InstagramInstagram

PGT-Mはなぜ本人だけでは検査できないのか|連鎖解析・フェージングと家族の検体が必要な理由

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

📍 クイックナビゲーション

重い遺伝性のご病気がご家族にあり、「次に授かる赤ちゃんには同じ思いをさせたくない」とPGT-Mを調べはじめた方から、「自分の血液を調べるだけではダメなのですか?」「罹患した家族が3人いないと検査できないと言われて落ち込みました」というご相談を、私は何度も受けてきました。一生に関わる大切な検査だからこそ、ネットの断片的な情報に振り回されて不安になってしまうのは当然のことだと思います。

この記事では、臨床遺伝専門医の立場から、「なぜ本人だけの情報ではPGT-Mが成立しないのか」「家族の検体は本当に必要なのか」を、専門用語をひとつずつ翻訳しながら、できるだけやさしくお伝えします。結論から言えば、必要なのは“罹患した家族3人”ではなく、健常なご家族おひとりでも十分に検査の設計図はつくれます。そして、ご家族にお願いできない場合の最新の道筋まで、すべてご説明します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15〜17分
📊 約9,500文字
臨床遺伝専門医監修

  • 本人のSTR・変異情報だけではPGT-Mが成立しない理由
  • 微量DNAに特有の落とし穴「アレルドロップアウト」とは何か
  • 「罹患した家族が3人必要」という誤解の正体
  • 健常な家族1名でも検査設計(トリオ解析)が可能な仕組み
  • 家族の検体がなくてもできる最新のロングリード解析

\ 遺伝のご相談は、臨床遺伝専門医に直接お話しいただけます /

📅 遺伝カウンセリング枠を確認する

※遺伝性疾患・出生前診断のご相談も承っています:遺伝カウンセリングについて

PGT-Mは、重い遺伝性疾患が次の世代に受け継がれることを、妊娠が成立する前の段階で回避できる、とても精緻で力強い医療技術です。けれども、その精度を支える仕組みは、一般にイメージされる「変異を見つけるだけ」よりも、ずっと奥が深いものなのです。順を追ってお話しします。

PGT-M(着床前遺伝学的検査・単一遺伝子疾患)とは

妊娠が成立する前に、特定の遺伝性疾患を回避するための検査

PGT-Mは、体外受精で得られた胚(受精卵)を子宮へ戻す前に、あらかじめ決まっている病気の原因となる遺伝子の変化を持っていないかを調べ、その変化を受け継いでいない胚を選んで移植するための検査です。「妊娠してから調べる」のではなく、「妊娠が成立する前に確認できる」という点が、心理的にも身体的にも大きな意味を持ちます。

着床前の遺伝学的検査(PGT)は、目的によって大きく3種類に分かれます。胚の染色体の「数」の異常を調べるPGT-A、染色体の「構造」の異常を調べるPGT-SR、そして本記事のテーマである「ひとつの遺伝子の病気(単一遺伝子疾患)」を対象とするPGT-Mです。常染色体顕性(優性)、常染色体潜性(劣性)、X連鎖性の疾患などで、原因となる病的な変化がすでに分かっているご家族が対象になります。

「変異を直接見つければよい」では済まない理由がある

多くの方は、「患者さんの血液で変異が見つかるのだから、胚でも同じように変異を探せばよいのでは」と考えられます。とても自然な発想です。けれども、胚から取り出せるDNAは想像を超えて微量で、ここにPGT-M特有の、診断を根底から揺るがす技術的な壁が存在します。次の章で、その正体を見ていきましょう。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「本人を調べれば分かる」とは限らないのです】

遺伝のご相談に来られる方の多くが、最初に「私の血液を調べれば済む話ですよね」とおっしゃいます。ところがPGT-Mは、患者さんご本人の情報だけでは“設計図”が完成しない、少し特殊な検査なのです。これは決して、ご本人の協力が足りないという話ではありません。遺伝子という「文字列」を、染色体という「一本のひも」の上で正しく並べ直すために、どうしても比較する相手が必要だ、という科学的な理由があるのです。

私は多くのご家族の意思決定に伴走してきましたが、この仕組みを最初に丁寧にお伝えすると、「なるほど、だから家族の検体が要るのですね」と、皆さんすっと納得され、不安が和らいでいきます。仕組みを知ることは、それ自体が安心への第一歩だと、私は実感しています。

なぜ「本人のSTR情報だけ」では検査できないのか

胚から取れるDNAは、ほんのわずかしかない

現在の標準的な方法では、受精から5〜6日目の胚盤胞から、将来胎盤になる部分の細胞を5〜10個ほど採取します。けれども、そこから得られるDNAはわずか30〜60ピコグラム(1兆分の30〜60グラム)しかありません。これをそのまま解析装置にかけても、シグナルは検出できません。そこで、DNAを人工的に数百万倍に増やす「全ゲノム増幅」という工程が必須になります。

🔬 用語解説:全ゲノム増幅(WGA)と栄養外胚葉生検

栄養外胚葉(えいようがいはいよう)生検とは、胚のうち将来「胎盤」になる外側の細胞を数個だけ採取する方法です。赤ちゃん本体になる部分には触れません。

全ゲノム増幅(WGA:Whole Genome Amplification)とは、ごく微量のDNAを、検査できる量まで人工的にコピーして増やす技術です。MDA法やMALBAC法などがあります。PGT-Mを“可能にする”必須の技術ですが、同時に次にお話しする落とし穴の原因にもなります。

最大の落とし穴「アレルドロップアウト(ADO)」

私たちは、すべての常染色体を父親由来・母親由来のペアで持っています。本来、増幅では両方を均等に増やすべきですが、出発点のDNAがあまりに微量だと、「片方だけがまったく増えず、もう片方だけが増えてしまう」という現象が頻繁に起こります。これがアレルドロップアウト(ADO)です。

仮に胚が本当は「変異あり/正常」の組み合わせ(保因者・罹患者)だったとしても、変異側の増幅にたまたま失敗すると、検査では「正常側」しか見えません。その結果、本当は病気を受け継いでいるのに「異常なし」と誤って判定されてしまう(偽陰性)危険があるのです。変異だけを直接調べる方法に頼ると、防ぐはずだった病気を防げない、という最悪の結果につながりかねません。

🔬 用語解説:アレルドロップアウト(ADO)

アレルとは、ペアになっている遺伝子の片方ずつのことです。アレルドロップアウトは、微量DNAの増幅中に「片方のアレルだけが脱落してしまう」現象を指します。ヘテロ接合(変異+正常を1つずつ)の胚が、見かけ上は片方だけの“ホモ接合”に見えてしまうため、誤判定の最大の原因になります。だからこそ、変異を直接見るだけでなく、次にお話しする「連鎖解析」という安全装置が必要なのです。

連鎖解析とフェージング──「目印」で変異を追いかける

変異そのものではなく、周囲の「目印」を追う

ADOによる誤判定を避けるために用いるのが「連鎖解析」です。これは、変異そのもののシグナルだけに頼るのではなく、変異の周囲にたくさん並んでいる“目印(多型マーカー)”を一緒に調べ、染色体全体の遺伝的背景を追跡する方法です。目印には、繰り返し配列のSTRや、一塩基の個人差であるSNPが使われます。

💡 用語解説:ハプロタイプ・STR・SNP・連鎖解析

ハプロタイプとは、1本の染色体の上に並んでセットで遺伝する目印の組み合わせのことです。変異が乗っている側を「リスクハプロタイプ」、正常な側を「正常ハプロタイプ」と呼びます。

STR(反復配列)・SNP(一塩基多型)は、人によって少しずつ違う“目印”で、特定の染色体を見分けるのに役立ちます。近年は高密度のSNPを使うキャリオマッピング(Karyomapping)が主流です。

連鎖解析は、これらの目印をたどることで、たとえ変異の箇所が脱落(ADO)しても、その胚がリスクハプロタイプを受け継いでいるかどうかを間接的かつ正確に判定する方法です。

「フェージング」こそが、本人だけでは越えられない壁

ここで最大のハードルが現れます。患者さんご本人のDNAを調べても、「どちらの染色体(目印の並び)に変異が乗っているのか」が原理的に分からないのです。たとえば「変異が1つある」「目印Aは14と16を持つ」「目印Bは10と12を持つ」と分かっても、従来の解析ではDNAがバラバラに読まれるため、「14と10が同じ染色体に乗っているのか、別々なのか」を結びつけられません。

この「どの目印の組み合わせが変異と同じ染色体上にあるか」を確定する作業をフェージング(位相決定)と呼びます。ご本人の情報だけでは比較する相手がいないため、フェージングができず、胚を調べても「その目印の並びが危険なのか安全なのか」を読み解く“設計図”が作れません。これが、本人だけのSTR情報ではPGT-Mを実施できない、絶対的な理由なのです。

直接診断(ADO)と連鎖解析(ハプロタイプ)の違い

❌ 直接診断だけの場合

変異の箇所だけを見るため、増幅の途中で変異側が脱落(ADO)すると、正常側しか見えません。

→ 誤判定:本当はリスクありなのに「正常」と出てしまう

✓ 連鎖解析を使う場合

変異に連鎖した複数の目印(A・B・C…)を同時に追うため、1つが脱落しても他の目印で補えます。

→ 正確判定:リスクハプロタイプを正しく見分けられる

「罹患した人が3人必要」は誤解です──トリオ解析の真実

必要なのは「トリオ」──ただし全員が患者である必要はない

フェージングを行うには、ご夫婦に加えて、血縁があり、その病気を持っているかどうか(遺伝的な状態)がはっきり分かっている家族をもう1名、一緒に解析します。この「ご夫婦(2名)+リファレンスとなる親族(1名)」の合計3名の組み合わせをトリオ(Trio)と呼びます。たしかに「3名分の検体」は必要になることが多いのですが、「その3名全員が罹患者でなければならない」というのは、はっきりとした誤解です

💡 用語解説:トリオ解析と「消去法」

トリオ解析とは、ご夫婦+親族1名のDNAを同時に調べ、メンデルの遺伝法則に従って「どの目印の並びが変異と一緒に遺伝しているか」を確定する方法です。たとえばご主人が顕性(優性)疾患の患者さんで、ご主人の健常なお父様を比べると、お父様から受け継いだ並びは必ず「正常」と分かります。すると消去法で、もう一方の並びが「リスク」だと自動的に決まります。このとき検体を出した3名のうち患者さんはご主人お一人だけでも、設計図は完璧に完成するのです。

遺伝形式ごとの「トリオの組み方」一覧

ご家族の状況によって、誰にお願いするのが最適かは変わります。実際の診療でよくあるパターンを整理しました。表は横にスクロールできます。

ご家族の状況 トリオの組み合わせ うち罹患者 考え方
顕性(優性)・夫が罹患 夫・妻・夫の「健常な親」 1名 健常な親から継いだ側を正常とし、消去法で残りをリスクと特定
顕性(優性)・夫が罹患 夫・妻・夫の「罹患した親」 2名 罹患した親と共通する側がリスクハプロタイプ
顕性(優性)・妻が罹患 夫・妻・既存の「健常なお子さん」 1名 お子さんに伝わった妻の側を正常とし、残りをリスクと特定
潜性(劣性)・夫婦が保因者 夫・妻・「罹患した第一子」 1名 罹患児に伝わった各親の側を、それぞれのリスクと特定
X連鎖潜性・妻が保因者 夫・妻・妻の「罹患した男児」または「父親」 1名 罹患した男児や父親と共通するX染色体側をリスクと特定
排除テスト(発症前診断を望まない場合) 夫・妻・夫の「罹患した親」 1名(夫の親) 夫自身の状態は明かさず、罹患した祖父母由来の染色体を持たない胚を選ぶ

リファレンスは「子ども・親」が安心──きょうだいは情報が得にくいことも

どの家族を比較相手に選ぶかで、設計図の作りやすさには差が出ます。SNP連鎖解析を用いた研究では、フェージングが「適用できない」となる割合が、お子さんでは約1.3%、ご両親では約5.4%だったのに対し、きょうだいでは約37.1%と高くなることが報告されています。きょうだい同士は目印を共有する割合がばらつきやすく、十分な情報が得られにくいためです。

この数字は、裏を返せばお子さんやご両親にご協力いただければ、9割以上のケースで問題なく設計図が完成するということです。「家族にどう頼めばいいのか」と悩まれる方は多いのですが、まずはお子さんかご両親に相談できないかを一緒に考えるところから始めれば、過度に心配する必要はありません。

準備期間(プレクリニカルワークアップ)に意味がある

体外受精を始める前に、専用の検査系をつくり込む

PGT-Mでは、実際の体外受精サイクルを始める前に、ご家族のDNAから変異と目印を特定し、その方専用にカスタマイズした検査系(プローブ)を設計・検証する期間が必要です。これを「プレクリニカルワークアップ」と呼びます。国際的な指針では、高品質サンプルでの増幅効率95%以上、ごく少数の細胞での正確性99%以上といった基準を満たすことが求められています。

この準備には平均して10〜14週ほど(複雑な変異ではそれ以上)かかります。「もっと早くできないの」と感じられるかもしれませんが、これは事務的な遅れではなく、誤診を防ぐための科学的な必然です。検証を飛ばして胚をいきなり調べることは、偽陽性・偽陰性のリスクを最大化する行為にほかなりません。待つ時間は、赤ちゃんの未来を守るための時間なのです。

🔬 用語解説:顕微授精(ICSI)が必須の理由

顕微授精(ICSI)とは、1個の精子を直接卵子に注入して受精させる方法です。PGT-Mでは、母体側の細胞や、卵子のまわりに付着した余分な精子のDNAが胚の検査に混ざってしまう(コンタミネーション)と誤判定の原因になります。これを防ぐため、通常の体外受精ではなく顕微授精を用いることが必須の条件になっています。

家族の検体が得られないとき──新生突然変異と最新技術

新生突然変異(デノボ変異)という難しい状況

新生突然変異(デノボ変異)とは、親から受け継いだものではなく、ご本人の精子や卵子ができるとき、あるいは初期の発生段階で偶発的に新しく生じた変化です。たとえば神経線維腫症1型では患者さんの約半数が新生突然変異だと報告されており、決して珍しいものではありません。このときご両親はどちらも変異を持たない健常者なので、ご両親を調べても「どちらの側に変異が生じたか」を確定できません

なお、新生突然変異の多くは父親由来の精子で生じやすく、父親の年齢とともにわずかに増えることが知られています。これは父親を責める話ではなく、誰にでも起こりうる自然な現象として理解しておくことが大切です。

(父親由来の遺伝子変異が子へ伝わるイメージ)

🔬 用語解説:新生突然変異(デノボ変異)

新生突然変異(デノボ変異)は、親から遺伝したのではなく、その世代で新しく生じた病的な変化です。従来の連鎖解析では、比較できる「変異を持つ家族」が原則として“すでに罹患したお子さん”しかいないため、「罹患児を防ぎたいのに、検査のためには先に罹患児が必要」という、つらいパラドックスが生じていました。この壁を越えるのが、次にお話しする最新技術です。

ロングリード解析(lrWGS)が、リファレンスを不要にしつつある

いま、この領域で大きな転換点となっているのが、第三世代の解析装置を使うロングリード全ゲノムシーケンシング(lrWGS)です。従来の装置はDNAを数百塩基の短い断片に切って読むため、離れた変異と目印のつながり(位相)が分断されてしまいました。一方、ロングリードは数万〜数百万塩基という長いDNAを一本の鎖のまま読み取れます。

つまり「変異」と「離れた場所にある複数の目印」が同じ鎖の上に乗ったまま直接読めるため、他の家族と引き算をしなくても、ご本人のDNAだけで「変異はこの目印の並びと連鎖している」と一度に確定できるのです。実際に、多発性嚢胞腎(PKD1の新生突然変異)やコフィン・ローリー症候群のケースで、家族の検体なしにハプロタイプを構築し、健康な赤ちゃんの誕生につながった報告が出ています。高精度ロングリードでは、従来法と100%一致したというデータも示されています。

🔬 用語解説:ロングリード・シーケンシング(lrWGS)

ロングリード・シーケンシングとは、DNAを細かく切らずに、とても長いまま連続して読み取る技術です(代表的な装置にNanoporeやPacBioがあります)。変異と目印を物理的に同じ鎖の上で確認できるため、家族の比較に頼らない「リファレンス・フリー」のフェージングが可能になります。家族に頼めない方や新生突然変異の方にとって、新しい希望となりつつある技術です。

家族からの検体が得られない理由は、ご家族との関係や死別、あるいは「自分の発症前の病気のことを、まだ発症していない親族には知られたくない」という切実なプライバシーの問題など、さまざまです。胚そのものや卵子の極体を“比較相手”として使う方法も開発されており、選択肢は確実に広がっています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【家族にお願いできない――その重さを、私は知っています】

「両親に検体をお願いすると、私の病気のリスクを親族みんなに知られてしまう」「もう家族とは連絡を取っていない」――そんな事情で、検査をあきらめかけている方に、私は数多くお会いしてきました。家族にお願いするということが、どれほど重い決断なのか。その気持ちを、私は軽く扱いたくありません。

けれども、かつて「適応外」とされたこうしたケースにも、ロングリード解析という新しい道が開かれつつあります。技術は確実に、越えられなかった壁を越え始めています。だからこそ、「もう無理だ」と一人で結論を出してしまう前に、いまのご自身のケースで何ができるのかを、どうか専門医と一緒に確かめてほしいのです。

日本でのPGT-Mと、対象となる疾患

日本でPGT-Mを行う場合は、日本産科婦人科学会による審査・承認のプロセスを経る必要があり、対象は「重篤な遺伝性疾患児が出生する可能性のある場合」に限られています。過去の承認の内訳を見ると、神経・筋の病気が大きな割合を占め、デュシェンヌ型筋ジストロフィーや筋強直性ジストロフィーが多くを占めてきました。そのほか、脊髄性筋萎縮症、副腎白質ジストロフィー、骨形成不全症II型、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症、ムコ多糖症II型(ハンター症候群)などが承認され、近年は多発性嚢胞腎などにも広がっています。

PGT-Mを検討するうえで最初の入口になるのが、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングです。病気の遺伝形式、次世代への継承リスク、ADOによる誤判定の可能性、すべての胚が対象となりうること、そして倫理的な課題まで、十分にお話しします。これは形式的な手続きではなく、ご家族がご自身の価値観で決めていくための土台です。私たち医師は情報を提供する立場であり、特定の選択を勧めることはしません。決めるのは、いつもご家族ご自身です

PGT-Aの併用──「変異がない」だけでは足りない

PGT-Mで「目的の単一遺伝子疾患の変異を持たない」と判定された見かけ上は完璧な胚でも、染色体全体の数(23対46本)が正常でなければ、着床しなかったり流産につながったりすることがあります。とくに母体年齢が上がると胚の異数性は増えるため、PGT-Mの対象疾患を持っていなくても、染色体の数を同時に調べるPGT-Aの併用が重要になります。

近年は、同じ増幅産物から単一遺伝子の変異(PGT-M)と全染色体の数(PGT-A)を同時に高精度で調べることが世界の標準になりつつあります。「病気の変異がなく、かつ染色体の数も正常な胚」を選んで移植できることで、その後の妊娠の継続率の向上にもつながっています。

💡 用語解説:異数性(いすうせい)

異数性とは、本来46本である染色体の数が増えたり減ったりしている状態のことです(例:21トリソミーなど)。PGT-Mは「ひとつの遺伝子」を狙って見る検査で、染色体全体の数の異常までは見ていません。だからこそ、数を調べるPGT-Aを併用することに意味があります。

妊娠前のPGT-Mと、妊娠後の出生前診断

PGT-Mは「妊娠が成立する前」の選択肢です。一方で、自然に授かった場合や、PGT-Mを選ばなかった場合には、「妊娠後」にNIPT(新型出生前診断)などの出生前検査という選択肢があります。どちらが正しいということはなく、どちらもご家族の状況や価値観に応じた大切な選択肢です。当院では、妊娠前の遺伝相談から妊娠後の出生前診断まで、一貫してサポートできる体制を整えています。

出生前診断を検討される際に、多くの方が気にされるのが「陽性だったあとのサポート」と「検査費用以外にかかるお金」です。結果が出たあとに一人で抱え込まずに済むよう、当院ではフォロー体制と費用面の備えを大切にしています。詳しくは下記の記事でご確認いただけます。

まとめ:必要なのは「3人の患者」ではなく「正しい設計図」

「本人のSTR情報だけでは検査できないの?」という問いへの答えは、微量DNAに特有のアレルドロップアウトという限界から、はっきり「不十分です」となります。誤判定を防ぐには、変異に連鎖する目印を追う連鎖解析と、その並びを確定するフェージングが欠かせません。

📌 重要ポイントのまとめ
  • 本人だけでは不可:フェージングに必要な「比較相手」がいないため設計図が作れない
  • 「3人の罹患者」は誤解:必要なのはトリオ。リファレンスは健常な家族1名でよい
  • リファレンスはお子さん・親が安心:9割以上のケースで設計図が完成
  • 家族に頼めない場合も:ロングリード解析でリファレンス・フリーの道が開けつつある
  • 「変異なし」だけでは不十分:染色体の数を見るPGT-Aの併用が大切

ネットには断片的な情報があふれていて、調べるほど不安になってしまうことも多いと思います。遺伝のことで一人で抱え込まないでください。情報に疲れてしまったときは、一度、臨床遺伝専門医に直接お話を聞きに来ていただけたらと思います。あなたのご家族にとっての「正解」を一緒に探すお手伝いをいたします。

よくある質問(FAQ)

Q1. 本人の血液検査だけでPGT-Mはできないのですか?

残念ながら、ご本人の情報だけでは正確な検査はできません。胚から取れるDNAは極微量で、増幅の途中で片方の情報が脱落(アレルドロップアウト)することがあるためです。これを補うために、変異の周囲の目印を追う連鎖解析と、その並びを確定するフェージングが必要で、フェージングには比較するご家族の検体が欠かせません。

Q2. 「罹患した家族が3人いないと検査できない」と聞きましたが本当ですか?

これははっきりとした誤解です。多くの場合に必要なのは「ご夫婦+親族1名」の合計3名分の検体(トリオ)ですが、その親族は患者さんである必要はありません。健常なご両親やお子さんでも、メンデルの遺伝法則と消去法を使えば、変異が乗っている染色体を正確に特定できます。

Q3. リファレンスは誰にお願いするのが良いですか?

研究では、お子さんやご両親をリファレンスにすると設計図が作れない割合がそれぞれ約1.3%・約5.4%と低く、きょうだいでは約37.1%とやや高くなることが報告されています。つまり、お子さんかご両親にご協力いただければ、9割以上のケースで問題なく進められます。どなたにお願いできそうかは、遺伝カウンセリングで一緒に整理できます。

Q4. 家族が亡くなっている、または頼めない場合はどうなりますか?

かつては難しいとされていましたが、いまは胚や卵子の極体を比較相手として使う方法や、ロングリード解析によってご本人のDNAだけでフェージングを行う「リファレンス・フリー」の手法が登場しています。お一人おひとりの状況によって取れる道は異なりますので、まずは専門医にご相談ください。

Q5. 新生突然変異(デノボ変異)の場合でも検査できますか?

新生突然変異では、ご両親が変異を持たないため、ご両親を調べても変異の位相を確定できません。従来は対応が難しいケースでしたが、ロングリード解析を使えばご本人のDNAだけから直接ハプロタイプを確定できる例が増えており、実際に健康な赤ちゃんの誕生につながった報告も出ています。

Q6. 準備にはどのくらい時間がかかりますか?

体外受精を始める前に、その方専用の検査系を設計・検証するプレクリニカルワークアップに、平均して10〜14週ほどかかります。複雑な変異ではさらに時間を要します。これは事務的な遅れではなく、誤診を防ぐための科学的に必要な期間です。

Q7. PGT-Mで「変異なし」なら、必ず健康な赤ちゃんですか?

いいえ。PGT-Mは「ひとつの目的の遺伝子」だけを見る検査で、染色体全体の数の異常までは分かりません。すべてのリスクを排除できるわけではないため、染色体の数を調べるPGT-Aの併用が重要です。検査の限界についても、遺伝カウンセリングで丁寧にご説明します。

Q8. ミネルバクリニックでPGT-Mの相談はできますか?

当院では臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、病気の遺伝形式やご家系の整理、リファレンスとして誰にお願いできるか、検査の限界や倫理的な論点まで、中立的な立場で丁寧にご説明します。実際の体外受精・PGT-Mの実施は専門の実施施設と連携して進めます。「自分のケースでは何ができるのか」を知りたい方は、どうぞお気軽にご相談ください。

🏥 ミネルバクリニックでのご相談

遺伝性のご病気やPGT-Mについてのお悩みは、臨床遺伝専門医が中立的な立場で丁寧にお話しします。一人で抱え込まず、まずは話を聞きに来ませんか。

関連記事

着床前検査PGT-Aとは?染色体の数を調べる検査胚の染色体の数の異常を調べるPGT-Aの意義と限界を専門医が解説します。着床前検査PGT-SRとは?染色体構造異常の検査転座や逆位など染色体の構造異常を持つご夫婦向けの検査を解説します。遺伝相談遺伝カウンセリングとは遺伝医療の入口となるカウンセリングの役割と流れをわかりやすく紹介します。保因者検査拡大版保因者スクリーニング(女性787遺伝子)妊娠前にご夫婦の保因状態を知るための広範な遺伝子検査です。疾患情報多発性嚢胞腎の遺伝子検査PKD1などの原因遺伝子と検査について専門医が解説します。遺伝性腫瘍遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)BRCA遺伝子とHBOCのリスク・検査・予防について解説します。

参考文献

  1. International Society of Reproductive Genetics (ISRG). Preimplantation genetic testing guidelines. Reprod Dev Med. 2023.[DOI]
  2. ESHRE PGT Consortium. Good practice recommendations for the detection of monogenic disorders. Hum Reprod Open. 2020.[PMC]
  3. Kim MJ, et al. The Insufficient Number of Informative SNPs in a Preclinical Karyomapping Test for PGT-M Depends on the Reference Selected. J Pers Med. 2025.[MDPI]
  4. Proband-independent haplotyping based on NGS-based long-read sequencing for PGT-M. Front Mol Biosci. 2024.[Frontiers]
  5. Long-read whole-genome sequencing-based concurrent haplotyping and aneuploidy profiling of single cells. Nucleic Acids Res. 2025.[Oxford Academic]
  6. Clinical application of polar body-based preimplantation genetic testing for maternal mutations. PMC. 2024.[PMC]
  7. ASRM Practice Committee. Indications and management of preimplantation genetic testing for monogenic conditions: a committee opinion. 2023.[ASRM]
  8. 日本産科婦人科学会「重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査(PGT-M)に関する見解」[公式サイト]

プロフィール

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、
臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。
のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、
検査結果の数値そのものだけでなく、
「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、
一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、
日本人として異文化の中で生活した経験があります。
価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。
この経験は現在の診療においても、
「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、
36週6日で一人を死産した経験があります。
その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、
そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。
現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、
出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、
家族の未来に関わる重要な意思決定です。
年齢や統計だけで判断するのではなく、
医学的根拠と心理的支援の両面から、
ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/
日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。
2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け
複数の海外メディア・専門誌で特集掲載
されました。

関連記事