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DAZ2遺伝子とは?Y染色体AZFc領域のDAZクラスターを構成する精子形成遺伝子|無精子症・gr/gr欠失との関係を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

臨床遺伝専門医監修

Q. DAZ2遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DAZ2は、Y染色体のAZFc領域にある「精子をつくるためのRNA結合タンパク質」の設計図で、DAZ1・DAZ3・DAZ4とあわせて4本1組(DAZファミリー)で存在します。その役割は、精子のもとになる細胞のなかで、必要なタンパク質を「必要なタイミングで一気につくる」ためのスイッチを担うことです。DAZ1と隣り合わせで一緒に失われやすいため、DAZ2だけを切り離して語ることはあまりなく、AZFc領域の欠失として男性不妊と関わります。DAZ2だけを狙って調べる臨床検査はなく、Y染色体の微小欠失検査(AZF検査)で領域ごとの欠失を判定します。

  • 4本1組のうちの1本 → DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4がAZFc領域にあり、DAZ1とDAZ2が1つのクラスター(かたまり)をつくる
  • 分子のはたらき → 標的mRNAとPABPC1を橋渡しし、精子のもとの細胞で全体的なタンパク質合成を後押しする翻訳の調節役
  • 男性不妊との関係 → AZFc領域の欠失は無精子症・高度乏精子症の主要な遺伝的原因のひとつ。ただしDAZ1/DAZ2欠失を単独リスクとみなせるかは議論が続いている
  • 検査でわかること → DAZ2単独ではなく、AZFa/b/cのどこが欠けているかを領域単位で判定する。当院の検査メニューにDAZ2は含まれない
  • 次世代への伝わり方 → AZFc欠失は息子には必ず受け継がれ、娘には受け継がれない。顕微授精の前に遺伝カウンセリングが重要

🧬 DAZ2遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 DAZ2(Deleted in Azoospermia 2)/別名 pDP1678
タンパク質 DAZ2タンパク質(RNA認識モチーフ〔RRM〕とDAZリピートをもつRNA結合タンパク質)
染色体上の位置 Y染色体長腕 Yq11.223(AZFc領域内)
OMIM番号 400026
主なはたらき 精子のもとになる細胞で、標的mRNAの翻訳(タンパク質合成)を調節する。DAZリピートを介してポリA結合タンパク質(PABP)と結びつく
主な発現部位 精巣(減数分裂前の精原細胞を中心に、精母細胞・精子細胞にも)。発現はほぼ生殖腺に限られる
生殖細胞系列変異と関連疾患 Y染色体AZFc領域の欠失により、無精子症・高度乏精子症と関連(DAZ2単独の点変異による疾患は確立していません)
体細胞変異 DAZ2を原因とする体細胞変異のがんは確立した報告はありません
検査上の注意 DAZ1〜4は配列がほぼ同一で1本ずつの読み分けが難しく、検査はY染色体微小欠失検査でAZFa/b/cの欠失を領域単位で判定します(詳しくは本文8をご覧ください)

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. DAZ2遺伝子とDAZファミリー ─ 「4本1組」で存在する精子形成の遺伝子

DAZ2は、Y染色体の上でDAZ1・DAZ3・DAZ4という3つの「そっくりさん」と一緒に、4本1組で存在する遺伝子です。この4本はまとめてDAZ遺伝子ファミリーと呼ばれ、いずれも精子をつくるためのRNA結合タンパク質の設計図です。DAZ2という1本だけを取り出して語る場面が少ないのは、このためです。

DAZ2は「Deleted in Azoospermia 2(無精子症で欠失している遺伝子2)」の頭文字をとった名前です。別名を pDP1678 といい、Y染色体の長腕にあるAZFc領域という場所に位置しています[1]。名前が示すとおり、この遺伝子群がまとめて失われると精子がつくれなくなる(無精子症)ことから発見されました。

DAZ2を理解するうえで、まず知っておいていただきたいのが「DAZ2は単独ではほとんど働きを分けて語れない」という点です。4本のDAZ遺伝子は塩基配列がほぼ同一で、しかも隣り合って並んでいます。そのため、Y染色体に欠失が起きるときは、DAZ2だけがピンポイントで失われるのではなく、隣のDAZ1と2本まとめて、あるいは4本すべてがまとめて失われる形になります。ご本人やご家族にとって意味のある単位は「DAZ2という1本」ではなく「AZFc領域がどの範囲まで欠けているか」だと考えていただくのが、この記事全体を読むうえでの出発点になります。

💡 用語解説:無精子症因子(AZF)とは

AZF(Azoospermia Factor=無精子症因子)は、Y染色体の長腕にある、精子形成に必要な遺伝子が集まった領域の総称です。AZFa・AZFb・AZFcの3つの区画に分かれており、DAZ遺伝子ファミリーはこのうちAZFcにあります。特発性(原因のはっきりしない)の無精子症・高度乏精子症の男性のおよそ10〜15%で、このAZF領域のどこかに微小な欠失が見つかると報告されています[2]。なかでもAZFc領域の欠失が最も高い頻度を占めます。

DAZ遺伝子ファミリーには、Y染色体の外にも親戚がいます。3番染色体にあるDAZL遺伝子と、2番染色体にあるBOULE(BOLL)遺伝子です。進化の順番でいうと、最も古いのがBOULE、次にDAZL、そして最も新しくY染色体に生まれたのがDAZ(DAZ1〜4)です[3]。BOULEやDAZLが男女どちらの生殖細胞にも関わるのに対し、Y染色体に移ったDAZは男性の精子形成に専門化したという違いがあります。名前が似ているDAZL(3番染色体)とDAZ(Y染色体)はよく混同されますが、場所も役割の広さも異なる別の遺伝子です。

DAZファミリー4本の並び方

AZFc領域では、4本のDAZ遺伝子が2本ずつペアを組んでいます。DAZ1とDAZ2が1つのかたまり(クラスター)、DAZ3とDAZ4がもう1つのかたまりです[1]。この「どの2本がペアを組んでいるか」が、あとで出てくる部分欠失の話でとても重要になります。DAZ2はDAZ1とペアなので、欠失するときも「DAZ1/DAZ2」というセットで失われることが多いのです。

遺伝子 場所 位置づけ
DAZ1 Y染色体 AZFc DAZ2とペアを組む。DAZ1/DAZ2クラスターとしてまとめて欠失しやすい
DAZ2(本ページ) Y染色体 AZFc DAZ1と同じクラスター。単独の点変異による疾患は確立していない
DAZ3 / DAZ4 Y染色体 AZFc もう1つのクラスター。この2本の欠失は妊孕性への影響が小さいとする報告がある
DAZL 3番染色体 DAZの祖先。男女両方の生殖細胞に関わる
BOULE 2番染色体 ファミリー最古の祖先。減数分裂の進行に関わる

2. AZFcの構造 ─ 「くり返し配列」だらけの壊れやすい場所

DAZ2が「なぜ壊れやすいのか」は、それが置かれている場所の構造で決まります。結論から言うと、AZFc領域はよく似た配列が何度もくり返し並んだ、非常に壊れやすい場所です。この構造が、男性不妊で最も多い遺伝的変化のひとつを生み出しています。

Y染色体は、ほかの染色体と違って、減数分裂のときに対になって組換えをする相手(相同染色体)をほとんど持ちません。そのため、傷ついた配列を相手と照合して直すという仕組みが働きにくく、よく似た配列がくり返し蓄積していきます。AZFc領域は、この「くり返し配列(アンプリコン)」が大量に集まった、長さおよそ3.5メガベース(約350万塩基対)にわたる巨大な区画です。その多くがパリンドローム(回文構造)という、前から読んでも後ろから読んでも同じになる対称的な並びでできています。DAZ1とDAZ2は「P1」という回文構造の一部に、DAZ3とDAZ4は「P2」という回文構造の一部に配置されています。

よく似た配列があちこちにあると、細胞分裂のときに「間違った相手どうしがくっついて組換えを起こす」という事故が起きやすくなります。これを非対立遺伝子相同組換え(NAHR)といいます。本来つながるべきでない場所どうしがつながり、そのあいだの配列がまるごと抜け落ちる。これがAZFc欠失の正体です[4]。ご本人にとっての意味を先に言えば、AZFcの欠失は「生活習慣や体調の問題」ではなくY染色体という設計図そのものの構造に由来するもので、後から努力で変えられる性質のものではない、ということになります。

💡 用語解説:パリンドローム(回文構造)

パリンドロームとは、「しんぶんし」のように前から読んでも後ろから読んでも同じになる並びのことです。DNAでも、ある配列とその「逆さまの複製」が向かい合って並ぶ構造をこう呼びます。AZFc領域はこのパリンドロームが幾重にも重なってできています。対称な配列は互いによく似ているため、細胞が「同じ場所」と勘違いして組換えを起こしやすく、これが欠失の起きやすさの根本原因になっています。

3. DAZ2の分子のはたらき ─ タンパク質合成の「スイッチ役」

DAZ2がつくるタンパク質は、精子のもとになる細胞のなかで「必要なタンパク質を、必要なタイミングで一気につくらせる」スイッチ役を担っています。設計図(mRNA)をただ待たせておくのではなく、合図に合わせて一斉に読み出させる。そのアクセルを踏む役目です。この意味を、順を追って説明します。

精子ができる過程では、多くの遺伝子がいったんmRNA(設計図のコピー)としてつくられたあと、すぐには使われず「翻訳されないまま静かに保管される」という特徴があります。適切な発生の時期が来るまで、タンパク質合成をわざと遅らせておくのです。DAZ2をはじめとするDAZファミリーのタンパク質は、この静かに眠っているmRNAを必要なときに呼び起こして翻訳を活性化する役割を果たします。

2024年に報告されたヒト由来の細胞を使った研究は、この分子メカニズムをはっきりと示しました。DAZタンパク質は、自身のRNA認識モチーフ(RRM)で標的mRNAをつかまえ、同時にDAZリピートという部分を介してポリA結合タンパク質(PABPC1)を引き寄せます。この橋渡しによって全体的なタンパク質合成が後押しされ、精子のもとになる細胞(精原細胞)が増えていくことが示されました[5]。逆にこの研究でDAZの働きを人工的に抑えると、翻訳が全体的に低下し、細胞の増殖が落ちました。DAZが「精原細胞を維持するために欠かせない翻訳の調節役」であることを、実験で裏づけた報告です。

DAZ2による「翻訳スイッチ」の仕組み

DAZ2遺伝子
設計図をつくる
DAZ2タンパク質
RRMで標的mRNAをつかむ
PABPを引き寄せる
DAZリピートが橋渡し
翻訳が活性化
精原細胞が増える

DAZ2が「設計図をつかむ手」と「合成装置を呼び寄せる手」の両方を持つことで、必要なタンパク質が一斉につくられます。この橋渡しが働かないと、精子のもとの細胞は十分に増えることができません。

💡 用語解説:RNA結合タンパク質とmRNAの3’側

RNA結合タンパク質は、その名のとおりRNA(設計図のコピー)にくっついて、いつ・どこで・どれだけタンパク質をつくるかを調節するタンパク質です。多くのmRNAは、末尾に3’非翻訳領域(3’UTR)という「調節のためのしっぽ」を持っており、DAZ2はこの部分に狙いを定めて結合します。設計図の本体(アミノ酸を指定する部分)ではなく、しっぽ側の調節領域を操作することで、翻訳の量やタイミングを細かく制御しているのです。

4. なぜDAZ2が精子形成に必要なのか ─ 「4本の予備」の意味

DAZ2が精子形成に必要な理由は、それが「翻訳のスイッチ役」を4本がかりで確実に担っているからです。逆に言えば、この4本がまとめて失われると、精原細胞を維持する仕組みそのものが崩れ、精子がつくれなくなります。

DAZ遺伝子が4本もあることには意味があります。前の章で見たように、DAZ2の分子的な仕事は「精原細胞のなかで翻訳を後押しし、細胞を増やし続けること」でした[5]。精子は生涯にわたって絶えずつくり続けなければならない細胞ですから、その供給源である精原細胞を安定して維持することが決定的に重要です。同じ働きをする遺伝子を複数もつことは、この重要な機能を確実に果たすための「予備」あるいは「増幅装置」だと考えられています。1本あたりの発現を積み重ねて、十分な量のタンパク質を確保しているわけです。

この「予備」という見方は、ご本人・ご家族にとっての意味にも直結します。DAZ2が1本だけ弱っても、残りのDAZ遺伝子がカバーできる可能性があります。しかし、DAZ1/DAZ2のクラスターがまとめて失われたり、4本すべてが失われたりすると、カバーが効かなくなります。「どれだけの範囲が失われたか」で結果が大きく変わるのは、このためです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因が分かる」ことは、決して悪い知らせではありません】

無精子症や高度乏精子症と向き合うとき、Y染色体の微小欠失が見つかると、多くの方が最初は落胆されるだろうと想像します。けれども私は、原因が特定できることには前向きな意味があると考えています。原因が分かれば、精子回収が期待できるのか、どの治療が現実的なのか、そして次の世代に何を伝えることになるのかを、具体的に見通せるようになるからです。たとえばAZFcの欠失であれば、AZFa・AZFbの完全欠失と違って、顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)で精子を回収できる可能性が残されていることが分かっています。同じ「Y染色体の欠失」でも、どの領域かによって見通しが変わるのです。

遺伝の話は、ときに「責められている」ように感じさせてしまうことがあります。しかしDAZ2の欠失は生活習慣や努力の問題ではなく、Y染色体という設計図の構造そのものに由来するものです。ご自身を責める必要はまったくありません。分かった事実をもとに、これからどう進むかを一緒に整理していく。それが遺伝医療の役割だと考えています。

5. AZFc完全欠失(b2/b4欠失)─ 4本まとめて失われるとき

AZFc欠失のなかで最も代表的なのが、領域まるごとが失われる完全欠失(b2/b4欠失)です。DAZ2を含む4本のDAZ遺伝子がすべて失われるため、精子形成に強い影響が出ます。

b2/b4欠失は、約3.5メガベースにわたるAZFc領域がごっそり抜け落ちるもので、Y染色体微小欠失のなかでも最も高い頻度を占めます[4]。このとき失われるのはDAZ1〜4だけではありません。CDY1やBPY2といった、やはり精子形成に関わる別の遺伝子群も一緒に失われます[4]。臨床的には無精子症または高度乏精子症を引き起こし、精巣の組織を調べると、精子のもとになる細胞が見あたらず支持細胞だけが残るセルトリ細胞のみ症候群(SCOS)、成熟が途中で止まる成熟停止、精子形成が弱まる低精子形成など、さまざまな像を示します。

ここで、ご本人にとって重要な区別があります。同じY染色体の欠失でも、AZFa・AZFbの完全欠失とAZFcの欠失とでは、精子が回収できる見込みが大きく違うのです。AZFa・AZFbの完全欠失では精巣内に精子がほぼ見つからず、精子回収はきわめて難しいとされます。一方、DAZ2を含むAZFcの欠失では、精巣のなかに部分的に残った精子形成の場所から精子を回収できる可能性が残されています。この違いは、治療の選択肢を考えるうえでとても大切な情報です。具体的な回収率については、後の検査の章で改めて触れます。

6. 部分欠失とgr/gr欠失 ─ 「DAZ1/DAZ2が失われるとき」の議論

AZFcの一部だけが失われる部分欠失は、いま臨床遺伝学で最も活発に議論されているテーマです。結論を先に言うと、部分欠失は「必ず不妊になる」わけでも「まったく無害」なわけでもなく、正常な精子から無精子症まで、非常に幅広い結果につながります。DAZ2はこの議論の中心にいます。

代表的な部分欠失にgr/gr欠失、b1/b3欠失、b2/b3欠失があります。gr/gr欠失とb1/b3欠失はいずれも約1.6メガベース、b2/b3欠失は約1.8メガベースの範囲が失われ、これらの部分欠失では4本あるDAZ遺伝子のうち2本が失われて2本が残ります[6]。ここで「どの2本が失われるか」が問題になります。失われる組み合わせには、大きく「DAZ1/DAZ2が失われるパターン」と「DAZ3/DAZ4が失われるパターン」があるのです。

同じ「gr/gr欠失」でも、失われる2本で意味が変わる

DAZ1/DAZ2が失われるパターン

精子形成障害・男性不妊のリスク因子として報告が積み重なっている(とくに東アジア系集団)。ただし関連を再現できない報告もあり、議論は続いています。

DAZ3/DAZ4が失われるパターン

とくに東アジア系集団では、精子形成への影響がほとんど、あるいはまったくないと報告されています。ハプログループによっては欠失が固定していても妊孕性は保たれます。

同じ「2本欠失」でも、失われる2本の組み合わせによって意味が大きく異なると考えられています。ただしこの区別を確立事実として断定できる段階ではなく、集団や遺伝的背景によって結論が食い違う点に注意が必要です。

DAZ1/DAZ2の同時欠失をリスクとみなす報告は複数あります。南中国の集団を対象とした研究では、不妊男性でDAZ1/DAZ2欠失が多く、妊孕性のある男性ではDAZ3/DAZ4欠失が多いという傾向が示されました[7]。中国のより大きな集団の研究でも、DAZ遺伝子全体やDAZ1/DAZ2の欠失パターンが患者で有意に高頻度だったと報告されています[8]。またチュニジアの集団では、DAZ2とDAZ4の複合欠失が男性不妊と関連するという別のパターンも報告されました[9]

一方で、これに否定的な報告も同じくらい重要です。中国の正常精子男性を調べた研究は、gr/gr欠失によるDAZ1/DAZ2クラスターの喪失だけでは、精子形成障害を起こすには不十分だと結論づけました[10]。東アジア人を対象とした別の研究も、頻度の高い部分欠失は精子形成障害のリスクを高めないと報告しています[11]。つまり「DAZ1/DAZ2が失われた=不妊になる」という単純な図式は成り立たないというのが、現在のより慎重な見方です。

この幅広さを説明する手がかりのひとつが、DAZ遺伝子だけでなく、隣にあるCDY1という遺伝子との「共欠失」です。インドの集団を対象とした研究では、AZFcの部分欠失のなかでもDAZを2コピーとCDY1を1コピー同時に失った場合に、無精子症・高度乏精子症のリスクが際立って高くなる(オッズ比29.7および26)と報告されました[12]。DAZ2単独の欠損というより、周囲の遺伝子との組み合わせや、Y染色体全体の遺伝的背景(ハプログループ)が結果を左右していると考えられています。ご本人・ご家族にとっては、部分欠失が見つかってもそれだけで将来を断定することはできない、というのが正直なところです。

7. 進化のなりたち ─ DAZは霊長類の「新しい遺伝子」

DAZ2がなぜY染色体の上で4本にまで増えたのかは、進化の歴史をたどると見えてきます。結論として、DAZは霊長類の進化のなかで比較的最近になってY染色体に移り、そこで増幅した「新しい遺伝子」です。この事実は、DAZが人類共通の祖先を考えるうえでも手がかりになります。

霊長類のY染色体を比較した研究によると、旧世界ザルであるアカゲザルはDAZ遺伝子を1コピーしか持ちません。ところが大型類人猿では複数のコピーを持ち、ボノボやゴリラで2コピー、オランウータンでは少なくとも6コピーにまで増えています[3]。ヒトの4コピーも、この増幅の流れのなかにあります。しかもAZFc領域のくり返し配列は、一部の霊長類にしか見られないものがあり、それぞれの配列が異なる時期にY染色体へやってきたことを示しています。DAZは、進化のなかで何度も「重複してコピーを増やす」というイベントをくり返してきた遺伝子なのです。

ヒトのDAZコピー数の増幅は、比較的最近の重複によると推定されています。世界各地の集団を調べても、ほとんどの男性が複数のDAZコピーをよく似た形で持っていることが分かっており、これはY染色体の共通祖先が比較的最近にさかのぼれることを示唆します。ただし「DAZのコピー数だけからヒトの単一起源を証明できる」というほど単純な話ではなく、あくまで多くの証拠のひとつとして位置づけるのが妥当です。ご本人にとっての意味を言えば、DAZは人類が共通してもつ、精子形成のための比較的新しい仕組みだということになります。

8. 検査でわかること ─ DAZ2は「領域単位」で調べる

DAZ2の検査で最も大切なのは、DAZ2という1本を狙って調べる臨床検査は存在しないという点です。DAZ1〜4は配列がほぼ同一で互いに区別が難しいため、実際の検査は「AZFa・AZFb・AZFcのどこが欠けているか」を領域単位で判定する形をとります。

この検査はY染色体微小欠失検査(AZF検査)と呼ばれ、STSマーカーという目印を使ったPCRで領域の有無を判定します[13]。ヨーロッパアンドロロジー学会(EAA)と分子遺伝学の品質管理ネットワーク(EMQN)が国際的なガイドラインを定めており、その最新版(2023年版)では、AZFa・AZFbの欠失範囲を判定する目印が見直されました。従来使われていた sY83・sY143 は推奨から外れ、代わりに sY1064・sY1192 が第一選択となっています[13]。AZFcの判定には従来どおり sY254・sY255 が使われ、この2つはDAZ遺伝子を標的にしています。標準的な検査では、gr/gr欠失のような部分欠失を細かく見分けることは難しく、部分欠失のサブタイプを精密に判定するには研究レベルの手法が必要です。

💡 用語解説:当院の検査メニューとDAZ2

当院の男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)不妊症遺伝子検査には、DAZ1〜4は含まれていません。これはこれらのパネルの精度が低いという意味ではなく、DAZ遺伝子群がコピーどうしでほぼ同一の配列をもち、次世代シーケンサーで1本ずつ正確に読み分けることが技術的に難しいためです。AZFc欠失は、上に述べたSTSマーカーを使うY染色体微小欠失検査で領域として判定するのが標準的な方法です。

AZFc欠失が見つかった場合の見通しについても触れておきます。前の章で述べたとおり、AZFcの欠失では精巣内の一部に残った精子形成の場所から精子を回収できる可能性があります。顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)による精子回収率は、報告によって幅がありますが、あるレビューでは平均47%(13〜100%)[14]、より新しい系統的レビューでは62.4%[15]と報告されています。回収された精子を用いた顕微授精(ICSI)は現実的な選択肢ですが、AZFc欠失のある方では受精率・臨床妊娠率・生児獲得率がやや低いという報告もあり[16]、事前に十分な説明を受けることが大切です。あわせて、Y染色体の欠失は数の異常(クラインフェルター症候群など)と併存することもあるため、染色体検査(Gバンド法)とセットで評価するのが一般的です。

9. 次世代への伝わり方と再生医療の可能性

AZFc欠失をもつ方が顕微授精で男の子を授かった場合、その息子には同じY染色体の欠失が必ず受け継がれます。これは、AZFc欠失を考えるうえで最も大切な事実のひとつです。逆に、女の子にはY染色体そのものが伝わらないため、この欠失は受け継がれません。

息子がAZFc欠失を受け継いだ場合、その子も将来、父親と同じように精子形成の問題に直面する可能性が高くなります。さらに、部分欠失をもつ方の場合、次の世代でその欠失範囲が広がる可能性が理論的に指摘されています。こうした点があるため、顕微授精を始める前には、Y染色体微小欠失のスクリーニングを行い、「欠失が確実に息子へ伝わること」「将来の世代に不妊が続く可能性があること」をご夫婦で十分に理解したうえで進めることが、国際的なガイドラインでも重視されています。当院ではこうした情報提供を、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングのなかで丁寧に行っています。

将来に向けた研究の話題として、DAZ2は再生医療の分野でも注目されています。2021年に報告された研究では、精巣のなかにある支持細胞(セルトリ細胞)に、DAZL・DAZ2・BOULEという3つの遺伝子を強く働かせることで、精子のもとになる細胞(男性生殖系列幹細胞)へ直接つくり変えることに成功したと報告されています[17]iPS細胞を経由する方法よりも効率がよい可能性があり、精子を体内でつくれない方に向けた将来の治療につながるかもしれない、と期待されています。ただしこれはまだ研究段階の話であり、現時点の治療として使えるものではありません。「今すぐ何かができる」という誤解につながらないよう、あくまで研究の動向としてお伝えしておきます。

10. DAZ2をめぐるよくある誤解

誤解①「DAZ2だけを調べれば原因が分かる」

DAZ1〜4は配列がほぼ同一なので、DAZ2だけを切り出して調べる臨床検査はありません。検査は「AZFcという領域が欠けているか」を単位として判定します。ご本人にとって意味があるのは1本の遺伝子名ではなく、欠けている領域の範囲です。

誤解②「DAZ1/DAZ2が失われたら必ず不妊」

DAZ1/DAZ2の同時欠失をリスクとする報告がある一方で、それだけでは精子形成障害を起こすには不十分だとする報告もあります[10]。結果は集団や遺伝的背景によって幅があり、「見つかった=不妊」と断定はできません。

誤解③「AZFc欠失なら精子は絶対に採れない」

AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収が非常に難しいのに対し、AZFc欠失では精巣内に残った場所から精子を回収できる可能性があります[14]。同じ「Y染色体の欠失」でも、どの領域かで見通しが変わります。

誤解④「DAZ2の欠失は生活習慣が原因」

AZFc欠失は、Y染色体のくり返し配列の構造に由来して細胞分裂の際に生じるもので、生活習慣や体調・努力の問題ではありません。ご自身を責める必要はなく、事実に基づいて次の一歩を考えることが大切です。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、精液検査でAZFcやDAZ遺伝子に触れる結果を受け取った方、これから男性不妊の検査を考えている方、あるいはご家族の検査結果を一緒に理解しようとされている方が多いのではないかと思います。次に確認しておくとよい観点を挙げておきます。

まず「AZFa/b/cのどの領域が欠けているか」です。回収の見込みが領域によって大きく変わるため、ここが出発点になります(AZFc欠失とはY染色体の異常)。次に次世代への伝わり方(息子には必ず伝わり、娘には伝わらない)と、染色体の数の異常が併存していないか染色体検査)を確認しておくと、その後の話し合いがスムーズになります。判断に迷うときは、遺伝カウンセリングで一緒に整理することができます。

よくある質問(FAQ)

Q1. DAZ2遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

DAZ2はY染色体の長腕(Yq11.223)のAZFc領域にある遺伝子で、DAZ1・DAZ3・DAZ4とあわせて4本1組で存在します。つくられるのはRNA結合タンパク質で、精子のもとになる細胞のなかで、標的となる設計図(mRNA)とポリA結合タンパク質を橋渡しし、必要なタンパク質を必要なタイミングでつくらせる翻訳の調節役を担っています。DAZ1と隣り合ってペア(クラスター)を組んでいるのが特徴です。

Q2. DAZ2だけを調べる検査はありますか?

DAZ2という1本だけを狙って調べる臨床検査はありません。DAZ1〜4は塩基配列がほぼ同一で互いに区別が難しいため、実際にはY染色体微小欠失検査(AZF検査)で、AZFa・AZFb・AZFcのどの領域が欠けているかを領域単位で判定します。当院の男性不妊症NGSパネルや不妊症遺伝子検査にもDAZ1〜4は含まれておらず、AZFc欠失はSTSマーカーを用いた専用の検査で調べるのが標準です。

Q3. DAZ1/DAZ2が欠けていると言われました。必ず不妊になりますか?

必ずしもそうとは言えません。DAZ1/DAZ2の同時欠失を精子形成障害のリスク因子とする報告がある一方で、それだけでは障害を起こすには不十分だとする報告もあり、議論が続いています。結果は集団や遺伝的背景、周囲の遺伝子との組み合わせによって大きく幅があります。したがって、DAZ1/DAZ2の欠失が見つかっても、それだけで将来を断定することはできません。実際の精液所見や他の検査とあわせて、総合的に評価することが大切です。

Q4. AZFc欠失がある場合、精子を採ることはできますか?

可能性は残されています。AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収がきわめて難しいのに対し、DAZ2を含むAZFcの欠失では、精巣内に部分的に残った精子形成の場所から精子を回収できることがあります。顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)による回収率は報告によって幅があり、平均47%とするレビューや62.4%とする系統的レビューがあります。回収された精子を用いた顕微授精(ICSI)が現実的な選択肢になります。

Q5. AZFc欠失は子どもに遺伝しますか?

男の子には必ず受け継がれ、女の子には受け継がれません。Y染色体は父親から息子へそのまま伝わるため、AZFc欠失をもつ方が顕微授精で男の子を授かった場合、その欠失は100%息子に伝わります。息子も将来、同じように精子形成の問題に直面する可能性が高くなります。女の子にはY染色体自体が伝わらないため、この欠失によるリスクは生じません。顕微授精を始める前に、この点をご夫婦で理解しておくことが重要です。

Q6. DAZ(Y染色体)とDAZL(3番染色体)は何が違うのですか?

場所も役割の広さも異なる別の遺伝子です。DAZ(DAZ1〜4)はY染色体にあり、男性の精子形成に専門化しています。一方DAZLは3番染色体にあり、DAZの祖先にあたる遺伝子で、男女どちらの生殖細胞にも関わります。名前がよく似ているため混同されがちですが、DAZが失われても娘には影響しないのに対し、DAZLは常染色体にあるため男女ともに関係する、という違いがあります。

Q7. DAZ2はがんの原因になりますか?

現時点では、DAZ2を原因とする体細胞変異のがんについて確立した報告はありません。DAZ2の働きはほぼ精巣(生殖腺)に限られており、体のほかの部分でがんを引き起こすようなドライバー変異は知られていません。DAZ2はあくまで精子形成に関わる遺伝子として理解していただくのが適切です。

Q8. DAZ2の欠失が見つかったら、まず何を確認すればよいですか?

まず「AZFa・AZFb・AZFcのどの領域が、どこまで欠けているか」を確認することが出発点になります。回収の見込みが領域によって大きく変わるためです。あわせて、染色体の数の異常(クラインフェルター症候群など)が併存していないかを染色体検査で確認し、次世代への伝わり方についても整理しておくと、その後の話し合いがスムーズになります。判断に迷うときは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでこれらを一緒に整理することをおすすめします。

Q9. 女性にもDAZ2遺伝子はありますか?

ありません。DAZ2はY染色体の上にある遺伝子で、Y染色体は男性だけがもっています。そのため女性にはDAZ2(およびDAZ1・DAZ3・DAZ4)は存在しません。ただし、DAZの祖先にあたるDAZLは3番染色体、BOULEは2番染色体という、男女どちらももつ常染色体の上にあります。DAZLは女性の卵子形成にも関わっており、「DAZファミリーの働きが女性の生殖と無関係」というわけではありません。あくまでY染色体上のDAZ(DAZ1〜4)が男性特有だ、とご理解ください。

Q10. DAZ2の異常は健康診断や普通の血液検査で分かりますか?

分かりません。健康診断や一般的な血液検査では、Y染色体の微小欠失を調べる項目は含まれていません。AZFc領域の欠失を確認するには、専用のY染色体微小欠失検査(AZF検査)が必要です。多くの場合、精液検査で無精子症や高度乏精子症が指摘され、その原因を調べる過程でこの検査が行われます。したがって、症状や検査のきっかけがないまま偶然に見つかることは、ほとんどありません。気になる場合は、まず精液検査と専門医への相談から始めるのが現実的です。

Q11. DAZ2(AZFc)の欠失があっても、子どもを持つことはできますか?

可能性はあります。AZFc欠失では、精巣内に部分的に残った精子形成の場所から顕微鏡下精巣内精子採取術(microTESE)で精子を回収できることがあり、回収された精子を用いた顕微授精(ICSI)で子どもを授かる道が開けています。ただし、注意しておきたい点が2つあります。1つは、AZFc欠失をもつ方から生まれた男の子には同じ欠失が必ず受け継がれ、その子も将来同じ問題に直面する可能性が高いこと。もう1つは、AZFc欠失のある方ではICSIの成績(受精率・臨床妊娠率・生児獲得率)がやや低いという報告もあることです。これらを含めて、治療を始める前に十分な説明を受け、ご夫婦で理解しておくことが大切です。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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