目次
採卵しても卵子が1〜2個しか採れない。次の周期まで2〜3か月待つあいだに、年齢だけが進んでいく——そんな行き詰まりに対して考案されたのがDuoStim(デュオスティム/同一周期内二重卵巣刺激)です。1回の月経周期のなかで、卵胞期と黄体期に続けて2回の卵巣刺激と採卵を行うという、従来の常識をくつがえす方法です。この記事では、なぜ黄体期でも卵子が採れるのかという生理学のしくみから、ランダム化比較試験が示した「できること」と「できなかったこと」、日本での費用の扱い、そして刺激法を変える前に確認しておきたい遺伝学的な視点までを、臨床遺伝専門医の立場で整理します。
Q. DuoStimをすると、採れる卵子の数は増えるのですか?まず結論だけ知りたいです
A. DuoStimは「卵子の数を増やす方法」ではなく、「2回目の採卵までの待ち時間を縮める方法」です。ランダム化比較試験では、2回の採卵で得られた卵子の合計数は通常の2周期連続採卵と差がありませんでした。一方で、2回目の採卵までの期間は約2.8か月から約0.3か月へ、正倍数性胚を1個得るまでの日数は約44日から約23日へ短縮しています。時間が最優先される状況でこそ意味を持つ方法です。
- ➤生理学的な根拠 → 1周期に卵胞の発育の「波」が2〜3回起こることが超音波で実証されています
- ➤黄体期に採れる卵子の質 → 卵胞期の卵子と受精率・胚盤胞率・染色体の正常率が同等と報告されています
- ➤向いている状況 → 卵巣低反応、正倍数性胚の蓄積、がん治療前の緊急の妊孕性温存
- ➤注意すべき弱点 → 全部を凍結する必要があり、凍結融解を挟むぶん胚を失う可能性が加わります
- ➤日本での扱い → 先進医療の技術一覧には含まれておらず、原則として自由診療での実施になります
1. DuoStim(デュオスティム)とは何か
DuoStimは、同じ月経周期のなかで卵巣刺激を2回連続して行い、採卵も2回実施する方法です。1回目は月経開始直後の卵胞期に行い(卵胞期刺激=FPS)、1回目の採卵が終わってから数日のうちに2回目の刺激を始めます。この2回目は、通常なら次の月経を待つ「黄体期」に重ねて実施するため、黄体期刺激(LPS)と呼ばれます。日本語では二重卵巣刺激、あるいは「1周期2回採卵」と説明されることもあります。
従来の体外受精では、採卵は月経周期ごとに1回きりというのが前提でした。1回目の採卵で十分な卵子が得られなかった場合、次の採卵まで2〜3か月ほど待つのが一般的です。この待ち時間は、卵巣予備能が限界に近い方や、抗がん剤治療の開始まで数週間しか猶予がない方にとっては、そのまま妊娠の可能性が削られていく時間でもあります。DuoStimは、この「待ち時間」そのものを標的にした発想です。
💡 用語解説:卵胞期(らんぽうき)と黄体期(おうたいき)
月経周期は、排卵を境に前半と後半に分かれます。前半の卵胞期は、月経が始まってから排卵までの時期で、卵胞(卵子が入った袋)が育っていく期間です。後半の黄体期は、排卵後に残った卵胞が「黄体」という組織に変化し、プロゲステロン(黄体ホルモン)をさかんに分泌して子宮内膜を妊娠に備えさせる期間です。従来は、この黄体期には新しい卵胞は育たないと考えられていました。DuoStimは、その前提を書き換えた研究から生まれています。
DuoStimという発想が最初に臨床の形になったのは2014年で、中国・上海のグループが卵巣低反応の女性38人を対象にした先行研究を報告したのが出発点です[3]。このときの方法は「上海プロトコル」と呼ばれ、卵胞期にはクロミフェンやレトロゾールといった内服薬にhMG製剤を組み合わせた穏やかな刺激を行い、1回目の採卵後にhMGとレトロゾールで再び卵胞を育てて2回目の採卵を行う、という設計でした。1回目で平均1.7個、2回目で平均3.5個の卵子が得られ、38人中26人(68.4%)が凍結できる胚を確保しています[3]。
その後、施設ごとに使う薬剤や刺激の強さが異なる派生型が生まれました。遺伝子組換えFSHとLHを両方の刺激で均等に用いる方式、内服薬を両方の刺激で併用する方式、そして黄体期から先に刺激を始めて、次の卵胞期を2回目にあてる「リバースDuoStim」という順番を入れ替えた方式などです。リバース型は、2回目に得られた胚をその周期のうちに新鮮胚移植できる可能性がある点で、後述する「全部凍結しなければならない」という弱点を部分的に回避しようとする工夫にあたります。
2. なぜ黄体期でも卵子が採れるのか:卵胞発育の「波」
長いあいだ、卵胞が育ち始めるのは月経の直後だけで、1周期に育つ卵胞の集団(コホート)はひとつだけだと考えられていました。この「単一波動説」に基づいて、卵巣刺激は月経2〜3日目に始めるものと決まっていたのです。ところが経腟超音波を毎日行って卵胞を追跡した研究によって、この前提が覆されます。健康な女性50人を排卵から次の排卵まで毎日観察したところ、全員に卵胞発育の「波」が2〜3回あり、68%が2波、32%が3波を示したことが確認されました[1][2]。
つまり、排卵したあとの黄体期にも、次の周期に向けた小さな卵胞の集団が静かに立ち上がっています。この波は通常なら主席卵胞(排卵する1個)を作らないまま消えていきますが、そこにゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)を外から投与すれば、その集団を育てて採卵まで持っていける——これがDuoStimの生理学的な土台です。
図1:1つの月経周期に起こる卵胞発育の「波」
第1波(卵胞期)
月経直後に立ち上がり、1個が主席卵胞となって排卵します。従来の採卵はここだけを使っていました。
第2波(黄体期)
排卵の前後に新しい小卵胞の集団が出現します。通常は主席卵胞を作らず消えていきます。
第3波(約3割の周期)
3波を示す周期では、さらにもう一度小卵胞の集団が立ち上がります。
DuoStimは、通常なら消えていく第2波にゴナドトロピンを届けて、もう一度採卵のチャンスをつくる方法です。
💡 用語解説:ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)
脳の下垂体から出て、卵巣に「卵胞を育てなさい」と指示するホルモンの総称です。FSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)の2つがあり、体外受精ではこれらを注射で補って複数の卵胞を同時に育てます。分泌そのものは、視床下部から出るGnRHという上流のホルモンが制御しています。詳しくはゴナドトロピンの解説ページもご覧ください。
黄体期に採れた卵子は「質が劣る」のか
DuoStimに対する最初の疑問は、当然ながら「黄体期という高プロゲステロン環境で育った卵子は、正常に受精し、正常な胚になるのか」でした。この点については比較的早い段階から検証が進んでいます。黄体期に刺激して得られた卵子でも受精能を持つ胚が作れることが報告され[4]、さらに同じ患者さんの中で卵胞期と黄体期を直接比較するという質の高い設計の研究が行われました。
卵巣予備能が低下した43人を対象に、同一周期の卵胞期と黄体期でまったく同じプロトコルの刺激を行った前向き研究では、採取された卵子数(5.1±3.4個 対 5.7±3.3個)、成熟卵数(3.4±1.9個 対 4.1±2.5個)、生検した胚盤胞数(1.2±1.2個 対 1.4±1.7個)のいずれにも統計学的な差はありませんでした[5]。さらに重要なのは、染色体が正常(正倍数性)な胚盤胞の割合も、生検した胚あたり46.9%対44.8%とほぼ同じだった点です[5]。黄体期の無排卵性の卵胞からも、発生能を持つ卵子が得られることは別の患者内対照研究でも確認されています[6]。
ここで正確に押さえておきたいのは、これらの結果が示しているのは「黄体期の卵子は卵胞期と同等」であって、「黄体期のほうが優れている」ではないということです。観察研究のなかには黄体期のほうが多く採れたと報告するものもありますが、後述するランダム化比較試験ではいずれも両者に差が出ていません。「2回目のほうがたくさん採れる」という説明を目にすることがありますが、現時点のエビデンスは「同等」に落ち着いていると理解しておくのが正確です。
3. どんな状況の人に向いているのか
DuoStimは、すべての方に等しく意味がある方法ではありません。時間的な制約が強く、かつ1回の採卵では必要な胚数に届かない、という条件が重なったときにはじめて価値が出ます。ここでは、対象となる患者さんの分類、事前に見通しを立てるための指標、そして時間が最優先になる場面の順に見ていきます。
卵巣低反応(POR)とPOSEIDON分類
卵巣低反応(POR)は、十分な量のゴナドトロピンを使っても卵胞が育たず、採卵数が伸びない状態を指します。国際的な定義としては2011年にヨーロッパ生殖医学会がまとめたボローニャ基準があり、40歳以上・過去の採卵で3個以下・卵巣予備能マーカーの低下、という3項目のうち2つ以上を満たす場合とされました[7]。DuoStimの初期の研究は、この基準を用いて対象者を選んでいます。
その後、ボローニャ基準では患者さんの多様性を捉えきれないという議論から、年齢・卵巣予備能マーカー・過去の反応性の3軸で細かく層別化するPOSEIDON基準が提唱されました。グループ1と2は「卵巣予備能の指標は保たれているのに、実際に刺激すると採卵数が伸びない予想外の低反応」、グループ3と4は「そもそも卵巣予備能の指標が低い、予想どおりの低反応」にあたります[8]。
⚠️ 補足:POSEIDONのサブグループ表記は「1a・1b」が35歳未満、「2a・2b」が35歳以上に対応します。「グループ1のサブグループ2a」という組み合わせは存在しませんので、資料を読むときはご注意ください。
AMHによる採卵数の見通し
DuoStimを始める前に「どのくらい採れそうか」を数字で共有しておくことは、期待と現実のずれを防ぐうえでとても大切です。この点で役に立つのがAMH(抗ミュラー管ホルモン)です。DuoStimを受けた方を解析した研究では、血清AMH値と2回の刺激で得られた卵子の合計数に強い相関(R=0.61、95%信頼区間0.44〜0.70、P<0.0001)が認められました[9]。回帰分析からは、基礎AMH値が0.25 ng/mL高いごとに、DuoStim全体で得られる卵子が1個増えるという目安が示されています[9]。
💡 用語解説:AMH(抗ミュラー管ホルモン)は「卵子の数」の目安
育ち始めた小さな卵胞の顆粒膜細胞から分泌されるホルモンで、卵巣に残っている卵胞のおおよその数を反映します。ここで誤解しやすいのが、AMHは「卵子の数」の指標であって「卵子の質」や「妊娠できるかどうか」を決める数値ではないという点です。AMHが低くても自然に妊娠される方はいらっしゃいますし、逆にAMHが高くても年齢相応に卵子の質は変化します。AMHは治療計画を立てるための地図であって、可否を判定する審判ではありません。
がん治療前の緊急の妊孕性温存
もうひとつ、DuoStimが力を発揮する典型的な場面が、化学療法や放射線治療の開始まで数週間しか猶予がないケースです。従来の考え方では「月経を待って刺激を開始する」ため、タイミングによっては数週間を無駄にしてしまいます。この領域では、周期のどの時点からでも刺激を開始する方法が先に確立しており、DuoStimはその延長線上で「限られた期間に2回採卵する」戦略として位置づけられます。具体的な選択肢の全体像は妊孕性温存(卵巣組織凍結・卵子凍結)のページで整理しています。
4. DuoStimの実際の手順
プロトコルは施設によって細部が異なりますが、GnRHアンタゴニストを使う標準的な流れは次のように進みます。全体では約1か月のあいだに、注射・超音波・採卵手術が2セット詰め込まれることになります。
図2:DuoStimの標準的な流れ
STEP 1:卵胞期刺激の開始(月経2〜3日目)
ゴナドトロピンを1日150〜300単位で開始します。
↓
STEP 2:排卵の抑制
主席卵胞が13〜14mmに達したら、勝手な排卵を防ぐためGnRHアンタゴニストを毎日追加します。
↓
STEP 3:トリガーと1回目の採卵
最終的な卵子の成熟を促す注射を行い、約35〜36時間後に1回目の採卵をします。
↓
STEP 4:黄体期刺激の開始(採卵の翌日〜5日後)
月経を待たずに同じ量のゴナドトロピンを再開します。開始時期は施設によって幅があります。
↓
STEP 5:2回目の採卵と凍結
2回目の採卵を行い、得られた卵子・胚はすべて凍結保存します。この周期での新鮮胚移植は行いません。
なぜ黄体期には排卵抑制の注射が要らないのか
DuoStimの設計で興味深いのが、2回目の刺激ではGnRHアンタゴニストを使わない施設が多いという点です。理由は単純で、1回目の採卵のあとに残る黄体から分泌される高濃度のプロゲステロンが、下垂体からのLHサージ(排卵を引き起こすホルモンの急上昇)を自然に抑えてくれるからです。体内のホルモン環境そのものが、排卵抑制剤の代わりを務めているという構図です。
トリガー薬剤の選択が胚の数に影響する
最終的な卵子の成熟を促す「トリガー」の薬剤選択は、得られる胚の数に影響することが報告されています。卵巣低反応と診断された304人のDuoStim症例を後ろ向きに解析した研究では、尿由来hCGと比べて、遺伝子組換えhCGまたはGnRHアゴニストをトリガーに用いた場合に、卵胞期・黄体期のいずれの段階でも凍結できた胚の数と良好胚の数が有意に多かったと報告されています[10]。同じ研究では、この集団では黄体期のほうが採卵数・受精卵数・良好胚数が多い傾向も観察されていますが、これは後ろ向き研究の結果であり、ランダム化比較試験では両者の差は確認されていません。
🔍 関連記事:胚盤胞とグレード評価/凍結融解胚移植/エストロゲン
5. 臨床試験は何を示したのか
DuoStimは観察研究では良好な成績が並んでいましたが、2022年以降に発表されたランダム化比較試験によって、期待されていた効果のうち何が本物で何がそうでないかが、かなりはっきりしてきました。ここは治療を選ぶ側にとって最も重要な部分ですので、丁寧に見ていきます。
BISTIM試験:採卵数は増えなかった
フランスの4施設で行われたBISTIM試験は、卵巣低反応の女性88人をDuoStim群44人と、通常のアンタゴニスト周期を2周期連続で行う対照群44人に無作為に割り付けました[11]。主要評価項目は「2回の刺激で得られた卵子の合計数」です。結果は、DuoStim群5.0±3.4個 対 対照群4.6±3.4個、P=0.56で有意差なしでした[11]。同じ患者さんの中で卵胞期と黄体期を比べても2.8±1.8個 対 2.6±1.8個(P=0.66)で、黄体期のほうが多く採れるという仮説は支持されませんでした。
一方で、明確な差がついたのが時間です。2回目の採卵までの期間は、対照群2.8±1.3か月に対してDuoStim群は0.3±0.5か月(P<0.001)でした[11]。
ただしこの試験には、慎重に受け止めるべき結果も含まれています。少なくとも1回は胚移植までたどり着けた方の割合が、対照群78.0%に対してDuoStim群では53.8%(P=0.02)と有意に低く、累積生児獲得率も34.1%対17.9%(P=0.10、統計学的な有意差はなし)と数値上は下回りました[11]。この試験ではフランスの法規制上、1回目の採卵で得られた卵子をいったん未受精のまま凍結し、2回目の採卵日に融解して新鮮卵と一緒に受精させ、できた胚を再び凍結するという手順が取られました。凍結融解を2回はさむため、卵子の生存率が81.6%にとどまり、そのぶん最終的に使える胚が減った可能性が指摘されています[11]。
Cerrillo試験:時間は縮んだが、卵子は増えなかった
スペインで38歳以上の予後不良例80人を対象に、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)を併用する状況で行われた非劣性試験では、正倍数性胚盤胞を1個得るまでに要した日数が、対照群44.1±2.0日に対してDuoStim群23.3±2.8日(P<0.001)と大幅に短縮しました[12]。これはDuoStimの時間的な利点を最も明快に示したデータです。
ただし同じ試験で、成熟卵数(8.7±1.8個 対 6.8±1.7個、P=0.15)や得られた正倍数性胚の数(0.8±0.4個 対 0.6±0.4個、P=0.45)には差がなく、数値上はむしろ対照群が上回っていました[12]。試験は途中で早期中止されており、この点も結果の解釈には影響します。「時間は縮むが、卵子や胚が増えるわけではない」という点で、BISTIM試験と結論の方向は一致しています。
DUOSTIM-fresh試験:良好胚盤胞は増えた
一方、40歳未満でAMHが1.2 ng/mL未満の予後不良例107人を対象にした試験では、異なる結果が出ています。この試験では黄体期から先に刺激を始め、採卵の5日後に卵胞期の刺激を行い、最後に新鮮胚移植をするというリバース型の設計が採られました。比較対象は「1回だけの通常刺激」です。その結果、良好胚盤胞の数はDuoStim側が有意に多く(平均差0.81、95%信頼区間0.12〜1.49)、胚移植に至った周期の割合(62.3%対51.9%)や継続妊娠率(24.5%対22.2%)には差がありませんでした[13]。ここでも、黄体期・卵胞期・単一刺激の3群で成熟卵数はほぼ同じ(3.3個・3.4個・3.5個)でした[13]。
3つの試験を並べると、共通する結論が見えてきます。DuoStimは「卵巣が本来持っている以上の卵子を作らせる魔法」ではなく、「次の採卵までの時間を圧縮する技術」です。比較の相手が「2周期連続の刺激」なら卵子の総数は変わらず、比較の相手が「1回だけの刺激」なら当然ながら胚は増える。この当たり前の構図を理解しておくと、さまざまな報告の食い違いに惑わされずに済みます。
💡 用語解説:ランダム化比較試験と「主要評価項目」
参加者をくじ引きのように無作為に2群へ振り分け、条件をそろえて比較する研究方法です。振り分けを無作為にすることで、選択バイアス(医師が良さそうな患者さんを新治療に集めてしまう等の偏り)を防ぎます。また、試験は開始前に「何をもって成功とするか」という主要評価項目(エンドポイント)を決めます。BISTIM試験の主要評価項目は「採卵数」であり、妊娠率や生児獲得率を判定できる規模では設計されていません。「差がなかった」と「効果がないと証明された」は別物ですので、この区別は読み解くうえで重要です。
6. 強み・弱み・安全性
DuoStimを提唱してきたグループ自身が、この方法の強み・弱み・機会・脅威を整理した分析を公表しています[14]。ここでは、その枠組みに最新の試験結果を重ねて整理します。
生まれてくる子どもへの影響は
黄体期に刺激して得られた卵子から生まれた子どもの健康については、中国のコホートで黄体期刺激由来と通常刺激由来の児で、出生時の先天異常の頻度を比較した報告があります[15]。この研究では両群で明らかな差は示されていませんが、対象数と観察期間には限りがあり、長期的な健康への影響を評価するにはさらに大規模な追跡が必要とされています。現時点では「大きな懸念を示すデータはないものの、長期的な検証は継続中」という位置づけになります。
なお、BISTIM試験では重篤な有害事象の報告はありませんでした[11]。ただし、1回目の採卵後にできた黄体が超音波での観察を難しくする、といった実務上の負担は報告されています。
7. 日本での費用と保険の扱い
2022年4月の診療報酬改定により、体外受精や顕微授精を含む生殖補助医療の多くが公的医療保険の対象となりました[16]。制度の全体像は不妊治療の保険適用について解説したコラムで整理しています。ではDuoStimはこの枠組みでどう扱われるのでしょうか。
💡 用語解説:混合診療と先進医療
日本の医療保険制度では、ひとつの治療のなかで保険診療と保険外の自由診療を組み合わせること(混合診療)は原則として認められておらず、一部でも自由診療が入るとその一連の治療がすべて自己負担になります。その例外として、一定の要件を満たした技術を保険診療と併用できるようにした仕組みが先進医療です。生殖補助医療では、タイムラプス撮像法・子宮内膜受容能検査・子宮内細菌叢検査・二段階胚移植法・PGT-Aなどが先進医療として整理されています[16]。
重要な点として、DuoStim(1周期に2回採卵する技術)は、不妊治療に関する先進医療の技術一覧には含まれていません。インターネット上には「DuoStimは先進医療として承認されている」と説明する情報が見られますが、公的な技術一覧に該当する記載は確認できません。したがって、DuoStimを実施する場合は原則として全額自己負担の自由診療という位置づけになります。
もうひとつ、制度上の構造的な理由もあります。保険診療で採卵を行った場合、得られた胚をすべて移植し終えるまでは次の採卵に進めない運用になっています。DuoStimは胚を蓄積してから移植に進むことを前提とする方法ですので、この運用とはそもそも噛み合いにくいという事情があります。実際の費用や適用の可否は施設ごとに異なりますので、検討される際は治療を受ける施設に直接ご確認ください。
🔍 関連記事:卵子凍結の基礎知識/妊孕性温存という選択肢/妊孕性とは
8. よくある誤解
誤解①「2回採卵すれば卵子が倍になる」
ランダム化比較試験では、2回の採卵で得られた卵子の合計数は通常の2周期連続採卵と同等でした。増えるのは「同じ月のうちに2回できる」という時間の効率であって、卵巣が持っている卵子の数そのものではありません。
誤解②「黄体期に採れた卵子は質が悪い」
同じ患者さんの中で比較した研究では、受精率・胚盤胞形成率・染色体が正常な胚の割合のいずれも卵胞期由来と同等でした。ただし「同等」であって「優れている」ではない点も、あわせて押さえておきたいところです。
誤解③「日本では先進医療で受けられる」
不妊治療に関する先進医療の技術一覧に、1周期2回採卵は含まれていません。また保険診療では胚をすべて移植し終えるまで次の採卵に進めない運用のため、胚を蓄積するDuoStimとは制度上かみ合いにくい構造があります。
誤解④「採卵数が伸びない=刺激が足りない」
刺激を強めたり回数を増やしたりしても採卵数が伸びない場合、背景に卵巣予備能に関わる遺伝的な要因が隠れていることがあります。プロトコルを変える前に、原因の側を確認しておく価値があります。
9. 刺激法を変える前に:遺伝学的な原因を確認する
DuoStimは卵巣刺激の技術であって、卵巣予備能が下がっている「理由」には触れません。ここが、遺伝診療の立場からいちばんお伝えしたい部分です。若い年齢で早発卵巣不全(POI)やAMHの著明な低下を認める場合、その背景には遺伝的な要因、染色体の要因、あるいは自己免疫性卵巣炎のような免疫学的な要因が隠れていることがあります。刺激プロトコルをいくつも試す前に、こうした原因の有無を一度整理しておくと、治療の見通しが立てやすくなります。
卵巣予備能に関わる主な遺伝子
卵子は胎児期に作られた原始卵胞のまま、減数分裂の途中で長期間停止した状態(ディクチオテン期停止)で待機しています。この長い待機期間を支える仕組みに関わる遺伝子に病的な変化があると、卵胞の数が早く減ったり、卵子が正常に成熟できなかったりします。
「採卵はできるのに、その先で止まる」タイプ
もうひとつ知っておいていただきたいのが、採卵数そのものは確保できているのに、受精や初期発生の段階で毎回止まってしまうタイプです。TUBB8・PATL2・WEE2などの変化による卵母細胞成熟障害(OOMD)がこれにあたります。この場合、DuoStimで採卵回数を増やしても状況は変わりません。卵子が卵核胞(GV)期から先に進めない、紡錘体形成チェックポイントの異常で分裂が止まる、といった機序が背景にあるためです。
💡 用語解説:正倍数性(せいばいすうせい)胚とPGT-A
ヒトの細胞は本来46本の染色体を持ちます。この本数が正しい胚を「正倍数性胚(ユープロイド胚)」と呼びます。加齢とともに染色体の本数が合わない胚の割合が増えるため、移植する胚を選ぶ目的で染色体の数を調べる検査がPGT-Aです。特定の単一遺伝子疾患を対象とするPGT-Mとは目的も手続きも異なります。
当院では、臨床遺伝専門医が問診と検査結果を整理したうえで、女性不妊症NGS遺伝子パネル検査やFMR1遺伝子リピート伸長検査などの選択肢をご説明しています。検査を受けるかどうかは、結果を知ったときにご自身がどう感じ、どう使いたいかを含めて考えていただく事柄です。遺伝カウンセリングは、その判断をご自身で下すための時間として使っていただくものです。低AMHやPOIの遺伝学的背景については、低AMH・早発性卵巣不全における遺伝子検査のページでさらに詳しく解説しています。
よくある質問(FAQ)
🏥 低AMH・早発卵巣不全の遺伝子検査のご相談
採卵数が伸びない背景に遺伝的な要因がないかを調べる検査と
結果の受け止め方まで含めた遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。
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