも長く難題とされてきました。
この「採れにくさ」の定義がクリニックごとにばらばらだと、研究の結果を比べることも、患者さんに説明することもできません。そこで2011年、欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)が最初の統一定義を示しました。それがボローニャ基準です。高年齢などの危険因子、過去の卵巣低反応、卵巣予備能検査の異常という3項目のうち2項目以上を満たす場合を卵巣低反応と定義しました[2]。定義が揃ったこと自体は大きな前進でした。
しかし実際に使ってみると、この基準には無視できない弱点がありました。ひとつのカテゴリーの中に、生物学的にまったく違う人が同居してしまうのです。たとえば「30歳で卵巣予備能が著しく低い方」と「41歳で卵巣予備能はそれなりに保たれている方」は、どちらもボローニャ基準では同じ卵巣低反応になります。けれども前者は卵子の数が足りないだけで卵子自体は若く、後者は数はあっても質(染色体の正常率)が下がっています。必要な打ち手も、伝えるべき見通しも別物です。さらにボローニャ基準は「こう定義する」までで、「ではどうするか」という指針を含んでいませんでした。
この行き詰まりを打開するために、2016年、複数の国の臨床家と研究者による国際コンソーシアムがPOSEIDONグループとして新しい層別化を提唱しました[1]。POSEIDONはPatient-Oriented Strategies Encompassing IndividualizeD Oocyte Number の頭文字で、「患者さん一人ひとりに必要な卵子数を見据えた戦略」という意味です。ここで発想が大きく切り替わりました。後ろ向きに「反応が悪かった」と評価するのではなく、前向きに「低予後(low prognosis)」として捉え直し、治療前から見通しと打ち手を組み立てるという考え方です[3]。
💡 用語解説:卵巣予備能・AMH・胞状卵胞数(AFC)
卵巣予備能とは、卵巣に残っている卵子の在庫量のことです。これを推し量る代表的な指標が2つあります。
AMH(抗ミュラー管ホルモン)は、育ち始めた小さな卵胞の顆粒膜細胞から分泌されるホルモンで、血液検査で測ります。月経周期による変動が比較的少ないのが利点です。AMHの詳しい解説はこちらをご覧ください。
胞状卵胞数(AFC)は、経腟超音波で実際に見えている小さな卵胞を数えたものです。今まさに刺激に反応しうる卵胞を、その周期のリアルタイムの姿として捉えられます。POSEIDON基準ではAMH 1.2 ng/mL未満、またはAFC 5個未満を卵巣予備能低下の区切りとしています。どちらも「数」の指標であり、卵子の質や妊娠できるかどうかを直接示すものではありません。
POSEIDONグループはもうひとつ、治療の成功をはかる新しいものさしも示しました。「妊娠したかどうか」だけでなく、移植できる正倍数性の胚を少なくとも1個得るために、その方には何個の成熟卵子が必要かを数値として設定し、その達成を中間目標に置くという考え方です[1]。目標が数字になると、「あと何回採卵すればよいのか」という説明が具体的になり、患者さんと医師が同じ地図を見ながら相談できるようになります。
2. 4つのグループの定義:何をどう分けているのか
🔍 関連記事:卵巣予備能とは/AMH(抗ミュラー管ホルモン)/原始卵胞
POSEIDON基準は、3本の柱で患者さんを4群に振り分けます。1本目は年齢(35歳未満か35歳以上か)で、これは卵子の質、正確には胚の染色体異常のリスクを代表します。2本目は卵巣予備能の指標(AMHとAFC)で、卵子の在庫量を表します。3本目は標準的な卵巣刺激をしたときに実際に採れた卵子の数です。10個を超えて採れる方は低予後ではない、と整理されます[3]。
この表で見落とされがちなポイントが2つあります。ひとつは、グループ1と2は「前回の刺激結果」がないと判定できないということです。初めて体外受精をする方は、その周期を終えてはじめて振り分けが決まります。もうひとつは、グループ1・2に含まれる「亜最適反応(4〜9個)」という区分です。3個以下の明らかな低反応だけでなく、一見悪くない数に見える4〜9個も、期待より少ない反応として拾い上げる設計になっています。実際、亜最適な反応を事前に見分けるためのAMH・AFCの閾値についても検討が進んでいます[5]。
💡 用語解説:なぜ35歳で線を引くのか
卵子は胎児期につくられたあと、減数分裂の途中で長く止まったまま卵巣で待機しています。この待機期間が数十年に及ぶため、染色体を分ける仕組みが少しずつ傷み、減数分裂での染色体の分配ミスが増えていきます。その結果、染色体の数が過不足する異数性の胚の割合が上がります。多くの大規模データで、35歳前後からこの変化と妊娠成績の低下がはっきりしてくるため、POSEIDON基準もこの年齢を区切りに採用しています。卵子の質という言葉の実体は、大部分がこの染色体の問題です。
3. 低予後の方はどれくらいいるのか
「低予後」と聞くと、ごく一部の特殊な方の話に思えるかもしれません。実際は違います。ブラジル・トルコ・ベトナムの施設が参加した13,146名の多施設・多国間研究では、体外受精を始めた方の43.0%がPOSEIDON基準の低予後に該当しました[4]。施設によって38.6%から55.7%と幅はありますが、いずれにせよ日常診療でお会いする方のおよそ4割から半数にあたります。決して例外的な集団ではありません。
低予後に該当した方の内訳(多国間研究・13,146名)
POSEIDON該当者を100としたときの各グループの割合
グループ1
若年・予期せぬ低反応
グループ2
高年齢・予期せぬ低反応
グループ3
若年・予測される低反応
グループ4
高年齢・予測される低反応
グループ1と2を合わせると8割を超えます。つまり低予後の大半は、卵巣予備能の数値そのものは悪くないのに刺激への反応が振るわなかった方です。
この内訳は、臨床的にとても重要なことを教えてくれます。もしAMHとAFCだけで刺激の設計を決めていれば、この8割の方の反応は事前に予測できていなかったことになります。在庫を測る検査だけでは、卵巣が薬にどう応えるかまでは読み切れないのです。同じ研究では、低予後群の方は非該当群より平均年齢が高く、不妊期間が長く、より多くのゴナドトロピンを必要としながら、採れる卵子は少なかったことも報告されています[4]。年齢・体格・卵巣予備能の指標・女性側の不妊因子が、低予後に分類されやすさと関連していました。
4. AMHと胞状卵胞数が食い違うとき、どちらを見るか
診察室で判断が難しくなる典型が、AMHとAFCの結果がちぐはぐなときです。「AMHは0.9 ng/mLと低いのに、超音波では卵胞が7個見える」あるいはその逆、という状況です。この不一致は珍しいものではありません。両方の検査を受けた8,797名を調べた3施設共同の研究では、1,172名(13.3%)で両者が食い違っていました[6]。7〜8人に1人という頻度です。
この1,172名がその後どうなったかを見ると、示唆に富む結果が出ています。実際に卵巣刺激を受けたところ、854名(72.9%)で4個以上の卵子が採れ、卵巣低反応を回避できていました。そして低反応を回避できた方の内訳を見ると、726名(85.0%)が「AMHは低いがAFCは保たれている」タイプで、「AFCは低いがAMHは正常」というタイプは128名(15.0%)にとどまりました[6]。
💡 用語解説:感度・特異度・AUCという言葉
検査の「当たり具合」を表す言葉です。感度は「本当にそうである人を、どれだけ拾い上げられるか」、特異度は「そうでない人を、どれだけ正しく除外できるか」を示します。
AUCは、その検査の総合的な見分ける力を0.5〜1.0の数字で表したものです。1.0に近いほど優秀で、0.5はまったく見分けられない(コインを投げるのと同じ)状態を意味します。おおむね0.7以上で「そこそこ使える」、0.6を切ると実用性は乏しいと評価されます。
同じ研究で、低反応を「避けられるかどうか」を予測する力も検証されました。AFCは最適な区切りが6個で、感度77%・特異度52%、AUCは0.700でした。一方AMHは1.19 ng/mLを区切りにしても感度31%・特異度85%、AUCは0.492にとどまり、この目的では実質的に見分ける力がありませんでした[6]。両者が食い違うケースに限れば、その周期の反応を占ううえではAFCのほうが頼りになるという結論です。
なぜこうなるのかは、2つの指標が見ているものの違いで説明できます。AMHは、まだ刺激に反応する段階に至っていない小さな卵胞まで含めた分泌量を反映する、いわば在庫全体の推定値です。これに対しAFCは、今この周期に薬の標的となりうる卵胞を、目で数えている数字です。どの卵胞が今まさに育とうとしているかを知りたい場面では、後者に軍配が上がるのは自然なことです。ただし、AMHとAFCの一致度そのものは全体としては高く、どちらを使ってもPOSEIDONの分類自体は大きくは変わらないことも報告されています[3]。数値が食い違ったときにどう読むか、という限定的な話だとご理解ください。
5. 卵巣の「感受性」を測る:FOIとFORT
🔍 関連記事:ゴナドトロピン/FSH(卵胞刺激ホルモン)/LH(黄体形成ホルモン)
年齢・AMH・AFCはいずれも、刺激を始める前に測る静的な指標です。在庫の見積もりには役立ちますが、「その在庫が、薬にどれだけ素直に応えるか」までは教えてくれません。この隙間を埋めるために提案されたのが、刺激の経過そのものを数値化する動的な指標であるFOIとFORTです[7]。
💡 用語解説:FOIとFORT
FOI(卵胞・卵子指数)は、刺激を始めるときに数えた胞状卵胞の数に対して、最終的に何個の卵子が採れたかの割合です。10個の卵胞が見えていて4個しか採れなければ40%になります。50%を下回ると、卵巣が薬に対して抵抗性を示していると判断されます。
FORT(卵胞出力率)は、刺激開始時の胞状卵胞数に対して、排卵前の大きさ(およそ16〜22mm)まで育った卵胞がどれだけあったかの割合です。FORTが低いことは、卵巣予備能の指標が良好な方でも起こりえます。つまり在庫の量と、薬への応え方は別々に評価できる、というのがこれらの指標の考え方です。
実際にPOSEIDONの4群でこれらの指標を比べた研究があります。32,128周期を解析した単一施設のデータでは、FORTの平均値はグループ3が1.18で最も高く、続いてグループ4が0.98、グループ1が0.76、グループ2が0.68で最も低いという順でした。FOIの傾向もFORTと同じ方向を示しました[8]。なおこれらは比率であってパーセントではありませんので、数字の大小の順番として読んでください。
この結果は直感に反するかもしれません。卵巣予備能が低いグループ3・4のほうが、予備能が保たれているグループ1・2よりも、1個1個の卵胞は薬によく応えているのです。裏を返せば、グループ1・2の低反応は「在庫不足」ではなく「薬の効きにくさ」が本体だということになります。この違いが、次の章で見る打ち手の違いに直結します。なお同じ研究では、感受性が振るわなかった方の次の周期で、実際には刺激プロトコルの変更が58.41%、ゴナドトロピン開始量の調整が41.59%という割合で行われていました[8]。これは現場で何が選ばれたかという記録であって、どちらが優れているかを比較した試験ではない点にご注意ください。
6. グループ別に考える卵巣刺激の戦略
🔍 関連記事:DuoStim(二重卵巣刺激)/体外受精の流れ/不妊治療の保険適用
POSEIDONグループは、各群に対する管理の考え方も整理して公表しています。予期せぬ低反応であるグループ1・2に対しては、下垂体を抑える方法の見直しや薬剤の変更、LH活性の追加といった選択肢が[9]、予測される低反応であるグループ3・4に対しては、採卵回数を重ねて胚を積み上げる戦略が[11]それぞれ提案されています。ただしこれらの多くは提案の段階であり、比較試験による検証が追いついていないことも率直に指摘されています[23]。以下は「確立した正解」ではなく「現在議論されている選択肢」としてお読みください。
💡 用語解説:卵巣刺激で使われる主な方法
採卵の前に排卵してしまうと卵子が回収できないため、脳下垂体からのホルモン放出を抑える必要があります。その手段によって呼び名が変わります。
- ▸GnRHアゴニスト法(ロング法など):下垂体をいったん強く抑えてから刺激する方法。抑制は確実ですが、期間が長く注射量も増えがちです。
- ▸GnRHアンタゴニスト法:刺激の途中から抑制薬を足す方法。期間が短く、身体的・経済的な負担が軽いのが利点です。
- ▸PPOS(黄体ホルモン併用卵巣刺激):飲み薬の黄体ホルモンで抑える方法。採卵した周期に移植はできず、全部の胚を凍結して後の周期に移植することが前提になります。日本ではこの目的での黄体ホルモンの使用は承認された効能ではありません。
なおPPOSは早発の排卵を強く抑えますが、完全に防げるわけではありません。卵巣低反応の方を対象とした比較試験では、PPOSでも約3%に予定外のLHの上昇がみられたと報告されています[13]。
プロトコルの比較データをどう読むか
中国の大規模施設で45,912周期から条件を揃えて抽出した3,342周期を用い、3つの方法を4群それぞれで比較した研究があります。この研究では、若い方(グループ1と3)で、卵胞期に長時間作用型のアゴニストを用いる方法が優れるという結果が出ました。グループ1では移植あたりの生児獲得率が39.7%対30.7%対26.5%、グループ3では31.4%対23.4%対12.6%でした。一方で35歳以上のグループ2と4では、どの方法を選んでも生児獲得率に差はありませんでした(グループ2は13.4%対12.4%対12.4%)[12]。
この結果は2つのことを示しています。ひとつは、若い方では刺激の工夫が成績に反映されうること。もうひとつは、年齢が上がると、刺激をどう工夫しても越えられない壁があることです。卵子の質という制約が前面に出てくるためで、高年齢の方では負担の少ない方法を選ぶ判断にも根拠が生まれます。ただしこの研究には重要な限界があります。ランダム化されていないため、反応が良さそうな方が特定の方法に割り付けられやすかった可能性を著者自身が認めています。また、この長時間作用型を用いる方法は中国で発展したもので、日本での標準的な選択肢とは限りません。
LHの追加、トリガー、そして採卵回数
薬が効きにくい方に、FSHだけでなくLHを足すという発想があります。系統的レビューとメタ解析では、効きにくい方はLHの追加で恩恵を受ける可能性がある一方、結論を確定させるにはさらなる試験が必要と慎重にまとめられています[10]。全員に一律で行うべき処置ではありません。
採卵の直前に卵子の最終成熟を促す注射(トリガー)についても議論があります。GnRHアゴニストとhCGを同時に使うデュアルトリガーは、グループ3・4の406名を解析した後ろ向き研究で、若い年齢・低いLH基礎値とならんで生児獲得の独立した予測因子とされました[15]。しかし225名を対象とした前向きのランダム化試験では、グループ3・4で生児獲得率の上乗せは示されませんでした[16]。後ろ向きでは良く見え、前向きでは差が出ないという典型的な構図で、現時点では「有望だが確立していない」と表現するのが正確です。
在庫そのものが少ないグループ3・4では、1回の採卵で十分な数を得ること自体が困難です。そこで、1回で足りないなら回数を重ねて胚を積み上げるという発想が中心になります。同じ月経周期の中で卵胞期と黄体期に2回採卵するDuoStimもその一つで、治療期間の短縮が期待されています。なお黄体期の採卵が卵胞期より優れているという主張を目にすることがありますが、ランダム化試験や前向き研究では両者はおおむね同等と報告されており、「黄体期でも遜色ない卵子が得られる」と理解するのが妥当です。また費用の面では、飲み薬を使うPPOSが注射製剤より負担を抑えやすいという指摘があり、複数回の採卵を重ねる方には現実的な選択肢になりえます[14]。日本では2022年から生殖補助医療に保険が適用されていますが、年齢と回数の制限があり、方法によっては自費診療になる場合があります。
7. 若くて卵巣予備能が低いとき:背景にある遺伝学的な要因
ここからは、POSEIDON基準の原典ではあまり触れられていないものの、遺伝診療の立場からは欠かせない視点をお伝えします。35歳未満なのに卵巣予備能が低い、つまりグループ3に該当する状態は、それ自体が「なぜそうなったのか」を考えるべきサインです。年齢では説明できない在庫の減り方だからです。
若年での卵巣予備能低下や早発卵巣不全(POI)の背景として知られているものには、いくつかの系統があります。染色体の数や構造の変化としてはターナー症候群やそのモザイク型があり、これらは染色体検査(Gバンド法)やマイクロアレイ染色体検査で調べます。単一の遺伝子に関わるものとしては、FMR1のリピートが中間的に伸びた保因の状態(FXPOI)が代表的で、これはFMR1リピート伸長検査という専用の方法で調べます。ほかにも卵母細胞と顆粒膜細胞の対話を担うBMP15やGDF9、DNAの修復や減数分裂に関わるMCM8・MCM9・STAG3・SYCE1、性腺の発生を司るNR5A1やFOXL2、卵子のゲノムを守るTP63、代謝の病気であるGALTに関連するもの、AMHそのものやその受け手であるAMH遺伝子・AMHR2遺伝子などが検討の対象になります。BRCA1のようにDNA修復に関わる遺伝子との関連も議論されています。自己免疫が関与する自己免疫性卵巣炎のように、遺伝以外の原因も忘れてはなりません。
⚠️ これらの検査は「原因を確定するため」ではなく、見通しの精度を上げ、他の医学的リスクを見落とさないために行います。結果が治療方針を直接変えないこともありますし、原因が特定できないことも少なくありません。受けるかどうかは遺伝カウンセリングで十分に相談したうえでお決めください。
一方、グループ1・2の「予期せぬ低反応」については、まったく別の切り口があります。卵胞の在庫は十分なのに薬が効きにくいという現象について、ゴナドトロピンとその受容体の遺伝的な個人差が関わっている可能性が指摘されています[7][17]。FSHを受け取るFSHRやLH・hCGを受け取るLHCGR、エストロゲンを受け取るESR2といった遺伝子には、人によって少しずつ違う型(多型)があります。こうした違いが受容体の働きやすさをわずかに変え、同じ量の薬に対する反応の差につながるという考え方です。研究段階の話で、現時点で日常診療に組み込まれているわけではありませんが、「同じ薬なのになぜ私は効きにくいのか」という問いに対する、生物学的な説明の一つになります。
💡 用語解説:多型(たけい)とミスセンス変異
遺伝子の配列には、病気とは関係のない個人差がたくさんあります。集団の中である程度の頻度で見られるこうした違いを多型と呼び、1文字だけ違うものを一塩基多型といいます。それぞれの多型にはrs番号という識別番号が付けられ、世界共通で管理されています。配列の変化がタンパク質の1つのアミノ酸を置き換える場合はミスセンス変異と呼ばれます。多型は「異常」ではなく体質の個人差であり、病気を起こす変化とは区別して考える必要があります。
8. 1回ごとではなく「積み上げ」で見る成績
低予後の方の見通しを1周期あたりの数字だけで語ると、実態より悲観的な絵になります。そこでPOSEIDONの考え方では、複数回の移植を重ねた先の累積した生児獲得率と、目標とすべき成熟卵子の数という2つの補助線を引きます。
💡 用語解説:累積生児獲得率と正倍数性の胚
累積生児獲得率とは、1回の移植ではなく、何回か移植を重ねた結果として最終的に赤ちゃんを迎えられた方の割合です。低予後の方の見通しを語るうえでは、こちらのほうが実態に近い指標になります。
正倍数性(ユープロイド)の胚とは、染色体の本数が過不足なく揃っている胚のことです。染色体の数に過不足がある胚は着床しにくく、着床しても流産に至ることが多くなります。年齢が上がるほどこの正倍数性の割合が下がるため、同じ1個の胚でも、年齢によって持つ意味が変わります。
まず必要な卵子数について。POSEIDONグループが開発したARTカルキュレーターは、少なくとも1個の正倍数性の胚盤胞を得るために最低限必要な成熟卵子の数を推定する計算モデルです。着床前検査を受けた347組のデータから、負の二項分布と適応的LASSOという統計手法を用いて作られ、女性の年齢が最大の要因であることが確認されました[18]。その後1,464組を対象とした多施設の外部検証が行われ、推定値と実際の結果の相関は正倍数性胚盤胞の確率で0.91、必要な最低成熟卵子数で0.88と高い一致を示しました[19]。「何回採卵すればよいのか」という問いに、感覚ではなく数字で答える土台になります。
次に累積の成績です。4,712名を対象に、最大6回までの凍結融解胚移植を追跡した研究では、生命表法による推計として次の値が報告されています[20]。
6回の凍結融解胚移植までの累積生児獲得率(推計値)
対照群は卵巣予備能が保たれている方(年齢で2群に分けています)
対照(35歳未満)
グループ3
35歳未満・予備能低
対照(35歳以上)
グループ4
35歳以上・予備能低
⚠️ これは楽観的な推計法による値で、グループ3の95%信頼区間は77.1〜97.55%と非常に幅が広い点にご注意ください。該当する方の人数が少ないためです。
ここから読み取れる最も大切なことは、若くて卵巣予備能が低いグループ3の方は、移植の機会を重ねられれば、予備能が保たれている同年代の方に近い成績に到達しうるという点です。1回目の結果が振るわなかったからといって、早々に諦める必要はありません。一方でグループ4では、6回まで重ねても対照群との差が大きく、5回目以降は曲線が平らになる(それ以上ほとんど上積みされない)ことも報告されています[20]。同じことを機械的に繰り返すのではなく、どこかで方針そのものを見直す判断が必要になる、という示唆です。
ただし、これらの数字を一人歩きさせないための注意も必要です。18,455周期を解析した別の研究では、累積生児獲得率はグループ3で35.5%、グループ4で12.7%と、かなり異なる値が報告されています[21]。また9回までの移植を追った研究では、6回を過ぎるとどのグループでも横ばいになることが示されています[22]。集計方法や対象の選び方で数値は大きく動きますので、傾向を読むための材料として受け取り、ご自身の見通しは主治医と個別に確認していただくのが確実です。なお胚を選ぶ手段として着床前診断が話題になることがありますが、低予後の方で生児獲得率を高めるという点ではエビデンスは限定的で議論が続いています。移植できる胚が減る可能性も含めて、慎重な検討が要ります。
9. よくある誤解
誤解①「グループ4だから、もう望みはない」
グループ4は確かに最も条件が厳しい層ですが、移植を重ねた累積では一定の割合で出産に至っていることが報告されています[20]。同時に、上積みが乏しくなる時期があることも事実です。続けるか方針を変えるかを、数字を見ながら一緒に考える段階だとお考えください。
誤解②「AMHが低い=もう妊娠できない」
AMHは在庫の「数」を推し量る指標で、卵子の質や妊娠できるかどうかを直接示すものではありません。実際、AMHが低くても超音波で卵胞が見えていれば、多くの方が卵巣低反応を回避できていました[6]。数値ひとつで結論を出さないでください。
誤解③「薬を増やせば卵子は増える」
卵巣にある卵胞の数が限られている場合、量を増やしても採れる数がそれに比例して増えるわけではありません。実際、若い方でも高年齢の方でも、総投与量が多い方法が必ずしも良い成績につながっていないことが示されています[12]。
誤解④「POSEIDON基準が最適な治療を決めてくれる」
POSEIDON基準は患者さんを整理して考えるための枠組みであって、治療法を確定させるものではありません。各群への推奨として提案されている選択肢の多くは、比較試験による検証がこれからという段階にあります[23]。
10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 卵巣予備能と遺伝子検査のご相談
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