目次
高校の生物では、相同組換え(そうどうくみかえ、homologous recombination/HR)は「減数分裂で親の遺伝子がシャッフルされるしくみ」として登場します。しかし相同組換えのもう一つの顔は、DNAの重篤な損傷である二本鎖切断(DSB)を、お手本を見ながら正確に直す修復システムです。この2つの役割は、じつは同じ1つの分子のしくみでつながっています。この記事では、相同組換えとは何か、いつ・どの時期に起こるのか、「乗換え(交叉)」や「非相同末端結合」とは何が違うのか、そしてこのしくみががんや不妊、最新のゲノム編集とどう関わるのかまでを、臨床遺伝専門医の視点で整理して解説します。
Q. 相同組換えとは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 相同組換えとは、よく似た(または同一の)DNA配列どうしを「お手本(鋳型)」に使って、DNAの情報を交換したり傷を直したりするしくみです。役割は大きく2つあります。1つは減数分裂で父方・母方の遺伝子を混ぜ合わせ、多様な精子・卵子をつくること。もう1つは、DNAの二本鎖が同じ場所で切れる二本鎖切断(DSB)という致命的な傷を、無傷のコピーを手本にして正確に直すことです。体細胞では、手本となる姉妹染色分体がそろうS期・G2期に働きます。
- ➤定義 → 相同・同一のDNA配列間で塩基配列を交換する過程(英:homologous recombination/略:HR)
- ➤2つの役割 → ①減数分裂での遺伝的多様性の創出 ②DNA二本鎖切断(DSB)の正確な修復
- ➤いつ働くか → 体細胞ではS期・G2期(姉妹染色分体を鋳型に使えるため)。減数分裂では第一分裂前期
- ➤似た言葉との違い → 「乗換え(交叉)」は物理的な交換現象、「組換え」はその結果。「非相同末端結合(NHEJ)」は手本を使わない別の修復
- ➤医療とのつながり → BRCA1/2などHRの破綻はがんと、減数分裂の組換え異常は染色体不分離・不妊と関わる
🧬 相同組換え(HR)の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・英語 | そうどうくみかえ/homologous recombination(略:HR)。相同的組換えともいう |
| 定義 | 相同または同一のDNA配列の間で塩基配列(ヌクレオチド配列)を交換する過程[1] |
| 2つの役割 | ①減数分裂での遺伝的多様性の創出 ②DNA二本鎖切断(DSB)の正確な修復 |
| いつ働くか | 体細胞ではS期・G2期(複製後で姉妹染色分体を鋳型に使える時期)/減数分裂第一分裂[3] |
| 主な担当分子 | 組換え酵素RAD51(真核生物)、DMC1(減数分裂特異的)、RecA(細菌)。メディエーターとしてBRCA2[1] |
| 医療との関わり | BRCA1/2などHRの破綻はがん(HRD)と、減数分裂の組換え異常は染色体不分離・不妊と関わる |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた医学用語の解説です。特定の検査や治療を勧めるものではありません。

相同組換え(HR)は、体細胞では主にS期・G2期に姉妹染色分体を鋳型としてDNA二本鎖切断を高精度に修復します。一方、減数分裂第一分裂前期では相同染色体間の組換えによって交叉が形成され、遺伝的多様性の形成と相同染色体の正常な分離に重要な役割を果たします。非相同末端結合(NHEJ)は鋳型を使わずに切断端を直接連結する点でHRと異なります。
1. 相同組換えとは ─ 「お手本を見て直す」DNAのしくみ
相同組換え(homologous recombination/HR)とは、よく似た、あるいは同一のDNA配列どうしを鋳型(お手本)として、DNAの塩基配列を交換する過程のことです[1]。「相同(そうどう)」とは「配列がよく似ている」という意味で、たとえば父方と母方の同じ番号の染色体(相同染色体)や、DNA複製でできた姉妹染色分体どうしがこれにあたります。相同組換えは、細菌からヒトまで、あらゆる生き物に共通して保存された、生命の根幹をなすしくみです。
相同組換えには、大きく分けて2つの役割があります。1つ目は、精子や卵子をつくる減数分裂のときに、父方と母方の遺伝子を混ぜ合わせて、多様な組み合わせをもつ配偶子(精子・卵子)を生み出すことです。2つ目は、DNAの二重らせんを構成する2本の鎖がともに切断される二本鎖切断(DSB:Double-Strand Break)という、重篤な損傷を、無傷のコピーを手本にして正確に直すことです[1]。相同組換えは、DNA複製が止まった場所の立て直しやテロメアの維持にも関わっており、ゲノム(遺伝情報の全体)の安定を守るうえで欠かせません。
💡 用語解説:二本鎖切断(DSB)と「相同」
DNAは2本の鎖がより合わさった二重らせんです。片方の鎖だけの傷なら、もう片方を見本にして直せますが、2本とも同じ位置で切れる「二本鎖切断(DSB)」は見本がその場に残らず、修復が適切に行われないとゲノム不安定性につながりうる重篤な損傷です。放射線や一部の抗がん剤、活性酸素、DNA複製に伴う障害などによって生じます。相同組換えは、この二本鎖切断を、配列がそっくりな別のDNA(=相同なDNA)を鋳型にして直すため、間違いの少ない「高精度の修復」ができます。
相同組換えは、DNA複製が障害物にぶつかって止まったとき(複製ストレス)に複製を再開させる役割や、染色体の末端(テロメア)を維持する役割も担っています。いいかえれば、相同組換えはDNA修復だけでなく、細胞が分裂を続けながらゲノムの安定性を維持するうえでも重要です[1]。
元の教科書的な説明では、相同組換えは「減数分裂で起こる現象」として語られがちです。しかし現在の分子生物学では、相同組換えは体細胞(ふつうの細胞)でもDNA二本鎖切断を直すために日常的に働いていることが分かっています。減数分裂での多様性づくりと、体細胞でのDNA修復。この一見別々に見える2つは、同じ「相同な配列を見つけて情報を交換する」という共通のしくみで動いているのです。
2. 相同組換えはいつ・どの時期に起こるのか
体細胞での相同組換えは、細胞周期のS期とG2期に集中して起こります。理由は明快で、この時期はDNA複製が終わっていて、まったく同じ配列をもつ姉妹染色分体が「お手本」として使えるからです[3]。「相同組換え修復は何期?」という疑問への答えは、まずこの「S期・G2期」と覚えておくと分かりやすいでしょう。
DNAの傷は細胞周期のどの時期にも起こりえます。ところが、手本となる姉妹染色分体がまだ存在しないG1期には、相同組換えは使いにくくなります。そのため、G1期のDSBは主に、後で説明する非相同末端結合(NHEJ)という別の経路で処理されます。細胞は「今どの時期か」「手本が使えるか」に応じて、修復のやり方を賢く切り替えているのです[2]。
なお、体細胞のDSB修復で相同組換えが姉妹染色分体を好んで使うのには理由があります。姉妹染色分体は直前の複製でつくられた「完全に同一のコピー」なので、これを鋳型に写し取れば、元の配列を一文字も変えずに復元できます。もし父方・母方の相同染色体を手本にすると、配列がわずかに異なるため、修復のついでに片方の情報へ書き換わってしまうことがあります。だからこそ、正確さが求められる体細胞の修復では、同一の姉妹染色分体が優先されるのです[1]。
💡 用語解説:細胞周期のS期・G2期
細胞が分裂して増えるときの流れを細胞周期といい、G1期(準備)→S期(DNA複製)→G2期(分裂の準備)→M期(分裂)の順に進みます。S期でDNAがコピーされると、同じ配列の姉妹染色分体が2本そろいます。相同組換えはこの姉妹染色分体を鋳型にするため、S期・G2期でよく働きます。なお、Rad51などの因子は他の時期にも観察されることがあり、「S/G2に限定される」という表現はあくまで大きな傾向としてご理解ください。
減数分裂での相同組換え ─ 染色体の間で起こる交換
減数分裂では、相同組換えは第一分裂の前期に起こります。父方と母方の相同染色体がぴったり寄り添い(対合し)、その間で遺伝物質を交換します。これが「染色体の組み換え」と呼ばれる現象で、同じ番号の染色体どうしの間で遺伝子の組み合わせが入れ替わります。この交換によって、親とは異なる遺伝子の組み合わせをもつ精子・卵子が生まれ、きょうだいでも一人ひとり遺伝的に異なる、という多様性が生まれます[1]。さらに、乗換えによる組換えは、相同染色体がランダムに分配される「独立の法則」とあわさって、ほぼ無限といってよい遺伝子の組み合わせを生み出します。一卵性双生児を除けば、すべての人が遺伝的に唯一の存在になるのは、この相同組換えが生む多様性が大きな理由の一つです。相同組換えが減数分裂に必須である点は、細胞が正しく染色体を分配するうえでも重要で、これはのちの「疾患との接点」で詳しく触れます。
3. 相同組換えの仕組み(分子機構)
相同組換えは、大きく「①切断端の削り込み → ②相同配列の検索と鎖侵入 → ③中間体の解消」という3つのステップで進みます。難しく見えますが、「傷口を整える → お手本を探して合わせる → きれいに仕上げる」という流れとして捉えると分かりやすくなります[1]。まず全体像を図で見てみましょう。
① 切断端の削り込み(末端切除)
二本鎖切断が起こると、まず切れた端が酵素によって削り込まれ(末端切除)、片方の鎖だけが飛び出した3′一本鎖DNAという構造ができます[1]。この一本鎖の部分が、次に「同じ配列のお手本」を探すためのセンサーの役割を果たします。
② 相同配列の検索と鎖侵入(RAD51とD-loop)
削り出された一本鎖DNAには、組換え酵素RAD51(細菌ではRecA、減数分裂ではDMC1)が数珠つなぎに結合し、フィラメントという構造をつくります[1]。このフィラメントが、ゲノムの中から自分と同じ配列(=相同な配列)を探し出し、その二重らせんに割り込みます。これを鎖侵入といい、割り込んだ場所には「D-loop(ディー・ループ)」というふくらみができます。RAD51が正しく働くのを助けるメディエーターが、がん抑制因子として有名なBRCA2です[1]。BRCA2の機能異常が相同組換え修復不全と発がんに結びつく理由の一つがここにあります。
③ 中間体の解消 ─ 交叉するかしないか
お手本を鋳型にして足りない部分のDNAが新しく合成されると、鎖どうしが複雑に絡んだ中間体ができます。代表的なのが、四方向に鎖が伸びたホリデイジャンクションという構造です。この中間体をどう解消するかによって、結果が交叉あり(crossover)になるか、交叉なし(non-crossover)になるかが決まります[1]。減数分裂で観察される「乗換え」は、この交叉ありの結果にあたります。中間体の解消には、主に2つのルートがあります。1つは二重のホリデイジャンクションを形成してから切り分けるルートで、切り方によって交叉あり・なしのどちらにもなります。もう1つは、合成した鎖をいったんほどいて元の相手に戻す「合成依存的鎖アニーリング(SDSA)」というルートで、こちらは基本的に交叉なしで仕上がります[1]。体細胞のDSB修復では、むやみに交叉すると染色体の構造変化を招きかねないため、交叉を伴わないSDSAが好まれる傾向があります。一方、減数分裂では、多様性と正しい分配のために、あえて交叉を起こすしくみが働きます。次の章では、この「乗換え」と「組換え」という、混同されやすい2つの言葉を整理します。
4. 「乗換え(交叉)」と「組換え」は何が違うのか
乗換え(交叉)は「相同染色体どうしが物理的に一部を交換する現象そのもの」、組換えは「その結果として遺伝子の組み合わせが変わること」を指します。高校生物では区別が問われやすいポイントですが、「原因(物理的な交換)=乗換え」「結果(遺伝子構成の変化)=組換え」と整理すると分かりやすくなります。
減数分裂で相同染色体が対合すると、染色体の腕が交差する場所ができます。この交差の見た目をキアズマと呼びます。キアズマの場所で染色体の一部が入れ替わるのが乗換え(交叉)で、その結果、もともと同じ染色体上に並んでいた遺伝子の組み合わせが入れ替わります。これが遺伝的組換えです。
📊 乗換え・組換え・相同組換えの関係
| 用語 | 意味 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 乗換え(交叉) crossover |
相同染色体どうしが物理的に一部を交換する現象。キアズマとして観察される | 「原因」となる物理現象 |
| 組換え recombination |
その結果として、遺伝子の組み合わせが親と変わること | 乗換えの「結果」 |
| 相同組換え HR |
相同な配列を鋳型に情報を交換する分子レベルのしくみ全体(減数分裂の交叉もDSB修復もこれに含まれる) | 両者を包む「しくみ」 |
※同じ染色体上で離れた場所にある2つの遺伝子ほど、その間で乗換えが起こりやすく、組換えの頻度(組換え価)が高くなります。
なお、同じ染色体上にある2つの遺伝子が離れているほど、その間で乗換えが起こる確率は高くなり、組換えが起こりやすくなります。この「離れているほど組換えやすい」という性質は、遺伝子の位置関係を推定する基礎(連鎖と組換え価)として、古くから使われてきました。
5. 相同組換え(HR)と非相同末端結合(NHEJ)の違い
同じDNA二本鎖切断を直す経路でも、相同組換え(HR)は「お手本を使って正確に直す」、非相同末端結合(NHEJ)は「お手本を使わず切れた端どうしを直接つなぐ」という違いがあります。ヒトを含む細胞は、この2つを主軸に、状況に応じて使い分けています[2]。
🔬 相同組換え(HR)と非相同末端結合(NHEJ)の比較
| 比べる点 | 相同組換え(HR) | 非相同末端結合(NHEJ) |
|---|---|---|
| お手本(鋳型) | 必要(姉妹染色分体など相同なDNA) | 不要(端どうしを直接つなぐ) |
| 正確さ | 高精度(元通りに直せる) | 配列を失うことがある |
| 働く時期 | 主にS期・G2期 | 細胞周期を通じて(G1期で優勢) |
| 主な担当分子 | RAD51、BRCA2 など | Ku70/Ku80、DNA-PKcs、DNAリガーゼIV など |
※どちらがどれくらいの割合を担うかは、細胞の種類・時期・切断の性質によって変わります。
非相同末端結合は、お手本を使わずに素早く直せるため、手本がまだ無いG1期でも働ける便利な経路です。一方で、切れた端をそのままつなぐぶん、切断部で塩基を失って欠失などの変化が残ることがあります。ただし、「NHEJ=いつも不正確」と決めつけるのは正確ではなく、条件によっては元通りに近い形でつなげることもあります。哺乳類の細胞では発生するDSBの多くをNHEJが担うとする報告もありますが、その割合は条件によって幅があります[2]。「速いが手本なしのNHEJ」と「時間はかかるが正確なHR」を、細胞は使い分けているのです。どちらの経路を使うかは、細胞周期の時期や、切断端をどれだけ削り込むかによって精密に制御されています。切断端の削り込みを進めてHRへ導く因子と、削り込みを抑えてNHEJ側に留める因子とがせめぎ合い、その綱引きの結果として経路が選ばれます[2]。このバランスが崩れると、ゲノムの不安定化やがん化につながることが知られています[2]。なお、この2つ以外にも、マイクロホモロジーを利用するMMEJなど、補助的な経路も知られています。
6. 相同組換えと疾患・臨床とのつながり
相同組換えは「正確な修復」と「正しい染色体分配」を担うため、そのしくみが破綻すると、がんや不妊・染色体異常につながることがあります。ここに、基礎の用語である相同組換えが、臨床遺伝の現場と地続きになる理由があります。
修復の破綻とがん(BRCAとHRD)
相同組換えの中心で働くRAD51を助けるメディエーターが、BRCA1/BRCA2です。これらの遺伝子に生まれつきの変化(生殖細胞系列変異)があると、DNA二本鎖切断を正確に直す相同組換えがうまく働かなくなり、ゲノムが不安定になって、乳がんや卵巣がんなどのリスクが高まります[6]。この「相同組換え修復がうまくできない状態」を相同組換え修復欠損(HRD)と呼びます。HRDのがん細胞は、DNA修復の別の弱点を薬で突く「合成致死」という戦略の標的になります[6]。HRD検査やBRCA遺伝学的検査、PARP阻害薬など、がん治療に直結する内容については、専用の記事で詳しく解説しています。
減数分裂の組換え異常と染色体不分離・不妊
減数分裂では、相同染色体が正しく分離するために、相同染色体1対につき少なくとも1回の交叉(乗換え)が必要です[5]。交叉がうまく起こらなかったり、位置が適切でなかったりすると、相同染色体が正しく分かれず、染色体不分離(ナンディスジャンクション)が起こります。交叉の細胞学的な結果として観察されるキアズマは、姉妹染色分体間のコヒーシンとともに相同染色体間の物理的な連結を維持し、第一減数分裂での正しい分離に寄与します。交叉が起きなかった染色体対は、このつなぎとめを欠くため分配のときに乱れやすく、不分離のリスクが高まります[5]。その結果、染色体の本数が本来と異なる異数性(トリソミーなど)の配偶子が生じ、流産や先天的な染色体異常、不妊の背景となることがあります[4]。
⚠️ 数字の受け止め方について
ヒトの異数性の多くは母親側の減数分裂での不分離に由来し、母体年齢が上がるほど頻度が高まることが知られています。ただし、これは単一の原因ではなく複数の要因が関わる複雑な現象で、加齢の影響の大きさも一律ではありません[4]。集団のデータから、特定の個人の確率を単純に当てはめることはできません。心配な点は、個別の状況をふまえて専門家にご相談ください。
遺伝や出生前診断について専門医に相談したい方へ
相同組換えは、がん(HRD・BRCA)や、染色体の不分離による染色体異常など、
臨床遺伝の話題とつながる基礎概念です。
遺伝子検査や出生前診断の結果の意味について知りたい方は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックの解説記事もご覧ください。
7. 相同組換えの応用 ─ 遺伝子ターゲティングとゲノム編集
相同組換えは、狙った遺伝子を書き換える技術「遺伝子ターゲティング」やゲノム編集にも応用されています。相同な配列を鋳型にして情報を写し取るという性質を利用すると、DNAの狙った場所に、あらかじめ用意した配列を組み込むことができます。
哺乳類の細胞で相同組換えを使った遺伝子改変(遺伝子ターゲティング)の原理を確立した業績に対して、マリオ・カペッキ、マーティン・エヴァンス、オリバー・スミシーズの3氏に2007年のノーベル生理学・医学賞が贈られました[7]。授賞理由は「胚性幹細胞(ES細胞)を用いてマウスに特定の遺伝子改変を導入する原理の発見」で、この技術(ノックアウトマウスなど)は、いまや医学研究に欠かせない基盤になっています[7]。
近年のCRISPR-Cas9によるゲノム編集も、相同組換えと深く関わっています。CRISPR-Cas9はDNAの狙った場所に二本鎖切断をつくり、その傷を細胞が直す過程を利用して配列を書き換えます。このとき、お手本を与えて相同組換え(HDR:homology-directed repair)で正確に書き込むか、お手本なしの非相同末端結合で遺伝子を壊すかによって、編集の結果が変わります。お手本を使うHDRは正確に書き込める一方で、主にS期・G2期でしか働かないため効率が限られます。そのため、狙った配列を正確に入れたい場合には、細胞周期や送り込むお手本の設計を工夫する必要があります。ここでも、相同組換えが「いつ働くか」という基本の性質が、応用技術の設計に直結しているのです。ゲノム編集そのものの仕組みや医療応用については、専用の記事で詳しく解説しています。
🩺 院長コラム【「同じしくみ」が多様性と正確さの両方を支える】
相同組換えには、一見異なる2つの働き——「遺伝子をシャッフルして多様性を生む」ことと、「傷を元通りに正確に直す」こと——がありますが、いずれも相同なDNA配列を利用する共通の分子機構に基づいています。減数分裂では新しい組み合わせを積極的に作り、体細胞では逆にゲノムを元通りに守る。同じ道具を、場面によって使い分けているわけです。
遺伝医学では、「多様性」と「安定性」はしばしば対(つい)で語られます。相同組換えは、その両方を共通する分子機構で担う重要な生命現象です。基礎の用語を丁寧に理解しておくことは、がんや不妊、出生前診断といった臨床の話題を正しく読み解く土台になります。
8. よくある誤解
誤解①「相同組換えは減数分裂だけの話」
減数分裂での多様性づくりは相同組換えの一面にすぎません。体細胞でも、DNA二本鎖切断を正確に直す修復として日常的に働いています。むしろ、この修復機能ががんとの関わりで重要です。
誤解②「乗換えと組換えは同じ言葉」
乗換え(交叉)は染色体が物理的に一部を交換する現象、組換えはその結果として遺伝子の組み合わせが変わることです。原因と結果の関係にあり、厳密には区別されます。
誤解③「相同組換え=遺伝子組み換え食品」
相同組換えは、体の中で自然に起こる生命現象です。いわゆる「遺伝子組み換え(GMO)食品」は人為的な操作でつくられたもので、別の概念です。混同しないよう注意しましょう。
誤解④「非相同末端結合は不要な予備」
非相同末端結合(NHEJ)は、お手本が使えないG1期などで主力として働く重要な経路です。相同組換えと役割を分担しており、どちらが欠けてもゲノムの安定は保てません。
まとめ ─ 多様性と正確さを支える相同組換え
相同組換え(HR)は、相同なDNA配列を鋳型として情報を交換する、生命に共通のしくみです。減数分裂では父方・母方の遺伝子を混ぜ合わせて多様な配偶子を生み、体細胞ではDNAの重篤な損傷である二本鎖切断を、お手本を見ながら高精度に修復します[1]。体細胞ではS期・G2期に働き、手本の使えないG1期などでは非相同末端結合が主に担当する——細胞はこの2つを賢く使い分けています[2]。
このしくみは、BRCA1/2の異常によるがん(HRD)や、減数分裂の組換え異常による染色体不分離・不妊[4]、さらには遺伝子ターゲティングやCRISPRによるゲノム編集[7]まで、基礎から臨床・最先端まで一本の線でつながっています。「多様性を生む」と「正確に守る」という異なる役割を共通する分子機構で担う相同組換えは、遺伝学とDNA修復を理解するうえで重要な基礎概念です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 相同組換え(修復)は細胞周期のいつ起こりますか?
体細胞では、主にS期とG2期に起こります。この時期はDNA複製が終わっていて、まったく同じ配列をもつ姉妹染色分体を「お手本(鋳型)」として使えるためです。減数分裂では第一分裂の前期に起こります。なお、手本が使えないG1期のDNA二本鎖切断は、主に非相同末端結合(NHEJ)で処理されます。
Q2. 相同組換えと非相同末端結合(NHEJ)の違いは何ですか?
相同組換え(HR)は、姉妹染色分体などの相同なDNAをお手本にして正確に直す経路で、主にS期・G2期に働きます。非相同末端結合(NHEJ)は、お手本を使わずに切れた端どうしを直接つなぐ経路で、細胞周期を通じて(特にG1期で)働きます。HRは高精度、NHEJは速い一方で配列を失うことがある、という違いがあります。担当する分子もHRはRAD51やBRCA2、NHEJはKu70/Ku80やDNAリガーゼIVなどと異なります。
Q3. 相同組換えと乗換え(交叉)は何が違いますか?
乗換え(交叉)は、減数分裂で相同染色体どうしが物理的に一部を交換する「現象」で、キアズマとして観察されます。組換えは、その結果として遺伝子の組み合わせが親と変わる「結果」を指します。相同組換えは、これらを含む、相同な配列を鋳型に情報を交換する分子レベルの「しくみ全体」を指す言葉です。
Q4. 相同組換えと「遺伝子組み換え(GMO食品)」は同じものですか?
いいえ、別のものです。相同組換えは、私たちの体の中で自然に起こる生命現象(減数分裂での多様性づくりやDNA修復)です。一方、いわゆる「遺伝子組み換え(GMO)食品」は、人為的な操作で遺伝子を導入・改変してつくられたものを指します。なお、相同組換えの原理を応用した遺伝子ターゲティングやゲノム編集といった「技術」は存在しますが、これも自然現象そのものとは区別されます。
Q5. 相同組換えがうまくいかないと、どうなりますか?
大きく2つの場面で問題が生じます。体細胞では、DNA二本鎖切断を正確に直せなくなってゲノムが不安定になり、BRCA1/2の異常のように、がんのリスクにつながることがあります。減数分裂では、必要な交叉が起こらないと相同染色体が正しく分離できず、染色体不分離が起こって、異数性(トリソミーなど)の配偶子が生じ、流産・染色体異常・不妊の背景となることがあります。ただし、これらは複数の要因が関わる現象で、個人の状況によって異なります。
参考文献
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