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DNA損傷応答(DDR)とは?ゲノムを守る修復の仕組みから最新がん治療まで

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの細胞のDNAは、毎日休みなく傷ついています。その傷を細胞が自分で「見つけて・直して・直せなければ自ら退場する」という一連の監視システムが「DNA損傷応答(DDR)」です。この仕組みが弱るとがんが発生しやすくなる一方、がん細胞が抱えるDDRの弱点を逆手に取った治療が、いま大きく進歩しています。本記事では、6つのDNA修復経路の基本から、BRCA・リンチ症候群といった遺伝性腫瘍との関係、そしてPARP阻害薬に代表される最新がん治療までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 DNA修復・DDR・がん治療
臨床遺伝専門医監修

Q. DNA損傷応答(DDR)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DDRとは、傷ついたDNAを細胞が「検知し・修復し・直しきれなければ自滅させる」一連の監視システムです。損傷の種類に応じて6つの修復経路を使い分け、ATM・ATRという司令塔が全体を制御します。この仕組みが生まれつき弱いと遺伝性のがんになりやすくなり、逆にがん細胞のDDRの弱点を突いたのがPARP阻害薬などの合成致死治療です。

  • 損傷は毎日大量に発生 → 1個の細胞で1日あたり約1万〜10万個ものDNAの傷が生じる
  • 6つの修復経路 → BER・NER・MMR・相同組換え・非相同末端結合・MMEJを損傷の種類で使い分ける
  • 司令塔ATM・ATR → 損傷を検知し、修復・細胞周期の停止・細胞死へと号令を出す
  • 破綻すると遺伝性腫瘍に → BRCA関連がん・リンチ症候群・リ・フラウメニ症候群などの背景にDDRの異常がある
  • 最新がん治療への応用 → 合成致死を利用したPARP阻害薬、Polθ阻害薬、免疫療法との融合が進む

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1. DNA損傷応答(DDR)とは:ゲノムを守る監視システム

DNAは「生命の設計図」と呼ばれる、極めて大切で安定していなければならない分子です。ところが現実には、DNAは絶えず傷つけられています。細胞が呼吸(代謝)をする過程で生まれる活性酸素(ROS)、太陽の紫外線、放射線や化学物質、そして細胞分裂のたびに起こるコピーミスなど、ゲノムを脅かす要因はとても多いのです。定量的な推計では、ヒトの細胞1個あたり、1日に約1万〜10万個ものDNAの傷(病変)が発生しているとされています[1]。

これらの傷をきちんと片づけないと、傷ついたDNAを下敷きにして複製が進み、突然変異が固定され、がんへの道が開かれてしまいます。そこで真核細胞は、傷に対応するための高度に組織化されたしくみを進化させてきました。それが「DNA損傷応答(DNA Damage Response:DDR)」です。DDRは単なる修復酵素の寄せ集めではなく、①損傷の検知(センサー)、②シグナルの伝達・増幅(トランスデューサー)、③実際の修復や細胞の運命決定(エフェクター)という3つの段階からなる、ダイナミックな情報処理ネットワークなのです[1]。

💡 用語解説:DNA損傷応答(DDR)

DNA損傷応答(DDR)とは、DNAについた傷を細胞が見張り、適切に直し、直しきれない場合には細胞の増殖を止めたり自滅させたりする一連の安全装置のことです。火災にたとえると、「煙を検知する火災報知器(センサー)」「館内放送で全員に知らせる仕組み(トランスデューサー)」「実際に消火・避難する消防隊(エフェクター)」がワンセットになったシステムだとイメージすると分かりやすいです。この監視がうまく働くことで、私たちは毎日浴びる無数のDNAの傷からがんを防いでいます。

DDRは基礎研究のテーマであると同時に、遺伝診療の現場ときわめて深く結びついています。後ほど詳しく述べるように、DDRを担う遺伝子に生まれつきの変化(生殖細胞系列変異)があると、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)やリンチ症候群、リ・フラウメニ症候群といった遺伝性のがんを発症しやすくなります。つまりDDRは、遺伝子診断・遺伝形式の理解・遺伝カウンセリングのすべてに関わる「土台の概念」なのです。なお、損傷の種類や修復のされ方にはミスセンス変異点突然変異など複数の用語が関わるため、あわせて読むと理解が深まります。

DNA損傷応答(DDR)の3段階 損傷の検知から細胞の運命決定まで、一方向に進むシグナル ① DNA損傷の発生 二本鎖切断・紫外線・酸化・複製エラー など ② センサー(損傷を見つける) MRN複合体(二本鎖切断)・RPA(一本鎖DNA) ③ トランスデューサー(信号を伝える) ATM(二本鎖切断)・ATR(複製ストレス)キナーゼ ④ エフェクター(実際に対応する) DNA修復 傷を直す 細胞周期停止 直す時間を稼ぐ アポトーシス 自ら退場する 細胞老化 分裂を止める 損傷が大きすぎて直せないとき、細胞は増殖を止め、最終的に自滅または老化を選んでがん化を防ぐ

2. 6つのDNA修復経路:損傷の種類で使い分ける

DDRのしくみを理解する鍵は、「損傷の化学的な性質・物理的な形・細胞周期のタイミング」によって、細胞が少なくとも6つの修復経路を使い分けているという点です[12]。傷の種類ごとに「最適な修理工」が出動する、と考えると分かりやすいでしょう。以下の表は、損傷の種類と対応する修復経路、主な担当タンパク質、そして関連する病気をまとめたものです。

損傷の種類 修復経路 主な担当・特徴
酸化・アルキル化など小さな塩基の傷 塩基除去修復(BER) 傷んだ塩基1個だけを切って入れ替える高精度修復。DNAグリコシラーゼ・PARP1などが活躍。
紫外線などによる「かさ高い」傷 ヌクレオチド除去修復(NER) 傷の周りごと数十塩基をまとめて切り出す。欠損で色素性乾皮症
複製時の塩基の取り違え ミスマッチ修復(MMR) 新しくできた鎖の誤りだけを選んで直す。欠損でリンチ症候群
二本鎖切断(S期・G2期) 相同組換え(HR) 姉妹染色分体を手本にした高精度な修復BRCA1BRCA2・RAD51。
二本鎖切断(全周期・主にG1期) 非相同末端結合(NHEJ) 手本を使わず切れ端を直接つなぐため誤りが入りやすい。Ku70/80・DNA-PKcs。
他の修復が働かないときの代替 微小相同性媒介末端結合(MMEJ) 短い相同配列を使う予備経路。大きな欠失を伴う高エラー。Polθ・PARP1[6]。

💡 用語解説:二本鎖切断(DSB)と相同組換え(HR)

二本鎖切断(DSB)は、DNAのはしご構造が両側ともプツンと切れる、最も危険な傷です。放射線や活性酸素、抗がん剤などで生じます。

相同組換え(HR)は、このDSBを直すときに、同じ配列を持つ「姉妹染色分体」を手本(鋳型)にして、間違いなく元通りにコピーし直す方法です。手本があるぶん正確ですが、手本がそろうS期・G2期にしか使えません。BRCA1・BRCA2はこのHRの司令役で、壊れると乳がん・卵巣がんのリスクが大きく上がります

なお、この6経路に加えて、ヒトには傷をその場で化学的に元に戻す直接修復(MGMTなど)や、傷を乗り越えて複製を続ける損傷乗り越え複製(TLS)といった補助的なしくみも備わっています。たとえばTLSで働くポリメラーゼηが欠けると、紫外線に弱い色素性乾皮症のバリアント型になります。修復はこれら複数の経路が互いに補い合う「多重の防壁」として成り立っているのです[12]。

3. ATMとATR:損傷を見張る2人の司令塔

DDRシグナルのいちばん上流で「マスタースイッチ」として働くのが、ATMとATRという2つのキナーゼ(リン酸化酵素)です[2]。どちらも損傷を察知すると、下流のたくさんのタンパク質をリン酸化して「号令」をかけますが、得意とする損傷が違います。

ATMは主に二本鎖切断(DSB)に反応します。ガンマ線などでDSBが生じると、ATMはわずか数分以内に活性化し、損傷部位のクロマチンに集まります。このときMRE11・RAD50・NBS1からなる「MRN複合体」が切断端を見つけてATMを呼び寄せる足場になります。活性化したATMはヒストンのH2AXをリン酸化して目印(γ-H2AXフォーカス)をつくり、修復因子を集めるとともに、約15分以内に「ゲノムの守護神」p53を活性化させます[2]。

一方ATRは、紫外線による損傷や、複製のフォーク(コピーの進行点)が止まる「複製ストレス」に伴って生じる、広い範囲の一本鎖DNAに反応します。むき出しになった一本鎖DNAはRPAというタンパク質で守られ、ATRはこのRPA-一本鎖DNAを見つけて、下流のCHK1キナーゼを介して細胞周期のチェックポイントを強力に作動させます[2]。興味深いことに、細胞は「シグナルがどれだけ長く続くか」で傷の深刻さを見分けており、長く続いたときにだけ致死的な運命(自滅)が選ばれるしくみになっています。

💡 用語解説:細胞周期チェックポイント

細胞が分裂するときの「品質検査の関所」のことです。傷ついたDNAを抱えたまま次の段階へ進まないよう、ATM・ATRからの号令でいったん細胞分裂をストップさせ、その間に修復します。検査に合格できないほど傷が重いと、関所は細胞を通さず、自滅(アポトーシス)や老化へと振り分けます。この関所が壊れていると、傷を抱えた細胞がそのまま増えてしまい、がんの温床になります。

このATMの重要性は、ATM遺伝子に生まれつきの変異があると起こる毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-Telangiectasia)からもよく分かります。この病気では、小脳失調・免疫不全に加えて、放射線への異常な過敏性と、白血病・リンパ腫の高い発症率がみられます。DDRが個体の発育・免疫・がん抑制のすべてに不可欠であることを、如実に物語っています。

4. 細胞の運命:アポトーシスと細胞老化という岐路

DNAの傷が修復能力の限界を超えたとき、細胞は「がん化」という最悪の結末を避けるため、自己犠牲的な道を選びます。この「生きるか死ぬか」の判断の中心にいるのが、がん抑制タンパク質p53です[4]。軽いストレスならp53は細胞周期を一時停止させて修復の時間を稼ぎますが、強く持続的な損傷シグナルが入ると、p53は細胞を「アポトーシス(自滅)」か「細胞老化(セネッセンス)」のどちらかの後戻りできない道へと進ませます[4]。

アポトーシスでは、強く活性化したp53がPUMANoxaといったタンパク質をつくらせ、これがBcl-2やBcl-X(L)のブレーキを外して、BaxとBakによるミトコンドリア外膜の透過性亢進を引き起こします。その結果シトクロムcが放出され、カスパーゼ-9、続いてカスパーゼ-3が連鎖的に活性化し、アポトーシスが実行されます。細胞は静かに、周囲に炎症を起こさずに片づけられます。

💡 用語解説:細胞老化(セネッセンス)とSASP

細胞老化(セネッセンス)とは、細胞が分裂を完全に止めて「眠った」状態になることです。p53/p21経路で老化が始まり、p16/Rb経路で後戻りできないように固定されます。死ぬわけではないのに増えられないため、がん化のブレーキとして働きます。

老化細胞はただ眠るだけでなく、IL-6・IL-8などの炎症性物質を周囲にまき散らすSASPという性質を獲得します。短期的には免疫を呼び寄せて前がん細胞を片づける良い面がある一方、長く続くと慢性炎症を通じてかえって発がんを後押しすることもある、二面性をもつ現象です。

この細胞老化は、かつては均一で静的な状態と考えられていましたが、いまではDNAメチル化やヒストン修飾といったエピジェネティックな変化を伴う、動的で多段階のプロセスとして理解されています[5][11]。なお、自らの意思で秩序立てて死ぬアポトーシスと、外傷などで破裂して炎症を起こすネクローシスはまったく別物です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「ゲノムの守護神」が壊れるということ】

がん薬物療法を専門にしてきた立場から振り返ると、p53という1つのタンパク質の重みは計り知れません。ヒトのがんで最も高い頻度で変異が見つかるのがこのp53であり、「ゲノムの守護神」が機能を失うと、傷ついた細胞が退場せずに増え続けてしまいます。遺伝性にp53が壊れているのがリ・フラウメニ症候群で、幼少期から多種多様ながんを発症します。

遺伝性腫瘍のカウンセリングでは、こうした分子のしくみを「不安をあおる材料」ではなく「先回りして備えるための地図」としてお伝えするよう心がけています。DDRの言葉を一緒に読み解くことが、ご本人とご家族が落ち着いて選択していくための一歩になると感じています。

5. DDRの破綻と遺伝性疾患:先天的な修復の弱さ

DDRを担う遺伝子に生まれつきの変異(生殖細胞系列変異)があると、その人は修復能力の先天的な弱さを抱えることになり、さまざまな症候群や高い発がんリスクを示します。これは遺伝診療がもっとも深く関わる領域です。代表的なものを整理します。

  • 遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC):HR修復の要であるBRCA1/2の変異。乳がん・卵巣がんのリスクが大きく上昇します。
  • リンチ症候群MMR遺伝子(MLH1・MSH2など)のヘテロ変異。大腸がん・子宮内膜がんの強い素因です。
  • リ・フラウメニ症候群TP53変異。幼少期から多種多様な悪性腫瘍を多発します。
  • ファンコニ貧血BRCA1/2を含む20以上のFA経路遺伝子の変異。鎖間架橋の修復に必須で、若年がんや骨髄不全を起こします。
  • 色素性乾皮症NER遺伝子の変異。紫外線に極端に弱く、若年から皮膚がんを多発します。

これらの遺伝子の多くは、米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)が「検査でたまたま見つかった場合に本人へ伝えるべき」とする二次的所見の遺伝子リストにも含まれており、適切に把握すれば早期発見・予防につなげられる「行動できる情報」でもあります。リンチ症候群のようなMMR欠損のがんは、ゲノム全体に変異が大量に蓄積する「ハイパーミューテーター」の性質を示し、これが後述する免疫療法への高い感受性にもつながります。

6. DDRと自然免疫:cGAS-STING経路という意外なつながり

DDR研究の近年もっとも画期的な発見の一つが、DNA修復のしくみと体の「自然免疫」が密接に連動しているという解明です[3]。DDRがうまく働かなかったり、過剰な複製ストレスがかかったりすると、処理しきれなかったDNAの断片が細胞の核の外(細胞質)へ漏れ出します。

本来そこにあるはずのない二本鎖DNAは、細胞にとって「ウイルスが侵入した」のと同じ危険信号です。これを見つけるセンサーがcGASで、cGASはcGAMPという物質をつくり、これがSTINGを活性化します。するとI型インターフェロンが産生され、抗腫瘍免疫が強く立ち上がります[3]。詳しくはcGAS-STING経路の解説もご覧ください。

この発見が臨床的に重要なのは、DDRが壊れたがんほど変異が多く、多数の「がん特異的な目印(ネオ抗原)」をつくるためです。ネオ抗原の提示と自然免疫の活性化が相乗的に働くことで、DDR異常をもつがんは免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体など)に非常によく反応することが臨床でも確かめられており、がん免疫療法の新しい考え方になっています[3]。リンチ症候群関連がん(MSI-Highのがん)で免疫療法が効きやすいのは、まさにこの理屈です。

7. 合成致死とがん治療:弱点を逆手に取る戦略

正常細胞では複数の修復経路が並行して働くので、ひとつの経路が一時的に止まっても別の経路がカバーします。ところががん細胞は、発がんの過程でBRCA1/2などの修復遺伝子を失っていることが多く、「修復のかたより(アキレス腱)」を抱えています。この弱点を逆手に取り、残された予備の経路を薬で塞ぐことで、正常細胞には影響を与えずがん細胞だけを死に追い込む——これが「合成致死性(Synthetic Lethality)」という考え方です[7]。

合成致死:がん細胞だけを狙い撃ちする原理 正常細胞 PARP(一本鎖切断の修復) → 薬で阻害 相同組換え(HR・予備の修復) → 正常に働く ○ 生存 ✓ 予備の修復があるので生き残る BRCA変異がん細胞 PARP(一本鎖切断の修復) → 薬で阻害 相同組換え(HR・予備の修復) → もともと欠損 ✕ 細胞死 ✕ 修復手段を失い死滅する

この考え方を臨床で初めて実現し、大成功を収めたのがPARP阻害薬です。BRCA変異細胞はHR修復を失っているため、PARPを阻害して一本鎖切断の修復も止めると、未修復の傷が複製のときに致死的な二本鎖切断へと変わり、がん細胞は死滅します[7]。ただし治療を受けた患者さんの一部は最終的に薬剤耐性を獲得することが知られ、BRCAの二次変異による機能回復(復帰突然変異)や、修復経路の再配線がその原因とされています[8]。

この耐性を乗り越えるため、DDRの別のノードを狙う次世代の薬が次々に臨床へ入っています[7]。エラーの多い予備経路MMEJの要であるPolθ(DNAポリメラーゼθ)を狙う阻害薬では、gBRCA変異のHER2陰性乳がんを対象に、Polθ阻害薬とオラパリブの併用を評価する第2相試験が動き始めています[6][9]。さらに2026年には、既存の標的遺伝子の変異に頼らず、修復タンパク質RAD51・CHK1をタンパク質分解で不安定化させる新しい作用の分子「UNI418」が報告され、PARP阻害薬に耐性となった腫瘍の感受性を取り戻せる可能性が示されました[10]。

💡 用語解説:合成致死性(Synthetic Lethality)

2つの遺伝子・経路のうち、片方だけが壊れても細胞は生きられるのに、両方が同時に壊れると死んでしまう関係のことです。がん細胞はすでに片方(例:HR修復)を失っているので、もう片方(例:PARP)を薬で止めれば、がん細胞だけが「両方ダメ」になって死にます。一方、両方とも生きている正常細胞は影響を受けにくい——だからこそ副作用を抑えつつがんを叩ける、画期的な発想なのです。

8. 遺伝子診断・遺伝カウンセリングとの接続

ここまで見てきたDDRの異常は、抽象的な基礎科学ではなく、実際の遺伝子検査でそのまま「調べられる対象」です。たとえば当院の包括的がん遺伝子パネル検査では、遺伝性がん症候群に関係する154遺伝子をまとめて調べますが、その中には本記事に登場したDDR遺伝子の多く——HR修復のBRCA1/2・PALB2・RAD51C/D、MMRのMLH1・MSH2、NERのERCC群・XPA・XPC、FA経路のFANCA群、BERのMUTYH、そしてATM・ATR・TP53など——が網羅的に含まれています。

なお、これらは主に成人の「生まれ持った体質(生殖細胞系列)」を調べる出生後の検査です。腫瘍そのものの組織を解析して治療薬を選ぶ「がんゲノムプロファイリング」とは目的が異なります。HBOCを疑う場合はBRCA1/2を含む遺伝性乳がんパネル、色素性乾皮症を疑う場合はNER遺伝子を絞った専用NGSパネル、ファンコニ貧血ならFA遺伝子パネルというように、疑う病態に応じた検査設計が選べます。

ただし、遺伝子検査は「受ければ安心」という単純なものではありません。結果には病的意義がはっきりしない変化(VUS)も含まれますし、結果はご本人だけでなく血縁者にも関わります。だからこそ、検査の前後で遺伝カウンセリングを受け、臨床遺伝専門医とともに「何を知りたいのか」「結果をどう活かすのか」を整理することが大切です。医師はあくまで中立的な情報提供者であり、検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかは、ご本人とご家族が決めることだと私たちは考えています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【基礎の言葉が、診察室の選択を変える】

「DNA損傷応答」と聞くと、患者さんには遠い専門用語に感じられるかもしれません。けれど私が遺伝性腫瘍のカウンセリングで日々お話ししている内容は、まさにこのDDRの言葉そのものです。BRCAが壊れるとはHR修復が使えなくなること、PARP阻害薬が効くのはその弱点を突くから——基礎のしくみを少し知っているだけで、治療や予防の選択がぐっと自分ごとになります。

がん薬物療法を専門としてきた立場から見ると、ここ十数年で「臓器でがんを分類する」時代から「分子のしくみでがんに向き合う」時代へと大きく変わりました。DDRはその転換のど真ん中にある概念です。この記事が、いま世界で起きている変化を知り、ご自身やご家族のことを落ち着いて考える手がかりになればうれしく思います。

9. よくある誤解

誤解①「DNAの傷はめったに起きない」

実際には1個の細胞で1日に約1万〜10万個もの傷が生じています。私たちが健康でいられるのは、DDRがそのほとんどを静かに直し続けてくれているからです。

誤解②「修復経路は1つだけ」

傷の種類によって少なくとも6つの経路を使い分け、さらに直接修復や損傷乗り越え複製も備わっています。複数の防壁が互いを補い合うことで、ゲノムは守られています。

誤解③「修復が弱い=必ず発病する」

DDR遺伝子に変異があっても、必ず発病するわけではありません。浸透率には幅があり、サーベイランスや予防で大きくリスクを下げられる場合もあります。検査結果は専門医と一緒に読み解くことが大切です。

誤解④「修復が弱いのは悪いことだけ」

治療の面では逆転します。DDRが弱いがんはPARP阻害薬や免疫療法が効きやすいという弱点になり、合成致死を利用した治療の標的になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. DNA損傷応答(DDR)は、ひとことで言うと何ですか?

傷ついたDNAを細胞が「見つけて・直して・直しきれなければ自滅させる」ための安全装置の総称です。損傷の検知(センサー)、信号の伝達(トランスデューサー)、実際の修復や細胞死の決定(エフェクター)という3段階で働きます。この仕組みが正しく動くことで、毎日大量に生じるDNAの傷からがんを防いでいます。

Q2. DDRが壊れると、なぜがんになりやすいのですか?

傷を直しきれないと突然変異が蓄積し、増殖や細胞死を制御する遺伝子に異常が起きやすくなるためです。さらに、傷を抱えた細胞を止める「チェックポイント」や、退場させる「アポトーシス」も働きにくくなると、異常な細胞がそのまま増えてしまいます。BRCA・リンチ症候群・リ・フラウメニ症候群などの遺伝性がんは、このDDRの先天的な弱さが背景にあります。

Q3. PARP阻害薬はどうしてがん細胞だけに効くのですか?

「合成致死性」という原理を使っているからです。BRCA変異のあるがん細胞はすでに相同組換え(HR)という修復を失っています。そこへPARP阻害薬で別の修復も止めると、がん細胞は修復手段を完全に失って死滅します。一方、HRが正常な正常細胞は予備の修復が働くため影響を受けにくく、副作用を抑えつつがんを叩けるのです。

Q4. ATMとATRはどう違うのですか?

どちらも損傷を検知して号令をかける司令塔ですが、得意な損傷が違います。ATMは主に「二本鎖切断」に、ATRは紫外線損傷や複製ストレスで生じる「一本鎖DNA」に反応します。両者は独立して働きつつ補い合っており、ATMが生まれつき壊れていると毛細血管拡張性運動失調症という、放射線過敏やがんの多発を伴う病気になります。

Q5. DDR関連の遺伝子は、どんな検査で調べられますか?

主に成人の「生まれ持った体質」を調べる出生後の遺伝子検査で確認できます。当院の包括的がん遺伝子パネル検査(154遺伝子)には、BRCA1/2・MMR遺伝子群・NER遺伝子群・ATM・TP53など多くのDDR遺伝子が含まれます。疑う病態に応じて、HBOCパネルや色素性乾皮症NGSパネルなど、対象を絞った検査を選ぶこともできます。検査の前後では遺伝カウンセリングをおすすめします。

Q6. DDRが弱いがんに免疫療法が効きやすいのはなぜですか?

DDRが弱いがんは変異が多く、たくさんの「がん特異的な目印(ネオ抗原)」をつくるため、免疫に見つかりやすくなります。さらに、漏れ出たDNA断片がcGAS-STING経路を通じて自然免疫を活性化します。この2つの効果が相乗的に働き、リンチ症候群関連がん(MSI-Highのがん)などでは免疫チェックポイント阻害薬がよく効くことが知られています。

Q7. 細胞老化(セネッセンス)は体に良いのですか、悪いのですか?

どちらの面もある「二面性」のある現象です。短期的には、老化細胞が分泌するSASPという物質が免疫を呼び寄せ、前がん細胞を片づける良い働きをします。しかし長期的には、慢性的な炎症を通じて、かえって発がんや組織の老化を後押しすることもあります。近年は老化細胞を選んで除く薬(セノリティクス)の研究も進んでいます。

Q8. PARP阻害薬が効かなくなった場合、次の手はありますか?

耐性を乗り越えるための次世代の薬が臨床試験段階で進んでいます。エラーの多い予備経路を担うPolθを狙う阻害薬や、複製ストレスを標的とするATR/CHK1阻害薬、さらに修復タンパク質そのものを不安定化させる新しい作用の分子などが研究されています。どの選択肢が適するかは個々の腫瘍の遺伝子背景によって異なるため、専門的な評価が必要です。

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参考文献

  • [1] DNA Damage Response. PMC(NIH). [PMC3003462]
  • [2] DNA Damage Sensing by the ATM and ATR Kinases. PMC(NIH). [PMC3753707]
  • [3] Function and Molecular Mechanism of the DNA Damage Response in Immunity and Cancer Immunotherapy. Frontiers in Immunology. 2021. [Frontiers]
  • [4] The role of the DNA damage response in apoptosis and cell senescence. PubMed. [PubMed 25134360]
  • [5] Role of p53 in the Regulation of Cellular Senescence. PMC(NIH). [PMC7175209]
  • [6] Microhomology-mediated end joining: Good, bad and ugly. PMC(NIH). [PMC6477918]
  • [7] Advancing cancer therapy: new frontiers in targeting DNA damage response. Frontiers in Pharmacology. 2024. [Frontiers]
  • [8] Overcoming resistance in DDR inhibition: new targets and therapeutic strategies (Editorial). PMC(NIH). [PMC12812393]
  • [9] Artios Announces First Patient Dosed in Randomized Phase 2 POLKA Study Evaluating DNA Polymerase Theta Inhibitor ART6043 in gBRCA-mutated HER2-Negative Breast Cancer. Artios Pharma(News Release). 2026. [Artios]
  • [10] Lee SG, et al. Targeting IP6 signaling to destabilize homologous recombination proteins to overcome PARP inhibitor resistance. Nature Communications. 2026. DOI:10.1038/s41467-026-71421-z. [EurekAlert / IBS]
  • [11] Cellular Senescence: Mechanisms and Therapeutic Potential. PMC(NIH). [PMC8698401]
  • [12] Exploring DNA Damage and Repair Mechanisms: A Review with Computational Insights. PMC(NIH). [PMC10801582]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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