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卵子凍結という言葉は聞いたことがあっても、実際に何をするのかは意外と知られていません。じつは手順そのものはシンプルで、「排卵誘発」「採卵」「ガラス化凍結」の3ステップです。この記事では、それぞれの段階で体に何が起きるのかを順を追って説明し、そのうえで「何個凍らせればよいのか」「何歳まで可能なのか」という、手順を知ると必ず出てくる疑問にもお答えします。
Q. 卵子凍結はどうやってやるのですか。まず流れだけ知りたいです
A. 注射で複数の卵子を育て(排卵誘発)、細い針で吸い出し(採卵)、マイナス196℃で一気に凍らせる(ガラス化凍結)。この3ステップです。通院期間はおおむね2〜3週間、採卵そのものは短時間で終わります。手順は同じでも、結果を左右するのは「何歳で」「何個」凍らせるかです。
- ➤① 排卵誘発 → 注射で複数の卵胞を育てる。自然周期で行う方法もある
- ➤② 採卵 → 超音波で見ながら腟から針を刺し、卵胞液ごと吸引する
- ➤③ ガラス化凍結 → 氷の結晶をつくらせず、ガラスのような状態で保存する
- ➤何個必要か → 35歳以下なら15個で約70%、24個あたりで頭打ちという報告
- ➤安全性 → 凍結卵子から生まれた子どもに先天異常が増えるという事実はない
1. 卵子凍結のやり方:全体は3つのステップです
卵子凍結とは、卵巣から取り出した卵子を凍らせて長期間保存しておくことです。将来、妊娠を望むときが来たら融解し、体外受精で受精させて子宮に戻します。工程を分解すると、次の3つに整理できます。
図1:卵子凍結の3ステップ
① 排卵誘発
注射で複数の卵胞を育てる
およそ10〜14日
② 採卵
腟から針を刺して吸引する
当日のみ・短時間
③ ガラス化凍結
マイナス196℃で瞬時に凍結
採卵と同じ日
通院の期間はおおむね2〜3週間。日数は刺激の方法や卵胞の育ち方によって変わります。
💡 用語解説:医学的適応と社会的適応
卵子凍結には2つの入口があります。医学的適応は、がん治療などで卵巣の働きが失われると予測される場合に、治療の前に卵子を残しておくものです。こちらは妊孕性温存療法と呼ばれ、公的な助成の対象になります。
社会的適応は、病気ではなく加齢に備えて凍らせておくものです。手順そのものは両者で変わりませんが、対象年齢や助成の枠組みが違います。この記事では主に社会的適応を想定して説明します。
2. ステップ①:排卵誘発で複数の卵子を育てる
自然の月経周期では、複数の卵胞が育ち始めても、最終的に排卵まで到達するのは通常1個だけです。他の卵胞は途中で消えていきます。この「捨てられるはずだった卵胞」を薬の力で最後まで育てるのが排卵誘発です。1回の採卵でできるだけ多くの卵子を確保するために行います。
使うのは注射のホルモン製剤が中心で、おおむね10〜14日間続けます。この間は数回の通院があり、超音波で卵胞の大きさと数を確認しながら薬の量を調整していきます。なお、薬をまったく使わず、自然な周期で育った1個を採る方法もあります。体への負担は軽くなりますが、1回で得られる卵子は少なくなります。
どれだけ育つかは、その方の卵巣予備能によって大きく変わります。目安としてAMHという血液検査が使われますが、これは残っている卵子の「数」の目安であって、質を測るものではありません。刺激をしても思うように育たない状態は卵巣低反応(POR)と呼ばれ、その層別化にはPOSEIDON基準という考え方が使われます。1周期に2回採卵するDuoStimという方法が検討されることもあります。
💡 用語解説:卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
排卵誘発でいちばん注意すべき副作用が卵巣過剰刺激症候群(OHSS)です。厚生労働省のマニュアルでは、卵巣が過剰に刺激されて腫れ、それに伴う症状が出る状態と定義されています[3]。軽い腫れそのものは臨床的に問題になりませんが、重症例では大量の腹水がたまって血管の中が脱水状態になり、急性腎不全・血栓症・肺水腫といった命に関わる合併症に進むことがあります[3]。
重症度は卵巣の腫れの大きさで分けられ、6cm以上が軽症、8cm以上が中等症、12cm以上が重症の目安です[3]。リスクが高いのは、多嚢胞性卵巣症候群の方、ゴナドトロピンの使用量が多くなりやすい方、AMHが高い方、以前にOHSSや多胎妊娠の経験がある方です[3]。最初の症状は腹部の張り、下腹部の痛み、体重増加なので、心当たりがあればすぐに連絡してください。
3. ステップ②:採卵で卵子を取り出す
卵子は卵胞という袋の中で、卵胞液に浮かんだ状態で育っています。採卵では、腟から超音波の器械を入れて卵胞の位置を確認しながら細い針を進め、卵胞液ごと数ミリリットルを吸引します。取り出した液を培養室で顕微鏡で確認し、その中から卵子を拾い上げます。処置そのものは短時間で、多くの施設では静脈麻酔や局所麻酔を用います。
採卵は針を体の中に進める処置ですので、合併症がゼロではありません。日本癌治療学会のガイドラインは、腟壁や骨盤内の血管を傷つけることによる出血、腸管や膀胱など他の臓器の損傷、腟内の細菌による骨盤腹膜炎が起こりうると明記しています[1]。加えて、排卵誘発を行った場合はOHSSと血栓症にも留意が必要とされています[1]。頻度は高くありませんが、「痛くないから安全」とは別の話なので、事前の説明をきちんと受けてください。
📌 補足:採れた卵子がすべて凍結できるわけではありません。受精できる状態まで成熟した卵子(MII卵子)だけが対象になります。採卵数が10個でも、凍結できるのは7〜8個ということは珍しくありません。未熟なまま採れた卵子を体の外で育てる体外成熟培養(IVM)という技術もあります。
4. ステップ③:ガラス化法で凍結する
現在の卵子凍結でほぼ標準となっているのが超急速ガラス化法です。名前のとおり、卵子の中の水分を氷の結晶にせず、ガラスのように固まった状態にして凍らせます。手順は次の3段階です。
図2:ガラス化凍結の流れ
1. 平衡化
凍結保護剤に浸し、卵子の内外の濃度をなじませます
2. 脱水
高濃度のガラス化液に移し、細胞内の水を抜きます
3. 瞬間凍結
マイナス196℃の液体窒素に入れ、一瞬で凍らせます
水を抜いてから一気に冷やすことで、氷の結晶が卵子を内側から壊すのを防ぎます。
💡 用語解説:なぜ「ゆっくり」ではなく「一気に」凍らせるのか
かつては時間をかけて温度を下げる緩慢凍結法が使われていました。しかし卵子は細胞としては大きく、水分も多いため、ゆっくり凍らせると内部に氷の結晶ができて細胞を傷つけてしまいます。ガラス化凍結の卵子と緩慢凍結の卵子を比べると、前者のほうが有意に良好な成績であることが示されており[1]、これが現在の主流になっている理由です。
凍らせた卵子を将来使うときは、融解して体外受精を行い、育った胚を凍結胚移植で子宮に戻すのが一般的な流れです。日本癌治療学会のガイドラインによれば、融解した卵子1個あたりの妊娠率は4.5〜12%と報告されています[1]。1個あたりで見るとこの水準なので、まとまった数が必要になるわけです。
5. 何個凍らせればよいのか、何歳まで可能なのか
手順を理解すると、次に必ず出てくるのがこの疑問です。結論から言うと、「若いうちに、ある程度まとまった数を」ということになります。
大規模な研究では、35歳以下の女性が凍結した卵子を使った場合、10個で累積の生児獲得率が42.8%、15個で69.85%まで上がり、24個あたりで頭打ちになることが示されています[8]。1周期でこの数に届かない場合は、複数回の採卵が検討されます。
35歳以下の女性における使用卵子数と累積生児獲得率[8]。年齢が上がるほどこの曲線は下に移動します。
年齢の上限は学会の指針で示されています
日本生殖医学会は「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関する指針」のなかで、加齢に備える目的の卵子凍結について、採卵時の年齢は40歳以上、凍結卵子を使用する年齢は45歳以上を推奨できないとしています[2]。医療機関によって実際の運用には幅がありますので、検討される際は各施設にご確認ください。
💰 費用と助成:東京都では、卵子凍結を実施した年度に上限20万円、その後は保管に関する調査に回答することを条件に1年ごとに一律2万円が助成されます[4]。がん治療などの医学的適応であれば、未受精卵子凍結に上限20万円(凍結保存時に43歳未満・通算2回まで)という全国の公的助成もあります[5]。費用の内訳や年齢制限の詳細は卵子の凍結とは?妊娠率や年齢制限・費用まで紹介でまとめています。
6. 決める前に知っておいていただきたいこと
妊娠を保証するものではありません
これがいちばん大切な点です。凍結できるのは卵子だけであり、妊娠には子宮の状態や全身のコンディションも関わります。若い卵子が手元にあることと、妊娠が成立することは別の話です。卵子凍結は可能性をひとつ残しておく手段であって、将来の妊娠を約束するものではありません。
使うときには高年齢になっている可能性があります
凍結した卵子を実際に使う時期は、多くの場合30代後半から40代です。この年齢での妊娠には、母体側のリスクがいくらか上がります。国立成育医療研究センターが日本産科婦人科学会の周産期データベース(約36万人)を解析した結果では、45歳以上の妊娠を30〜34歳と比べると、妊娠高血圧腎症が1.90倍、前置胎盤が2.19倍、帝王切開分娩が1.71倍でした[6]。
同じ研究では、早産が1.22倍、未熟児出生が1.18倍とわずかな差にとどまり、死産・胎児死亡の頻度は有意には変わりませんでした[6]。なお妊娠高血圧症候群そのものは、年齢にかかわらず妊婦さんの10〜20人に1人に起こるとされています[7]。数字を正確に見ておくことは、過度に怖がらないためにも大切です。
生まれてくる子どもへの影響は確認されています
💡 用語解説:凍結卵子から生まれた子どもの安全性
「凍らせた卵子から生まれた子どもに何か影響があるのでは」という不安をよく伺います。米国生殖医学会は、ガラス化凍結した卵子の受精率・妊娠率が新鮮な卵子と同等であること、そして凍結融解した卵子を用いた生殖補助医療で生まれた児に、染色体異常・先天異常・発育障害が増大することはないことを根拠に、未受精卵子凍結はもはや臨床研究ではなく有効かつ安全な臨床技術であるとの見解を示しています[1]。新生児を対象とした検討でも、ガラス化凍結卵子と新鮮卵子とで出生児の体重や先天異常に差は認められませんでした[1]。
なお、加齢そのものによって卵子の染色体の数の異常が増えることは、凍結とは別の現象です。卵子は減数分裂の途中で長く停止した状態で待機しているため、その期間が長いほど染色体を分ける仕組みが綻びやすくなります。詳しくは卵子の老化のメカニズムと卵子形成と染色体異常の関係をご覧ください。若いうちに凍らせることに意味があるのは、まさにこのためです。
背景に病気や体質が隠れていることがあります
40歳未満で卵巣の働きが止まってしまう状態を早発卵巣不全(POI)といいます。若いのにAMHが低いという方のなかには、こうした背景を持つ方が含まれます。当院では女性不妊症NGS遺伝子パネル検査やFMR1遺伝子リピート伸長検査で背景を調べることができます。詳しくは低AMHおよび早発性卵巣不全における遺伝子検査と不妊症遺伝子検査をご覧ください。
7. よくある誤解
誤解①「凍結卵子から生まれた子は異常が多い」
そうした事実は確認されていません。米国生殖医学会は染色体異常・先天異常・発育障害が増大しないことを根拠に、未受精卵子凍結を有効かつ安全な臨床技術と位置づけています[1]。
誤解③「採卵は痛くないから安全」
麻酔で痛みは抑えられますが、出血・他臓器の損傷・骨盤腹膜炎といった合併症が起こりうる処置です[1]。頻度は高くありませんが、ゼロではありません。
誤解④「高齢妊娠のリスクは何倍にもなる」
45歳以上でも30〜34歳と比べて妊娠高血圧腎症は1.90倍、帝王切開は1.71倍で、死産・胎児死亡は有意差がありませんでした[6]。正確な数字で捉えてください。
よくある質問(FAQ)
🏥 卵巣予備能と遺伝的背景のご相談
若くしてAMHが低いと言われた方や
妊孕性の低下に遺伝的な背景がないか調べたい方は
臨床遺伝専門医が運営するミネルバクリニックへご相談ください。
参考文献
- [1] 妊孕性温存 診療ガイドライン|がん診療ガイドライン. 日本癌治療学会. [日本癌治療学会]
- [2] 未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関する指針(倫理委員会報告). 一般社団法人日本生殖医学会. [日本生殖医学会]
- [3] 重篤副作用疾患別対応マニュアル 卵巣過剰刺激症候群(OHSS). 厚生労働省. [PDF]
- [4] 卵子凍結に係る費用の助成(事業の概要). 東京都福祉局. [東京都福祉局]
- [5] 千葉県小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業. 千葉県. [千葉県]
- [6] 日本における超高齢妊婦の妊娠予後を検証. 国立成育医療研究センター. [国立成育医療研究センター]
- [7] 妊娠高血圧症候群. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. [日本産科婦人科学会]
- [8] Elective and Onco-fertility preservation: factors related to IVF outcomes. Human Reproduction. 2018;33:2222. [Hum Reprod]





