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MMR(ミスマッチリペア)とは|DNA修復のしくみ・関連遺伝子・がん治療との関係を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

MMR(ミスマッチリペア、ミスマッチ修復)とは、DNAをコピー(複製)するときに生じる「塩基の書き間違い」を見つけて直す、細胞に備わった校正・修復システムです。この修復が働かなくなると、遺伝子の間違いがどんどん溜まり、リンチ症候群などの遺伝性のがんや、免疫療法がよく効くタイプのがんにつながります。本記事では、MMRの分子レベルのしくみ、MLH1・MSH2などの関連遺伝子、マイクロサテライト不安定性(MSI)や免疫チェックポイント阻害薬との関係まで、遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 MMR・DNA修復・遺伝性腫瘍
臨床遺伝専門医監修

Q. MMR(ミスマッチリペア)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. MMRとは、DNA複製の際に生じた塩基のペアの間違い(ミスマッチ)や、数塩基のずれ(挿入・欠失ループ)を見つけて直す、細胞のDNA修復システムです。MMRが働くことで、DNA複製の間違いはさらに約50〜1000分の1に減らされ[1]、遺伝情報が正確に子孫の細胞へ伝わります。MMRを担う遺伝子(MLH1・MSH2・MSH6・PMS2など)に生まれつきの変化があると、リンチ症候群という遺伝性のがんになりやすくなります。

  • MMRの正体 → DNAコピーの「校正係」。間違いを認識→切除→再合成→連結の4ステップで直す
  • 関連する遺伝子 → MLH1・MSH2・MSH6・PMS2、そしてEPCAMがリンチ症候群の主役
  • 壊れると何が起きる → マイクロサテライト不安定性(MSI-H/dMMR)が生じ、がんになりやすくなる
  • がん治療との関係 → MMR欠損がんは免疫チェックポイント阻害薬がよく効く
  • 遺伝医療とのつながり → 遺伝子検査・遺伝カウンセリングでリスク評価とサーベイランスにつなぐ

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1. MMR(ミスマッチリペア)とは?DNAの「校正係」の正体

わたしたちの体は、約37兆個ともいわれる細胞でできています。その一つひとつが分裂して増えるとき、細胞は約30億塩基対もある膨大なDNAを、毎回まるごとコピーしています。このコピーを担うのが「DNAポリメラーゼ」という酵素ですが、これほど巨大な情報をコピーすれば、どうしても書き間違い(塩基の取り違え)が起こります。この間違いをそのままにすると突然変異として固定され、がんをはじめとするさまざまな病気の引き金になります。

ここで活躍するのが二段構えの安全装置です。第一段階として、DNAポリメラーゼ自身が持つ「校正機能」が働き、間違って入れた塩基をその場で削って入れ直します。それでも取りこぼしは残りますが、そこにMMR(ミスマッチリペア)という第二の安全装置が働くことで、複製全体の正確さがさらに高まります。MMRを担うタンパク質群が働くと、複製の間違いはさらに約50〜1000分の1にまで減らされることが、精製タンパク質を使った実験から示されています[1]。つまりMMRは、遺伝情報を次の世代の細胞へ正確に伝えるための、最後の砦のような存在です。

💡 用語解説:ミスマッチ(塩基の誤対合)とは

DNAは、A(アデニン)とT(チミン)、G(グアニン)とC(シトシン)が必ずペアを組む「二重らせん」でできています。本来はA-T、G-Cのペアになるべきところで、A-Cのように「間違った相手」と組んでしまった状態をミスマッチ(誤対合)と呼びます。さらに、数塩基分がずれて余ったり足りなかったりする「挿入・欠失ループ(IDL)」も生じます。MMRはこの両方を見つけて直します。ミスマッチができるとDNAのらせんの形がわずかに歪むため、その歪みが修復のスタート合図になります。

MMRは、大腸菌のような細菌からヒトに至るまで、生き物に広く共通して備わった非常に古い仕組みです[2]。細菌とヒトでは、直すべき「新しくコピーされた鎖(新生鎖)」をどう見分けるかという合図の仕組みに違いがありますが、「間違いを認識し、その周辺を切り取って、正しく作り直す」という基本の流れは共通しています。この仕組みが、生命が長い進化の時間を通じてゲノムの安定を守り続けてきた土台になっています。なお、DNA修復にはMMR以外にも複数の経路があり、その全体像はDNA修復の全体像のページで解説しています。

2. ミスマッチリペアのしくみ:4つのステップで間違いを直す

MMRがどのように間違いを直すのか、大きく4つのステップに分けて見ていきましょう。それぞれの段階で、別々の役割を持つタンパク質が「バトンリレー」のように連携します。この流れを理解しておくと、後で説明する「どの遺伝子が壊れると、どのタンパク質が消えるのか」という話がすっと入ってきます。

ステップ1:間違いを見つける(MutS複合体)

最初に間違いを探して結合するのが、MutS(ミューティーエス)と呼ばれるタンパク質の複合体です。ヒトでは、MSH2というタンパク質が相棒とペア(ヘテロ二量体)を組んで働きます。相棒がMSH6のときは「MutSα(アルファ)」となり、主に1塩基の単純なミスマッチや、1〜2塩基の小さなずれを認識します。相棒がMSH3のときは「MutSβ(ベータ)」となり、より大きなずれ(挿入・欠失ループ)を担当します[3]。MutSは間違いを見つけると、ATP(細胞のエネルギー通貨)と結びついて形を変え、DNAの上をスライドできる「留め金(クランプ)」のような状態になります。

ステップ2:切れ込みを入れる(MutL複合体とPMS2)

間違いを見つけたMutSは、次にMutL(ミューエル)という第二の複合体を呼び寄せます。ヒトで中心的な働きをするのが、MLH1とPMS2がペアを組んだ「MutLα」です。このMutLαは、ふだんは眠っている「はさみ(エンドヌクレアーゼ)」の機能を持っています。複製の目印であるPCNA(増殖細胞核抗原)やRFC(複製因子C)といった因子と協調し、ATPの助けを借りることで、この眠っていたはさみの機能が目覚めます[4][5]。目覚めたMutLαは、間違いを含む「新しい鎖」の側に切れ込み(ニック)を入れ、修復のスタート地点をつくります。このPMS2のはさみの機能は、MMRが働くために必須であることが、動物実験でも確かめられています[6]

💡 用語解説:ヘテロ二量体(ヘテロダイマー)とは

2種類の異なるタンパク質が2個1組でくっつき、はじめて機能を発揮する「ペア構造」のことです。MMRでは、MSH2+MSH6、MLH1+PMS2のように、必ず決まった相手と組んで働きます。ここが重要で、たとえばMLH1が壊れると、その相棒であるPMS2もペアを組めず一緒に消えてしまいます。この「セットで消える」性質が、後で説明する免疫染色(IHC)検査で、どの遺伝子に異常があるかを推定する手がかりになります。

ステップ3:間違いを取り除く(EXO1などによる切除)

切れ込みができると、そこを起点にEXO1(エキソヌクレアーゼ1)という酵素が、間違いを含む新生鎖を削り取っていきます[4]。削られてむき出しになった一本鎖DNAは、RPAというタンパク質が覆って保護します。じつはEXO1がなくても一定の修復は残ることがわかっており、その場合はMutLαが複数の切れ込みを入れ、DNAポリメラーゼδが古い鎖を押しのけながら(鎖置換合成)間違いを外へ押し出し、FEN1などの酵素が切り落とす、という代替経路が働きます[7]。複数の経路が用意されていること自体が、この修復システムの堅牢さを物語っています。

ステップ4:正しく作り直して閉じる(再合成と連結)

間違いを含む部分が取り除かれたら、残った正しい鎖を「お手本(鋳型)」にして、DNAポリメラーゼδやεが新しく正しい塩基を並べて埋め直します。最後にDNAリガーゼという「のり付け酵素」が、つながっていない部分をつなぎ合わせて修復完了です[7]。こうしてDNAは、間違いのない元の姿に戻されます。以下の図は、この4ステップの流れをまとめたものです。

ミスマッチ修復(MMR)の4ステップ

① 認識

MutSα/βが間違いを見つけて結合

② 切断

MutLα(PMS2)が新生鎖に切れ込み

③ 切除

EXO1などが間違い部分を削り取る

④ 再合成・連結

ポリメラーゼが埋め、リガーゼが閉じる

3. MMRタンパクと関連遺伝子:MLH1・MSH2・MSH6・PMS2

MMRを担うタンパク質(MMRタンパク)は、いくつかの遺伝子から作られます。医療の現場でとくに重要なのが、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2の4つと、MSH2の働きに関わるEPCAMです。これらは前の章で説明したように、決まった相手とペアを組んで機能します。次の表に、主なMMRタンパクと遺伝子の役割をまとめます。

遺伝子/複合体 組むペア 主な役割
MSH2MSH6(MutSα) MSH2とMSH6 1塩基のミスマッチや小さなずれを見つける主役。もっとも一般的な間違いを担当。
MSH2+MSH3(MutSβ) MSH2とMSH3 より大きな挿入・欠失ループを見つける。MutSαを補う役割。
MLH1PMS2(MutLα) MLH1とPMS2 修復の中心。PMS2の「はさみ」で新生鎖に切れ込みを入れる。
EPCAM (MSH2の隣にある遺伝子) 欠失するとMSH2が働かなくなり、結果的にリンチ症候群を起こす。

ここで、なぜ免疫染色(IHC)でどの遺伝子が原因かをある程度推定できるのかを整理しておきます。MLH1とPMS2は必ずペアで働くため、MLH1が壊れるとPMS2も一緒に消えます。一方、PMS2だけが単独で消えている場合は、PMS2遺伝子そのものの変化が疑われます[8]。同じようにMSH2とMSH6もペアなので、MSH2が壊れると両方消え、MSH6だけ消える場合はMSH6の変化が疑われます。この「どのタンパクが消えているか」というパターンが、次にどの遺伝子を調べるべきかの道しるべになります。個々の遺伝子の詳細は、MLH1MSH2MSH6PMS2の各ページで解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「4つの遺伝子」は覚えなくて大丈夫です】

遺伝カウンセリングの場で、患者さんやご家族に「MLH1・MSH2・MSH6・PMS2」と一気にお伝えすると、たいてい戸惑った表情をされます。でも、名前をすべて覚える必要はまったくありません。大切なのは「これらはDNAの間違いを直すチームの仲間で、どれかが働かないと、がんになりやすくなる」という一点だけです。

むしろ臨床の現場で意味を持つのは、「どのタンパクが染色で消えているか」という検査結果です。その結果が、次に調べる遺伝子や、ご家族のどなたに検査をおすすめするかの判断につながります。名前の暗記より、「自分や家族にとって、この結果が何を意味するのか」を一緒に整理していくことが、私たちの役割だと考えています。

4. MMRとマイクロサテライト不安定性(MSI)の関係

MMRが壊れると、目に見える「痕跡」がゲノムに残ります。それがマイクロサテライト不安定性(MSI)です。マイクロサテライトとは、「CACACA…」のように数塩基のごく短い配列がくり返された領域のことで、ゲノム全体に無数に散らばっています。くり返し構造のため、DNAをコピーするときにポリメラーゼが「滑って」しまい、くり返しの回数を余分に増やしたり減らしたりする間違いが特に起こりやすい場所です[9]

💡 用語解説:MSI-H(高頻度マイクロサテライト不安定性)とdMMR

MSI-H(MSI-High)とは、多くのマイクロサテライト領域で長さの乱れが目立つ状態を指します。dMMR(deficient MMR=ミスマッチ修復欠損)とは、MMRタンパクが働いていない状態のことです。両者はほぼ同じ現象を、別の角度から見たもので、実際の医療では「MSI-H/dMMR」とセットで語られることがよくあります[10]。検査では、PCRで実際のくり返し配列の乱れを調べる「MSI検査」と、免疫染色でMMRタンパクの有無を調べる「MMR-IHC」の2つが主に使われます。

正常な細胞では、コピー中にマイクロサテライトで滑りが起きても、MMRがすぐに直してくれます。ところがMMRが壊れていると、この乱れが直されずに蓄積し、細胞ごとにくり返しの長さがバラバラになります。これがMSIです。MSIは、MMRが働いていないことを示す「バイオマーカー(生物学的な目印)」として、がんの診断や治療方針の決定にとても重要な役割を果たします[11]。MSIそのものの詳しい解説はマイクロサテライト不安定性と発がんのページをご覧ください。

5. MMR欠損とがん:なぜがんになりやすくなるのか

MMRが壊れると、DNAの間違いが直されずに溜まっていきます。その結果、細胞の増殖を制御する重要な遺伝子にも変化が及び、がんが発生・進行しやすくなります。MMR欠損(dMMR)は、大腸がん・子宮内膜がん・胃がんなど、さまざまながんで見られます。たとえば大腸がんでは、転移のない段階のがんの約12〜15%がMMR欠損(dMMR)であることが報告されています[12]。胃がんでも、世界全体のデータをまとめた解析で、MSI-H胃がんが約14.5%を占めると報告されています[13]。子宮内膜がんではさらに高く、20〜30%程度にMMR欠損が見られます[14]

💡 とても大切な区別:「遺伝性」と「後天的」なMMR欠損

MMR欠損のがんが見つかっても、その全部が遺伝性というわけではありません。ここは誤解されやすい、非常に重要なポイントです。

① 遺伝性(リンチ症候群):生まれつきMMR遺伝子に変化を持っているタイプ。ご家族にも関わります。

② 後天的(散発性):生まれつきではなく、がん細胞の中でMLH1遺伝子のスイッチ部分(プロモーター)にメチル化という化学修飾が起こり、MLH1が読み取れなくなるタイプ。実は大腸がんのdMMRの多くはこちらで、遺伝性ではありません[15]。大腸がんではBRAFという遺伝子の変化(V600E)が、この後天的タイプを見分ける目印としても使われます。

この区別は、患者さんとご家族にとって非常に大きな意味を持ちます。もし②の後天的なタイプであれば、原則としてご家族に遺伝することはありません。一方、①のリンチ症候群であれば、ご家族にも同じ体質を持つ方がいる可能性があり、早めのサーベイランス(定期検査)につなげることが大切になります。だからこそ、MMR欠損が見つかったときは、遺伝性かどうかをきちんと見極めることが重要なのです。現在の国際的な流れでは、すべての大腸がん・子宮内膜がんに対してMMR-IHCやMSI検査を行う「ユニバーサル・スクリーニング」が推奨されています[15]

6. MMR欠損に関わる遺伝性疾患:リンチ症候群とCMMRD

リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス性大腸がん)

MMR欠損に関わる代表的な遺伝性疾患がリンチ症候群です。これは、MLH1・MSH2・MSH6・PMS2のいずれか(またはEPCAM)に、生まれつき片方の変化を持っている状態で、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)という形式で受け継がれます。大腸がん・子宮内膜がんをはじめ、卵巣・胃・小腸・尿路など、複数の臓器のがんのリスクが高くなるのが特徴です[16]。リンチ症候群は大腸がん全体の約3%を占めると推定されていますが、その多くは診断されないまま見過ごされているとも指摘されています[16]

💡 用語解説:常染色体顕性遺伝(優性遺伝)とは

わたしたちは、ほとんどの遺伝子を父由来・母由来の2本1組で持っています。「顕性(優性)遺伝」とは、2本のうち1本に変化があるだけで体質が現れうる遺伝の仕方です。リンチ症候群はこのタイプで、親が変化を持っている場合、お子さんに理論上50%の確率で受け継がれます。「顕性」は新しい用語、「優性」は従来の用語で、どちらも同じ意味です。ただし、変化を受け継いだ人が必ずがんになるわけではなく、リスクが高まるという意味である点に注意が必要です。

リンチ症候群と診断された場合、がんを早期に発見・予防するための対策が可能になります。とくに大腸がんに対しては、定期的な大腸内視鏡検査が有効です。また、予防的な観点から注目されているのがアスピリンです。国際的な臨床試験(CAPP2試験)では、リンチ症候群の方が毎日アスピリンを一定期間服用することで、大腸がんの発症リスクが有意に低下したことが、長期追跡データとして報告されています[17]。ただし、アスピリンには出血などの副作用もあるため、服用の可否は必ず主治医と相談して判断してください。リンチ症候群の詳細はリンチ症候群 総論で解説しています。

CMMRD(体質性ミスマッチ修復欠損症)

リンチ症候群が「片方の遺伝子」の変化であるのに対し、両親の両方から変化を受け継ぎ、2本ともMMR遺伝子が働かないという、より重い状態がCMMRD(体質性ミスマッチ修復欠損症、常染色体潜性/劣性遺伝)です。CMMRDでは、幼少期という非常に早い時期から、脳腫瘍・血液のがん(悪性リンパ腫)・消化管のがんなど、複数のがんを発症するリスクが極めて高くなります。皮膚にカフェ・オ・レ斑と呼ばれる色素斑が見られることも特徴で、神経線維腫症という別の病気と間違われることもあります。小児のがん患者さんでCMMRDが疑われる場合は、専門的なスコアリングにもとづいて遺伝学的検査が検討されます。CMMRDの詳細は体質性ミスマッチ修復欠損症(CMMRD)のページで解説しています。

7. MMR欠損と免疫療法:治療を大きく変えたバイオマーカー

近年、MMR欠損はがん治療の世界を大きく変えました。MMRが壊れたがん細胞は、DNAの間違いが大量に溜まっているため、正常な細胞には存在しない「異常なタンパク質(ネオアンチゲン)」を数多く作り出します。この異常なタンパク質は、免疫システムから見ると「よそ者」として認識されやすく、免疫の攻撃対象になりやすいのです。この性質を利用するのが免疫チェックポイント阻害薬です。

💡 用語解説:免疫チェックポイント阻害薬とは

免疫の細胞(T細胞)には、暴走しないための「ブレーキ」(PD-1やPD-L1などのチェックポイント)が備わっています。がん細胞はこのブレーキを悪用して免疫の攻撃から逃れます。免疫チェックポイント阻害薬は、この不正なブレーキを外して、免疫が本来の力でがんを攻撃できるようにする薬です。ニボルマブ・ペムブロリズマブ・ドスタリマブなどが代表例です。MMR欠損がんは異常タンパクが多く免疫に見つかりやすいため、この薬がよく効きます。

この考え方が決定的になったのが、2017年の出来事です。米国FDA(食品医薬品局)は、ペムブロリズマブという免疫チェックポイント阻害薬を、「がんができた臓器を問わず、MSI-H/dMMRであれば使える」という、史上初の「臓器横断的(がん種を問わない)」承認を出しました[18]。これは「どの臓器のがんか」ではなく「どんな分子的特徴を持つがんか」で治療を選ぶ、という新しい時代の幕開けを象徴する出来事でした。

さらに近年は、手術の前に免疫療法を行う「術前(ネオアジュバント)療法」の成績が注目されています。局所進行したMMR欠損の結腸がんに対し、ニボルマブとイピリムマブを短期間投与したNICHE-2試験では、95%で大きな病理学的奏効、68%で病理学的完全奏効が得られ、追跡期間中の再発も報告されていません[19]。従来の抗がん剤ではMMR欠損の結腸がんへの奏効はわずか数%程度とされており[19]、この差は非常に大きなものです。

直腸がんでは、さらに衝撃的な結果が報告されています。ドスタリマブという免疫チェックポイント阻害薬を用いた臨床試験では、MMR欠損の直腸がん患者さん全員(報告時点で49例すべて)で臨床的完全奏効(がんが臨床的に消失)が得られ、手術・放射線・抗がん剤をすべて回避できたと報告されました[20][21]。直腸がんの手術は、人工肛門(ストーマ)や排尿・性機能への影響など、生活の質に大きく関わる合併症を伴うことがあるため、これらを避けられる可能性は、患者さんにとって計り知れない意義を持ちます。ただし、これらはまだ研究段階の知見も多く、最適な治療期間や中止のタイミングなど、今後解明すべき課題も残されています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「壊れた修復機能」が、治療の味方になる時代】

私は「がん薬物療法専門医」の資格を持っていますが、この分野の進歩の速さには、いつも驚かされます。かつてMMR欠損は「たくさんの変異が溜まる、やっかいな状態」としてしか語られませんでした。ところが今では、その「たくさんの変異」こそが免疫にとっての目印となり、治療の強力な味方になる——そんな発想の大転換が起きています。

大切なのは、この恩恵を受けるためには、まず「自分のがんがMMR欠損かどうか」を知る必要があるということです。MMR-IHCやMSI検査は、そのための入り口です。臨床遺伝の立場からは、検査結果が遺伝性を示唆する場合に、ご本人だけでなくご家族の健康にもつなげていくお手伝いができればと考えています。

8. よくある誤解

誤解①「MMR欠損=必ず遺伝性のがん」

これは大きな誤解です。大腸がんのMMR欠損の多くは、生まれつきではなく後天的なMLH1のメチル化によるもので、遺伝性ではありません。MMR欠損が見つかったら、遺伝性か後天的かを見極める追加検査(BRAF検査やメチル化検査など)が大切になります。

誤解②「MSIとMMRは別々の検査だから無関係」

MSI検査(PCR)とMMR-IHC(免疫染色)は方法こそ違いますが、どちらも「MMRが働いているか」を調べる検査で、結果はほぼ一致します。片方の角度からMMRの状態を見ているだけで、目的は同じです。

誤解③「リンチ症候群なら必ずがんになる」

リンチ症候群は「がんになりやすい体質」であって、全員が必ずがんになるわけではありません。定期的な内視鏡検査などのサーベイランスで早期発見・予防が可能です。体質を知ることは、むしろ前向きな備えにつながります。

誤解④「MMRはがんだけに関係する仕組み」

MMRの仲間の分子は、がん以外にも役割を持ちます。たとえばMSH4・MSH5は減数分裂での染色体の組換えに関わり、生殖(不妊)とも関係することが知られています。MMRは幅広く生命を支える仕組みなのです。

よくある質問(FAQ)

Q1. MMR(ミスマッチリペア)を一言で言うと何ですか?

DNAをコピーするときの「書き間違い」を見つけて直す、細胞の校正・修復システムです。MLH1・MSH2・MSH6・PMS2などの遺伝子が作るタンパク質がチームで働きます。この仕組みが壊れると間違いが溜まり、がんになりやすくなります。

Q2. MMRとMSI、dMMRは何が違うのですか?

MMRは修復システムそのものを指します。dMMR(ミスマッチ修復欠損)はそのMMRが働いていない状態、MSI(マイクロサテライト不安定性)はMMRが働いていない結果としてDNAに現れる乱れ(痕跡)です。実際の医療では「MSI-H/dMMR」とほぼ同じ意味で使われます。

Q3. MMR欠損のがんが見つかったら、遺伝性ということですか?

必ずしもそうではありません。とくに大腸がんでは、MMR欠損の多くが後天的なMLH1のメチル化によるもので、遺伝性ではありません。遺伝性(リンチ症候群)かどうかを見極めるには、BRAF検査やメチル化検査、必要に応じて生まれつきの遺伝子を調べる検査が行われます。判断に迷う場合は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q4. MMRタンパクの検査(IHC)で、どの遺伝子が原因かわかるのですか?

ある程度推定できます。MLH1とPMS2、MSH2とMSH6はそれぞれペアで働くため、たとえばMLH1が壊れるとPMS2も一緒に消えます。PMS2やMSH6だけが単独で消えている場合は、その遺伝子そのものの変化が疑われます。この染色パターンが、次に調べる遺伝子の手がかりになります。

Q5. なぜMMR欠損のがんには免疫療法が効きやすいのですか?

MMRが壊れたがん細胞は変異が大量に溜まり、正常細胞にはない「異常なタンパク質」を多く作ります。これが免疫にとって「よそ者」の目印となり、免疫チェックポイント阻害薬でブレーキを外すと、免疫細胞ががんを効率よく攻撃できるためです。2017年にはこの特徴に基づく臓器横断的な薬の承認も行われました。

Q6. リンチ症候群は遺伝しますか?家族も検査すべきですか?

リンチ症候群は常染色体顕性(優性)遺伝で、親が変化を持つ場合、お子さんに理論上50%の確率で受け継がれます。ご家族が同じ体質を持つ場合、早めのサーベイランスでがんの早期発見・予防につなげられるため、遺伝カウンセリングを通じてご家族への検査(カスケード検査)を検討する意義があります。検査を受けるかどうかはご本人・ご家族の意思が最優先されます。

Q7. MMRはがん以外にも関係しますか?

はい。MMRの仲間であるMSH4・MSH5というタンパク質は、生殖細胞ができる「減数分裂」の際の染色体の組換えを支えており、これらの機能に問題があると不妊につながることが知られています。MMRの仕組みは、がんだけでなく生殖や世代を超えた遺伝情報の安定にも関わる、幅広い役割を持っています。

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リンチ症候群をはじめとする遺伝性腫瘍や
MMR・MSIに関する遺伝子検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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  • [2] DNA mismatch repair: Molecular mechanism, cancer, and ageing. Mech Ageing Dev. [ScienceDirect]
  • [3] Interaction of PCNA with PMS2 is required for MutLα activation and function in mismatch repair. PNAS. [PMC5441711]
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  • [6] PMS2 endonuclease activity has distinct biological functions and is essential for genome maintenance. PNAS. [PMC2922181]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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