目次
📚 入門シリーズ
この記事は「遺伝病を理解するためのヒトゲノム入門編」の1本です。全記事の一覧と学ぶ順番はヒトゲノム入門編・索引ページからご覧いただけます。
📍 クイックナビゲーション
Y染色体は、ヒトの性染色体のなかで最も小さく、そして最も個性的な染色体です。この小さな染色体の上にあるSRY遺伝子のはたらきによって、胎児は男性としての体づくりを始めます。しかしY染色体の役割は「性を決めること」だけではありません。精子をつくる遺伝子が集まった領域の欠失は男性不妊の大きな原因となり、加齢とともに血液細胞からY染色体が失われる現象は、心臓病やがんとの関わりが明らかになってきました。この記事では、Y染色体の基本的なしくみから、AZF欠失による男性不妊、47,XYYなどの染色体の数の異常、そして「Y染色体は将来なくなるのか」という話題まで、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. Y染色体とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. Y染色体は、ヒトの性染色体のうち男性(XY)だけがもつ小さな染色体です。上にあるSRY遺伝子が「男性への発生」の引き金を引き、精子形成に関わる遺伝子群(AZF領域)も含まれています。この領域が欠けると男性不妊の原因となり、加齢によって血液からY染色体が失われるmLOY(モザイク性Y染色体喪失)は心臓病やがんとの関連が注目されています。
- ➤性を決めるしくみ → SRY遺伝子が精巣への分化を誘導し、男性の体づくりが始まる
- ➤男性不妊との関わり → AZFa/b/c領域の欠失が無精子症・乏精子症を引き起こす
- ➤染色体の数の異常 → 47,XYY(ヤコブ症候群)など、Y染色体が関わる核型異常
- ➤加齢とmLOY → 高齢男性で血液細胞からY染色体が失われ、心臓病やがんと関連
- ➤「Y染色体は消える?」 → 縮小説と安定説の両論、完全配列の解読が進む最前線
1. Y染色体とは?ヒトの性染色体の基礎
ヒトの細胞には合計46本の染色体があり、そのうち44本は男女共通の常染色体、残りの2本が性別に関わる性染色体です。性染色体にはX染色体とY染色体の2種類があり、一般的に女性は2本のX染色体(46,XX)を、男性は1本のX染色体と1本のY染色体(46,XY)をもっています。この「XかYか」の組み合わせが、私たちの体が男性・女性のどちらへ発生していくかを決める出発点になっています。
X染色体が約1,000個の遺伝子をもつ比較的大きな染色体であるのに対し、Y染色体はヒトの染色体のなかで最も小さい部類に入り、含まれるタンパク質をコードする遺伝子はごくわずかです。それにもかかわらず、Y染色体は男性の性決定と精子形成という、生殖にとって決定的に重要な役割を一手に引き受けています。「小さいけれど、代わりのきかない染色体」——それがY染色体の最大の特徴です。
💡 用語解説:核型(かくがた/カリオタイプ)
核型とは、その人がもつ染色体の「本数と種類の組み合わせ」を表した設計図のようなものです。「46,XY」という表記は、全部で46本の染色体があり、性染色体はXとYが1本ずつという意味です。染色体を顕微鏡で観察できる形に染め分けて並べることで、本数の過不足や大きな構造の異常を調べることができます。この核型を調べる基本的な検査が、Gバンド分染法(G分染法)です。
Y染色体の構造:短腕・長腕・偽常染色体領域
Y染色体は、中央のくびれ(セントロメア)を境に、短い腕(短腕・Yp)と長い腕(長腕・Yq)に分かれています。短腕の先端近くには、男性への性決定を担う最重要遺伝子SRYが位置します。一方、長腕には精子形成を制御する遺伝子が密集した領域があり、ここが欠けると男性不妊につながります。
Y染色体の両端には、X染色体とごく一部だけ配列を共有する偽常染色体領域(PAR)と呼ばれる部分があります。減数分裂(精子や卵子をつくるための特別な細胞分裂)のとき、XとYはこのPARだけで対合して組み替えを行います。逆にいえば、Y染色体の大部分(男性特異的領域・MSY)はX染色体と組み替えを行わず、丸ごと父から息子へと受け継がれていきます。この「組み替えをしない」という性質が、後述するY染色体の進化や、集団の父系をたどる研究にとって重要な鍵になります。
💡 用語解説:偽常染色体領域(PAR)
PAR(Pseudoautosomal Region)とは、X染色体とY染色体の両端にある、両者が共通してもっている小さな配列領域のことです。「偽(pseudo)」「常染色体(autosomal)」という名前は、この部分だけは男女共通で、常染色体のように組み替えが起こることに由来します。PAR以外のY染色体の大部分は組み替えを行わないため、この領域は「XとYが手をつなぐ数少ない接点」といえます。
2. SRY遺伝子と性決定のしくみ
🔍 関連記事:性分化疾患(DSD)とは/表現型の性がかわる性分化疾患/X染色体のしくみ
Y染色体の役割のなかで最もよく知られているのが、性決定(男性への発生の引き金を引くこと)です。ヒトの胎児は、発生のごく初期の段階では男女どちらにもなれる「未分化」な性腺(将来の卵巣または精巣のもと)をもっています。ここで運命を分ける最初のスイッチが、Y染色体短腕にあるSRY遺伝子です。
SRYが引き起こす「男性化のドミノ倒し」
胎生初期にSRY遺伝子が活性化すると、未分化の性腺を精巣へと分化させる方向へ強力に押し出します。精巣が形成されると、そこからテストステロン(男性ホルモン)や抗ミュラー管ホルモンが分泌され、内性器・外性器が男性型へと発達していきます。SRYは単独ですべてを行うわけではなく、SOX9という遺伝子のスイッチを入れ、SOX9がさらに下流の遺伝子を次々に活性化する——という「ドミノ倒し」のように性分化のプログラムが進んでいきます。SRYが最初の一枚を倒す指令役だとすれば、SOX9は倒れたドミノを全身へ伝えていく実行役といえます。
💡 用語解説:SRY遺伝子(性決定領域Y)
SRY(Sex-determining Region Y)は、Y染色体短腕にある「男性への分化スイッチ」となる遺伝子です。この遺伝子がつくるタンパク質が、未分化な性腺を精巣へと導く号令をかけます。SRYがなければ体は女性の方向へ発達するのが基本であり、まれにSRYがX染色体へ移動してしまうと、染色体はXXでも体は男性型になる(XX男性)といったことも起こります。SRYは「性を男性に切り替える最初の指令」を担う遺伝子と理解するとわかりやすいです。
Y染色体上の主な遺伝子とそのはたらき
Y染色体には、性決定のSRYのほかにも、主に精子形成や細胞の基本的な機能に関わる遺伝子が存在します。数は多くありませんが、それぞれが男性の生殖にとって重要な意味をもっています。代表的なものを整理しました。
なお、性決定はY染色体だけで完結するわけではありません。SOX9・FGF9・DMRT1など、常染色体上にある遺伝子や、X染色体上の遺伝子も性腺の発達に関わっています。これらの遺伝子のはたらきに乱れが生じると、染色体の性と体の性が一致しない性分化疾患(DSD)が生じることがあります。性の決まり方は、複数の遺伝子が織りなす繊細なネットワークのうえに成り立っているのです。
3. AZF欠失と男性不妊:Y染色体微小欠失
Y染色体の長腕(Yq11)には、精子をつくるために欠かせない遺伝子が集まった無精子症因子(AZF:Azoospermia Factor)領域があります。この領域のごく一部が抜け落ちてしまう状態をY染色体微小欠失(YCM)と呼びます。YCMは一般男性の約2,000〜3,000人に1人にみられ、不妊治療を受ける男性のなかでは決してまれではありません。染色体異常のなかでは、クラインフェルター症候群に次いで多い男性不妊の遺伝的原因とされています。
💡 用語解説:無精子症・乏精子症とは
無精子症は、射出された精液の中に精子が全く見つからない状態を指します。乏精子症(ぼうせいししょう)は、精子の数が基準より少ない状態です。無精子症はさらに、精子の通り道がふさがっている「閉塞性」と、精子をつくる機能そのものが低下している「非閉塞性」に分けられます。Y染色体微小欠失が関わるのは、主に精子をつくる力が落ちている非閉塞性無精子症です。
AZFa・AZFb・AZFc:どこが欠けるかで予後が変わる
AZF領域は、位置によってAZFa・AZFb・AZFcの3つに分けられます。重要なのは、どの領域が欠けているかによって、精子を回収できる見込みが大きく異なるという点です。これは治療方針を決めるうえで決定的に重要な情報になります。
AZFaやAZFbの完全欠失がある場合、精子をつくる細胞そのものが失われているため、高度な顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)を行っても精子が見つかる見込みは極めて低いとされます。手術による身体的負担を考えると、この情報を事前に知っておくことは非常に大切です。一方、YCMのなかで最も多いAZFc欠失(全体の約8割)では、精巣内に部分的な精子形成が残っていることが多く、microTESEと顕微授精(ICSI)を組み合わせることで、生物学的なお子さんを授かる道が開ける可能性があります。
💡 用語解説:microTESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)
microTESE(マイクロテセ)は、手術用顕微鏡を使って精巣の中を観察し、精子をつくっている可能性が高い部分をピンポイントで探し出して採取する方法です。精子が全く見つからない非閉塞性無精子症でも、精巣のごく一部に精子形成が残っていることがあり、その部分を見つけ出すのが目的です。採取できた精子は、顕微授精(ICSI=1個の精子を直接卵子に注入する方法)に用いられます。
検査で陽性だったら、核型検査も大切に
Y染色体微小欠失の検査は、AZF領域の目印となる複数のマーカー(sY84・sY127・sY254・sY255など)を調べるPCR検査で行われます。ここで注目したいのは、YCMをもつ男性では、Y染色体以外の染色体にも異常が見つかる頻度が高いという報告があることです。ある大規模な研究では、YCMをもたない不妊男性で染色体核型異常を伴う割合が約5%だったのに対し、YCMをもつ男性ではその割合が約40%に達したと報告されています。これは、Y染色体の微小欠失が、ゲノム全体の構造的な不安定さを反映している可能性を示唆しています。
このため、YCM検査で陽性となった場合には、AZF欠失の確認だけでなく、Gバンド分染法による全染色体の核型検査を併せて行うことが望ましいと考えられています。近年では、精子濃度が非常に低い患者さんに検査を絞り込むべきだという議論も進んでおり、検査の適応基準は世界的に見直されつつあります。
息子さんへ受け継がれること(Y連鎖遺伝)
AZFc欠失があっても顕微授精で男のお子さんを授かった場合、Y染色体はそのまま息子さんへ受け継がれるため、同じ欠失が100%伝わります。これはY染色体が父から息子へ丸ごと伝わる「Y連鎖遺伝」という性質によるものです。女のお子さんにはY染色体が引き継がれないため影響はありません。将来、息子さんも同じように精子形成の問題を抱える可能性があることを、あらかじめ夫婦で共有しておくことが大切です。こうした将来にわたる見通しを整理するのが、遺伝カウンセリングの役割です。
4. Y染色体の構造異常と数の異常
🔍 関連記事:染色体の数的異常とは/染色体の構造異常(総論)/クラインフェルター症候群
Y染色体の異常には、微小欠失のほかにも、染色体の数が変わるもの(数的異常)と、染色体の形が変わるもの(構造異常)があります。Y染色体は反復配列を多く含むため、構造的に不安定で、さまざまな再構成が起こりやすいという特徴があります。
47,XYY症候群(ヤコブ症候群)
47,XYY症候群は、Y染色体が1本多い(X1本+Y2本)核型で、男児出生の約1,000人に1人にみられます。男性ホルモンの産生や二次性徴、生殖能力は概ね正常で、自然に子どもを授かることも可能です。身体的な特徴が乏しいため、多くは診断されないまま経過します。一方で、高身長になりやすく、言語・運動発達の遅れ、学習障害、注意欠如・多動症(ADHD)、不安障害、自閉スペクトラム症などのリスクがやや高まることが知られています。早期に気づいて適切な発達支援につなげることが、お子さんの力を伸ばすうえで役立ちます。
💡 用語解説:不分離(ふぶんり)とは
精子や卵子をつくる細胞分裂(減数分裂)のとき、本来はきれいに2本へ分かれるはずの染色体が、うまく分かれずに一方に偏ってしまう現象を「不分離」といいます。この結果、染色体が1本多い、あるいは1本少ない精子・卵子ができ、47,XYYや後述のクラインフェルター症候群といった数の異常の原因になります。
関連する性染色体の数の異常
Y染色体が関わる、あるいは性染色体の数が関わる代表的な状態を整理します。それぞれ症状や生殖への影響が異なるため、正確な理解が大切です。
👦 47,XYY(ヤコブ症候群)
Y染色体が1本多い。生殖能力は概ね正常。高身長・発達や学習の支援が役立つ場合がある。
🧬 47,XXY(クラインフェルター症候群)
X染色体が1本多い。最も多い性染色体異常で、男性不妊や性腺機能低下の主要因。
👧 45,X(ターナー症候群)
X染色体が1本のみ。低身長や卵巣機能の問題を伴う。Y成分が混じるモザイクもある。
🔬 45,X/46,XY モザイク
2種類の細胞が混在。性の発達が多様で、混合性腺異形成を呈することがある。
最も頻度の高い性染色体異常であるクラインフェルター症候群(47,XXY)は、X染色体が1本多いことで進行性に精巣の機能が低下し、無精子症や乏精子症を来します。かつては子どもを持つことが難しいと考えられていましたが、現在ではmicroTESEによって一定の割合で精子が回収でき、顕微授精で出産に至る例も報告されています。このほかXXYY症候群など、性染色体が複数過剰になる状態も知られています。
環状Y染色体・Y-常染色体転座
Y染色体の両端が切れて輪のようにつながった環状Y染色体(リングY)は、非常にまれな構造異常です。細胞分裂の際に脱落しやすいため、Y染色体をもたない45,X細胞と混ざったモザイク(45,X/46,X,r(Y))になりやすく、体の特徴は女性型に近いものから男性不妊まで幅広くなります。輪をつくる過程で低身長に関わるSHOX遺伝子が失われると、著しい低身長を伴うこともあります。
また、Y染色体と常染色体の一部が入れ替わるY-常染色体転座は、出生男児の約2,000人に1人にみられます。多くは遺伝情報の量が保たれた「均衡型」で本人は健康ですが、約8割で無精子症や重度の乏精子症を来すとされます。こうした染色体の構造異常を伴う不妊では、生まれてくるお子さんの不均衡な染色体異常を避けるため、PGT-SR(着床前胚染色体構造異常検査)が選択肢として検討されることがあります。
5. 加齢とmLOY:血液から失われるY染色体
🔍 関連記事:体細胞モザイクと生殖細胞系列モザイク/TGF-βシグナル伝達経路
これまで見てきた異常が「生まれつき(先天性)」のものであったのに対し、加齢とともに後から生じるY染色体の異常があります。それが、血液細胞の一部からY染色体が失われるmLOY(モザイク性Y染色体喪失)です。長い間、これは「年をとれば起こる無害な現象」と考えられてきましたが、近年の大規模な研究によって、男性の寿命や病気と深く関わっていることが明らかになってきました。
💡 用語解説:mLOY(モザイク性Y染色体喪失)
mLOY(mosaic Loss of Y chromosome)とは、加齢に伴って血液細胞の一部でだけY染色体が失われている状態です。「モザイク」とは、Y染色体をもつ細胞ともたない細胞が体の中に混在していることを指します。全身のすべての細胞ではなく、主に血液をつくる細胞で起こる後天的な変化で、喫煙や加齢によって増えることが知られています。
高齢男性ではごくありふれた現象
mLOYは、加齢とともに頻度が急激に増えていきます。高精度な検査では、70歳の男性の約40%、そして90歳を超える男性では半数以上に、はっきりとしたmLOYが検出されると報告されています。これは加齢に伴う細胞分裂のエラーが積み重なった結果であり、高齢男性にとってはごくありふれたゲノムの変化といえます。喫煙者では非喫煙者よりも頻度が高いことも分かっており、生活習慣との関わりもうかがえます。
心臓病・線維化との関わり
なぜ「血液の細胞」からY染色体が失われることが、心臓などの病気につながるのでしょうか。この謎は、遺伝子編集技術を用いたマウス研究によって解き明かされつつあります。Y染色体を失った血液由来の細胞(マクロファージ)が心臓に入り込むと、TGF-β1という物質を過剰に放出し、周囲の細胞を刺激して線維化(組織が硬くなること)を引き起こすと考えられています。
💡 用語解説:線維化(せんいか)とは
線維化とは、臓器の中にコラーゲンなどの線維成分が過剰にたまり、組織が硬くなって本来の柔らかさや機能が失われていく現象です。心臓で線維化が進むと、心臓がうまく広がったり縮んだりできなくなり、心不全につながります。mLOYは、この線維化を後押しすることで、心臓の病気を悪化させると考えられています。
大規模な追跡調査では、血液中でY染色体を失った細胞の割合が高い男性ほど、心不全や弁膜症などによる死亡リスクが高まる傾向が報告されています。実際、マウスに抗TGF-β1抗体を投与すると心臓の線維化と機能低下が改善したことから、mLOYは単なる「老化の目印」ではなく、病気を引き起こす「原因」の一つである可能性が示されています。将来的には、この経路を標的とした治療の開発も期待されています。
がんとの関わり
mLOYは、がんとも関わりがあることが分かってきました。血液細胞のmLOY、あるいはがん細胞自身がY染色体を失う現象は、一部のがんの進行を悪化させると報告されています。その背景には、Y染色体を失った環境ではがんを攻撃する免疫細胞(CD8陽性T細胞)が疲弊し、がんが免疫の攻撃から逃れやすくなる「免疫回避」があると考えられています。興味深いことに、このようながんは、免疫の力を回復させる免疫チェックポイント阻害薬による治療に、かえってよく反応する可能性も指摘されています。
6. 「Y染色体は消える」って本当?進化と最新研究
「Y染色体はいずれ消えてしまう」という話を耳にしたことがあるかもしれません。これは進化の観点からたびたび議論されてきたテーマです。遠い昔、哺乳類の祖先ではX染色体とY染色体はほぼ同じ大きさで、多くの遺伝子を共有していました。しかしY染色体は大部分で組み替えを行わないため、変異が蓄積しても修復されにくく、長い進化の過程で多くの遺伝子を失い、少しずつ小さくなってきたと考えられています。
オーストラリアの遺伝学者ジェニファー・グレーブス博士は、この遺伝子の喪失がこのままのペースで続けば、Y染色体は約1,400万年後には消失しうるという仮説を提唱し、注目を集めました。ただしこれは「過去と同じペースで喪失が続けば」という前提に立った予測です。進化は複雑で予測が難しく、喪失のペースが変わる可能性も十分にあります。
「消えない」とする研究:安定説と完全配列の解読
一方で、近年の研究では「Y染色体は簡単には消えない」とする見方が有力になっています。Y染色体にはパリンドローム(前後で対称になった配列)と呼ばれる構造があり、これが遺伝子の自己修復のような働きをすることで、重要な遺伝子を保護していると考えられています。実際、Y染色体は数千万年にわたって、生殖に必要な遺伝子のセットを安定して維持してきたことが示されています。
さらに2023年には、Y染色体の完全な塩基配列が初めて解読されました。これまで反復配列が多く「読めなかった」領域が埋められ、TSPYやDAZといった精子形成に関わる遺伝子群の詳細な構造が明らかになりました。同時に、複数の男性のY染色体を並べて比較する研究も行われ、Y染色体の大きさや遺伝子のコピー数には個人差が非常に大きいこと(例えばTSPY遺伝子のコピー数が人によって10〜40個と幅がある)も分かってきました。こうした最先端の解析は、男性不妊やがんとの関わりを解明する新たな土台となっています。
現在のところ、Y染色体が近い将来に完全に消えてしまうと結論づける根拠はありません。縮小してきたことは事実ですが、重要な遺伝子は選択的に守られている、というのが現在の理解です。
7. 診断技術と遺伝相談
🔍 関連記事:FISH法とは/染色体マイクロアレイ(CMA)/臨床遺伝専門医とは
Y染色体の異常を調べるには、目的に応じてさまざまな検査が使い分けられます。「染色体の本数や大きな形」を見るのか、「小さな欠失」を見るのかによって、適した方法が異なります。
遺伝カウンセリングの役割
Y染色体の異常は、男性不妊や次世代への遺伝といった、当事者にとって重い意味をもつテーマと結びついています。だからこそ、検査を受ける前後には遺伝カウンセリングが大きな役割を果たします。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が結果の意味や治療の選択肢、Y連鎖遺伝による息子さんへの影響などを、ご本人・ご夫婦の状況に合わせて丁寧にお伝えします。
男性不妊の原因は、AZF欠失以外にも数多くの遺伝子が関わっています。原因が特定できないケースでは、複数の関連遺伝子をまとめて調べる男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)が選択肢となることもあります。ただし検査で原因が見つからなくても、不妊の可能性を完全に否定できるわけではありません。結果をどう受け止め、次にどう進むかを一緒に考えることが、遺伝相談の本質だと考えています。
💡 用語解説:精子凍結保存(クライオプリザベーション)
AZFc欠失などでは、精子の数が年齢とともにさらに減っていく(やがて無精子症になる)ことがあります。そのため、まだ精子が得られる段階で精子を凍らせて保存しておくことが、将来の妊娠の選択肢を広げる方法として提案される場合があります。診断がついた比較的早い時期に検討することが大切とされています。
8. よくある誤解
誤解①「Y染色体は性別を決めるだけの染色体」
性決定は確かに最重要の役割ですが、それだけではありません。精子形成に関わる遺伝子が集まっており、欠失は男性不妊の原因になります。また加齢に伴うmLOYは、心臓病やがんとの関わりも指摘されています。
誤解②「47,XYYは必ず何か症状が出る」
47,XYYは身体的特徴が乏しく、多くは診断されないまま経過します。生殖能力も概ね正常です。発達や学習の支援が役立つ場合はありますが、「必ず症状が出る」わけではありません。過去に流布した誤ったイメージには注意が必要です。
誤解③「AZF欠失があると絶対に子どもは持てない」
欠失の場所によります。AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収が難しい一方、最も多いAZFc欠失ではmicroTESEとICSIで子どもを授かる可能性があります。「欠失=あきらめ」ではなく、タイプの見極めが重要です。
誤解④「Y染色体はもうすぐ消えてなくなる」
縮小してきたのは事実ですが、重要な遺伝子はパリンドローム構造などで守られており、数千万年にわたり安定して維持されてきました。近い将来に完全に消えると結論づける根拠は、現在のところありません。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 男性不妊・染色体の遺伝相談
Y染色体微小欠失・男性不妊・性染色体の異常に関する
遺伝子検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
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