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マイクロサテライト不安定性(MSI)とは?MSI-Highと検査でわかることを臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

がんの検査結果に「MSI」「MSI-High」「dMMR」といった言葉が出てきて、意味が分からず戸惑う方は少なくありません。マイクロサテライト不安定性(MSI)は、いまや免疫チェックポイント阻害薬という治療が効きやすいかどうかを見分ける目印であり、同時に遺伝性のがん(リンチ症候群)を見つける手がかりにもなる、重要な検査項目です。この記事では、MSIとは何か、MSI-Highや検査で分かること、そしてリンチ症候群という遺伝との関わりまでを、臨床遺伝専門医の視点で整理します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 MSI・MSI-High・MSI検査・リンチ症候群
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. マイクロサテライト不安定性(MSI)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. MSI(マイクロサテライト不安定性、microsatellite instability)とは、DNA複製のときに生じるミスを直す「ミスマッチ修復(MMR)」という仕組みがうまく働かず、DNA上の短い繰り返し配列(マイクロサテライト)の長さが、がん細胞でばらついて不安定になった状態のことです。この状態が強く出ているものをMSI-High(高頻度MSI)と呼び、変異が溜まりやすいがんの目印になります。MSI-Highは、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいかどうかの手がかりであると同時に、遺伝性のがん「リンチ症候群」の可能性を調べる入り口にもなります。(認知機能を調べる「MCI検査」とはまったく別の検査です。)

  • ➤正体 → DNAの修復役(MMR)が働かず、短い繰り返し配列の長さが不安定になった状態
  • ➤MSI-Highとは → 多数の目印で不安定=変異が溜まりやすく、免疫療法が効きやすい傾向
  • ➤検査でわかること → ①免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいか ②リンチ症候群の可能性
  • ➤多いがん → 子宮内膜がん・胃がん・大腸がんなどで比較的多く見つかる
  • ➤遺伝との関わり → MSI-Highは「リンチ症候群の疑い」であって診断ではない。血縁者にも関わる

🧬 マイクロサテライト不安定性(MSI)の基本情報

項目 内容
読み方・英語 エムエスアイ/microsatellite instability。認知機能のMCI検査とは別物です
定義 DNAミスマッチ修復(MMR)の低下により、短い繰り返し配列(マイクロサテライト)の長さが腫瘍で不安定になった状態
関連する言葉 dMMR(MMR機能欠損=原因側)/MSI-High(高頻度MSI=代表的な結果)/MSS(安定)/MSI-L(低頻度・歴史的分類)
主な意義 ①免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいかの予測 ②リンチ症候群のスクリーニング
主な検査 PCR法(5つのマーカー)/MMRタンパクの免疫染色(MMR-IHC)/がん遺伝子パネル検査でも判定可能
日本での位置づけ 2018年9月にMSI検査キット(FALCO)がコンパニオン診断薬として薬事承認され、保険診療で行われています[7]

※本記事は一般の方と、がん・遺伝診療に関わる方の両方に向けた用語解説です。特定の検査や治療を勧めるものではありません。治療の判断は必ず主治医とご相談ください。

マイクロサテライト不安定性(MSI)とミスマッチ修復欠損(dMMR)、MSI-High、免疫チェックポイント阻害薬、リンチ症候群との関係を示すインフォグラフィック

マイクロサテライト不安定性(MSI)は、ミスマッチ修復(MMR)の機能低下によって短い反復配列の長さが不安定になる現象です。MSI-High/dMMRは、免疫チェックポイント阻害薬の治療選択やリンチ症候群のスクリーニングに関わる重要なバイオマーカーです。

1. マイクロサテライト不安定性(MSI)とは

MSI(マイクロサテライト不安定性)とは、DNAをコピーするときに生じる小さなミスを直す「ミスマッチ修復(MMR)」という仕組みが働かなくなり、DNA上の短い繰り返し配列=マイクロサテライトの長さが、がん細胞でばらついて不安定になった状態のことです。まずはこの一文が結論です。以下で、マイクロサテライトとは何か、なぜ「不安定」になるのかを順に見ていきます。

マイクロサテライトとは ─ DNAの短い繰り返し配列

マイクロサテライトとは、おおむね1〜数塩基(1〜6塩基程度。文献により2〜5塩基とする記載もあります)の短い単位が、同じ場所で何度も繰り返されているDNAの領域です[8]。ヒトのゲノム全体に多数分布しており、その繰り返し回数には個人差があるため、いわば「DNAの指紋」の一部にもなっています。こうした短い縦列反復配列はSTR(short tandem repeat)とも呼ばれます。

繰り返し配列は、その構造ゆえにDNAをコピーする際にDNAポリメラーゼが「すべって(スリップして)」回数を間違えやすい場所です。正常な細胞では、こうした複製エラーはすぐに修復されるため、繰り返し回数は安定に保たれています[8]。

なぜ「不安定」になるのか ─ ミスマッチ修復(MMR)の低下

この複製ミスを見つけて直しているのが、ミスマッチ修復(MMR:mismatch repair)という仕組みです。MMRを担う代表的なタンパク質はMLH1・MSH2・MSH6・PMS2の4つで、分子のレベルでは、MSH2とMSH6の組(MutSα)が塩基の食い違いや小さなずれを見つけ、MLH1とPMS2の組(MutLα)が、その後の切り取りと作り直しを取りまとめます。

DNA複製時に生じたミスマッチをMSH2・MSH6が認識し、MLH1・PMS2が修復する正常なミスマッチ修復(MMR)と、MMR機能欠損(dMMR)によってマイクロサテライトの長さが変化しMSIが生じる仕組みを比較した模式図

正常な細胞では、DNA複製時に生じた塩基の食い違いや小さな挿入・欠失をMSH2・MSH6などが認識し、MLH1・PMS2などが関与するミスマッチ修復(MMR)によって修復します。MMRの機能が失われたdMMRでは複製エラーが修復されず、マイクロサテライトの反復回数が変化するマイクロサテライト不安定性(MSI)が生じます。

このMMRの働きが失われた状態を「dMMR(MMR機能欠損)」と呼びます。dMMRになると複製ミスが直されずに残り、マイクロサテライトの長さがあちこちで変化します。これが「マイクロサテライト不安定性(MSI)」です。MMRそのものの詳しい仕組みは、別ページで解説しています。

💡 用語解説:MSIは「がんそのもの」ではなく「目印」

MSIは、それ自体が病名ではありません。がん細胞のDNAに現れる特徴(バイオマーカー)であり、「このがんはMMRが壊れている=変異が溜まりやすいタイプだ」という手がかりです。マイクロサテライトの変化がそのまま発がんを意味するわけではなく、あくまで「がんになりやすい状態」を示すものである、という点が重要です。

2. MSI-High・dMMR・MSS ─ 用語の違いを整理する

検査結果でよく出てくる言葉を先に整理します。MSI-High(高頻度MSI)とは、多数のマイクロサテライトで長さの変化が見られる状態で、変異が溜まりやすく、現在もっとも重要な治療の目印です。原因側の言葉がdMMR(MMR機能欠損)、正常な側がMSS(マイクロサテライト安定)です。dMMRとMSI-Highは強く関係しますが、まったく同じ意味の言葉ではありません。下の表で違いを確認してください。

🧬 MSI・MMRに関する用語の違い

用語 意味 臨床上の注意
dMMR MMRタンパクの機能が欠けている状態。ふつうは免疫染色でMLH1/MSH2/MSH6/PMS2のいずれかの消失として評価 原因側の考え方。MSI-Highと高い一致を示すが、完全な同義ではない
MSI-High(MSI-H) 多数のマイクロサテライトで長さの変化を認める状態 現在もっとも重要な治療バイオマーカー
MSI-Low(MSI-L) ごく一部のマーカーだけ不安定な歴史的な分類 現在の免疫療法の適応を決める「MSI-High」とは別物で、多くの場面ではMSS側として扱われる
MSS 調べたマイクロサテライトで不安定性を認めない(安定) おおむねpMMR(MMRが保たれた状態)に対応する

出典:日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会などのガイドラインにおける判定区分[9][10]。

dMMRとの関係 ─ 原因と結果

両者の関係を一言でいえば、dMMRが「原因」、MSI-Highが「その結果として現れる代表的なゲノムの姿」です。そのため、実際の検査では2つのアプローチがあります。ひとつはDNAの繰り返し配列を直接調べてMSIを見る方法(PCR法など)、もうひとつはMMRタンパク(MLH1・PMS2・MSH2・MSH6)の発現を免疫染色(MMR-IHC)で調べ、いずれかの消失があればdMMRと判定する方法です[10]。両者は多くの場合で一致しますが、まれに食い違うこともあり、完全に同じ結果になるとは限りません。

「MMRとMSIの違いは?」への答え

よく検索される疑問に先に答えると、MMRは「DNAの修復システムそのもの」、MSIは「その修復が壊れた結果、繰り返し配列に生じた不安定性」です。つまりMMRが仕組みの名前、MSIがその破綻の現れ方の名前です。MMR自体の詳しい解説はMMRのページに譲ります。

3. MSIとがんのつながり ─ なぜ、どのがんで多いのか

MMRが働かないと、マイクロサテライトだけでなくゲノム全体に多数の変異が蓄積し、細胞ががん化しやすくなります。これがMSIとがんのつながりの基本です。ただし前述のとおり、MSIがあること自体が直ちに発がんを意味するわけではなく、あくまで「がんが生じやすい状態」という関連(相関)である点に注意が必要です。

なぜがんになりやすいのか

MMRという「校正係」がいなくなると、細胞分裂のたびに生じる複製ミスがそのまま蓄積します。その結果、がん細胞は多数の体細胞変異を抱えることになります。この「変異が多い」という性質が、後述するように免疫療法が効きやすい理由にもつながります。

MSI-Highが多いがん種と、その頻度

MSI-High/dMMRは、すべてのがんに均等にあるわけではありません。とくに大腸がん・子宮内膜がん・胃がんで比較的多く見つかります。ただし頻度は病期・組織型・年齢・地域・検査法によって大きく変わるため、下の数値は「固定された値」ではなくおおよその目安(範囲)として読んでください。

🧬 MSI-High/dMMRのおおよその頻度(目安)

がん種 おおよその頻度(目安) ひとことメモ
大腸がん 全体で約10〜15%。転移した段階では約3〜5%程度まで下がる傾向 本邦のdMMRは6〜7%程度、StageⅣでは1.9〜3.7%との報告[10]
子宮内膜がん(子宮体がん) おおむね20〜30%程度 MSI-High/dMMRが比較的多い代表的ながん種
胃がん 数%〜10%前後。進行・転移例では低くなる傾向 がん種横断の解析でも上位に挙がる
その他の固形がん 多くは数%以下だが、幅広いがん種で見つかる 頻度は低くても、陽性なら治療への影響が大きい

がん種横断の検討では、多くのがん種でMSI-Highが確認され、割合が高い順に子宮内膜がん・胃腺がん・小腸がん・結腸直腸腺がん・子宮頸がんが挙げられています[7]。

なお大腸がんでMSIが見られるのは全体の約15%とされ、そのうち約3%が遺伝性のリンチ症候群、残りの約12%は後天的なMLH1プロモーターの高メチル化による散発性(遺伝しないタイプ)と報告されています[6]。各がん種の症状や治療の詳細は、それぞれの疾患ページに譲ります。

4. MSI検査でわかること

💡 まず結論:MSI検査で何がわかるのか

MSI検査でわかるのは、大きく2つです。①がんが免疫チェックポイント阻害薬(がん免疫療法)に反応しやすいタイプかどうか、②遺伝性のがん「リンチ症候群」の可能性があるかどうか。これを、がん組織のDNAを調べて判定します。

検査の方法 ─ PCR・免疫染色・遺伝子パネル

MSI/dMMRを調べる方法は、大きく3つあります。第一にPCR法で、腫瘍のDNAのマイクロサテライト領域を増幅し、長さの変化を調べます。日本のMSI検査キット(FALCO)では、1塩基の繰り返しからなる5つのマーカー(BAT25・BAT26・NR21・NR24・MONO27)を解析します。これらのマーカーは人種によらず正常の長さの範囲がほぼ一定のため、腫瘍組織だけでも判定できるのが特徴です[7]。第二にMMR-IHC(免疫染色)で、4つのMMRタンパク(MLH1・PMS2・MSH2・MSH6)の発現を調べ、いずれかが消失していればdMMRと判定します[9]。第三にがん遺伝子パネル検査でも、MSIの状態を含めて多くの遺伝子情報を同時に調べられます。

歴史的には、米国国立がん研究所が定めたベセスダ(Bethesda)の5マーカー(BAT25・BAT26・D5S346・D2S123・D17S250)を用い、2つ以上で不安定ならMSI-High、1つならMSI-L、0ならMSSと判定する枠組みが使われてきました[9]。現在は、感度・特異度が高い1塩基マーカー中心のパネルが広く使われています。

陽性(MSI-High)・陰性の意味と「陽性率」

検査で「陽性(MSI-High)」とは、規定以上のマーカーで不安定性が認められた状態で、免疫療法が効きやすい可能性と、リンチ症候群の可能性の両方を示唆します。「陰性(MSS)」は不安定性が認められない状態です。「どのくらいの割合で陽性になるのか(陽性率)」は前章のとおりがん種によって大きく異なり、子宮内膜がんや大腸がんで比較的高く、進行・転移した大腸がんでは数%程度と低めになります。

検査に用いるのは、手術や内視鏡・生検で採取したがん組織です。MSI検査は、コンパニオン診断として保険診療で行われています(費用や算定の詳細は医療機関でご確認ください)。

⚠️ 検査結果を読むときの注意

PCR・免疫染色・遺伝子パネルのうち、どれか1つが常に絶対的に正しいという「普遍的な感度・特異度」は存在しません。免疫染色はタンパクの発現を、PCRやパネルはDNAの状態を測っており、そもそも測っている対象が異なるためです。大腸がんでは両者の一致率が高い一方、大腸以外のがんでは食い違いが増えることが知られています。臨床像や病理像と結果が合わないときは「陰性」で終わらせず、標本の再評価や別の方法での確認が行われます[9]。

5. MSI-Highとわかったら ─ 治療と予後

MSI-High/dMMRのがんは、免疫チェックポイント阻害薬(がん免疫療法)が効きやすい代表的なタイプです。これがMSI-Highの治療上の最大の意義です。理由は、MMRが壊れて変異が多いがんでは、免疫が「異物」として認識しやすい目印(ネオアンチゲン)が多数つくられ、免疫チェックポイント阻害薬によって免疫のブレーキを外すと、強い抗腫瘍反応が得られやすいためです。

実際の臨床試験でも、この効果は繰り返し示されています。大腸がん以外の27種類のMSI-High/dMMR固形がん233例を対象とした試験(KEYNOTE-158)では、ペムブロリズマブの奏効率は34.3%でした[1]。転移した大腸がんの一次治療では、ペムブロリズマブは化学療法に比べ無増悪生存期間の中央値が16.5か月対8.2か月(ハザード比0.60)と延長し[2]、ニボルマブとイピリムマブの併用でも化学療法を上回る成績が示されました[3]。子宮内膜がんでも、dMMRの患者で化学療法にペムブロリズマブを加えると無増悪生存が大きく改善しています(12か月時点で74%対38%、ハザード比0.30)[4]。日本でも、ペムブロリズマブはMSI-High固形がんに2018年12月に、結腸・直腸がんに2021年8月に承認され、ニボルマブとイピリムマブの併用も大腸がんに承認されています。

⚠️ 「MSI-Highなら必ず効く」ではありません

上記のKEYNOTE-158では、奏効した人はおよそ3分の1で、残りの多くは客観的な奏効に至っていません[1]。MSI-Highは非常に有力な目印ですが、完全なバイオマーカーではありません。また、臨床試験で示された奏効率は集団の平均値であり、個々の患者さんに「あなたは○%効く」とそのまま当てはめられるものではありません。治療の選択は、がん種・病期・全身状態・最新の承認状況をふまえて主治医が判断します。

予後は「良い/悪い」で単純に決められない

「MSI-Highだと予後が良いのか悪いのか」という疑問はよく聞かれますが、病期やがん種によって意味が変わるため、単純に「良い」とも「悪い」とも言えません。大腸がんでは、早期(とくにStageⅡ)ではMSI-Highはむしろ予後良好の因子とされ、フルオロウラシル(5-FU)による補助化学療法の上乗せ効果が乏しいことが古くから示されています[5]。一方で、治癒切除ができない進行例では予後不良と報告されており、同じMSI-Highでも段階によって意味が反転します。子宮内膜がんでも、MSI-Highだから一律に予後が良いと考えるのは正確ではなく、分子分類全体の中で評価されます。予後や治療方針は、MSIだけでなく多くの因子を合わせて判断されるものです。

6. MSIと遺伝 ─ リンチ症候群と血縁者、遺伝カウンセリング

MSI検査のもうひとつの重要な意味が、遺伝性のがんとの関わりです。ここで最も大切な原則を先にお伝えします。がんがMSI-High/dMMRだと分かった段階では、リンチ症候群は「疑い」であって「診断」ではありません。MSI-Highのがんの多くは、遺伝しない散発性のものだからです。

リンチ症候群とは ─ 常染色体優性の遺伝性腫瘍

リンチ症候群は、MMR遺伝子(MLH1・MSH2・MSH6・PMS2)の生殖細胞系列(生まれつき持つDNA)の病的バリアント、または3′EPCAM欠失を原因とする、常染色体優性(顕性)の遺伝性腫瘍です[6]。大腸がん・子宮内膜がんのほか、卵巣・胃・小腸・尿路・胆道などのがんのリスクが高まります。ただし浸透率は不完全で、病的バリアントを持つ人が全員がんを発症するわけではありません。

💡 用語解説:生殖細胞系列と体細胞、そして「50%」

生まれつき全身の細胞が持つDNAの変化を「生殖細胞系列(germline)」、がん細胞だけで後天的に生じた変化を「体細胞(somatic)」といいます。リンチ症候群は生殖細胞系列の変化なので、お子さんには原則として50%の確率で受け継がれます[6]。だからこそ、本人の治療だけでなく、まだ発症していない血縁者の検査(cascade testing)やがんのサーベイランスにも関わってきます。

大腸がんと子宮内膜がん(子宮体がん)では、家族歴の有無にかかわらず、診断されたすべての患者さんのがん組織でMMR免疫染色やMSI検査を行い、リンチ症候群の可能性がある人を拾い上げるユニバーサルスクリーニングが、米国NCCNのガイドラインなどで推奨されています。家族歴だけに頼ると、リンチ症候群の人の多くが見逃されてしまうためです。日本でも「遺伝性大腸癌診療ガイドライン2024年版」で、大腸がんに対するユニバーサルスクリーニングが臨床課題(CQ)として取り上げられています。

MSI-High=リンチ症候群ではない ─ 散発性との見分け方

前述のとおり、MSI-Highのがんの多くは遺伝性ではありません。とくにMLH1とPMS2がそろって消失している大腸がん・子宮内膜がんの相当部分は、生まれつきの変異ではなく、後天的なMLH1プロモーターの高メチル化による散発性です[6]。大腸がんでは、これに加えてBRAF V600Eという変異があると散発性である可能性が高まります(この変異はリンチ症候群のがんではまれです)。ただし子宮内膜がんでは、BRAF検査はこの見分けには役立ちません[6]。実際の判定は、免疫染色の消失パターン→MLH1メチル化やBRAFの確認→必要に応じて生殖細胞系列検査、という順で段階的に進みます。

MSI-High/dMMR治療の目印+遺伝の手がかり
▶
消失パターンを確認どのMMRタンパクか
▶
散発性の確認MLH1メチル化・BRAF(大腸)
▶
遺伝カウンセリング/
生殖細胞系列検査遺伝性が疑われる場合

なお、生殖細胞系列検査でも変異が見つからず、MLH1メチル化もないのにdMMR/MSI-Highを示す場合は、歴史的に「Lynch-like syndrome」と呼ばれてきました。その多くは、がん細胞で2か所のMMR異常が後天的に起きた「double-somatic」であることが分かってきており、腫瘍と正常組織を合わせて調べることで遺伝性と区別します[6]。MSI-Highを見つけたら即リンチ症候群と決めつけないことが、遺伝診療では何より大切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「陽性」は入り口であって、結論ではない】

医学的に強調しておきたいのは、MSI-Highや dMMR という結果は、治療の手がかりであると同時に「遺伝性かもしれない」という入り口でもある、という点です。治療の目印としてだけ受け取って終わりにすると、リンチ症候群という遺伝性腫瘍を見逃してしまいます。逆に、MSI-Highをそのままリンチ症候群と伝えてしまうと、実際には遺伝しない散発性のがんまで「遺伝性」と誤って分類してしまいます。

この結果を解釈するときに重要なのは、腫瘍で起きたこと(体細胞)と、生まれつきのこと(生殖細胞系列)を分けて考えることです。MLH1メチル化の確認や生殖細胞系列検査を段階的に組み合わせて、はじめて「遺伝性かどうか」に近づけます。遺伝の話は本人だけの問題ではなく血縁者にも関わるからこそ、順序立てた確認が欠かせません。

遺伝カウンセリングでできること

リンチ症候群が疑われる場合、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでは、検査で何が分かり何が分からないのか、陽性・陰性・意義不明(VUS)それぞれの意味、血縁者への影響、家族の検査やサーベイランスの選択肢などを整理します。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。なお、生まれつき両方のMMR遺伝子に変化がある特殊な病態(体質性ミスマッチ修復欠損症・CMMRD)など、小児期から関わる遺伝性疾患もあります。

まとめ ─ MSIは「治療」と「遺伝」を結ぶ目印

マイクロサテライト不安定性(MSI)は、かつては主に「遺伝性大腸がんを探すための検査」でした。しかし現在は、MMRという発がんの仕組み、リンチ症候群という遺伝性腫瘍の診断、そしてがん種を問わない免疫療法の選択までを結びつける、重要なバイオマーカーへと位置づけが変わっています。

大切なのは、MSI-High/dMMRを単純な「○か×か」のラベルとして扱わないことです。がん種・病期、免疫染色の消失パターン、MLH1メチル化の有無、生殖細胞系列か体細胞か、検査法の限界——これらを合わせて読み解くことで、はじめて治療にも遺伝にも意味のある情報になります。検査結果の意味が分からず不安なときは、担当医に、そして遺伝の観点からは臨床遺伝専門医に相談することが、判断材料の整理につながります。

🏥 遺伝性のがん・リンチ症候群のご相談

ご自身やご家族のがんで「MSI-High」「dMMR」と言われ、
遺伝性のがん(リンチ症候群)や血縁者への影響が気になる方は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックの遺伝カウンセリングをご利用いただけます。

よくある質問(FAQ)

Q1. マイクロサテライト不安定性(MSI)とは何ですか?

MSI(microsatellite instability)とは、DNA複製時のミスを直すミスマッチ修復(MMR)が働かず、DNA上の短い繰り返し配列(マイクロサテライト)の長さが、がん細胞で不安定になった状態です。それ自体は病名ではなく、がん細胞に現れる目印(バイオマーカー)で、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいかどうかや、遺伝性のがん(リンチ症候群)の可能性を調べる手がかりになります。なお、認知機能を調べる「MCI検査」とはまったく別のものです。

Q2. MSI-Highとはどういう意味ですか?

MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)とは、多数のマイクロサテライトで長さの変化が認められる状態で、変異が溜まりやすいがんの目印です。原因側の言葉であるdMMR(MMR機能欠損)と強く関係します。MSI-Highは免疫療法が効きやすい傾向を示す一方、リンチ症候群の可能性を示唆することもあります。なお、ごく一部のマーカーだけが不安定なMSI-Lは歴史的な分類で、現在の免疫療法の適応を決めるMSI-Highとは別に扱われます。

Q3. MSI検査では何がわかりますか?

大きく2つです。①がんが免疫チェックポイント阻害薬(がん免疫療法)に反応しやすいタイプかどうか、②遺伝性のがん「リンチ症候群」の可能性があるかどうか。手術や内視鏡・生検で採取したがん組織のDNAを、PCR法(5つのマーカー)や、MMRタンパクの免疫染色(MMR-IHC)、がん遺伝子パネル検査で調べて判定します。日本ではコンパニオン診断として保険診療で行われています。

Q4. MSI検査は保険がききますか?

はい。日本では2018年9月にMSI検査キット(FALCO)がコンパニオン診断薬として薬事承認され、保険診療の中で行われています。対象や具体的な費用・算定は、がん種や状況によって異なりますので、検査を受ける医療機関でご確認ください。

Q5. MMRとMSIの違いは何ですか?

MMR(ミスマッチ修復)は「DNAの間違いを直す修復システムそのもの」の名前で、MSI(マイクロサテライト不安定性)は「その修復が壊れた結果、繰り返し配列に生じた不安定性」の名前です。原因側がMMRの欠損(dMMR)、その代表的な結果がMSI-Highと考えると分かりやすいです。検査では、DNAの不安定性を直接見るMSI検査と、MMRタンパクの発現を見る免疫染色(MMR-IHC)の両方が使われます。

Q6. MSI-Highだと予後は良いのですか、悪いのですか?

病期やがん種によって意味が変わるため、一概には言えません。大腸がんでは、早期(とくにStageⅡ)ではむしろ予後良好の因子とされ、フルオロウラシル(5-FU)による補助化学療法の上乗せ効果が乏しいことが知られています。一方、治癒切除ができない進行例では予後不良と報告されています。「MSI-Highだから予後が良い」と単純化せず、多くの因子を合わせて主治医が判断します。

参考文献

  • [1] Marabelle A, et al. Efficacy of Pembrolizumab in Patients With Noncolorectal High Microsatellite Instability/Mismatch Repair-Deficient Cancer: Results From the Phase II KEYNOTE-158 Study. J Clin Oncol. 2020;38(1):1-10. [PubMed 31682550]
  • [2] André T, et al. Pembrolizumab in Microsatellite-Instability-High Advanced Colorectal Cancer (KEYNOTE-177). N Engl J Med. 2020;383:2207-2218. [NEJM DOI:10.1056/NEJMoa2017699]
  • [3] André T, et al. Nivolumab plus Ipilimumab in Microsatellite-Instability-High Metastatic Colorectal Cancer (CheckMate 8HW). N Engl J Med. 2024;391(21):2014-2026. [PubMed 39602630]
  • [4] Eskander RN, et al. Pembrolizumab plus Chemotherapy in Advanced Endometrial Cancer (NRG-GY018). N Engl J Med. 2023;388(23):2159-2170. [PubMed 36972022]
  • [5] Ribic CM, et al. Tumor Microsatellite-Instability Status as a Predictor of Benefit from Fluorouracil-Based Adjuvant Chemotherapy for Colon Cancer. N Engl J Med. 2003;349(3):247-257. [PubMed 12867608]
  • [6] Idos G, Valle L. Lynch Syndrome. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NBK1211]
  • [7] 日本癌治療学会「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン」(MSI検査キット(FALCO)の薬事承認・使用目的・マーカーに関する記載). [jsco-cpg.jp]
  • [8] Nojadeh JN, et al. Microsatellite instability in colorectal cancer. EXCLI J. 2018;17:159-168. [PMC6502181]
  • [9] 日本臨床腫瘍学会「大腸がん診療における遺伝子関連検査等のガイダンス」(ベセスダパネル・MSI-H/MSI-L/MSS判定・1塩基マーカーに関する記載). [jsmo.or.jp]
  • [10] 日本産科婦人科学会・日本婦人科腫瘍学会編「婦人科がんにおけるバイオマーカー検査の手引き 第1.0版」2025(MSI検査・MMR-IHC判定基準に関する記載). [jsgo.or.jp]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 当サイトの記事は、院長が自ら執筆し、医学的な内容を確認してから公開しています。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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