目次
GFAP遺伝子は、脳のなかで神経細胞を支える「アストロサイト(星状膠細胞)の骨格」を作る設計図です。この遺伝子に変異が生じると、極めて稀な進行性神経難病であるアレキサンダー病を引き起こします。一方で、血液中のGFAPタンパク質濃度はアルツハイマー病・多発性硬化症・外傷性脳損傷の早期発見・予後予測のための画期的なバイオマーカーとして、世界中の医療現場で急速に注目されはじめています。
Q. GFAP遺伝子はどのような働きをする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 第17番染色体(17q21.31)に位置し、脳のアストロサイト(星状膠細胞)の骨格を作る「グリア線維酸性タンパク質」をコードする遺伝子です。このタンパク質はアストロサイトの形を保ち、神経細胞をサポートする働きを担います。変異によりアレキサンダー病という稀な神経難病を引き起こす一方、血液中の濃度は神経変性疾患の早期診断指標として臨床応用が広がっています。
- ➤遺伝子の位置 → 第17番染色体長腕17q21.31、9つのエクソンから構成、432アミノ酸・約50 kDaのタンパク質をコード
- ➤タンパク質の役割 → クラスIII中間径フィラメントとしてアストロサイトの細胞骨格を構築
- ➤関連疾患 → アレキサンダー病(常染色体顕性遺伝、機能獲得型変異)
- ➤最新治療 → アンチセンスオリゴヌクレオチド療法「ジルガネルセン」の第3相試験で歩行速度を有意に安定化、FDAが優先審査受理(2026年9月22日PDUFA期日)
- ➤バイオマーカー応用 → 血漿GFAPがアルツハイマー病・多発性硬化症・外傷性脳損傷の早期診断指標として確立
1. GFAP遺伝子とは:基本情報と発見の歴史
GFAP(Glial Fibrillary Acidic Protein:グリア線維酸性タンパク質)遺伝子は、私たちの脳の中で「縁の下の力持ち」として活躍するアストロサイトという細胞の形を保つために欠かせない設計図です。第17番染色体の長腕、17q21.31という位置にあり、ヒトゲノム上では44,903,159番目から44,915,500番目あたりの塩基配列に書き込まれています。マウスでも第11番染色体に同じ役割の遺伝子(Gfap)が存在し、進化の過程で哺乳類全体で大切に保存されてきたことがわかっています。
💡 用語解説:アストロサイト(星状膠細胞)
脳の中で「神経細胞(ニューロン)」の働きを支える重要なサポート役の細胞です。星のように突起を四方に伸ばす形をしており、神経細胞に栄養を届けたり、血液と脳組織のあいだの「関所」である血液脳関門を維持したり、脳内の環境を一定に保つ働きを担います。脳の細胞の約半分はこのグリア細胞(アストロサイト・オリゴデンドロサイト・ミクログリアなど)で占められています。グリア細胞の詳しい解説はこちら。
この遺伝子が世界で初めて分離・命名されたのは1969年のことで、米国の神経科学者ローレンス・F・エング(Lawrence F. Eng)博士の研究によります。当時はまだアストロサイトの分子マーカーがほとんど存在しなかった時代であり、GFAPの発見はその後の脳神経科学を根本から変える歴史的なブレークスルーとなりました。現在ではアストロサイトを同定するための最も信頼性の高い細胞マーカーとして、世界中の研究室と病理診断の現場で日常的に使われています。
GFAP遺伝子は9つのエクソン(タンパク質をコードする領域)から構成され、代表的な転写産物は12,342塩基対の長さ、432個のアミノ酸からなる約50キロダルトンのタンパク質を作り出します。「クラスIII中間径フィラメント」と呼ばれるタンパク質ファミリーに分類され、皮膚や血管の細胞で働くビメンチン、筋肉のデスミン、神経のペリフェリンなどが「親戚」にあたります。
2. GFAP遺伝子の構造・スプライシング多様性・発現制御
GFAP遺伝子の最も注目すべき特徴の一つは、「選択的スプライシング」という仕組みを使って多様なタンパク質を作り分けていることです。ヒトゲノムプロジェクト以降の解析により、GFAP遺伝子からは少なくとも43種類もの転写バリアントが生じていることが確認されています。これらは異なる長さ・異なる末端を持つアイソフォーム(同じ遺伝子から作られた変異体)として機能し、アストロサイトの状態や脳内の場所によって使い分けられています。
💡 用語解説:選択的スプライシング(オルタナティブスプライシング)
遺伝子の情報をRNAに写し取った後、必要のない部分(イントロン)を切り取って組み立て直すときに、「どこを残し、どこを切るか」を変えることで、1つの遺伝子から複数の異なるタンパク質を作り分ける仕組みです。同じレシピでも材料を組み合わせるパターンを変えれば違う料理ができるのと似ています。GFAP遺伝子はこの仕組みを活用して、状況に応じた多彩なタンパク質バリアントを使い分けています。
代表的な転写バリアント1(RefSeq NM_002055.5)はGFAPアルファ(α)と呼ばれ、最もよく研究されています。他にも、PSEN1(プレセニリン1:アルツハイマー病に関連する遺伝子)と相互作用するGFAPデルタ(δ)、神経幹細胞で発現するGFAPカッパ(κ)など、それぞれが異なる役割を持つと考えられています。
遺伝子の発現は強力なプロモーター・エンハンサー領域によって厳密に制御されており、SP1、CEBPB、CTCFといった一般的な転写因子に加え、炎症や細胞ストレスに鋭敏に応答するSTAT3・AP-1などが結合します。脳が損傷したとき、これらの転写因子がスイッチオンになることでGFAPの産生量が急激に増加する仕組み——「反応性アストログリオーシス」——を分子レベルで支えています。
さらにGFAPタンパク質は、合成された後にも「翻訳後修飾」を受けて機能が動的に変化します。PKC・PKA・PKN1などのキナーゼがセリンやスレオニン残基をリン酸化し、O-結合型糖鎖修飾も付加されることで、フィラメントの組み立て・分解のバランスが緻密に調整されているのです。
3. GFAPタンパク質の生理学的役割
GFAPタンパク質は中枢神経系のなかでも特に延髄・頸髄・海馬で豊富に発現しており、成熟した脳ではアストロサイト特異的なマーカーとして機能します。腎臓糸球体周囲の線維芽細胞、精巣ライディッヒ細胞、皮膚のケラチノサイト、骨細胞、軟骨細胞、膵臓や肝臓の星細胞など、中枢神経系の外でも一部の細胞で発現が確認されていますが、その量は脳内に比べてごく限定的です。
💡 用語解説:中間径フィラメント
細胞の内部に張り巡らされた「骨組み(細胞骨格)」を構成する繊維状の構造の一種です。直径8〜10ナノメートルで、太いマイクロチューブ(微小管)と細いアクチンフィラメントの「中間の太さ」であることからこの名で呼ばれます。中間径フィラメントは細胞に機械的な強度を与え、引っ張られたり押されたりしても壊れないようにする役割を担っています。細胞骨格の詳しい解説はこちら。
階層的に組み立てられるフィラメント網
GFAPタンパク質は単体では機能せず、まず2分子が絡み合って「コイルドコイル二量体」を作り、次に二量体同士が互い違いに結合して「四量体」となり、最終的に多数集まって細胞質全体に網目状のネットワークを構築します。同じGFAP同士で組む(ホモ二量体)こともあれば、ビメンチンなど他のクラスIII中間径フィラメントと協力する(ヘテロ二量体)こともあり、状況に応じた柔軟な構造が形成されます。
🧱 細胞の形を保つ
アストロサイトの星状の形態と機械的強度を維持し、四方に伸びる細胞突起の形成・伸長を支えます。インテグリンなどの接着タンパク質と協力して、細胞同士のつながりを安定化させます。
🔄 細胞分裂をサポート
細胞分裂の際にフィラメントネットワークを再構築し、cdc2キナーゼによってリン酸化されたGFAPが分裂溝へ集まることで、細胞質を正しく2つに分ける物理的なプロセスを助けます。
🌐 神経細胞との連携
GFAPの発現を抑えるとアストロサイトはニューロンとの相互作用に必要な突起を十分に形成できなくなります。単なる骨組みではなく、細胞間コミュニケーションのプラットフォームとして機能しています。
🩸 血液脳関門の維持
アストロサイトの突起の先端(終足)が脳血管を取り囲み、血液と脳組織の物質透過性を厳密に制御する血液脳関門(BBB)の維持に貢献します。神経軸索を保護するミエリンの長期維持にも間接的に関与します。
脳が外傷や虚血、神経変性疾患などで損傷を受けると、アストロサイトは強くストレスに反応してGFAPの産生を急激に増やします。これを「反応性アストログリオーシス」と呼びます。初期には組織修復・グリア瘢痕形成という保護的な働きをしますが、慢性的に続くと逆に神経回路の再生を妨げる側面もあり、両刃の剣のような性質を持っています。
4. GFAP遺伝子変異と関連疾患:アレキサンダー病
GFAP遺伝子に生じた特定の変異は、アストロサイトの稀な遺伝性疾患であるアレキサンダー病(Alexander disease)を直接的に引き起こします。1949年にAlexander博士によって、難治性てんかんと水頭症、知的障害を呈した15ヶ月の乳児の剖検例として初めて報告されました。当時は原因不明の謎の疾患でしたが、2001年にGFAP遺伝子が原因遺伝子として同定され、現代の分子病態理解への扉が開かれました。
💡 用語解説:常染色体顕性遺伝(じょうせんしょくたいけんせいいでん)
「顕性遺伝(旧称:優性遺伝)」とは、2本ある染色体のうち片方に変異があるだけで症状が現れる遺伝形式のことです。親から子に伝わる確率は理論上50%。ただしアレキサンダー病の大部分は、両親には変異がなく子どもで初めて生じる「新生突然変異(de novo変異)」が原因です。遺伝形式の詳しい解説はこちら。
アレキサンダー病は常染色体顕性遺伝の形式をとります。乳児型・小児型の大部分は新生突然変異によって発症するため、家族歴がないことがほとんどです。一方、成人型は約65%で家族歴が認められます。患者の約98%でGFAP遺伝子の変異が同定される、極めて遺伝学的同定率の高い疾患です。
変異の「ホットスポット」と臨床型との関係
これまでに100種類以上のアレキサンダー病原因変異が報告されていますが、その大半はアミノ酸が1つ別のアミノ酸に置き換わる「ミスセンス変異」です。なかでも、人種を問わず変異が頻繁に発生する位置——いわゆる「変異ホットスポット」——として、R79・R88・R239・R416の4つのアミノ酸位置が知られています。これらはCpGジヌクレオチド(変異が起こりやすいDNA配列)に関連しており、突然変異が偶然発生しやすい場所なのです。
💡 用語解説:ミスセンス変異
DNA配列の1塩基が別の塩基に変わることで、それが指定するアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わってしまうタイプの変異です。たとえばアルギニン(R)がトリプトファン(W)に変わる「R416W」のように表記します。タンパク質の形が変わって機能に影響することがあり、遺伝性疾患の原因として最も多いタイプの変異の一つです。ミスセンス変異の詳しい解説はこちら。
興味深いことに、変異の位置によって臨床型に偏りがあります。R79・R88・R239の置換変異は大脳型(小児期発症)に多く、R416の置換は全ての臨床型にわたって出現します。アレキサンダー病の詳しい症状・診断・分類についてはアレキサンダー病の専門ページをご参照ください。
5. 病態メカニズム:機能獲得型変異とローゼンタール線維
アレキサンダー病の最も重要なポイントは、その病気の根本原因が「タンパク質が足りない」ことではなく、「変異したタンパク質が新しい毒性を獲得してしまう」こと——いわゆる機能獲得型変異(Gain-of-Function)のメカニズムにあるという点です。これは多くの遺伝性疾患(機能喪失型)とは正反対の発症様式で、治療戦略の設計に決定的な影響を与えます。
💡 用語解説:機能獲得型変異(Gain-of-Function)
本来とは異なる「新しい毒性」「過剰な活性」を獲得してしまう変異です。多くの遺伝性疾患は「機能が失われる」機能喪失型変異で発症しますが、アレキサンダー病はその逆。タンパク質の量を補充する治療ではなく、「機能獲得型変異の詳しい解説はこちら」。毒性を発揮する変異タンパク質そのものの産生を止める治療が有効です。後述するアンチセンスオリゴ療法の合理性はここに由来します。
病態カスケード:変異からローゼンタール線維、そして脱髄へ
変異GFAPは正常な中間径フィラメントの組み立てを物理的に阻害し、細胞内で異常な「変異GFAPオリゴマー」を形成します。これらの凝集体は細胞のタンパク質分解装置であるプロテアソームの機能を麻痺させ、結果として変異GFAPがさらに蓄積するという悪循環が生まれます。
💡 用語解説:ローゼンタール線維
アレキサンダー病の病理学的な決め手となる、アストロサイトの中にできる異常な「タンパク質の塊」です。変異GFAPと、それを正しく折りたたもうとして集まってきた分子シャペロン(αB-クリスタリン、熱ショックタンパク質HSP27)が一緒に固まってできる、顕微鏡下で観察される好酸性の巨大な封入体。1898年にRosenthal博士が脊髄空洞症の症例で初めて記載した構造で、その発見者の名前が付けられています。
ローゼンタール線維が物理的に蓄積し、分子シャペロンが枯渇すると、アストロサイトの生理機能は麻痺します。細胞外カリウム濃度の緩衝・グルタミン酸トランスポーターの働きが乱れ、脳内環境の恒常性が崩れます。さらに致命的なのが、アストロサイトに依存して神経軸索を保護しているオリゴデンドロサイトの機能破綻です。ミエリン(髄鞘)の維持ができなくなり、広範な大脳白質病変と進行性の脱髄へとつながります。
注目すべきは、野生型ヒトGFAPを過剰発現させた遺伝子改変マウスでも、GFAP量に比例してローゼンタール線維が形成され寿命が短縮するという実験結果です。これは「変異の質だけでなく、GFAPが過剰に存在すること自体が病態を駆動する」ことを示しており、後述する治療戦略の論理的根拠となっています。
6. GFAPを標的とした最先端治療:アンチセンスオリゴヌクレオチド療法
これまでアレキサンダー病に対する治療は、抗てんかん薬・胃瘻造設・ステロイドなどの対症療法に限定されてきました。疾患の進行そのものを止める手段は存在しなかったのです。しかし、ゲノム医薬技術の進展により、「病気の原因となるタンパク質の産生を止める」というアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)療法が、この致死的な難病にパラダイムシフトをもたらしました。
💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)
標的としたい遺伝子のRNA配列に「ぴったり対になるように」人工的にデザインされた短い核酸医薬です。細胞内に入ると、目標のメッセンジャーRNAに結合し、RNase H酵素がそれを分解することで、タンパク質の合成を根本から止めることができます。脊髄性筋萎縮症の治療薬「ヌシネルセン(スピンラザ)」が代表例で、難治性神経疾患の世界を一変させた技術です。
ジルガネルセン(zilganersen / ION373)の歴史的な第3相試験結果
Ionis Pharmaceuticals社が開発したジルガネルセン(zilganersen、ION373)は、GFAPのmRNAを標的としてその産生を抑制するアンチセンスオリゴです。ラットモデルを用いた前臨床試験では、髄腔内に1回投与するだけでGFAPのmRNA・タンパク質が検出限界近くまで減少し、すでに蓄積していた巨大なローゼンタール線維が可逆的に消失するという衝撃的な結果が示されました。さらに、症状が出現した後の投与でも運動障害の明確な改善が確認されたのです。
この前臨床成果を基盤として、国際共同第1〜3相臨床試験NCT04849741が実施されました。試験は世界8カ国13施設で実施され、1.5歳から53歳までの54名の患者が参加。2:1の比率で実薬群(25mgまたは50mgコホート)とプラセボ群に無作為割付され、12週間ごとに60週間にわたって髄腔内ボーラス投与を受けました。
📊 2025年9月22日:歴史的なトップライン結果
50mg用量コホートにおいて、主要評価項目である10メートル歩行テスト(10MWT)で評価された歩行速度の安定化について、プラセボ群と比較して平均差33.3%、p=0.0412(投与開始から61週時点)という統計学的に有意かつ臨床的に意義のある結果を達成しました。
これは、アレキサンダー病に対して疾患修飾効果を示した史上初の治験薬であり、根本治療が存在しなかったコミュニティに大きな希望をもたらしました。
2025年第4四半期、Ionis社はこのデータを基にFDA(米国食品医薬品局)に新薬承認申請(NDA)を提出。FDAはこれを優先審査(Priority Review)として受理し、PDUFA期日(審査完了予定日)は2026年9月22日と設定されました。FDAおよびEMA(欧州医薬品庁)はすでに本薬を希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)指定および希少小児疾患指定として認定しており、世界的な承認に向けた動きが加速しています。
7. 血液バイオマーカーとしてのGFAPの台頭
GFAPはこれまで主に病理組織染色のマーカーとして使われてきましたが、Simoa(Single Molecule Array)やLumipulseといった超高感度免疫測定技術の登場により、血液中のごくわずかなGFAP濃度を高精度に測定できる時代が到来しました。これにより、神経変性疾患・自己免疫疾患・外傷性脳損傷の診断・予後予測・治療モニタリングの強力なツールとして、GFAPは医療の最前線に躍り出ています。
アルツハイマー病の超早期診断パラダイムの転換
スウェーデンの大規模前向きコホート研究「BioFINDER-2試験」によって、血漿GFAPがアミロイドβ病理の極めて早期かつ特異的なマーカーであることが世界で初めて証明されました。最も衝撃的だったのは、認知機能が完全に正常な健常者でも、アミロイドPETで陽性と判定された人々では、陰性の人々に比べて血漿GFAP濃度がすでに有意に上昇している(p<0.001)という発見です。
アミロイドβ陽性を予測する各種バイオマーカーの精度(AUC)
Swedish BioFINDER-2試験データより/非侵襲的な血漿GFAPが侵襲的なCSFマーカーを上回る予測精度を示す
一般に脳病態の検出には脳脊髄液(CSF)の方が血液より優れるはずという常識がありましたが、GFAPに関しては血漿の方がアミロイドβ病理に特異的かつ強く相関するという直感に反する発見が確立されました。腰椎穿刺や高額なPET検査に代わる、アクセスしやすい大規模スクリーニング指標として、また疾患修飾薬の臨床試験における患者層別化指標として、絶大な価値を持っています。
多発性硬化症の「再発非依存性進行(PIRA)」をとらえる
多発性硬化症(MS)の分野でも、GFAPは疾患の隠れた本質を暴く重要なバイオマーカーとして位置付けられています。従来は急性炎症イベント(再発)の管理が治療指標でしたが、近年、再発の有無にかかわらず水面下で静かに進行する神経変性——「再発非依存性進行(PIRA:Progression Independent of Relapse Activity)」——が、長期的な身体機能障害を決定づける最大の脅威として認識されています。
血清GFAPは、MRI上の「緩徐拡大病変」や慢性的なミクログリア活性化を示す「常磁性リム病変」と強い相関を持ち、神経軸索障害マーカーであるニューロフィラメント軽鎖(NfL)よりも慢性的なアストロサイト活性化を特異的に反映します。ベースラインの血清GFAP濃度の高さは、将来の脳萎縮率の悪化を予測し、臨床的障害進行リスクの3.6倍の増大(ハザード比、p=0.005)と独立して結びついていることが証明されています。
外傷性脳損傷の迅速診断:FDA承認の血液検査
外傷性脳損傷(TBI)の領域でも、GFAPの血中動態は極めて有用です。2018年2月、米国FDAは軽度TBI(脳振盪など)患者の頭蓋内出血等を客観的に評価するための血液検査として、GFAPとUCH-L1の併用測定を正式に承認しました。これにより、不必要な頭部CTスキャンによる放射線被ばくを大幅に削減することが可能となっています。
8. GFAP遺伝子検査の臨床応用
GFAP遺伝子の変異検索は、出生前と出生後で異なる検査体系で行われます。アレキサンダー病は新生突然変異がほとんどであるという疾患特性から、両親の保因者検査は通常意義が小さく、検査の対象は主に「胎児または既に発症が疑われる患者本人」となります。
出生前診断における位置づけ
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)
両親のどちらにも存在しない遺伝子の変化が、子どもにおいて初めて生じる変異です。精子や卵子が作られる過程や、受精卵の初期分裂中に偶然発生します。「両親が健康だから、子も健康」とは限らない理由がここにあります。父親の年齢が上がるとともに発生頻度が高まることが知られており、近年のNIPT技術ではこの新生突然変異も妊娠中に検出できるようになりました。新生突然変異の詳しい解説はこちら。
ミネルバクリニックのインペリアルプラン(154遺伝子218疾患を対象とする包括的NIPT)にはGFAP遺伝子が含まれており、母体血の採血のみで胎児のGFAP遺伝子の新生突然変異の有無を妊娠初期から評価することが可能です。アレキサンダー病の家族歴がある場合、または超音波検査などで巨頭症などの所見が認められた場合などに有用です。
なお、出生前の確定診断には羊水検査・絨毛検査による胎児DNA直接解析が必要です。NIPTは非確定検査(スクリーニング)であり、陽性結果が出た場合は確定検査での確認が原則となります。
出生後の確定診断と分子診断
既に発症が疑われるお子さんや成人患者では、進行性の白質脳症・巨頭症・球麻痺症状・MRI所見などから臨床的にアレキサンダー病が疑われた段階で、全エクソーム検査(WES)またはクリニカルエクソーム検査によるGFAP遺伝子のシーケンス解析が確定診断につながります。R79・R88・R239・R416などのホットスポット領域に病的変異が同定されれば、アレキサンダー病の確定診断となります。
💡 GFAP遺伝子検査が適応となる主な状況
- ➤進行性の巨頭症と精神運動発達遅滞を呈する乳児
- ➤原因不明の白質ジストロフィー(特に前頭葉優位)を示すMRI所見
- ➤球麻痺・自律神経障害・歩行障害を呈する成人例で延髄萎縮を伴うもの
- ➤家族歴のあるご家族の保因者検査・出生前診断
- ➤ジルガネルセン治療の適応判断や臨床試験参加の前提検査
なお、GFAP変異は稀ながら遺伝性痙性対麻痺や運動失調症との表現型のオーバーラップが報告されており、症状の似た疾患群との鑑別には早期発症運動失調症NGSパネルなどの包括的解析が有効な場合もあります。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 遺伝子検査・遺伝カウンセリングについて
GFAP遺伝子や脳神経関連の希少疾患に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。
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