目次
タイミング法(タイミング療法)とは、排卵の時期を推定し、妊娠しやすい時期に性交をもつよう医師が指導する、一般不妊治療のひとつです。超音波検査などで卵胞(らんぽう:卵子を含む袋)の育ち具合を確認し、排卵の時期を絞り込みます。2022年4月から、タイミング法を含む一般不妊治療は保険診療の対象です[1]。この記事では、1周期の流れ、年齢別の妊娠しやすさ、何回続けたら次の治療(人工授精など)を考えるのか、妊娠しない原因は何かを、国内外のガイドラインと論文をもとに整理します。
Q. タイミング法は何回続けて、いつ次の治療に進みますか?
A. すべての人に共通する決まった回数はありません。日本産婦人科医会は「およそ1年をめど」としており[2]、年齢、不妊の期間、原因の有無によって判断が変わります。1周期の妊娠率を1つの数字で示せる信頼できるデータは、今回確認した範囲ではありませんでした。本文では、条件のはっきりした数字だけを、その条件つきで紹介します。
- ➤不妊症の定義 → 避妊をせず1年妊娠しない場合(日本産科婦人科学会)。35歳以上は6か月を目安とする学会もある
- ➤成功率 → 妊娠が成立するのは、排卵日を終わりとする6日間の性交に限られる
- ➤毎日か1日おきか → 毎日でも1日おきでも結果は同程度で、頻度を制限しないよう勧められている
- ➤妊娠しない原因 → 排卵のずれ、排卵障害、卵管、精子、年齢、原因不明
- ➤遺伝の視点 → 原因不明の人全員には勧められていないが、無精子症・高度の乏精子症、早発卵巣不全などでは検討される
1. タイミング法とは?1周期の流れとメリット・デメリット
タイミング法は、排卵の時期を推定して性交のタイミングを合わせる治療で、通院や体への負担が比較的小さく、不妊治療の最初の段階として用いられる方法です。妊娠が成立するには、排卵があること、卵管が通っていること、精子が卵子のもとまで届くことが必要です。これらに大きな問題がなく、性交の時期が排卵とずれていることが妊娠しにくさに関わっていると考えられるときに、まず検討されます。
💡 用語解説:一般不妊治療と生殖補助医療
一般不妊治療とは、タイミング法や人工授精のように、体の中で受精を目指す治療の総称です。これに対して、体外受精や顕微授精のように卵子を体外に取り出して受精させる治療を、生殖補助医療(ART:アート)といいます。2022年4月からは、どちらも保険診療の対象になっています[1]。
タイミング法はどんな治療か
タイミング法は、医療機関で卵胞の大きさなどを確認し、排卵が近い日を推定して、その前後に性交をもつよう指導する治療です。薬や注射をしなくても、自然な月経周期のなかで行うことができます。一方で、排卵が起こりにくい人には、排卵を促す薬(排卵誘発薬)を併用することがあります。
自宅で排卵日を予測する方法もあります。尿中のLH(黄体形成ホルモン)を調べる排卵検査薬、頸管粘液(おりものの変化)、基礎体温などです。これらとタイミング法の大きな違いは、医療機関では超音波検査で卵胞を直接確認できる点です。自分で行う予測の方法と精度については、排卵日はいつ?計算方法と最も妊娠しやすい日や、排卵検査薬の正しい使い方で解説しています。
タイミング法は、1回の周期で完結する処置ではなく、月経周期ごとに繰り返す治療です。そのため、何周期続けるのか、いつ次の段階に移るのかが、多くの方の疑問になります。この点は第5章で整理します。
1周期の流れ
1周期の流れは、月経の開始後に受診し、超音波などで卵胞の育ちを確認して、排卵の時期に合わせた性交を指導し、排卵後に排卵の有無を確かめる、という順序が基本です。受診する日数や検査の内容、薬を使うかどうかは、施設や個人の状態によって異なります。
排卵を確認する方法としては、超音波検査で卵胞の消失を確かめる方法や、排卵後の黄体期(おうたいき)に血液中のプロゲステロン(黄体ホルモン)を測る方法があります。米国生殖医学会(ASRM)の委員会意見は、黄体期中頃のプロゲステロンが3 ng/mLを超えれば排卵の推定的で十分な証拠になるとする一方、基礎体温を排卵の評価に日常的に使うことは勧めていません[3]。
なお、卵胞は、卵子とそれを育てる細胞を包む袋のことです。月経の開始後に複数の卵胞が育ち始め、そのうちの1つが主に成熟して排卵します。排卵の直前にLHが急に増える現象をLHサージといい、排卵検査薬はこれを尿で検出します。ASRMの委員会意見によれば、LHサージのあと、排卵は2日以内のいつでも起こりえます[4]。
メリットとデメリット
タイミング法の利点は体への負担が小さいことで、弱点は、妊娠まで時間がかかりうることと、妊娠しにくい原因が隠れている場合には効果が限られることです。下の表に整理します。
📘 タイミング法のメリットとデメリット
| 項目 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 体への負担 | 手術や採卵を伴わず、自然な周期のなかで行える | 排卵誘発薬を併用する場合は、副作用や多胎妊娠に注意が必要 |
| 通院 | 1周期あたりの通院回数が比較的少ない | 卵胞の育ちによっては、受診日が前後する |
| 費用 | 保険診療の対象で、自己負担は3割[1] | 使う薬や検査の内容で、周期ごとの費用が変わる |
| 妊娠までの期間 | 自然妊娠に近い形で妊娠を目指せる | 1周期ごとの妊娠の可能性は限られ、時間がかかることがある |
| 原因がある場合 | 排卵の時期のずれが主な問題なら、対応できる | 卵管や精子の問題が大きい場合は、続けても妊娠しにくい |
※費用の考え方は第6章で説明します。
メリットとデメリットは表裏一体です。負担が小さい分、原因がはっきりしないまま周期を重ねてしまうことがあります。そのため、後述する不妊の検査(精液検査、卵管の検査、ホルモン検査など)を組み合わせて、いまの治療が合っているのかを確かめることが大切です。
2. 不妊症の定義と、治療を考え始める目安
日本産科婦人科学会は、不妊症を「妊娠を望む健康な男女が、避妊をしないで性交をしているにもかかわらず、1年間妊娠しない場合」と説明しています。妊娠のために医学的な介入が必要な場合は、期間を問わないとされています[5]。この定義は2015年に見直され、それまで「2年が一般的」とされていた期間が、「1年というのが一般的」に短縮されました[6]。
不妊症は「1年」が目安|世界の定義との比較
「1年」という期間は、日本だけでなく、世界保健機関(WHO)の定義とも共通しています。WHOは不妊を、12か月以上、避妊せずに定期的な性交をもっても妊娠しない状態と定義し、生涯に約6人に1人が経験するとしています[7]。英国のNICEガイドラインも、1年間の避妊なし性交で妊娠しない場合に評価を行うとしています[8]。
日本の調査では、国立社会保障・人口問題研究所の第16回出生動向基本調査(2021年)で、不妊を心配したことがある夫婦が39.2%、不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦が22.7%(約4.4組に1組)でした[9]。「1年」を過ぎる前から、多くの夫婦が心配や不安を抱えていることがうかがえます。
ただし、「1年待ってから受診」が誰にとっても正しいわけではありません。日本産科婦人科学会のページは、排卵がない、子宮内膜症がある、骨盤内の炎症を起こしたことがあるといった場合は、1年待たずに検査や治療を始めることを勧めています[5]。月経が来ない・極端に不規則な場合なども、期間を待たずに相談する理由になります。
35歳以上・40歳以上は早めに
女性の年齢が35歳以上のときは、1年を待たずに、6か月を目安に評価を始めることが海外の学会で勧められています。ASRMは、12か月以上妊娠しない場合の評価に加えて、35歳以上では6か月、40歳以上では早めの評価を考慮するとしています[4]。この「6か月」は米国の基準であり、日本産科婦人科学会の定義そのものではない点には注意が必要です。日本産科婦人科学会の一般向けページは、35歳以上では妊孕性(にんようせい:妊娠する力)の低下が加速すると説明しています[5]。
NICEガイドラインでは、女性が36歳以上の場合には、最初の受診時から専門医への紹介を考えるとされています[8]。基準となる年齢は国や学会によって異なりますが、方向性は共通しています。年齢が上がるほど、待つことによって失う時間の影響が大きくなる、という考え方です。
目安を過ぎたら必ず治療が必要ということではありません。受診した結果、検査で大きな問題がなく、タイミングの取り方を確認するだけで済むこともあります。反対に、年齢が高い場合は、タイミング法の期間を短く区切って次の治療を早めに検討することもあります(第5章)。
年齢と妊娠しやすさ
女性の妊孕性は、32歳ごろから緩やかに、37歳以降はより急速に低下するとされています。ASRMとACOG(米国産婦人科学会)の委員会意見が、このように整理しています[10]。
具体的な数字としてよく引用されるのが、自然家族計画(排卵の時期を意識した性交)を行っていた欧州7施設の782組を調べた研究です。女性の年齢別に、1年以内に妊娠しない割合を推定しています[11]。
📊 女性の年齢別|1年以内に妊娠しない割合(推定)
| 女性の年齢 | 1年以内に妊娠しない割合 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 19〜26歳 | 約8% | 大多数が1年以内に妊娠 |
| 27〜34歳 | 約13〜14% | 20代前半より緩やかに上昇 |
| 35〜39歳 | 約18% | それでも8割以上は1年以内に妊娠 |
※Dunsonら(2004)の研究[11]。対象は18〜40歳で、性交の時期を意識していたカップルです。ここでの「妊娠しない割合」は、避妊をしていない自然な状況での推定で、タイミング法の治療成績ではありません。
この研究の結論は、高い年齢で不妊が増える主な理由は、完全な不妊(妊娠がほぼ不可能な状態)が増えることよりも、1周期あたりの妊娠しやすさが下がることだ、というものです。完全な不妊は約1%で、年齢による変化はみられませんでした[11]。男性の年齢も、30代後半から妊娠までの期間に影響することが示されています[11]。男性の年齢の影響は男性不妊と年齢の関係で解説しています。
3. タイミング法の成功率|1周期あたり・排卵予測・性交の頻度・排卵誘発薬
タイミング法だけの「1周期あたりの妊娠率」を、年齢別に示した信頼できる一次データは、今回の文献確認では見つかりませんでした。インターネット上には「1周期で〇%」という数字が多数ありますが、出典が示されていないものや、対象の条件が異なるものが混ざっています。この章では、条件がはっきりしている研究の数字だけを、その条件つきで紹介します。
1周期あたりの妊娠率
妊娠が成立するのは、排卵日を終わりとする6日間に性交があった場合に限られます。米国の研究者らが、排卵日を推定できた625周期を調べたところ、192周期で妊娠が成立し、その妊娠はすべて、排卵日を含む6日間の性交によるものでした。妊娠する確率は、排卵の5日前で0.10、排卵日当日で0.33と、排卵に近づくほど高くなりました[12]。この6日間を、妊娠しやすい期間(fertile window:ファーティル・ウィンドウ)と呼びます。
💡 用語解説:妊娠しやすい期間(fertile window)
排卵日の5日前から排卵日までの6日間のことです。精子は女性の体内で数日間生きられる一方、卵子が受精できる時間は排卵後の短い間に限られるため、排卵の前から当日にかけての性交で妊娠が成立します。排卵後に性交をもっても、その周期では妊娠しにくいとされています。精子の寿命については精子の寿命はどれくらい?、卵子については卵子の寿命は排卵後24時間をご覧ください。
この研究は、タイミング法を受けた人ではなく、自然な周期の妊娠しやすさを調べたものです。それでも、「排卵日の少し前に性交をもつと妊娠しやすい」というタイミング法の考え方の根拠になっています。
周期を重ねたときの累積の割合については、ドイツの研究が参考になります。排卵の時期を意識して性交をもったカップルでは、妊娠の大半(約80%)が最初の6周期で成立し、12周期妊娠しなかったカップルでも、その後の36か月で約55%が治療なしで出産に至りました[13]。周期を重ねれば妊娠の可能性は積み上がりますが、周期ごとの可能性は次第に小さくなっていきます。
📊 引用できる数字と、その条件
※タイミング法のみの周期あたり妊娠率を年齢別に示した一次データは、確認できていません。
🩺 院長コラム【「1周期で何%」を1つの数字にしにくい理由】
「タイミング法の成功率は何%ですか」という疑問は、もっともなものです。ただ、この数字は、年齢、不妊の期間、排卵の有無、精子の状態などによって大きく変わり、これらの条件をそろえたうえで治療の効果だけを取り出した研究は多くありません。
そのため、数字を見るときには「誰を対象にした、何周期分の数字か」を確かめることが欠かせないと考えています。1つの数字に一喜一憂するよりも、ご自身の年齢と状況で、次にどんな検査や治療の選択肢があるかを見通しておくことのほうが役に立つと考えています。
毎日か1日おきか|性交の頻度と排卵予測
性交の頻度は、毎日でも1日おきでも結果に大きな差はありませんが、妊娠効率は妊娠しやすい期間に1〜2日おきが最も高いとされ、頻度を制限しないよう勧められています。ASRMの委員会意見によれば、毎日、1日おき、3日おきのいずれでも結果は同程度で、妊娠しやすい期間のなかで1回しかもたない場合が最も低いとされています。1〜2日おきが最大とされる一方、週に2〜3回でもほぼ同等です[4]。NICEガイドラインも、2〜3日おきの腟内性交が妊娠の可能性を最適にするとしています[8]。
「毎日だと精子が薄くなるのでは」と心配される方もいますが、ASRMは性交の頻度を制限しないよう勧めています[4]。第1子を希望する日本人女性80人(23〜34歳)を追った研究でも、観察した319周期のうち18%は、妊娠しやすい期間に性交がありませんでした。性交の頻度が高いほど、24週までの妊娠の確率が上がる傾向もみられました[15]。タイミングを気にするあまり、性交の回数が減ってしまうことが、かえって妨げになる場合があります。
排卵の予測方法にも、それぞれ特徴と限界があります。ASRMの委員会意見は、尿中LHを検出する方法が妊娠までの期間を短縮したランダム化比較試験があること、LHが検出されても偽陽性が約7%の周期で起こることを示しています。頸管粘液のピークの日は妊娠率が約38%と、その前後の日(15〜20%)より高く、カレンダーアプリによる排卵日予測の精度は最大でも21%とする研究も引用されています[4]。
尿中排卵検査については、7件の試験(2,464人)を統合したコクランレビュー(2023年)があります。40歳未満で、妊活を始めて12か月未満の女性では、排卵検査を使うと、排卵予測をしない場合に比べて、臨床妊娠の率比が1.28(95%信頼区間 1.09〜1.50)、生児出産の率比が1.36(同 1.02〜1.81)でした。ただし、試験の多くは検査キットのメーカーの資金提供を受けています。基礎体温などの身体の変化を使う方法は、生児出産の率比が0.95(同 0.76〜1.20)で、効果を結論づけることができませんでした[14]。基礎体温表のつけ方は基礎体温表のつけかたで解説しています。
排卵誘発薬(クロミフェン・レトロゾール)を併用するとき
排卵が起こりにくい場合や、排卵の時期をそろえたい場合には、排卵誘発薬を併用することがあり、代表的な薬がクロミフェンとレトロゾールです。排卵誘発とは、卵胞の発育を促して排卵を起こしやすくすることをいいます。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)で排卵がまれな女性を対象に、レトロゾールとクロミフェンを比べた試験(750人、最大5周期)では、累積の生児獲得率がレトロゾール群27.5%、クロミフェン群19.1%でした[16]。2023年の国際PCOSガイドラインは、排卵しない不妊のPCOS女性に対する排卵誘発の第一選択薬をレトロゾールとしています[17]。PCOSについては多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とはもご覧ください。
日本では、レトロゾール(商品名フェマーラ)が2022年4月1日から、「多嚢胞性卵巣症候群における排卵誘発」と「原因不明不妊における排卵誘発」で保険適用になりました[18]。厚生労働省の資料では、胎児への影響(催奇形性)のリスクは、不妊診療に十分な知識のある医師が処方すること、胚が薬にさらされるリスクを説明すること、各周期の開始前に妊娠していないことを確認することなどを条件に、臨床的に許容できると判断されています[19]。46研究をまとめたメタアナリシスでは、レトロゾールの曝露を受けた約4,700人の児のうち先天奇形は2.15%で、クロミフェンと比べて先天奇形の増加はみられませんでした[20]。
一方で、原因不明不妊では位置づけが異なります。ASRMの原因不明不妊のガイドラインは、経口薬による排卵誘発とタイミング法の組み合わせを、期待管理(何も治療をせず経過をみること)より有効とはいえないと整理しています(推奨度B)[21]。薬を使えば妊娠しやすくなる、と一律には言えないということです。
💡 用語解説:多胎妊娠とOHSS(卵巣過剰刺激症候群)
排卵誘発薬では、複数の卵胞が育って双子などの多胎妊娠が増えることがあります。クロミフェンでは、排卵しない女性の多胎の危険性は約8%まで上がり、その大半は双子です。OHSS(卵巣過剰刺激症候群)は、卵巣が腫れて腹水がたまる状態で、軽症は比較的多く、重症はまれとされています[22]。注射薬(ゴナドトロピン)は経口薬が無効のあとに使われ、厳格な中止基準がないと多胎の危険性が最大36%に達し得ます[23]。
クロミフェンについては、妊娠は最初の3〜6周期で起こりやすく、6周期を超える治療は一般に勧められないとされています[22]。薬を使う場合も、期間を区切って効果を確かめながら進めることが基本です。多胎妊娠の確率については、不妊治療で双子になる確率は?で整理しています。
4. タイミング法で妊娠しない原因
タイミング法を続けても妊娠しないときは、排卵の時期のずれだけでなく、排卵障害、卵管の問題、精子の問題、年齢による影響、原因不明のいずれかが関わっている可能性があります。不妊の原因は、女性側と男性側の両方にあることも少なくありません。
原因の内訳|女性因子と男性因子
不妊の原因は、女性側だけにあるとは限らず、男性側の要因が関わる割合は、報告によって20〜60%と幅があります。Agarwalらの総説は、男性は不妊症例の20〜30%で単独の原因となり、全体の約50%に関与するとしています。この数字は、女性因子のみが50%、男性因子のみが20〜30%、男女の複合が20〜30%という前提での推計で、地域によって20〜70%と幅があるとされています[24]。米国泌尿器科学会(AUA)とASRMの男性不妊ガイドラインは、男性因子が単独の原因となるのは不妊カップルの約20%、原因の一部として関わるのは最大60%としています[25]。
女性側の代表的な原因には、排卵障害(PCOSなど)、卵管の通りの問題、年齢に伴う卵子の数や質の変化、子宮や子宮内膜の状態があります。原因の全体像は不妊症の原因と診断から治療までの流れで、男性側は男性不妊の原因・検査・治療で解説しています。
なお、卵巣に残る卵子の数の目安になるAMH(抗ミュラー管ホルモン)などの検査は、妊娠しやすさを直接予測するものではありません。ASRMの委員会意見は、卵巣予備能(卵巣に残る卵子の予備)のマーカーは、不妊の診断がない女性の短期的な妊娠のしやすさを予測しないとしています[26]。検査値が低くても妊娠できることがあり、数値だけで諦める必要はありません。詳しくはAMHや卵巣予備能をご覧ください。
妊娠しないときに調べること|タイミングのずれと一般不妊検査
妊娠しないとき、まず確認したいのは、排卵の時期に合わせて性交がもてているかどうかと、精液検査・卵管の検査・排卵の確認といった基本的な検査が済んでいるかどうかです。前の章で紹介した日本の研究では、観察した周期の18%で妊娠しやすい期間に性交がありませんでした[15]。生活のリズムやすれ違いで、意図せず時期を逃している場合があります。
基本的な検査として、ASRMの委員会意見は、精液検査を不妊評価の初期に少なくとも1回行うこと、卵管の通りの評価には子宮卵管造影(HSG)が推奨されること、排卵は月経歴でわかることが多く、必要に応じて黄体期のプロゲステロンで確認することを示しています[3]。
💡 用語解説:子宮卵管造影(HSG)
子宮の入り口から造影剤を入れてX線で撮影し、子宮の形と、卵管が通っているかを調べる検査です。卵管が詰まっていると、精子と卵子が出会えないため、タイミングを合わせても妊娠しにくくなります。
男性側では、精液の検査結果を、WHOが2021年に発行した第6版の下限参照値(健康に妊娠したカップルの男性の下位5%にあたる値)と照らして評価します[27]。下限を下回ることは、「妊娠できない」という意味ではありません。あくまで統計的な目安です。
🔬 WHO第6版|精液検査の下限参照値
| 項目 | 下限参照値 |
|---|---|
| 精液量 | 1.4 mL |
| 精子濃度 | 1mLあたり1,600万 |
| 総精子数 | 1回の射精あたり3,900万 |
| 進行運動率 | 30% |
| 正常形態率 | 4% |
※WHO laboratory manual 第6版(2021)[27]による5パーセンタイルの値。結果の解釈は、検査を受けた医療機関で確認してください。
精子の運動率や形態については精子の運動率と妊娠率、精子の奇形率とはで詳しく解説しています。
原因が分からないとき|遺伝の視点
検査をしても原因が見つからない「原因不明不妊」の場合、遺伝学的検査を全員に行うことは、現在の欧州のガイドラインでは勧められていません。欧州ヒト生殖・発生学会(ESHRE)の2023年の原因不明不妊ガイドラインは、遺伝学的検査(ゲノム検査を含む)を日常的には推奨しない立場です。同じガイドラインは、原因不明不妊の第一選択治療として、排卵誘発を併用した人工授精を強く推奨しています[28]。
一方で、原因が「不明」とされる前に、遺伝の関与がはっきりしている状況があります。「原因不明」と、「遺伝学的な原因が明らかな不妊」は別のものです。検査の結果によって、治療の選び方や、生まれてくるお子さんへの説明の内容が変わるためです。下の表に、代表的な状況を整理します。
🧬 遺伝学的検査を考える代表的な状況
| 状況 | 検討される検査 | 根拠と数字 |
|---|---|---|
| 男性:無精子症・精子が非常に少ない | 染色体検査(核型)、Y染色体微小欠失検査 | EAU 2021年版:精子濃度が1mLあたり500万未満で核型検査、100万以下でY染色体微小欠失検査(500万未満は検討)[29] |
| 男性:無精子症の背景 | クラインフェルター症候群など | 無精子症の男性1,663人のうち染色体異常は14.4%で、その73%がクラインフェルター症候群[30] |
| 女性:早発卵巣不全(POI) | 染色体検査、FMR1遺伝子の前変異検査 | ASRM/ESHRE 2024年版:医原性でないPOIの全例に強く推奨[31] |
| 生殖補助医療を紹介された不妊夫婦(頻度の報告) | 染色体検査(核型) | 単施設の報告で、2,078組のうち3.95%(82組)に染色体異常[32] |
※EAUの推奨は2021年版の内容です。米国のAUA/ASRMガイドラインは、精子濃度が低い場合に、FSH高値を条件として加える点で異なります[25]。
男性では、無精子症や精子の数が非常に少ない場合に、染色体検査(核型)やY染色体の微小欠失(AZF欠失)が調べられます。EAUのガイドラインは、Y染色体長腕の微小欠失がある男性の精子を顕微授精に用いる場合、この微小欠失が息子に受け継がれることを説明するよう勧めています[29]。関連する用語は、核型(かくがた)、AZFc欠失(Y染色体AZF微小欠失)、非閉塞性無精子症、クラインフェルター症候群で解説しています。
女性では、40歳未満で卵巣の働きが低下する早発卵巣不全(そうはつらんそうふぜん:POI)が、遺伝学的検査の対象になります。原因のひとつに、FMR1遺伝子の前変異(ぜんへんい)があり、FXPOI(脆弱X関連原発性卵巣不全)と呼ばれます。POIの解説は早発卵巣不全(POI)と早発閉経(早期閉経)にあります。
🩺 院長コラム【「原因不明」と言われたときに考えておきたいこと】
「原因不明」は、原因がないという意味ではなく、いま行っている検査では見つからなかったという意味です。原因不明の方全員に遺伝学的検査が必要とは考えていません。ガイドラインでも、日常的な実施は勧められていません。
ただし、精液検査で精子がほとんど確認できない場合や、40歳未満で月経が止まりがちな場合のように、遺伝の関与が疑われる手がかりがあるときには、「原因不明」のまま治療を重ねる前に、染色体や遺伝子の検査という選択肢があることを知っておくことが大切だと考えています。結果は、治療の選び方だけでなく、ご家族への影響にも関わるため、遺伝カウンセリングを併せて受けることが望ましいと考えています。
5. 何回で次の治療へ?ステップアップの目安
タイミング法を何周期続けてから次の治療(ステップアップ)に進むかについて、すべての人に共通する周期数は定められていません。ガイドラインごとに「期間」や「周期数」の考え方が異なり、実際には、年齢、不妊の期間、検査で見つかった原因の有無を合わせて、医師と決めていきます。「3〜6周期を目安に次の治療へ」と説明する解説も見られますが、今回確認した範囲のガイドラインに、共通の周期数を定めたものはありませんでした。
周期数に決まりはない|各ガイドラインの考え方
日本産婦人科医会は、タイミング法について「およそ1年をめどに次のステップへ」と説明しています。また、35歳以上では6か月で受診することも示されています[2]。周期の数ではなく、期間で区切る考え方です。
海外の資料では、次のような整理がされています。ドイツの研究は、排卵の時期を意識した性交で6周期妊娠しなかった場合に、基本的な不妊検査を行うことを提案しています[13]。クロミフェンを使う治療については、ASRMが、妊娠は最初の3〜6周期で起こりやすく、6周期を超える治療は一般に勧められないとしています[22]。原因不明不妊では、ASRMが、経口薬による排卵誘発と人工授精の組み合わせを通常3〜4周期行い、その後に体外受精へ進むことを提案しています(推奨度B)[21]。
英国のNICEガイドライン(2026年3月の最新版)では、原因不明不妊の場合、合計2年間は自然な妊娠を試みたうえで治療選択を相談し、体外受精の前にゴナドトロピンによる排卵刺激を併用した人工授精を最大4周期検討するか、体外受精を行うとされています[8]。
これらは、対象とする集団も、治療の内容も異なるため、単純に比べることはできません。共通しているのは、同じ治療を、期間を決めずに続けないという考え方です。開始のときに「いつまで続けるか」「その時点でどう判断するか」を、担当の医師と共有しておくことが役に立ちます。
人工授精・体外受精へ進むとき
原因不明不妊では、ESHREのガイドラインが、排卵誘発を併用した人工授精を第一選択の治療として強く推奨しています。体外受精は、人工授精(排卵誘発併用)より推奨されないとされ(条件つきの推奨)、体外受精に進むかどうかは、年齢、不妊の期間、これまでの治療、過去の妊娠の有無などで個別に決めるとされています[28]。
💉 ステップアップの選択肢と根拠
| 選択肢 | 位置づけ | 根拠の例 |
|---|---|---|
| 人工授精(排卵誘発併用) | 原因不明不妊の第一選択(ESHRE 2023)[28] | TUI試験:自然妊娠の見込みが不良な原因不明不妊201人で、累積の生児出産が31% 対 9%(期待管理)[33] |
| 人工授精(排卵誘発併用) | 予後不良の原因不明不妊で有効 | EXIUI試験:12か月の自然妊娠の見込みが30%未満の群で、生児出産が33% 対 13%(期待管理)[34] |
| 人工授精(自然周期) | 排卵誘発併用より効果が低く、期待管理より有効とは考えにくい(推奨度A) | ASRM 2020[21] |
| 体外受精 | 個別に判断。人工授精(排卵誘発併用)より優先はされない(条件つき) | ESHRE 2023[28] |
※TUI試験とEXIUI試験は、自然妊娠の見込みが低い群を対象にした結果で、すべての原因不明不妊にあてはまるわけではありません。
「予後」が良い場合の考え方は逆になります。原因不明不妊437組を追った研究では、最終的に81.5%が継続妊娠に至り、その73.9%は自然妊娠でした。この研究は、予後が良好な場合は期待管理を提案すべきだと結論づけています[35]。このため、すぐに次の治療に進むのではなく、様子をみる選択肢もあります。
なお、両側の卵管が閉じている場合や、精子がほとんど確認できない場合は、タイミング法や人工授精では妊娠が難しく、最初から体外受精や顕微授精などが検討されます。人工授精の内容は人工授精とは、体外受精の流れは体外受精とはで解説しています。
年齢が高いときの考え方
年齢が高いほど、同じ治療を続けられる時間は短くなり、ステップアップを早めに考えることが多くなります。女性の妊孕性は32歳ごろから緩やかに、37歳以降はより急速に低下するとされ[10]、ASRMは40歳以上では早めの評価を考慮するとしています[4]。日本産科婦人科学会も、35歳以上で妊孕性の低下が加速すると説明しています[5]。
そのため、高年齢の場合は、初診の段階で、タイミング法を何周期行うか、いつ人工授精や体外受精へ進むかをあらかじめ決めておく方法がとられることがあります。タイミング法を経ずに、最初から体外受精を検討する場合もあります。
生殖補助医療(体外受精・顕微授精)の保険適用には、治療開始時の女性の年齢や、治療の回数についての条件があります。年齢や回数の数え方、上限を超えた場合の考え方は、不妊治療の保険適用の条件で解説しています。保険の条件は、ステップアップの時期を考えるときの現実的な要素のひとつです。
6. 保険適用と費用の考え方
タイミング法は、2022年4月から保険診療の対象で、自己負担は原則として3割です。この章では、保険適用の範囲と、費用が変わる要因を整理します。具体的な金額は、施設や周期ごとの内容によって異なるため、この記事では示しません。
保険適用の範囲と自己負担
一般不妊治療(タイミング法・人工授精)は、2022年4月から保険適用になり、生殖補助医療(体外受精・顕微授精)もあわせて保険診療の対象になりました。自己負担は3割で、高額療養費制度の対象になります[1]。高額療養費制度は、2026年8月から見直しが行われています[36]。医療費が高額になった場合の上限額は、加入している健康保険や所得によって異なるため、詳しくは加入先の保険者や公的な案内で確認してください。
生殖補助医療には、治療開始時の女性の年齢と、治療回数についての条件があります。年齢や回数の条件の詳細は、下記の解説ページで確認できます。保険診療では、必要と判断された検査や治療が対象になります。薬についても、レトロゾールのように、使える病気(多嚢胞性卵巣症候群や原因不明不妊における排卵誘発)が決まっているものがあります[18]。
助成金や自治体の支援については、時期によって内容が変わることがあります。お住まいの自治体や国の最新の案内で確認してください。制度は改定されることがあるため、治療を始める前に、受診先の窓口でも最新の情報を確認しておくと安心です。保険適用の細かな条件は、不妊治療の保険適用の条件は?にまとめています。
費用が変わる要因と、確認しておきたいこと
タイミング法の費用は、受診の回数、行う検査、使う薬によって変わり、1周期ごとに同じ金額になるとは限りません。卵胞の育ち方によって通院日が増えることもありますし、排卵誘発薬を使うかどうかでも変わります。
費用の見通しを立てるときは、受診先の医療機関に、次のような点を確認しておくと安心です。同じタイミング法でも、施設の方針や患者さん一人ひとりの状態によって、通院の頻度や検査の組み合わせが異なるためです。1つ目は、1周期あたりの通院回数の目安です。2つ目は、初診時に行う検査(精液検査、ホルモン検査、子宮卵管造影など)の内容と、保険診療になるかどうかです。3つ目は、薬を使う場合の種類と、保険が適用されるかどうかです。
また、何周期続けるかの見通しも、費用に直結します。前の章で述べたように、同じ治療を期間を決めずに続けることは勧められていません。初診の段階で「いつまで続けて、どの時点で次を考えるか」を確認しておくと、時間と費用の両面で見通しが立てやすくなります。不妊治療全体の種類や費用の考え方は不妊治療とは|種類と検査方法、必要な費用にもあります。
よくある質問(FAQ)
Q1. タイミング法は保険が使えますか?
はい、2022年4月から、タイミング法を含む一般不妊治療は保険診療の対象で、自己負担は3割です[1]。使う薬や検査の内容によって費用は変わるため、具体的な金額は受診先の医療機関で確認してください。
Q2. タイミング法は何回まで続けるのですか?
Q3. 毎日と1日おきでは、どちらがよいですか?
大きな差はありません。ASRMの委員会意見では、毎日、1日おき、3日おきのいずれでも結果は同程度ですが、妊娠効率は妊娠しやすい期間に1〜2日おきが最も高く、妊娠しやすい期間のなかで1回しかもたない場合が最も低いとされ、頻度を制限しないよう勧められています[4]。
Q4. タイミング法の成功率は何%ですか?
タイミング法だけの1周期あたりの妊娠率を、年齢別に示した信頼できる一次データは確認できませんでした。条件のはっきりした数字としては、妊娠が成立するのは排卵日を終わりとする6日間で、排卵5日前の確率が0.10、排卵日当日が0.33という研究があります[12]。これは治療成績ではなく、自然な周期の研究です。
Q5. タイミング法で妊娠しない原因は何ですか?
排卵の時期と性交のずれ、排卵障害、卵管の通りの問題、精子の問題、年齢の影響、原因不明などが考えられます。精液検査、卵管の検査(子宮卵管造影など)、排卵の確認といった基本的な検査で、原因を確かめることが第一歩です[3]。
Q6. 何歳から、どのタイミングで受診すればよいですか?
Q7. 原因不明のとき、遺伝学的検査は必要ですか?
Q8. ミネルバクリニックでタイミング法の治療は受けられますか?
いいえ、行っていません。ご予約・お問い合わせもお受けしていません。タイミング法などの不妊治療は、産婦人科や不妊治療を行う医療機関で受けられます。
まとめ
タイミング法は、排卵の時期を推定して性交のタイミングを合わせる、体への負担が比較的小さい一般不妊治療で、2022年4月から保険診療の対象です[1]。不妊症は「1年妊娠しない場合」が目安で、35歳以上は6か月を目安に受診を考える学会もあります[5][4]。何周期続けるかに、すべての人に共通する決まりはなく、日本産婦人科医会は「およそ1年をめど」としています[2]。
1周期の妊娠率を1つの数字で示せるデータは確認できませんでしたが、妊娠が成立するのは排卵日を終わりとする6日間で[12]、性交の頻度は毎日でも1日おきでも大きな差はありません[4]。妊娠しないときは、精液検査や卵管の検査を含めて原因を確認し、原因不明の場合は、排卵誘発を併用した人工授精などの選択肢を検討します[28]。無精子症や早発卵巣不全など、遺伝の関与が疑われる場合には、遺伝学的検査を検討することがあります。
🏥 タイミング法・不妊治療をお考えの方へ
ミネルバクリニックは、タイミング法や人工授精などの不妊治療(保険診療の一般不妊治療を含む)を行っていません。これらの治療についてのご予約・お問い合わせもお受けしていません。治療をご希望の場合は、産婦人科や不妊治療を行う医療機関をご利用ください。なお、ミネルバクリニックでは遺伝カウンセリングを行っています。
参考文献
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- [36] 全国健康保険協会. 令和8年8月から高額療養費制度が見直されます. [協会けんぽ]





