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塩基除去修復(BER)とは?DNAの傷を直すしくみから、遺伝性がん・がん治療との関係までわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

わたしたちのDNAは、何もしなくても1つの細胞あたり1日に数万個もの「小さな傷」を受け続けています。その大半を、ほとんど休みなく直し続けているのが「塩基除去修復(Base Excision Repair:BER)」というしくみです。本記事では、BERがどのように傷ついた1文字を見つけて直すのかという基本から、この修復が壊れて起こる遺伝性の大腸がん(MUTYH関連ポリポーシスなど)、そして逆にこの弱点を逆手に取ったPARP阻害薬によるがん治療まで、一般の方にもわかるように、臨床遺伝専門医が解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 DNA修復・遺伝性がん・分子標的治療
臨床遺伝専門医監修

Q. 塩基除去修復(BER)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. BERは、DNAに毎日生じる「小さな傷(酸化した塩基や脱アミノ化した塩基など)」を1文字単位で見つけて切り取り、正しい文字で埋め直す、生命の最も基本的な修復システムです。細菌からヒトまで共通して備わっています。この修復が生まれつき弱いと、MUTYH関連ポリポーシス(MAP)のような遺伝性の大腸がんや、早老症・神経変性の一因になります。一方で、この修復の弱点を逆手に取って開発されたのが、BRCA変異がんに使うPARP阻害薬です。

  • BERの役割 → 二重らせんを大きく歪めない「小さな傷」専門の修復係。1日に数万個の傷を処理
  • 修復の流れ → グリコシラーゼ→APE1→DNAポリメラーゼβ→リガーゼという5段階のリレー
  • 遺伝性がんとの関係 → MUTYH関連ポリポーシス(MAP)・NTHL1関連腫瘍症候群(NAP)という体質の原因
  • がん治療への応用 → 「合成致死性」を利用したPARP阻害薬。BRCA変異がんを狙い撃ち
  • 老化・神経との関係 → BERの低下が加齢やアルツハイマー病・神経変性疾患に関与

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1. 塩基除去修復(BER)とは:DNAの「1文字直し」専門の修復係

DNAは、A・T・G・Cという4種類の文字(塩基)が連なってできた、いわば「いのちの設計図」です。この設計図は決して頑丈な石板ではなく、絶えず化学的なダメージを受けている、とても繊細な分子です。塩基除去修復(BER)は、そのなかでも「二重らせんの形を大きく崩さない、小さな1文字の傷」を専門に直す修復システムです[1]

たとえるなら、分厚い本のなかで「インクがにじんで1文字だけ読めなくなったページ」を、文章全体を破り捨てずに、その1文字だけ消しゴムで消して書き直すような作業です。この「ピンポイントの1文字直し」こそがBERの真骨頂で、細菌からヒトに至るまで、あらゆる生き物が共通して持っている、生命にとって最も基本的な修復のしくみです[1]

歴史的には、1974年にトマス・リンダール博士が「ウラシルDNAグリコシラーゼ」という酵素を発見したことが、BER研究のはじまりでした。リンダール博士はDNA修復の研究で2015年にノーベル化学賞を受賞しています。最初の論文の時点ですでに、BERが「傷の除去」「切れ目を入れる」「末端の処理」「すき間を埋める」「つなぐ」という5つの基本ステップから成ることが見抜かれていました[1]

2. なぜBERが必要なのか:1日数万個の傷と「酸化ストレス」

「DNAは大切なものだから、しっかり守られているはず」と思われがちですが、実際には1つの細胞あたり1日におよそ2万〜数万個ものDNAの傷が、何もしなくても自然に発生していると推定されています[1]。その大きな原因の一つが、わたしたちが生きるためにエネルギーを作る過程で出てくる「活性酸素種(ROS)」です。

💡 用語解説:活性酸素種(ROS)と酸化ストレス

活性酸素種(ROS)とは、酸素から生じる反応性の高い分子の総称です。わたしたちの細胞は、ミトコンドリアという「発電所」で酸素を使ってエネルギーを作りますが、その過程でどうしても活性酸素が漏れ出ます。これがDNAの文字を「酸化」させて傷をつけます。活性酸素の発生量が、体の抗酸化力(消去する力)を上回った状態を「酸化ストレス」と呼びます。酸化ストレスは老化やがん、生活習慣病の背景にある共通のキーワードです[13]

こうした傷を放置するとどうなるでしょうか。DNAをコピー(複製)するときに文字を読み間違えたり、遺伝子を読み取る作業(転写)が途中で止まったりして、最終的には突然変異の蓄積・細胞死・がん化につながってしまいます[1]。BERは、この絶え間ない脅威からゲノム(全遺伝情報)を守る「最前線の防衛ライン」なのです[5]

3. BERの5ステップ:どうやって1文字を直すのか

BERは、いくつもの酵素がバトンをつなぐリレーのように進みます。まず傷を見つける「探偵」、傷を切り取る「ハサミ」、すき間を埋める「ペン」、最後につなぐ「のり」と、役割分担がはっきりしています。順番に見ていきましょう。

塩基除去修復(BER)の5ステップ 傷ついた1文字を見つけ、切り取り、正しい文字で埋め直す ①損傷を発見 グリコシラーゼ ②AP部位 (穴)が生じる ③APE1が 切れ目を入れる ④Pol βが 正しい文字で穴埋め ⑤リガーゼで つなぎ修復完了 ※細胞はこのリレーを毎日数万回くり返しています

ステップ①:傷を見つける「探偵」DNAグリコシラーゼ

最初に働くのが「DNAグリコシラーゼ」です。これは、膨大な数の正常な文字の中から、ごくわずかに混じった「傷ついた文字」だけを探し出す探偵役です。最新の1分子観察(1個の分子の動きをリアルタイムで見る技術)によって、グリコシラーゼがDNAの上を滑るように走査し、傷を見つけると、その文字をらせんの外側にくるりと「反転」させて引っぱり出す様子が明らかになってきました[2]

💡 用語解説:DNAグリコシラーゼ

傷ついた塩基(文字)を、DNAの背骨から「切り離す」専門の酵素です。ヒトには傷の種類に応じて少なくとも11種類あり、たとえば酸化した文字を担当するもの、間違って入ったウラシルを担当するものなど、分業しています。なかには切り離すだけの「単官能性」と、切り離した直後に背骨にも切れ目を入れる「二官能性」の2タイプがあります[1]。後で出てくるMUTYHやNTHL1も、このグリコシラーゼの仲間です。

ステップ②③:穴(AP部位)と、ハサミ役のAPE1

傷ついた文字が抜き取られると、そこには「文字が抜けた穴」が残ります。これをAP部位(無塩基部位)と呼びます。この穴をそのままにはできないので、次に「APE1(エーピーイーワン)」という酵素が登場します。APE1は細胞内のAP部位を切る働きの95%以上を担う中心選手で、穴のすぐ手前のDNAの背骨にハサミを入れて切れ目を作ります[1]

APE1の賢いところは、切ったあとすぐに離れず、次の酵素に基質を安全に手渡しすること。これは「バトンタッチ(passing-the-baton)」と呼ばれ、傷ついた不安定なDNAを宙ぶらりんにせず、リレーをスムーズに進める巧妙な仕組みです[1]。APE1は穴を切るだけでなく、複数の役割を兼ねる「多機能ハブタンパク質」として、BER全体の要になっています[1]

💡 用語解説:AP部位(無塩基部位)とAPE1

AP部位とは、文字(塩基)が抜けて「穴」だけが残った状態のことです。放っておくと変異や複製の停止の原因になります。APE1(APEX1遺伝子がつくるタンパク質)は、その穴の横に切れ目を入れて、次の修復ステップへ進めるカギを握る酵素です。じつはAPE1には、転写を調節する別の働き(Ref-1機能と呼ばれます)もあり、がん研究では治療標的としても注目されています[1]

ステップ④⑤:穴埋めのPol βと、つなぎのリガーゼ

切れ目ができたら、いよいよ穴を埋めます。ここで主役になるのがDNAポリメラーゼβ(Pol β/ポルベータ)という「ペン」です。Pol βは、抜けた1文字を正しい文字で埋め直します。最後にDNAリガーゼという「のり」が切れ目を封じて、修復は完了します[1]。このとき、足場となるXRCC1や、傷を素早く感知するPARP1というタンパク質も協力します[17]

ちなみに、エネルギー工場であるミトコンドリアの中にもDNA(mtDNA)があり、ここは活性酸素を最も多く浴びる「最前線」です。ミトコンドリアでは、ほかの修復系のバックアップがほとんど効かないため、BERが酸化した文字を直す事実上ただ一つの守りになっています。ミトコンドリア内のつなぎ作業は、DNAリガーゼ3(LIG3)という酵素だけに頼っている点も特徴です[3]

4. 2つの修復モード:ショートパッチとロングパッチ

BERには、直す範囲の広さによって2つのモードがあります。1文字だけ直す「ショートパッチ」と、2〜十数文字をまとめて直す「ロングパッチ」です。どちらが選ばれるかは、切れ目の末端の化学的な状態によって決まります[5]。家の傷を「1か所だけ塗り直す」か「周辺ごと張り替える」かの違い、とイメージするとわかりやすいでしょう。

比較項目 ショートパッチBER ロングパッチBER
直す文字数 1文字だけ 2〜十数文字をまとめて
主役の酵素 DNAポリメラーゼβ(Pol β) 複製の酵素 Pol δ/Pol ε+FEN1
つなぎ(リガーゼ) LIG3(核ではLIG1も) LIG1
選ばれやすい状況 末端がきれいで、そのまま埋められるとき 末端が酸化などで傷み、1文字直しが難しいとき

この使い分けには、細胞の状態も関わります。さかんに分裂する細胞(増殖中のがん細胞など)はロングパッチに必要な因子を豊富に持ち、両方のモードを使えますが、分裂を終えた神経細胞(ニューロン)などはロングパッチの因子が乏しく、Pol βによるショートパッチに大きく依存します[4]。この「バックアップが少ない」という弱点が、後述する加齢や神経の弱さに関わってきます[13]

5. BERと遺伝性の大腸がん:MAPとNAP

ここからは、一般の方にとって最も身近な「臨床とのつながり」です。BERを担うグリコシラーゼの遺伝子に生まれつき変化(病的バリアント)があると、特定の遺伝性の大腸がんが起こりやすくなる体質になります。代表が、MUTYH遺伝子による「MUTYH関連ポリポーシス(MAP)」と、NTHL1遺伝子による「NTHL1関連腫瘍症候群(NAP)」です[8]

「8-oxoG」と、それを守るGO修復システム

酸化ストレスで生じる傷のうち、最も多く、最も変異を起こしやすいのが、グアニン(G)が酸化した8-oxoG(8-オキソグアニン)です。8-oxoGはやっかいで、DNAをコピーするときに本来のC(シトシン)ではなくA(アデニン)と間違ってペアを組んでしまい、G:C→T:Aという文字の書き換え(トランスバージョン変異)を引き起こします[7]

💡 用語解説:8-oxoGとGO修復システム

8-oxoGは、Gが酸化してできる「変異の主犯格」です。細胞はこれを防ぐために二重・三重の守り(GO修復システム)を進化させました。

  • OGG1:DNAにできた8-oxoGそのものを取り除く
  • MUTYH:8-oxoGの向かいに間違って入ったAを取り除く「最後の砦」
  • MTH1(NUDT1):材料プール段階で酸化したGを分解し、そもそも取り込ませない

この三段構えのどこかが崩れると、変異が雪だるま式にたまります[6]

MUTYH関連ポリポーシス(MAP)とは

🧬 遺伝子・疾患解説:MUTYH と MUTYH関連ポリポーシス(MAP)

MUTYHは、8-oxoGの向かいに誤って入ったAを取り除くグリコシラーゼの遺伝子です。この遺伝子の両方のコピー(両アレル)に機能を失う変化があると、8-oxoGによる変異を直せず、MUTYH関連ポリポーシス(MAP/OMIM #608456)という体質になります[7][10]

これは常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の体質で、世界の頻度はおよそ2万〜6万人に1人と推定されます[9]。臨床的には大腸に多数(15〜100個ほど)の腺腫(ポリープ)が生じ、80歳までに70〜90%という高い確率で大腸がんを発症するとされます(一般人口の生涯リスクは約4.1%)[10]。十二指腸のポリープやがんなど、大腸以外のリスクも上がります[9]

分子的には、APCやKRASといった大腸がんの重要遺伝子に、特徴的なG:C→T:A変異(変異シグネチャー36)が蓄積していくのが目印です[7]

大腸がんの生涯リスク:一般人口 vs MUTYH関連ポリポーシス(MAP)

MAPは両アレル変異の場合、80歳までに大腸がんを発症する確率(最大)

約4.1%
70〜90%

一般人口

(生涯リスク)

MAP(両アレル変異)

(80歳まで)

リスクの差は歴然ですが、体質を早く知って大腸内視鏡などの定期検査(サーベイランス)を行えば、早期発見・予防につなげられます。だからこそ、原因を分子レベルで知ることに意味があります[10]

NTHL1関連腫瘍症候群(NAP)とは

🧬 遺伝子・疾患解説:NTHL1 と NTHL1関連腫瘍症候群(NAP)

NTHL1は、酸化したピリミジン(5-ヒドロキシシトシンなど)を取り除く二官能性グリコシラーゼの遺伝子です。両アレルに機能喪失型の変化(ナンセンス変異など)があるとNTHL1関連腫瘍症候群(NAP)になり、ゲノムにC→Tという書き換え(トランジション変異)がたまります[8]。これも常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)です。

NAPの特徴は、MAPのように大腸に偏るのではなく複数の臓器にがんが生じる「多発性腫瘍症候群」であることです。大腸ポリポーシス・大腸がんに加え、女性患者の半数以上(約53.8%)が生涯で乳がんを発症し、子宮内膜・卵巣・膀胱などのがんも報告されています[11]。60歳までに大腸以外のがんを発症する累積リスクは35〜78%にのぼると推定されています[11][12]

なお、片方のコピーだけに変化を持つ保因者では、大腸がんの明確なリスク上昇は主流の見解では認められていません[12]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「若くして大腸にポリープが多発」その背景に修復遺伝子があることも】

遺伝性腫瘍のカウンセリングをしていると、「家族に大腸がんが多い」「比較的若くしてポリープがたくさん見つかった」というご相談をよくいただきます。その背景には、家族性大腸腺腫症(APC遺伝子)やリンチ症候群(ミスマッチ修復遺伝子)だけでなく、今日お話ししたMUTYHやNTHL1といったBERの遺伝子が隠れていることがあります。常染色体潜性遺伝なので、ご両親に大腸がんがなくても、お子さんに体質が現れる——ここが見落とされやすいポイントです。

大切なのは、体質を「こわいもの」として終わらせないことです。原因の遺伝子がわかれば、何歳から、どのくらいの間隔で大腸内視鏡を受ければよいかという具体的な計画が立ちますし、血のつながったご家族にも検査をおすすめできます。臨床遺伝専門医として、わたしはいつも「分子の言葉を読み解くことは、将来の選択肢を増やすこと」だとお伝えしています。

6. BERとがん治療:PARP阻害薬と「合成致死性」

BERが「がんの原因」になる一方で、じつは同じBERの弱点を逆手に取って特定のがんだけを選択的に死なせる治療が実用化されています。それがPARP阻害薬で、卵巣がん・乳がん・膵がん・前立腺がんなどで使われています[16]

💡 用語解説:合成致死性(Synthetic Lethality)

2つの遺伝子・経路のうち片方だけが壊れても細胞は生きられるのに、両方が同時に壊れると初めて細胞が死ぬ、という現象です。たとえば、傘とレインコートのどちらか1つあれば濡れずに済むけれど、両方とも失うとずぶ濡れになる、というイメージです。がん細胞だけがすでに片方を失っている場合、もう片方を薬で止めれば「がん細胞だけ」が死に、正常細胞は生き残ります[16]

PARP1は、BERで一本鎖切断(DNAの片側の切れ目)を素早く感知して修復を呼び込むセンサーです。PARP阻害薬はこの働きを止めるだけでなく、壊れたPARPをDNA上に強く貼り付けたまま離れなくする「PARPトラッピング」という現象を起こします。この貼り付いたタンパク質が、進んでくる複製装置にとって大きな障害物となり、より重い損傷(二本鎖切断)へと発展します[16]。実際、PARPを単に減らした細胞よりも、薬でトラップした細胞のほうがはるかに強い毒性を示すことがわかっています[17]

ここでBRCA1/BRCA2という別の修復経路(相同組換え修復)の遺伝子が登場します。正常細胞はBRCAによる修復で二本鎖切断を直せるため、PARP阻害薬を乗り越えて生き残れます。ところがBRCA変異がん(相同組換え修復欠損=HRD)では、二本鎖切断を正しく直す手段がもともと欠けているため、PARP阻害薬を投与すると修復不能な損傷が蓄積し、がん細胞だけが死んでいきます[16]。これが合成致死性を応用した世界初の分子標的治療であり、プレシジョン医療(精密医療)の歴史的な転換点となりました[16]

7. BERの破綻と「老化・神経変性」

BERは、がんだけでなく「老化」とも深く関わります。動物実験では、年をとった脳のBER能力は、若い脳に比べて50〜75%も低下し、この低下がPol βの量・活性の減少とよく相関することが示されています[13]。とくにエネルギーを大量に使い、酸化ストレスが高い脳の神経細胞は、分裂しないためBERへの依存度が高く、修復の衰えの影響を受けやすい組織です[4]

実際、アルツハイマー病や軽度認知障害では、脳のBER能力の低下が認知障害の重症度と相関すること、また眼球運動失行を伴う失調症1型(AOA1)やコケイン症候群など、BER・一本鎖切断修復の異常が直接の原因となる神経の病気が知られています[13]。テロメア(染色体の末端)はグアニンに富み、酸化で8-oxoGができやすい場所でもあり、BERと細胞の老化をつなぐ研究テーマになっています[4]

🔍 関連記事:テロメアと細胞の老化

また、明確な遺伝性疾患でなくても、BER関連遺伝子の一塩基多型(SNP)が、がんのかかりやすさと関わることがあります。たとえばAPE1のAsp148Gluという多型は、乳がんや大腸がんなどのリスクと関連が報告されています[14]。さらに、穴埋めを担うPol β(POLB遺伝子)の体細胞変異(胃がんで見つかったT889C/L259Sなど)は、薬剤耐性や予後不良と関連することが示されています[15]

8. 遺伝学的診断・遺伝カウンセリングとの接続

ここまで読むと、「自分や家族はどうやって調べればいいの?」という疑問が出てくると思います。BERの遺伝子(MUTYH・NTHL1など)に関わる体質を調べるには、目的に応じて検査を選びます。出生前と出生後で大きく分かれるため、整理して理解しましょう。

🧑‍⚕️ 出生後(成人)の検査

遺伝性がんパネル検査:MUTYHなどBER関連を含む複数の遺伝性がん遺伝子を一度に調べる包括的がん遺伝子パネル検査(生まれ持った体質=生殖細胞系列を調べるもの)

保因者の検査:潜性遺伝の体質をカップルで調べる拡大版保因者スクリーニング(女性版787)男性版714

🩺 検査の前後に必ず

遺伝カウンセリング:検査の意味・結果の受け止め方・ご家族への影響を一緒に考えます。遺伝カウンセリングとは

担当:臨床遺伝専門医が、検査前後を一貫してサポートします。

💡 用語解説:常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)

遺伝子は父・母から1本ずつ、2本のコピーを受け継ぎます。常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)とは、2本ともに変化があって初めて体質(疾患)が現れるタイプです。1本だけ変化を持つ人は「保因者」と呼ばれ、ふだんは発症しません。MAPやNAPはこのタイプなので、ご両親が健康でも、両親がそれぞれ保因者だとお子さんに体質が現れることがあります。なお、ここでは新旧の用語をあわせて「潜性(劣性)」と表記しています。

検査でわかるのは「事実」であって「占い」ではありません。どの検査を受けるか、結果をどう活かすかはご本人・ご家族が決めることです。医師は中立な立場で情報を提供し、決定に伴走します。BER関連の体質が気になる場合は、まずは遺伝カウンセリングでご相談ください。

9. よくある誤解

誤解①「DNAは安定だから傷つかない」

実際には1細胞あたり1日に数万個の傷が自然に発生しています。BERのような修復系が休まず働いているからこそ、ゲノムの安定が保たれています。

誤解②「修復遺伝子はがんを防ぐだけ」

BERは確かにがんを防ぎますが、その弱点を逆手に取ったPARP阻害薬のように、がん治療の標的にもなります。守りと攻めの両面を持つのが修復経路です。

誤解③「親ががんでなければ遺伝しない」

MAP・NAPは常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)です。両親が健康な保因者でも、お子さんに体質が現れることがあります。家族歴がないから安心とは限りません。

誤解④「体質がわかっても何もできない」

むしろ逆です。原因がわかれば大腸内視鏡などの定期検査の計画が立ち、早期発見・予防につながります。血縁者の検査にも役立ちます。

10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「修復できない弱点」を逆手に取る——がん薬物療法の現場から】

がん薬物療法を専門とする立場から見ると、BERの物語はとても示唆に富んでいます。かつてがん治療は「分裂の速い細胞をまとめて叩く」発想が中心でした。しかしPARP阻害薬は、「このがん細胞は相同組換え修復が壊れている=特定の弱点がある」という分子の事実に基づいて、その弱点だけを突きます。BRCA変異がんの患者さんにこの薬が効くのを目の当たりにすると、「修復のしくみを理解することが、そのまま治療につながる時代になった」と実感します。

BERは、壊れれば遺伝性のがんや老化の原因になり、うまく突けばがん治療の武器になる——同じ仕組みが「守り」にも「攻め」にもなる、両義的な存在です。この記事が、ご自身やご家族の体質を考えるとき、そして治療の選択肢を理解するときの一助になればうれしく思います。気になることがあれば、どうぞ遠慮なく臨床遺伝専門医にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 塩基除去修復(BER)とミスマッチ修復(MMR)は何が違うのですか?

どちらもDNAの修復系ですが、担当する傷が違います。BERは酸化や脱アミノ化で生じた「1文字の化学的な傷」を直すのが得意です。一方、ミスマッチ修復(MMR)は、DNAをコピーするときに生じた「文字の入れ間違い(ミスペア)」や、短い挿入・欠失を直します。MMRの異常はリンチ症候群と関連します。詳しくはミスマッチ修復の解説もご覧ください。

Q2. MUTYH関連ポリポーシス(MAP)は遺伝しますか?親が健康なら大丈夫ですか?

MAPは常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の体質です。MUTYH遺伝子の2本のコピーの両方に変化があって初めて発症します。つまり、ご両親がそれぞれ片方だけ変化を持つ「健康な保因者」同士の場合でも、お子さんに体質が現れることがあります。家族歴がないからといって否定はできないため、若くして多発する大腸ポリープなどがある場合は、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q3. 8-oxoGとは何ですか?なぜそんなに重要なのですか?

8-oxoG(8-オキソグアニン)は、文字「G」が酸化してできる傷で、活性酸素によるDNA損傷のなかで最も多く、最も変異を起こしやすいものです。コピーのときにAと間違ってペアを組み、G:C→T:Aという文字の書き換えを引き起こします。これを防ぐのがMUTYHやOGG1などのBER酵素で、ここが弱いとがんにつながる変異がたまります。

Q4. PARP阻害薬はなぜBRCA変異のがんに効くのですか?

「合成致死性」という原理によるものです。正常細胞はBRCAによる相同組換え修復で深刻な傷(二本鎖切断)を直せるため、PARP阻害薬を乗り越えられます。ところがBRCA変異がんは、もともとこの修復ができないため、PARP阻害薬で生じた損傷を直せず、がん細胞だけが死にます。詳しくはPARP阻害剤の解説をご覧ください。

Q5. NTHL1関連腫瘍症候群(NAP)はMAPとどう違うのですか?

どちらもBERのグリコシラーゼ遺伝子の両アレル変化による潜性遺伝の体質ですが、性質が異なります。MAP(MUTYH)は8-oxoGに伴うG:C→T:A変異が中心で、大腸への偏りが強いのが特徴です。NAP(NTHL1)はC→T変異が中心で、大腸だけでなく乳がん(女性の約半数)など複数臓器にがんが生じる「多発性腫瘍症候群」の様相をとります。

Q6. BERの低下は老化や認知症と関係しますか?

関係が示唆されています。加齢とともに脳のBER能力は低下し、アルツハイマー病や軽度認知障害では、その低下が認知障害の重症度と相関することが報告されています。また、AOA1やコケイン症候群のように、BER・一本鎖切断修復の異常が直接の原因となる神経の病気も知られています。ただし、これらは研究段階の知見も多く、生活習慣だけで単純にBERを上げられるわけではない点には注意が必要です。

Q7. MUTYHやNTHL1の体質はどんな検査でわかりますか?

生まれ持った体質(生殖細胞系列)を調べる血液・唾液の遺伝子検査でわかります。ミネルバクリニックでは、MUTYHなどを含む包括的がん遺伝子パネル検査を提供しています。また、潜性遺伝の体質を妊娠前のカップルで調べる場合は、拡大版保因者スクリーニングという選択肢があります。検査の前後には遺伝カウンセリングをおすすめします。

Q8. ミトコンドリアの修復だけがBERに頼るのはなぜですか?

核には複数の修復系(バックアップ)がありますが、ミトコンドリアにはそうしたバックアップがほとんどありません。一方で、ミトコンドリアはエネルギーを作る過程で活性酸素を最も多く出す「酸化ストレスの最前線」です。そのため、酸化した文字を直すBERが事実上ただ一つの守りになっており、ここがうまく働かないとエネルギー産生の低下とさらなる活性酸素の発生という悪循環に陥りやすくなります。

🏥 遺伝性がん・遺伝子診断のご相談

MUTYH・NTHL1などBER関連の遺伝性がん体質や
遺伝子検査・遺伝カウンセリングについては
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] Overview of Base Excision Repair Biochemistry. PMC. [PMC3459583]
  • [2] Single-molecule studies of repair proteins in base excision repair. PMC. [PMC11788526]
  • [3] Base Excision Repair: Mechanisms and Impact in Biology, Disease, and Medicine. PMC. [PMC10531636]
  • [4] Base excision repair: A critical player in many games. PMC. [PMC4100245]
  • [5] Base Excision Repair (BER) in Eukaryotes. GeneGlobe (QIAGEN). [GeneGlobe]
  • [6] OGG1 and MUTYH DNA Glycosylases, the Dynamic Duo Against 8-oxoguanine. PMC. [PMC12938805]
  • [7] Repair of 8-oxoG:A Mismatches by the MUTYH Glycosylase: Mechanism, Metals & Medicine. PMC. [PMC5457711]
  • [8] NTHL1 and MUTYH polyposis syndromes: two sides of the same coin. The Journal of Pathology. [J Pathol / Ovid]
  • [9] MUTYH-associated polyposis. MedlinePlus Genetics (NIH). [MedlinePlus]
  • [10] MUTYH Associated Polyposis (MAP). PMC. [PMC2691665]
  • [11] Genotype-phenotype correlations in NTHL1-associated tumour syndrome: case report and literature review. Swiss Medical Weekly. [Swiss Med Wkly]
  • [12] NTHL1 Tumor Syndrome. GeneReviews®, NCBI Bookshelf (NIH). [NBK555473]
  • [13] The Impact of Base Excision DNA Repair in Age-Related Neurodegenerative Diseases. PMC. [PMC5576886]
  • [14] APE1 polymorphic variants cause persistent genomic stress and affect cancer cell proliferation. PMC. [PMC5041981]
  • [15] Clinical Significance of a Point Mutation in DNA Polymerase Beta (POLB) Gene in Gastric Cancer. PMC. [PMC4279090]
  • [16] Molecular mechanism of PARP inhibitor resistance. PMC. [PMC11420906]
  • [17] The underlying mechanism for the PARP and BRCA synthetic lethality: clearing up the misunderstandings. PMC. [PMC5528309]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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