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📍 クイックナビゲーション
これは、臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医である私(仲田洋美)が、腫瘍内科医として勤務していた頃に出会った、ある女性患者様の実話です。初めてのお子さんを重い遺伝性疾患で亡くし、20年以上ものあいだ自分を責め続けて生きた一人の女性の人生を通して、「防げたかもしれない不幸」と、いま私たちにできることについてお伝えします。今では、こうした病的遺伝子を持っているかどうかを妊娠前に調べる保因者検査という選択肢があります。
Q. この記事は何を伝えていますか?
A. 子どもを重い遺伝性疾患(メロシン欠損型筋ジストロフィー)で亡くし、生涯自分を責め続けた女性の実話を通して、保因者検査という「防げる不幸を防ぐ」選択肢があることをお伝えする、臨床遺伝専門医の手記です。
- ➤臨床遺伝専門医が腫瘍内科医時代に看取った、ある女性の人生
- ➤メロシン欠損型筋ジストロフィー(常染色体潜性遺伝)とは
- ➤子を亡くした親が背負う「自責」という重荷
- ➤今なら妊娠前に調べられる保因者検査という選択肢
本記事は、臨床遺伝専門医・仲田洋美が実際に経験した診療をもとにした手記です。患者様のプライバシーに配慮し、個人が特定されない形で記述しています。
ある患者様との出会い
Aさんは50代の女性です。ある日、動けなくなり、救急搬送されてきました。首都圏随一の大都市ですが、どこも受け入れ先がなく、救急車を呼んでから搬送されるのに3時間以上かかったそうです(長期入院になりそうな人を受け入れたくない急性期病院が多いためです。Aさんは、普段かかっている病院のない、がんのターミナルと疑われたため、余計にそうなりました)。
当時の私は、腫瘍内科医として勤務していました。Aさんは、両方の眼球や結膜に腫瘍があり、乳房にもしこりがあり、全身の骨にも多発転移がありました。ところが、Aさんは一度たりとも乳がんという診断を受けていなかったのです。
聞けば、乳房にしこりを感じたのは7年前のことだったそうです。どうして病院に行かなかったのか——そう尋ねた私に向かって、Aさんはこう言いました。
息子さんの病気——メロシン欠損型筋ジストロフィー
Aさんは20代前半で結婚し、すぐにお子さんに恵まれ、出産しました。ところが、Aさんのお子さんは、うまく痰が出せない、哺乳がうまくいかないという問題を抱えていました。そしてほどなく、赤ちゃんは「メロシン欠損型筋ジストロフィー」と診断がつきました。
🔬 用語解説:メロシン欠損型筋ジストロフィー(LAMA2関連筋ジストロフィー)
メロシン欠損型筋ジストロフィーは、ラミニンα2鎖をコードするLAMA2遺伝子の病的変異が父母それぞれから合わさって起こる、常染色体潜性(劣性)遺伝性疾患です。この病気の分子的な原因がLAMA2遺伝子だと判明したのは1990年代半ばで、Aさんが出産した頃はそうと判った直後くらいの時期でした。遺伝子変異の種類により重症度は変わり、完全欠損型では非常に重くなります。LAMA2遺伝子の詳しい解説はこちら。
「遺伝子疾患なのだ」ということが、Aさんご夫妻に衝撃を与えました。「自分たちのせいで息子が病に苦しんでいる」——そう感じてしまったのです。
💡 メロシン欠損型筋ジストロフィーが生まれる確率
LAMA2遺伝子の病的変異の保因者(キャリア)の頻度は、おおよそ500人に1人未満とされます。したがって、両親がともに保因者で、かつお子さんが発症する確率は(1/500)×(1/500)×(1/4)で、約100万人に1人未満という計算になります。それほど稀な確率が、Aさんの身に起きたのです。
Aさんのお子さんは、おそらく完全欠損型だったのでしょう。当時は小児用の人工呼吸器も普及しておらず、Aさんはお子さんの通院のためにB病院の近くに転居しました。B病院は小児科が有名で、難病のお子さんたちが多く通っていました。同じ病気の患者家族同士で仲良くなり、支え合う——Aさんにも、Cさんご一家という励まし合える友ができました。
しかし、お子さんによって重症度は微妙に違います。Aさんのお子さんは特に重く、呼吸が難しく、痰もうまく出せないため、しょっちゅう肺炎を繰り返して入院していました。そして、肺炎を繰り返すうちに、1歳を待たずに息を引き取ってしまったのです。
贖罪の人生——20年以上、自分を責め続けて
それからのAさんは、「あんな身体に産んでしまった」ことで赤ちゃんに申し訳ないと思い、本当にひっそりと暮らしました。時折、同じ病気で子を亡くしたCさんご夫婦と語らうのが、唯一の世間との接点でした。この辛さを誰もわかるはずがない——Aさんにとって、Cさんは唯一、同じ思いをした同志だったのです。
Aさんは、自分を責め続けて生きてきました。ずっと、ずっと。
あまりの疼痛で動けなくなり、救急車で運ばれて私の患者になったとき。がん薬物療法専門医であり臨床遺伝専門医でもある私に、Aさんはこう言いました。
私は驚きました。乳がんを7年間放置したのは、自らへの罰だったのだと。Aさんにとって、お子さんを亡くしてからのご主人とはどういう存在だったのだろう、とも思いました。ご主人とも話をしましたが、「仕事が忙しくて、妻の悲しみに寄り添えないまま今日という日を迎えてしまった。家内の思う通りにしてあげてほしい」というお話でした。
🩺 院長コラム【グリーフケアという、日本に足りないもの】
子どもを亡くした深い悲しみのなかで、母親が重いうつ状態に入り込んでしまうことは少なくありません。父親もまた同じ深い悲しみのなかにいるのに、その父親一人で、うつ状態の妻とがっつり向き合えるかというと、なかなか難しいのが現実です。日本ではグリーフケア(喪失の悲しみへの専門的支援)がほとんどなされていません。
Aさんのように、悲しみを一人で抱え、自らを罰しながら生きる方を、私はもう二度と見たくないのです。悲しみに寄り添う仕組みと、そもそもの不幸を防ぐ選択肢。その両方が、今の医療には必要だと考えています。
ほどなくして、Aさんは「死ぬまでの間、眠らせてほしい」と言いました。ご主人もそれを希望し、Cさんご夫婦も来て、そうしてあげてほしいと私に懇願しました。意識レベルを落とさなくても痛みを取ることは可能です。それなのに、なぜ——私は全員にそう問いました。Aさんは、人生の締めくくりとして、何も考えず、ただただ穏やかに旅立ちたいのだ、と言いました。
私はつい、言ってしまいました。「あなたにとって旦那様は何なのですか。お子さんを亡くしてから20年以上、あなたを支え続けてくれたのではないですか。死ぬ前に一度でいいから、ちゃんと旦那さんを見てあげてもらえませんか」と。余計なことを言っていると、百も承知で。
でも今、振り返ると分かります。あれはただの、余計なおせっかいでした。向き合おうにも、Aさんにはもう夫が見えなかったのです。視力も失われていましたし、多発脳転移のため、正常な思考ができていたのかも疑問でした。20年以上、自分を責め続けて生きてきた人の最後を、私に出会ったことで少しでも幸せにしたいなど——私は思い上がっていたのだと反省しました。
がん専門医としては、敗北です。意識レベルを「痛みも取れて家族との会話もできる」ように調整し、最後まで人間らしくコミュニケーションを取りながら逝く——そんなターミナルを私は演出してきました。でも今回は違いました。Aさんは、逝く前に意識を完全に落としてほしい、ただ何も考えずに眠りたいと望んでいました。私は、それを受け入れることにしました。
薬の準備をして、Aさんに「最後に旦那さんに伝えたいことはないですか」と尋ねました。「ありません」と、Aさんは言いました。
そして私は薬の注入を始め、Aさんは眠りにつきました。1週間後、Aさんは眠ったまま旅立っていきました。
今、伝えたいこと
Aさんがお子さんを亡くした頃は、メロシン欠損型筋ジストロフィーの病的変異を持っているかどうかを事前に調べる術はありませんでした。でも、あれから年月がたち、今では、そうした病的遺伝子を持っているかどうかを妊娠前に検査して知ることができるようになりました。
天国のAさんは、こんな時代が来たことを、どう思っているでしょうか。
私は今、Aさんや、その他たくさんの遺伝子疾患の難病のお子さんを持つ親御さんたちとの出会いを胸に、保因者検査に力を入れています。
🕊️ 防げる不幸を防ぎたい
私には何一つ救えなかったAさんを思い出します。一生を贖罪のために生き、がんに罹患したことを「やっと罰を受けられた」と喜んで放置する——そんな人生を、もう誰にも送ってもらいたくない。防げる不幸を防ぎたい。私は、真剣にそう願っています。
重い遺伝病のお子さんが生まれるのを予防する方法
アメリカでは現在、お子さんを授かる前に保因者検査をして、病気のお子さんが産まれる可能性がないかを確認することが一般的になっています。保因者とは、病的遺伝子を持っているが一生涯発症しない人のことです。米国では、保因者頻度が200人に1人以上の113遺伝子を含む保因者スクリーニング検査を、妊娠前に受けることが推奨されています。
💡 先天異常は「30人に1人」
お子さんが先天異常をもって生まれる確率は約3%、実に30人に1人と、決して珍しくありません。遺伝子の異常による疾患は、そのうちの2割を占めます。今では遺伝子検査で、その可能性を事前に知ることができます。「転ばぬ先の遺伝子検査」として、ぜひご検討ください。
日本では、遺伝にまつわる話を避ける方が多く、また「検査を受けて破談になったらどうしよう」と怖くなるお気持ちもあると思います。しかし、重い遺伝病のお子さんが産まれてから自分たちが保因していたことを知るよりは、はじめから知り、避けられる方法があれば避けるほうが、現実的で解決的ではないでしょうか。
その解決を導くための検査が、保因者スクリーニング検査です。検査で当該カップルがある疾患の病的遺伝子を持っていて、1/4の確率でお子さんが病気になると判った場合には、体外受精をして着床前診断(PGT-M)をすることにより、疾患のないお子さんを持てる時代になっています。少子化の時代、少ないお子さんを健康に産むためにも、保因者スクリーニング遺伝子検査をおすすめします。保因者の仕組みそのものは劣性遺伝(潜性遺伝)と保因者の仕組みで、検査の詳細は保因者スクリーニング検査とはで解説しています。
🏥 保因者検査・遺伝カウンセリングのご相談
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐し、お二人の未来の幸せなライフスタイルの実現をサポートします。
オンライン診療で全国どこからでも完結でき、結婚後でも妊娠後でも受けられます。
お子さんを持とうとする前に、一生に一度で済む検査です。
ミネルバクリニックの遺伝子ブライダルチェック
ミネルバクリニックでは、妊娠前に遺伝性疾患のリスクを調べる各種の検査をご用意しています。臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを必ずセットで行い、検査だけを単独で提供することはありません。結果の意味をていねいにご説明し、次の一歩を一緒に考えます。
- 遺伝子ブライダルチェックパネル検査|保因者検査+不妊検査+84のActionable疾患遺伝子
- 拡大版保因者スクリーニング検査(女性版)
- 拡大版保因者スクリーニング検査(男性版)
- 遺伝子検査でブライダルチェックのすすめ
よくある質問(FAQ)
Q. メロシン欠損型筋ジストロフィーはどのように遺伝しますか?
LAMA2遺伝子の病的変異による常染色体潜性(劣性)遺伝性疾患です。両親がともに同じ変異の保因者である場合に、お子さんが1/4(25%)の確率で発症します。保因者である親自身は通常、症状が出ません。保因者頻度は約500人に1人未満とされ、発症する子どもが生まれる確率は約100万人に1人未満と稀ですが、両親がともに保因者であれば、その確率は1/4に跳ね上がります。
Q. 家族に筋ジストロフィーの人がいなくても、子どもが発症することはありますか?
あります。常染色体潜性遺伝疾患の保因者は無症状のため、家族歴がまったくなくても、両親が偶然同じ疾患の保因者であることは起こり得ます。実際、多くのケースは「家族に誰もいなかったのに、生まれた子で初めて分かった」というものです。だからこそ、妊娠前の保因者検査に意味があります。
Q. 保因者検査を受けると、どんなことが分かりますか?
ご自身が、常染色体潜性遺伝疾患やX連鎖遺伝疾患の原因となる病的遺伝子を持っているかどうかが分かります。カップルの双方が同じ疾患の保因者だと判明した場合、そのお子さんが発症するリスクを事前に把握でき、着床前診断(PGT-M)や出生前診断など、次の選択肢を検討する時間的余裕が生まれます。
Q. 保因者と分かったら、健康な子どもは持てないのですか?
そんなことはありません。カップルの双方が保因者と分かっても、体外受精と着床前診断(PGT-M)を組み合わせることで、その疾患を発症しない胚を選んで妊娠する選択肢があります。また、出生前診断という方法もあります。保因者であることは、健康なお子さんを授かることを妨げるものではありません。臨床遺伝専門医とよく相談することが大切です。
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※本記事は臨床遺伝専門医・仲田洋美の実体験に基づく手記です。患者様のプライバシーに配慮し、個人が特定されない形で記述しています。
※遺伝子検査をお考えの方は、必ず臨床遺伝専門医にご相談ください。
※本記事の医学的情報・費用は2026年8月現在のものです。最新の情報はカウンセリング時にご確認ください。






