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HRD(相同組換え修復欠損)とは?DNA修復の異常からPARP阻害薬・合成致死性までやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

HRD(相同組換え修復欠損)とは、がん細胞がDNAの傷――とくに最も危険な「二本鎖切断」――を正確に直す仕組みを失った状態のことです。BRCA1/2の変異が代表例ですが、それだけではありません。この「修復できない弱点」を逆手に取るのがPARP阻害薬で、卵巣がん・乳がん・前立腺がん・膵臓がんの治療を根本から変えました。HRDは遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)と地続きで、遺伝カウンセリングやご家族の検査の入り口にもなります。一般の方にもわかるよう、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 BRCA・DNA修復・がんゲノム医療
臨床遺伝専門医監修

Q. HRD(相同組換え修復欠損)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. がん細胞が、DNAの二本鎖切断を正確に直す「相同組換え修復(HR)」の能力を失った状態のことです。BRCA1/2の変異が代表ですが、ATM・PALB2・RAD51C/Dなど他の遺伝子の異常や、エピジェネティックな変化でも起こります。この弱点を突くのがPARP阻害薬で、卵巣がん・乳がん・前立腺がん・膵臓がんの治療成績を大きく改善しました。HRDは遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)と深く関わり、遺伝カウンセリングやご家族の検査の入り口にもなります。

  • HRDの正体 → DNA二本鎖切断を正確に直す「相同組換え修復(HR)」の破綻
  • なぜ治療標的に → 「合成致死性」によりPARP阻害薬でがん細胞だけが死ぬ
  • BRCAだけじゃない → ATM・PALB2・RAD51C/Dなどの異常でも起こる(BRCAness)
  • 検査でわかる → ゲノム不安定性スコア(GIS)やゲノムLOHで判定する
  • 遺伝診療との接点 → HBOC・遺伝カウンセリング・ご家族のカスケード検査につながる

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1. HRD(相同組換え修復欠損)とは:DNA修復の「最後の砦」が壊れた状態

私たちの細胞のDNAは、毎日くり返される代謝や、紫外線・放射線などによって絶えず傷つけられています。なかでも最も危険なのが、二本のDNA鎖がそろって切れてしまう二本鎖切断(DSB)です。これが正しく直されないと、染色体の欠失や組み換えが起こり、細胞死や発がんに直結します。この致命的な傷を最も正確に修復してくれるのが、相同組換え修復(HR:Homologous Recombination)という高精度な仕組みです。[1]

HRD(相同組換え修復欠損)とは、がん細胞がこの相同組換え修復をうまく使えなくなった状態を指します。修復の中心を担うBRCA1/2が壊れることが最も多い原因ですが、それだけに限りません。HRが使えない細胞は、しかたなく「間違いの多い別の修復経路」に頼るようになり、その結果としてゲノム全体に「傷あと(ゲノムの傷跡)」が蓄積していきます。この傷あとこそが、後で説明するHRD検査の手がかりになります。

💡 用語解説:二本鎖切断(DSB)とは

DNAは2本のひもがらせん状に絡み合った構造をしています。片方だけ切れる「一本鎖切断」は比較的直しやすいのですが、2本そろって切れる二本鎖切断(Double-Strand Break)は最も危険なタイプの傷です。設計図が真っ二つになるイメージで、正しい順序でつなぎ直さないと遺伝情報が壊れてしまいます。この修復に失敗した細胞は死ぬか、あるいはがん化への一歩を踏み出します。

ここで大切なのは、HRDが遺伝診療と深く結びついているという点です。HRDの代表的な原因であるBRCA1/2の生殖細胞系列(生まれつき全身の細胞が持つ)変異は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の原因でもあります。つまりHRD陽性とわかることは、本人のがん治療の選択肢を広げると同時に、ご家族(血縁者)が同じ変異を受け継いでいないかを調べる「カスケード検査」の入り口にもなります。だからこそHRDは、検査の前後で遺伝カウンセリングが欠かせないテーマなのです。当院では遺伝性腫瘍症候群の遺伝学的検査を多遺伝子パネルで実施しています。

2. DNA修復の仕組み:相同組換え修復(HR)はどう働くのか

相同組換え修復が「高精度」と呼ばれるのには理由があります。HRが主に働くのは、DNAをコピーした直後の細胞周期(S期・G2期)です。この時期は傷ついていない無傷のコピー(姉妹染色分体)がすぐ隣にあるため、それを「お手本(鋳型)」として配列を正確に復元できるのです。お手本を見ながら直すので、間違いがほとんど起きません。

HRは複数の酵素がバトンをつなぐように進みます。まずMRN複合体(MRE11・RAD50・NBS1)が切れた末端を認識し、5’末端を削り込んで一本鎖DNAの「しっぽ」を作ります(末端切除)。露出した一本鎖はすぐにRPAというタンパク質で保護されます。そこへBRCA2が登場し、RPAを外してRAD51という修復の主役を装着します。RAD51が連なった繊維(フィラメント)は無傷のお手本を探し出してそこに入り込み(鎖侵入)、これを足がかりにDNA合成が進んで傷が直されます。BRCA1・BRCA2はこの一連の流れに不可欠で、どちらかが壊れるとRAD51を正しく装着できず、HR全体が止まってしまいます。

💡 用語解説:相同組換え修復(HRR)とRAD51

相同組換え修復(HRR:Homologous Recombination Repair)は、無傷のコピーをお手本にしてDNAの二本鎖切断を「設計図どおりに」正確に直す経路です。その中心ではたらくのがRAD51という修復タンパク質で、BRCA2の助けを借りて傷の周りに集まり、修復の足場を作ります。細胞の核のなかでRAD51が点々と集まる様子(RAD51フォーカス)は、「今この細胞のHRがちゃんと働いている」という生きた目印になります。

では、HRが使えないHRD細胞はどうするのでしょうか。致命的な傷を放置できないので、お手本を必要としない「間違いの多い別の経路」に頼ります。代表が非相同末端結合(NHEJ)マイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ)です。とくにMMEJはDNAポリメラーゼθ(Polθ)という酵素に依存し、修復のたびに塩基の欠失を残すため、ゲノムの不安定さを一気に加速させます。下の図は、この弱点ががん治療にどう利用されるか(合成致死性)を示したものです。

合成致死性:PARP阻害薬がHRDがん細胞だけを殺すしくみ 正常細胞(HR正常) HRDがん細胞(HR欠損) PARP阻害 → 一本鎖切断が蓄積 複製時に二本鎖切断へ進行 相同組換えで正確に修復 (BRCA・RAD51が働く) 細胞は生存 PARP阻害 → 一本鎖切断が蓄積 複製時に二本鎖切断へ進行 HRが壊れていて修復不能 (BRCA欠損) 細胞死(アポトーシス)

PARP阻害によって蓄積した一本鎖切断は、複製時に致命的な二本鎖切断へと進みます。正常細胞は相同組換え修復でこれを直せますが、HRDがん細胞は修復できずアポトーシス(細胞死)に至ります。

3. 合成致死性とPARP阻害薬:弱点を逆手に取る精密戦略

HRDがなぜ「治療の標的」になるのか。その鍵が合成致死性(Synthetic Lethality)という遺伝学の古い概念です。この現象は1922年にブリッジスが、1946年にドブジャンスキーが言葉として記述したもので、2つの遺伝子のうち片方だけが壊れても細胞は生きられるのに、両方が同時に壊れると細胞が死ぬという関係を指します。[2]

💡 用語解説:合成致死性(ごうせいちしせい)

2つの「壊れても大丈夫な弱点」が重なったときだけ細胞が死ぬ、という関係です。BRCA変異がんは、もともと相同組換え修復という1つの経路が壊れています。ここにPARP阻害薬でもう1つの修復経路をふさぐと、がん細胞だけがDNAを直せなくなって死にます。正常細胞は相同組換え修復が生きているので影響を受けません。「がん細胞だけを選んで殺す」という、がん治療が長年求めてきた選択性を、明確な理屈で実現した最初の成功例です。

PARPは、DNAの一本鎖切断をいち早く感知して修復役を呼び集める「ファーストレスポンダー」です。当初、PARP阻害薬の効果は「一本鎖切断の修復を止めるだけ」と考えられていました。しかし研究が進み、より重要なのは「PARPトラッピング」という現象だとわかってきました。

💡 用語解説:PARPトラッピング(捕捉)とは

PARP阻害薬は、PARP酵素をDNAの傷の上に「物理的に貼りつけて離れられなくする」性質を持ちます。DNAに貼りついて動けなくなったPARPは、細胞分裂のときにDNAをコピーする「複製フォーク」の進行を物理的にブロックし、フォークを崩壊させて致死的な二本鎖切断を引き起こします。PARPを遺伝的に減らすだけよりも、薬で貼りつけたほうがはるかに強い毒性を示すのは、この「貼りついたPARP」自体が有毒だからです。

HRが正常な細胞では、こうして生じた二本鎖切断も相同組換え修復で直せます。しかしHRDがん細胞は、すでにHRが壊れているうえにPARPまで阻害され、どちらの経路でも修復できず、複製フォークの崩壊から細胞死に至ります。これがPARP阻害薬の選択性の正体です。現在、オラパリブ・ニラパリブ・ルカパリブ・タラゾパリブなどが、卵巣がん・乳がん・前立腺がん・膵臓がんで使われています。詳しい作用機序や薬剤ごとの違いはPARP阻害剤の解説ページをご覧ください。

4. BRCAだけじゃない:BRCAnessとHRR遺伝子群

🔍 関連記事:BRCA1遺伝子BRCA2遺伝子ATM遺伝子

HRDという言葉は、しばしば「BRCA変異のこと」と誤解されます。しかし正しくは、HRは多くの遺伝子が連携して成り立つネットワークであり、そのどこが壊れてもHRDになり得ます。BRCA1BRCA2以外にも、PALB2・RAD51C・RAD51D・ATM・BRIP1・CDK12・CHEK2などのHR関連遺伝子の異常が、同じような弱点を作り出します。

💡 用語解説:BRCAness(ブラカネス)とは

BRCA1/2そのものに変異がなくても、他のHR関連遺伝子の異常やエピジェネティックな変化によって、「BRCA変異がんとそっくりの弱点」を持つ状態を指します。たとえばBRCA1の遺伝子そのものは正常でも、そのスイッチ部分(プロモーター)にメチル化という化学的なフタがかかると、BRCA1が作られなくなりHRが止まります。BRCAnessの腫瘍は、生まれつきのBRCA変異がんと同じようにPARP阻害薬やプラチナ系抗がん剤の恩恵を受けられる可能性があります。

💡 用語解説:エピジェネティックなサイレンシング

遺伝子の配列(文字そのもの)は変わっていないのに、化学的な「フタ(DNAメチル化)」がかかって遺伝子が読み取られなくなる現象です。BRCA1プロモーターのメチル化はこの代表例で、変異がなくてもBRCA1が作られず、結果としてHRDになります。配列を調べる検査だけでは見逃されることがあるため、「ゲノムの傷あと」を見る検査が補完的に役立ちます。

この考え方の登場により、HRD検査の意味は「特定の遺伝子変異を探す」ことから「経路全体が働いているかを評価する」ことへと広がりました。なお、PALB2・RAD51C・RAD51D・BRIP1・CDK12といった遺伝子は、変異の種類によっては機能喪失型バリアント(LoF)としてはたらき、HR機能を失わせます。変異が病気を起こすかどうかの判定には病的バリアントの判定基準が用いられます。

5. どのがんでHRDは多いのか:がん種別の推定有病率

HRDは特定のがんに限られた現象ではなく、さまざまながんを横断する共通の弱点です。大規模なゲノム解析により、がん種ごとの頻度と、その背景にある分子メカニズムの違いが明らかになっています。

主要がん種におけるHRD(相同組換え修復欠損)の推定有病率

解析手法やコホートにより幅があります

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)50〜70%
卵巣がん(高異型度漿液性/HGSOC)約50%
子宮内膜がん(HRR変異全体)約35.5%
前立腺がん(転移性去勢抵抗性)15〜17.8%
膵臓がん(膵管腺癌)約15%

最もHRDが多いのはトリプルネガティブ乳がん(TNBC)で50〜70%、次いで高異型度漿液性卵巣がん(HGSOC)が約50%とされています。[3] 卵巣がんでは、生殖細胞系列のBRCA1/2変異が約15〜19%、体細胞変異が約4〜5%を占め、さらに遺伝子変異を伴わない症例の約15%でBRCA1プロモーターのメチル化が確認されています。乳がんでもHER2陽性乳がんで30〜40%、男性乳がんでも約30%がHRDの特徴を示し、その多くがBRCA2やRAD51Cのエピジェネティックなサイレンシングによるものです。

前立腺がん(とくに転移性去勢抵抗性前立腺がん)では15〜17.8%でHRD関連変異が見つかり、BRCA2が最多、次いでATM・CHEK2が続きます。膵臓がん(膵管腺癌)でも約15%がHR関連経路の欠損を持ち、とくにアシュケナージ系ユダヤ人ではBRCA2変異の頻度が高いことが知られています。[4] 子宮内膜がんでも約35.5%でHRR遺伝子の病的バリアントが報告され、その多くがBRCA以外の遺伝子に由来します。

6. HRD検査:どうやって調べるのか

HRDを調べる方法は、大きく2つに分けられます。1つはHRDの「原因」を探すアプローチ(BRCA1/2などの変異を調べる)、もう1つはHRDの「結果」として残った傷あとを数えるアプローチ(ゲノム不安定性を定量する)です。[5]

💡 用語解説:ゲノム不安定性スコア(GIS)と「ゲノムの傷あと」

HRが長く壊れた腫瘍には、ゲノム全体に特徴的な傷あとが刻まれます。これを数値化したのがゲノム不安定性スコア(GIS)で、次の3つの指標を合計して算出します。

  • LOH(ヘテロ接合性の消失):15メガベース以上の領域で、対になる遺伝情報の片方が永久に失われた跡
  • TAI(テロメアアレル不均衡):染色体の末端まで広がる11メガベース以上のアンバランス
  • LST(大規模状態遷移):10メガベース以上の大きなコピー数の切り替わり地点

これらの合計が一定値を超えると「HRD陽性」と判定されます。

現在、コンパニオン診断として広く使われている代表的な検査が2つあります。1つはMyriad社のmyChoice CDxで、BRCA1/2のシーケンス解析と、ゲノム全体のSNPを解析して算出したGIS(LOH+TAI+LST)を組み合わせて判定します。GISのカットオフ値は42以上に設定されています。[6] もう1つはFoundation Medicine社のFoundationOne CDxで、ゲノムLOH(gLOH)の割合を指標とし、16%以上をHRD陽性とします。BRCA変異が陽性、あるいはこれらのスコアが基準を超えた場合に「HRD陽性」と判定されます。

検査 指標 特徴
Myriad myChoice CDx BRCA1/2変異+GIS(LOH+TAI+LST、カットオフ42) 3指標の合計でHRD全体を評価。LOH単独より多くの陽性腫瘍を検出。
FoundationOne CDx ゲノムLOH(gLOH ≧16%)+BRCA変異 324遺伝子の包括的プロファイリング。TMB・MSIも同時評価。
HRDetect(研究的手法) 全ゲノムの変異シグネチャを機械学習で統合 従来パネルより多くのBRCA欠損を拾い上げる感度の高さ。
RAD51フォーカスアッセイ 細胞内のRAD51の集積を直接観察 「今HRが働いているか」をリアルタイムに評価できる機能的指標。

近年は、全ゲノムシーケンスのデータを機械学習で解析するHRDetectのような手法も登場し、従来のパネル検査では拾えなかったBRCA欠損を高い感度で同定できるようになりました。[7] また、細胞内のRAD51の集まりを直接見るRAD51フォーカスアッセイは、「過去の傷あと」ではなく「今この瞬間にHRが働いているか」を評価できる点で注目されています。

ただし、現在のスコア型検査には限界もあります。LOH・TAI・LSTはあくまで「腫瘍が過去にHRDだった」という歴史的な痕跡を測るもので、後述する復帰変異などで現在のHR機能が回復している場合を正確に反映できません。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)も、これらの検査は陰性的中率(NPV)が不十分で、「PARP阻害薬から全く恩恵を受けない患者」を確実に除外できない点を指摘しています。[13]

7. 臨床試験エビデンス:HRDは治療効果を予測するか

HRDの臨床的価値は、HRD陽性かどうかで患者を層別化した大規模な第III相試験によって裏づけられました。とくに進行卵巣がんの初回維持療法(プラチナ系化学療法のあとに病気の進行を抑える治療)で、目覚ましい結果が示されています。

試験名・対象 薬剤 主な結果(無増悪生存期間ほか)
SOLO-1(卵巣・BRCA変異) オラパリブ 3年PFS 60%対27%(HR 0.30)。進行・死亡リスクを70%減。
PAOLA-1(卵巣・HRD陽性/非BRCA) オラパリブ+ベバシズマブ 28.1か月対16.6か月(HR 0.43)。BRCAなしのHRD陽性でも明確な恩恵。
PAOLA-1(卵巣・HRD陰性) オラパリブ+ベバシズマブ 16.9か月対16.0か月(HR 0.92)。延長はほぼ見られず。
PRIMA(卵巣・HRD陽性) ニラパリブ 21.9か月対10.4か月(HR 0.43)。
POLO(膵臓・生殖細胞系列BRCA変異) オラパリブ 7.4か月対3.8か月(HR 0.53)。進行・死亡リスクを47%減。

とくに重要なのがPAOLA-1試験です。BRCA変異を持たなくてもHRD陽性であれば明確な恩恵がある一方、HRD陰性ではほとんど延長が見られませんでした。[8] この結果に基づき、米国FDAはオラパリブとベバシズマブの併用を「HRD陽性」集団に限定して承認しています。前立腺がんではPROfound試験(オラパリブ)やTALAPRO-2試験(タラゾパリブ+エンザルタミド)、膵臓がんでは生殖細胞系列BRCA変異を対象としたPOLO試験で有効性が示され、オラパリブが初回維持療法として承認されました。[9]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【BRCA検査は「治療を選ぶための検査」にもなった】

私はがん薬物療法専門医として、長くがんの薬物治療に携わってきました。BRCA検査はかつて「ご家族のリスクを知るための検査」「予防のための検査」という位置づけが中心でした。もちろんそれも大切ですが、PARP阻害薬が登場して以降、BRCA検査・HRD検査は「どの薬が効くかを決めるための検査」というもう一つの大きな意味を持つようになりました。

卵巣がん・乳がん・前立腺がん・膵臓がんの患者さんにとって、HRDが陽性かどうかは、単なる遺伝情報ではなく生存期間に直結する治療選択の鍵になります。だからこそ、検査の意味をご本人が正しく理解されることが大切ですし、それを支えるのが臨床遺伝専門医の役割だと考えています。がんの治療と遺伝の両方の言葉で説明できる立場でありたい――それが私の診療の原点です。

8. 薬剤耐性:腫瘍はどうやってPARP阻害薬から逃れるか

PARP阻害薬は最初こそよく効きますが、多くの場合、時間とともに薬剤耐性が現れます。腫瘍は進化の過程で、失っていた相同組換え修復機能を取り戻そうとするのです。代表的なメカニズムが復帰突然変異(reversion mutation)です。[10]

💡 用語解説:復帰突然変異(ふっきとつぜんへんい)

もともとBRCA遺伝子に変異があってタンパク質が作れなかった細胞で、近くに二次的な変異が新たに生じ、結果としてDNAの「読み枠」が回復してしまう現象です。完全に元どおりではありませんが、部分的に機能するBRCAタンパク質が再び作られ、相同組換え修復が復活します。すると合成致死性が成り立たなくなり、PARP阻害薬が効かなくなります。詳しくはミスセンス変異の解説もご覧ください。

復帰変異はBRCA1/2だけでなく、RAD51C・RAD51D・PALB2でも起こり、一人の患者さんの体内で複数の異なる復帰変異が同時に生じることも観察されています。[11] このような複雑な耐性の進化を、血液から非侵襲的に追えるのがリキッドバイオプシー(循環腫瘍DNA:ctDNA解析)です。採血だけで耐性の兆候をリアルタイムにモニタリングできる強力な手段として期待されています。

復帰変異以外にも、HRを抑えていた53BP1などの因子が失われることでHR機能が部分的に戻る経路や、末端切除を担う酵素の増幅などが知られています。これらの耐性に共通する結末は「HR機能の回復」であり、それを示す目印がRAD51フォーカスの再出現です。こうした耐性を乗り越えるため、MMEJの中核酵素であるPolθを標的とした阻害薬とPARP阻害薬を組み合わせる戦略などが、現在さかんに研究されています。

9. 遺伝学的診断・遺伝カウンセリングとの接続

HRDを語るうえで欠かせないのが、変異が「生まれつき(生殖細胞系列)」のものか、「がん細胞で後天的に生じた(体細胞)」ものかという区別です。米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、上皮性卵巣がんと診断されたすべての女性に対し、家族歴の有無にかかわらずBRCA1/2などの生殖細胞系列の遺伝子検査を提供することを強く推奨し、陰性の場合は腫瘍の体細胞検査を行うべきとしています。[12]

💡 用語解説:生殖細胞系列変異と体細胞変異

生殖細胞系列変異は、生まれつき全身の細胞が持つ変異で、親から受け継ぎ、子へ伝わる可能性があります。HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)の原因で、血液検査で調べます。一方体細胞変異は、がん細胞でのみ後天的に生じた変異で、健康な細胞にはなく、腫瘍組織を調べないと検出できません。PARP阻害薬への効果はどちらでも期待できますが、ご家族への意味合いは大きく異なるため、検査前後の遺伝カウンセリングが重要です。

生殖細胞系列のBRCA変異が見つかった場合、それはご本人の治療選択だけでなく、血縁者の発症前検査(カスケード検査)へとつながります。誰に、いつ、どう伝えるか――この繊細なプロセスを支えるのが遺伝カウンセリングです。当院では、HBOCを含む遺伝性腫瘍症候群の遺伝学的検査を多遺伝子パネル形式で実施し、BRCA1/2に加えATM・PALB2・RAD51C/D・BRIP1など複数のHR関連遺伝子を一度に解析しています。治療に直結する変異を重視する場合はアクショナブル遺伝子パネルも選択肢になります。なおHRDの検査は妊婦さんの出生前検査(NIPT)とは無関係で、主に成人のがん患者さんの血液または腫瘍組織を対象に行われます。

10. よくある誤解

誤解①「HRD=BRCA変異のことだ」

BRCA1/2変異は代表的な原因ですが、HRDの一部にすぎません。ATM・PALB2・RAD51C/Dなどの変異や、BRCA1のメチル化でもHRDは起こります(BRCAness)。だからこそ、変異だけでなく「ゲノムの傷あと」も評価します。

誤解②「PARP阻害薬は誰にでも効く」

最も大きな恩恵が得られるのはHRD陽性のがんです。HRDがない(HR正常な)腫瘍では、PARP阻害薬の上乗せ効果はほとんど示されていません。だからこそコンパニオン診断による患者選択が重要になります。

誤解③「HRD陰性なら絶対に効かない」

現在の検査は陰性的中率(NPV)が十分でないため、HRD陰性と判定された方の中にも恩恵を受ける人が含まれる可能性を排除できません。「陰性=完全に無効」と断定はできないのが現状です。

誤解④「一度HRDなら一生HRDのまま」

腫瘍は進化します。復帰変異や53BP1喪失でHR機能が回復し、HRDが「解消」して耐性になることがあります。検査が示すのは過去の傷あとであり、現在の状態は変化し得ます。

臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「ゲノムの傷あと」を読み解く時代に、ご家族とともに】

HRDという概念は、がん治療における精密医療のもっとも美しい成功例の一つだと思います。DNA修復の破綻という「弱点」を、合成致死性という巧妙なしくみで治療の標的に変える――この発想が、難治だった卵巣がんや膵臓がんの治療を確かに変えてきました。私はがんの薬物治療と遺伝の両方に携わってきた立場として、その変化を現場で実感しています。

同時に、HRD検査は「ご本人の治療」だけでなく「ご家族の未来」にも関わるテーマです。生殖細胞系列のBRCA変異が見つかれば、お子さんやごきょうだいの発症前検査や予防の話につながります。だからこそ、検査を受けるかどうかを含め、ご自身とご家族の価値観に沿って、臨床遺伝専門医とともにゆっくり話し合っていただきたいと願っています。この記事が、その第一歩の手がかりになれば幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. HRDとBRCA変異は同じ意味ですか?

いいえ。BRCA1/2変異はHRDの最も代表的な原因ですが、HRDの一部にすぎません。ATM・PALB2・RAD51C・RAD51Dなど他のHR関連遺伝子の変異や、BRCA1プロモーターのメチル化(エピジェネティックな変化)でもHRDは起こります。BRCA変異がなくてもHRDになり得る状態を「BRCAness」と呼びます。

Q2. HRD検査はどこで、どんな検体で受けるのですか?

HRD検査(myChoice CDxやFoundationOne CDxなど)は、主にがんの腫瘍組織を用いて、保険診療の枠組みのなかでがん治療を行う医療機関で実施されます。生殖細胞系列のBRCA変異は血液検査で調べます。当院は臨床遺伝専門医が遺伝性腫瘍の遺伝学的検査と遺伝カウンセリングを担当する立場で、検査の意義の説明やご家族の検査についてご相談に応じています。

Q3. HRDが陽性だとどんな治療が受けられますか?

HRD陽性のがんでは、PARP阻害薬(オラパリブ・ニラパリブ・ルカパリブ・タラゾパリブなど)やプラチナ系抗がん剤の効果が期待できます。とくに卵巣がんでは、初回化学療法後の維持療法としてPARP阻害薬を使うと最も大きな恩恵が得られることが複数の試験で示されています。実際の治療選択はがん種・病期・遺伝子の種類により異なり、主治医とご相談のうえ決定されます。

Q4. HRD陰性ならPARP阻害薬はまったく効かないのですか?

最も大きな恩恵が得られるのはHRD陽性の方ですが、現在の検査は陰性的中率が十分でないため、「HRD陰性=完全に無効」とは言い切れません。HRD陰性と判定された方の一部にも恩恵を受ける可能性があり、より正確に現在のHR機能を評価する新しいバイオマーカー(RAD51フォーカスなど)の開発が進められています。

Q5. HRDの原因変異は家族にも遺伝しますか?

それは変異が「生殖細胞系列」か「体細胞」かによります。生殖細胞系列のBRCA変異などは生まれつき全身の細胞が持ち、血縁者に受け継がれる可能性があります(HBOC)。この場合、ご家族の発症前検査(カスケード検査)が選択肢になります。一方、がん細胞だけに生じた体細胞変異はご家族には遺伝しません。どちらかの判別と、その意味の説明には遺伝カウンセリングが役立ちます。

Q6. 「合成致死性」とは結局どういう意味ですか?

2つの遺伝子(や経路)のうち、片方だけが壊れても細胞は生きられるのに、両方が同時に壊れると細胞が死ぬ、という関係です。HRDがんはすでに相同組換え修復が壊れているので、PARP阻害薬でもう一方の修復もふさぐと、がん細胞だけが修復不能になって死にます。正常細胞は相同組換え修復が生きているため助かります。詳しくは合成致死性の解説ページをご覧ください。

Q7. PARP阻害薬の耐性はなぜ起こるのですか?

最も多いのは「復帰突然変異」です。壊れていたBRCA遺伝子に二次的な変異が生じてDNAの読み枠が回復し、相同組換え修復が部分的に戻ることで、合成致死性が成立しなくなります。ほかにも53BP1の喪失などでHR機能が回復する場合があります。こうした耐性は、採血で行うリキッドバイオプシー(ctDNA解析)で経時的に追える可能性があります。

Q8. どのがんでHRDが多いのですか?

最も多いのはトリプルネガティブ乳がん(50〜70%)で、次いで高異型度漿液性卵巣がん(約50%)です。子宮内膜がん(HRR変異全体で約35.5%)、前立腺がん(転移性去勢抵抗性で15〜17.8%)、膵臓がん(約15%)でも一定の割合で見られ、いずれもPARP阻害薬の標的となり得ます。

🏥 遺伝性腫瘍・HRDのご相談

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)を含む遺伝性腫瘍、
BRCA1/2や関連遺伝子の検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Homologous Recombination Deficiency: Concepts, Definitions, and Genomic Instability Scores. PMC. [PMC8914493]
  • [2] Synthetic Lethality of PARP Inhibition in Cancers Lacking BRCA1 and BRCA2 Mutations. PMC. [PMC3117132]
  • [3] Homologous Recombination Deficiency in Ovarian and Breast Cancers: Biomarkers, Diagnosis and Treatment. Current Oncology (MDPI). [MDPI]
  • [4] Homologous Recombination Deficiency in Pancreatic Cancer: A Systematic Review and Prevalence Meta-Analysis. PMC. [PMC8331063]
  • [5] The Role of Homologous Recombination Deficiency Testing in Ovarian Cancer and Its Clinical Implications. PMC. [PMC8141874]
  • [6] Unraveling Homologous Recombination Deficiency in Ovarian Cancer: A Review of Currently Available Testing Platforms. PMC. [PMC12153926]
  • [7] HRDetect Is a Predictor of BRCA1 and BRCA2 Deficiency Based on Mutational Signatures. PubMed. [PubMed 28288110]
  • [8] Olaparib and Bevacizumab in Front-Line Maintenance of Ovarian Cancer (PAOLA-1). PMC. [PMC7593230]
  • [9] FDA Approves Olaparib for Frontline Maintenance in Pancreatic Cancer (POLO). OncLive. [OncLive]
  • [10] Reversion and Non-Reversion Mechanisms of Resistance to PARP Inhibitor or Platinum Chemotherapy in BRCA1/2-Mutant Metastatic Breast Cancer. PMC. [PMC7946408]
  • [11] Reversion Mutations With Clinical Use of PARP Inhibitors: Many Genes, Many Versions. Cancer Discovery (AACR). [AACR]
  • [12] Germline and Somatic Tumor Testing in Epithelial Ovarian Cancer: ASCO Guideline. Journal of Clinical Oncology. [ASCO JCO]
  • [13] ESMO Recommendations on Predictive Biomarker Testing for Homologous Recombination Deficiency and PARP Inhibitor Benefit in Ovarian Cancer. PubMed. [PubMed 33004253]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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