目次
- 1 1. セントラルドグマとは:DNAからRNA、そしてタンパク質へ
- 2 2. 転写:DNAからRNAへ情報を写しとる
- 3 3. RNAスプライシング:不要な部分を切り取る
- 4 4. 翻訳:mRNAをアミノ酸の鎖(タンパク質)へ
- 5 5. リボソームとrRNA:タンパク質工場のしくみ
- 6 6. タンパク質の折りたたみと修飾:完成品になるまで
- 7 7. 遺伝子の変化が病気を起こすしくみ:変異のタイプ
- 8 8. スプライシング異常と病気:具体例
- 9 9. RNA・遺伝子を標的にする最新治療
- 10 10. 出生前診断・遺伝カウンセリングとのつながり
- 11 よくある誤解
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📚 入門シリーズ
この記事は「遺伝病を理解するためのヒトゲノム入門編」の1本です。全記事の一覧と学ぶ順番はヒトゲノム入門編・索引ページからご覧いただけます。
📍 クイックナビゲーション
わたしたちの体をつくる設計図であるDNAの情報は、いったんRNAへと「転写」され、そのRNAをもとにタンパク質へと「翻訳」されます。この一方向の流れが、生命の共通ルール「セントラルドグマ」です。本記事では、DNAからRNA、そしてタンパク質が完成するまでの道のりを、図とともに一つずつやさしく解説します。あわせて、この流れのどこかにほころびが生じると病気につながること、そして近年その「言葉」を読み解いて治療する新しい医療が生まれていることまでを、遺伝専門医の視点でご紹介します。
Q. セントラルドグマとは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. セントラルドグマとは「DNA → RNA → タンパク質」という、遺伝情報が一方向に流れる生命共通のしくみのことです。DNAの一部が写しとられてRNA(メッセンジャーRNA)になる過程を転写、そのRNAの並びをもとにアミノ酸をつないでタンパク質をつくる過程を翻訳といいます。この流れのどこかに変化(変異)が起こると、体の部品であるタンパク質がうまく作れなくなり、さまざまな遺伝性の病気につながります。
- ➤転写のしくみ → RNAポリメラーゼがDNAを鋳型にRNAを合成、DNAとRNAの違いも図解
- ➤スプライシング → 不要なイントロンを切り取り、必要なエクソンをつなぐ編集作業
- ➤翻訳のしくみ → リボソームとtRNAがコドンを読み、アミノ酸をつないでいく
- ➤変異と病気 → ミスセンス・ナンセンス・フレームシフト変異、NMDのしくみ
- ➤最新治療 → 核酸医薬・エクソンスキッピング・ゲノム編集が拓く根本治療
1. セントラルドグマとは:DNAからRNA、そしてタンパク質へ
わたしたちの体は、髪の毛や爪、筋肉、酵素、ホルモン、免疫の抗体にいたるまで、その大部分が「タンパク質」でできています。そのタンパク質をどう作るかを書き記した設計図が、細胞の核にあるDNAです。ただし、DNAは金庫にしまわれた大切な原本のようなもので、そのままでは工場に持ち出せません。そこで細胞は、必要なページだけをコピー用紙に写しとり、そのコピーを工場へ運んで製品(タンパク質)を組み立てます。この「原本 → コピー → 製品」という一方向の流れこそがセントラルドグマです。
セントラルドグマは、1957年にフランシス・クリックによって提唱された、分子生物学の土台となる考え方です。情報はDNAからRNAへ(転写)、そしてRNAからタンパク質へ(翻訳)と流れますが、タンパク質から逆向きにRNAやDNAへ情報が戻ることは、通常の細胞では起こりません。まずは全体像を、コピー用紙が製品になるまでの流れとして眺めてみましょう。
セントラルドグマ:情報が流れる方向
DNAの情報はRNAへ写しとられ、リボソームでアミノ酸の鎖(タンパク質)へと組み立てられます。
💡 用語解説:転写と翻訳
転写(transcription)は、DNAの塩基配列を「別の分子であるRNAに写しとる」作業です。同じ核酸どうしのコピーなので「写す」というイメージがぴったりです。一方翻訳(translation)は、RNAの塩基配列(4文字の言葉)を、アミノ酸の並び(20種類の言葉)というまったく別の言語へ翻訳する作業です。言葉の種類が変わるので「翻訳」と呼ばれます。この2つは似た言葉ですが、意味はまったく異なります。
なお、この一方向の原則には例外もあります。エイズウイルス(HIV)などのレトロウイルスは、自分のRNAをもとにDNAを作る「逆転写」というしくみを持っています。これは逆転写酵素という特殊な酵素の働きによるもので、セントラルドグマの「特殊な転移」として位置づけられています。また近年は、タンパク質に翻訳されないノンコーディングRNAや、遺伝子の働きを抑えるRNA干渉など、RNAが単なる「コピー用紙」以上の多彩な役割を担うことも分かってきました。セントラルドグマの全体像は、セントラルドグマの用語解説でも詳しくまとめています。
2. 転写:DNAからRNAへ情報を写しとる
🔍 関連記事:転写概論【12】/転写因子とその調節【13】/mRNAとは
転写は、二重らせん構造のDNAの一部がほどけ、その一方の鎖を「型(鋳型)」として、対応するRNAが一文字ずつ組み立てられていく作業です。この作業を担う主役が、RNAポリメラーゼという酵素です。RNAポリメラーゼは、DNAのアデニン(A)に対してウラシル(U)を、シトシン(C)にはグアニン(G)を、グアニン(G)にはシトシン(C)を、そしてチミン(T)にはアデニン(A)を、というルールで相手を選び、次々とRNAをつないでいきます。こうして遺伝子1個ぶんの情報が写しとられると、メッセンジャーRNA(mRNA)が完成し、次の工程へと運ばれます。

ところで、そもそも「DNA」と「RNA」は何が違うのでしょうか。名前は似ていますが、化学的には3つのはっきりした違いがあります。この違いを知っておくと、なぜRNAが「持ち出し用のコピー」に向いているのかが理解しやすくなります。
💡 用語解説:DNAとRNAの3つの違い
①糖の違い:DNAは「デオキシリボース」、RNAは「リボース」という糖を骨組みに使います。リボースは2ʹの位置に水酸基(-OH)を持ちますが、デオキシリボースはそこが水素に置き換わり、酸素が1つ少ない(=デオキシ)構造です。
②塩基の違い:DNAはA・G・C・Tの4文字を使いますが、RNAではT(チミン)のかわりにU(ウラシル)が使われます。
③構造の違い:DNAは2本鎖の二重らせんですが、RNAは通常1本鎖です。1本鎖だからこそ、mRNA・tRNA・rRNAなど多彩な形と役割をとることができます。
塩基どうしの結びつき(塩基対)にも強さの違いがあります。A–T(RNAではA–U)は水素結合が2本、G–Cは3本で結ばれており、GとCが多い配列ほど二重らせんは強固に閉じています。下の図は、DNAとRNAの塩基の対応と、塩基対の水素結合の本数を示したものです。


どの遺伝子を、いつ、どれだけ転写するかは、細胞にとって死活問題です。これを細かく調整しているのが転写因子と呼ばれるタンパク質群で、遺伝子のスイッチを入れたり切ったりしています。転写のより詳しいしくみや調節については、シリーズの転写概論【12】もあわせてご覧ください。
3. RNAスプライシング:不要な部分を切り取る
🔍 関連記事:スプライシングとは/スプライソソーム/RNAプロセシング【16】
転写された直後のRNA(前駆体mRNA、pre-mRNA)は、そのままではタンパク質を作れません。ヒトの遺伝子は、意味のある部分(エクソン)の間に、意味を持たない部分(イントロン)がはさまった、「途中に不要な広告が混ざった文章」のような構造をしているからです。そこで細胞は、イントロンを正確に切り取り、エクソンだけをつなぎ合わせて、完成品のmRNAに仕上げます。この編集作業がスプライシングです。
💡 用語解説:エクソンとイントロン
エクソンは、最終的にタンパク質の情報として残る「本文」の部分です。一方イントロンは、転写はされるものの、成熟したmRNAになる前に取り除かれる「本文の間の余白」のような部分です。イントロンの端には目印があり、始まりは「GU」、終わりは「AG」という配列になっていることが多く(GU-AGルール)、この目印を頼りに切り取り位置が決められます。詳しくはエクソンとイントロンの解説をご覧ください。
この切り貼りを担うのが、スプライソソームという巨大な複合体です。スプライソソームは、U1・U2・U4・U5・U6などと呼ばれる小さなRNA(snRNA)とタンパク質からできており、これらが順序よく集まってイントロンをつまみ出します。イントロンは切り取られる際に「投げ縄(ラリアット)」と呼ばれる輪っかの形をつくり、両端のエクソンはぴったりと連結されます。下の図は、その分子レベルの流れをまとめたものです。

スプライシングには、もう一つ大きな意味があります。切り取り方を変えることで、1つの遺伝子から複数の異なるタンパク質を作り分けられるのです。これを選択的スプライシング(代替スプライシング)といいます。人間の遺伝子は約2万個ほどしかありませんが、選択的スプライシングのおかげで、実際に作られるタンパク質の種類はそれよりはるかに多くなります。とくに脳や神経では、この作り分けが盛んに行われ、神経細胞の多様性や複雑な情報処理を支えています。スプライシングを含むRNAの加工全体については、RNAプロセシング【16】で解説しています。
4. 翻訳:mRNAをアミノ酸の鎖(タンパク質)へ
完成したmRNAは核から細胞質へと運ばれ、いよいよタンパク質へと「翻訳」されます。翻訳の舞台となるのがリボソームで、mRNAという注文書を読みながら、アミノ酸を1つずつ正しい順番でつないでいきます。翻訳は大きく、開始・伸長・終結の3段階に分かれます。

開始段階では、リボソームがmRNAの開始コドン(通常はAUG)を見つけて組み立てを始めます。伸長段階では、mRNAを3文字ずつ(コドンごと)読み進め、その暗号に対応するアミノ酸を運んでくるのがtRNA(転移RNA)です。tRNAは、コドンと相補的な「アンチコドン」を目印に正しいアミノ酸を運び、リボソームがそれらをペプチド結合でつないでいきます。そして終結段階で、アミノ酸を指定しない終止コドン(UAA・UAG・UGA)に到達すると、タンパク質の鎖が切り離されて完成します。
💡 用語解説:コドンと遺伝暗号
コドンとは、mRNA上の3つの塩基のまとまりで、これが1つのアミノ酸を指定する「暗号の1単語」です。4種類の塩基を3つ並べる組み合わせは4×4×4=64通りありますが、指定されるアミノ酸は20種類しかありません。そのため、1つのアミノ酸に複数のコドンが対応する(縮重)ことになります。さらに、tRNA側の読み取りには少しの「あそび」があり(ゆらぎ)、コドンの3文字目が多少変わっても同じアミノ酸を運べる場合があります。このあそびのおかげで、3文字目の1塩基が置き換わっても意味が変わらずに済むことが多く、変異の悪影響を和らげる自然の防御にもなっています。詳しくはコドンと遺伝暗号の解説をご覧ください。
こうして完成したアミノ酸の鎖をポリペプチドと呼びます。ポリペプチドは、この後さらに立体的に折りたたまれて、はじめて機能を持つタンパク質になります(第6章)。アミノ酸が短くつながったものはペプチドと呼ばれ、ホルモンなどとしても働きます。
5. リボソームとrRNA:タンパク質工場のしくみ
リボソームは、細胞のなかでタンパク質を組み立てる「工場」です。大小2つのサブユニットからなり、それぞれがリボソームRNA(rRNA)と多数のタンパク質からできています。細菌などの原核生物は70S、動植物やヒトなどの真核生物は80Sという大きさのリボソームを持ちます(Sは分子の沈みやすさを示す単位です)。この違いを利用したのが一部の抗生物質で、細菌のリボソームだけを狙って働きを止めることで、ヒトの細胞を傷つけずに細菌の増殖を抑えます。

興味深いのは、リボソームの中でアミノ酸どうしをつなぐ化学反応(ペプチド結合)を実際に触媒しているのは、タンパク質ではなくrRNAそのものだという点です。rRNAは、リボソームの骨組みを形づくる「設計図」であると同時に、反応を進める「作業員」の役割も兼ねています。RNAが酵素のように化学反応を促す例で、生命の起源を考えるうえでも重要な発見でした。rRNAは専用の用語ページを設けていませんが、その働きはこのリボソームの中心的な機能として理解しておくとよいでしょう。
6. タンパク質の折りたたみと修飾:完成品になるまで
リボソームから出てきたばかりのアミノ酸の鎖は、まだ「ひも」の状態で、そのままでは働けません。ひもが特定の立体的な形へと折りたたまれて、はじめて機能を持つタンパク質になります。この折りたたみをフォールディングといい、水になじみにくいアミノ酸が内側に集まる力や、水素結合・ジスルフィド結合などによって、正しい形が安定化されます。
💡 用語解説:分子シャペロン
タンパク質が正しく折りたためるよう手助けし、誤った折りたたみや、からまり合い(凝集)を防ぐ「介添え役」のタンパク質を分子シャペロンといいます。折りたたみに失敗したタンパク質が細胞内にたまると、アルツハイマー病やパーキンソン病など、さまざまな病気の原因になることが知られています。うまく折りたためなかったタンパク質は、小胞体関連分解(ERAD)などのしくみで見つけ出され、プロテアソームという分解装置で処理されます。
さらに、多くのタンパク質は折りたたみのあとに「仕上げ」の加工を受けます。特定の部分を切り離して活性型に変える(例:インスリンはプロインスリンから切り出されます)、リン酸化・糖鎖付加などの化学修飾を受ける、複数の鎖が集まって1つの機能単位を作る(例:ヘモグロビンは4つの鎖の集合体です)——こうした翻訳後修飾を経て、タンパク質はようやく「完成品」となり、体のなかで役割を果たせるようになります。
7. 遺伝子の変化が病気を起こすしくみ:変異のタイプ
🔍 関連記事:遺伝子のバリアントとは【19】/バリアントの種類とその影響【21】
ここまで見てきた「DNA → RNA → タンパク質」の流れは、どの工程も精密に組み上がっています。だからこそ、DNAの塩基配列に変化(バリアント/変異)が起こると、その影響はタンパク質にまで及びます。ただし、変化の「種類」によって、影響の大きさはまったく異なります。代表的な変異のタイプを整理しましょう。
💡 用語解説:ミスセンス変異とナンセンス変異
ミスセンス変異は、たとえるなら文章の1文字が別の文字に置き換わり「意味が少し変わる」変化です。タンパク質の一部のアミノ酸が別のものに変わるため、影響は軽いものから重いものまでさまざまです。
ナンセンス変異は、文章の途中に突然「。(句点)」が入ってしまい、文がそこで終わってしまう変化です。タンパク質が途中で途切れてしまい、多くの場合そのmRNAは後述のNMDというしくみで壊されます。
では、途中で途切れる「不良品」のmRNAはどうなるのでしょうか。細胞には、こうした異常なmRNAを見張って壊す品質管理のしくみが備わっています。それがナンセンス変異依存性mRNA分解(NMD)です。哺乳類の細胞では、翻訳を終える未成熟終止コドン(PTC)が、最後のエクソンの継ぎ目より50〜55塩基以上も上流にあると、それは「異常な終わり方」と判定されます[1]。その判定の目印になるのが、スプライシングのときにエクソンの継ぎ目に置かれるエクソン接合部複合体(EJC)です。NMDは不良品を除くだけでなく、正常な遺伝子の発現量を微調整する役割も担っており、単なる「掃除役」以上の重要なしくみだと分かってきています。
8. スプライシング異常と病気:具体例
変異はタンパク質の設計そのものだけでなく、「スプライシングの目印」を壊すことでも病気を起こします。スプライシングに関わる変異には、次のようなパターンがあります。エクソンがまるごと抜け落ちるスプライス部位変異、本来使われないはずの偽の目印が目覚めてしまうクリプティックスプライス部位の活性化、そしてイントロンの奥深くの変異によって余計な配列が紛れ込む偽エキソンの挿入などです。
その典型例が、βサラセミア(赤血球のヘモグロビンβ鎖がうまく作れない貧血症)で見られるIVS2-654という変異です。この変異は、イントロンの中に新たな「偽の目印」を作り出し、その結果、本来は捨てられるはずの73塩基ぶんの余計な配列(偽エキソン)が成熟mRNAに紛れ込んでしまいます[2]。この余計な配列の中に終止コドンがあるため翻訳が途切れ、重いタイプのβサラセミアになります。イントロンの奥深くに潜むこうした変異は、深部イントロン変異と呼ばれ、近年はSpliceAIなどのAI予測ツールも活用して評価されています。
スプライシングそのものを担う部品(スプライソソームの構成因子)に変異が起こると、全身に影響しそうに思えますが、実際には特定の組織にだけ重い症状が出るという不思議な現象がみられます。これらはスプライソパチーと総称され、目の網膜が徐々に障害される網膜色素変性症や、血液を作る骨髄の病気である骨髄異形成症候群(MDS)が代表例です。網膜のように、非常に活発にmRNAの加工を行う組織ほど、スプライシングのわずかな乱れに弱いと考えられています。
また、同じ遺伝子でも変異の位置やスプライシングの壊れ方によって、まったく異なる複数の病気が現れることもあります。核膜のタンパク質をつくるLMNA遺伝子はその代表で、筋ジストロフィー・拡張型心筋症・早老症など、症状の異なる病気(ラミノパチー)を引き起こすことが知られています。一つの遺伝子が多彩な表現型をもたらすこの性質は、遺伝子診断の結果を解釈するうえで注意が必要なポイントです。
9. RNA・遺伝子を標的にする最新治療
🔍 関連記事:アンチセンスオリゴヌクレオチド/エクソンスキッピング/CRISPR-Cas9
セントラルドグマの各段階を分子レベルで理解できるようになったことで、その流れに「介入する」新しい治療が次々と生まれています。ここでは代表的なアプローチを、実際の疾患を例にご紹介します。
まず核酸医薬です。短い人工のDNA/RNA(アンチセンスオリゴヌクレオチド)を、狙ったmRNAのスプライシング部位に結合させ、切り取り方をわざと変えるのです。脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬ヌシネルセンは、その先駆けです。SMAではSMN1遺伝子が働かず、そっくりな予備遺伝子SMN2は、多くの場合エクソン7が抜け落ちて十分なタンパク質を作れません。ヌシネルセンは、そのエクソン7の脱落を促す抑制配列(ISS-N1)に結合してブロックし、エクソン7を含む完全なSMNタンパク質を作らせることで効果を発揮します[7]。現在SMAには、このヌシネルセン(髄腔内注射)に加え、経口の低分子薬リスジプラム、正常なSMN1遺伝子を届ける遺伝子治療オナセムノゲン アベパルボベクの3種類が承認されています[8]。
💡 用語解説:エクソンスキッピング
問題のあるエクソンを、あえて「読み飛ばす(スキップする)」ことで読み枠を整え直す治療法をエクソンスキッピングといいます。全部を完璧に直すのではなく、「途切れた文章を、一部を飛ばして意味の通る文章に戻す」イメージです。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療で応用が進んでいます。
このエクソンスキッピングの理論的な裏づけになっているのが、ジストロフィン遺伝子で知られる「リーディングフレーム則」です。エクソンが抜けても欠けた塩基数が3の倍数であれば読み枠が保たれ、部分的に機能する短いタンパク質ができて症状が軽いベッカー型(BMD)になります。逆に読み枠がずれると重いデュシェンヌ型(DMD)になります[4]。実際、DMD患者さんの筋肉の中に、ごくまれに正常なジストロフィンを持つ筋線維(復帰線維)が現れることがあり、これは体の中で偶然エクソンがスキップされて読み枠が回復した「天然の実例」として、この治療法の有効性を裏づけました[5]。
タンパク質の「作られ方」に応じて治療を選び分ける考え方も進んでいます。嚢胞性線維症は、CFTRという塩化物イオンのチャネルがうまく働かない病気ですが、その原因変異は「作られない」「折りたたみに失敗する」「開きにくい」などタイプ(クラスⅠ〜Ⅵ)が分かれます。最も多いF508del変異は、CFのアレルの約70%を占め、患者さんの約90%が少なくとも1コピーを持つとされ、これはクラスⅡ(折りたたみ不全)にあたります[6]。折りたたみを助ける薬理学的シャペロンや、途中の終止(ナンセンス変異)を読み飛ばさせる翻訳リードスルーなど、変異タイプに合わせた治療戦略が研究・実用化されています。
さらに一歩進んで、DNAそのものを書き換えるゲノム編集も現実味を帯びています。前章のβサラセミア(IVS2-654)では、CRISPR-Cas9を使って、異常スプライシングの原因となる領域を切り取る研究が報告されています。マウスの実験では、73塩基の偽エキソンを生む部分を除去した結果、正常なスプライシングが回復し、貧血や脾臓の腫れといった症状が改善しました[3]。ゲノム編集や塩基編集といった技術は、まだ研究段階のものも多いですが、対症療法しかなかった難病に「根本から治す」可能性を開きつつあります。
10. 出生前診断・遺伝カウンセリングとのつながり
「DNA → RNA → タンパク質」という流れの理解は、遺伝子検査の結果を読み解くうえでの土台になります。たとえば見つかった変異が「サイレント変異なのか、ミスセンスなのか、スプライシングを壊すのか」によって、その意味づけ(病気を起こすのか、影響が小さいのか)は大きく変わります。この判断は、遺伝性疾患の診断や、出生前診断の結果説明において欠かせません。
遺伝子や染色体を調べる検査には、妊娠中に行うものと出生後に行うものがあります。妊娠中の非侵襲的なスクリーニングとしてはNIPT(新型出生前診断)があり、確定検査として絨毛検査・羊水検査が位置づけられます。こうした検査は「受ける・受けない」も含めて、ご家族が納得して選べることが何より大切です。
だからこそ、検査の前後には遺伝カウンセリングが重要になります。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が、変異の意味や遺伝形式、再発の可能性、そして「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを含めて、ご家族に寄り添いながら情報提供を行っています。分子のしくみを正しく知ることは、不安をあおるためではなく、納得のいく選択のための力になります。
よくある誤解
誤解①「転写と翻訳は同じ意味」
転写はDNA→RNA(同じ核酸どうしの写しとり)、翻訳はRNA→タンパク質(別の言語への変換)です。似た言葉ですが、扱う分子も場所も異なる別々のステップです。
誤解②「イントロンはただのゴミ」
イントロンは翻訳前に取り除かれますが、切り取り方を変える選択的スプライシングにより遺伝子の多様性を生み出す大切な役割があります。無意味な「ゴミ」ではありません。
誤解③「変異があれば必ず病気になる」
サイレント変異のように影響がほとんどないものも多くあります。誰もが多数のバリアントを持っており、変異=病気ではありません。意味づけには専門的な評価が必要です。
誤解④「遺伝子の病気は治せない」
SMAやβサラセミアのように、核酸医薬やゲノム編集で介入できる病気が増えています。まだ研究段階のものも多いですが、状況は大きく変わりつつあります。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Nonsense-Mediated mRNA Decay, a Finely Regulated Mechanism. Biomedicines / PMC. [PMC8773229]
- [2] Restoration of correct βIVS2-654-globin mRNA splicing and HbA production by engineered U7 snRNA in β-thalassaemia/HbE erythroid cells. PMC. [PMC6529457]
- [3] Gene Editing of the Endogenous Cryptic 3′ Splice Site Corrects the RNA Splicing Defect in the β654-Thalassemia Mouse Model. Human Gene Therapy / PMC. [PMC11514127]
- [4] In-Frame Deletion of Dystrophin Exons 8–50 Results in DMD Phenotype (reading-frame rule). Int J Mol Sci. [IJMS 24(11):9117]
- [5] Winnard AV, et al. Frameshift deletions of exons 3-7 and revertant fibers in Duchenne muscular dystrophy. Am J Hum Genet. 1995. [PMC1801338]
- [6] Screening for F508del as a first step in the molecular diagnosis of cystic fibrosis. J Bras Pneumol / PMC. [PMC4075852]
- [7] Mechanism of Splicing Regulation of Spinal Muscular Atrophy Genes (ISS-N1 / nusinersen). PMC. [PMC6026014]
- [8] High Concentration of an ISS-N1-Targeting Antisense Oligonucleotide… (nusinersen・risdiplam・Zolgensmaの承認状況). Int J Mol Sci / PMC. [PMC8395096]



