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DAZ3遺伝子とは?Y染色体AZFc領域にある4つのDAZコピーの1つ|欠失しても妊孕性が保たれる「遺伝的冗長性」を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

DAZ3遺伝子は、男性のY染色体にある「無精子症因子(AZFc)」という領域に、そっくりな4つのコピー(DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4)として並んでいるうちの1つです。どれも精子をつくる細胞のなかでRNAに結びつき、必要なタンパク質がつくられるタイミングを調整しています。ところが不思議なことに、DAZ3とDAZ4がまとめて失われても、妊孕性(子どもをつくる力)がふつうに保たれる人たちがいることが分かっています。本記事では、この「予備(バックアップ)としての遺伝子」という考え方を軸に、DAZ3の構造・働き・AZFc微小欠失との関係を遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 AZFc・DAZ遺伝子ファミリー・男性不妊
臨床遺伝専門医監修

Q. DAZ3遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DAZ3は、Y染色体のAZFc領域にある4つのDAZコピーの1つで、精子をつくる細胞のなかで働くRNA結合タンパク質の設計図です。4つのコピーは塩基配列が99%以上そっくりで、検査でも1つずつを見分けることはできません。AZFcがまるごと失われると精子形成が強く障害されますが、DAZ3とDAZ4だけがまとめて失われても妊孕性が保たれる例が知られており、DAZ3は「予備(遺伝的冗長性)」として働いていると考えられています。

  • 場所と役割 → Y染色体長腕AZFc領域の4コピー(DAZ1〜4)の1つ。精子形成前の生殖細胞でmRNAの翻訳を調整する
  • 4コピーは99%以上同一 → 個々のコピーを標準検査で区別できず、DAZ3固有の性質を直接示したデータはほとんどない
  • 遺伝的冗長性 → ハプログループNの男性ではDAZ3/DAZ4を含む欠失が固定しているが妊孕性は正常
  • 「どのコピーが病的か」は未決着 → DAZ1/2説とDAZ3/4説は30年たっても結論が出ていない
  • 検査とカウンセリング → AZFc欠失は息子に必ず伝わり娘には伝わらない。TESEで約7割に精子が得られる

🧬 DAZ3遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 DAZ3(Deleted in Azoospermia 3)/別名 pDP1679
タンパク質 DAZ3タンパク質(RNA結合タンパク質)。約486〜487アミノ酸・分子量約55 kD
染色体上の位置 Y染色体長腕 Yq11.23(AZFc領域。P1パリンドローム内でDAZ4と逆向きのペアをつくる)
OMIM番号 400027
主なはたらき 精子形成前の生殖細胞でmRNAの3’非翻訳領域に結びつき、翻訳のタイミングを調整するRNA結合タンパク質。DAZ1・DAZ2・DAZ4とともにAZFcの精子形成因子を構成する
主な発現部位 精巣(精原細胞〜一次精母細胞)。精巣特異的
コピー間の相同性 DAZ1〜DAZ4は塩基配列が99%以上同一。RRMやDAZ反復の数だけが異なる
生殖細胞系列変異と関連疾患 DAZ3単独の疾患は確立していません。AZFc完全欠失(DAZ1〜4すべて喪失)で非閉塞性無精子症・重症乏精子症。DAZ3/DAZ4を含む部分欠失は多くの集団で妊孕性への影響が乏しい(遺伝的冗長性)
体細胞変異 確立した報告はありません
検査上の注意 AZF欠失検査のsY254・sY255は4つのDAZコピーをまとめて増幅するため、DAZ3単独の欠失は標準検査では判定できません。コピー単位の判別は研究レベルです

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. DAZ3遺伝子とAZFc領域 ─ Y染色体の「無精子症因子」にある4つのコピー

DAZ3は、Deleted in Azoospermia 3(無精子症で欠失する遺伝子・その3)の頭文字をとった遺伝子名です。ヒトのY染色体長腕の先端近く(Yq11.23)にあるAZFc領域という場所に位置し、遺伝子全体の長さは約50 kb(5万塩基対)です[1]。AZFcは「無精子症因子c(Azoospermia Factor c)」の略で、この部分が失われると精子がうまくつくれなくなることから、その名がつきました。

DAZ3のいちばんの特徴は、1つだけで存在しているのではないことです。AZFc領域には、ほとんど同じ配列をもつDAZ遺伝子がDAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4の4コピー並んでおり、DAZ3はそのうちの1つです[2]。4つのコピーは塩基配列が99%以上同一で、違いはRNA認識モチーフ(RRM)やDAZ反復とよばれる部品の数だけです[1]。つまりDAZ3は、そっくりな3つの兄弟と肩を並べて存在しています。

DAZ3がつくるタンパク質は約486〜487アミノ酸・分子量およそ55 kD[3]、標的となるmRNA(メッセンジャーRNA)に結びついて、そのmRNAからいつタンパク質をつくるかを調整するRNA結合タンパク質です。ここで大事なのは、4つのコピーがあまりに似ているために、実験でDAZ3だけを取り出して調べることが技術的に非常に難しいという点です。国際的なタンパク質データベースUniProtも、「4つのDAZタンパク質は互いによく似ており、報告されている相互作用の多くはどれか1つに限定できない」と注記しています[3]。ですから、以下で説明する働きの多くは「DAZファミリー全体」として分かっていることで、DAZ3だけの固有の性質を直接示したデータはほとんどありません。

2. DAZファミリーの進化 ─ 常染色体からY染色体へ引っ越した遺伝子

DAZ3を理解するには、この遺伝子ファミリーがたどってきた進化の歴史を知るのが近道です。DAZ関連タンパク質は、起源の異なる3つのメンバー――BOULE(最も古い祖先型)DAZL(次に生まれた常染色体の遺伝子)DAZ(ヒトを含む一部の霊長類だけがもつ最も新しいメンバー)――に分けられます[4]

図1|DAZファミリーの進化の流れ

BOULE(BOLL)
最も古い祖先型。ハエからヒトまで共通の常染色体遺伝子。減数分裂に必要
DAZL
3番染色体の常染色体遺伝子。精子と卵子の両方に必須
DAZ(DAZ1〜4)
Y染色体へ移り増幅。高等霊長類だけがもつ。DAZ3はここ

常染色体にあったDAZL遺伝子の一部がY染色体へ「引っ越し」し、余分なエクソンを刈り込まれたあと、コピーを増やして4つになったと考えられています。

祖先型のBOULEは、ショウジョウバエからヒトまで幅広い生き物が1コピーだけもつ常染色体の遺伝子で、減数分裂を進めるスイッチとして働きます。ここから遺伝子重複によって生まれたのがDAZL(3番染色体にある常染色体遺伝子)で、精子形成と卵子形成の両方に欠かせません。そして高等霊長類の進化の途中で、DAZLの一部がY染色体へ転移(引っ越し)し、余分なエクソンを刈り込まれたあとにコピーを増やして、現在の4コピー(DAZ1〜4)のクラスターができました[4]

この歴史には大切な意味があります。もともと男女どちらの生殖にも関わっていた常染色体の遺伝子が、男性を決めるY染色体の上に移ったことで、精子形成に特化した遺伝子として独自の道を歩みはじめたということです。そしてY染色体上でコピーが4つに増えたことが、後で説明する「1つや2つが欠けても大丈夫」というDAZL遺伝子(常染色体側の兄弟)の下地になっています。

3. パリンドローム構造とDAZ3の配置 ─ なぜ壊れやすいのか

AZFc領域は、ヒトゲノムのなかでもとりわけ特殊な構造をしています。同じような大きな配列のかたまり(アンプリコン)が、向かい合わせに並んだパリンドローム(回文構造)としてびっしり詰まっているのです[5]。4つのDAZコピーは、この巨大なパリンドロームのなかに逆向きのペアとして配置されています。

図2|AZFc領域での4つのDAZコピーの配置

P2パリンドローム(近位・セントロメア寄り)
DAZ1DAZ2
─ 約1.5 Mb ─
P1パリンドローム(遠位・テロメア寄り)
DAZ3DAZ4

DAZ1とDAZ2は近位のP2に、DAZ3とDAZ4は遠位のP1に、それぞれ逆向きのペアで並びます。この左右対称の構造が、後述する欠失の起こりやすさの原因になります。

図2のように、DAZ1とDAZ2はセントロメア寄りのP2に、DAZ3とDAZ4はテロメア寄りのP1に位置し、2つのペアは約1.5 Mb(150万塩基対)ほど離れています[6]。この高度に左右対称な構造は美しいのですが、代償もあります。よく似た配列どうしが向かい合っているため、細胞分裂のときに本来ペアになるべきでない配列どうしが間違って組み換わり、間の領域がごっそり抜け落ちてしまうことがあるのです。これが次の章で説明するAZFc微小欠失の正体です。

💡 用語解説:AZFc領域とパリンドローム

AZFc(無精子症因子c)は、Y染色体長腕の先端近くにある領域で、精巣で働く複数の遺伝子ファミリーが詰まっています。パリンドロームとは「上から読んでも下から読んでも同じ」回文のように、配列が向かい合わせに並んだ構造のこと。Y染色体は他の染色体と組み換えができないぶん、この自分自身の対称構造を使って遺伝子を修復している一方で、同じ構造ゆえに欠失も起こりやすいという二面性をもっています。

4. DAZ3がつくるRNA結合タンパク質のはたらき

DAZ3タンパク質は、N末端側にRNA認識モチーフ(RRM)という「RNAをつかむ手」をもち、C末端側にはDAZ反復という「他のタンパク質と握手する部分」を備えています。RRMで標的mRNAの3’非翻訳領域(3’UTR)に結びつき、DAZ反復を通じてポリA結合タンパク質(PABP)や翻訳を助けるパートナーを呼び込むことで、「このmRNAから、いまタンパク質をつくってよい」というゴーサインを出すのが基本的な役割と考えられています[4]

ここで、これまで繰り返してきた注意をもう一度強調します。DAZ1〜4は99%以上同一なので、「DAZ3のタンパク質だけがこう働く」という個別のデータはほとんどありません[3]。教科書に載る「DAZファミリーは細胞周期を進めるCDC25というmRNAの翻訳を調整して減数分裂のスイッチになる」という説明も、もともとはショウジョウバエの祖先型BOULEで見つかったモデルで、ヒトのY染色体DAZそのものでの直接の証明はまだ限定的です[4]。信頼できるのは「DAZファミリーがRNAの翻訳制御を通じて精子形成に関わる」という大枠までで、DAZ3固有の標的や役割は、いまも研究途上です。

💡 用語解説:RNA結合タンパク質とRRM

DNAの情報は、いったんmRNAという「コピー」に写し取られ、それをもとにタンパク質がつくられます。RNA結合タンパク質は、このmRNAに結びついて「いつ・どこで・どれだけ」タンパク質をつくるかを調整する現場監督のような存在です。RRM(RNA認識モチーフ)は、その「RNAをつかむ手」にあたる部品。精子や卵子のもとになる細胞では、必要なタンパク質を必要な瞬間まで待たせておく精密な制御が欠かせず、DAZファミリーはその一端を担っています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「99%同じ」がもつ意味を、正直に伝えること】

DAZ3の話でいちばん誠実にお伝えしたいのは、4つのコピーが99%以上そっくりで、いまの技術ではDAZ3だけを取り出して「この遺伝子はこう働く」と言い切れる段階にない、という事実です。分子生物学は日々精密になっていますが、精密さと「臨床で断定できること」は別物だと考えています。

ですから私は、DAZ3について語るときには「DAZファミリー全体で分かっていること」と「DAZ3固有と証明されたこと」を分けてお話しするようにしたいと思っています。分からない部分を曖昧なまま断定に変えないことが、遺伝を扱う者の責任だと考えています。

5. AZFc微小欠失のしくみ ─ 完全欠失・gr/gr・b2/b3

第3章で見たパリンドローム構造のせいで、AZFcでは非対立遺伝子間相同組換え(NAHR)という現象がひんぱんに起こりますNAHR。似た配列どうしが間違ってペアを組み、間の領域が抜け落ちるのです。抜け落ちる範囲によって、失われるDAZコピーの数と精子形成への影響が大きく変わります。

図3|AZFc欠失のパターンと失われるDAZコピー

完全欠失(b2/b4)
DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4をすべて喪失(約3.5 Mb)。重症乏精子症〜非閉塞性無精子症
gr/gr欠失
多くはDAZ1・DAZ2を喪失(CDY1aまたはCDY1bを伴う)。集団によりリスクになったり中立だったり
b2/b3欠失
大多数がDAZ3・DAZ4を喪失(+CDY1a)。ハプログループNでは固定し妊性は正常

同じ「部分欠失」でも、どのペアが抜けるかは欠失のタイプによって大きく偏ります。この偏りが、後述する「どのコピーが病的か」という論争のもとになりました。

最も影響が大きいのがAZFc完全欠失(b2/b4欠失)です。約3.5 Mbが失われ、DAZ1〜4のすべてが消えます[6]。この場合、精子形成が強く障害され、重症乏精子症または非閉塞性無精子症になります。AZFc欠失はY染色体微小欠失のなかで最も頻度が高く、その約80%を占めます[6]

一方、領域の内部だけが部分的に組み換わると、4コピーのうち2つだけが失われます。代表的なのがgr/gr欠失b2/b3欠失です。ここで重要なのは、どのタイプがどのコピーを消すかに、はっきりした偏りがあることです。大規模なゲノム解析では、b2/b3欠失の大多数(患者の99.7%・対照の98.1%)はDAZ3・DAZ4(+CDY1a)を消し、gr/gr欠失の多く(41.9%と25.6%)はDAZ1・DAZ2を消していました[7]。この偏りが、次章の論争を生むことになります。

6. どのコピーが欠けると不妊になるのか ─ 30年決着しない論争

AZFcの部分欠失は、失われるコピーの組み合わせによって、男性不妊への影響がまるで違います。この違いを説明しようと、長年ひとつの仮説が唱えられてきました。2002年に提唱された「DAZ1/DAZ2が失われると病的だが、DAZ3/DAZ4が失われても無害」という考え方です。一見きれいな仮説ですが、その後の研究で、話はそう単純ではないことが分かってきました。

たとえばMachevらの研究(2004)は、この仮説とは逆向きの結果を報告しています。不妊との関連が見られたのは、遺伝子コピーそのものの喪失ではなく配列ファミリー変異(SFV)の喪失で、しかも関連が示唆されたのはDAZ3/DAZ4を含む側だったのです[8]。「DAZ3/4は無害」という単純な図式は、この時点ですでに揺らいでいました。

さらに大規模なゲノム解析(2021)が、論争の根っこを浮き彫りにしました。第5章で触れたとおり、gr/gr欠失は主にDAZ1/DAZ2を、b2/b3欠失は主にDAZ3/DAZ4を消すという強い偏りがあります[7]。つまり「gr/gr(≒DAZ1/2欠失)は病的」「b2/b3(≒DAZ3/4欠失)は中立」という観察は、欠失タイプの違いを、たまたまコピーの違いと取り違えていた可能性があるのです。同じ研究は、残ったDAZ・BPY2・CDY1の数や配列の違いは精子形成の指標に検出できる影響を与えなかった、とも報告しています[7]

この30年の混乱を総括したのがVaszkóら(2016)で、「サブタイプ仮説を確かめようとした研究は相反する結果をもたらした。判別手法そのものの限界も一因だろう」と述べています[9]。集団差も大きく、チュニジアの研究では、単独のDAZ2欠失やDAZ4欠失は不妊群・対照群のどちらにも高頻度に見られて差がない一方、DAZ2とDAZ4がそろって失われた場合に不妊との関連が報告されました[10]。同じチュニジアで「gr/gr-DAZ2-DAZ4-CDY1bの複合欠失は高リスク」とする報告もある[11]一方、「部分AZFc欠失は有意なリスク因子ではない」とする報告もあります[12]。要するに、「どのコピーが欠けたかで男性不妊を説明する」という試みは、いまも決着していません

💡 用語解説:gr/gr欠失とb2/b3欠失

どちらもAZFcの「部分欠失」で、4つのDAZコピーのうち2つが失われます。名前は組み換えが起きたアンプリコン(配列ブロック)の位置に由来します。ポイントは、gr/gr欠失は主にDAZ1/DAZ2側、b2/b3欠失は主にDAZ3/DAZ4側を消すという偏りがあること。この偏りのために「どちらの欠失が病的か」と「どのコピーが病的か」が混同されやすく、長年の論争の温床になってきました。

7. 遺伝的冗長性とは何か ─ ハプログループNという「自然の実験」

では、DAZ3について確実に言えることは何もないのでしょうか。実は1つ、非常に強力な証拠があります。それがY染色体ハプログループNという集団の観察です[6]。ハプログループNはユーラシア大陸北部(北欧からシベリア、東アジアの一部)に広く分布するY染色体系統で、この系統の男性は、生まれつきDAZ3・DAZ4とその近くのBPY2の一部を欠いた状態が固定しています。

Fernandesらの研究(2004)は、遠位AZFcの大きな欠失をもつ5人を見つけ、さらに独立に集めたハプログループNの男性15人全員が同じ欠失をもつことを確認しました[6]。この欠失では、AZFcの長さが約3.7 Mbから約1.5 Mbへと半分以上も短くなります。ところが――ここが決定的なのですが――この集団に精子数の減少や妊孕性の低下は認められません。研究者らは「これらの遺伝子は男性の妊孕性に必須ではありえず、AZFcの遺伝子構成は遺伝的に冗長(予備がある)と考えられる」と結論しました[6]

つまり、進化の過程でDAZは4コピーに増えたものの、ふつうの精子形成を維持するにはDAZ1・DAZ2からのタンパク質だけでも足りる可能性が高い――DAZ3やDAZ4は、いわば「予備(バックアップ)」あるいは「進化的な余剰」として存在している、という見方です。ただし注意したいのは、これは「DAZ3が働いていないジャンク(がらくた)」という意味ではないことです。すべてのDAZは精巣で活発に転写・翻訳されており、第6章で見たように特定の遺伝的背景と組み合わさると影響が出る可能性も残されています。「単独で失われても多くの場合は困らないが、システム全体の頑健さには一定の寄与をしている」と理解するのが最も妥当です。

8. 検査でDAZ3はわかるのか ─ 4コピーをまとめて見る仕組み

男性不妊の検査で行うY染色体微小欠失検査(AZF欠失検査)は、決まったSTSマーカーという目印を調べて、AZFa・AZFb・AZFcの各領域が残っているかを判定します。ここでDAZ3にとって決定的なのは、AZFcを調べる目印であるsY254とsY255が、4つのDAZコピーをまとめて増幅するという点です[6]。国際ガイドライン(EAA/EMQN)も、DAZは4コピーあるためこの2つの目印は「AZFc内の4つの座位を同時に増幅する」と明記し、片方だけが欠失して見える結果はむしろ技術的なエラーとみなすべきだとしています[6]

図4|標準検査ではDAZ3単独を見分けられない

DAZ1DAZ2DAZ3DAZ4
↑↑↑↑
目印 sY254・sY255 は4つをまとめて増幅
→ 「AZFcが有るか無いか」は分かるが、DAZ3だけが欠けているかは判定できない

4つのコピーが99%以上そっくりなうえ、座位どうしで配列を均一化する「遺伝子変換」も起こるため、コピー単位の判別は研究レベルの解析になります。

この仕組みと、コピー間で配列を均一にならす遺伝子変換のために、DAZ3が単独で欠けているかどうかを標準検査で判定することはできません。どのコピーが欠けたかを見分けるには、配列ファミリー変異のコピー数を精密に解析する研究レベルの手法が必要です[9]。当院の検査でも、男性不妊症NGSパネル(146遺伝子)やブライダルチェックの遺伝子パネルにDAZは含まれておらず、DAZ3を直接調べるメニューはありません。AZFc欠失そのものは、上記のSTSマーカーを用いたY染色体微小欠失検査で判定します。

臨床的に大切なのは、AZFc欠失があっても妊娠の可能性が残されていることです。AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収がほぼ期待できないのに対し、AZFc欠失の無精子症では精巣内精子採取術(TESE/micro-TESE)で約7割の方から精子が得られると報告されています[13]。その精子を用いた顕微授精(ICSI)で子どもを授かることも可能です。ただし、Y染色体に欠失のない場合と比べると、受精率・妊娠率・生児獲得率はやや低くなるという報告があり、12研究をまとめたメタ解析でも同様の傾向が示されています[14]。過度に悲観する必要はありませんが、見通しは正確にお伝えすることが大切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「わからないこと」を「異常なし」と言い換えないこと】

DAZ3は、遺伝子検査の限界を象徴するような遺伝子だと考えています。4つのコピーが99%以上そっくりで、標準検査では1つずつを見分けられない。だからこそ、検査結果を説明するときには「調べて異常がなかった」ことと「そもそも今の検査では分けて調べられない」ことを、きちんと区別してお伝えする必要があると考えています。

検査で分からない部分を「異常なし」と言い換えてしまうと、それは事実以上の安心を約束することになりかねません。分かることと分からないことの境界線を正直に示すこと――それが、遺伝を専門に扱う立場で大切にしたい姿勢です。

9. 遺伝カウンセリングの要点 ─ 息子には必ず、娘には決して

AZFc欠失が見つかったとき、ご家族がまず気にされるのが「子どもに遺伝するのか」という点です。Y染色体は父から息子へだけ受け継がれるため、AZFc欠失は生まれた息子には必ず伝わり、娘には決して伝わりません。息子が同じ精子形成の問題を抱える可能性はありますが、TESEとICSIという道が残されていることは、第8章でお伝えしたとおりです。

もう1つ大切なのが、AZFのどの領域が欠けているかで見通しが大きく変わることです。AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収がほぼ期待できない一方、AZFc欠失は予後が明確に異なります[6]。ですからAZF欠失検査の結果は、欠失領域まで含めて正確に解釈する必要があります。あわせて、核型検査(Gバンド検査)で45,X/46,XYモザイクなどの併存がないかを確認することも重要です。こうした整理は、臨床遺伝専門医のもとで行うことをおすすめします。

10. よくある誤解

❌ DAZ3は使われていない予備の遺伝子だから、なくても関係ない

✅ DAZ3は精巣で活発に転写・翻訳されている現役の遺伝子です。ハプログループNの観察から「単独で失われても多くの場合は妊孕性が保たれる」とは言えますが、それは「働いていない」という意味ではありません。「予備がある(冗長性)」と「無機能」はまったく別のことです。

❌ DAZ1/DAZ2が欠けると不妊、DAZ3/DAZ4が欠けても無害、と確定している

✅ 確定していません。むしろMachevらはDAZ3/DAZ4側と不妊の関連を報告しており、gr/gr欠失とb2/b3欠失がそれぞれ別のコピーを消すという構造的な偏りが、この論争を長引かせています。「どのコピーが病的か」は30年たっても未決着というのが正確な理解です。

❌ 検査でDAZ3が欠けているかどうかを調べられる

✅ 標準のAZF欠失検査(sY254・sY255)は4つのDAZコピーをまとめて増幅するため、DAZ3だけが欠けているかは判定できません。コピー単位の判別は研究レベルの解析で、当院を含め一般的な検査メニューには含まれていません。

❌ DAZ3とDAZLは同じ遺伝子だ

✅ 別の遺伝子です。DAZ(DAZ1〜4)はY染色体にある4コピーの遺伝子群、DAZLは3番染色体にある1コピーの常染色体遺伝子で、精子と卵子の両方に関わります。名前が似ているため混同されやすいので注意が必要です。

❌ 論文検索でDAZ3を調べたら、この記事と違う内容が出てきた

✅ モデル植物のシロイヌナズナにも、DUO1という因子に活性化される「DAZ3」という名前のまったく無関係な遺伝子(ジンクフィンガー型の転写因子)があります。ヒトのDAZ3(RNA結合タンパク質)とは起源も働きも別物なので、文献を読むときは生物種の区別が必要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. DAZ3遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

DAZ3はY染色体長腕のAZFc領域にある遺伝子で、そこに並ぶ4つのそっくりなDAZコピー(DAZ1・DAZ2・DAZ3・DAZ4)の1つです。精子をつくる前の生殖細胞のなかで、mRNAの3'非翻訳領域に結びついて翻訳のタイミングを調整するRNA結合タンパク質をつくります。ただし4つのコピーは塩基配列が99%以上同一で、DAZ3固有の性質だけを取り出して示したデータはほとんどありません。

Q2. DAZ3が欠けても妊娠できるというのは本当ですか?

多くの場合、本当です。Y染色体ハプログループNの男性は、生まれつきDAZ3とDAZ4を含む大きな欠失をもっていますが、精子数の減少や妊孕性の低下は認められません。このことからDAZ3は「予備(遺伝的冗長性)」として働いていると考えられています。ただし「働いていないジャンク遺伝子」という意味ではなく、特定の遺伝的背景では影響が出る可能性も残されています。

Q3. DAZ3だけを調べる検査はありますか?

ありません。標準のAZF欠失検査で使うsY254・sY255という目印は、4つのDAZコピーをまとめて増幅するため、DAZ3が単独で欠けているかは判定できません。コピー単位の判別は研究レベルの解析になります。当院でも男性不妊症NGSパネルやブライダルチェックのパネルにDAZは含まれておらず、DAZ3を直接調べるメニューはありません。AZFc欠失そのものはY染色体微小欠失検査で判定します。

Q4. 「DAZ1/2は病的、DAZ3/4は無害」と読みました。確定した話ですか?

確定していません。むしろMachevらの研究はDAZ3/DAZ4を含む側と不妊の関連を報告しており、この仮説とは逆向きです。また、gr/gr欠失は主にDAZ1/DAZ2を、b2/b3欠失は主にDAZ3/DAZ4を消すという構造的な偏りがあり、「どの欠失タイプか」と「どのコピーか」が混同されやすいことが分かっています。どのコピーが病的かは30年たっても決着していない、というのが正確な理解です。

Q5. AZFc欠失があると子どもに遺伝しますか?

Y染色体は父から息子へだけ受け継がれるため、AZFc欠失は生まれた息子には必ず伝わり、娘には決して伝わりません。息子が同じ精子形成の問題を抱える可能性はありますが、精巣内精子採取術(TESE)と顕微授精(ICSI)という選択肢が残されています。ご家族の状況にあわせて、臨床遺伝専門医とご相談のうえ整理することをおすすめします。

Q6. AZFc欠失で無精子症です。精子は得られますか?

得られる可能性は十分にあります。AZFa・AZFbの完全欠失では精子回収がほぼ期待できないのに対し、AZFc欠失の無精子症では精巣内精子採取術で約7割の方から精子が得られると報告されています。その精子を用いた顕微授精で子どもを授かることも可能です。ただしY染色体に欠失のない場合と比べると受精率・妊娠率・生児獲得率はやや低くなるという報告があり、見通しは正確に理解しておくことが大切です。

Q7. DAZ3とDAZLは同じものですか?

別の遺伝子です。DAZ(DAZ1〜4)はY染色体にある4コピーの遺伝子群で、進化的には新しく、一部の霊長類だけがもちます。一方DAZLは3番染色体にある1コピーの常染色体遺伝子で、精子形成と卵子形成の両方に必須です。名前が似ているため混同されやすいので、どちらの話かを確かめることが大切です。

Q8. PubMedでDAZ3を調べると植物の遺伝子が出てきます。同じものですか?

いいえ、まったく無関係です。モデル植物のシロイヌナズナには、DUO1という因子に活性化される「DAZ3」という名前のジンクフィンガー型の転写因子があり、花粉のなかの精細胞の分化に関わります。ヒトのDAZ3(RNA結合タンパク質)とは起源も分子のしくみも別物です。文献を読むときは生物種を区別してください。

🏥 男性不妊・Y染色体微小欠失の遺伝子診断のご相談

非閉塞性無精子症・AZFc欠失・男性不妊に関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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  • [11] gr/gr-DAZ2-DAZ4-CDY1b deletion is a high-risk factor for male infertility in Tunisian population. Gene. 2016. [PubMed 27457284]
  • [12] Partial Microdeletions in the Y-Chromosome AZFc Region Are Not a Significant Risk Factor for Spermatogenic Impairment in Tunisian Infertile Men. [DOI 10.1089/gtmb.2012.0024]
  • [13] Reproductive outcomes of intracytoplasmic sperm injection using testicular sperm and ejaculated sperm in patients with AZFc microdeletions: a systematic review and meta-analysis. [PMC8451498]
  • [14] Impact of AZFc deletion subtypes on sperm retrieval rates via micro-TESE and ICSI outcomes in non-obstructive azoospermia patients. Sci Rep. 2025. [DOI 10.1038/s41598-025-03312-0]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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