目次
男性不妊は、見た目だけで判断することはできません。精巣の大きさや左右差、陰嚢のこぶ、精液の量や色、胸のふくらみや体毛の薄さなどが、原因を調べる手がかりになることはあります。ただし男性不妊の多くは、性欲も勃起も射精も普段どおりで、外から見て分かる変化がありません。精子がいるかどうか、数や動きが十分かどうかは、精液検査をしないと分かりません。この記事では、男性不妊でみられることがある体のサインと、その奥にある遺伝的な原因、なりやすい人の病歴や薬、受診の目安を順に説明します。
Q. 男性不妊は見た目で分かりますか?
A. 見た目で気づけるのは一部だけです。精巣が小さい・硬い、陰嚢にこぶがある、精液が極端に少ない、胸がふくらむ、においが分からないといったサインは原因を探る手がかりになります。しかし日本の調査では男性不妊の約8割が精子をつくる働きの障害で、その半数近くは原因がはっきりしない「特発性」でした。外見が普通でも精子がいないことはあり、確かめる方法は精液検査です。
- ➤精巣・陰嚢 → 大きさ、硬さ、左右差、ミミズ腫れのようなこぶ(精索静脈瘤)
- ➤精液 → 量が少ない、透明・水っぽい、血が混じる(ただし色で精子の有無は判断できない)
- ➤体つき → 女性化乳房、体毛が薄い、においが分からない、思春期が来なかった
- ➤遺伝の視点 → クラインフェルター症候群、カルマン症候群、精管欠損とCFTR、Y染色体の微小欠失
1. 男性不妊は見た目で分かる?
男性不妊のうち、見た目や自覚症状から気づけるものは一部にとどまります。欧州泌尿器科学会(EAU)のガイドラインによると、避妊をせずに12か月性交を続けても妊娠しないカップルは約15%あり、子どもを授からないカップルの約50%に男性側の要因がみつかります。男性側の要因だけで不妊になっているカップルも約20%あります[1]。不妊は「女性の問題」と考えられがちですが、実際には男女のどちらにも原因がありうるため、カップルそろって検査を受けることが推奨されています。
見た目に出るのは一部だけ
日本で男性不妊の診療を行う施設を対象にした全国調査では、男性不妊の原因の内訳は、精子をつくる働きが低下する造精機能障害が82.4%、勃起や射精がうまくいかない性機能障害が13.5%、精子の通り道がふさがる閉塞性精路障害が3.9%でした[2]。造精機能障害の内訳をさらに見ると、原因が特定できない「特発性」が全体の42.1%、精索静脈瘤が30.2%、クラインフェルター症候群が1.8%、Y染色体のAZF欠失が1.4%を占めていました[2]。
この数字から分かるのは、男性不妊の最大のグループである特発性の造精機能障害には、外から見て分かる特徴がほとんどないということです。精巣はふつうの大きさで、体つきも変わらず、性生活にも問題がない。それでも精液を顕微鏡で調べると、精子の数が少なかったり、動きが悪かったり、まったくいなかったりします。一方で、精索静脈瘤やクラインフェルター症候群のように、陰嚢や体つきにサインが出る原因もあります。この記事で扱う「見た目の特徴」は、こうした一部の原因を見つける手がかりです。
男性不妊の全体像、つまり原因の分類、検査の流れ、治療の選択肢については、親記事の男性不妊の原因・検査・治療でまとめています。
「種無し」かどうかは見た目・精液の色では判断できない
精液の中に精子がまったくいない状態(無精子症)かどうかは、外見や精液の色・量・においでは判断できません。精液の大部分は、精巣でつくられた精子ではなく、精嚢や前立腺から出る液体でできています。そのため精子がまったく含まれていなくても、射精される精液の見た目はほとんど変わらないことが多いのです。
無精子症には、精子の通り道がふさがっている閉塞性のものと、精巣で精子がほとんどつくられていない非閉塞性無精子症があります。どちらも性欲や勃起、射精の感覚は普段どおりのことが多く、本人が気づくきっかけはほとんどありません。精子の有無を確かめる方法は精液検査であり、「自分は大丈夫そうだから」と検査を後回しにする理由にはなりません。
🩺 院長コラム【外見より先に精液検査を】
「見た目で分かるか」という問いに対して、医学的に誠実に答えるなら「分かることもあるが、分からないことのほうが多い」になります。精巣や体つきのサインは、原因を絞り込むための入口としては役に立ちますが、サインがないことは「問題がない」ことを意味しません。
不妊を考えはじめた段階で、女性側の検査と同時に男性の精液検査を行うことが大切だと考えています。精液検査は体への負担が小さく、結果によってその後に調べるべきこと、たとえばホルモン検査や遺伝学的検査が必要かどうかが決まるからです。
2. 精巣・陰嚢に出るサイン
陰嚢や精巣に出るサインには、精巣の大きさ・硬さ、左右差、陰嚢のこぶ、精巣の位置の異常があります。精巣は精子をつくる工場で、その大部分を精子のもとになる細胞が並ぶ「精細管」が占めています。精子をつくる働きが落ちると精細管の量が減るため、精巣は小さく、柔らかく(病気によっては硬く)なる傾向があります。
精巣が小さい・柔らかい・硬い
精巣の大きさは、医師が「オーキドメーター」という大きさの異なる楕円形の玉を連ねた器具と見比べたり、超音波検査で測ったりして評価します。EAUのガイドラインでは、欧州の一般男性の精巣容積は平均20.0±5.0mL、不妊男性の集団では平均18.0±5.0mLと報告されています[1]。
精巣が明らかに小さい場合、精子をつくる働きが低下している可能性があります。特に、両側の精巣が小さく硬い場合は、後で説明するクラインフェルター症候群の特徴と一致します[1]。一方、両側の精巣が小さく柔らかい場合には、精巣に「精子をつくれ」と指令を出すホルモン(ゴナドトロピン)が不足している状態も考えられます。精巣の大きさは自分で触っても正確には分からないため、気になる場合は泌尿器科で測ってもらうことになります。
左右の大きさ・高さが違う
精巣の左右差は、多くの男性にみられます。一般に左の精巣がやや低い位置にあることが多く、大きさにも多少の差があるのは珍しくありません。わずかな左右差や高さの違いは、それだけでは異常とはいえません。
注意したいのは、以前と比べて片側が明らかに小さくなった、片側だけ硬いしこりがある、急に腫れて痛む、といった変化です。片側の精巣が縮む原因には、後で説明する精索静脈瘤や、過去の精巣炎・精巣捻転(精巣の血管がねじれて血流が途絶える病気)などがあります。しこりや痛みは不妊とは別の病気(精巣腫瘍や急性の炎症など)の可能性もあるため、不妊の有無にかかわらず早めに泌尿器科を受診してください。
陰嚢にミミズ腫れ・こぶがある=精索静脈瘤
陰嚢の皮膚の下に、ミミズが絡まったような柔らかいこぶが触れる場合、精索静脈瘤の可能性があります。精索静脈瘤は、精巣から血液を戻す静脈の弁がうまく働かず、血液が逆流してたまり、静脈が太く曲がりくねった状態です。
EAUのガイドラインによると、精索静脈瘤は一般男性の約15%にみられ、精液検査に異常がある男性では25%、不妊で受診した男性では35〜40%にみつかります。以前は子どもがいたのに2人目以降ができない「続発性不妊」の男性では45〜81%と報告されています[1]。世界保健機関(WHO)が不妊外来を受診した男性を大規模に調べた研究でも、精液所見に異常がある男性で精索静脈瘤の頻度が高いことが示されました[3]。日本の全国調査では、造精機能障害の原因として精索静脈瘤が男性不妊全体の30.2%を占めていました[2]。
精索静脈瘤の多くは左側に起こります。左の精巣の静脈は、右よりも長い距離を上って腎臓の静脈に直角に合流するため、血液が戻りにくく、途中で血管が圧迫されやすいという解剖学的な理由があります。精巣は体温より数℃低い温度に保たれることで精子を効率よくつくっていますが、静脈に血液がたまると精巣の温度が上がり、精子をつくる働きが低下すると考えられています。
💡 用語解説:精索静脈瘤のグレード
精索静脈瘤は、触って分かるかどうかで重症度を分けます。EAUのガイドラインでは、触れないが超音波で分かるものを「subclinical(潜在性)」、お腹に力を入れたとき(バルサルバ法)に触れるものをGrade 1、立った状態で力を入れなくても触れるものをGrade 2、見ただけで分かるものをGrade 3としています。治療を検討するかどうかは、グレードだけでなく、触って分かる精索静脈瘤があるか、精液検査に異常があるか、カップルが不妊かどうかを合わせて判断します。
ここで大切なのは、精索静脈瘤があっても、精液所見が正常であれば治療の対象にはならないという点です。一般男性の約15%にみられるものなので、精索静脈瘤があることと不妊であることは同じではありません。触って分かる精索静脈瘤があり、精液検査に異常があり、不妊が続いているという条件がそろったときに、手術を含めた治療が検討されます[1]。治療の選択肢については親記事で扱っています。
陰嚢に精巣が触れない・位置が高い
生まれたときに精巣が陰嚢まで下りてきていない状態を停留精巣といいます。精巣は胎児期にお腹の中でつくられ、出生前後に陰嚢へ下りてきます。お腹の中は陰嚢より温度が高いため、下りないままだと精子をつくる細胞が育ちにくくなります。
EAUのガイドラインによると、片側だけ停留精巣だった男性が父親になれた割合は89.7%で、停留精巣のない男性(93.7%)とほとんど変わりません。一方、両側とも停留精巣で治療されなかった場合は全員が乏精子症、75%が無精子症となり、治療後でも75%が乏精子症、42%が無精子症のままだったと報告されています[1]。子どものころに精巣の手術(精巣固定術)を受けたことがある場合、特に両側だった場合は、精液検査の際に医師へ伝えてください。
3. 精液に出るサイン
精液の量や色、血が混じるかどうかは目で見て分かりますが、精子の数や動きは見た目では分かりません。精液の見た目で分かることと分からないことを分けて考えることが、正しく判断するための前提になります。
🧪 WHO(2021年)の精液検査の下限基準値
| 項目 | 下限基準値 | 見た目で分かるか |
|---|---|---|
| 精液量 | 1.4mL | ある程度は分かる |
| 精子濃度 | 1,600万/mL | 分からない |
| 総精子数 | 3,900万 | 分からない |
| 総運動率 | 42% | 分からない |
| 前進運動率 | 30% | 分からない |
| 正常形態率 | 4% | 分からない |
※WHO laboratory manual 第6版(2021年)[4]による。下限基準値は、パートナーが1年以内に妊娠した男性の集団の下位5%に当たる値で、「これを下回ると妊娠できない」という境界ではありません。
量が少ない
WHOの第6版(2021年)の基準では、1回の射精で出る精液量の下限基準値は1.4mLです[4]。精液の量は、射精までの禁欲期間や体調によって変わるため、1回だけ少なくても心配はいりません。ただし、いつも極端に少ない場合は、精液の大部分をつくる精嚢からの液体が出てきていない可能性があります。
精液の量が少なく、さらさらしていて、精子がまったくいない場合には、精管(精子を運ぶ管)が生まれつきない「先天性両側精管欠損」や、射精管の閉塞が疑われます[1]。精管欠損は遺伝子と深く関わっており、第5章で詳しく説明します。精液量が少ない原因や、その他の対処については精液が少ない原因で解説しています。
色が透明・水っぽい
精液はふつう、白っぽく濁ったゲル状で、射精後しばらくすると液状になります。精液が透明に近く水っぽい場合、精子の濃度が低い可能性はありますが、色だけで精子の数やいるかいないかを判断することはできません。短期間に何度も射精した後は精液が薄くなるなど、色は日によって変わります。
色が気になる状態が続く場合は、精液検査で数値として確かめることになります。精液の色と精子の数の関係については、精液の色と精子の数の記事で詳しく扱っています。
血が混じる(血精液症)
精液に血が混じってピンク色や赤褐色に見える状態を血精液症といいます。精嚢や前立腺の小さな血管からの出血が多く、若い男性では原因がはっきりしないまま自然に治まることがほとんどです[5]。
ただし、40歳以上の男性、何度も繰り返す場合、血尿や排尿時の痛み、発熱などほかの症状を伴う場合は、前立腺の病気や感染症などを調べる必要があるとされています[5]。血精液症は男性不妊のサインというより、泌尿器の病気を見つけるきっかけとして考え、該当する場合は泌尿器科を受診してください。
精液の見た目が正常でも精子がいないことがある
第1章で触れたように、精液の大部分は精嚢や前立腺からの液体なので、精子がいなくても精液の量や色が普通に見えることは珍しくありません。精液の見た目が正常であることは、精子が十分にいることを保証しません。WHOの基準値に並ぶ項目のうち、見た目で推測できるのは精液量くらいで、精子の濃度、運動率、形態はすべて顕微鏡で調べて初めて分かります[4]。
4. 体つき・全身に出るサイン
精巣や精液だけでなく、胸のふくらみ、体毛やひげの薄さ、手足の長さ、においの感じ方、思春期の経過といった全身の特徴が、男性不妊の原因を探る手がかりになることがあります。これらは男性ホルモン(テストステロン)や、精巣に指令を出すホルモンの不足を反映しているためです。
胸がふくらむ・体毛やひげが薄い・手足が長い
男性の胸が乳腺の発達によってふくらむ状態を女性化乳房といいます。男性ホルモンと女性ホルモンのバランスが女性ホルモン側に傾くと起こります。体毛やひげが薄い、筋肉がつきにくい、といった特徴も、男性ホルモンの作用が弱いことを示すサインです。
小さく硬い精巣に加えて、女性化乳房、高身長で手足が長い体型、テストステロンの低下といった特徴がそろう場合、性染色体の数の違いによるクラインフェルター症候群が考えられます[1][6]。ただし、これらの特徴の出方には個人差が大きく、すべてがそろう人ばかりではありません。女性化乳房そのものは、思春期に一時的に起こるものや、肥満、薬の影響、肝臓の病気などでもみられるため、「胸がふくらむ=クラインフェルター症候群」とは言えません。
においが分からない・思春期が来なかった、遅かった
生まれつきにおいが分からない(嗅覚がない、または弱い)ことに加えて、10代で声変わりや体毛の発達などの思春期の変化が起こらなかった、あるいは不完全だった場合は、先天性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症という病気が考えられます。このうち嗅覚の障害を伴うものをカルマン症候群と呼びます[7]。
この病気では、脳の視床下部から出るホルモン(GnRH)の働きが生まれつき弱いため、下垂体から精巣に指令を出すホルモン(ゴナドトロピン)が不足し、精巣が育たず精子もつくられません。精巣は小さく柔らかいことが多いです。胎児期に、GnRHをつくる神経細胞と嗅覚の神経が同じ経路をたどって移動するため、嗅覚の障害と性腺の障害が一緒に起こると考えられています[7]。
💡 用語解説:ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)
ゴナドトロピンは、脳の下垂体から分泌され、精巣や卵巣に働きかけるホルモンの総称です。男性では、LH(黄体形成ホルモン)が精巣でのテストステロンの産生を促し、FSH(卵胞刺激ホルモン)が精子をつくる働きを支えます。ゴナドトロピンが少ないタイプの性腺機能低下症を「低ゴナドトロピン性」、精巣そのものが働かないためにゴナドトロピンが逆に高くなるタイプを「高ゴナドトロピン性」と呼び分けます。クラインフェルター症候群は後者に当たります。
性欲低下・勃起障害
性欲の低下や勃起障害(ED)、射精がうまくいかないといった症状は、日本の全国調査で男性不妊の13.5%を占めた性機能障害に当たります[2]。性機能障害の原因は、ストレスや心理的な要因、糖尿病や血管の病気、薬の影響など幅広く、テストステロンの低下が関わっていることもあります。
性機能障害は本人が自覚しやすい一方で、精子をつくる働きとは別の問題であることも多いため、精液検査とあわせて評価します。反対に、性欲や勃起に問題がないことは、精子をつくる働きが正常であることを意味しません。この点は、第1章で説明した「見た目が普通でも精子がいないことがある」と同じです。
5. そのサインの奥にある遺伝的原因
第2〜4章で挙げたサインのいくつかは、染色体や遺伝子の違いによって起こります。遺伝的な原因が分かると、治療の見通し(精子を採取できる可能性など)や、生まれてくる子どもへの影響を考えるための情報が得られます。代表的な4つの原因と、それぞれのサインを表にまとめます。
🧬 体のサインと考えられる遺伝的原因
| 主なサイン | 考えられる遺伝的原因 | 主な確認方法 |
|---|---|---|
| 小さく硬い精巣、女性化乳房、高身長 | クラインフェルター症候群(47,XXY) | 染色体検査(Gバンド法) |
| においが分からない、思春期が来ない | カルマン症候群などの先天性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症 | ホルモン検査、遺伝子検査 |
| 精液量が少ない、精管が触れない、無精子症 | 先天性両側精管欠損(CFTR遺伝子) | 診察・超音波、CFTR遺伝子検査 |
| 外見は正常で無精子症・高度の乏精子症 | Y染色体AZF微小欠失 | Y染色体微小欠失検査 |
※表のサインがあっても、必ずその病気とは限りません。反対に、サインがなくても遺伝的な原因がみつかることがあります。
小さく硬い精巣+女性化乳房 → クラインフェルター症候群
クラインフェルター症候群は、男性の性染色体がXYではなくXXYなど、X染色体を1本以上多く持つことで起こる、男性不妊の遺伝的原因として最も頻度が高い病気のひとつです。EAUのガイドラインでは、男性新生児の0.14%(約700人に1人)に当たり、不妊男性の2.6%、無精子症の男性では13.7%にみつかると報告されています[1]。デンマークの全国登録を使った研究では、生涯のうちに診断される人は予想される人数の一部にとどまり、多くの人が診断されないまま過ごしていることが示されました[8]。
多くの場合、子どものころには目立った症状がなく、大人になってから不妊の検査で無精子症を指摘され、染色体検査で初めて分かります[6]。これは、第1章で見た「日本の男性不妊の1.8%がクラインフェルター症候群」という数字[2]とも整合します。
クラインフェルター症候群の男性の多くは無精子症ですが、精巣の中にわずかに精子がつくられている場所が残っていることがあります。顕微鏡を使って精巣の組織から精子を探す手術(micro-TESE)で精子を回収できる割合は、系統的レビューとメタ解析で、おおむね4割台と報告されています[9]。回収できた精子を顕微授精に使うことで、自分の遺伝的な子どもを持てる可能性があります。
💡 用語解説:micro-TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)
micro-TESEは、精巣を切開し、手術用顕微鏡で精細管を1本ずつ観察して、精子がつくられていそうな太い精細管を選んで採取する手術です。非閉塞性無精子症の男性で精子を探す方法として用いられます。採取できた精子は数が少ないため、卵子に精子を1つ直接注入する顕微授精(ICSI)と組み合わせて使います。
嗅覚障害+思春期遅延 → カルマン症候群
カルマン症候群は、嗅覚の障害と、GnRHの不足による性腺の機能低下を合わせ持つ病気で、複数の原因遺伝子が知られています。代表的なものに、X染色体上のANOS1(アノスワン)遺伝子の病的バリアントによるX連鎖カルマン症候群があります。ほかにも多くの遺伝子が関わり、遺伝の仕方もX連鎖、常染色体顕性(優性)、常染色体潜性(劣性)とさまざまです[7]。
この病気が男性不妊の原因の中で特に重要なのは、治療によって精子をつくる働きを引き出せる場合があるという点です。不足しているゴナドトロピンを注射で補う治療(ゴナドトロピン療法)によって、精巣が育ち、精子がつくられるようになることがあります[7]。一方で、テストステロンを補うだけでは、見た目の男性化は進んでも精子はつくられません。子どもを望むかどうかで治療法の選び方が変わるため、診断をつけることに大きな意味があります。
精液量が少ない・精管が触れない → 先天性両側精管欠損(CFTR)
先天性両側精管欠損症は、生まれつき両側の精管がない状態で、精巣では精子がつくられているのに外に出てこられないため、閉塞性の無精子症になります。精嚢も一緒に形成されていないことが多く、精液の量が少なくなるのが特徴です。医師が陰嚢を触診すると、精管が触れないことで気づかれます。
この病気は、嚢胞性線維症の原因遺伝子であるCFTR遺伝子と深く関わっています。系統的レビューとメタ解析では、先天性両側精管欠損の男性の約8割に、CFTR遺伝子の病的バリアントが少なくとも1つみつかったと報告されています[10]。精巣では精子がつくられているため、手術で精巣や精巣上体から精子を採取し、顕微授精で妊娠を目指すことができます。
ここで重要になるのがパートナーの検査です。EAUのガイドラインは、精管に構造的な異常がある男性とそのパートナーにCFTR遺伝子の検査を行うよう強く推奨しています。パートナーもCFTRの病的バリアントを持っていた場合、両親のバリアントの組み合わせによっては、子どもが嚢胞性線維症や先天性両側精管欠損になる可能性が最大50%になるためです[1]。
見た目は正常でも無精子症 → Y染色体AZF微小欠失
Y染色体の長腕には、精子をつくるために必要な遺伝子が集まった「AZF(無精子症因子)領域」があり、その一部が欠けている状態をY染色体AZF微小欠失といいます。体つきや精巣の見た目、性機能には変化がないことが多く、外見からはまったく分かりません。
EAUのガイドラインでは、Y染色体の微小欠失は無精子症の男性の8〜12%、乏精子症の男性の3〜7%にみつかると報告されています[1]。日本の全国調査では、男性不妊全体の1.4%でした[2]。AZF領域はAZFa、AZFb、AZFcに分けられ、どこが欠けているかで見通しが大きく変わります。欧州アンドロロジー学会などのガイドラインによると、AZFaやAZFbが完全に欠けている場合は精巣から精子を回収できる見込みがほとんどなく、AZFcの欠失では精子がみつかることがあります[11]。
顕微授精で子どもを授かった場合、Y染色体の欠失は父親から男の子に必ず受け継がれます[11]。受け継いだ男の子も、将来同じように精子をつくる働きに問題を抱える可能性があるため、治療を始める前に知っておくべき情報です。
これらを調べる検査
遺伝的な原因を調べる検査は、精液検査の結果に応じて選びます。EAUのガイドラインは、無精子症の男性と、精子濃度が1mLあたり500万未満の乏精子症の男性には、染色体検査(Gバンド法)と遺伝カウンセリングを提供するよう強く推奨しています。Y染色体の微小欠失検査についてEAUガイドラインは、精子濃度が1mLあたり100万以下では実施し、500万未満では検討するとしています[1]。一方、米国泌尿器科学会と米国生殖医学会の合同ガイドラインは、無精子症、または精子濃度が1mLあたり100万以下でFSH高値・精巣萎縮・造精障害が疑われる男性にY染色体微小欠失検査を推奨しています[12]。
精管の欠損が疑われる場合はCFTR遺伝子の検査、ホルモン検査でゴナドトロピンが低い場合はカルマン症候群などの原因遺伝子の検査が候補になります。複数の原因遺伝子をまとめて調べる方法として、男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)もあります。どの検査が必要かは、精液検査、診察、ホルモン検査の結果を踏まえて判断します。
🩺 院長コラム【原因が分かると、選べることが変わる】
男性不妊で遺伝学的検査を行う意味は、「原因の名前を付ける」ことだけではありません。クラインフェルター症候群なら精子を回収できる可能性を検討でき、カルマン症候群なら薬物療法で精子をつくる働きを引き出せる場合があり、AZFa・AZFbの完全欠失なら精巣の手術を避ける判断につながります。
さらに、CFTRのようにパートナーの検査が必要になる場合や、Y染色体の欠失のように男の子に受け継がれる場合もあります。顕微授精などの治療を始める前に、こうした情報を夫婦で共有しておくことが大切だと考えています。
6. 男性不妊になりやすい人:病歴・薬・生活習慣
外見に特徴がなくても、過去の病気や手術、使っている薬、生活習慣から、男性不妊になりやすい人かどうかをある程度推測できます。医師が男性不妊の診察で最初に詳しく尋ねるのも、こうした病歴や薬の情報です[1]。
病歴・手術歴
第2章で説明した停留精巣の既往に加えて、次のような病歴は精子をつくる働きに影響することがあります。
思春期以降のおたふくかぜ(ムンプス):思春期以降におたふくかぜにかかった男性の一部に精巣炎が起こり、精巣が腫れて痛みます。精巣炎の後に精巣が縮むことがありますが、両側に起こって完全に精子がつくられなくなるのはまれとされています[13]。おたふくかぜによる精巣萎縮と子どもを持つことについては、おたふくかぜによる精巣萎縮の記事でも扱っています。
がんの治療(抗がん剤・放射線治療):抗がん剤や放射線は、分裂が盛んな精子のもとになる細胞に強く影響します。治療後に精子がつくられなくなることがあるため、治療前に精子を凍結保存することが検討されます[1]。
そのほか:精巣捻転や陰嚢のけが、鼠径ヘルニアの手術(精管が傷つくことがある)、糖尿病なども、男性不妊に関わることがあります。これらの既往がある場合は、精液検査の際に医師へ伝えてください。
薬(テストステロン製剤・ステロイド・育毛薬など)
男性不妊の原因として見落とされやすいのが、外から補う男性ホルモンです。筋肉を増やす目的で使われるアナボリックステロイドや、テストステロン製剤を使うと、体は「男性ホルモンは十分にある」と判断し、脳から精巣への指令(ゴナドトロピン)を止めてしまいます。その結果、精巣で精子がつくられなくなり、乏精子症や無精子症が起こります。使用を中止しても、回復までには時間がかかることがあります[14]。
男性型脱毛症の治療薬であるフィナステリドについては、不妊男性で服用を中止した後に精子の数が増えたという報告があります[15]。ただしこれは少人数の後ろ向き研究で、すべての男性の精液所見に影響するとまでは言えません。子どもを望んでいて服用中の薬がある場合は、自己判断で中止せず、処方した医師に相談してください。
生活習慣
喫煙、肥満、精巣を温める習慣(長時間の入浴やサウナ、膝の上でのノートパソコン使用など)は、精液所見を悪くする要因として挙げられています[1]。精巣は体温より低い温度で精子をつくっているため、温めすぎることは避けたほうがよいと考えられます。
一方で、生活習慣を整えるだけでは、精索静脈瘤や遺伝的な原因による男性不妊は治りません。生活習慣の見直しは大切ですが、精液検査を受けずに生活改善だけで様子を見るのは勧められません。年齢と精子の関係については男性不妊と年齢で解説しています。
7. 受診の目安と何科に行くか
避妊をせずに1年間性交を続けても妊娠しない場合は、女性だけでなく男性も検査を受ける時期です。EAUのガイドラインは、12か月で妊娠しないことを不妊の目安とし、男性の評価を女性と並行して行うよう推奨しています[1]。女性の年齢が高い場合は、1年を待たずに検査を始めることも検討されます。
また、妊娠を考えはじめる前であっても、次のようなサインがある場合は早めに受診してください。
⚠️ 受診を考えたいサイン
精巣が明らかに小さい・硬い、陰嚢にこぶが触れる、片側の精巣にしこりや痛みがある、精液がいつも極端に少ない、精液に血が混じることを繰り返す、胸がふくらんできた、生まれつきにおいが分からない、思春期の変化が来なかった、子どものころに停留精巣の手術を受けた、テストステロン製剤やアナボリックステロイドを使っている。
男性不妊の検査は、泌尿器科、特に男性不妊を専門に扱う施設(生殖医療専門医が在籍する泌尿器科や不妊治療施設)で受けられます。最初に行うのは問診と診察、そして精液検査です。精液検査の結果に応じてホルモン検査や超音波検査を行い、無精子症や高度の乏精子症、精管の異常などがみつかった場合には、第5章で説明した遺伝学的検査を検討します[1][12]。
遺伝学的検査の結果は、本人の治療方針だけでなく、パートナーや生まれてくる子ども、さらには兄弟など血縁者にも関わる情報です。検査の前後には、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、結果が何を意味するかを確認することが推奨されています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 子どもができにくい男性に特徴はありますか?
精巣が小さい・硬い、陰嚢にこぶがある(精索静脈瘤)、精液が極端に少ない、胸がふくらむ、においが分からないといった特徴が手がかりになることはあります。ただし日本の調査では男性不妊の約8割が精子をつくる働きの障害で、その半数近くは原因が特定できない特発性でした。多くは外見に特徴がないため、確かめるには精液検査が必要です。
Q2. 自分が無精子症(種無し)かどうか、見た目で分かりますか?
分かりません。精液の大部分は精嚢や前立腺からの液体なので、精子がまったくいなくても精液の量や色はほとんど変わらないことがあります。性欲・勃起・射精が普段どおりでも無精子症のことはあり、精子の有無は精液検査で確かめます。
Q3. 精液が透明・少ないと男性不妊ですか?
それだけでは判断できません。精液の色や量は禁欲期間や体調で変わります。ただし、いつも極端に少なく精子がいない場合は、精管の欠損や射精管の閉塞が隠れていることがあります。WHOの基準では精液量の下限基準値は1.4mLで、気になる状態が続く場合は精液検査で確かめます。
Q4. 精巣の左右の大きさや高さが違うのは異常ですか?
わずかな左右差や、左の精巣がやや低い位置にあることは、多くの男性にみられます。片側が以前より明らかに小さくなった、しこりがある、腫れて痛むといった変化がある場合は、精索静脈瘤や精巣の病気の可能性があるため泌尿器科を受診してください。
Q5. 男性不妊は治せますか?
原因によります。精索静脈瘤の治療や、カルマン症候群などに対するゴナドトロピン療法のように、精子をつくる働きの改善が期待できる場合があります。精子が少ない、またはいない場合でも、精巣から精子を採取して顕微授精を行う方法があります。原因と治療の選択肢については、男性不妊の親記事で詳しく解説しています。
まとめ
男性不妊は、見た目だけで判断することはできません。日本の全国調査では、男性不妊の82.4%が精子をつくる働きの障害で、全体の42.1%は原因が特定できない特発性でした[2]。こうした男性不妊の多くは、精巣の大きさも体つきも性機能も普段どおりで、精液検査をして初めて分かります。
一方で、精巣が小さく硬い、陰嚢にこぶがある、精液が極端に少ない、胸がふくらむ、においが分からないといったサインは、精索静脈瘤、クラインフェルター症候群、先天性両側精管欠損、カルマン症候群などを見つける手がかりになります。見た目に特徴がないY染色体のAZF微小欠失も含め、遺伝的な原因が分かると、精子を採取できる見込みや、パートナー・子どもへの影響を考えるための情報が得られます[1][11]。気になるサインがある場合や、避妊をせずに1年たっても妊娠しない場合は、泌尿器科で精液検査を受けることから始めてください。
🧬 男性不妊の遺伝学的検査をお考えの方へ
無精子症や高度の乏精子症と診断された方、精管の欠損を指摘された方、クラインフェルター症候群やカルマン症候群などが疑われている方を対象に、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングと、染色体検査・男性不妊症遺伝子検査などの遺伝学的検査をご案内しています。精液検査や精索静脈瘤の治療は、男性不妊を扱う泌尿器科で行われます。正確な診断に基づいて、治療方針や家族計画を検討するための医学的情報として活用されます。
参考文献
- [1] EAU Guidelines on Sexual and Reproductive Health: Male Infertility. European Association of Urology. [Uroweb]
- [2] 我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究 平成27年度総括・分担研究報告書(厚生労働科学研究). [日本泌尿器科学会]
- [3] The influence of varicocele on parameters of fertility in a large group of men presenting to infertility clinics. World Health Organization. Fertil Steril. 1992. [PubMed 1601152]
- [4] WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, 6th ed. World Health Organization; 2021. [WHO]
- [5] Hematospermia—a symptom with many possible causes. Dtsch Arztebl Int. 2017;114(11):186. [PMC5387851]
- [6] Clinical review: Klinefelter syndrome—a clinical update. J Clin Endocrinol Metab. 2013;98(1):20. [PubMed 23118429]
- [7] European Consensus Statement on congenital hypogonadotropic hypogonadism—pathogenesis, diagnosis and treatment. Nat Rev Endocrinol. 2015. [Nature Reviews Endocrinology]
- [8] Prenatal and postnatal prevalence of Klinefelter syndrome: a national registry study. J Clin Endocrinol Metab. 2003;88(2):622. [PubMed 12574191]
- [9] Sperm recovery and ICSI outcomes in Klinefelter syndrome: a systematic review and meta-analysis. Hum Reprod Update. 2017;23(3):265. [PubMed 28379559]
- [10] CFTR mutations in men with congenital bilateral absence of the vas deferens (CBAVD): a systemic review and meta-analysis. Hum Reprod. 2012;27(1):25. [PubMed 22081250]
- [11] EAA/EMQN best practice guidelines for molecular diagnosis of Y-chromosomal microdeletions: State of the art 2023. Andrology. 2024. [PubMed 37674303]
- [12] Diagnosis and treatment of infertility in men: AUA/ASRM guideline part I. Fertil Steril. [Fertility and Sterility]
- [13] Mumps orchitis. J R Soc Med. 2006;99:573-575. [DOI]
- [14] Anabolic steroid-induced hypogonadism: diagnosis and treatment. Fertil Steril. 2014;101(5):1271-1279. [PubMed 24636400]
- [15] Finasteride use in the male infertility population: effects on semen and hormone parameters. Fertil Steril. 2013. [PubMed 24012200]





