目次
📍 クイックナビゲーション
米国医学遺伝学・ゲノム学会(ACMG)は2021年、保因者頻度が200人に1人以上の常染色体潜性(劣性)遺伝の97遺伝子と、X連鎖遺伝の16遺伝子、あわせて113遺伝子(Tier 3)の保因者スクリーニングを、妊娠中の人と妊娠を考えているすべての人に提供するよう勧めました[1]。一方、米国産科婦人科学会(ACOG)は、民族別・汎民族(人種を問わない)・拡大の3つのやり方をどれも認める立場をとり、全員に勧める検査を嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症などにとどめています[2]。この記事では、2つの学会の推奨の中身と違い、その推奨が日本で検査を受ける人にとって何を意味するかを、臨床遺伝専門医の立場から解説します。保因者スクリーニング検査とは何かを先に知りたい方は、基本の解説もあわせてご覧ください。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. ACMGは何を勧めている?
2021年の指針で、保因者頻度が200人に1人以上の常染色体潜性97遺伝子と、X連鎖16遺伝子の計113遺伝子(Tier 3)を、妊娠中の人と妊娠を考えるすべての人に提供するよう勧めています。民族ごとに検査を選ぶ方式は勧めていません。
⚖️ Q. ACOGとはどう違う?
ACOG(委員会意見第690号、2023年に再確認)は、民族別・汎民族・拡大のどの方法も受け入れられるとしています。全員には嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症の検査、血算とヘモグロビン異常症のスクリーニングを勧めています。
💍 Q. ミネルバクリニックの検査はTier 3を満たす?
はい。女性787遺伝子・1009遺伝子は113遺伝子をすべて含み、男性714遺伝子・911遺伝子はTier 3の常染色体潜性遺伝子をすべて含みます。日本人の福山型に多い約3kbのSVA挿入は、一般的な遺伝子検査(NGS)では見つけにくい変化ですが、当院の検査では、この領域が十分に読み取れており、大きな挿入を見つける解析も行っているため、理論上は検出できると考えられます(検査会社に確認)。
Q. 保因者スクリーニングでは、いくつの遺伝子を調べればよいのですか?
A. ACMGの2021年の指針は、113遺伝子(Tier 3)を最低限の標準としています。これは「保因者頻度が200人に1人以上」という基準で選ばれた97の常染色体潜性遺伝子と、16のX連鎖遺伝子の合計です。いとこ婚など血縁のある夫婦や家族歴がある場合は、さらに範囲を広げたTier 4を検討します。
- ➤ACMG(2021) → 人種を問わず全員にTier 3(113遺伝子)を。Tier 1・2は勧めない
- ➤ACOG(2023年に再確認) → 民族別・汎民族・拡大のどれも可。全員には嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症
- ➤共通点 → 妊娠前が望ましい・陰性でも残るリスクはゼロではない
- ➤日本人の視点 → 福山型先天性筋ジストロフィーの創始者変異は、約188人に1人が保因者
1. 保因者スクリーニングの推奨は、なぜ学会ごとに違うのか
学会ごとに推奨が違うのは、「どの病気を、誰に調べるか」の線をどこで引くかの考え方が違うからです。調べる病気を増やせば、見つかる保因者のカップルは増えます。その一方で、病気の重さがまちまちになり、結果の説明や意思決定の負担も増えます。ACMGとACOGは、この線の引き方で立場が分かれています。
保因者(ほいんしゃ)とは、常染色体潜性(劣性)遺伝やX連鎖遺伝の病気について、原因となる変化を片方の遺伝子にだけ持っている人のことです。常染色体潜性遺伝の病気は、両親から1つずつ、合わせて2つの変化を受け継いだときに発症します。保因者本人はふつう症状がなく、検査をしなければ気づきません。そのため、夫婦がたまたま同じ病気の保因者だったときに、子どもは妊娠ごとに4分の1の確率でその病気を受け継ぐことになります。しくみの詳しい説明は劣性遺伝(潜性遺伝)と保因者のしくみにまとめています。
💡 用語解説:常染色体潜性(劣性)遺伝とX連鎖遺伝
常染色体潜性遺伝は、1番から22番までの染色体(常染色体)にある遺伝子の2つのコピーがどちらも働かなくなったときに発症する遺伝のしかたです。X連鎖遺伝は、X染色体にある遺伝子による遺伝のしかたで、X染色体を1本しか持たない男性は、変化を1つ受け継ぐだけで発症しやすくなります。女性の保因者から生まれる男の子は、妊娠ごとに2分の1の確率で変化を受け継ぎます。くわしくは常染色体潜性遺伝とX連鎖遺伝の解説をご覧ください。
ACMG(米国医学遺伝学・ゲノム学会)は臨床遺伝学の専門学会で、遺伝子検査の結果の解釈や、どの遺伝子を調べるべきかについて米国の基準を数多く出してきました。ACOG(米国産科婦人科学会)は産婦人科医の学会で、妊婦健診の現場でどう提供するかという視点から推奨を出しています。同じ「保因者スクリーニング」でも、遺伝学の側から設計するか、産科診療の側から設計するかで、重視する点が少しずつ違います。
日本医学会のガイドラインは、保因者検査を行うときの同意や遺伝カウンセリングの考え方を定めていますが、どの遺伝子を調べるかの一覧までは示していません(8章)。そのため、日本で検査の範囲を考えるときも、米国の2つの学会の考え方が実際の物差しになります。この記事で米国の推奨を詳しく扱うのは、そのためです。
2. ACMG 2021年指針の4段階(Tier 1〜4)
ACMGは、保因者スクリーニングで調べる範囲をTier(ティア)1から4の4段階に整理し、Tier 3を全員への標準としました。この指針は2021年にACMGの理事会で承認され、学会誌Genetics in Medicineに掲載されています[1]。
📋 ACMGの4段階(Tier)と推奨
| 段階 | 調べる範囲 | ACMGの立場 |
|---|---|---|
| Tier 1 | 嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症。それ以外はリスク評価に応じて追加 | 勧めない |
| Tier 2 | 重症度が中等度以上で、保因者頻度が100人に1人以上の病気 | 勧めない |
| Tier 3 | 保因者頻度が200人に1人以上の常染色体潜性の病気(97遺伝子)と、X連鎖の病気(16遺伝子)。計113遺伝子 | 妊娠中の人と妊娠を考えているすべての人に提供する |
| Tier 4 | Tier 3より頻度の低い遺伝子まで含める(下限を設けない) | 血縁のある夫婦や、家族歴・病歴から必要なときに検討する。全員に一律に提供するのは勧めない |
※Gregg AR, et al. Genet Med. 2021[1]をもとに作成。
Tier 1・Tier 2を勧めない理由
ACMGがTier 1とTier 2を勧めないのは、人種・民族によって検査の恩恵に差が出るからです。指針は、この2つの段階では「すべての人種・民族を公平に評価できない」としています[1]。特定の集団に多い病気だけを調べると、ほかの集団に多い病気の保因者は見逃されます。保因者頻度100人に1人という基準も、どの集団で数えるかによって入る病気が変わります。
Tier 1は、嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症を全員に、それ以外は家族歴などのリスク評価にもとづいて調べるという、以前の米国の標準的な考え方にあたります。Tier 2はACOGの拡大パネルの基準(保因者頻度100人に1人以上)に沿った段階です[1]。ACMGは、これらを出発点にしながらも、より広いTier 3を全員の標準に引き上げました。
Tier 3:保因者頻度200人に1人以上を、すべての人に
Tier 3は、米国にある程度の人数がいるどの民族集団でも、保因者頻度が200人に1人以上になる病気を対象にしています。すべての病気は少なくとも中等度以上の重さであることが条件です。X連鎖の病気は、保因者頻度ではなく病気の頻度(有病率)が4万人に1人以上という基準で選ばれています[1]。
指針の推奨の文言は、妊娠中の人と妊娠を計画している人のすべてにTier 3の保因者スクリーニングを提供すべき、というものです[1]。「提供する」であって「受けなければならない」ではありません。検査を受けるかどうかは本人が決めます。ここは日本で検査を考える人にとっても大事な点で、推奨は検査の範囲の標準を示すものであり、受検を求めるものではないと理解してください。
Tier 4:血縁のある夫婦や家族歴があるとき
Tier 4は、はとこ(またいとこ)以内の血縁がある夫婦や、家族歴・病歴から必要と判断されるときに検討する段階です。血縁のある夫婦は、同じ病気の保因者である確率が高くなるためです[1]。Tier 4には頻度の下限がなく、調べる遺伝子の数は検査によって異なります。ACMGは、Tier 4を全員に一律に提供することは勧めていません[1]。
家族に遺伝性の病気の人がいて、その原因遺伝子がわかっている場合は、その遺伝子がパネルに入っているかを必ず確かめてください。どれだけ遺伝子数の多いパネルでも、家系で見つかっている遺伝子が入っていなければ、その病気についての答えは出ません。
\ ACMGのTier 3を満たす保因者検査を、夫婦で /女性787遺伝子+男性714遺伝子、女性1009遺伝子+男性911遺伝子の2つの組み合わせ
※臨床遺伝専門医が検査前後の遺伝カウンセリングを行います/ご予約はこちら
3. Tier 3の113遺伝子でわかる病気
Tier 3の113遺伝子では、嚢胞性線維症、脊髄性筋萎縮症、脆弱X症候群、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、血友病、福山型先天性筋ジストロフィー、遺伝性難聴、サラセミアなど、重さが中等度以上の常染色体潜性・X連鎖の病気の保因者かどうかがわかります。どの遺伝子がどういう理由で選ばれたのかを知ると、113という数字の意味が見えてきます。
113遺伝子の内訳 ― gnomAD由来86+追加11+X連鎖16
常染色体潜性の97遺伝子のうち86遺伝子は、世界の大規模な遺伝子データベースであるgnomAD(ノマド)の頻度データから、保因者頻度200人に1人以上として選ばれました。指針では、これを保因者頻度の高い順に4つの表(1/50以上、1/50未満〜1/100以上、1/100未満〜1/150以上、1/150未満〜1/200以上)に分けて示しています[1]。
残りの11遺伝子は、gnomADの基準とは別の理由で加えられました。SMN1・ELP1・BLMの3つは以前からACOGやACMGが勧めていたため、残りの8つはアシュケナージ系ユダヤ人やプエルトリコ系など、米国内の特定の集団で保因者頻度が200人に1人以上になるためです[1]。たとえば脊髄性筋萎縮症の原因遺伝子SMN1は、よく似た配列のSMN2があるために次世代シークエンサーでのコピー数の判定が難しく、gnomADでは頻度が実際より低く出てしまう可能性があると指針自身が述べています[1]。データベースの数字をそのまま使わず、技術の限界も考えて遺伝子を補っている点は、この指針の設計の丁寧なところです。
X連鎖の16遺伝子は、病気の頻度が4万人に1人以上という基準で選ばれています[1]。脆弱X症候群のFMR1、デュシェンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィーのDMD、血友病AのF8・血友病BのF9、副腎白質ジストロフィーのABCD1、ファブリー病のGLA、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症のOTCなどが含まれます。
🧬 Tier 3の内訳
| グループ | 遺伝子数 | 選ばれた理由 |
|---|---|---|
| 常染色体潜性(gnomAD由来) | 86 | gnomADのデータで保因者頻度200人に1人以上(頻度ごとに4つの表) |
| 常染色体潜性(追加) | 11 | 以前の学会推奨(3)、米国内の特定集団で200人に1人以上(8) |
| X連鎖 | 16 | 病気の頻度が4万人に1人以上 |
| 合計 | 113 | 常染色体潜性97+X連鎖16 |
※Gregg AR, et al. Genet Med. 2021[1]の表1〜6をもとに作成。
113遺伝子の一覧
ACMGが示したTier 3の113遺伝子を、指針の表の順に並べました。青字は当院の遺伝子解説ページにリンクしています。指針の表ではメチルマロン酸血症の原因遺伝子がMMUT(旧名MUT)、ゴーシェ病の原因遺伝子がGBA(現在の名称はGBA1)と書かれています。
常染色体潜性・保因者頻度1/50以上(19遺伝子)
HBB, XPC, TYR, CYP21A2, PAH, CFTR, TNXB, HEXA, GJB2, DHCR7, ATP7B, ASPA, ACADM, NPHS1, PMM2, FKTN, SLC26A4, ERCC2, DYNC2H1
常染色体潜性・1/50未満〜1/100以上(19遺伝子)
CEP290, GBE1, GAA, CHRNE, G6PC, OCA2, COL7A1, ABCC8, ALDOB, FANCC, GRIP1, BCKDHB, ANO10, NAGA, SMPD1, USH2A, MMUT(MUT), CPT2, AHI1
常染色体潜性・1/100未満〜1/150以上(25遺伝子)
DHDDS, SLC19A3, GALT, CYP11A1, TF, MMACHC, ABCA3, GBA(GBA1), MCOLN1, GNPTAB, AGA, PCDH15, FAH, AIRE, BBS2, CYP27A1, CCDC88C, FMO3, TMEM216, CNGB3, MCPH1, SLC37A4, PRF1, SCO2, AGXT
常染色体潜性・1/150未満〜1/200以上(23遺伝子)
ACADVL, ASL, EVC2, ARSA, MVK, PKHD1, BTD, ALPL, BBS1, CLCN1, CYP27B1, POLG, MCCC2, MLC1, ACAT1, CC2D2A, SLC26A2, CBS, LRP2, IDUA, FKRP, RNASEH2B, RARS2
常染色体潜性・gnomADの基準以外で追加(11遺伝子)
HBA1, HBA2, SMN1, HPS1, HPS3, ELP1, FXN, DLD, NEB, CLRN1, BLM
X連鎖(16遺伝子)
ABCD1, AFF2, ARX, DMD, F8, F9, FMR1, GLA, L1CAM, MID1, NR0B1, OTC, PLP1, RPGR, RS1, SLC6A8
代表的な病気と、病気のページ
113遺伝子に対応する病気のうち、当院のサイトで解説している主なものを挙げます。嚢胞性線維症(CFTR)は、米国で以前から全員への検査の中心とされてきた病気です(Tier 1)。脊髄性筋萎縮症(SMA)はSMN1遺伝子による病気で、ACOGも全員に勧めています。脆弱X症候群はFMR1遺伝子の繰り返し配列が伸びることで起こるX連鎖の病気です。FMR1の検査についてはFMR1遺伝子リピート伸長検査で解説しています。
ほかにも、デュシェンヌ型・ベッカー型筋ジストロフィー(DMD)、血友病(F8・F9)、福山型先天性筋ジストロフィー(FKTN)、嚢胞性線維症(CFTR)などが113遺伝子に含まれます。難聴の原因として知られるGJB2や、フェニルケトン尿症のPAH、ウィルソン病のATP7B、ポンペ病のGAAも入っています。
4. ACMGが「民族別」の検査をやめた理由
ACMGが民族別の検査をやめたのは、本人が申告する民族と、遺伝的な祖先が一致しないことが少なくないからです。指針は、保因者スクリーニングは「民族や集団によらない(ethnic and population neutral)」形で行うべきだとし、自己申告の民族には避けられない不正確さがあると述べています[1]。
この点を数字で示したのが、拡大保因者スクリーニングを受けた93,419人の遺伝的祖先を調べた研究です。約9%の人で、遺伝的祖先の半分以上を占める系統が、本人の申告した民族と一致しませんでした[3]。民族ごとに検査を選ぶと、この人たちは自分の祖先に多い病気を調べないまま検査を終えてしまうことになります。
日本では「日本人だから日本人に多い病気だけ調べればよい」と考えがちですが、夫婦のどちらかに海外にルーツを持つ家族がいることは珍しくありません。祖父母の代までさかのぼった出身を正確に知っている人も多くはありません。人種を問わず同じ範囲を調べるという考え方は、日本で検査を受ける人にもそのまま当てはまると考えています。
5. 検査のしかたに注意が要る遺伝子
113遺伝子の中には、ふつうの読み取り方では見つけにくい種類の変化が原因になるものがあり、「パネルに遺伝子名が載っている」だけでは十分とはいえません。ACMGの指針自身が、いくつかの遺伝子について技術的な難しさを挙げています[1]。
💡 用語解説:次世代シークエンサー(NGS)
次世代シークエンサー(NGS)は、DNAを短い断片に分けて大量に読み取り、つなぎ合わせて配列を調べる装置です。多くの遺伝子を一度に調べられる一方で、よく似た配列が別の場所にある遺伝子や、同じ配列の繰り返し、大きな欠失・挿入は、短い断片の読み取りだけでは判定しにくいことがあります。
⚠️ ACMGの指針が技術的な難しさを挙げている遺伝子と、日本人で確かめたい遺伝子
FKTNの創始者変異は、点変異ではなく約3,000塩基もの配列が入り込んだ挿入です。日本人の調査では、この挿入の保因者が全国の各地域で見つかり、平均して約188人に1人でした。韓国人では約935人に1人で、モンゴル人203人と中国本土の766人からは保因者が見つかっていません[4]。つまり福山型は、日本人にとってとくに頻度の高い病気です。
米国の113遺伝子にもFKTNは入っていて、保因者頻度がいちばん高いグループの表に載っています[1]。ただし、遺伝子名がパネルに載っていることと、日本人の創始者変異である大きな挿入を見つけられることは別の話です。日本で保因者スクリーニングを受けるなら、福山型の創始者変異を検出できる検査かどうかは、ぜひ確かめておきたい点です。日本人の福山型に多い約3kbのSVA挿入は、一般的な遺伝子検査(NGS)では見つけにくい変化ですが、当院の検査では、この領域が十分に読み取れており、大きな挿入を見つける解析も行っているため、理論上は検出できると考えられます(検査会社に確認)。
技術的な限界と日本人に多い保因者の病気については、拡大保因者スクリーニング(ECS)の枠組みと検査の選び方でも詳しく扱っています。
🩺 院長コラム【米国の113遺伝子を、日本でどう使うか】
ACMGのTier 3は、米国に住む人たちの遺伝子データから作られた基準です。米国にはさまざまなルーツの人が暮らしているので、113遺伝子には東アジア以外の集団に多い病気もたくさん入っています。それ自体は、ルーツがはっきりしない時代には理にかなった設計だと考えています。
一方で、日本人に多い病気が「遺伝子名として入っている」だけでは足りない場面があります。福山型先天性筋ジストロフィーの創始者変異のように、日本人の病気の大部分を占める変化が特殊な形をしている場合です。米国の基準を最低ラインとして満たしたうえで、日本人に多い変化を本当に拾えるかを確かめる。日本で保因者スクリーニングを選ぶときは、この2段階で見るのがよいと考えています。
6. ACOGの推奨と、ACMGとの違い
ACOGは、民族別・汎民族・拡大のどの方法も「受け入れられる方法」とし、医療機関ごとに標準のやり方を決めて全員に一貫して提示するよう求めています。ACOGの委員会意見第690号は2023年に再確認されており、2026年10月時点で米国の産婦人科医向けの現行の推奨です[2]。
ACOGが全員に勧めている検査
ACOGは、妊娠を考えている人と妊娠中の人のすべてに、嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症の保因者スクリーニングを提供し、あわせて血算(全血球計算)とサラセミア・異常ヘモグロビン症のスクリーニングを行うよう勧めています[2]。女性が保因者とわかったときは、パートナーにも検査を提供するとしています。妊娠前に夫婦が同じ病気の保因者とわかった場合は、提供された配偶子(卵子・精子)の利用、着床前診断、出生前診断などの選択肢について遺伝カウンセリングを受けることを勧めています[2]。
ACOGの拡大パネルの基準
拡大パネルに入れる病気について、ACOGは保因者頻度が100人に1人以上であること、症状がはっきりしていること、早い時期に発症すること、生活に支障が出たり治療が必要になったりすることなど、いくつかの基準を挙げています。成人になってから発症する病気を主な対象とする遺伝子は、パネルに入れるべきではないとしています[2]。また、説明を受けたうえで、検査の一部または全部を受けないと決めることもできると明記しています[2]。
⚖️ ACMGとACOGの推奨の比較
| 項目 | ACMG(2021年) | ACOG(第690号・2023年再確認) |
|---|---|---|
| 全員への標準 | Tier 3(113遺伝子) | 嚢胞性線維症・脊髄性筋萎縮症、血算とヘモグロビン異常症のスクリーニング |
| 民族別の検査 | 勧めない(民族によらない形で) | 民族別・汎民族・拡大のどれも受け入れられる |
| 病気を選ぶ頻度の基準 | 保因者頻度200人に1人以上(X連鎖は有病率4万人に1人以上) | 保因者頻度100人に1人以上など |
| X連鎖の病気 | 16遺伝子を標準に含める | 拡大パネルの基準に合えば対象 |
| 受けない選択 | 「提供する」という推奨 | 一部または全部を受けないことができると明記 |
※Gregg AR, et al. Genet Med. 2021[1]、ACOG Committee Opinion No. 690[2]をもとに作成。
2つの学会の違いをまとめると、ACMGは「調べる範囲を全員同じにそろえ、200人に1人まで広げる」ことで公平さを優先し、ACOGは「医療機関ごとに方法を選べる余地を残し、確実に全員に届けたい2疾患を最低ラインにする」ことで実際の診療での提供しやすさを優先している、といえます。どちらも、検査を受ける人が説明を受けて自分で決めることを前提にしている点は同じです。
7. 2つの学会に共通する考え方
ACMGとACOGは、範囲の線の引き方こそ違いますが、「妊娠前に」「パートナーと」「陰性でもゼロではない」という3つの点では同じことを述べています。ここは、どの検査を選ぶ場合にも当てはまる基本です。
妊娠前に受けるのが望ましい
ACMGは、妊娠中より妊娠前に検査するほうが、陽性の結果が出たときの負担が小さいとして、妊娠前の検査を勧めています[1]。ACOGも、標準の方法は理想的には妊娠前に提示するよう求めています[2]。妊娠前なら、夫婦が同じ病気の保因者とわかっても、着床前診断(PGT-M)を含めて選択肢を落ち着いて考える時間があります。妊娠中に検査する場合は、結果が出るまでの時間を短くするため、夫婦が同時に検査を受けることが大切になります。
パートナーの検査と、パートナーが変わったとき
ACMGは、男性パートナーには、女性と同時に検査する場合にTier 3の常染色体潜性遺伝子を調べる検査を提供してよいとしています[1]。X連鎖の病気は、母親が保因者かどうかで子どもへの影響が決まるため、男性側では常染色体潜性の遺伝子が中心になります。また、一方が保因者とわかったあとにパートナーを調べるときは、限られた変異だけでなく、その遺伝子全体の配列を調べるべきだとしています。パートナーが変わったときは、保因者スクリーニングをあらためて考え直す必要があります[1]。夫婦で受ける意味は結婚相手と受けたい保因者検査でも解説しています。
陰性でも、残るリスクはゼロにならない
ACMGは、陰性の結果は保因者である可能性を大きく下げるものの、なくすものではなく、残る可能性がゼロになることはないとしています[1]。ACOGも、保因者スクリーニングで、調べた病気のリスクがある人を全員見つけられるわけではないと述べています[2]。また、親の保因者検査では、受精のときに新しく生じる変化(新生突然変異)は原理的に予測できません。ACOGは、保因者スクリーニングを受けていても新生児スクリーニングの代わりにはならないとしています[2]。
🩺 院長コラム【遺伝子の数より、結果の読み方の質】
保因者スクリーニングを比べるとき、つい遺伝子の数に目が行きます。もちろん数は大切ですが、同じ遺伝子を調べても、見つかった変化を「病気の原因になる」と判断するか「意義がまだわからない」と判断するかは、検査会社が文献や機能解析のデータをどこまで調べるかで変わることがあります。公的データベースの分類をそのまま写すのか、一次文献にあたって根拠を示すのか。ここが結果の信頼性を左右すると考えています。
もう一つは、陰性の意味を正しく受け止めることです。陰性は「調べた範囲で、夫婦が同じ病気の保因者である組み合わせは見つからなかった」という意味で、すべての病気がないという保証ではありません。検査の前に、何がわかり何がわからないかを理解しておくことが、結果を生かす前提になると考えています。
8. 日本の状況
日本では、保因者検査は日本医学会のガイドラインで「非発症保因者の遺伝学的検査」として位置づけられ、本人の同意と、必要に応じた遺伝カウンセリングのもとで行うものとされています。このガイドラインは2011年に作られ、2022年3月に改定されました[5]。
ガイドラインは、非発症保因者を「将来的に病的バリアント(変異)に起因する疾患を発症する可能性はほとんどないが、当該病的バリアント(変異)を有しており、次世代に伝える可能性のある者」と説明しています[5]。そのうえで、本人の同意が得られない状況での検査は特別な理由がない限り行うべきではないこと、未成年の人の保因者検査は原則として本人が成人して自分で判断できるまで延期すべきことを定めています[5]。
2017年には、米国企業と組んだ国内の「夫婦遺伝子スクリーニング検査」の臨床研究の計画に対して、日本遺伝カウンセリング学会、日本人類遺伝学会、日本産科婦人科学会、日本小児科学会など10の学会・団体が連名で懸念を表明しました[6]。そこでは、検査前の遺伝カウンセリングの体制が示されていないこと、約1,050の病気を対象とするパネルに、潜性遺伝の病気の保因者ではなく本人の病気(遺伝性腫瘍など)にかかわる顕性遺伝の遺伝子が含まれていたことなどが指摘されています[6]。保因者スクリーニングでは「何を調べ、見つかったときにどう扱うか」が検査の質そのものだということを示した出来事でした。
日本人に多い常染色体潜性の病気として、福山型先天性筋ジストロフィーは、日本人で約188人に1人が創始者変異の保因者と報告されています[4]。米国の基準を日本で使うときは、こうした日本人の変化を拾えるかを合わせて見る必要があります。なお、当院の保因者検査はすべて自費診療です。
9. ミネルバクリニックの保因者検査とTier 3
当院の保因者検査は、女性787遺伝子+男性714遺伝子と、女性1009遺伝子+男性911遺伝子の2つの組み合わせで、どちらもACMGのTier 3を満たしています。女性用の787遺伝子と1009遺伝子は、Tier 3の113遺伝子(常染色体潜性97+X連鎖16)をすべて含みます。男性用の714遺伝子と911遺伝子は、Tier 3の常染色体潜性の遺伝子をすべて含みます。男性側を常染色体潜性の遺伝子中心にしているのは、前の章で説明したACMGの考え方に沿ったものです。
💍 当院の保因者検査(2026年10月時点)
※遺伝カウンセリング料は30分22,000円(税込)、おふたり同時なら2人で22,000円(税込)。すべて自費診療です。
日本人に多い福山型先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子FKTNも含まれます。日本人に多い挿入変異の検出については、5章で説明しています。米国の基準を満たすことに加えて、日本人に多い病気の変化をどこまで見られるかも、日本で受ける保因者検査を選ぶときの大事な点だと考えています。
787遺伝子の検査は、血液のほか唾液や頬の粘膜の検体でも受けられ、オンライン診療にも対応しています。検査の前後には、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、結果の意味と、その後の選択肢を説明します。なお、当院では体外受精や着床前診断(PGT-M)そのものは行っていません。夫婦が同じ病気の保因者とわかった場合の選択肢については、着床前診断(PGT-M)だけが選択肢ではない理由で解説しています。
すでに妊娠している方には、NIPT(新型出生前診断)と同じ日に夫婦で受ける保因者検査「ファミリーセーフティ プラス」もあります。これはNIPTの一種ではなく、NIPTと同じ日に行うカップルの保因者検査です。妊娠中は結果を待つ時間が限られるため、夫婦が同時に検査を受けるという両学会の考え方に沿った形です。
\ 妊娠前に、夫婦で保因者スクリーニングを /女性787・1009遺伝子は、ACMGのTier 3の113遺伝子をすべて含みます
※検査の前に、何がわかるかを確かめたい方は遺伝カウンセリングとはをご覧ください
10. 保因者スクリーニングを選ぶときに確かめたいこと
どの医療機関で受ける場合でも、次の5つを確かめておくと、ACMGとACOGの考え方に沿った検査かどうかを判断できます。
✅ 検査を選ぶときのチェックポイント
| 確かめること | 理由 |
|---|---|
| ACMGのTier 3の113遺伝子をすべて含むか | 全員への標準として示された最低ラインのため[1] |
| SMN1・HBA1/HBA2・FXN・FKTNの挿入など、見つけにくい変化も検出できる解析を行っているか | 遺伝子名が載っていても、変化の種類によっては判定が難しいため |
| 家族歴がある場合、その原因遺伝子がパネルに入っているか | 入っていなければ、その病気についての答えは出ないため |
| 夫婦の両方を調べる設計になっているか | 子どもへのリスクは、夫婦の組み合わせで決まるため |
| 検査の前後に遺伝カウンセリングがあるか | 陰性の意味や、陽性のときの選択肢を理解したうえで受けるため |
そのうえで、結果が出るまでの期間と費用も確認してください。妊娠中に受ける場合は、結果が出る時期が、その後に考えたい出生前診断の時期に間に合うかが大事になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. ACMGのTier 3とは何ですか?
米国医学遺伝学・ゲノム学会(ACMG)が2021年の指針で、妊娠中の人と妊娠を考えているすべての人に提供するよう勧めた保因者スクリーニングの範囲です。保因者頻度が200人に1人以上の常染色体潜性の97遺伝子と、病気の頻度が4万人に1人以上のX連鎖の16遺伝子、あわせて113遺伝子からなります。
Q2. なぜACMGはTier 1・Tier 2を勧めないのですか?
Tier 1(嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症が中心)とTier 2(保因者頻度100人に1人以上)では、すべての人種・民族を公平に評価できないためです。ACMGは、民族ごとに検査を選ぶのではなく、民族によらず同じ範囲を調べるべきだとしています。
Q3. ACOGとACMGの推奨はどう違いますか?
ACMGは全員の標準を113遺伝子(Tier 3)とし、民族別の検査を勧めていません。ACOG(委員会意見第690号、2023年に再確認)は、民族別・汎民族・拡大のどの方法も受け入れられるとし、全員には嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症の検査、血算とヘモグロビン異常症のスクリーニングを勧めています。拡大パネルに入れる病気の基準は、ACOGが保因者頻度100人に1人以上、ACMGが200人に1人以上です。
Q4. 男性も113遺伝子を調べる必要がありますか?
ACMGは、男性パートナーには、女性と同時に検査する場合にTier 3の常染色体潜性遺伝子を調べる検査を提供してよいとしています。X連鎖の病気は母親が保因者かどうかで子どもへの影響が決まるため、男性側は常染色体潜性の遺伝子が中心になります。当院の男性用714遺伝子と911遺伝子は、Tier 3の常染色体潜性遺伝子をすべて含みます。
Q5. いとこ婚や家族歴がある場合はどうすればよいですか?
ACMGは、はとこ以内の血縁がある夫婦や、家族歴・病歴から必要なときは、Tier 3より範囲の広いTier 4を検討するとしています。家族に原因遺伝子のわかっている病気の人がいる場合は、その遺伝子がパネルに入っているかを必ず確かめてください。
Q6. 日本人に多い病気は米国の113遺伝子に入っていますか?
日本人に多い常染色体潜性の病気である福山型先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子FKTNは、113遺伝子に入っています。日本人の病気の染色体の多くは、FKTNへの約3kbの挿入という1つの創始者変異に由来し、保因者は約188人に1人と報告されています。この挿入を検出できる検査かを確かめることが大切です。日本人の福山型に多い約3kbのSVA挿入は、一般的な遺伝子検査(NGS)では見つけにくい変化ですが、当院の検査では、この領域が十分に読み取れており、大きな挿入を見つける解析も行っているため、理論上は検出できると考えられます(検査会社に確認)。
Q7. 保因者スクリーニングが陰性なら、子どもに遺伝病が起こる心配はありませんか?
陰性の結果は保因者である可能性を大きく下げますが、ゼロにはなりません。調べられるのは一部の病気で、見つけにくい変化もあります。また、受精のときに新しく生じる変化は親の検査では予測できません。ACMGも、残る可能性がゼロになることはないとしています。
まとめ
ACMGは2021年、保因者頻度200人に1人以上の常染色体潜性97遺伝子とX連鎖16遺伝子、計113遺伝子(Tier 3)を、妊娠中の人と妊娠を考えるすべての人に提供するよう勧め、民族ごとに検査を選ぶ方式をやめました[1]。ACOGは、民族別・汎民族・拡大のどの方法も認めつつ、全員には嚢胞性線維症と脊髄性筋萎縮症などを勧めています[2]。両学会とも、妊娠前に夫婦で受けることを勧め、陰性でもリスクはゼロにならないとしています。
日本で保因者スクリーニングを選ぶときは、Tier 3の113遺伝子を満たすことを最低ラインとし、日本人に多い福山型の創始者変異のような変化まで検出できる検査かを確かめるのがよいと考えています。当院の女性787・1009遺伝子は113遺伝子をすべて含み、男性714・911遺伝子はTier 3の常染色体潜性遺伝子をすべて含みます。
🏥 保因者スクリーニングのご予約
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐し、検査前後の遺伝カウンセリングを行っています。女性787遺伝子+男性714遺伝子、女性1009遺伝子+男性911遺伝子の2つの組み合わせから選べます。787遺伝子の検査は唾液・頬の粘膜の検体でオンライン診療にも対応しています。
どの組み合わせがよいか決めていない方は、先に遺伝子ブライダルチェック(保因者検査)で検査の違いをご覧ください。
参考文献
- [1] Gregg AR, Aarabi M, Klugman S, et al. Screening for autosomal recessive and X-linked conditions during pregnancy and preconception: a practice resource of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 2021;23(10):1793-1806. doi:10.1038/s41436-021-01203-z [PMC8488021]
- [2] American College of Obstetricians and Gynecologists. Committee Opinion No. 690: Carrier Screening in the Age of Genomic Medicine (Reaffirmed 2023). [ACOG]
- [3] Kaseniit KE, Haque IS, Goldberg JD, Shulman LP, Muzzey D. Genetic ancestry analysis on >93,000 individuals undergoing expanded carrier screening reveals limitations of ethnicity-based medical guidelines. Genet Med. 2020;22(10):1694-1702. doi:10.1038/s41436-020-0869-3 [Genet Med]
- [4] Watanabe M, Kobayashi K, Jin F, Park KS, Yamada T, Tokunaga K, Toda T. Founder SVA retrotransposal insertion in Fukuyama-type congenital muscular dystrophy and its origin in Japanese and Northeast Asian populations. Am J Med Genet A. 2005;138(4):344-348. doi:10.1002/ajmg.a.30978 [PubMed 16222679]
- [5] 日本医学会. 医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(2011年2月制定、2022年3月改定). [日本医学会]
- [6] 日本遺伝カウンセリング学会、日本人類遺伝学会、日本産科婦人科学会、日本小児科学会ほか10学会・団体. 臨床研究「夫婦遺伝子スクリーニング検査」についての懸念(2017年8月). [PDF]






