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DAZ1遺伝子とは?Y染色体AZFc領域の「無精子症因子」|精子をつくるRNA結合タンパク質を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

精液のなかに精子が見つからない、あるいは極端に少ない。その原因を調べていくと、Y染色体の一部が生まれつき欠けていることが分かる方がいらっしゃいます。その欠けやすい場所の中心にあるのが、この記事でとりあげるDAZ1遺伝子です。DAZ1は単独の病名がついた遺伝子ではありませんが、Y染色体微小欠失は男性不妊の遺伝的原因のなかで頻度の高いもののひとつであり、DAZ1を理解することは「なぜ検査でY染色体を調べるのか」「なぜ欠けている場所によって見通しが変わるのか」を理解することに直結します。ここでは、DAZ1という分子そのものの姿と、それが臨床の判断にどうつながるのかを、遺伝専門医の視点でやさしく整理します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 AZFc欠失・RNA結合タンパク質・精子回収
臨床遺伝専門医監修

Q. DAZ1遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DAZ1は、精子のもとになる細胞のなかで「どのmRNAを、いつ、どれだけタンパク質に翻訳するか」を管理するRNA結合タンパク質の設計図です。Y染色体の長腕にあるAZFc(無精子症因子c)という領域にDAZ1〜DAZ4の4コピーが並んで存在し、この領域がまるごと失われるAZFc欠失は、無精子症・重症乏精子症の男性の一定割合に見つかります。ただしDAZ1に点変異があるかを個別に調べる検査は行われておらず、臨床では「AZFcが残っているか、欠けているか」を判定します。欠けている場所によって精子を回収できる見通しが大きく変わるため、治療方針を決める前の情報として重要です。

  • DAZ1の正体 → 精巣の生殖細胞だけで働くRNA結合タンパク質。標的mRNAの3’非翻訳領域に結合して翻訳の時機を制御する
  • 構造の特徴 → Y染色体の巨大な回文構造のなかにDAZ1〜4が2組のペアで並び、配列がほぼ同一。だから欠けやすく、だからコピーの区別が難しい
  • 進化の来歴 → もとは常染色体の遺伝子。霊長類の進化の途中でY染色体へ移り、増幅と刈り込みを受けて現在の4コピーになった
  • 臨床でいちばん大事な点 → AZFa・AZFbの完全欠失とAZFc欠失は予後がまったく違う。AZFc欠失では精巣内に部分的な精子形成が残っていることが多い
  • 遺伝の伝わり方 → Y染色体上の変化なので、男児には必ず受け継がれ、女児には伝わらない。次世代への影響を含めた話し合いが欠かせない
  • 議論が続いている点 → gr/gr欠失などの部分欠失は、どのコピーが失われたかで影響が違うという仮説があるが、まだ決着していない

🧬 DAZ1遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 DAZ1(Deleted In Azoospermia 1)/別名 DAZ・SPGY
タンパク質 DAZ1タンパク質(RNA結合タンパク質)/RNA認識モチーフ(RRM)とDAZリピートをもつ
染色体上の位置 Y染色体の長腕 Yq11.223(GRCh38の座標は Y:23,129,355-23,199,094、遺伝子の大きさは約65 kb)
OMIM番号 400003
主なはたらき 標的となるmRNAの3’非翻訳領域に結合し、翻訳する時機・mRNAの安定性・細胞内の置き場所を制御する
主な発現部位 精巣の生殖細胞(精子のもとになる細胞)に限られます。支持細胞であるセルトリ細胞など体細胞では働きません
生殖細胞系列変異と関連疾患 DAZ1単独の点変異で起こる疾患については確立した報告はありません。DAZ1〜DAZ4を含むAZFc領域の欠失が非閉塞性無精子症・重症乏精子症と関連します
体細胞変異 確立した報告はありません
よく見かける多型 DAZリピートと呼ばれる繰り返し配列の数に個人差が報告されています。数の違いだけで発症を予測することはできません
検査上の注意 4つのコピーは塩基配列がほぼ同一で、コピー間で配列が均される現象も起こるため、DAZ1だけを取り出して調べる臨床検査はありません。実際の検査はAZFc領域が残っているかどうかを判定します

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. DAZ1遺伝子とAZFc領域 ─ 「無精子症因子」の中心にある遺伝子

DAZ1は、Y染色体の長腕にある「精子をつくるために必要な領域」の中心に位置する遺伝子です。この領域が欠けている男性では精子形成が強く障害されるため、DAZ1は無精子症の原因候補として最初に注目された遺伝子のひとつになりました。

DAZ1という名前は Deleted In Azoospermia 1(無精子症で欠失している遺伝子1)の頭文字です。名前そのものが発見の経緯を物語っています。1995年、無精子症の男性89名を対象にY染色体長腕の欠失を探した研究で、12名に互いに重なり合う欠失が見つかりました。この重なった部分こそ精子形成に必要な遺伝子が含まれる領域だと考えられ、無精子症因子(Azoospermia Factor:AZF)と名づけられました。そしてその領域から見つかった、成人の精巣で転写されRNA結合タンパク質をコードすると推定される遺伝子が、DAZだったのです[1]

AZFはその後の解析でAZFa・AZFb・AZFcの3つの小領域に整理され、DAZ1が属するのはAZFcです。非閉塞性無精子症(NOA)や重症の乏精子症の男性を対象にした研究では、AZFc領域がまるごと失われる完全欠失が5〜10%の症例に見つかると報告されており、重症の男性不妊で最も頻度の高い分子遺伝学的な原因のひとつとされています[2]。だからこそ、Y染色体微小欠失を調べる検査は、無精子症・重症乏精子症の精査に組み込まれた標準的な遺伝学的検査として位置づけられています[3]

ここで、検査を受ける立場からいちばん知っておいていただきたいことをお伝えします。この検査は「原因が分かって終わり」の検査ではありません。欠けている場所によって、精巣から精子を回収できる見込みが大きく変わります。つまりこの結果は、これから受ける可能性のある手術を選ぶかどうか、そのまえに知っておきたい情報になります。原因不明と言われ続けてきた方にとって、説明のつく答えが得られること自体にも意味がありますが、それ以上に「次の一手を選ぶための材料」になる、という点が実際の診療でのいちばんの価値だと考えています。

💡 用語解説:AZFa・AZFb・AZFcという分け方

Y染色体の長腕には、精子形成に必要な遺伝子が集まった区画があり、その全体をAZF(無精子症因子)と呼びます。AZFは1本の遺伝子の名前ではなく、「ここが欠けると精子形成が止まる」と分かった場所の呼び名です。近位から順にAZFa・AZFb・AZFcの3区画に分けられ、DAZ1が入っているのは最も遠位のAZFcです。3つのうちAZFcの欠失が最もよく見つかり、しかも精子形成が完全には止まっていないことが多い、という点が臨床上とても重要になります。

2. Y染色体に4つ並ぶDAZ ─ 壊れやすい「回文構造」のなかの遺伝子

DAZは1コピーではなく、DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4の4コピーが2組のペアになって並んでいます。そして、その周囲は同じ配列が向かい合わせに並んだ巨大な回文構造でできています。この構造こそが、AZFc領域が高い頻度で欠失する理由です。

1990年代の時点では、DAZが何コピーあるのかがはっきりしていませんでした。理由は単純で、4つの配列がほぼ同一だったため、通常の解析では区別がつかなかったのです。この問題を蛍光in situハイブリダイゼーションとBACクローンの解析で決着させた研究により、ヒトのY染色体には完全長のDAZ遺伝子が4つあり、それぞれが向かい合わせのペア(逆向き反復)を組んで2つのクラスターを形成していることが確定しました。転写産物の解析からは、3つないし4つのDAZが実際にタンパク質へ翻訳されていると推定されています[4]。公的データベースOMIMでは、少なくともDAZ1・DAZ2・DAZ3の3つが機能していると整理され、DAZ1の遺伝子の大きさは約65 kb、位置はYq11.223と記載されています[5]

AZFc領域に並ぶ4つのDAZ遺伝子

P2 回文構造
DAZ1 ← → DAZ2
─ 約1.5 Mb ─
P1 回文構造
DAZ3 ← → DAZ4

同じ配列が向かい合わせに並ぶ回文構造のなかに、2つずつペアを組んで4コピーが配置されています。同じ配列が近くに何組もあることが、組換えの取り違えを招きます。

AZFc領域の全塩基配列を決定した研究は、この領域が3つの回文構造の複合体でできており、最大のものは約3 Mbに及び、向かい合う腕どうしの配列が99.97%も一致していることを明らかにしました。領域は115〜678 kbという長さの6種類のアンプリコン(巨大な繰り返し単位)から組み立てられ、そこには精巣で発現する11の転写単位ファミリーが含まれます。そして不妊を引き起こすAZFc欠失は驚くほど均一で、約3.5 Mbの区間が、両端にある229 kbの直列反復のあいだで相同組換えを起こすことで失われると考えられています[6]

なぜ「よく欠ける」のか ─ 同じ配列が近くにある宿命

細胞がDNAを修復したり組換えたりするとき、目印にするのは配列の似かたです。ところがAZFcのようにほとんど同じ配列が近くに何組も並んでいると、細胞は本来のペアではない相手を「同じ場所」と勘違いして組換えてしまいます。これを非対立遺伝子相同組換え(NAHR)と呼び、その結果として2つの反復配列にはさまれた区間がまるごと抜け落ちます。同じしくみでコピー数の変化(CNV)や重複も生じるため、AZFcはゲノム病の考え方がそのまま当てはまる領域です。

この事実には、ご本人にとって重要な意味が含まれています。AZFc欠失は、生活習慣や過去の行動が原因で起きたものではありません。ヒトのY染色体がもともと持っている構造的な性質から生じる変化であり、多くは新しく生じた変化(新生突然変異)です。原因が分かるまでの時間を「自分に何か落ち度があったのでは」と考えて過ごされる方は少なくありませんが、この領域の成り立ちを知ると、その問いの立て方そのものが変わってきます。

なお、DAZ遺伝子はそれぞれが24個のアミノ酸をコードする72塩基対のエクソンを含む2.4 kbの繰り返し単位を少なくとも7コピー持ち、さらに4つのうち2つの遺伝子はRNA結合ドメインをコードする10.8 kbの単位を繰り返しとして持っています。つまりDAZタンパク質は、RNAをつかむ部分そのものが増幅しているという珍しい構造をしています[4]。この繰り返し数には個人差があるため、コピー数のわずかな違いを見て一喜一憂する必要はありません。

3. 進化の物語 ─ もとは常染色体にあった遺伝子が、Y染色体へ移った

DAZは、もともとY染色体の遺伝子ではありませんでした。常染色体にあった遺伝子が霊長類の進化の途中でY染色体へ移り、増幅と刈り込みを受けて現在の姿になりました。この来歴を知ると、DAZ1とDAZLという名前のよく似た2つの遺伝子の関係もすっきり整理できます。

Y染色体上のDAZクラスターの成り立ちを調べた研究は、3つのステップを示しました。第一に、常染色体にあった遺伝子がY染色体へ転座したこと。第二に、移った遺伝子のなかでエクソンの増幅と刈り込みが起きたこと。第三に、その改変された遺伝子そのものが増幅したことです。同じ研究では、3番染色体上に機能をもつ相同遺伝子(現在のDAZL)が存在することも報告されました。Y染色体の遺伝子はもともとX染色体と共有されていたはずだ、という当時の常識に対して、常染色体から妊孕性に関わる遺伝子を獲得することもY染色体の進化では重要であるという見方を示した仕事です[7]

この2つの繰り返し配列の増幅は、ヒトとカニクイザル(旧世界ザル)の系統が分かれる前に始まっていたと推定されています。その後、改変された遺伝子の逆向き重複が起こり、さらにできあがった2遺伝子クラスターがもう一度重複して、現代のヒトに見られる「2クラスター・4遺伝子」の配置になりました[4]DAZLは常染色体(3番染色体)にとどまり、男女どちらの生殖細胞でも働きます。一方、Y染色体に移ったDAZは男性の精巣だけで働く遺伝子になりました。さらに古い祖先型として、常染色体上にBOULE(BOLL)があり、この3つでDAZファミリーを構成しています。

💡 混同しやすい:DAZ1とDAZLは別の遺伝子です

検査結果や論文で「DAZ」と「DAZL」が並んで出てくると混乱しやすいのですが、この2つははっきり別の遺伝子です。DAZ(DAZ1〜4)はY染色体にあり、男性にしかありません。これに対しDAZLは3番染色体にあり、男女どちらも2本持っています。したがって、女性側の検査でDAZLが調べられることはあっても、DAZ1が調べられることはありません。逆に、男性のY染色体微小欠失検査はDAZ1側の領域を見ており、DAZLの評価にはなりません。同じファミリーの遺伝子でも、どの染色体に乗っているかで遺伝の伝わり方がまったく変わる、という良い例です。

DAZが精子形成にとってどれほど重要かを端的に示すのが、DAZを含む欠失をもつ男性の所見です。DAZ遺伝子を含む欠失をもつ男性は、生殖細胞がほとんど、あるいはまったく存在しない一方で、それ以外は健康であることが報告されています。つまりこの領域の障害は生殖細胞の形成・維持という一点に絞られた影響を及ぼしているわけです[8]。ご本人にとっては、これは「体の他の部分の健康について心配を広げる必要はない」という意味にもなります。

4. DAZ1タンパク質のしごと ─ mRNAを選び、翻訳の時機を決める

DAZ1がつくるタンパク質は、酵素のように何かを作り変える分子ではありません。特定のmRNAをつかんで「まだ翻訳しない」「今から翻訳する」を切り替える、いわば工程管理の担当者です。精子形成では、必要な部品を必要な瞬間に用意する段取りが決定的に重要になります。

DAZ1はRNA結合タンパク質(RBP)と呼ばれるグループに属します。RNA結合タンパク質は、mRNAの配列を目印にして特定の転写産物だけを選び出し、その運命を決めます。DAZ1が目印にするのは主に3’非翻訳領域(3’UTR)です。3’UTRはタンパク質の設計情報そのものは含まない「余白」の部分ですが、実際にはここが翻訳のオンオフ・mRNAの寿命・細胞内での置き場所を決める操作パネルになっています。

DAZ1遺伝子から精子形成までの流れ

DAZ1遺伝子
生殖細胞で転写
DAZ1タンパク質
RNAをつかむ
標的mRNAの
3’UTRに結合
必要な時期まで
翻訳を保留
時機が来たら
翻訳を開始
精子形成が
段階どおり進む

DAZ1は部品そのものを作るのではなく、部品を作る指示書(mRNA)の出し入れを管理します。管理役が失われると、指示書はあっても工程が進みません。

では、DAZ1はどうやって「まだ翻訳しない」状態をつくるのでしょうか。手がかりになったのは、DAZタンパク質と結合する相手を探した研究です。ショウジョウバエや線虫で生殖系列の幹細胞を維持するために必要なPumilioというタンパク質のヒト版であるPUM2が、DAZおよびDAZLと安定した複合体をつくることが示されました。しかもその結合には、RNAをつかむ働きやタンパク質同士の相互作用に必要な同じ領域が使われており、PUM2は生殖細胞のなかでDAZ・DAZLと同じ場所に存在していました[8]。翻訳を抑える相手と組むことで、mRNAを「使わずに保管しておく」ことができるわけです。

この保管が必要な理由は、精子形成の後半に転写が止まってしまうという事情にあります。精子の形をつくる段階で必要になるタンパク質のmRNAは、それより前の時期にまとめて作って保管しておかなければなりません。PABP(ポリA結合タンパク)ポリアデニル化マイクロRNA(miRNA)Dicerといったしくみが、この保管と解除に関わることが知られています。また、mRNAを細胞内の特定の場所へ運ぶためにモータータンパクであるダイニンキネシン微小管の上を移動する経路も想定されています。

ただし正直にお伝えしておきたいことがあります。これらの分子機構の多くは、DAZ1そのものではなく、マウスやカエルなど実験動物で扱いやすい常染色体側のDAZL・BOULEで解明されてきました。DAZはY染色体特異的で霊長類にしか存在せず、そのままの形で動物実験ができないためです。したがって細かな機構については、ファミリー全体で共通する性質として理解し、DAZ1固有の働きについては現時点では明確なデータが十分には示されていない部分がある、と受け止めるのが正確です[9]

この「分かっていること/まだ分かっていないこと」の線引きは、患者さんご本人にとっても実用的な意味を持ちます。DAZ1の分子機能の細部が未解明であっても、AZFc領域が欠けているかどうかという情報だけで、治療方針の判断には十分に役立ちます。分子のレベルまで解明されなければ何も決められない、ということではありません。

5. どこで働いているか ─ 精巣の生殖細胞だけに限られた発現

DAZ1が働くのは精巣の生殖細胞だけで、それ以外の体の細胞では厳密にスイッチが切られています。この「切り方」を担っているのがDNAメチル化というエピジェネティックな目印であり、精子ではこの目印が外れた状態が正しく保たれていることが確かめられています。

DAZ1は精巣の生殖上皮、すなわち精子のもとになる細胞に発現が限られます。精細管の内側で生殖細胞を育てる支持細胞であるセルトリ細胞や、男性ホルモンを産生する細胞といった体細胞では働きません。この発現の限定は、後で述べる精子回収の話にも関わってきます。DAZが失われて困るのは生殖細胞であって、精巣の土台となる体細胞はそのまま機能していることが多いためです。

💡 用語解説:DNAメチル化とCpGアイランド

DNAメチル化は、DNAの塩基配列そのものを変えずに、遺伝子の使い方だけを変える目印です。遺伝子の入口(プロモーター)付近にはCpG部位が密集した区画があり、ここにメチル基が付くと遺伝子は読み取られにくくなり、外れると読み取られやすくなります。つまり配列が正常でも、目印の付き方が乱れれば遺伝子は正しく働けません。生殖細胞では発生の過程でこの目印が大規模に書き換えられるため、精子形成に関わる遺伝子はこうしたエピジェネティクスの影響を受けやすい立場にあります。

ここで、よく誤って伝わっている点をはっきりさせておきます。精液所見の悪い男性の精子でDAZファミリーのメチル化を調べた研究では、乏精子・精子運動不全・奇形精子症を伴う男性の精子でDAZLのプロモーター領域にはメチル化の異常が有意に増えていた一方で、DAZ側のCpGアイランドはすべての群で正しく脱メチル化された状態が保たれていました[10]。つまり、DAZ1のメチル化異常が男性不妊の原因になるという説明は、現時点では裏づけられていません。「DAZだからDAZLと同じはず」と考えたくなるところですが、同じファミリーでも振る舞いが違うわけです。

この違いは、検査を検討される方にとって具体的な意味があります。DAZ1のメチル化を測る検査を受ける必要はありませんし、そのような検査を勧められた場合には根拠を確認していただくのが安全です。エピジェネティックな要因が男性不妊に関わりうること自体は複数の遺伝子で議論されていますが、遺伝子ごとにエビデンスの強さはまったく異なります。生殖細胞系列で起きる変化の話と、体細胞変異の話を混ぜないことも、情報を読み解くうえで大切な視点です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【同じファミリーの遺伝子を、ひとまとめにしないこと】

DAZ・DAZL・BOULEは同じ祖先から生まれた兄弟のような遺伝子です。名前も似ていて、働きも重なります。それでも、乗っている染色体が違えば遺伝の伝わり方が変わり、蓄積しているエビデンスの量も質も変わります。DAZLのメチル化異常の報告がDAZの話として引用されてしまう例を目にすることがありますが、原著を読むと結論は逆でした。

遺伝医学の情報は、こうした「一段の飛躍」で意味が変わってしまいます。ですから私は、遺伝子名が似ているときこそ、どの遺伝子について何が示されたのかを分けて確認することが大切だと考えています。似ているものを区別する手間を惜しまないことが、結果的にご家族に届く情報の正確さを支えると思っています。

6. AZFc完全欠失 ─ 欠けている場所で「見通し」が変わります

AZFcの完全欠失ではDAZ1〜4の4コピーすべてが失われますが、精巣のなかに部分的な精子形成が残っていることが少なくありません。同じ「Y染色体の欠失」でも、AZFaやAZFbの完全欠失とは予後がはっきり異なります。この違いを知ることが、手術を検討するかどうかの出発点になります。

まず精巣の組織像から見ていきます。AZFc欠失をもつ男性の精巣組織を集計した系統的レビューでは、46%がセルトリ細胞単独症候群(精細管のなかに生殖細胞が見あたらず、支持細胞だけが並んでいる状態)、38.2%が成熟停止(途中まで進んで止まっている状態)、15.7%が精子形成低下(数は少ないが最後まで進んでいる状態)だったと報告されています[11]。同じ診断名でも精巣の中身は一様ではない、ということです。

欠けている領域と精子回収の見通し

AZFa または AZFb の完全欠失
精子をつくる細胞そのものが失われており、手術で精子を回収できる見込みは極めて低いと報告されています
AZFc の完全欠失
精巣のなかに部分的な精子形成が残っていることが多く、顕微鏡下の手術で精子が得られる可能性があります

同じ「Y染色体微小欠失」でも、どの区画が欠けているかで意味が変わります。だから検査では領域ごとに判定します。

AZFaやAZFbの完全欠失、あるいは複数区画にまたがる欠失では、精子形成が早い段階で止まっており、精巣から精子を回収できる見込みは極めて低いと報告されています。これに対しAZFc欠失では、顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)による精子回収率が、32の研究をまとめると13%から100%までと幅広く、平均で47%と報告されています[11]。より新しい系統的レビューでは、11のコホート441例のうち275例で精子が得られ、全体の回収率は62.4%(研究間の幅は25.0〜85.7%)と報告されています[12]。数字に幅があるのは、対象となる患者さんの年齢やホルモン値、施設の経験によって結果が変わるためです。

一方で、その先の見通しについても正確にお伝えしておく必要があります。AZFc欠失のある男性と欠失のない男性で生殖補助医療の成績を比較したメタ解析では、精子回収率そのものには統計学的に有意な差が認められなかった一方、受精率・臨床妊娠率・生児獲得率はいずれも有意に低かったと報告されています[13]。精子が得られることと、そこから出産に至ることは別の段階だという意味です。この情報は不安を与えるためではなく、体外受精を含む治療の見通しを、はじめから現実的な幅で持っていただくためにお伝えしています。

💡 ここは誤解されやすい:男児には必ず受け継がれます

AZFc欠失はY染色体上の変化です。Y染色体は父から息子へそのまま渡されるため、生まれてくるお子さんが男児であれば、この欠失は必ず受け継がれます。そして受け継いだ男児は、将来同じように精子形成の障害を持つ可能性が高くなります。一方、女児にはY染色体が渡らないため、この欠失が伝わることはありません。

これは治療を止める理由にはなりませんが、治療を始める前に知っておくべき情報です。次世代にどう向き合うかはご夫婦の価値観に関わる問題であり、答えを外から決めるものではありません。だからこそ、Y染色体微小欠失の検査は結果の説明と一体で行われることが国際的なガイドラインでも重視されています[3]

なお、無精子症の背景はY染色体だけではありません。クラインフェルター症候群(47,XXY)のような性染色体の数の変化も、男性不妊の頻度の高い遺伝的原因です。また減数分裂に関わる遺伝子としてTEX11SYCE1SYCP2SYCP3STAG3などが知られています。XYY症候群のようにY染色体の本数が増える変化もあります。したがって核型の評価とAZF欠失の検査は、どちらか一方ではなく組み合わせて考えます。

7. gr/gr・b2/b3という部分欠失 ─ 「どのコピーが消えたか」論争の現在地

AZFcは全部が消えるだけでなく、一部だけが消えることもあります。この部分欠失は精子形成障害のリスクをやや高める一方、健常な男性にも普通に見つかります。どのDAZコピーが失われたかで影響が違うという仮説は有力ですが、まだ決着していません。

部分欠失のなかで最もよく知られているのがgr/gr欠失です。この欠失はAZFcのおよそ半分に相当する約1.6 Mbを取り除き、4コピーあるDAZのうち2コピーが失われます。gr/gr欠失を報告した研究は、これが精子形成障害の有意なリスク因子である一方、これまでに知られていたY染色体欠失に比べて浸透率がはるかに低く、父から息子へ受け継がれていることも多いことを示しました。系統樹の解析からは、少なくとも14回、独立に発生していると推定されています[14]。18の研究をまとめたメタ解析では、gr/gr欠失は男性不妊のリスクと有意に関連し、オッズ比は1.821(95%信頼区間1.39〜2.37)と報告されています[15]

ここで長く議論されてきたのが、「同じgr/gr欠失なのに、無精子症の人もいれば精液所見が正常な人もいるのはなぜか」という問いです。有力な説明として提案されたのが、失われたのがDAZ1とDAZ2のペアなのか、DAZ3とDAZ4のペアなのかで意味が違うという仮説です。重症乏精子症の男性ではDAZ1/DAZ2の欠失が高頻度に見つかると報告され[16]、一方でDAZ3/DAZ4側については決定的な観察があります。Y染色体のハプログループNに属する男性を調べた研究で、15例中15例がDAZ3/DAZ4を含む区間を欠失していたにもかかわらず、この系統に妊孕性の低下を示す所見はありませんでした。著者らはここから、DAZ3/DAZ4は男性の妊孕性に必須ではなく、AZFcの遺伝子内容には遺伝的な冗長性があると結論しています[17]

💡 ここは決着していません:DAZ1/DAZ2説の現在地

「DAZ1/DAZ2が消えると病的、DAZ3/DAZ4なら無害」という説明は分かりやすいのですが、確定した結論として扱うことはできません。AZFc区間の解析では、配列上の型の喪失は男性不妊と強く関連するのに、遺伝子コピー数の喪失は関連しないとする報告があります[18]。また2,324名のエストニア人男性を対象にAZFcを再シークエンスした大規模研究も、gr/gr欠失の位置は多様で、欠失した領域や特定の遺伝子コピーとの再現性のある関連はこれまで同定されていないと述べています[19]

したがって現時点では、「DAZ1/DAZ2の喪失がより重い影響を及ぼす可能性は示唆されているが、確立した診断基準にはなっていない」と理解してください。検査結果に「gr/gr欠失」と書かれていても、それだけで将来を決めつけることはできません。

この「決着していない」という事実は、患者さんご本人には少しもどかしく響くかもしれません。ただ実務的には、はっきりしていることのほうが役に立ちます。gr/gr欠失は健常な男性にも見つかるリスク因子であって、病名ではありません。ですから、gr/gr欠失が見つかったことを理由に治療をあきらめる必要はなく、逆に「これが原因だ」と決めつけて他の要因の検討をやめてしまうのも適切ではありません。部分欠失は無精子症から正常な精液所見まで幅広い表現型を伴い、無精子症群と対照群のあいだで頻度に差が出ることが報告されています[2]

8. 遺伝子の数と父系の系統 ─ 少なすぎても多すぎても影響しうる

DAZの働きは「あるかないか」だけでなく「いくつあるか」にも左右されると考えられています。さらに、同じ欠失を持っていても影響の出方が父系の系統(Y染色体ハプログループ)によって異なることが分かってきました。同じ検査結果が人によって違う意味を持つ理由の一部が、ここにあります。

遺伝子は多すぎても少なすぎても不都合が生じることがあり、この性質を遺伝子量効果と呼びます。AZFcの組換えは欠失だけでなく重複も生み出すため、DAZのコピー数は減ることも増えることもあります。DAZが本来より多くなった状態が精子形成の障害と関連するという報告もあり、量感受性遺伝子という考え方が当てはまる可能性が議論されています。ただし重複の影響については集団によって結論が一致しておらず、現時点では明確なデータが十分には示されていません。

次に父系の系統の話です。Y染色体は組換えをほとんど行わないため、まとまりごと父から息子へ受け継がれ、世界の集団ごとに特徴的なハプロタイプの系統をつくります。この系統をハプログループと呼びます。前章で触れたハプログループNのように、系統全体で特定の欠失が固定していながら妊孕性に問題がない例があることは、欠失の意味を系統の文脈で読む必要があることを示しています[17]。中国人集団を対象とした研究でも、部分欠失の生じやすさとその影響の出方にY染色体の背景が関与していることが示されました[20]

この考え方をさらに進めたのが、エストニア人男性2,324名を対象にAZFcを再シークエンスした研究です。ヨーロッパの複数の集団で20%を超える頻度で見られるR1a1-M458という系統には、約1.6 Mbの逆位が固定していました。この逆位はAZFcを不安定にし、その後に大きな反復性の欠失を起こしやすくします。実際、この複合的な再構成の保因者では精子形成障害のリスクが8.6倍に上昇していました(p=6.0×10−4[19]。つまり、「欠失が起きやすい下地」が系統ごとにあらかじめ用意されていることがある、という話です。

💡 用語解説:多型・バリアント・意義不明変異(VUS)

DNAの個人差のうち、集団のなかに普通に存在するものを多型(SNP)と呼び、1塩基の違いをSNV、アミノ酸が入れ替わる変化をミスセンス変異と呼びます。個々の変化にはrs番号という管理番号が付きます。そして、病気を起こすかどうかの判断がつかない変化は意義不明変異(VUS)と分類されます。VUSは「異常が見つかった」でも「異常がない」でもなく、判断を保留した状態です。DAZ領域のように個人差の大きい配列では、この保留の判断が特に重要になります。

9. 検査の実際 ─ DAZ1は「単独で調べる遺伝子」ではありません

DAZ1を1本だけ取り出して調べる臨床検査は存在しません。実際に行われるのは、AZFa・AZFb・AZFcの各区画が残っているかを目印となる配列の増幅で確かめる検査です。この違いを知っておくと、検査の説明がぐっと分かりやすくなります。

理由は、これまで見てきた構造そのものにあります。DAZ1〜4は塩基配列がほとんど同じで、しかもコピー間で配列が均される現象も起こります。短い断片を読み取る一般的な次世代シークエンサーでは、読んだ配列がどのコピー由来なのかを確定できません。ですからY染色体微小欠失検査は、DAZ1の塩基配列を読むのではなく、各区画に固有の目印となる配列が検出できるかどうかを確認する方法をとります。無精子症・重症乏精子症の男性における標準的な検査として、国際的なガイドラインが手順と品質管理を定めています[3]

無精子症・重症乏精子症で行われる検査の進め方

STEP 1
精液検査の再確認とホルモン評価・診察
STEP 2
染色体検査(核型)とY染色体微小欠失検査
STEP 3
結果の説明を踏まえて治療方針を検討

Y染色体微小欠失検査は、精子回収の見通しに関わる情報を手術の前に得るために行われます。順番に意味があります。

当院で受けられる関連する検査についても、正確にお伝えしておきます。男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)は146遺伝子を対象としていますが、DAZ1〜DAZ4はこのパネルの対象に含まれていません。上に述べたとおり、多コピーでほぼ同一の配列はパネル検査の原理と相性が悪いためです。男女どちらにも対応する不妊症遺伝子検査や、染色体検査(Gバンド法)、原因が絞れないときの全エクソーム検査(WES)など、目的に応じた選択肢をご案内できます。

結果の受け取り方についても、あらかじめ知っておくと落ち着いて臨めます。AZFc欠失が見つかった場合、それは遺伝形式としてはY連鎖であり、女性側の保因者という概念は当てはまりません。パートナーの検査で分かることでもありません。当院では臨床遺伝専門医が検査の前後に遺伝カウンセリングを行い、結果の意味と選択肢を整理します。遺伝診療は紹介状がなくてもご相談いただけます。

最後に、精巣の手術に関して知っておいていただきたい点です。AZFa・AZFbの完全欠失では精子が回収できる見込みが極めて低いと報告されているため、この情報は「手術を受けない」という選択を支える根拠にもなります[11]。検査は治療へ進むためだけでなく、受けなくてよい負担を避けるためにも使われます。この点は、検査の目的として意外に知られていないところだと感じています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因が分かる」ことの本当の価値】

男性不妊の遺伝学的検査は、しばしば「原因を突き止める検査」として説明されます。けれども臨床遺伝の立場から見ると、より大きな価値は次に何を選ぶかの材料になることだと考えています。AZFcが欠けているのか、AZFaやAZFbなのか。この一点で、精子回収を目指す道を進むのか、別の選択を検討するのかが変わってきます。

そしてもうひとつ。Y染色体の変化は、男児に受け継がれます。この事実は重く感じられるかもしれませんが、隠されたまま治療が進むよりも、はじめに共有されているほうが後の納得につながると考えています。決めるのはご夫婦です。私たちの役割は、判断に必要な事実を過不足なく、正確な言葉でお渡しすることだと思っています。

10. よくある誤解

DAZ1とAZFc欠失については、情報が断片的に伝わることで誤解が生じやすい点がいくつかあります。ご自身やご家族の状況を正しく理解するために、よく見かける4つの誤解を整理しておきます。

誤解①「Y染色体の欠失が見つかったら精子は望めない」

欠けている場所によって大きく変わります。AZFa・AZFbの完全欠失では回収の見込みが極めて低いと報告されていますが、AZFc欠失では精巣内に部分的な精子形成が残っていることが多く、報告されている平均回収率は47%[11]、より新しい系統的レビューでは62.4%です[12]。「Y染色体の欠失」とひとまとめにしないことが大切です。

誤解②「DAZ1の変異を調べれば原因が分かる」

DAZ1単独の点変異で起こる疾患については確立した報告がなく、DAZ1だけを取り出して調べる臨床検査もありません。4コピーの配列がほぼ同一で区別できないためです。実際の検査はAZFcという区画が残っているかを判定します。「遺伝子ごとに調べる」という発想が当てはまらない領域です。

誤解③「DAZのメチル化異常が男性不妊の原因になる」

これはDAZLの所見がDAZの話として伝わったものです。原著では、精液所見の悪い男性の精子でDAZLのメチル化異常は増えていた一方、DAZ側は正常に保たれていました。同じファミリーでも結論が異なるため、遺伝子名を取り違えないことが重要です。

誤解④「gr/gr欠失は病名である」

gr/gr欠失はリスク因子であって病名ではありません。健常な男性にも見つかり、父から息子へ受け継がれていることも多く、系統によっては固定しています。オッズ比は約1.8と報告されており[15]、「見つかったから不妊が確定する」という性質のものではありません。

📌 このページを読んだあなたへ

このページには、いくつかの立場の方がたどり着かれます。①検査でY染色体微小欠失が見つかったと説明された方は、まず「どの区画(AZFa・AZFb・AZFc)が欠けているか」を報告書で確認してください。そこが見通しを左右します。②これから精査を受ける方は、核型検査とY染色体微小欠失検査がセットで計画されているかを確かめておくと安心です。③ご家族の結果を受けて調べている方は、Y染色体上の変化が男児にのみ受け継がれるという伝わり方を押さえておくと、話の全体像がつかめます。

次に確認しておくとよい観点は、遺伝形式(Y連鎖で女児には伝わらないこと)、AZFc欠失(Y染色体AZF微小欠失)の全体像、非閉塞性無精子症で検討される他の原因、そして遺伝カウンセリングで何を話し合えるかの4点です。

よくある質問(FAQ)

Q1. DAZ1遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

DAZ1はY染色体の長腕Yq11.223にある遺伝子で、AZFc(無精子症因子c)という領域に含まれます。つくられるタンパク質はRNA結合タンパク質で、標的となるmRNAの3’非翻訳領域に結合し、いつ翻訳するか、mRNAをどれだけ安定に保つかを制御します。発現は精巣の生殖細胞に限られており、セルトリ細胞などの体細胞では働きません。名前は無精子症で欠失している遺伝子という意味で、1995年に無精子症男性のY染色体欠失の解析から見つかりました。

Q2. DAZ1だけを調べる遺伝子検査はありますか?

ありません。DAZ1からDAZ4までの4コピーは塩基配列がほとんど同一で、コピー間で配列が均される現象も起こるため、どのコピー由来の配列かを臨床検査で確定することができません。実際に行われるのはY染色体微小欠失検査で、AZFa・AZFb・AZFcの各区画に固有の目印となる配列が検出できるかどうかを確認します。当院の男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)は146遺伝子を対象としていますが、DAZ1からDAZ4はこのパネルの対象には含まれていません。

Q3. AZFc欠失があると言われました。精子は回収できるのでしょうか?

AZFcの完全欠失では、精巣のなかに部分的な精子形成が残っていることが少なくありません。32の研究をまとめた集計では顕微鏡下精巣内精子採取術による精子回収率は13%から100%と幅があり、平均は47%と報告されています。11のコホート441例を対象としたより新しい系統的レビューでは62.4%(研究間の幅は25.0%から85.7%)でした。年齢やホルモン値、施設の経験によって結果が変わるため、個別の見通しは担当医とご相談ください。なお、精子が得られた場合でも、受精率・臨床妊娠率・生児獲得率は欠失のない男性と比べて低いと報告されています。

Q4. AZFc欠失は子どもに遺伝しますか?

Y染色体上の変化ですので、お子さんが男児であればこの欠失は必ず受け継がれます。受け継いだ男児は、将来同じように精子形成の障害を持つ可能性が高くなります。一方、女児にはY染色体が渡らないため、この欠失が伝わることはありません。女性側が保因者であるかどうかという概念も当てはまりません。治療を始める前にこの点を共有しておくことが、国際的なガイドラインでも重視されています。

Q5. gr/gr欠失と書かれていました。どう受け止めればよいですか?

gr/gr欠失はAZFcの約1.6 Mbが失われる部分欠失で、DAZは4コピーのうち2コピーが残ります。精子形成障害のリスク因子であり、18の研究をまとめたメタ解析ではオッズ比1.821(95%信頼区間1.39から2.37)と報告されていますが、健常な男性にも見つかり、父から息子へ受け継がれていることも多く、系統によっては固定しています。したがって病名ではなく、これが見つかったことだけで将来が決まるわけではありません。

Q6. DAZ1とDAZLは同じ遺伝子ですか?

別の遺伝子です。DAZ1からDAZ4はY染色体にあるため男性にしか存在せず、精巣の生殖細胞だけで働きます。DAZLは3番染色体にあり、男女どちらも2本持っていて、卵子と精子の両方の形成に関わります。もともとは常染色体にあった遺伝子が霊長類の進化の途中でY染色体へ移り、増幅と刈り込みを受けて現在のDAZになりました。したがって同じファミリーですが、遺伝の伝わり方も調べる場面もまったく異なります。

Q7. DAZのメチル化を調べたほうがよいと聞きました。必要でしょうか?

現時点でその根拠は確認されていません。精液所見の悪い男性の精子を調べた研究では、DAZLのプロモーター領域にはメチル化の異常が有意に増えていた一方、DAZ側のCpGアイランドはすべての群で正しく脱メチル化された状態が保たれていました。DAZのメチル化パターンと精子形成障害に関連を認めなかったとする報告もあります。DAZLの所見がDAZの話として伝わっている可能性が高いため、勧められた場合は根拠をご確認ください。

Q8. AZFc欠失は生活習慣や加齢が原因で起こるのですか?

いいえ。AZFc欠失は、Y染色体のこの領域がもともと持っている構造的な性質から生じます。同じ配列が向かい合わせに何組も並んでいるため、組換えのときに相手を取り違えて区間がまるごと抜け落ちるのです。生活習慣や過去の行動によって生じるものではなく、多くは新しく生じた変化です。原因を自分の行動に求めて過ごされる方は少なくありませんが、この領域の成り立ちを知ると、その問いの立て方自体が変わってくると考えています。

🏥 男性不妊の遺伝子診断のご相談

無精子症・重症乏精子症の原因検索や
Y染色体微小欠失の結果の読み方に関するご相談は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックへ。

参考文献

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  • [2] Association of partial AZFc region deletions with spermatogenic impairment and male infertility. J Med Genet. 2005. [PubMed 15744033]
  • [3] EAA/EMQN best practice guidelines for molecular diagnosis of Y-chromosomal microdeletions: State of the art 2023. Andrology. 2024. [PubMed 37674303]
  • [4] Four DAZ genes in two clusters found in the AZFc region of the human Y chromosome. Genomics. 2000. [PubMed 10936047]
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  • [20] Y chromosome haplogroups may confer susceptibility to partial AZFc deletions and deletion effect on spermatogenesis impairment. Hum Reprod. 2008. [PubMed 18579508]

関連記事

用語解説AZFc欠失(Y染色体AZF微小欠失)DAZ1が属するAZFc領域の欠失そのものを、区画別の意味から解説。遺伝子DAZL遺伝子3番染色体にあり男女どちらの生殖細胞でも働く、DAZの常染色体版を解説。遺伝子DAZ2遺伝子DAZ1とペアを組みP2回文構造に並ぶ、もう一方のコピーを解説。用語解説非閉塞性無精子症(NOA)原因・関連遺伝子・検査と治療の選択肢を体系的に整理しています。染色体Y染色体の異常微小欠失の診断フローとXYY症候群まで、Y染色体の全体像を解説。遺伝子TEX11遺伝子X連鎖性の非閉塞性無精子症を起こす減数分裂遺伝子を解説。検査男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)146遺伝子を一度に調べる検査の対象と限界を確認できます。

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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