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ゲノム病(微小欠失症候群・微小重複症候群)
NIPTなどの遺伝子検査や遺伝性疾患を理解するためには、基礎的なヒトゲノムや染色体の構造についての理解が必要となってきます。このページでは、近年登場してきたゲノム病の概念が、全人口の約2~3%に認められる知的発達障害の疾患原因として非常に重要な位置を占めることが明らかとなってきましたのでご説明いたします。
ゲノム病とは?
ゲノム病(ゲノム疾患)は、ゲノムの特徴的構造に起因したゲノムの量的変化(コピー数の変化、つまり欠失や重複など)とそのゲノム領域に存在する(単数もしくは複数の)遺伝子の量的変化により惹起される疾患と定義されます。
知的発達障害は全人口の約2~3%に認められ、原因は多岐にわたっており、約半数は原因不明なのですが、近年、単一遺伝子の塩基配列変異とは異なるゲノム病の概念が登場してきて、疾患原因として非常に重要な位置を占めることが明らかとなってきました。
そうしたゲノム病の例を下表に示します。
位置 | 再構成の種類 | 再構成のサイズ(Mb) | |
---|---|---|---|
1q21.1欠失/重複症候群 | 1q21.1 | 欠失/重複 | 0.8 |
Wiliams症候群 | 7q11.23 | 欠失 | 1.6 |
Prader-Willi/Angelman症候群 | 15q11-q13 | 欠失 | 3.5 |
16p11.2欠失/重複症候群 | 16q11.2 | 欠失/重複 | 0.6 |
Smith-Magenis症候群 | 17p11.2 | 欠失 | 3.7 |
dup(17)(p11.2p11.2) | 重複 | ||
DiGeorge症候群 | 22q11.2 | 欠失 | 1.5-3.0 |
cat-eye症候群/22q11.2重複症候群 | 22q11.2 | 重複 | |
無精子症(AZFc) | Yq11.2 | 欠失 | 3.5 |
微小欠失症候群/微小重複症候群
発達遅滞知的障害や形態異常・先天性欠損を特徴とする多くの症候群は、繰り返しみられる染色体構造異常や領域的異常と関連しています。これらの欠失や重複は小さいのですが、ときに細胞遺伝学的手法(おもにFISH)により視認することができる分節異数性(segmental aneusomy)とよばれる遺伝的不均衡(もともとの遺伝情報が過不足があることを不均衡と言います)を生じます。こうした欠失(または重複)は、典型的にはマイクロアレイで同定することができます。※最近ではNIPTでもできるようになってきました。
こうした疾患群ではその表現型が、欠失部位や重複部位内の隣接した複数の遺伝子の不足や過剰によって生じているため、隣接遺伝子症候群(contiguous gene syndrome)という用語ができて、これらの疾患の多くが当てはまります。
しかし、複数の遺伝子にわたる染色体異常があっても、当該領域内の単一の遺伝子の欠失/重複が原因となっているようにみえる疾患もあります。
この症候群の多くは、患者ごとに臨床的表現型は大きく異なるのですが、基礎とする遺伝的異常の性質は共通しています。
これらの疾患患者たちの高解像度の遺伝学的検査により、異なる患者間でも中心部または端部の切断点が特定の領域に集中していることが分かってきて、ゲノム上に再構成が起こりやすい配列があることが示唆されてきました。
そして、これらの疾患の詳細なマッピングが行われてきた結果、切断点がゲノム中の分節重複(segmental duplication segdup)とよばれる低コピー反復配列にあることがわかってきたのです。
近傍のリピートの間の異常な組換えは欠失や重複を引き起こし、その大きさは数百~数千kbにわたります。
世界各国の3万人以上の患者を対象とする横断研究は、ゲノム病(genomic disorder)と総称される隣接遺伝子の再構成を伴う50~100の症候群における一般的な配列依存性機序の存在を示しています。
わかりやすく言うと、微細欠失/重複症候群と呼ばれるこうしたゲノム病では、低コピー反復配列という配列に依存したメカニズムで欠失/重複がおこることが分かってきた、ということです。
欠失/重複症候群におけるこのサブグループを切断点が多様で、遺伝的特徴との関連がない特発性と考えられるサプグループと区別するのは分節重複に関連して起こるこの機構です。つまり、低コピー反復配列に切断点がないものは特発性という分類、あればゲノム病と分類します。
染色体22q11.2の欠失/重複
このサブグループの疾患の遺伝的特徴を理解するため、最も多い22番染色体に関連した症候群を考えてみます。
この図はゲノム病を引き起こす染色体再構成のモデルです。
分節重複配列の高度に相同的なコピーを複数含んだ姉妹染色分体どうしや相同染色体ど
うしでは誤った対形成が起こりやすく、それにより不均等な交叉が起こると欠失や重複が生じてこの配列のコピー数が異なってきます。
配偶子を作る減数分裂時に相同染色体は同じ部分で対合して、お互いを揺さぶることで遺伝子を組み替えます。
だから母の父(子から見ると祖父)、母(子から見ると祖母)の双方の特徴(表現型)を持った子になりますよね。
組換えがないと、祖父、祖母どちらかの染色体が100%受け継がれることとなり、多様性がなくなり、種として滅びてしまうからです。生物はあまねく多様性を保つため子孫を残すための細胞を作るときにこうして組換えをおこないます。
本来、まったく同じ個所で対合しないといけないのですが、この図では藤色のsegdupと紫色のsegdupの間で対合が誤って起こってしまい(本来同じ色のsegdup同士で対合すべき)、その結果、そこで組換えがおこると、ABCという遺伝子のセットが重複/欠失になってしまう、というモデルです。
反復配列間に位置する遺伝子または遺伝子群 (A,B,C など)のコピー数もこのようなゲノム再構成の結果として変化します。
22番染色体長腕(q)近位部では分節重複間の不均等再構成による欠失や重複が複数みられ、ゲノム病の一般原則を示しています。
特に頻度の高い微細欠失は22q11.2で起こり、DiGeorge症候群、 口蓋帆・心・顔症候群(velo-cardiofacial syndrome)、 円錐動脈幹異常顔貌症候群(conotruncalanomaly face syndrome)と関連しています。
この3つの症候群は臨床的に多様で常染色体優性遺伝形式をとり、22番染色体の一方のコピー上の22q11.2内の約3Mbの欠失により生じます。
分節重複間の相同組換えによる22q11.2での欠失・重複・再構成を示した図です。
A:正常核型は2コピーの22q11.2をもち、それぞれが当該領域内に分節重複(濃青色)のコピーを多数含んでいます。
DiGeorge症候群(DGS)や口蓋帆・心・顔症候群(VCFS)では, 一方の相同染色体の3Mbの領域が欠失していて、約30の遺伝子が失われています。患者の約10%では1.5Mbの領域が欠失しています。重複はdup(22)(q11.2q11.2)の核型をもつ患者にみられ、22q11.2のテトラソミーは猫の目症候群の患者にみられます。猫の目症候群患者の重複領域は dup(22) 患者でみられる重複とは向きが逆(逆位)で、これらの分節重複に関連してより複雑なゲノム再構成が起こっていることがわかります。
B:22q11.2領域の拡大図です。一般的なDGS/VCFS患者の欠失領域(赤)と同じく分節重複の組換えにより生じる他の表現型の患者でみられるより遠位の欠失領域をオレンジ色で示しています。
C:DGSの発端者の2色FISH解析では,相同染色体の一方に22q11.2の欠失がみられています。緑色のシグナルは22番染色体長腕遠位部に対照プローブがハイブリダイズ(相補的な配列にくっつく)していています。赤色のシグナルは22番染色体長腕近位部の領域にハイブリダイズしていて、この領域は一方の22番染色体にはみられますが、他方の22番染色体では欠失しています。(矢印) 。
この領域の微細欠失と他の構成は、この領域の分節重複間の相同組換えによって生じるものです。
欠失はおよそ4,000生産児に1人の割合で認められ、重要な表現型に関連した最も一般的なゲノム再構成の1つとなっています。患者は特徴的な頭蓋顔面の形態異常、知的障害、免疫不全先天性心疾患をもち、通常この領域にある数十の遣伝子のうち1つ以上のハプロ不全(2つあるべき遺伝子が一つになることにより産生されるタンパクが減ってしまうことで機能不全を起こし症状が出る)を反映しています。
www.nagasaki-clinic.com/images/special/thyroid4/images20170807212606.jpg
22q11.2欠失症候群(22q11.2 deletion syndrome)におけるTBX1遣伝子の欠失は、すべての先天性心疾患の5%に関与していると考えられ、特に左室流出路の形態異常の原因となることが多いとされています。
22ql 1.2の欠失の頻度が比較的高いのに対して、重複ははるかに稀となっていて、特徴的な形態異常と先天性疾患を呈する22q11.2重複症候群(22q11.2 duplication syndrome)となります。この重複の診断には一般に間期核FISHかマイクロアレイが必要となります。
22q 11.2に関連した疾患についての一般原則は、 他の染色体疾患やゲノム病にも当てはまりその代表的なものや重要なものについての概要はこのページの一番上の表にあります。
このような繰り返しみられる症候群は、人類遺伝学と遺伝医学のいくつかの重要な原則を示している。
ゲノム病の学習をしよう
ゲノム病は、染色体またはゲノムの不均衡の原因と結果を考える上で重要な多くの原則を示しています。
1.こく少数の例外はあるものの、染色体やゲノムの広い領域における遺伝子量の変化は臨床的な異常に関連します。
その表現型は、原則として当該領域の1つまたは複数の遺伝子のハプロ不全(haploinsufficiency) かまたは過剰発現(overexpression)を反映します。ハプロ不全では産生される遺伝子産物(タンパク)が減少するため、過剰発現では逆にタンパクが増えすぎることで表現型である症状を呈します。数十個という遺伝子がなくなっていたり増えていたりしていても、単一の遺伝子の量的不均衡によって引き起こされる臨床症状とまったく同じで、結局は当該遺伝子の量的不均衡で病因を説明できる症例もありますが、領域内の複数の遺伝子の不均衡を反映しているようにみえる症例もあります。
2.これらの疾患に関わる重複/欠失のゲノム中の分布はランダムではないようです。(=特定の部位で発生する)
分節重複(segmental duplication)の一群の局在(特にセントロメア近傍とサブテロメア)は、特定の領域に不均等な組換えを生じさせて、これらの症候群を引き起こすからだと考えられています。
3.同じ染色体の重複や欠失を持つ患者でも、 多様な表現型を呈することがあります。多様性が生じる正確な機序は不明だが、同じ領域が欠けているはずの一卵性双生児でも表現型(症状)が全く異なることが多く、欠けている領域の同等性から重症度を予測することは不可となっています。
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