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SYCP1遺伝子とは?相同染色体をつなぐ「横糸」と、無精子症・早発卵巣不全との関係を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

精子と卵子をつくるとき、体は父方と母方の染色体を1本ずつ正確に選り分けなければなりません。そのために、まず同じ番号の染色体どうしをぴったり貼り合わせるという作業が行われます。このとき2本の染色体のあいだに架けられる無数の「横糸」をつくっているのがSYCP1遺伝子です。横糸が架からないと、染色体は隣に並ぶところまでは進めても、それ以上先へ進めません。その結果として精子がつくられなくなったり、卵子が育たなくなったりします。この記事では、SYCP1というひとつの遺伝子が、分子のかたちから男性不妊・早発卵巣不全(POI)、さらにはがん細胞の性質にまでどうつながっているのかを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 減数分裂・シナプトネマ複合体・男性不妊
臨床遺伝専門医監修

Q. SYCP1遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SYCP1は、減数分裂のときに父方と母方の染色体を「ジッパー」のようにつなぎ合わせる横糸フィラメントの本体をつくる遺伝子です。この横糸が架かって初めて染色体どうしが完全に接合し、DNAの切断修復と乗り換え(クロスオーバー)が完了します。マウスでSYCP1を失うと雌雄とも不妊になり、ヒトでもホモ接合の変異が重度の乏精子症と結びついた家系が報告されています。一方で、この遺伝子は本来眠っているはずの体細胞のがんで異所性に発現することも知られています。

  • 分子としての正体 → 4本のらせんが束になった「四量体」が基本部品。これが並んでジッパー状の格子をつくる
  • 組み立ての実際 → 中央要素タンパク質SYCE3が、いったんできた格子をわざと解体して作り替える
  • 欠損させると → マウスは雌雄とも不妊。染色体は並ぶが接合せず、乗り換えの印(MLH1)が一切つかない
  • ヒトでの報告 → C末端の9アミノ酸が失われる変異が、重度乏精子症の兄弟から見つかっている
  • 遺伝カウンセリングの要点 → 潜性(劣性)の形で伝わり、保因者は通常無症状。近親婚の家系で意味を持ちやすい

🧬 SYCP1遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 SYCP1(Synaptonemal Complex Protein 1)/別名 SCP1、SCP-1、HOM-TES-14
タンパク質 シナプトネマ複合体タンパク質1/全長976アミノ酸。中央に長いコイルドコイル、両端に構造をとらないテール領域をもちます
染色体上の位置 第1染色体
OMIM番号 602162
主なはたらき 減数分裂前期Iで相同染色体のあいだに架かる横糸フィラメントの主成分。接合(シナプシス)を成立させ、DNA二本鎖切断の修復とクロスオーバー形成を支えます
主な発現部位 減数分裂期の精母細胞・卵母細胞。正常な体細胞組織では強く抑制されています
生殖細胞系列変異と関連疾患 ホモ接合フレームシフト変異 c.2892delA(p.K967Nfs*1)が、近親婚家系の重度乏精子症の男性から報告されています
体細胞変異 がんのドライバーとなる体細胞変異について、確立した報告はありません。がんで問題になるのは変異ではなく異所性の「発現」です
検査上の注意 SYCP1単独を狙った臨床検査は確立しておらず、実際には不妊症のパネル検査や全エクソーム検査のなかで評価されます

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. SYCP1遺伝子とは ─ 染色体を貼り合わせる「横糸」の設計図

SYCP1は、Synaptonemal Complex Protein 1(シナプトネマ複合体タンパク質1)の頭文字をとった遺伝子名です。第1染色体上にあり、公的データベースOMIMでは602162という番号で登録されています[1]。SCP1、SCP-1、HOM-TES-14といった別名でも呼ばれますが、これらはすべて同じ遺伝子を指しています。名前が複数あるのは、この遺伝子が「減数分裂の研究」と「がん免疫の研究」という、まったく別の分野で別々に見つかったという歴史があるからです。この記事の後半では、その2つの顔がどうつながるのかもご説明します。

まず、SYCP1が働く舞台を確認しておきましょう。精子や卵子をつくる細胞では、ふつうの細胞分裂ではなく減数分裂という特別な分裂が起こります。減数分裂では、染色体を1回だけ複製したあと、2回続けて分配します。1回目の分配で父方と母方の相同染色体が別々の細胞へ、2回目で姉妹染色分体が別々の細胞へ移ります。この1回目の分配を正しく行うために、父方と母方の染色体はいったん物理的に手をつなぐ必要があります。その「手のつなぎ方」を担当するのがSYCP1です。

相同染色体を貼り合わせる装置はシナプトネマ複合体(synaptonemal complex:SC)と呼ばれ、電子顕微鏡で見るとはしご状の三部構成をしています。両側に染色体1本ずつの軸である側方要素、まん中に中央要素、そのあいだを埋める無数の横糸フィラメントという構成です。ヒトのSCは長いところで24マイクロメートルにも達し、はじめ約400ナノメートル離れていた2本の染色体軸を、最終的に約100ナノメートルの間隔まで引き寄せて接合させます[2]。この「引き寄せて一定の距離で固定する」役目を果たす横糸フィラメントの本体が、SYCP1タンパク質です。

💡 用語解説:シナプシス(接合)とは

シナプシス(接合)とは、同じ番号の染色体どうしが端から端まで密着してひとつの構造にまとまることをいいます。よく似た言葉に「対合」や「並列(アライメント)」がありますが、これらは「隣どうしに並ぶ」ところまでを指します。並んだだけの状態と、横糸で縫い合わされた状態はまったく別物です。この記事の後半で出てくるマウスや魚の実験では、まさに「並ぶことはできるのに、縫い合わせができない」という状態が起こります。この違いを押さえておくと、以降の話がとても分かりやすくなります。

シナプトネマ複合体は、SYCP1だけでできているわけではありません。染色体の軸をつくるのはSYCP3SYCP2で、まん中の中央要素にはSYCE1、SYCE2、SYCE3、SIX6OS1、TEX12といったタンパク質が集まります[2]。またSC全体は、姉妹染色分体を束ねるコヒーシンという別のリング状複合体の上に組み上がっていきます。役割分担を整理すると、下の図のようになります。

シナプトネマ複合体の三部構成と担当タンパク質

側方要素
父方の軸/SYCP2・SYCP3
横糸フィラメント
SYCP1(この記事の主役)
側方要素
母方の軸/SYCP2・SYCP3
中央要素(まん中の芯)
SYCE1・SYCE2・SYCE3・SIX6OS1・TEX12

両側の軸のあいだをSYCP1が横向きに架橋し、その中央部分を中央要素タンパク質が補強します。約400ナノメートル離れていた軸が、最終的に約100ナノメートルまで近づきます。

シナプトネマ複合体(SC)の構造と働きを示す模式図。減数分裂のパキテン期に、SYCP2・SYCP3からなる側方要素、SYCP1からなる横糸フィラメント、SYCE1・SYCE2・SYCE3・SIX6OS1・TEX12からなる中央要素が相同染色体全体に形成され、染色体の対合と組換えを支える仕組みを示す。

2. SYCP1が働くタイミング ─ 減数分裂前期Iの4つの段階

SYCP1は、減数分裂のあいだずっと同じ場所にいるわけではありません。前期Iと呼ばれる長い準備期間のなかで、現れるタイミングと消えるタイミングが厳密に決まっています。この時間割を知っておくと、「SYCP1がないとどこで止まるのか」が直感的に理解できるようになります。前期Iは、染色体の見え方によって4つの段階に分けられます。

減数分裂前期IとSYCP1の出入り

レプトテン期
軸ができる/SYCP1はまだ
ジゴテン期
SYCP1が集まり接合開始
パキテン期
全長が接合/乗り換え成立
ディプロテン期
SYCP1が外れて解離

SYCP1は「必要なときだけ架かって、役目が終わると外れる」一時的な足場です。外れたあとも染色体どうしは、乗り換えでできたキアズマによってつながり続けます。

最初のレプトテン期(細糸期)では、それぞれの染色体の内側にSYCP2やSYCP3が集まって軸ができます。この段階ではSYCP1はほとんど検出されません。次のジゴテン期(合糸期)で、相同染色体どうしが近づいて並列すると、そのすき間にSYCP1が呼び込まれて横糸として姿を現します。接合が始まると、それまで「軸状要素」と呼ばれていた構造は「側方要素」と呼び名が変わります。

続くパキテン期(太糸期)では、すべての常染色体ペアが端から端まで完全に接合します。ここで中央要素タンパク質が動員されて構造が固まり、同時にDNAの乗り換え(クロスオーバー)が完成へ向かいます。最後のディプロテン期(複糸期)になると、接合がほどけるのに合わせてSYCP1は速やかに染色体から離れていきます。ほどけたあとも相同染色体がばらばらにならずにいられるのは、乗り換えの結果できたキアズマという交差点が、物理的な留め具として働くからです。

この時間割で重要なのは、「接合」と「DNA修復」と「乗り換え」が、同じ時期に並行して進むという点です。減数分裂では、わざとDNAに二本鎖切断をつくり、それを相手の染色体を鋳型として修復する過程で乗り換えが生まれます。切断を安全に修復するには相手の染色体がすぐ隣になければならず、その距離を保証しているのがSYCP1の横糸です。ですからSYCP1が失われると、接合だけでなく修復と乗り換えまでまとめて破綻します。この「3つが連動している」ことが、後で見るマウスの実験結果を理解する鍵になります。

3. SYCP1の分子構造 ─ 四量体という部品がジッパーになる

SYCP1タンパク質の形は、X線結晶構造解析などによってかなり詳しく分かっています。中央部分はコイルドコイルと呼ばれる、らせん状のひもが撚り合わさった細長い構造をしています。そして両端は、決まったかたちをとらない「テール」になっています。この細長い分子が、どうやってはしご状の格子をつくるのでしょうか。

2018年に報告されたヒトSYCP1の構造解析によれば、SYCP1は単独では存在せず、必ず4分子が集まった「四量体」として振る舞います[3]。この四量体は、N末端側で4本のらせんが1本の束になり、そこからC末端側へ向かって2本の二量体コイルドコイルに枝分かれするという、Y字を細長く引き伸ばしたような形をしています。そしてこの部品が、2か所の自己会合部位を使って積み上がっていきます。N末端側どうしはSCのまん中で「頭と頭」を突き合わせるように協同的に会合し、C末端側どうしは染色体軸の上で「背中合わせ」に会合します[3]。この2種類の会合が交互に繰り返されることで、ジッパーのような格子が完成します。

💡 用語解説:コイルドコイルと自己会合

タンパク質のらせん(αヘリックス)が2本以上撚り合わさって、縄のように束ねられた構造をコイルドコイルと呼びます。細長くて丈夫なので、細胞のなかで「柱」や「梁」として働く分子によく見られる形です。また自己会合とは、同じ種類の分子どうしがくっついて大きな構造をつくることをいいます。SYCP1は他の部品を借りずに自分だけで格子を組めるため、必要なときに一気に伸びていくことができます。ただし「組みやすい」ことは「ほどけやすい」ことと表裏一体で、だからこそ次の章で出てくる補強役が必要になります。

興味深いことに、N末端どうしの会合部分は「開いた配座」と「閉じた配座」の2つの状態をとりうることが結晶構造から分かっています[3]。閉じた状態では、L102・L109・I116という3つのアミノ酸が疎水性の芯をつくって界面をしっかり固定しています。横糸が2つの状態を行き来できるということは、SCの幅にわずかな伸び縮みの余地があるということでもあります。染色体の状態に応じてしなやかに対応できる仕組みだと考えられています。

この「頭と頭の会合」が本当に生体内で必要なのかを直接確かめたのが、2023年に報告されたマウスの実験です。研究者たちはゲノム編集技術を使って、頭どうしの接着面をピンポイントで壊すマウス(Sycp1L102EとSycp1L106E)をつくりました。その結果、L102Eではシナプシスにほとんど影響が出なかったのに対し、L106Eではシナプシスが完全に失われました[4]。L106Eのマウスでは相同染色体は並列するところまでは進み、変異型のSYCP1や他のSCタンパク質も少量は集まってくるのですが、接合が成立しないためにクロスオーバーがつくられず、減数分裂が停止して雄は不妊になりました[4]たった1個のアミノ酸を変えるだけで、精子形成が止まってしまうわけです。なおマウスのL102とL106は、ヒトのV105とL109に対応します[4]

もうひとつ、あとで臨床の話につながる重要な特徴があります。SYCP1が染色体DNAに直接くっつく能力は、C末端側の、構造をとらないテール領域(784〜976番目のアミノ酸)に依存しています[3]。コイルドコイルの部分だけではDNAに結合できず、このテールがあって初めて結合します。つまりSYCP1は「まん中で相手とつながる」だけでなく「端で染色体に錨を下ろす」必要があり、どちらが欠けても足場として成立しません。ヒトで報告されている変異が、まさにこのテールの先端を削り取るものだった、という話が第7章で登場します。

4. 中央要素タンパク質による「組み立て直し」 ─ SYCE3が格子を作り替える

SYCP1が自分だけでジッパー格子を組めるのなら、まん中にわざわざ中央要素タンパク質が集まってくるのはなぜでしょうか。長いあいだ、中央要素は「できあがった格子を横から支える補強材」だと考えられてきました。ところが2023年に報告された研究は、この理解を書き換えました。

中央要素タンパク質のひとつであるSYCE3は、SYCP1の四量体の中心部分(206〜362番目のアミノ酸)に、170±30ナノモル濃度という非常に強い親和性で結合します[2]。そしてSYCE3が結合すると、驚くことにSYCP1の四量体はかたちを変えて「2対1のヘテロ三量体」になり、自己会合の界面が失われて格子がいったん解体されます[2]。補強どころか、いったん壊してしまうのです。

では壊しっぱなしかというと、そうではありません。SYCE3は自分自身が集まる性質をもっており、失われたSYCP1どうしの結び目の代わりに、SYCE3が隣のSYCP1をつなぎ止めます。こうして「SYCP1だけの格子」から「SYCP1とSYCE3が組み合わさった新しい格子」へと作り替えられます[2]。しかもこの新しい格子は、SYCE1–SIX6OS1やSYCE2–TEX12といった他の中央要素複合体と結合できる面をもっており、それらを次々に呼び込んで長く伸びていくことができます[2]

💡 なぜ「壊してから作り直す」のか

仮設の足場を、そのまま本設の建物に使うことはできません。SYCP1だけで組んだ格子は「とりあえず相手をつかまえる」ためには十分ですが、染色体全長を何時間も安定して支え続けるには向いていません。SYCE3は、仮設の結び目をほどきながら、同じ場所により丈夫な結び目を作り直していると考えると理解しやすくなります。生き物の細胞では、こうした「作っては壊す」動きが、実は精度を担保する仕組みになっていることが少なくありません。SYCP1とSYCE3の関係は、その典型例です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「部品が1つ足りない」では説明しきれない世界です】

遺伝子の話は「この部品が壊れたからこの機能が失われた」という単純な図式で語られがちです。けれどもシナプトネマ複合体の研究を追いかけていると、実際の細胞はもっと動的で、同じ場所を何度も作り替えながら精度を上げていることが分かります。SYCE3がSYCP1の格子をいったん解体するという発見は、まさにその象徴だと感じました。

この視点は、遺伝子検査の結果をお伝えするときにも役立ちます。ある遺伝子に変化が見つかったとしても、それが「どの工程の、どの段階で効いてくるのか」まで踏み込まないと、患者さんにとって意味のある説明にはなりません。分子の理解が進むことは、そのまま説明の解像度が上がることにつながります。

5. SYCP1を失ったマウスで何が起きるか

遺伝子の役割を確かめる最も直接的な方法は、その遺伝子を働かなくしてみることです。マウスのSycp1遺伝子については、エキソン2からエキソン8までを薬剤耐性遺伝子で置き換えたノックアウトマウスが作製されています。この置き換えられた領域には翻訳開始コドンと読み枠の約20%が含まれており、N末端・中間部・C末端のどの抗体を使っても短縮型タンパク質が検出されなかったことから、完全に働きを失った変異だと確認されています[5]

このマウスは、体の発生や成長には何の問題もなく健康に育ちます。ところが雌雄ともに完全な不妊になりました[5]。精巣も卵巣も小さく、精巣の重さは正常の約3割にまで落ち、精巣上体には精子が見当たりません。卵巣では発育中の卵胞と卵子が見られなくなっており、減数分裂の途中で卵子が失われてしまうことが示唆されました。

では、細胞のなかでは何が起きていたのでしょうか。精母細胞を詳しく観察すると、染色体の軸そのものは正常に形成され、相同染色体どうしがきちんと隣り合って並ぶところまでは進んでいました。しかしその先の接合が起こりません[5]。第1章の用語解説でご説明した「並ぶ」と「縫い合わせる」の違いが、まさにここで現れます。大部分の細胞はパキテン期で進行が止まり、精巣の組織を調べるとアポトーシスを起こした細胞が数多く集まった精細管が見られました[5]

DNA修復のほうはどうでしょうか。二本鎖切断の目印であるγH2AXは、レプトテン期には正常と同じように現れます。つまり切断そのものはきちんと入っています。ところが正常なマウスでは常染色体からγH2AXが消えていくパキテン期になっても、Sycp1欠損マウスでははっきりした斑点として残り続けました[5]。修復の初期から中期に働くRAD51/DMC1・RPA・MSH4といった因子の集まり(フォーカス)も、数そのものは正常と同じくらい形成されるのに、時間が来ても消えていきません。そして乗り換えの完成を示すMLH1とMLH3のフォーカスはまったく形成されませんでした[5]

💡 用語解説:XY体(性染色質)とは

男性の減数分裂では、X染色体とY染色体はごく一部の領域でしか相同性がないため、大部分が「相手のいない状態」になります。細胞はこれを危険信号と受け取らないよう、性染色体をひとまとめに包み込んで遺伝子の読み取りを止めてしまいます。この特殊な構造がXY体(性染色質)です。

Sycp1を欠損したマウスでは、予想外にもこのXY体が形成されませんでした[5]。SYCP1が横糸としての役目だけでなく、性染色体を安全に隔離する仕組みにも関わっていることを示す所見です。男性の減数分裂が女性より繊細だと言われる理由のひとつが、ここにあります。

これらをまとめると、SYCP1は「染色体を貼り合わせるだけの分子」ではないことが見えてきます。接合という物理的な仕事を通じて、DNA修復の完了とクロスオーバーの成立、さらには性染色体の管理までを保証しているということです。ひとつの足場が失われるだけで複数の工程が同時に止まるという事実は、次の章でヒトの話を考えるときにも重要になります。

6. 魚とマウスの違い ─ 「間違いを見張る厳しさ」は種によって違う

同じ遺伝子を壊しても、生き物の種類によって結果が変わることがあります。SYCP1はその好例です。2025年に報告されたゼブラフィッシュの研究では、マウスとはかなり違う光景が観察されました。

この研究では、ゼブラフィッシュのsycp1遺伝子(32のエキソンからなり1000アミノ酸をコードします)のエキソン5にゲノム編集で変異を入れ、97アミノ酸しかつくられないようにした系統が用いられました[6]。この魚では、マウスと同じように相同染色体は端の部分で並列するものの接合は起こりません。ところが結果は大きく異なりました。オスは精子がつくられず事実上の不妊になる一方で、メスは正常な数の卵を産み、受精率も正常でした[6]。マウスでは雌雄とも不妊だったことと比べると、大きな違いです。

オスの精母細胞は、前期Iを通り抜けて第一・第二減数分裂の中期まで到達し、そこで止まっていました[6]。パキテン期で死んでしまうマウスとは対照的です。しかも精巣で細胞死の指標を調べても陽性の細胞はごくわずかで、大量のアポトーシスは起きていませんでした。研究期間を通じて4,233個の卵のうち6個(0.14%)は受精しており、ごく低い確率ながら減数分裂が完了することもあると分かっています[6]

メスのほうも、無事とは言い切れません。産まれた卵の多くは、相手を見つけられない染色体(一価染色体)を含んでおり、その結果としてできた胚には広範な体細胞モザイク異数性が生じ、多くが奇形を示しました[6]。ただし見た目が正常な子の一部は成魚まで育っており、この種が相当量の染色体異常を許容できることも示されました。

💡 用語解説:チェックポイント(監視機構)

細胞には、工程に不具合があるとそこで足止めをかけたり、不良品を廃棄したりするチェックポイントという仕組みが備わっています。哺乳類の減数分裂では、接合が完成していない細胞をパキテン期で厳しく取り除きます。一方でゼブラフィッシュの監視ははるかに緩やかで、接合が完全に失われていても細胞は先へ進んでしまいます[6]。厳しく監視するほど異常な配偶子は減りますが、そのぶん不妊にもなりやすい。この「厳しさの度合い」の違いこそが、動物実験の結果をヒトに当てはめるときに慎重さが必要な理由です。

なお、この研究にはもう一点、興味深い実験が含まれています。sycp1を欠く魚の集団ではオスの比率が高くなるのですが、性別が決まる時期を延長する別の遺伝子変異(dmrt1)を組み合わせると、メスの割合が5.9%から72.7%へと大きく増加しました[6]。オスに偏るのは細胞が処分されているせいではなく、卵をつくるペースが間に合わないためだと考えられます。同じ「不妊」に見えても、その中身は種によって、また性別によって異なるということです。

7. ヒトのSYCP1変異 ─ C末端の9アミノ酸が失われると何が起こるか

ヒトでSYCP1の変異が不妊と結びついた報告は、まだ多くありません。現在いちばん詳しく解析されているのは、2022年に報告された近親婚家系の症例です。この家系では重度の乏精子症の男性が複数おり、家系全体を対象とした全エクソーム解析によって、SYCP1のまれなホモ接合フレームシフト変異 c.2892delA(p.K967Nfs*1)が同定され、サンガー法で確認されました[7]

この変異は、たった1塩基が抜け落ちるだけの小さな変化です。しかしその影響は明確でした。967番目のリシンがアスパラギンに置き換わると同時に読み枠がずれて終止コドンが生じ、結果としてC末端テールの最後の9アミノ酸(968〜976番)が失われます[7]。第3章でご説明したとおり、SYCP1がDNAに結合する能力はこのC末端テールに依存しています。つまりこの変異は、横糸を染色体に留めておくための「錨」の先端を削り取ってしまうわけです。ちなみにこの9アミノ酸は、マウス・ラット・ブタ・ウサギとのあいだで高度に保存されており、進化的に大切にされてきた領域だと分かります[7]

💡 用語解説:フレームシフト変異とホモ接合

DNAの文字は3つずつ区切って読まれます。1文字だけ抜けたり増えたりすると、そこから先の区切り方が全部ずれてしまい、意味の通らない配列になります。これがフレームシフト変異です。多くの場合、途中で終止の合図が現れてタンパク質が短く切れてしまいます。

また、同じ変化を父方・母方の両方から受け継いだ状態をホモ接合、片方だけの状態をヘテロ接合と呼びます。この家系で発症していたのはホモ接合の男性だけで、片方だけを持つお母さんは症状がありませんでした[7]。これは潜性(劣性)という遺伝形式の典型的なパターンです。

ここで注意していただきたいのは、この報告が「1家系の兄弟」という限られた規模のものだという点です。同じ変異をもつ人が世界中で多数見つかっているわけではありませんし、SYCP1に変化があれば必ず乏精子症になるとも言えません。一方で、この変異が近親婚のある集団で報告されているという事実は、遺伝カウンセリングの場面では意味を持ちます。ご両親が血縁関係にある場合、同じ潜性の変化を両方から受け継ぐ確率が高くなるためです。

なお、精液所見の分類についても触れておきます。精子の濃度が一定の基準を下回る状態を乏精子症、さらに低い場合を重度乏精子症と呼びますが、これは世界保健機関などの基準にもとづく一般的な定義であり、SYCP1に特有の数値ではありません。また精子が精液中にまったく見られない非閉塞性無精子症(NOA)との関係については、現時点でSYCP1を原因として確立したデータは示されていません。

8. シナプトネマ複合体の遺伝子ネットワークと不妊

SYCP1は、単独で働いているわけではありません。原因不明とされてきた不妊の一部は、シナプトネマ複合体とその周辺で働く遺伝子群の破綻によるものだと分かってきました。ここでは、SYCP1と同じ舞台に立つ主な遺伝子を整理します。

まず、SYCP1の集まり方に影響する因子として、クロスオーバー形成を担うSHOC1・TEX11・SPO16という3つのタンパク質の複合体が挙げられます。これらのいずれかを欠く男性の精母細胞では、染色体軸(SYCP3)は正常につくられているのに、SYCP1の集積がほとんど見られない、あるいは著しく減っており、早い段階で減数分裂が停止していました[8]。SYCP1が正しく並ぶためには、組換えの側からの後押しも必要だということです。

また、DNAが切断される場所を決める因子との関係も報告されています。組換えホットスポットを指定するPRDM9は、減数分裂期コヒーシンREC8や、SYCP3・SYCP1と会合することが示されており、ホットスポットのDNAが染色体軸へと運ばれるモデルが提唱されました[9]。ただしこの報告で示されたのは「会合が検出された」という事実までで、SYCP1がホットスポットを軸へ運ぶ働きそのものを担っているとまでは示されていません。SYCP1は「軸の上で起きる出来事の舞台」であって、指揮者ではないと理解しておくのが安全です。

では、ヒトの不妊と結びつく遺伝子にはどのようなものがあるでしょうか。代表的なものを表にまとめます。

遺伝子 複合体での役割 報告されている不妊の表現型
SYCP1 横糸フィラメント本体 重度乏精子症(近親婚家系の報告)[7]
SYCE1 中央要素の開始因子 早発卵巣不全(c.613C>T)[10]/非閉塞性無精子症(c.197-2A>G)[11]
SIX6OS1(C14orf39) SYCE1と複合体をつくる中央要素 非閉塞性無精子症と早発卵巣不全(同一家系内で両方)[12]
STAG3 減数分裂特異的コヒーシン 早発卵巣不全(c.968delC)[13]
HSF2BP 組換え修復因子の動員 早発卵巣不全(ミスセンス変異S167L)[14]
REC8/HROB コヒーシン/修復因子の動員 早発卵巣不全の有力候補として提示された段階[15]

この表から読み取っていただきたいのは、同じ複合体の遺伝子が、男性では無精子症・乏精子症として、女性では早発卵巣不全として現れるという点です。実際SIX6OS1の家系では、兄弟が非閉塞性無精子症、姉妹が早発卵巣不全という形で、同じ変異が性別によって違う顔を見せていました[12]。減数分裂という共通の工程が、精子と卵子で別々の壊れ方をするためです。早発卵巣不全(POI)の遺伝的背景については、低AMH・早発卵巣不全の遺伝子検査のページでも詳しく整理しています。

なお、これらの遺伝子はどれも「見つかれば確定」というわけではありません。特にREC8とHROBについては、報告した研究者自身が「有力な候補」という慎重な位置づけをしています[15]。遺伝子検査の結果を読むときには、その遺伝子がどの段階の証拠に支えられているのかを見極めることが欠かせません。判断がつかない変化は意義不明変異(VUS)として扱われ、ACMGのガイドラインにもとづいて分類されます。

9. がん細胞に現れるSYCP1 ─ 「がん・精巣抗原」というもうひとつの顔

ここまでは減数分裂の話でしたが、SYCP1にはもうひとつの研究史があります。1998年、腎細胞がん患者さんの血清に含まれる抗体を手がかりにがん抗原を探索していた研究で、HOM-TES-14と名づけられた抗原の正体がSYCP1(当時の呼称でSCP-1)だと判明しました[16]。本来なら精巣の生殖細胞でしか働かないはずのタンパク質が、がん細胞の核に現れていたのです。

正常な組織と腫瘍組織を幅広く調べたところ、SYCP1の転写産物とタンパク質は悪性グリオーマ・乳がん・腎細胞がん・卵巣がんなどで高い頻度に発現していました[16]。このように、正常では精巣だけに限られる一方でさまざまながんに現れるタンパク質群をがん・精巣抗原(cancer-testis antigen)と呼びます。がん細胞にだけあって正常細胞にはないため、免疫療法の標的として研究されてきました。

💡 用語解説:なぜ眠っていた遺伝子が目を覚ますのか

正常な体細胞では、生殖細胞専用の遺伝子はエピジェネティックな仕組みによってしっかり眠らされています。ところががん細胞では、この「眠らせる仕組み」自体が広い範囲で乱れることがあり、その巻き添えで本来関係のない遺伝子まで目を覚ましてしまいます。がんで問題になるのはSYCP1の配列が変わることではなく、本来オフのはずのスイッチが入ってしまうことだという点が、これまでの章と大きく違います。

では、目を覚ましたSYCP1はがん細胞のなかで何をしているのでしょうか。原著論文の著者らは、腫瘍における異所性発現がゲノム不安定性に寄与している可能性を示唆しています[16]。染色体をつなぎ止める性質をもった分子が、本来の相手がいない場所で働けば、余計な結びつきをつくったり修復の邪魔をしたりしても不思議ではありません。ただしこの点については現時点で確立した機序が示されているわけではなく、あくまで作業仮説の段階です。

臨床応用についても、慎重な理解が必要です。上皮性卵巣がんを対象にした研究では、100例のうち15例(15%)でSYCP1の発現がRT-PCRによって検出されました。しかしRT-PCRで陽性だった患者さんのいずれも、免疫組織化学では抗原が検出されず、血清抗体も認められませんでした[17]。つまり「遺伝子の読み取りは起きているが、免疫の標的として使えるだけの量が実際に存在するかは別問題」という結果です。SYCP1を予後の指標やワクチンの標的として使う構想は魅力的ですが、実用化にはまだ距離があります。

10. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際

ここまでの内容を、実際の診療の視点から整理します。まず前提として、SYCP1だけを狙って調べる臨床検査は、現時点では確立していません。報告が限られており、単独で調べても解釈が難しいためです。実際には、精液所見や月経・ホルモンの状況から必要と判断された場合に、複数の遺伝子をまとめて調べる男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)女性不妊症NGS遺伝子パネル検査、あるいは全エクソーム検査(WES)クリニカルエクソーム検査のなかで評価することになります。

なお、当院の男性不妊症NGSパネルには、シナプトネマ複合体を構成するSYCE1・SYCP2・SYCP3・C14orf39(SIX6OS1)やTEX11などが含まれていますが、SYCP1そのものは現在の対象遺伝子には含まれていません。SYCP1まで含めて評価したい場合は、エクソーム検査など網羅的な方法を検討することになります。検査の設計は臨床経過によって変わりますので、個別にご相談ください。

次に遺伝形式です。報告されているヒトのSYCP1変異は潜性(劣性)の形をとり、変化を1つだけもつ方は保因者として通常は症状がありません[7]。ご夫婦が同じ変化の保因者である場合、お子さんが両方から受け継ぐ確率は理論上25%になります。血縁関係のあるご夫婦では、この確率が問題になりやすくなります。一方で、この計算はあくまで「その変化が病的だと確定している場合」の話であり、意義不明変異にそのまま当てはめることはできません。

検査を受けるかどうかを考えるときには、「結果が分かったら、次に何ができるのか」を先に整理しておくことをおすすめします。減数分裂の遺伝子に変化が見つかった場合、それが直接治療につながるわけではありませんが、原因が分からないまま治療を繰り返す状況から抜け出せることがあります。また、ごきょうだいやお子さんの世代にとって意味のある情報になることもあります。逆に、結果によっては受け止めに時間が必要になる場合もあります。当院では臨床遺伝専門医遺伝カウンセリングを行い、検査の前後を通じてご一緒に考えます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因不明」と「調べていない」は別のことです】

不妊の検査で「原因は特に見当たりません」と言われた経験をお持ちの方は少なくありません。けれども、その言葉の意味はいつも同じではありません。ひととおりの検査で異常がなかったという意味のこともあれば、そもそも減数分裂の遺伝子までは調べていないという意味のこともあります。この2つはまったく違います。

私が診療でいちばん気をつけているのは、分からなかったことを「異常なし」と言い換えないことです。SYCP1のように報告がまだ少ない遺伝子は、調べても答えが出ないこともあります。それでも、どこまで調べたのか、何が残っているのかを共有しておけば、数年後に新しい知見が出たときに戻ってくることができます。遺伝医療は一度きりの答え合わせではなく、時間をかけて続いていくものだと考えています。

11. よくある誤解

誤解①「SYCP1に変化があれば不妊になる」

ヒトで乏精子症との関連が示されているのは、近親婚家系のホモ接合変異という限られた報告です。片方の親からだけ受け継いだ保因者は通常症状がありません。SYCP1に何らかの変化が見つかっただけで不妊と結びつけることはできず、多くは意義不明変異として扱われます。

誤解②「マウスで不妊なのだからヒトでも同じ」

マウスでは雌雄とも完全な不妊になりますが、ゼブラフィッシュではオスだけが不妊でメスは妊性を保ちます。異常な細胞を取り除く監視の厳しさが種によって違うためです。動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることはできません。

誤解③「がんでSYCP1が出るのは変異のせい」

がんで問題になるのは配列の変化ではなく、本来眠っているはずの遺伝子が目を覚ましてしまう「異所性発現」です。したがって、がんでSYCP1が検出されたという報告は、その方がSYCP1の生殖細胞系列変異をもっていることを意味しません。

誤解④「SYCP1を調べれば不妊の原因が分かる」

SYCP1単独の検査は確立しておらず、当院の男性不妊症NGSパネルにも含まれていません。減数分裂に関わる遺伝子は多数あり、パネル検査やエクソーム検査で全体を見渡すのが現実的な進め方です。

よくある質問(FAQ)

Q1. SYCP1遺伝子はどこにあって、何をつくる遺伝子ですか?

SYCP1は第1染色体にある遺伝子で、シナプトネマ複合体タンパク質1という全長976アミノ酸のタンパク質をつくります。このタンパク質は、減数分裂のときに父方と母方の染色体のあいだに架かる「横糸フィラメント」の本体です。中央に長いコイルドコイル構造をもち、4分子が集まった四量体として働きます。公的データベースOMIMでは602162という番号で登録されています。

Q2. SYCP1を調べれば男性不妊の原因が分かりますか?

現時点では、SYCP1単独を調べる臨床検査は確立していません。ヒトでの報告は近親婚家系のホモ接合変異が中心で、症例数が限られているためです。実際には男性不妊症のパネル検査や全エクソーム検査のなかで、他の減数分裂関連遺伝子とあわせて評価することになります。なお当院の男性不妊症NGSパネルには、SYCE1・SYCP2・SYCP3・C14orf39・TEX11などは含まれていますが、SYCP1は現在の対象遺伝子には含まれていません。

Q3. SYCP1の変異は子どもに遺伝しますか?

報告されているSYCP1の変異は潜性(劣性)の形で伝わります。変化を1つだけもつ保因者は通常症状がなく、ご夫婦がともに同じ変化の保因者である場合に、お子さんが両方から受け継ぐ確率が理論上25%になります。ご両親が血縁関係にある場合は、この状況が起こりやすくなります。ただし、この計算はその変化が病的だと確定している場合の話であり、意義不明変異にはそのまま当てはめられません。

Q4. SYCP1とSYCP3は何が違うのですか?

同じシナプトネマ複合体のタンパク質ですが、担当する場所が違います。SYCP3はSYCP2とともに、それぞれの染色体の内側につくられる軸(側方要素)を構成します。これに対してSYCP1は、その2本の軸のあいだに架かる横糸フィラメントです。したがってSYCP1が失われても軸そのものは正常につくられ、染色体は隣り合って並ぶところまでは進みますが、そこから先の接合が成立しません。

Q5. SYCP1は早発卵巣不全(POI)の原因になりますか?

SYCP1そのものをヒトのPOIの原因として確立したデータは、現時点では示されていません。ただし同じシナプトネマ複合体に関わるSYCE1やSIX6OS1、減数分裂コヒーシンのSTAG3では、POIとの関連が報告されています。マウスではSYCP1を失うと雌も不妊になりますので、卵巣側でも重要な遺伝子であることは間違いありませんが、ヒトでの証拠はこれからの分野です。

Q6. がん検査でSYCP1の発現を指摘されました。遺伝するのでしょうか?

がん組織でSYCP1が検出されるのは、遺伝子の配列が変わったからではなく、本来眠っているはずの遺伝子のスイッチが入ってしまう「異所性発現」によるものです。したがって、この所見がご家族に受け継がれるという意味ではありません。がん・精巣抗原としてのSYCP1は免疫療法の標的候補として研究されていますが、卵巣がんの検討では遺伝子の読み取りが確認された症例でもタンパク質としては検出されておらず、実用化には距離があります。

Q7. 動物実験で不妊だったのに、ヒトでは報告が少ないのはなぜですか?

理由はいくつか考えられます。ひとつは、この遺伝子を両方の親から失った状態がそもそもまれだということです。もうひとつは、原因不明の不妊の方全員が網羅的な遺伝子解析を受けているわけではないという事情です。実際、シナプトネマ複合体に関わる遺伝子の報告は近年になって次々と出てきており、解析が進めば報告が増えていく可能性があります。

Q8. 減数分裂の遺伝子に変化があると、子どもの染色体異常が増えますか?

ゼブラフィッシュの研究では、sycp1を欠くメスから生まれた胚に広範な染色体数の異常が観察されました。相手を見つけられない染色体が増えると、分配の失敗が起こりやすくなるためです。ただしヒトでSYCP1の変化と子どもの染色体異常の頻度を結びつけたデータは、現時点では示されていません。ご心配な点がある場合は、ご家族歴や検査歴を含めて臨床遺伝専門医にご相談ください。

🏥 不妊の遺伝子診断のご相談

非閉塞性無精子症・乏精子症・早発卵巣不全(POI)などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] SYNAPTONEMAL COMPLEX PROTEIN 1; SYCP1. OMIM. [OMIM 602162]
  • [2] Structural maturation of SYCP1-mediated meiotic chromosome synapsis by SYCE3. Nat Struct Mol Biol. 2023. [DOI: 10.1038/s41594-022-00909-1]
  • [3] Structural basis of meiotic chromosome synapsis through SYCP1 self-assembly. Nat Struct Mol Biol. 2018. [DOI: 10.1038/s41594-018-0078-9]
  • [4] SYCP1 head-to-head assembly is required for chromosome synapsis in mouse meiosis. Science Advances. 2023. [DOI: 10.1126/sciadv.adi1562]
  • [5] Mouse Sycp1 functions in synaptonemal complex assembly, meiotic recombination, and XY body formation. Genes Dev. 2005. [PMC1142560]
  • [6] Distinct cellular and reproductive consequences of meiotic chromosome synapsis defects in syce2 and sycp1 mutant zebrafish. PLoS Genet. 2025. [DOI: 10.1371/journal.pgen.1011656]
  • [7] A rare frameshift mutation in SYCP1 is associated with human male infertility. Mol Hum Reprod. 2022. [gaac009]
  • [8] Genotype-specific differences in infertile men due to loss-of-function variants in M1AP or ZZS genes. EMBO Molecular Medicine. 2025. [DOI: 10.1038/s44321-025-00244-0]
  • [9] PRDM9 interactions with other proteins provide a link between recombination hotspots and the chromosomal axis in meiosis. Mol Biol Cell. [PMC5341731]
  • [10] Exome sequencing reveals SYCE1 mutation associated with autosomal recessive primary ovarian insufficiency. J Clin Endocrinol Metab. 2014. [PMID: 25062452]
  • [11] Deleterious mutation in SYCE1 is associated with non-obstructive azoospermia. J Assist Reprod Genet. 2015. [PMID: 25899990]
  • [12] Homozygous mutations in C14orf39/SIX6OS1 cause non-obstructive azoospermia and premature ovarian insufficiency in humans. Am J Hum Genet. 2021. [S0002-9297(21)00010-0]
  • [13] Mutant cohesin in premature ovarian failure. N Engl J Med. 2014. [PMID: 24597867]
  • [14] A missense in HSF2BP causing primary ovarian insufficiency affects meiotic recombination by its novel interactor C19ORF57/BRME1. eLife. 2020. [DOI: 10.7554/eLife.56996]
  • [15] Meiotic genes in premature ovarian insufficiency: variants in HROB and REC8 as likely genetic causes. Eur J Hum Genet. 2022. [DOI: 10.1038/s41431-021-00977-9]
  • [16] Identification of a meiosis-specific protein as a member of the class of cancer/testis antigens. Proc Natl Acad Sci U S A. 1998. [PMID: 9560255]
  • [17] SCP-1 cancer/testis antigen is a prognostic indicator and a candidate target for immunotherapy in epithelial ovarian cancer. Cancer Immun. 2004. [Cancer Immun 4:10]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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