目次
- 1 1. 前頭側頭型認知症(FTD)とは ─ 記憶より先に「その人らしさ」が変わる
- 2 2. FTDとFTLD ─ 「症状の名前」と「たまるタンパク質の名前」を分ける
- 3 3. 3つの臨床型と診断基準 ─ どこから壊れるかで症状が決まる
- 4 4. FTLD-TDPの仕組み① ─ TDP-43が核から消える
- 5 5. FTLD-TDPの仕組み② ─ 「隠れエクソン」が神経を殺す
- 6 6. 病理亜型 Type A〜E ─ 顕微鏡の下の「顔つき」で分ける
- 7 7. 原因遺伝子と修飾因子 ─ C9orf72・GRN・MAPTの3本柱
- 8 8. 遺伝子検査と遺伝カウンセリング ─ 検査の前に決めておくこと
- 9 9. 鑑別・治療の現在地と日本の支援制度
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
認知症と聞くと、多くの方は「もの忘れ」を思い浮かべます。ところが前頭側頭型認知症(FTD)では、記憶よりも先に性格・行動・言葉が変わります。万引きを繰り返す、他人の気持ちに無関心になる、物の名前が出てこなくなる──こうした変化が50代・60代で始まるため、認知症とは思われず、うつ病や統合失調症と診断されたまま何年も過ぎることが少なくありません。本記事では、FTDの半数を占める病理であるFTLD-TDPの分子メカニズムを中心に、原因遺伝子・診断・遺伝子検査・最新治療までを遺伝専門医が解説します。
Q. 前頭側頭型認知症とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 脳の前頭葉と側頭葉が選択的に縮んでいく神経変性疾患で、記憶ではなく「その人らしさ」と「言葉」が先に失われるのが特徴です。65歳未満で発症する認知症の主要な原因のひとつで、患者さんの2〜3割は原因となる遺伝子の変化を持っています。脳にたまる異常タンパク質の種類によってタウ型・TDP-43型などに分かれ、TDP-43型(FTLD-TDP)は筋萎縮性側索硬化症(ALS)と地続きの病気であることが分かってきました。
- ➤最初の症状 → もの忘れではなく、脱抑制・無関心・共感の喪失・こだわり・食行動の変化、あるいは言葉の意味が抜け落ちる語義失語
- ➤病理は3種類 → タウ型とTDP-43型で全体の約95%を占め、残りはFUSなどのFET型
- ➤3大原因遺伝子 → C9orf72・GRN・MAPT。この3つで遺伝性FTDの大半を説明できる
- ➤検査上の最重要点 → C9orf72のリピート伸長は通常のNGSでは検出できず、専用のリピートプライムPCRが必要
- ➤日本の制度 → 指定難病127「前頭側頭葉変性症」。40〜64歳でも介護保険を使える
🧬 前頭側頭型認知症(FTD)の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. 前頭側頭型認知症(FTD)とは ─ 記憶より先に「その人らしさ」が変わる
前頭側頭型認知症は、脳の前頭葉と側頭葉の前の部分が選択的に縮んでいく神経変性疾患です。前頭葉は行動の抑制・計画・共感といった「社会のなかで人として振る舞うための司令塔」であり、側頭葉の前部は言葉や物の意味を蓄えておく「意味の倉庫」にあたります。したがってこの2つの領域が壊れると、記憶や視空間の認識が比較的保たれたまま、人格・行動・言語だけが先に崩れていきます。ご家族が最初に気づくのは「もの忘れ」ではなく、「同じ人とは思えない」という違和感であることがほとんどです。
頻度としては、進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核症候群を除いたFTD症候群の有病率が45〜64歳で人口10万人あたり約10〜15人、発症率は同じ年齢層で10万人年あたり約2.7〜4.1人と報告されています[1]。65歳を超えると新たに診断される数は減っていき、逆にアルツハイマー病は65歳以降に急増します。つまりFTDは「若い世代の認知症」という顔を持ち、働き盛りで診断されるために、失職・家計の破綻・子育て世代の介護といった社会的な影響が非常に大きい病気です。日本では早発アルツハイマー病とならんで、若年発症の認知症の主要な原因のひとつに位置づけられます。
この病気の疫学データを読むときには、ひとつ注意が必要です。有病率や発症率の数字は、そのほとんどが日常診療で神経内科の診断がついた患者さんから集められています。ところがbvFTDやPPAの診断には専門的な経験が必要で、プライマリケアの段階では見逃されやすく、精神疾患と誤診されることが一般的に起きています。逆に、言語や行動の障害が目立たない「遂行機能だけが落ちるタイプの認知症」をFTDと診断してしまい、剖検してみるとアルツハイマー病だった、という過大評価も起こります[1]。つまり報告されている数字は、実態より少なくも多くもなりうる、幅のあるものだと理解しておく必要があります。
💡 用語解説:脱抑制とアパシー
脱抑制とは、「やってはいけないと分かっているのに止められない」状態です。前頭葉はブレーキ役なので、そこが壊れると衝動がそのまま行動に出ます。会計せずに商品を持ち出す、初対面の人に不躾なことを言う、といった形で現れます。一方のアパシー(自発性の低下)は、興味も意欲も湧かず、一日中同じ場所に座っている状態です。うつ病と違い、本人はつらいとも感じていないのが特徴で、この「本人は困っていない」という点が、ご家族の負担を大きくします。どちらも「わがままになった」「怠けている」と誤解されやすく、病気だと分かるまでに家族関係が深く傷つくことがあります。
日本では、この病気の総称である前頭側頭葉変性症が指定難病127として医療費助成の対象になっています。難病情報センターの解説では、症状として脱抑制のほか、過食となり濃厚な味付けや甘い物を好むようになる嗜好の変化、自己や周囲への無関心、共感や感情移入の困難、相貌や物品の同定ができなくなる意味記憶障害、言葉の意味そのものが失われる語義失語などが挙げられています。合併症としては嚥下性肺炎・窒息・転倒による外傷が重要で、根本的な治療薬はいまだ確立していないと明記されています[2]。
2. FTDとFTLD ─ 「症状の名前」と「たまるタンパク質の名前」を分ける
この分野を理解するうえで最初に押さえるべきなのは、FTDとFTLDは別のレイヤーの言葉だということです。FTD(前頭側頭型認知症)は生きている患者さんを診て付ける症状の名前であり、FTLD(前頭側頭葉変性症)は亡くなったあとに脳を顕微鏡で調べて分かる病理の名前です。日本神経学会の診療ガイドラインでは、わが国の指定難病病名としてFTLDが採用されているため、臨床診断のみの場合も含めてFTLDという用語が用いられており、FTLDは臨床症状に基づいて行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)・意味性認知症・進行性非流暢性失語の3型に分類され、FTDはこれらを包括する臨床診断名として使われる、と整理されています[3]。
では、脳には何がたまっているのでしょうか。FTLDは、神経細胞とグリア細胞のなかにできる封入体の主成分によって、大きく3つの分子クラスに分けられます。タウがたまるFTLD-tauとTDP-43がたまるFTLD-TDPの2つで臨床的FTDの約95%を占め、残りの5〜10%はFUS・EWS・TAF15というFETファミリーのタンパク質がたまるFTLD-FETです[1]。この記事の主役であるFTLD-TDPは、およそ半数を占める最大勢力です。
3つめのグループであるFTLD-FETについても触れておきます。FUS・EWS・TAF15はいずれもTDP-43と似たRNA結合タンパク質で、核のなかで働き、低複雑性領域を持つという共通点があります。FTLD-FETは全体の5〜10%と少数派ですが、若年発症で行動障害が非常に強く、家族歴がほぼ見られないという際立った特徴を持ちます。興味深いことに、FUS遺伝子の変異はALSを起こす一方でFTDを起こすことはまれです。しかもFUS変異による家族性ALS/FTDの封入体にはFUSだけが含まれるのに対し、FTLD-FETの封入体には3つのFETタンパク質すべてが含まれるという違いがあります。FTLD-FETでは家族歴を欠くことが一貫しており、単一遺伝子病ではないと考えられていますが、では孤発性のFTLD-FETになぜFETタンパク質がたまるのかは、いまも未解決の問題です[1]。
「症状の名前」と「病理の名前」は1対1ではない
bvFTD/svPPA/nfvPPA
ピック病・PSP・CBD
Type A〜E
5〜10%
同じ「bvFTD」でも、脳のなかでたまっているタンパク質は人によって違います。逆に同じFTLD-TDPでも、現れる症状は行動異常だったり失語だったりします。この食い違いこそが、生前に病理を推定することを難しくしている最大の理由です。
TDP-43はどうやって見つかったのか
2006年まで、FTLDの一部とALSの脳・脊髄に共通して見られる封入体は「ユビキチン陽性・タウ陰性・α-シヌクレイン陰性」という消去法の名前でしか呼べませんでした。中身が何なのか、誰も分からなかったのです。この正体を突き止めたのが2006年に発表された2つの報告で、TDP-43がこの封入体の主成分であることが示されました。病的なTDP-43は過剰にリン酸化され、ユビキチンが付き、C末端側の断片へと切断されており、しかも障害を受けた中枢神経の領域からのみ回収されることも同時に報告されています[4]。この発見は、日本の研究グループからも独立に、ほぼ同時期に報告されました[5]。
この一件が決定的だったのは、認知症であるFTLDと、運動の病気であるALSが、同じタンパク質の異常でつながっていたと分かった点です。実際、ALSではSOD1変異例とFUS変異例を除いたほぼすべての症例でTDP-43の異常が見られます。現在この2つは「ALS/FTD連続体」と呼ばれ、一人の患者さんのなかで認知症症状と運動症状が並存することも、同じ家系で片方の人はALS、別の人は認知症を発症することも珍しくありません。当院のALS遺伝子検査パネルにFTDの原因遺伝子がまとめて収載されているのは、この連続性を反映しています。
3. 3つの臨床型と診断基準 ─ どこから壊れるかで症状が決まる
FTDの臨床型は、脳のどこから変性が始まるかで決まります。同じ病理でも出発点が違えば別の症候群に見えますし、進行すれば重なり合ってきます。
診断は国際的な合意基準に沿って行われます。bvFTDについては2011年に改訂された基準があり、脱抑制・アパシー/無為・共感の喪失・常同/強迫行動・食行動異常・遂行機能障害という6つの識別的特徴のうち3つを満たすと「possible bvFTD(疑い)」とされます[6]。ここに日常生活の障害と特徴的な画像所見が加われば「probable(ほぼ確実)」に格上げされます。失語型については、まず原発性進行性失語(PPA)と診断したうえで、言語所見によって非流暢/失文法型・意味型・ロゴペニック型の3つに振り分ける基準が用いられます[7]。
画像所見も臨床型ごとに特徴的です。bvFTDでは前頭前野・島皮質・側頭極が両側性に萎縮し、なかでも前部帯状回と前部島皮質はほぼ必ず巻き込まれます。svPPAでは左の側頭葉前内側部から萎縮が始まり、進行するにつれて後方へ、そして右側頭葉や眼窩前頭皮質へと広がっていきます。nfvPPAでは左の下前頭回(ブローカ野)と上部運動前野が中心です[1]。原因遺伝子によっても萎縮のパターンは変わり、MAPT変異では側頭葉前部、GRN変異では左右差の強い側頭頭頂・前頭葉、C9orf72の伸長では後頭葉・小脳・視床という通常のFTDでは目立たない場所まで広く侵されます。この対応関係は日本の指定難病の診断基準にも反映されており、(行動異常型)前頭側頭型認知症では両側性の前頭葉・側頭葉前部の境界明瞭な萎縮とSPECT/PETでの同部位の血流(代謝)低下、意味性認知症では非対称性の側頭葉前部の萎縮と片側優位の両側側頭葉前部の血流低下が、疾患ごとの画像所見として明記されています[2]。
生存期間は臨床型によって大きく異なります。メタ解析では生存期間の中央値が、ALSを合併したbvFTDで2.8年ともっとも短く、運動障害を伴わないbvFTDで9.6年、nfvPPAで7.7年、そしてsvPPAで12.2年ともっとも長いと報告されています[1]。同じ「前頭側頭型認知症」という診断名でも、見通しはこれほど違います。ご家族に説明するとき、この差を曖昧にしないことが大切です。日本の指定難病の解説でも、発症からの平均寿命は行動障害型で平均約6〜9年、意味性失語型で約12年と記載されており、海外のメタ解析とほぼ一致します[2]。
4. FTLD-TDPの仕組み① ─ TDP-43が核から消える
🔍 関連記事:RNA結合タンパク質/液–液相分離(LLPS)/天然変性領域(IDR)
TDP-43は本来、神経細胞の核のなかで働くRNA結合タンパク質です。TARDBPという遺伝子から作られ、遺伝子の転写を調節したり、mRNAが作られる過程(スプライシング)を制御したり、mRNAを軸索の先まで運んだりしています。自分自身のmRNA量を感知して生産量を調整する自己制御のしくみまで備えており、細胞内の量が精密に保たれています。
このタンパク質のC末端側には、アミノ酸の組成が偏った低複雑性領域があります。決まった立体構造を取らず、ゆらゆらと形を変えられるこの領域のおかげで、TDP-43は仲間どうしゆるく集まって液–液相分離を起こし、膜を持たない小さな「液滴」を作ります。ストレス顆粒やRNA顆粒がこれにあたり、必要なときにだけ集合して仕事をし、終われば解散する可逆的な集まりです。ところが強いストレスや遺伝的な要因が加わると、この液滴が解散できなくなり、ゲル状から固体状へと不可逆的に変わってしまいます。
💡 用語解説:機能喪失と獲得毒性
タンパク質の異常が病気を起こすとき、2つの道筋があります。ひとつは機能喪失=「本来やっていた仕事ができなくなる」害。もうひとつは獲得毒性=「本来なかった悪さを新しく始める」害です。FTLD-TDPでは、核からTDP-43が消えることによる機能喪失と、細胞質にたまった凝集体による獲得毒性の両方が起きています。どちらがより重要かはまだ決着していませんが、後述する治療薬の多くは機能喪失のほうを補う戦略を取っています。
凝集体の中身が見えた ─ クライオ電子顕微鏡による構造解析
長いあいだ、患者さんの脳にたまっているTDP-43がどんな形をしているのかは分かっていませんでした。2022年、ALSとFTLDを合併した患者さんの前頭皮質と運動皮質から取り出した線維をクライオ電子顕微鏡で解析した研究が発表され、秩序だった線維の芯は低複雑性領域の282〜360番のアミノ酸にまたがり、これまで記載のない二重らせん状の折りたたみをとることが明らかになりました[8]。興味深いのは、グリシンや中性の極性アミノ酸が多いために折れ曲がりが多く、βストランドが短くなり、典型的なアミロイドに見られるクロスβのβシート積層を欠いている点です。タウやα-シヌクレインの線維とはまったく異なる構造で、TDP-43凝集体がアミロイド染色に染まりにくいという以前からの観察とも合致します。
過剰なリン酸化は悪者なのか、それとも防御なのか
病的なTDP-43はC末端側のセリン残基が過剰にリン酸化されており、これが長く「凝集を引き起こす犯人」と考えられてきました。ところが2022年の研究は、この常識に疑問を投げかけています。カゼインキナーゼ1δによる過剰リン酸化や、リン酸化を模したアミノ酸置換を導入すると、TDP-43の相分離と凝集はむしろ減り、液滴はより液体らしく動きやすくなったのです。細胞での実験でも、核への輸送やRNA制御の機能は保たれたまま、膜のないオルガネラへの蓄積が抑えられ、神経細胞のなかでの溶けやすさが増していました。著者らは、過剰リン酸化はTDP-43の凝集に対抗する防御的な細胞応答なのではないかと考察しています[9]。もしそうなら、リン酸化を止める薬を作るという発想は、火を消そうとしている消防士を追い出すようなものかもしれません。
5. FTLD-TDPの仕組み② ─ 「隠れエクソン」が神経を殺す
ここが、この20年で最大の発見といえる部分です。核からTDP-43が消えると、何が起こるのでしょうか。答えは「本来使われないはずの配列が、mRNAに紛れ込む」です。
遺伝子はDNAからいったんpre-mRNAとして写し取られ、不要な部分(イントロン)を切り捨てて必要な部分(エクソン)をつなぐスプライシングという工程を経て、成熟したmRNAになります。ところがイントロンのなかには、うっかりするとエクソンとして認識されてしまう紛らわしい配列がひそんでいます。これが取り込まれてできる余計なエクソンをクリプティックエクソン(隠れエクソン)と呼びます。TDP-43の重要な仕事のひとつは、こうした配列に貼りついて「ここはエクソンではない」と押さえつけておく門番役なのです。
門番がいなくなると起きる連鎖
門番の不在
設計図に不要な頁
mRNAが分解される
STMN2・UNC13A
凝集体そのものより、この「設計図の書き損じ」の連鎖のほうが神経細胞を追い詰めている可能性があります。だからこそ、書き損じを直す薬が現実的な治療標的になりました。
STMN2 ─ 軸索を再生させる力が失われる
最初に見つかった標的がスタスミン2(STMN2)です。微小管のダイナミクスを調節し、軸索の伸長と再生に不可欠なタンパク質です。2019年の研究では、TDP-43が減るとSTMN2 pre-mRNAの第1イントロンにある潜在的なポリA部位が使われるようになり、短く機能しないmRNAができることが示されました。この現象は孤発性ALSの運動皮質や脊髄運動ニューロン、C9orf72の伸長を持つ家族性ALSの組織でも確認されています。しかも、TDP-43を減らすと軸索の再生能力が落ちるのに、STMN2を戻してやると再生能力が回復したのです[10]。つまりSTMN2の枯渇は単なる副産物ではなく、神経細胞の脆弱性に直結する変化でした。
UNC13A ─ 遺伝的リスクと分子機構がつながった瞬間
もうひとつの標的UNC13Aは、シナプス前終末で小胞を「発射準備状態」に整える働きを持ちます。この遺伝子は以前から、ゲノムワイド関連解析でFTDとALSの最強クラスのリスク遺伝子として知られていましたが、なぜリスクになるのかが分からないという長年の謎がありました。2022年、2つの研究グループが同時にその答えを出します。核からTDP-43が失われるとUNC13AのmRNAに隠れエクソンが取り込まれ、UNC13Aタンパク質の発現が低下すること[11]、そしてALS・FTDのリスクに強く関連する2つのイントロン多型が、まさにTDP-43の結合部位と重なっており、隠れエクソンの取り込みを増強することが示されたのです[12]。取り込まれたmRNAはナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)によって壊されます。
この発見の意味は大きいものでした。一塩基多型という「統計でしか語れなかったリスク」が、分子の言葉で説明できるようになったのです。そして「隠れエクソンの混入を物理的にブロックすればよい」という、きわめて具体的な治療標的が生まれました。
隠れエクソンの発見は、治療だけでなくバイオマーカーとしても期待されています。凝集体そのものは血液や髄液では測りにくいのに対し、隠れエクソンを含む異常なmRNAは「核内TDP-43の機能が失われている」ことの直接の証拠になり、しかもTDP-43病理のある部位に限って現れるという高い特異性を持ちます。生きているうちにFTLD-TDPかどうかを見分ける手段が乏しい現状で、この特異性は大きな武器です。ただし、脳で起きている変化がどこまで血液に反映されるのかという壁があり、実用化にはまだ検証が必要です。なお、TDP-43が押さえている隠れエクソンはSTMN2とUNC13Aだけではなく、シナプスの働きに関わる複数の遺伝子でも同様の現象が報告されています。ひとつの門番が外れることで、多数の設計図が同時に書き損じられる──この「同時多発性」こそが、神経細胞が短期間で力尽きてしまう理由なのかもしれません。
6. 病理亜型 Type A〜E ─ 顕微鏡の下の「顔つき」で分ける
FTLD-TDPは、封入体の形と大脳皮質のどの層に集まるかによって、いくつかの亜型に分けられます。2006年に2つの研究グループが独立に3つのパターンを見いだしたものの、番号の付け方が食い違っていたため現場が混乱しました。2011年、両グループの神経病理医が全員共著者となる合意文書が発表され、Type A〜Dという統一した呼び方が決まります[13]。さらに2017年には、既存の基準では分類できない7例が報告され、幅広い領域に未熟な外観の顆粒糸状の凝集体と豊富なグレイン、そしてオリゴデンドロサイト内の封入体が広がる一群として、発症から約3年以内に死亡する「Type E」が暫定的に提唱されました[14]。
この分類は、単なる分類学ではありません。亜型が分かれば、背後にある遺伝子がかなりの確度で絞り込めるからです。Type AならGRNやTBK1、Type BならC9orf72、Type DならVCPというように、病理と遺伝子は強く結びついています。しかし現実の診療では、生きている患者さんの脳を顕微鏡で見ることはできません。しかも同じType Bでも、bvFTDとして発症する人もいればFTD-ALSとして発症する人もいます。逆にC9orf72の伸長を持つ患者さんのなかには、複数の亜型の特徴が混ざって分類困難な例もあります。臨床像から病理型を当てにいくのではなく、遺伝子検査で原因を確定し、そこから病理を推定する──これが現時点で唯一、生前に確度を上げられる道筋です。治療薬の開発が「病理ごと」ではなく「遺伝子ごと」に進んでいるのも、同じ理由によります。
Type Cで見つかったアネキシンA11 ─ 2種類のタンパク質が絡み合う
Type Cは長らく「原因遺伝子のない孤発の亜型」とされてきましたが、近年その分子的な素顔が見えてきました。RNA顆粒をリソソームにつなぎ止めて軸索の遠くまで運ぶ役割を持つアネキシンA11が、TDP-43と一緒に凝集していたのです。822例の剖検例の遺伝子解析と368例の免疫染色を組み合わせた研究では、TDP-43封入体と共局在する不溶性のアネキシンA11凝集体がType Cの全例で認められました。ただし注意が必要なのは、Type AやType B、ALS、後述するLATEの一部(3〜6%)にもアネキシンA11の封入体が見られた点で、Type Cに完全に特異的というわけではありません[15]。
さらに全ゲノム解析による研究では、ANXA11遺伝子上のいくつかの一般的なバリアントがType Cと関連することが報告されました。なかでも追試でもっとも頑健だったrs1079242のAアレルは、以前から髄液中のアネキシンA11タンパク質量の上昇と関連づけられていたものです[16]。生前に病理型を推定するバイオマーカーへの足がかりとして期待されています。
7. 原因遺伝子と修飾因子 ─ C9orf72・GRN・MAPTの3本柱
🔍 関連記事:C9orf72遺伝子/GRN遺伝子/MAPT遺伝子
FTDのおよそ20〜25%は、特定の病理と結びついた遺伝子変異を持っています。報告する施設によって幅があり、家族歴のある人は最大37%にのぼる一方、変異が確認された人に限ると15〜20%程度が中央値です[1]。遺伝形式は常染色体顕性(優性)遺伝です。
C9orf72 ─ 6文字の繰り返しが数千回に伸びる
C9orf72は9番染色体短腕にあり、FTD/ALS連続体でもっとも頻度の高い原因遺伝子です。原因は点変異ではなく、非コード領域にあるGGGGCCという6文字のリピート配列の異常伸長です。健常な人ではおおむね30回未満ですが、患者さんでは数百から数千回にまで伸びます。この伸長が病気を起こす道筋は3つ考えられています。ひとつはC9orf72タンパク質そのものの減少、ふたつめは伸長したRNAが核のなかで塊(RNAフォーカス)を作り、RNA毒性としてRNA結合タンパク質を巻き込んでしまうこと、そして3つめがRAN翻訳です。
💡 用語解説:RAN翻訳とジペプチドリピートタンパク質
タンパク質の合成は本来、AUGという開始コドンから始まります。ところが長く伸びたリピート配列では、開始コドンがないのに翻訳が始まってしまうことがあり、これをRAN翻訳(リピート関連非AUG翻訳)と呼びます。できあがるのは同じ2つのアミノ酸が延々と繰り返されたジペプチドリピートタンパク質(DPR)で、これが核と細胞質のあいだの輸送を妨げます。核への出入りが滞れば、TDP-43も核に戻れなくなる──つまりC9orf72の伸長は、間接的にTDP-43の異常を引き起こすのです。伸長したGGGGCC配列はグアニン四重鎖という特殊な構造も取りやすく、転写自体も乱されます。
GRN ─ 量が半分になるだけで発症する
GRNはプログラニュリンという多機能の糖タンパク質を作る遺伝子で、17番染色体長腕にあります。特徴的なのは、変異のほとんどがタンパク質の量そのものを減らすタイプだという点です。2本ある遺伝子の片方が働かなくなると、プログラニュリンの量が約半分になり、それだけで発症します。この状態をハプロ不全と呼びます。血液や髄液中のプログラニュリン濃度を測れば保因者かどうかがほぼ確実に分かるため、治療薬の効果判定にそのまま使えるという、この分野では珍しい利点があります。
プログラニュリンがリソソームで働くタンパク質だと分かったきっかけは、GRNの両方の遺伝子が機能を失うと神経セロイドリポフスチン症というライソゾーム病を起こすという発見でした。片方だけの異常なら成人期のFTD、両方なら小児期発症のライソゾーム病──同じ遺伝子でも、残っている量によって病気の顔がまったく変わるのです。この理解が、後述する「プログラニュリンを増やす薬」という治療戦略に直結しました。
MAPT ─ タウ側の代表選手
MAPTは微小管結合タンパク質タウを作る遺伝子で、FTDの原因遺伝子として最初に同定されました。この発見は「タウの異常だけで神経変性が起こりうる」ことを証明した点で歴史的です。ミスセンス変異の多くは微小管に結合する部分に影響し、スプライシングに影響する変異はタウのアイソフォーム比を変えます。GRNと同じ17番染色体長腕に位置するため、かつては「17番染色体に連鎖するFTD」として一括りにされ、2つの別々の遺伝子だと分かるまでに時間がかかりました。MAPTは平均発症年齢が49.5歳ともっとも若く、家族内で発症年齢がよく揃うという特徴もあります[1]。
3大原因遺伝子以外にも、VCP・SQSTM1・TBK1・TIA1・TARDBP・OPTNといった遺伝子が、まれにFTLD-TDPを起こします。またCHMP2Bはユビキチン・プロテアソーム系だけが染まるFTLD-UPSという特殊な病理と結びついています。これらをすべて合わせても患者さん全体の3〜5%程度にすぎませんが、研究上の意義は大きいものでした。というのも、これらの遺伝子が指し示す先がオートファジー、ユビキチン・プロテアソーム系、エンドソームとリソソームの働き、そして炎症と免疫という、共通の道筋に集約されたからです[1]。ゲノムワイド関連解析で見つかったリスク領域も、小胞輸送やリソソーム機能、免疫に関わるものが並びました。「いらなくなったタンパク質を片づけるしくみの故障」が、この病気群の底に流れているテーマなのです。
修飾因子 ─ 同じ変異でも経過が違う理由
同じ変異を持っていても、発症年齢や進行の速さは人によってかなり違います。この差を生む一因が修飾遺伝子です。もっとも有名なのはTMEM106Bで、これもリソソームのタンパク質を作る遺伝子であり、GRN変異の浸透率を左右する主要な修飾因子として確立しています[1]。ただしC9orf72保有者ではリスクアレルの働く向きが逆になるという報告もあり、どの遺伝子背景のうえに乗るかで効果の向きが変わる可能性が議論されています。この点はまだ決着していないため、当院では患者さんに断定的な説明はいたしません。
予後を左右する因子としてより明確になってきたのが、前述のUNC13Aです。オランダの記憶外来のFTD患者626例(うちTDP-43病理が確認されたサブコホート150例)を追跡した研究では、コホート全体の生存期間中央値が102か月であったのに対し、rs12608932のC アレルをホモで持つ人では87.8か月、それ以外の遺伝子型では105.5か月と差がつきました。発症年齢・性別・施設を調整したうえでハザード比1.28(95%信頼区間1.02〜1.60、p=0.033)で、統計的に有意です[17]。あくまで集団としての傾向であり、個々の患者さんの余命を予測できるものではありませんが、治験の参加者を層別化する指標としては有用と考えられています。
8. 遺伝子検査と遺伝カウンセリング ─ 検査の前に決めておくこと
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは/予測的検査(発症前診断)
FTDでは、同じ家系のなかでも人によって症状がまったく違うことが珍しくありません。ある人は純粋なALS、別の人は精神症状が目立つbvFTD、という具合です。このため原因遺伝子を1つずつ順番に調べるやり方は効率が悪く、現在は主要な原因遺伝子をまとめて調べる次世代シークエンサーによるパネル検査が標準になっています。
⚠️ 最重要:C9orf72はNGSでは見つかりません
次世代シークエンサーは、DNAを短い断片に切って読み、あとでつなぎ合わせる方法です。ところが同じ6文字が数百回も繰り返す領域は、断片を正しくつなぎ直せません。そのため、FTD/ALSでもっとも頻度の高い原因であるC9orf72のリピート伸長は、通常のNGSパネルやエクソーム解析では検出できないのです。専用のリピートプライムPCR(rpPCR)を併用する必要があります。当院のALS遺伝子検査NGSパネル(43遺伝子)およびアルツハイマー・認知症NGS遺伝子検査パネル(16遺伝子)では、いずれもrpPCRによるリピート伸長の評価を組み込んでいます。「遺伝子検査は陰性でした」と言われたとき、その検査にC9orf72のリピート解析が含まれていたかどうかを必ず確認してください。
検査を行ううえで避けて通れないのが、VUS(意義不明バリアント)の問題です。網羅的なパネルほど「病気を起こすとも起こさないとも言えない変化」が多数見つかります。結果を誤って解釈すると、本人にもご家族にも不要な心理的負担がかかるため、当院では検査の前後に必ず臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、VUSの取り扱いまで含めて説明します。
なお、外来に来られる方の多くは家族歴のはっきりしない孤発例です。「うちは誰も認知症になっていないから遺伝ではないですよね」と確認を求められることがよくありますが、答えは単純ではありません。C9orf72の伸長は、一見孤発に見える患者さんの最大10%から見つかります[1]。親が発症前に別の原因で亡くなっていれば家族歴は現れませんし、新生突然変異の可能性もあります。だからこそ、孤発例であっても遺伝子検査を行う意味があり、結果はご本人の診断だけでなく、まだ症状のないご家族にとっても重い情報になります。検査の前に「陽性だったら、その情報を誰と共有するのか」を家族単位で考えておくことを、私たちは必ずお願いしています。
発症前診断 ─ 「知る権利」と「知らないでいる権利」
ご家族のなかで原因となる変異が確定した場合、まだ症状のない血縁者は自分が受け継いでいるかどうかを調べる発症前診断(予測的検査)を選べます。ただしこの検査には、根本的な治療法がまだない現状で結果を知ることの重みがあり、次の原則が守られなければなりません。第一に、保険や雇用、血縁者からの圧力を含め、いかなる強制も受けず本人の完全な自発的意思で決めること。第二に、検査の前後を通じて複数回のカウンセリングを行い、心理面と社会生活への影響まで話し合うこと。第三に、成人になってから本人の意思で判断することです。未成年のうちに親の判断で調べることは、お子さんの「知らないでいる権利」を奪うため、原則として行いません。
陽性の結果を受け取った若い世代の方が将来お子さんを望まれる場合には、体外受精を前提に胚の段階で調べる着床前遺伝学的検査(PGT-M)という選択肢があります。ただし実施施設や適応の審査に条件があり、どの家系でも選べるわけではありません。時間に余裕をもって相談されることをおすすめします。日本では発症前診断そのものを引き受ける施設が限られており、大学病院で断られ続けた方や、「SOD1以外のALS遺伝子検査は研究段階だからできない」と言われた方が当院に相談に来られます。
9. 鑑別・治療の現在地と日本の支援制度
アルツハイマー病・LATE・精神疾患との鑑別
FTDとアルツハイマー病の区別には、髄液や血液のバイオマーカーが役立ちます。アミロイドβの病理はFTDの大半では起こらないため、リン酸化タウとアミロイドβの比が正常であれば、アルツハイマー病である可能性は大きく下がります[1]。神経軸索の変性を反映する血中ニューロフィラメント軽鎖は、精神疾患とFTDを高い精度で区別でき、無症状の変異保有者が発症へ向かう時期を捉える指標としても使われ始めています。タウ型とTDP-43型を分ける試みとして、GFAPとニューロフィラメントの比を用いる研究もありますが、まだ追試の段階です。
もうひとつ、近年重要になったのがLATE(大脳辺縁系優位型加齢性TDP-43脳症)です。同じTDP-43がたまる病気ですが、こちらは高齢者に生じ、TDP-43病理の広がりが海馬など辺縁系に限局しており、健忘型の認知症としてアルツハイマー型と紛らわしい経過をとります。地域住民ベースの剖検研究では、約25%の脳に認知機能障害と関連づけうる量のLATE病理があったと報告されています[18]。TDP-43の異常=FTLD-TDP、と単純に結びつけないことが大切です。精神科領域では、統合失調症やうつ病との鑑別が問題になります。とくにC9orf72保有者では幻覚や妄想が初発症状になることがあり、精神科での治療が数年続いてから神経内科にたどり着く例が後を絶ちません。運動症状を伴う場合はパーキンソン病やハンチントン病、急速に進行する場合はプリオン病、画像で白質病変が目立つ場合はCADASILなどの遺伝性脳小血管病も鑑別に挙がります。
現在できる治療 ─ 症状を和らげる
FTDには、進行を止める薬はまだありません。重要な事実として、アルツハイマー病に用いられるコリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンは、FTDには有効性が示されていません[1]。実際に使われているのは選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)で、脱抑制・易刺激性・常同行動・食行動の変化を和らげる効果が報告されています。難病情報センターも、SSRIなどの抗うつ薬が行動異常の緩和に有効との報告があるものの、根本的治療薬は確立していないと記載しています[2]。抗精神病薬は激しい興奮に限って慎重に用いられますが、死亡率上昇の警告と錐体外路症状のリスクがあり、最後の手段です。むしろ、生活のリズムを固定する、危険物を管理する、こだわり行動を安全な形に置き換えるといった環境調整のほうが効果的な場面が多くあります。
2025〜2026年の開発動向 ─ 失敗と前進
以下はいずれも研究段階であり、現時点で日本の一般診療で受けられる治療ではありません。また企業の発表が中心で、査読を経た論文として公表される前の情報を含みます。その前提でお読みください。
もっとも注目されていたのが、GRN変異によるFTDに対するモノクローナル抗体ラトジネマブです。プログラニュリンを分解へ導くソルチリン受容体を遮断し、プログラニュリン濃度を戻す薬です。しかし2025年10月、96週間の第3相INFRONT-3試験で臨床側の主要評価項目(CDR+NACC FTLD-SBによる進行抑制)を達成しなかったことが発表されました。血漿プログラニュリン濃度という生物学的な主要評価項目は有意に改善したものの、体液バイオマーカーや脳容積MRIといった副次・探索的評価項目でも治療効果は見られず、開発は中止されています[19]。「バイオマーカーは動いたのに症状は変わらなかった」という、この分野で繰り返されてきたパターンです。
同じソルチリンを狙いつつ、経口の小分子でアプローチしているのがVES001です。2025年10月、発症前のGRN変異保有者を対象とした第1b/2a相試験で、髄液中のプログラニュリンがベースライン比で平均95%超上昇したと報告されました。ただし対象はオランダと英国の6名のみの非盲検・単群試験であり、症状への効果を評価する段階には至っていません[20]。AAVベクターを用いた遺伝子治療PBFT02については、米国FDAが単群試験のデザインを認めず、承認申請のためにはランダム化比較試験が必要との判断を示したため、企業は試験の終了を決めました。プラセボ群の参加者は全身麻酔下でシャム手術(実際には薬を投与しない模擬手術)を受けることになり、直接の利益なしに合併症のリスクを負うという倫理的な問題が背景にあります[21]。
診断面での前進もあります。生きている脳のなかのTDP-43を画像化する初のPETトレーサーACI-19626は、2026年3月、C9orf72変異によるFTD患者で、剖検の神経病理からTDP-43の蓄積が予想される皮質下・皮質領域において健常者より有意に高い集積を示したと報告されました。安全性と忍容性は良好で、脳への速やかな取り込みと洗い出しが確認されています[22]。第1相試験の第1部(健常者と遺伝性FTD)は完了し、FTD・ALS・LATEの最大30名を含む第2部の拡大が開始されています[23]。
そして、第5節で述べた隠れエクソンを直接ブロックするアンチセンスオリゴヌクレオチドTRCN-1023が、2026年6月に臨床開発へ入りました。髄腔内投与でUNC13AのmRNAに直接結合し、その処理を調節して機能するタンパク質を作らせる核酸医薬です。第1/2相FUNCTION ALS試験が欧州で開始され、中国では医師主導試験で最初の患者への投与が行われました。ただし現時点の対象疾患はALSであり、FTDではありません[24]。分子機構が共通である以上、将来FTLD-TDPへ広がる可能性はありますが、いま期待を語るには早すぎます。治験の成否はどんな評価項目を主要評価に置くかにも大きく左右されます。
こうした一連の動きから見えてくるのは、この病気の治療開発が「遺伝子ごと」に細分化して進んでいるという現実です。GRN変異にはプログラニュリンを増やす薬、C9orf72の伸長にはリピート由来の毒性を減らす核酸医薬、そしてTDP-43の機能喪失そのものにはスプライシングを直す核酸医薬。裏を返せば、原因遺伝子が分かっていない孤発例の患者さんには、まだ狙いを定めた治療の候補が乏しいということでもあります。だからこそ、生前に病理型を見分けるバイオマーカーの開発が、治療薬そのものと同じくらい重要になります。遺伝子検査を受けておくことは、いま受けられる治療を増やすためではなく、将来の治験に参加できる可能性を残しておくためという意味を持ちはじめています。
日本で使える制度
治療法が限られる現状では、生活を支える制度を早めに使うことが実質的な治療になります。まず指定難病127「前頭側頭葉変性症」として医療費助成の対象となり、診断基準と重症度分類を満たせば自己負担が軽減されます。ただし注意が必要なのは、診断基準の対象は「(行動異常型)前頭側頭型認知症」と「意味性認知症」の2つに限られており、進行性非流暢性失語は対象に含まれていない点です。また発症年齢は65歳以下が対象とされ、重症度分類で“3”以上に該当することが助成の条件になります[2]。申請には主治医が臨床調査個人票を作成する必要があり、この書式には近親発症者の病型を記載する欄が設けられています[25]。次に、40歳から64歳の方でも、介護保険の第2号被保険者として「初老期における認知症」に該当するため、デイサービスやショートステイなどの介護サービスを利用できます。65歳未満だから使えない、というのは誤解です。さらに、各都道府県に配置されている若年性認知症支援コーディネーターは、就労継続・傷病手当金・障害年金・自立支援医療といった制度を横断して相談に乗ってくれます。精神障害者保健福祉手帳の対象にもなりえます。
10. よくある誤解
誤解①「もの忘れがないから認知症ではない」
FTDでは記憶が比較的保たれたまま、性格・行動・言葉が先に変わります。日付も家族の顔も分かるのに、万引きを繰り返すということが起こりえます。「もの忘れ検査で問題なし」は、FTDを否定する根拠になりません。ご家族が感じている「別人になった」という違和感のほうが、はるかに診断価値があります。
誤解②「遺伝子検査が陰性なら遺伝性ではない」
もっとも多い原因であるC9orf72のリピート伸長は、通常のNGSでは検出できません。専用のリピートプライムPCRが行われていない検査で陰性だったとしても、それは「C9orf72を調べていない」というだけの可能性があります。どの遺伝子をどの方法で調べたのか、検査報告書で必ず確認してください。
誤解③「TDP-43がたまる=FTLD-TDP」
TDP-43の蓄積は、高齢者に多いLATEでも、ALSでも起こります。たまっている場所と広がり方が違えば、別の病気です。LATEは辺縁系に限局し、健忘型の経過をとるため、アルツハイマー病と紛らわしくなります。「TDP-43」という単語だけで結びつけないことが大切です。
誤解④「アルツハイマー病の薬が効くはず」
コリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンは、FTDでは有効性が示されていません。同じ「認知症」という言葉でくくられていても、脳で起きていることがまったく違うからです。現時点で症状の緩和に用いられるのは主にSSRIであり、根本的な治療薬はいまだ確立していません。
よくある質問(FAQ)
🏥 前頭側頭型認知症・ALSの遺伝子診断のご相談
C9orf72・GRN・MAPTなどの遺伝子検査と発症前診断は
紹介状なしで、臨床遺伝専門医が在籍する
ミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] Frontotemporal lobar degeneration. Nat Rev Dis Primers. 2023. [PMID 37563165]
- [2] 前頭側頭葉変性症(指定難病127). [難病情報センター]
- [3] 認知症疾患診療ガイドライン2017 第8章 前頭側頭葉変性症. 2017. [日本神経学会]
- [4] Ubiquitinated TDP-43 in frontotemporal lobar degeneration and amyotrophic lateral sclerosis. Science. 2006. [PMID 17023659]
- [5] TDP-43 is a component of ubiquitin-positive tau-negative inclusions in frontotemporal lobar degeneration and amyotrophic lateral sclerosis. Biochem Biophys Res Commun. 2006. [PMID 17084815]
- [6] Sensitivity of revised diagnostic criteria for the behavioural variant of frontotemporal dementia. Brain. 2011. [PMID 21810890]
- [7] Classification of primary progressive aphasia and its variants. Neurology. 2011. [PMID 21325651]
- [8] Structure of pathological TDP-43 filaments from ALS with FTLD. Nature. 2022. [PMID 34880495]
- [9] Disease-linked TDP-43 hyperphosphorylation suppresses TDP-43 condensation and aggregation. EMBO J. 2022. [DOI 10.15252/embj.2021108443]
- [10] Premature polyadenylation-mediated loss of stathmin-2 is a hallmark of TDP-43-dependent neurodegeneration. Nat Neurosci. 2019. [PMID 30643298]
- [11] TDP-43 represses cryptic exon inclusion in the FTD-ALS gene UNC13A. Nature. 2022. [Nature 603:124-130]
- [12] TDP-43 loss and ALS-risk SNPs drive mis-splicing and depletion of UNC13A. Nature. 2022. [Nature 603:131-137]
- [13] A harmonized classification system for FTLD-TDP pathology. Acta Neuropathol. 2011. [PMC3285143]
- [14] Expansion of the classification of FTLD-TDP: distinct pathology associated with rapidly progressive frontotemporal degeneration. Acta Neuropathol. 2017. [PMID 28130640]
- [15] Annexin A11 aggregation in FTLD-TDP type C and related neurodegenerative disease proteinopathies. [PMC11186923]
- [16] The Genetics of TDP-43 Type C Neurodegeneration. Neurology Genetics. [DOI 10.1212/NXG.0000000000200369]
- [17] UNC13A Polymorphism Influences Survival in Patients with Frontotemporal Dementia. Ann Neurol. 2025. [Ann Neurol 97:1062-1066]
- [18] Limbic-predominant age-related TDP-43 encephalopathy (LATE): consensus working group report. Brain. 2019. [PMID 31039256]
- [19] Alector Announces Topline Results from Latozinemab Phase 3 Trial in Individuals with Frontotemporal Dementia Due to a GRN Mutation. 2025. [プレスリリース]
- [20] Vesper Bio announces positive Phase Ib/IIa topline results for lead candidate VES001 for frontotemporal degeneration. 2025. [プレスリリース]
- [21] Passage Bio Announces Discontinuation of upliFT-D Clinical Trial for FTD-GRN. 2026. [AFTD]
- [22] AC Immune Presents First In vivo Images of Brain TDP-43 Pathology from Phase 1 Trial of PET tracer ACI-19626. 2026. [プレスリリース]
- [23] AC Immune Presents New Phase 1 Data Indicating Higher Uptake of TDP-43 PET Tracer ACI-19626 in Patients with ALS. 2026. [プレスリリース]
- [24] Trace Neuroscience Initiates Global Clinical Development Program for TRCN-1023, an Antisense Oligonucleotide Designed to Restore UNC13A Function for the Treatment of ALS. 2026. [プレスリリース]
- [25] 臨床調査個人票 127 前頭側頭葉変性症. [厚生労働省]



