目次
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精子検査キットで分かるのは、精子の濃度と運動性の「目安」までです。精子の形(正常形態率)やDNAの傷つき具合、そして男性不妊の原因そのものは、一般的な家庭用キットでは分かりません[1]。病院で精液検査を受ける前に自分の状態を知っておきたい、精液検査は恥ずかしい、と感じてキットを手に取る方は少なくありません。この記事では、キットの種類と限界、結果の読み方、正しい採取方法、病院の精液検査との違い、そしてキットでは見えない遺伝的な原因までを順に解説します。キットの結果が「基準内」でも、それだけで男性側に原因がないとは言えません。
Q. 精子検査キットで何が分かりますか?病院に行かなくても大丈夫ですか?
A. 分かるのは、精子の濃度と運動性がおおよそ基準を上回っているかどうかの目安です。スマホで見るタイプや試薬で判定するタイプでは、精子の形やDNAの状態は評価できず、ホルモンの異常や精索静脈瘤、遺伝的な原因も分かりません。キットは受診の代わりにはならず、「医療機関を受診するきっかけ」として使うものです。
- ➤キットの種類 → スマホ観察型・試薬判定型・郵送型の3タイプ
- ➤分かること → 精子濃度と運動性の目安(方式によっては精液量)
- ➤分からないこと → 精子の形・DNAの状態・ホルモン・精索静脈瘤・遺伝的な原因
- ➤結果の読み方 → 1回では判断しない。基準値は妊娠できるかどうかの境界線ではない
- ➤遺伝の原因 → クラインフェルター症候群、Y染色体微小欠失、CFTR遺伝子の変化など
1. 精子検査キットとは?3つのタイプ
精子検査キットは、自宅で採った精液を使って、精子の数や動きをおおまかに確かめるための道具です。日本産科婦人科学会は、不妊症の原因は男性側と女性側でほぼ半々といわれていると説明しています[2]。それでも、医療機関で精液検査を受けることにためらいを感じる男性は多く、手軽に試せるキットに関心が集まっています。
家庭用のキットは、大きく分けると3つのタイプがあります。どのタイプも「病院へ行かずに自宅で始められる」という点は共通していますが、何をどこまで測れるかは大きく異なります。米国の生殖医学誌に掲載された日本の泌尿器科医による総説では、家庭用の機器は精子の濃度や運動性、あるいはその両方を評価するもので、結果の出方も「基準より上か下か」という判定から、数値のおおよその目安を示すものまで幅があるとまとめられています[1]。
スマホ観察型:精液を拡大して動画で見る
スマホ観察型は、スマートフォンのカメラに小さなレンズ(顕微鏡のような拡大鏡)を取り付けて、精液を拡大して観察するタイプです。専用のアプリが画像や動画から精子の数や動きを自動で解析するものと、撮影した動画を見て自分で判断するもの、動画を専門のスタッフへ送って見てもらうものがあります。
採取から結果が出るまでの時間が短く、何度でも繰り返しやすいことが利点です。一方で、スマートフォンの機種や撮影の条件、精液が十分に液状になっているか(液化)によって結果がぶれやすく、同じ人でも測るたびに数字が変わることがあります。見えているのはあくまで「その視野に映った精子」であり、精液全体を正確に数えているわけではない点を知っておいてください。
試薬判定型:濃度が基準より上か下かを判定する
試薬判定型は、精液を試薬と反応させ、色の変化などで精子の濃度が一定の値を超えているかどうかを判定するタイプです。妊娠検査薬のように「線が出るかどうか」で読むものが多く、結果は数値ではなく「基準以上」「基準未満」の二択になります。
操作が単純で読み間違いが少ないことが利点ですが、分かるのは濃度(あるいは運動している精子の濃度)が線引きの値を超えたかどうかだけです。基準を少し上回った人も、大きく上回った人も同じ「基準以上」と表示されます。運動率や精子の形、精液量について詳しいことは分かりません。
郵送型:検体を検査所に送って測定する
郵送型は、自宅で採取した精液を専用の容器に入れて検査所へ送り、検査所で測定してもらうタイプです。保存液などで精子の状態を保ったまま運ぶしくみになっており、結果はWebやメールで数日後に届くのが一般的です。検査所で測るため、スマホ観察型よりも多くの項目を扱えるものがあります。
ただし、採取から測定までに時間がかかることは避けられません。後で説明するように、輸送の間に運動率などの数値は少しずつ変わります[3]。また、郵送型であっても、医師の診察やホルモンの検査を伴うわけではありません。家庭用キットの結果は、スクリーニング(ふるい分け)として使うのに適しており、必要に応じて医療機関での精査につなげるものと位置づけられています[4]。
🔬 精子検査キット3タイプの比較
| タイプ | 主に分かること | 結果が出るまで | 注意点 |
|---|---|---|---|
| スマホ観察型 | 精子濃度・運動性の目安 | その場〜短時間 | 機種・撮影条件・液化の程度で結果がぶれやすい |
| 試薬判定型 | 濃度が基準以上か未満か | その場 | 数値は分からない。運動率・形は評価しない |
| 郵送型 | 濃度・運動率など(商品により精液量・正常形態率も) | 数日 | 輸送中に数値が変わる。診察やホルモン検査は含まない |
なお、市販のキットのなかには、メーカー自身が「医療機器ではない」「医学的な判断をするものではない」と明記しているものもあります。キットは自分の状態を知るきっかけであって、診断を下すための道具ではないという位置づけを、購入前に確認しておくとよいでしょう。
2. 精子検査キットで分かること・分からないこと
精子検査キットで分かるのは、精子の濃度と運動性の目安までです。精子の形、DNAの状態、酸化ストレスの程度、そして不妊の原因は分かりません。先に紹介した総説は、家庭用の機器について「精子の形態、酸化還元電位(酸化ストレスの指標)、DNA断片化指数のような、妊孕性を評価するためのほかの指標を評価できない」と指摘しています[1]。
分かること:精子濃度と運動性の目安
精子濃度は、精液1mLの中に精子が何個含まれているかを表す数字です。運動性は、動いている精子の割合や、まっすぐ前に進む精子がどれくらいいるかを表します。妊娠が成立するには、十分な数の精子が、卵子のいる卵管まで泳いでいく必要があります。そのため、濃度と運動性は精液検査の中でも基本となる項目で、多くのキットがこの2つ、あるいはその掛け合わせである「運動している精子の濃度」を指標にしています。
郵送型の一部では、精液量も分かります。精液量が少ない場合は、射精がうまくいっていない、精液をつくる器官に問題がある、などの可能性も考えます。精液量が少ないときの原因と考え方は精液が少ない原因と対策で、運動率の意味は精子の運動率と妊娠率で詳しく解説しています。
ここで大事なのは、キットの数字は「おおよその目安」だという点です。キットでは、検査室で管理されている禁欲期間、温度、液化の完了といった条件が標準化されていません[1]。条件が変われば、同じ人の精液でも数字は変わります。
分からないこと:形態・DNA・原因
精子の形(形態)は、頭部・中片部・尾部のそれぞれに異常がないかを、染色した精子を顕微鏡で一つずつ見て判定します。正常な形の精子の割合を「正常形態率」といい、熟練した検査技師による厳密な判定が必要です。スマホの拡大画像や試薬の色の変化では、この評価はできません[1]。形態については精子の奇形率(正常形態率)で解説しています。
精子のDNAの傷つき具合(DNA断片化)も、キットでは分かりません。さらに重要なのは、キットは「数字がどうだったか」を示すだけで、「なぜその数字なのか」は教えてくれないことです。精子が少ない理由には、ホルモンの異常、精巣の周りの静脈が拡張する精索静脈瘤、感染症、薬の影響、そして生まれつきの遺伝的な要因など、さまざまなものがあります。原因によって、その後の対応はまったく異なります。
💡 用語解説:DNA断片化(精子DNA断片化)
精子の核に収められたDNAの鎖が切れている状態を指します。切れた精子の割合をDNA断片化指数(DFI)などで表します。精液検査の基本項目(濃度・運動率・形態)が正常でもDNA断片化が多いことがあり、専用の検査法でしか測れません。米国泌尿器科学会と米国生殖医学会の合同ガイドラインは、この検査を男性不妊の最初の評価で一律に行うことは推奨していません[5]。
郵送型の「正常形態率」はどう受け止めるか
郵送型のなかには、測定項目に正常形態率を含むものがあります。検査所で染色して顕微鏡で見るのであれば、形態の評価そのものは可能です。ただし、輸送にかかる時間の影響は考えておく必要があります。
米国で保存液を使う郵送型の精液検査を検証した研究では、採取後1時間以内の測定と、最大52時間後までの測定を比べています。精子濃度は52時間後まで安定していましたが、運動率は1時間あたり約0.39%、正常形態率は1時間あたり約0.1%ずつ低下していました[3]。研究では両者の相関は良好とされていますが、輸送の間に数値が変わること自体は確かめられています。
この結果は特定の保存液と輸送条件を使ったシステムでのもので、国内で販売されているすべての郵送型キットに当てはまるわけではありません。郵送型で正常形態率が示されても、輸送条件や手順の違いがあるため、医療機関で採取後すぐに測る精液検査と同じ意味を持つとは言えません。結果が気になるときは、医療機関で改めて確認します。
3. キットの精度と、結果を読むときの注意
精子検査キットの精度は、条件がそろった研究の場では検査室の測定とよく一致すると報告されているものもありますが、家庭で使う場合の結果は目安にとどまります。1回の結果だけで良い・悪いを判断しないことが大切です。研究で報告された一致率は、決められた手順で使った場合の値で、実際の家庭での使い方や、国内で販売されている商品にそのまま当てはまるものではありません[1]。
1回の結果では判断できない理由
精液の所見は、同じ人でも採取するたびに大きく変わります。不妊男性と精子提供者を対象にした研究でも、同じ人の中での変動(個人内変動)が大きいことが示されています[6]。禁欲期間の長さ、体調、発熱、睡眠不足、飲酒、採取の際にこぼしてしまったかどうかなど、さまざまな要因が数字を動かします。
世界保健機関(WHO)の精液検査マニュアル第6版は、1回の検査結果でその後の検査の方針を決められることもあるとしつつ、個人の基準となる値を正確に把握するには2〜3回の検査が必要になる場合があると述べています[7]。米国泌尿器科学会と米国生殖医学会の合同ガイドラインも、男性の最初の評価に1回以上の精液検査を含めることを強く推奨し、結果に異常がある場合は1か月以上あけて再検査することの重要性を示しています[5]。
生活習慣を見直した効果を確かめたいときも、すぐに測り直しても意味がありません。精子は精巣の中でつくられ始めてから成熟するまでに長い時間がかかり、古典的な研究では精子形成の期間が約64日と推定されています[8]。これに精巣上体を通る期間が加わるため、変化が精液に反映されるまでには2〜3か月ほどかかると考えます。精子がつくられるしくみは精子形成の過程と期間で詳しく解説しています。
「基準値内」でも安心しきれない/「低い」でも不妊とは限らない
精液検査の基準値は、「この値を超えれば妊娠できる」「下回れば妊娠できない」という境界線ではありません。WHOのマニュアルは、基準値のもとになった数値の分布について、妊娠できる男性とそうでない男性をはっきり分ける境界としては使えないと明記しています[7]。基準値は、子どもをもうけた男性の集団で下から5%にあたる値(5パーセンタイル)で、「このくらいの値でも自然に妊娠した人がいる」という目安です。
そのため、キットで「基準以上」と出ても、精子の形やDNAの状態、ホルモンの異常などが隠れている可能性は残ります。総説でも、家庭用の検査で正常と出た男性がそれ以上の検査を受けなくなることが懸念点として挙げられています[1]。反対に、1回「基準未満」と出ても、それだけで不妊と決まるわけではありません。どちらの場合も、妊娠を希望している期間の長さやパートナーの年齢と合わせて判断します。
🩺 院長コラム【キットの数字は「入口」として使う】
精子検査キットは、男性が自分の体に目を向けるきっかけとして意味のある道具だと考えています。精液検査を受けること自体に抵抗がある方にとって、自宅で始められる手段があることには意味があります。
ただ、キットの数字は「目安」であり、「結論」ではありません。基準内だったから問題なし、基準外だったから不妊、と1回の結果で決めてしまわないことが大切です。数字は受診するかどうかを考える材料として使い、原因の評価は医療機関で行うものだと考えています。
4. 病院の精液検査との違い
病院の精液検査は、決められた条件で採取した精液を、採取後すぐに検査室で測定し、WHOの基準に沿って評価します。さらに必要に応じて、診察、ホルモン検査、超音波検査、遺伝学的検査を組み合わせて原因を探します。キットとの最も大きな違いは、「数字を出すこと」ではなく「原因を調べられること」にあります。
WHOの基準値(第6版)と読み方
精液検査の基準値として広く使われているのが、WHOの精液検査マニュアルです。2021年に第6版が公表され[7]、子どもをもうけた男性3,500人以上(12か国)のデータをもとに、下限の基準値が見直されました[9]。
📊 WHO精液検査マニュアル第6版の下限基準値(5パーセンタイル)
| 項目 | 下限基準値 | 意味 |
|---|---|---|
| 精液量 | 1.4mL | 1回の射精で出る精液の量 |
| 総精子数 | 3,900万/射精 | 1回の射精に含まれる精子の総数 |
| 精子濃度 | 1,600万/mL | 精液1mLあたりの精子の数 |
| 総運動率 | 42% | 動いている精子の割合 |
| 前進運動率 | 30% | 前に進む動きをしている精子の割合 |
| 生存率 | 54% | 生きている精子の割合 |
| 正常形態率 | 4% | 形が正常な精子の割合 |
※Campbellら(2021)がWHOマニュアル第6版のために集計した値[9]。基準値は妊娠できるかどうかの境界線ではありません[7]。
以前広く使われていた第5版(2010年)では、精液量1.5mL、精子濃度1,500万/mL、総運動率40%、前進運動率32%、生存率58%でした。インターネット上には古い基準値のまま書かれた情報も残っているため、どの版の値かを確認して読むと混乱が減ります。
💡 用語解説:前進運動率
動いている精子のうち、その場で震えるだけでなく、前方へ進む動きをしている精子の割合です。卵子のもとまでたどり着けるかどうかに関わるため、精液検査では総運動率とあわせて確認されます。
病院でしか分からない検査
医療機関では、精液検査の結果を踏まえて、原因を調べるための検査を組み合わせます。米国泌尿器科学会と米国生殖医学会の合同ガイドラインでは、性欲の低下、勃起障害、乏精子症(精子が少ない状態)や無精子症(精液中に精子がいない状態)、精巣の萎縮などがある男性に、FSH(卵胞刺激ホルモン)とテストステロンを含むホルモン検査を行うことを示しています[5]。
また、AUA/ASRMガイドライン(2024年改訂)では、原発性不妊で無精子症、または精子濃度が500万/mL未満で、FSH高値、精巣萎縮、精子形成障害が疑われる場合には核型検査を推奨しています。一方、Y染色体微小欠失検査は、無精子症または精子濃度100万/mL以下で、FSH高値、精巣萎縮、精子形成障害を伴う場合に推奨されています[16]。精巣の大きさや精索静脈瘤の有無は、診察や超音波検査で確認します。こうした評価は、キットではまったく代わりができない部分です。男性不妊の原因や検査・治療の全体像は男性不妊の原因・検査・治療にまとめています。
何科で受ける?費用と保険適用
日本産科婦人科学会は、精液検査はマスターベーションで採取した精液で精子の数や運動率などを調べる検査で、不妊症を診ている産婦人科や泌尿器科で受けられると説明しています。結果が良くない場合は、泌尿器科の専門医による診察が必要になるとしています[2]。
2022年4月からは、不妊治療が保険診療の対象になりました[10]。不妊症の診療として行う検査も保険診療の枠組みで受けられる場合がありますが、費用は検査の内容や医療機関によって異なります。受診先で確認してください。
5. 正しい採取のしかた(キットでも病院でも共通)
正しく採取しないと、キットでも病院でも実際より悪い結果が出ることがあります。禁欲期間は2〜7日、採取はマスターベーションで全量を容器に、潤滑剤や一般的なコンドームは使わない、というのが基本です。ここではWHOのマニュアル第6版に沿って、採取のポイントを整理します[7]。
まず禁欲期間です。WHOは、射精をしない期間を最短2日、最長7日としたうえで採取するよう求めています[7]。禁欲期間が短すぎると精液量や精子数が少なく出やすく、長すぎると動きの悪い精子や古い精子の割合が増えることがあります。2回以上測って比べる場合は、毎回できるだけ同じ禁欲期間にそろえます。
採取はマスターベーションで行うのが原則です。潤滑剤は精液に混ざって性状を変えるおそれがあるため使いません。一般的なコンドームは精液検査用に設計されたものではなく、潤滑剤などが精子の運動性に影響する可能性があるため、精液の採取には使用しません[7]。性交の途中で抜いて採る方法も、最初の部分を取りこぼしやすいため勧められません。
次に、全量を採ることです。射精の最初の部分には精子が特に多く含まれるため、最初の一部をこぼしただけでも、濃度や総数が大きく下がることがあります。WHOは、精液を完全に採取し、一部でもこぼした場合は申し出るよう求めています[7]。病院の検査では、こぼしたことを必ず伝えてください。
最後に温度と時間です。WHOは、自宅で採取して検査室へ運ぶ場合、検体の温度を20℃より下げず37℃を超えないようにし、採取後できれば30分以内、遅くとも50分以内に届けることとしています[7]。冷やすと精子の動きが落ちるため、冷蔵庫に入れたり保冷剤で冷やしたりしないでください。郵送型のキットは保存液を使うなど独自の条件で運ぶしくみになっているため、温度や投函までの時間は、必ずそのキットの説明書の指示に従います。採取前に手と性器を洗って清潔にしておくことも大切です。
⚠️ 採取でよくある失敗
・禁欲期間が1日以下、または1週間以上あいている
・潤滑剤や一般的なコンドームを使った
・射精の最初の部分をこぼした
・冷蔵庫や保冷剤で冷やした、真夏の車内に置いた
・病院へ持参する場合に、採取から届けるまでに時間がかかりすぎた
6. こんな結果・症状なら医療機関へ
キットで基準を下回った場合、避妊をせずに1年たっても妊娠しない場合(女性が35歳以上なら6か月)、精巣が小さいなど体に気になるサインがある場合は、医療機関で精液検査と診察を受けることを考えてください。キットの結果が基準内でも、妊娠しない期間が続いているなら受診の理由になります。
日本産科婦人科学会は、妊娠を望む健康な男女が避妊をせずに性交していても1年間妊娠しない場合を不妊症としています[2]。米国生殖医学会は、女性が35歳以上の場合は6か月で評価を始めることを示しています[11]。女性側の年齢は妊娠のしやすさに大きく関わるため、男性の検査も後回しにせず、カップルで同時に始めるほうが時間を無駄にしません。不妊症の定義や原因の全体像は不妊症の原因で解説しています。
体のサインとしては、精巣が小さい、左右で大きさが大きく違う、陰嚢の中に血管が浮き出たようなふくらみがある、乳房がふくらんできた(女性化乳房)、ひげや体毛が薄い、性欲が落ちた、などがあります。見た目や自覚症状から分かる男性不妊のサインは男性不妊の特徴で詳しく紹介しています。
これまでの病気や治療も判断の材料になります。子どものころに停留精巣(精巣が陰嚢まで下りてこない状態)の手術を受けた、思春期以降におたふくかぜで精巣が腫れた、がんの治療で抗がん剤や放射線治療を受けた、などの経験がある場合は、キットの結果にかかわらず医療機関で相談してください。おたふくかぜによる精巣の炎症についてはおたふくかぜによる精巣萎縮と妊娠でも触れています。
💡 用語解説:精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)
精巣から心臓へ血液を戻す静脈が、こぶのように拡張した状態です。左側に多くみられ、陰嚢の中に柔らかいふくらみとして触れることがあります。精巣の温度が上がるなどして、精子をつくる働きに影響することがあります。精子検査キットでは見つけられず、診察や超音波検査で確認します。
7. キットでは見えない「遺伝」の原因
男性不妊のなかには、生まれつきの染色体や遺伝子の変化が原因になっているものがあります。キットでは「精子が少ない」「精子が見当たらない」という結果までしか分からず、その理由が遺伝的なものかどうかは判断できません。男性不妊の遺伝学をまとめた総説では、原因が分からないままの男性不妊は約40%とされ、既知の遺伝的要因が関わる割合は無精子症で最も高く、約25%と報告されています[12]。
遺伝的な原因が分かることには意味があります。精巣から精子を取り出せる見込みがあるかどうかの予測、顕微授精で生まれる子どもへの影響、本人の健康管理が、原因によって変わるからです。ここでは代表的な3つを紹介します。
クラインフェルター症候群
クラインフェルター症候群は、男性の性染色体が通常のXYではなく、X染色体が1本多いXXYになっている状態です。欧州男性学会のガイドラインによると、男性1,000人に1〜2人の割合でみられ、不妊男性の3〜4%、精巣での精子づくりに問題がある非閉塞性無精子症の男性では10〜15%を占めます[13]。
特徴は、精巣が1〜5mLと小さいこと、男性ホルモンが低く精巣を刺激するホルモンが高いこと、女性化乳房、そしてほとんどが無精子症であることです[13]。一方で、見た目の特徴がはっきりしないことも多く、50〜75%の人は生涯診断されないまま過ごすと推定されています[13]。不妊の検査をきっかけに初めて分かることも少なくありません。
精液中に精子がいなくても、精巣から直接精子を探す手術(精巣内精子採取術)で30〜60%の人に精子が見つかると報告されています[13]。キットでは「精子が見当たらない」としか分からず、この可能性を判断するには、染色体検査で原因を確かめる必要があります。精液中に精子がいない状態の原因と検査については非閉塞性無精子症(NOA)で解説しています。
Y染色体AZF微小欠失
Y染色体には、精子をつくるために必要な遺伝子が集まった領域があり、AZF(無精子症因子)領域と呼ばれます。この領域の一部が欠けている状態がY染色体AZF微小欠失です。欧州男性学会と欧州分子遺伝学品質ネットワークのガイドラインによると、欠失の頻度は無精子症や高度乏精子症の男性で2〜10%程度とされ、乏精子症より無精子症のほうが高くなります。欠失のうち約80%をAZFcという部分の欠失が占めます[14]。
どの部分が欠けているかで、精子を得られる見込みは大きく変わります。AZFc欠失では精巣内精子採取術で精子が得られる可能性が約50%あるのに対し、AZFaやAZFbの欠失では精子を得られた報告はほとんどありません[14]。検査の前にこの見込みが分かることは、手術を受けるかどうかを考えるうえで大きな判断材料になります。
もうひとつ知っておきたいのが、子どもへの影響です。精子が得られて顕微授精(ICSI)で子どもを授かった場合、男の子であればY染色体上の欠失は受け継がれ、将来、男性不妊となるリスクがあります[14]。女の子にはY染色体が受け継がれないため、この欠失は伝わりません。
💡 用語解説:AZF(無精子症因子)領域
Y染色体の長腕にある、精子をつくるのに必要な遺伝子が集まった領域で、AZFa・AZFb・AZFcの3つに分けられます。この領域は似た配列がくり返す構造をしているため、精子がつくられる過程で一部が抜け落ちる欠失が起こりやすいことが知られています。欠失は通常の染色体検査(顕微鏡で見る核型分析)では見えないほど小さいため、専用の遺伝学的検査で調べます。
先天性両側精管欠損症(CFTR)
先天性両側精管欠損症は、精巣でつくられた精子を運ぶ管(精管)が、生まれつき両側とも欠けている状態です。精巣では精子がつくられていても通り道がないため、精液中には精子がいなくなります。精液量が少ないことも特徴です。
この病気の多くには、嚢胞性線維症の原因遺伝子として知られるCFTR遺伝子の変化が関わっています。メタ解析では、先天性両側精管欠損症の男性の78%にCFTR遺伝子の病的な変化が少なくとも1つあり、46%では2つ、28%では1つだけ見つかっています。また、5Tと呼ばれるCFTR遺伝子の型が、この病気の男性のアレル(対になった遺伝子の一方)の25%にみられました[15]。米国の合同ガイドラインは、精管欠損がある男性にCFTR遺伝子の保因者検査を行うことを示しています[5]。
この場合、精巣や精巣上体から精子を採取して顕微授精を行うことで子どもを授かる可能性があります。その際には、パートナーもCFTR遺伝子の変化を持っていないかを確認することが、生まれてくる子どもへの影響を考えるうえで大切になります。
遺伝子検査・染色体検査で分かること
遺伝的な原因を調べる方法には、大きく分けて2つあります。1つは、染色体の数や形を顕微鏡で調べる染色体検査(Gバンド法)で、クラインフェルター症候群のような染色体の数の違いや、染色体の一部が入れ替わる転座などが分かります。もう1つは、遺伝子やY染色体の小さな欠失を調べる遺伝学的検査です。精子をつくることに関わる遺伝子は少なくとも2,000あると考えられており[12]、複数の遺伝子をまとめて調べる検査も行われています。
どの検査が適しているかは、精液検査の結果、ホルモンの値、精巣の大きさなどによって変わります。米国の合同ガイドライン(2024年改訂)も、核型検査とY染色体微小欠失検査について、それぞれ精子濃度などの条件を定めて推奨しています[16]。検査の結果は、本人の治療の選び方だけでなく、子どもや血縁者への影響にも関わるため、結果の意味を臨床遺伝専門医と一緒に確認することが大切です。当院の男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)では、男性不妊に関わる遺伝子をまとめて調べています。
🩺 院長コラム【数字の奥にある「理由」を知る意味】
精子検査キットは「精子がどれくらいいるか」を教えてくれますが、「なぜそうなのか」は教えてくれません。臨床遺伝専門医の立場から見ると、この「なぜ」を知ることには、本人の治療の選び方を超えた意味があると考えています。
Y染色体の微小欠失が男の子に受け継がれることや、CFTR遺伝子の変化がパートナーの遺伝子の状態によって子どもに影響しうることは、原因が分かって初めて考えられる事柄です。数字に一喜一憂するのではなく、必要な場合には原因まで確かめたうえで、次の選択肢を検討していただきたいと考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 精子検査キットは薬局やドラッグストアで買えますか?
購入できる場所は商品によって異なり、主に通販で販売されています。店頭での取り扱いは店舗ごとに異なります。いずれにしても、市販のキットは自分の状態を知るきっかけとして使うもので、診断のための検査ではありません。どのタイプも、分かるのは主に精子の濃度と運動性の目安です。
Q2. スマホで精子の検査はできますか?
スマートフォンに拡大レンズを付けて精液を観察するタイプのキットがあり、精子の濃度や動きの目安を見ることができます。ただし、機種や撮影条件、精液の液化の程度で結果がぶれやすく、精子の形やDNAの状態は評価できません。
Q3. キットで「正常」と出たら、病院に行かなくてもよいですか?
キットで基準内でも、精子の形、DNAの状態、ホルモンの異常、精索静脈瘤などは分かりません。避妊をせずに1年(女性が35歳以上なら6か月)たっても妊娠しない場合は、キットの結果にかかわらず、カップルで医療機関の検査を受けることを考えてください。
Q4. 病院の精液検査は恥ずかしいのですが、どのように採取しますか?
精液検査の採取は、医療機関の個室などで本人がマスターベーションで行うのが基本です。施設によっては自宅で採取して持参できる場合もあります。その場合は20〜37℃を保ち、採取後できるだけ早く(WHOの目安では遅くとも50分以内に)届けます。対応は施設ごとに異なるため、受診先に確認してください。
Q5. 病院の精液検査の費用はどのくらいですか?保険は使えますか?
2022年4月から不妊治療が保険診療の対象になり、不妊症の診療として行う検査も保険診療の枠組みで受けられる場合があります。実際の費用は検査の内容や医療機関によって異なるため、受診先で確認してください。
まとめ
精子検査キットは、スマホ観察型・試薬判定型・郵送型の3タイプに分かれ、どれも主に分かるのは精子の濃度と運動性の目安です。精子の形やDNAの状態、ホルモンの異常、精索静脈瘤、遺伝的な原因は分かりません[1]。郵送型で正常形態率が示される場合も、輸送による数値の変化があるため、医療機関の検査と同じ意味を持つとは言えません[3]。
精液の所見は同じ人でも大きく変動し[6]、WHOの基準値は妊娠できるかどうかの境界線ではありません[7]。キットの結果は1回で判断せず、基準を下回った場合や、1年(女性が35歳以上なら6か月)妊娠しない場合には、医療機関で精液検査と診察を受けることを考えてください[2][11]。無精子症や高度乏精子症では、クラインフェルター症候群やY染色体AZF微小欠失など、遺伝的な原因が見つかることがあり、原因によって治療の見込みや子どもへの影響が変わります[13][14]。
🧬 男性不妊の遺伝学的検査をお考えの方へ
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が男性不妊に関わる染色体検査・遺伝子検査と遺伝カウンセリングを行っています。精液検査で無精子症や高度乏精子症を指摘された方、原因を染色体や遺伝子のレベルで確かめたい方は、検査結果をお持ちのうえでご予約ください。精液検査そのものは、不妊症を診療している泌尿器科・産婦人科で受けられます。
参考文献
- [1] Kobori Y. Home testing for male factor infertility: a review of current options. Fertil Steril. 2019;111(5):864-870. [DOI: 10.1016/j.fertnstert.2019.01.032] PMID: 30922654.
- [2] 不妊症. 公益社団法人 日本産科婦人科学会. [日本産科婦人科学会]
- [3] Samplaski MK, Falk O, Honig S, et al. Development and validation of a novel mail-in semen analysis system and the correlation between one hour and delayed semen analysis testing. Fertil Steril. 2021;115(4):922-929. [DOI: 10.1016/j.fertnstert.2020.10.047] PMID: 33423785.
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