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AZFc欠失とは?Y染色体微小欠失による男性不妊を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

精子をつくる指令は、Y染色体の長腕に集まった「AZF(無精子症因子)」という遺伝子のかたまりに書き込まれています。その一番端にあるAZFc領域が丸ごと抜け落ちるAZFc欠失(Y染色体AZF微小欠失)は、無精子症や重症乏精子症といった男性不妊の背景に潜む、代表的な遺伝的原因です。まれな異常に見えますが、その仕組みを知ることは「精子ができない・少ない原因は何か」「自分の精子で子を持てるのか」「子どもに受け継がれるのか」という、男性不妊で誰もが向き合う問いの全体像を理解することにつながります。本記事では、AZFc欠失が起こる仕組みから、AZFa・AZFbとの違い、検査、micro-TESEによる精子回収の見込み、次世代への遺伝までを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 Y染色体・無精子症・精子回収・遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. AZFc欠失とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. AZFc欠失は、Y染色体の長腕にある精子形成の遺伝子群(AZFc領域)がまとめて失われる変化で、無精子症〜重症乏精子症など男性不妊の主要な遺伝的原因のひとつです。クラインフェルター症候群に次いで2番目に多い既知の遺伝的要因とされ、Y染色体微小欠失のなかで最も頻度が高いタイプです。ただしAZFa・AZFbの欠失とは異なり、精巣のなかに精子がわずかに残っていることが多く、手術で精子を回収して自分の子を持てる可能性が残されています。

  • 頻度と位置づけ → 一般男性の約4,000人に1人。無精子症の約10〜15%、Y染色体微小欠失の約80%を占める
  • 起こる仕組み → よく似た反復配列どうしの誤った組換え(NAHR)で、約3.5 Mbが抜けDAZ遺伝子などが失われる
  • 精子回収の見込み → AZFa・AZFbの完全欠失は精子回収が事実上できないのに対し、AZFcはmicro-TESEで約半数以上に精子が見つかる
  • 診断 → 血液1本のAZF-PCR検査で調べる。通常の染色体(核型)検査では見つからない
  • 遺伝 → 生まれる男児には受け継がれるが、女児は父からX染色体を受け継ぐため影響を受けない

1. AZFc欠失とは ─ 男性不妊で2番目に多い遺伝的原因

AZFc欠失は、精子をつくるための遺伝子が集まったY染色体上の「AZFc領域」がまとめて失われる変化で、無精子症や重症乏精子症といった男性不妊の背景にある代表的な遺伝的原因です。まずはこの一文を出発点にしてください。

不妊に悩むカップルは全体の約15%にのぼり、そのうちおよそ半数に男性側の要因が関わるとされています。男性不妊のなかでも、精液中に精子がまったく見られない無精子症や、精子が極端に少ない重症乏精子症の遺伝的な原因として、クラインフェルター症候群(47,XXY)に次いで2番目に多いのがY染色体微小欠失です[1]。非閉塞性無精子症の患者さんの約10〜15%にこの変化が見つかると報告されています。

Y染色体微小欠失は、抜け落ちる場所によってAZFa・AZFb・AZFcの3タイプに分かれます。このうちAZFcの欠失が全体の約80%を占め、圧倒的に多いタイプです[1]。一般の男性では約4,000人に1人と見積もられていますが、不妊の男性ではその割合が大きく上がります[1]

ここで、ご本人やご家族にとって大切な意味を先にお伝えします。AZFc欠失という診断は「精子ができない・少ない原因がはっきり分かった」という一区切りであると同時に、AZFa・AZFbの欠失とは予後がまったく異なるという朗報でもあります。後の章で詳しく述べますが、AZFcでは精巣のなかに精子が残っていることが多く、手術で回収して体外受精につなげられる可能性が残されているからです。原因の名前を知ることは、次に選べる道を具体的に描くための第一歩になります。

💡 用語解説:無精子症と乏精子症

無精子症は、射精した精液を遠心分離しても精子が見つからない状態です。精子の通り道がふさがる「閉塞性」と、精子そのものがほとんどつくられない「非閉塞性(NOA)」に分かれ、AZFc欠失は後者にあたります。乏精子症は精子はいるものの数が少ない状態で、重症では1mLあたり100万〜500万未満まで減ります。AZFc欠失では、無精子症から重症乏精子症まで幅広い状態をとります。

2. Y染色体とAZF領域 ─ 精子をつくる遺伝子が集まる場所

Y染色体の長腕には「AZF(無精子症因子)」と呼ばれる区画があり、そこに精子形成に欠かせない遺伝子が集中しています。AZFはセントロメアに近い側からAZFa・AZFb・AZFcの3つに分かれ、どの区画が失われるかで精子形成の障害のされ方が変わります。

Y染色体の約95%は「男性特異的領域(MSY)」と呼ばれ、X染色体とは組換えを起こしません。そのため、いったん壊れると修復されにくいという性質があります。AZFa領域にはUSP9Y・DDX3Y(旧名DBY)という単一コピーの遺伝子があり、精子のもとになる細胞のごく早い段階で働きます[2]。AZFb領域にはRNAに結合するRBMY1などが、AZFc領域にはDAZ遺伝子ファミリー・BPY2・CDY1といった遺伝子が並んでいます[2]。とりわけDAZは生殖細胞だけで働くRNA結合タンパク質をつくり、精子の発生と成熟に深く関わります。

図1:Y染色体長腕のAZF領域と主な遺伝子

AZFa(近位)

USP9Y・DDX3Y
精子形成の最初期に必須

AZFb(中間)

RBMY1 ほか
減数分裂の進行に関与

AZFc(遠位)

DAZ×4・BPY2・CDY1
精子形成の後半を支える

※セントロメアに近い側(左)から遠位(右)へ。AZFc欠失で失われるのは一番右の区画です。

この地図が、ご本人やご家族の理解にどうつながるかをお伝えします。「Y染色体の微小欠失」と言われると漠然と不安になりますが、実際にはどの区画が欠けているかで見通しがはっきり分かれます。検査結果に「AZFc」と書かれているか「AZFa」「AZFb」と書かれているかは、後の精子回収の可能性を大きく左右する情報です。結果を受け取ったら、まずこの区画名を確認することが、次の相談の出発点になります。

3. なぜAZFc領域は欠失しやすいのか ─ 反復配列とNAHR

AZFcが最も欠失しやすいのは、この領域がよく似た配列の繰り返し(アンプリコン)でできているためで、減数分裂のときに配列どうしが取り違えられて誤った組換えが起こるからです。これはご本人の生活習慣や親の行いとは無関係に生じる、偶発的な現象です。

AZFc領域は、ほぼ同じ塩基配列をもつ「アンプリコン」がパリンドローム(回文)状に何組も並んだ構造をしています。精子をつくる減数分裂のとき、染色体が対合する過程で、本来ペアを組むべきでないそっくりな配列どうしが誤って組換わることがあります。これを非対立遺伝子相同組換え(NAHR)と呼びます。代表的な完全欠失は、b2とb4という2つのアンプリコンのあいだで組換えが起こって生じ、約3.5 Mb(メガベース)のDNAとおよそ21個の遺伝子コピーがまとめて失われます[2]

図2:b2/b4完全欠失が起こる仕組み

よく似た反復配列「b2」…(DAZ×4・BPY2・CDY1)…「b4」が並ぶ

↓ 減数分裂でb2とb4を取り違えて組換え(NAHR)

あいだの約3.5 Mbがまるごと脱落
→ DAZ×4・BPY2・CDY1 を含む約21遺伝子コピーが消失

失われる遺伝子のなかで最も注目されるのがDAZ(Deleted in Azoospermia)で、Y染色体上に4コピー(DAZ1/2とDAZ3/4)が向かい合って配置されています。b2/b4欠失ではこの4コピーがすべて失われます[2]。ヒストンをプロタミンに置き換える働きに関わるCDY1や、BPY2といった遺伝子も同時に失われます。当院のDAZ1遺伝子の解説ページもあわせてご覧いただくと、AZFcで何が失われるのかがより具体的にイメージできます。

💡 用語解説:NAHR(非対立遺伝子相同組換え)

ゲノムには、進化の過程で増えたそっくりな配列があちこちにあります。細胞分裂の際、これらが「同じ相手」と勘違いされて組換わってしまうのがNAHRです。AZFcはこの反復構造が特に密集しているため、欠失も重複も起こりやすい「壊れやすい場所」になっています。誰にでも一定の確率で起こりうる偶発的な現象であり、生活習慣や心がけで防げるものではありません。

4. AZFa・AZFbとの違い ─ 精子回収の見込みが大きく変わる

同じ「Y染色体微小欠失」でも、AZFaやAZFbの完全欠失では精巣に精子がほぼ存在せず手術での回収が事実上できないのに対し、AZFc欠失では精子が残っていることが多く、回収できる見込みが大きく異なります。ここがこの病態を理解するうえで最も重要な分かれ道です。

AZFaの完全欠失では、精巣の精細管に生殖細胞がまったく存在しないセルトリ細胞単独症候群(SCOS)を示し、精子は得られません。AZFbの完全欠失では、精子形成が減数分裂の段階で止まってしまいます。これらの領域が完全に欠失した場合、精巣内から精子が見つかる確率は事実上ゼロに近く、外科的な精子採取(TESE)は勧められません[3]

一方でAZFc欠失は事情が違います。精巣全体で見ると精子形成は大きく低下していますが、局所的に精子形成が残っている「島」が点在していることが多いのです。この局所性こそが、後述する顕微鏡下の精子採取(micro-TESE)が成功しうる生物学的な根拠になっています。

図3:欠失部位ごとの精子回収の見込み

AZFa・AZFbの完全欠失

精子回収は事実上できない(回収率ほぼ0%)。TESEは勧められず、提供精子や養子縁組の検討へ。

AZFcの欠失

精巣に精子が残る「島」が点在。micro-TESEで約半数以上に精子が見つかる余地がある。

この違いは、ご本人やご家族にとって具体的な意味を持ちます。検査結果が「AZFa完全欠失」「AZFb完全欠失」であれば、つらい内容ですが、精子回収の手術を繰り返す前に別の家族形成の選択肢へ気持ちを向ける材料になります。逆に「AZFc欠失」であれば、自分の精子で子を持てる可能性が現実的に残っているということです。同じ「欠失」という言葉でも、次に取れる道はまったく異なります。

5. 部分欠失(gr/gr・b2/b3)の読み方 ─ 集団によって意味が変わる

AZFcには全体が抜ける完全欠失(b2/b4)だけでなく、一部だけが抜ける「部分欠失」があり、その意味は集団によって大きく異なります。部分欠失が見つかっても、それだけで精子形成の障害を説明できるとは限りません。

代表的な部分欠失にはgr/gr欠失やb2/b3欠失があります。完全欠失がほぼ一律に重い不妊をもたらすのに対し、部分欠失の臨床的な意味は集団間で複雑に変わります。実際、スラヴ系(ロシア人)の一般男性700人を調べた研究では、部分AZFc欠失が19.7%と高頻度に見られたにもかかわらず、それらが精子形成や精液所見の悪化と独立して結びつくわけではないことが示されています[4]。この集団ではb2/b3やgr/grが特定のY染色体系統(ハプログループ)に固定されており、ほかの遺伝的要因が悪影響を打ち消していると考えられています[4]

なかでもgr/gr欠失は、集団によっては精子数の低下や精巣胚細胞腫瘍のなりやすさと関連する集団特異的なリスク因子として位置づけられています[5]。したがって部分欠失の解釈には、その人の民族的背景や集団のデータを踏まえた高度な判断が必要になります。

この点は、検査結果を受け取ったご本人にとって、受け止め方の分かれる情報になります。もし結果に「gr/gr部分欠失」とだけ書かれていても、それが直ちに「不妊の原因が確定した」ことを意味するわけではありません。部分欠失は、精液所見や他の検査とあわせて総合的に読む必要があるのです。自己判断で結論を出さず、結果の意味を臨床遺伝専門医と一緒に整理していくことが大切だと考えています。

6. 症状と精巣の状態 ─ 見た目は健康でも精子形成は多様

AZFc欠失のある方は、不妊以外に目立った身体的な症状を示さないのが通常で、精巣のなかの状態は同じ人のなかでも場所によってばらばらです。だからこそ「見た目や普段の生活では気づけない」という点を知っておくことが大切です。

ホルモンの面では、精子形成を促す卵胞刺激ホルモン(FSH)が高めになることが多く、精巣の体積がやや小さくなることもありますが、必ずしも全員が異常値を示すわけではありません。精巣の組織を調べると、その内部はきわめて不均一で、生殖細胞がまったく見られないセルトリ細胞単独症候群(SCOS)、精子形成が途中で止まる成熟停止、精子はできているが量が乏しい精子形成低下が、同じ精巣のなかに混在していることが分かっています。AZFc欠失の患者さんでは、SCOSが約46%、成熟停止が約38.2%、精子形成低下が約15.7%という内訳が報告されています[3]

図4:AZFc欠失における精巣組織像の内訳

この「ばらつき」は、ご本人にとって大切な意味を持ちます。精巣のごく一部でも精子形成低下の領域が残っていれば、そこを狙って精子を回収できる可能性があるからです。精液検査で精子がゼロでも、精巣のなかまで見れば話が変わりうる──これがAZFc欠失を「絶望的な無精子症」と一括りにできない理由です。だからこそ、精液検査の結果だけで将来を判断せず、精巣の状態を評価する道が残されていることを知っておいていただきたいと考えています。

7. 診断の進め方 ─ 血液1本のAZF-PCRで調べます

AZFc欠失は、血液を採ってDNAを取り出し、AZF領域の目印(STS)をPCRで増やして調べる検査で診断します。通常の染色体(核型)検査では小さすぎて見つからないため、AZF専用の検査が必要です。

国際的なガイドライン(米国泌尿器科学会AUA・米国生殖医学会ASRM)は、検査を勧める基準を精子濃度で明確に定めています。無精子症、または精子濃度が100万/mL以下で、FSHの上昇や精巣萎縮などを伴う男性には、Y染色体微小欠失(AZF)検査が強く推奨されます[6]。あわせて、精子濃度500万/mL未満などの条件では染色体(核型)検査も推奨されます[6]。精子濃度が上がるほど遺伝的異常が見つかる割合は急に下がるため、この閾値には根拠があります。

図5:AZF微小欠失の検査までの流れ

STEP 1 精液検査(1回以上)

STEP 2 無精子症、または精子濃度100万/mL以下(+FSH上昇・精巣萎縮など)

STEP 3 血液でAZF-PCR検査 → AZFa/AZFb/AZFcのどこが欠けているか判定

検査法は、複数の目印を同時に増やすマルチプレックスPCRを基本とし、続いて欠失の範囲を確かめる「欠失伸展解析」を行うのが標準です。2023年に欧州アンドロロジー学会(EAA)と欧州分子遺伝学精度管理ネットワーク(EMQN)はガイドラインを大きく改訂し、完全欠失と部分欠失を正確に見分けるために、AZFaの近位側の目印をsY1064、AZFbの遠位側の目印をsY1192に指定し、アジア集団に多い一塩基多型による偽陽性を避けるためsY84のプライマー配列を更新しました[5]。完全欠失か部分欠失かの見分けは、後の手術の見通しに直結するため、この精緻化には大きな意味があります。

💡 用語解説:なぜ「染色体検査」では見つからないのか

健康診断や不妊検査で行う核型検査は、顕微鏡で染色体の本数や大きな構造を見る検査です。しかしAZFc欠失で失われるのは約3.5 Mbと小さく、顕微鏡の分解能では見えません。「染色体検査は正常だった」と言われても、AZF微小欠失が否定されたわけではないのです。両者はまったく別の検査であることを知っておいてください。

8. 精子回収と体外受精 ─ 自分の精子で子を持てる可能性

AZFc欠失で無精子症の場合でも、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)で約半数以上に精子が見つかり、体外受精・顕微授精(ICSI)を通じて自分の子を持てる可能性があります。ただし受精や妊娠の成績は、欠失のない方に比べてやや下がることも知っておく必要があります。

AZFc欠失に伴う非閉塞性無精子症に対する標準的な手術がmicro-TESEです。研究によって幅はありますが、精子回収率はおおむね約50〜75%、micro-TESEでは最大で70〜80%程度と報告されており、他の遺伝的異常のない一般的な非閉塞性無精子症と比べても同等以上の良好な成績です[1]。高速シークエンスでサブタイプを分けた研究では、b2/b4完全欠失群の回収率は64.5%と報告されています[7]。ただし、回収できても精子の形態異常が多く、実際に使える精子の割合は完全欠失例で43.5%にとどまったとする報告もあります[7]

💡 用語解説:micro-TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)

手術用顕微鏡で精巣の中を拡大し、精子形成が残っていそうな太い精細管を選んで採取する方法です。精巣を広く切って探す従来のTESEより、精子形成の「島」を見つけやすく、精巣へのダメージも抑えられるとされます。採取した精子は体外受精のなかでも卵子に直接注入するICSI(顕微授精)に用います。

回収した精子でICSIを行った場合の成績も見ておきましょう。3,807人の不妊男性を統合したメタ解析では、AZFc欠失群は欠失のない群に比べ、受精率(オッズ比0.61)・臨床妊娠率(0.61)・生産率(0.54)がいずれも有意に低いことが示されました[8]。一方で、胚の分割率や着床率、流産率そのものには差がないとする報告もあり、AZFc欠失による質の低下は、胚の育ちよりも受精の成否に強く影響している可能性が指摘されています[8]。数字だけを見ると不安になるかもしれませんが、これは「可能性がゼロ」という意味ではなく、見通しを現実的に持ったうえで治療計画を立てるための情報です。

もう一つ、時間の経過をめぐる論点があります。AZFc欠失では、乏精子症だった人の精子が年々減り、やがて無精子症に至る「進行性の低下」が起こりうると報告されており、その背景として生殖細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)の亢進が指摘されています[9]。このため、乏精子症と診断された段階で早めに精子凍結という選択肢を知っておく意義があるとされます[1]。ただし、AZFc欠失の状態は比較的安定していたとする追跡研究もあり、進行の程度や速さについては結論が一つに定まっていません。だからこそ、いつどう動くかを一律に決めつけず、ご本人の年齢や精液所見をみながら選択肢を早めに把握しておくことが大切だと考えています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「まだ選べる」時間を大切にする】

AZFc欠失という結果は重く受け止められがちですが、私はこの診断を「取れる選択肢がまだ手元にある」というサインとして捉えることが多いです。進行性の低下が本当に起こるのか、どのくらいの速さなのかは、まだ研究者のあいだでも見解が分かれています。だからこそ、確定した将来像を押しつけるのではなく、いま何が選べるのかを正確にお伝えすることを大切にしたいと考えています。

精子凍結を「必ず今すぐ」と急かすことも、「様子を見れば大丈夫」と安易に約束することも、どちらも誠実ではありません。事実に基づいて選択肢を並べ、時間に余裕をもって考えられる状態をつくること──それが、長い目で見ていちばんご本人の役に立つと考えています。

9. 次世代への遺伝と遺伝カウンセリング ─ 息子には受け継がれ、娘には影響しません

ICSIで生まれる男児は父親のY染色体をそのまま受け継ぐため、AZFc欠失は息子に伝わります。一方で女児は父からX染色体を受け継ぐため、この欠失の影響を受けません。子どもを持つ前にこの見通しを共有しておくことが、遺伝カウンセリングの大切な役割です。

男児は父親のY染色体を丸ごと引き継ぐので、欠失は例外なく受け継がれます。欠失のサイズは世代とともに同じか大きくなることはあっても、自然に修復されることはありません[1]。したがって生まれた男の子も、将来同じように精子形成の障害に直面する可能性が高いことになります。これは避けようのない事実ですが、あらかじめ分かっていれば、その子自身が将来、早い段階で相談や妊孕性温存を考えられるという前向きな側面もあります。

もう一つ、限られた条件で注意すべき点があります。欠失がY染色体の末端近く(偽常染色体領域)まで大きく及んだ場合や、等腕二動原体Yなど構造的に不安定なY染色体を伴う場合には、細胞分裂の過程でY染色体が失われ、45,X細胞と46,XY細胞が混じる「45,X/46,XYモザイク」が生じることがあります。実際、染色体異常をもつ不妊男性のうち45,X/46,XYモザイクは約1.91%にみられ、そのうち71.4%がAZF欠失を合併していたと報告されています[10]。ただしこれは典型的なb2/b4のAZFc欠失すべてに当てはまるものではなく、大きな欠失や構造異常を伴う一部のケースに限られる点は、過度に不安を広げないためにも押さえておくべきです。

💡 用語解説:45,X/46,XYモザイクとSHOX

1人の体のなかに、Y染色体をもつ細胞(46,XY)ともたない細胞(45,X)が混在する状態です。表現型は、外見上ほぼ正常な男性から、外性器が非典型的な性分化疾患(DSD)、女性的な外観まで幅広く現れます。Y染色体の短腕末端にあるSHOX遺伝子が失われると低身長の一因になることがあり、また性腺に腫瘍(性腺芽腫)ができるリスクにも配慮が必要です。いずれも大きな欠失・構造異常に伴う場合の話です。

こうした情報を整理し、次の妊娠に向けた選択肢を一緒に考えるのが遺伝カウンセリングです。当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。異常のある男児の出生や不妊の次世代への伝播を避けたい場合には、体外受精を前提に胚の段階で調べる着床前遺伝学的検査(PGT-M)着床前診断という道もありますが、実施施設や適応の審査には条件があります。何を選ぶかを決めるのはご本人ご夫婦であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「はっきり言えること」と「まだ分からないこと」を分ける】

AZFc欠失の遺伝の話には、確度の違う2つの情報が混ざっています。ひとつは「男児にはこの欠失が受け継がれる」という、はっきり言えること。もうひとつは「モザイクやSHOX関連の合併」という、大きな欠失に限られ、頻度もそれほど高くないと考えられていること。この2つを同じ強さで並べると、必要以上に不安が大きくなってしまいます。

私は、はっきり言えることははっきり言えることとして、まだ分からないことは分からないこととして、確度をそろえてお伝えすることが大切だと考えています。情報の重みづけを正確にすることが、ご夫婦が落ち着いて自分たちの選択を考えるための土台になるからです。

10. よくある誤解

誤解①「Y染色体微小欠失=もう子は持てない」

欠失した場所によって見通しはまったく異なります。AZFc欠失ではmicro-TESEで約半数以上に精子が見つかり、自分の子を持てる可能性が残ります。「微小欠失」という言葉だけで諦める必要はありません。

誤解②「染色体検査が正常なら問題ない」

AZFc欠失は約3.5 Mbと小さく、通常の核型検査では見えません。「染色体は正常」と言われても、AZF微小欠失は否定されていません。両者は別の検査です。

誤解③「生活習慣が悪かったせいだ」

AZFc欠失は、よく似た配列どうしの誤った組換え(NAHR)で偶発的に生じるもので、本人や親の生活習慣・行いが原因ではありません。誰にでも一定の確率で起こりうる現象です。

誤解④「娘にも遺伝して不妊になる」

娘は父親からX染色体を受け継ぐため、AZFc欠失の保因者にはならず、将来の妊娠にも影響しません。この欠失が受け継がれる可能性があるのは男児だけです。

📎 このページを読んだあなたへ

検査で「AZFc欠失」と言われた方、これから男性不妊の検査を考えている方、パートナーの結果を一緒に整理したいご家族──それぞれの状況で、次に確認しておくとよい観点があります。

・欠失の区画(AZFa/AZFb/AZFc)と、精子回収の見込み → 非閉塞性無精子症セルトリ細胞
・男児への遺伝と選択肢 → 遺伝形式遺伝カウンセリングとは
・似た病態との違い → クラインフェルター症候群Y染色体の異常

よくある質問(FAQ)

Q1. AZFc欠失とは何ですか?

AZFc欠失は、精子形成に関わる遺伝子が集まったY染色体長腕の「AZFc領域」がまとめて失われる変化で、無精子症から重症乏精子症まで幅広い男性不妊の原因になります。Y染色体微小欠失のなかで最も多いタイプで全体の約80%を占め、クラインフェルター症候群に次いで2番目に多い既知の遺伝的原因とされています。AZFa・AZFbの欠失と違い、精巣に精子が残っていることが多く、手術で回収できる可能性がある点が特徴です。

Q2. AZFc欠失があると、自分の子どもは持てないのですか?

可能性は残されています。AZFc欠失に伴う無精子症では、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)でおおむね約50〜75%に精子が見つかると報告されており、体外受精・顕微授精(ICSI)につなげられます。ただし受精率や妊娠率は欠失のない方よりやや低い傾向があり、回収できても使える精子が限られることもあります。数字を踏まえて現実的な見通しを持ちながら、治療計画を臨床遺伝専門医や生殖医療の担当医と相談することをおすすめします。

Q3. AZFa・AZFbの欠失とAZFcの欠失は何が違うのですか?

精子回収の見込みが大きく違います。AZFaやAZFbの完全欠失では、精巣に生殖細胞がほとんどなく精子形成が完全に止まるため、手術をしても精子はほぼ見つからず、TESEは勧められません。一方AZFc欠失では、精巣の一部に精子形成が残っている「島」が点在していることが多く、micro-TESEで精子が見つかる可能性があります。検査結果に書かれている欠失の区画名を確認することが、見通しを知る第一歩になります。

Q4. 健康診断の染色体検査は正常でした。AZFc欠失は否定できますか?

否定できません。AZFc欠失で失われるのは約3.5 Mbと小さく、染色体の本数や大きな構造を見る核型検査では見えないためです。AZF微小欠失を調べるには、血液からDNAを取り出してAZF領域の目印をPCRで増やす専用の検査(AZF-PCR)が必要です。「染色体は正常」という結果とAZF微小欠失の有無は、まったく別の話だとお考えください。

Q5. AZFc欠失は子どもに遺伝しますか?

男の子には受け継がれます。男児は父親のY染色体をそのまま引き継ぐため、この欠失も引き継がれ、将来同じように精子形成の障害に直面する可能性が高くなります。欠失のサイズは世代とともに同じか大きくなることはあっても、自然に修復されることはありません。一方、女の子は父親からX染色体を受け継ぐため、AZFc欠失の保因者にはならず、将来の妊娠にも影響しません。次世代への遺伝を避けたい場合は、着床前遺伝学的検査(PGT-M)などの選択肢を遺伝カウンセリングで相談できます。

Q6. 精子は今いるのですが、将来なくなることはありますか?

AZFc欠失では、乏精子症だった人の精子が年々減り、やがて無精子症に至る「進行性の低下」が起こりうると報告されています。その背景には生殖細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)の亢進があると考えられています。このため、乏精子症と診断された段階で精子凍結という選択肢を早めに知っておく意義があるとされます。ただし状態が比較的安定していたとする報告もあり、進行の程度や速さは一律ではありません。年齢や精液所見をみながら、時間に余裕をもって選択肢を検討することが大切です。

Q7. 部分欠失(gr/gr)と言われました。不妊の原因が確定したということですか?

部分欠失だけでは原因を確定できないことが多いです。gr/grやb2/b3といった部分欠失の影響は集団によって大きく異なり、ある集団では精子数の低下や精巣胚細胞腫瘍のなりやすさと関連する一方、別の集団では精液所見に有意な影響を与えないことが示されています。部分欠失が見つかっても、精液所見や他の検査とあわせて総合的に読む必要があります。結果の意味は自己判断せず、臨床遺伝専門医と一緒に整理することをおすすめします。

Q8. どんなときにAZF微小欠失の検査を受けるとよいですか?

国際的なガイドラインでは、原発性の不妊で、無精子症または精子濃度が100万/mL以下、かつFSHの上昇や精巣萎縮などを伴う男性に、Y染色体微小欠失(AZF)検査が強く推奨されています。あわせて精子濃度500万/mL未満などでは染色体(核型)検査も勧められます。血液1本で調べられ、結果は精子回収の見込みや次世代への遺伝の説明に直結します。検査を受けるかどうかを含め、意味と選択肢を臨床遺伝専門医と相談したうえで決めることをおすすめします。

🏥 男性不妊・無精子症の遺伝子診断のご相談

無精子症・重症乏精子症やY染色体微小欠失に関する
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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Y-microdeletions: a review of the genetic basis for this common cause of male infertility. Transl Androl Urol. 2021. [PubMed 33850774]
  • [2] EAA/EMQN best practice guidelines for molecular diagnosis of Y-chromosomal microdeletions: state-of-the-art 2013. Andrology. 2014. [PMC4065365]
  • [3] Histology and sperm retrieval among men with Y chromosome microdeletions. Transl Androl Urol. 2021. [Transl Androl Urol]
  • [4] Prevalence of AZFc Y chromosome microdeletions and association with spermatogenesis in Russian men from the general population. Vavilovskii Zhurnal Genet Selektsii. 2024. [PMC11668820]
  • [5] EAA/EMQN best practice guidelines for molecular diagnosis of Y-chromosomal microdeletions: State of the art 2023. Andrology. 2024. [PubMed 37674303]
  • [6] Diagnosis and Treatment of Infertility in Men: AUA/ASRM Guideline. [AUA/ASRM Guideline]
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  • [8] Azoospermia factor c microdeletions and outcomes of assisted reproductive technology: a systematic review and meta-analysis. Fertil Steril. 2024. [PubMed 37923163]
  • [9] Increased apoptosis of germ cells in patients with AZFc deletions. J Assist Reprod Genet. 2010. [Springer]
  • [10] High frequency of Y chromosome microdeletions in male infertility patients with 45,X/46,XY mosaicism. Braz J Med Biol Res. 2020. [PMC7025455]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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