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性染色体とは?X・Y染色体の役割、常染色体との違いと性染色体異常を遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医。

ヒトの細胞には46本の染色体があり、そのうち2本だけが性染色体(せいせんしょくたい)と呼ばれます。女性はX染色体を2本(XX)、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ(XY)持つのが一般的です。性染色体は「男女を決める染色体」として知られていますが、それだけではありません。X染色体の片方を眠らせるX染色体不活性化、身長に関わるSHOX(ショックス)遺伝子、2023年に初めて端から端まで読み切られたY染色体、そして年齢とともに血液からY染色体が失われる現象まで、性染色体は一生を通じて体の働きに関わっています。この記事では、性染色体の基本から常染色体との違い、性染色体の数の異常、最新の研究までを、遺伝専門医の立場から順を追って解説します。

性染色体(X染色体・Y染色体)の構造と働きをまとめたインフォグラフィック

この記事でわかること
📖 読了時間:約17分
🧬 性染色体・X染色体不活性化・性染色体異常
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. 性染色体とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 性染色体とは、ヒトの23対46本の染色体のうち、性の発達に関わる1対(X染色体とY染色体)のことです。残りの22対44本は常染色体と呼ばれます。女性は通常XX、男性はXYの組み合わせを持ち、Y染色体上のSRY遺伝子が精巣をつくるスイッチになります。X染色体には性とは直接関係しない遺伝子も数多く含まれており、女性の細胞では2本のうち1本が不活性化されて量のバランスが保たれています。性染色体の本数が変わる性染色体異常(ターナー症候群・クラインフェルター症候群など)は、NIPTや羊水検査で調べることができます。

  • ➤正体 → 23対の染色体のうち、X染色体とY染色体からなる1対
  • ➤常染色体との違い → 男女で組み合わせが異なり、XとYは大きさも遺伝子の数も大きく違う
  • ➤量の調整 → 女性ではX染色体の1本が不活性化され、XYとの遺伝子量の差が小さくなる
  • ➤身長とのつながり → XとYの両方の先端にあるSHOX遺伝子の本数が、身長に影響する
  • ➤最新研究 → Y染色体の完全解読、加齢によるY染色体の消失、女性に多い自己免疫疾患との関係

🧬 性染色体の基本情報

項目 内容
読み方・英語 せいせんしょくたい/sex chromosomes。X染色体とY染色体の総称
本数 46本(23対)のうち2本(1対)。残りの44本(22対)は常染色体
一般的な組み合わせ 女性:46,XX/男性:46,XY
性の決定 Y染色体上のSRY遺伝子が精巣の形成を始めるスイッチになる
量の調整 女性の細胞ではX染色体の1本が不活性化される(X染色体不活性化)
代表的な異常 ターナー症候群(45,X)、クラインフェルター症候群(47,XXY)、トリプルX症候群(47,XXX)、XYY症候群(47,XYY)など
臨床での関わり X連鎖遺伝の遺伝カウンセリング、NIPT・羊水検査による性染色体の評価、性分化疾患の遺伝子検査

※本記事は性染色体の用語解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. 性染色体とは ─ 46本のうちの特別な1対

私たちの体をつくる細胞の核には、遺伝情報であるDNAが染色体という形に折りたたまれて収められています。ヒトの染色体は全部で46本あり、通常、父親と母親から受け継いだ染色体が組になり、23対を構成しています。このうち1番から22番までの22対44本は、性染色体と区別される常染色体です。残る1対2本が性染色体で、X染色体とY染色体の2種類があります。

常染色体では、ペアになる2本は形も大きさもほぼ同じで、同じ遺伝子が同じ順番に並んでいます。このような関係にある2本を相同染色体と呼びます。ところが性染色体は、女性ではX染色体が2本(XX)でペアになりますが、男性ではX染色体とY染色体という、形も大きさも中身も大きく異なる2本(XY)が組み合わさります。「男女で組み合わせが違う」という点が、性染色体と常染色体を分ける最も大きな特徴です。

💡 用語解説:「46,XX」「46,XY」という書き方

染色体の検査結果は、「染色体の総数、性染色体の組み合わせ」の順で書くのが国際的な約束です。たとえば「46,XY」は、染色体が全部で46本あり、性染色体がX染色体1本とY染色体1本であることを意味します。性染色体が1本多い場合は「47,XXY」、1本少ない場合は「45,X」のように書きます。この表記を核型(かくがた)と呼び、性染色体の数の異常を理解するうえでの基本になります。

性染色体は、卵子と精子がつくられるときの分け方にも特徴があります。卵子や精子をつくる減数分裂では、23対の染色体が1本ずつに分かれて、23本だけを持つ細胞ができます。女性の卵子は必ずX染色体を1本持ちますが、男性の精子はX染色体を持つものとY染色体を持つものが、ほぼ半数ずつつくられます。X染色体を持つ精子が受精すればXX、Y染色体を持つ精子が受精すればXYとなるため、染色体の上での性は、受精の瞬間に父親由来の性染色体が通常XXかXYかを決めます。ただし、染色体構成と性腺・外性器の発達が一致しない場合もあります。

ただし、性染色体の役割を「男女を決めること」だけと考えると、その大部分を見落とすことになります。X染色体には、脳の発達、血液の固まり方、筋肉、免疫など、性とは直接関係のない遺伝子が数多く並んでいます。そのため、X染色体上の遺伝子の変化は、性別を問わずさまざまな病気の原因になります。性染色体は、性の発達と全身の健康の両方にまたがる、少し特殊な位置にある染色体といえます。以下の章では、X染色体とY染色体がそれぞれどのような染色体なのかを見ていきます。

2. X染色体とY染色体の違い ─ 大きさも中身も非対称

X染色体とY染色体は、進化の歴史をさかのぼると、もともとは1対の常染色体だったと考えられています。一方の染色体に性を決める遺伝子が生じたことをきっかけに、2本の間で組換え(遺伝情報の交換)が起こる範囲が少しずつ狭まり、別々の道を歩むようになりました[1]。その結果、現在のX染色体は大型で、多くの遺伝子を持つ染色体として保たれている一方、Y染色体は小さく、遺伝子の数も限られた染色体になっています。

X染色体は、女性では2本、男性では1本しかありません。男性はX染色体上の遺伝子を1コピーしか持たないため、その遺伝子に病的な変化があると、補う相手がなく症状が出やすくなります。これが、血友病やデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどが主に男性に見られる理由であり、X連鎖遺伝と呼ばれる遺伝のしかたの土台になっています。女性は2本のX染色体を持つので、片方に変化があっても、もう片方が働いて症状が軽く済んだり、症状が出ない保因者になったりすることがあります。

一方、Y染色体は父親から息子へ、ほぼそのままの形で受け継がれます。Y染色体の大部分はX染色体と組換えを起こさない「男性特異的領域」で、ここには精巣をつくるSRY遺伝子や、精子をつくるのに必要な遺伝子のグループが集まっています。Y染色体には同じ配列が何度も繰り返されるサテライトDNAや、鏡に映したように左右対称に並ぶ長い回文配列が多く含まれています。長腕の先端(Yq12)には、遺伝子をほとんど含まず固く凝縮したヘテロクロマチンの領域が広がっています。

この「繰り返しの多さ」のために、Y染色体は長いあいだ全体を読み切ることができませんでした。2003年に完成したヒトゲノムの標準配列でも、Y染色体の半分以上は読み取れないまま空白として残されていました[2]。その空白が2023年にようやく埋められた経緯は、6章で詳しく紹介します。

XとYの両方の先端には、例外的に同じ配列を共有する短い領域があります。これを偽常染色体領域(PAR)と呼びます。男性の減数分裂ではXとYがこの部分でペアをつくり、組換えを起こします。PARの遺伝子は常染色体と同じように男女とも2コピーずつ持つため、X染色体不活性化の対象からも外れます。身長に関わるSHOX遺伝子はこのPARにあり、性染色体の本数と身長の関係を理解するかぎになります(5章)。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「Y染色体は小さいから重要ではない」は誤りです】

Y染色体は遺伝子の数が少なく、長いあいだ「ほとんど中身のない染色体」のように説明されてきました。しかし、臨床遺伝の立場から見ると、Y染色体の小さな欠失が精子形成に大きく影響すること、Y染色体の一部がX染色体に乗り移ると46,XXでも精巣ができることなど、Y染色体の働きを示す事実は数多くあります。

遺伝子の数と、その遺伝子が果たす役割の大きさは、必ずしも比例しません。Y染色体はその代表例です。染色体の検査結果を読むときには、「どの染色体に、どの程度の変化があるか」を一つずつ確かめることが大切です。

3. 性はどう決まるのか ─ SRY遺伝子と性分化

受精したばかりの胎児は、XXでもXYでも、はじめは男女どちらにもなれる共通の性腺(生殖腺)の原型を持っています。この性腺が精巣になるか卵巣になるかを決めるのが、Y染色体の短腕にあるSRY(エスアールワイ)遺伝子です。SRYは「精巣決定因子」とも呼ばれ、胎生期の決まった時期に性腺で働き、SOX9(ソックスナイン)などの遺伝子をオンにして、性腺を精巣へと導きます。

受精(46,XY)Y染色体を受け継ぐ
▶
SRYが働く共通の性腺で発現
▶
SOX9などが活性化精巣がつくられる
▶
ホルモンの分泌内性器・外性器が男性型に

精巣ができると、そこから分泌されるテストステロンなどのホルモンが、内性器や外性器を男性型へと発達させます。一方、SRYが働かない場合(通常はXX)は、卵巣の発達に関わる遺伝子群の働きによって性腺が卵巣へと発達し、内性器・外性器は女性型になります。つまり、性の発達は「性染色体の組み合わせ」→「性腺の種類」→「ホルモンの働き」という段階を順に踏んで進みます。どの段階に変化があっても、性染色体の組み合わせと体の性の特徴が典型的な形と一致しないことがあり、これを性分化疾患(DSD)と呼びます。

たとえば、父親の精子ができる過程でSRYを含むY染色体の一部がX染色体へ移ると、生まれた子どもは46,XXでも精巣を持つことがあります(46,XX精巣性性分化疾患)。反対に、46,XYでもSRYやその下流の遺伝子に変化があると、精巣が十分につくられないことがあります。性分化疾患は単一の病気ではなく、原因となる遺伝子も多岐にわたるため、染色体検査に加えて、複数の遺伝子をまとめて調べる性分化疾患(DSD)遺伝子検査パネルや46,XY性分化疾患遺伝子検査が診断の手がかりになります。

このように、性染色体は性の発達の出発点ではありますが、それだけで体の性のすべてが決まるわけではありません。染色体の組み合わせ、性腺、ホルモン、そして体の反応という複数の層が関わっていることを理解しておくと、性分化疾患の診断や遺伝カウンセリングで示される情報が、ぐっと読み解きやすくなります。

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4. X染色体不活性化 ─ 2本のXを「1本分」にする仕組み

女性はX染色体を2本、男性は1本持っています。もし両方のX染色体が同じように働くと、女性ではX染色体上の遺伝子の量が男性の2倍になってしまいます。これを防ぐため、女性の細胞では発生のごく初期に、2本のX染色体のうち1本がほぼまるごと働かない状態にされます。これがX染色体不活性化(XCI)で、発見者の名前からライオニゼーションとも呼ばれます。不活性化されたX染色体は核の中で小さく凝縮し、顕微鏡でバー小体として観察されます。

どちらのX染色体が不活性化されるかは、細胞ごとにほぼランダムに決まり、一度決まるとその細胞から分裂してできる子孫の細胞にも引き継がれます。その結果、女性の体は父親由来のXが働いている細胞と母親由来のXが働いている細胞が入り混じったモザイク状態になります。X連鎖の病気の保因者の女性で、症状の出方に大きな個人差があるのは、このモザイクの偏り方が人によって異なるためです。

X染色体不活性化の模式図。母由来のXが働く細胞と父由来のXが働く細胞が混在し、モザイク状になる様子

X染色体を2本持つ体細胞では、通常、細胞ごとにどちらか一方のX染色体の大部分が不活性化されます。母由来のXが働く細胞と父由来のXが働く細胞が混在する状態を示した模式図です。不活性化したXでも、一部の遺伝子は働きます。実際の染色体の形や細胞の比率を示すものではありません。

XIST(イグジスト)RNAとSPEN(スペン)による遺伝子の沈黙

X染色体不活性化の司令塔は、不活性化される側のX染色体から読み出されるXIST(X-inactive specific transcript)という長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)です。XISTはタンパク質をつくる設計図にはならず、RNAのまま自分が読み出されたX染色体全体を覆うように広がり、さまざまなタンパク質を呼び寄せて遺伝子を沈黙させます。なお、XISTを使ったこの仕組みは、胎盤を持つ哺乳類(真獣類)に特有のものです。

💡 用語解説:長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)

RNAの多くはタンパク質をつくるための「設計図のコピー(mRNA)」ですが、中にはタンパク質をつくらず、RNAそのものが働くものがあります。そのうち200塩基以上の長いものを長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)と呼びます。XISTはその代表で、長いRNAの中の決まった部分が、それぞれ別のタンパク質をつかまえる「足場」として働きます。遺伝子ではあってもタンパク質をつくらない、という点が理解のポイントです。

XISTが遺伝子を止める最初の段階で中心になるのが、SPEN(スペン、SHARPとも呼ばれます)というタンパク質です。マウスを用いた研究で、SPENはXISTの端にある「Aリピート」と呼ばれる部分に結合し、X染色体上で働いている遺伝子のプロモーターやエンハンサー(遺伝子のスイッチ部分)に集まることが示されました[3]。SPENは、HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)を含む抑制因子の複合体を呼び寄せ、遺伝子のスイッチを切る役割を担います。遺伝子が沈黙するとSPENはその場所から素早く離れること、SPENがなければ着床前のマウス胚でX染色体の沈黙が始まらないことも報告されています[3]。

XIST RNAが発現X染色体全体を覆う
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SPENが結合HDACでスイッチを切る
▶
ポリコームが集まる抑制型のヒストン修飾
▶
DNAメチル化不活性化が固定される

その後、ポリコーム複合体(PRC1/PRC2)が集まり、ヒストンに「働かない」という目印を付けていきます。最終的には遺伝子のスイッチ部分にDNAメチル化が加わり、不活性化が安定して維持されるようになります。DNAの配列そのものは変えずに、目印の付け方で遺伝子の働きを長く制御するこの仕組みは、エピジェネティクスの代表例です。

ウイルス防御の仕組みを借りた可能性

SPENはXISTだけでなく、ヒトやマウスのゲノムに昔から入り込んでいる内在性レトロウイルス(ERV)のRNAにも結合します。マウス胚性幹細胞の研究では、SPENを失うと一部のERVが目を覚まして働き始めること、ERVのRNAとXISTのAリピートがよく似た立体構造を持ち、SPENの同じ部位を取り合うことが示されました[4]。さらに、Aリピートを失ったXISTにERVの配列を組み込むと、SPENとの結合が回復し、近くの遺伝子を沈黙させられることもわかっています[4]。

これらの結果から、XISTはもともとゲノム内の寄生的な配列を封じ込めるための仕組みを借りて、X染色体全体の量の調整に転用したのではないか、という仮説が提示されています[4]。ただし、これはマウスの細胞を中心とした研究から導かれた進化の仮説であり、確定した事実ではありません。

ヒトの初期胚では「減衰」という段階がある

ヒトの着床前の胚では、マウスとは異なる現象が見られます。XISTは2本のX染色体の両方から読み出されて両方を覆いますが、すぐに片方を完全に沈黙させるわけではありません。ヒトのナイーブ型胚性幹細胞を用いた研究では、この段階のXISTがポリコームによる抑制型の目印の付加を引き起こし、SPENに依存して2本のX染色体の働きを少しずつ弱めることが示されました[5]。この現象はX染色体減衰(dampening)と呼ばれ、X染色体不活性化が完成する前の一時的な量の調整と考えられています[5]。ヒト胚でのデータはまだ限られており、詳しい仕組みは研究が続いている段階です。

不活性化を免れる「エスケープ遺伝子」

X染色体不活性化は、X染色体上のすべての遺伝子を完全に止めるわけではありません。ヒトの多数の組織を解析した研究では、X染色体上の遺伝子の少なくとも23%が不活性化されたX染色体からも部分的に読み出されており、その結果、遺伝子の働きに男女差が生じることが示されています[6]。こうした遺伝子をX染色体エスケープ遺伝子と呼びます。エスケープ遺伝子は、性染色体の本数が変わったときの症状や、9章で触れる自己免疫疾患の男女差を理解するうえで重要です。

5. 偽常染色体領域(PAR)とSHOX遺伝子 ─ 性染色体と身長

X染色体とY染色体の先端には、例外的に同じ配列を持つ偽常染色体領域(PAR)があります。短腕の先端のPAR1は約2.7 Mb(メガベース、1 Mbは100万塩基対)、長腕の先端のPAR2は約330 kbの長さです[7]。男性の減数分裂では、XとYが通常PAR1で組換えを起こし、この組換えがXとYを正しく別々の精子へ分けるために欠かせません。そのため、男性のPAR1の組換えの頻度はゲノム全体の平均の約17倍に達します[7]。PAR1の対合・組換えに支障があると、XとYの分配異常や生殖機能への影響につながり得ます[8]。

2007年の総説ではPAR1に24の遺伝子が割り当てられていました[8]。PARの遺伝子はXにもYにも同じものがあるため、常染色体の遺伝子と同じように男女とも2コピーずつ持ち、X染色体不活性化も受けません。このため、PARにある遺伝子の病気は、X連鎖遺伝ではなく常染色体顕性(優性)遺伝に似た伝わり方をします。これを「偽常染色体顕性遺伝」と呼びます。

SHOX遺伝子は「本数」が身長を左右する

PAR1にある遺伝子のうち、体の発達との関わりが最もはっきりしているのがSHOX(ショックス)遺伝子です[7]。SHOXはホメオボックスというDNA結合部分を持つ転写因子(ほかの遺伝子のオン・オフを調節するタンパク質)で、腕や脚の長い骨が伸びる過程に関わります。SHOXの特徴は、働いている遺伝子の本数(量)によって、身長や骨の形が段階的に変わることです。

💡 用語解説:ハプロ不全

通常は2コピーある遺伝子のうち1コピーが働かなくなり、残りの1コピー分の量では足りないために症状が出る状態をハプロ不全といいます。SHOXはその典型で、「半分の量」では骨の伸びが十分でなくなります。逆に、コピー数が増えると身長が高くなる方向に働くと考えられており、遺伝子の量そのものが体の特徴に影響する遺伝子量効果の分かりやすい例になっています。

📏 SHOX遺伝子の働いているコピー数と主な状態

働いているSHOXの数 主な状態 特徴
0コピー ランガー型中間肢異形成症(LMD) 前腕・下腿の骨の強い短縮を伴う低身長。両方のアレルの変化による
1コピー レリー・ワイル症候群(LWD)、特発性低身長の一部、ターナー症候群の低身長 低身長。LWDではマデルング変形(手首に近い橈骨の変形)を伴うことがある
2コピー 46,XX/46,XY 通常の骨の伸び
3コピー 47,XXX・47,XXY・47,XYYなど 平均より身長が高い傾向。SHOXの量の増加が一因と考えられている

※症状の程度には個人差が大きく、同じコピー数でも身長や骨の所見はさまざまです。

SHOXの両方のアレル(遺伝子のコピー)やその近くの調節領域に変化があると、強い骨の短縮を伴うランガー型中間肢異形成症(LMD)となります。片方だけの変化は、レリー・ワイル症候群(LWD)や、原因のはっきりしない特発性低身長の一部の原因になります。SHOXやその調節領域の変化が見つかる割合は、診断基準や対象集団によって異なります[9]。SHOXの変化はLWD・LMD・特発性低身長の原因として知られており、原因を調べる方法として染色体検査、MLPA法、FISH法、塩基配列解析などが用いられています[10]。

ターナー症候群(45,X)では、X染色体が1本しかないため、SHOXも1コピーしか働いていません。SHOXのハプロ不全は、ターナー症候群の低身長や一部の骨格の特徴に関わっていることが知られています[8]。一方、性染色体が1本多い47,XXX・47,XXY・47,XYYでは、平均より身長が高い傾向があり、SHOXのコピー数の増加がその一因と考えられています。ただしクラインフェルター症候群の高身長には、性腺の働きが弱いことで骨の成長線が閉じるのが遅れることも関わっており、SHOXだけで説明できるわけではありません。

なお、ヒトの組織の遺伝子発現を男女で比べた研究では、X染色体不活性化を免れる遺伝子で男女の発現差が生じることが示されています[6]。SHOXについても発現の男女差を示唆する報告がありますが、査読前の段階のものも含まれており、こうした差が身長の男女差にどの程度関わっているのかは、現時点では明確なデータが示されていません。

6. Y染色体の完全解読 ─ 読めなかった半分がついに読まれた

2023年、テロメアからテロメアまでを切れ目なく読むことを目指す国際共同研究(T2Tコンソーシアム)が、1人の男性(HG002)のY染色体の全配列、62,460,029塩基対を発表しました[2]。従来の標準配列(GRCh38)で読めていなかった部分を含め、3,000万塩基対を超える配列が新たに加わり、従来の配列の誤りもいくつも修正されました。これにより、ヒトの24種類の染色体すべてについて、切れ目のない完全な参照配列がそろったことになります[2]。

この解読を可能にしたのは、一度に非常に長いDNAを連続して読み取れるロングリードシーケンサーです。短い断片しか読めない従来の方法では、同じ配列が繰り返される領域をつなぎ合わせることができませんでした。完全解読によって、精子形成に関わるTSPY(ティーエスピーワイ)、DAZ(ダズ)、RBMY(アールビーエムワイ)といった遺伝子ファミリーが、繰り返しの単位ごとにどのように並んでいるか(アンプリコン構造)が初めて明らかになりました[2]。新たに41のタンパク質をつくる遺伝子が追加され、その多くはTSPYファミリーのコピーでした。長腕の先端のヘテロクロマチン領域では、HSat1とHSat3という2種類のサテライト配列が交互にブロック状に並んでいることもわかりました[2]。

💡 用語解説:アンプリコンと回文配列

Y染色体の男性特異的領域には、ほぼ同じ配列の大きなブロックが何度も繰り返されている部分があり、これをアンプリコン領域と呼びます。その中には、ある地点を中心に配列が左右対称に折り返す「回文(パリンドローム)」構造が含まれます。同じ配列が近くに複数あると、細胞分裂の際に配列どうしが誤って組換えを起こし、間にある領域がごっそり抜け落ちることがあります。これが次に述べるAZF欠失の仕組みです。

無精子症因子(AZF)とY染色体の微小欠失

Y染色体の長腕には、精子をつくるために必要な遺伝子が集まる無精子症因子(AZF)と呼ばれる領域があり、AZFa・AZFb・AZFcの3つに分けられます。この領域の一部が抜け落ちるY染色体AZF微小欠失は、男性不妊の遺伝的な原因として知られ、非閉塞性無精子症や重い乏精子症の原因となります。

欠失が起こる仕組みは、領域によって異なります。AZFaの欠失は、その両端にある2つのHERV15と呼ばれる内在性レトロウイルス由来の配列の間で組換えが起こることで生じると報告されています[11]。一方、AZFbやAZFcの欠失は、先に述べた回文配列やアンプリコンの間で起こる組換えによって生じます[12]。似た配列どうしが誤って組換えを起こすこの現象は、非対立遺伝子相同組換え(NAHR)と呼ばれ、常染色体の微細欠失症候群とも共通する仕組みです。DAZファミリーは主にAZFcに含まれており、DAZ1遺伝子などが精子形成への関わりから研究されています。AZF欠失の仕組み自体はT2T以前から研究されてきましたが、完全な配列が得られたことで、欠失の範囲をより正確に評価できるようになりました。

Y染色体は人によって長さが2倍近く違う

同じ2023年には、世界のさまざまな系統に属する43人の男性のY染色体を読み取った研究も発表されました[1]。その結果、Y染色体の長さは45.2 Mbから84.9 Mbまで、人によって2倍近い差があることがわかりました[1]。この差の多くは、遺伝子をほとんど含まないヘテロクロマチンの繰り返し配列の量の違いによるものです。Y染色体の大きさは人によって大きく異なっていても、健康な男性の間でも見られる違いであり、長さそのものが病気を意味するわけではありません。こうした多様性を踏まえた参照配列づくりは、ヒトパンゲノムの取り組みとして進められています。

7. 性染色体の数の異常とNIPT ─ 検査でわかること

性染色体の本数が典型的な2本(XXまたはXY)と異なる状態を、性染色体の数の異常(性染色体異数性)といいます。多くは、卵子や精子ができる減数分裂のとき、あるいは受精後の早い時期の細胞分裂のときに、染色体がうまく分かれない染色体不分離によって偶然に起こります。1本足りない状態はモノソミー、1本多い状態はトリソミーと呼ばれます。

常染色体の数の異常の多くが重い症状を伴うのに比べ、性染色体の数の異常は症状が比較的軽いことが多く、生涯診断されないまま過ごす人も少なくありません。その理由の一つが、4章で説明したX染色体不活性化です。X染色体が何本あっても、働くX染色体は原則として1本に保たれるため、影響が小さくなります。ただし、エスケープ遺伝子やPARの遺伝子は不活性化されないため、その量の違いが症状の一部に関わっていると考えられています。

🧬 代表的な性染色体の数の異常

名称 核型 頻度の目安 主な特徴
ターナー症候群 45,X など 女児2,000〜2,500人に1人[13] 低身長、卵巣機能の低下、心臓・腎臓の形の違いなど
クラインフェルター症候群 47,XXY 男児500人に1人[14] 小さな精巣、テストステロンの低下、不妊、高身長の傾向など
トリプルX症候群 47,XXX 女児約1,000人に1人[15] 高身長の傾向。言葉の発達の遅れや学習面の困難がみられることがある
XYY症候群 47,XYY 男児約1,000人に1人[16] 高身長の傾向。多くは生殖能力が保たれ、診断されないことも多い
XXYY症候群 48,XXYY 男児約18,000〜40,000人に1人[25] クラインフェルター症候群より症状がはっきりしやすい

※頻度は報告によって幅があります。症状の出方には個人差が大きく、ここに挙げた特徴がすべて現れるわけではありません。

ターナー症候群は、X染色体が1本しかない、または片方のX染色体の一部が欠けている状態です。低身長と卵巣機能の低下が代表的な特徴で、心臓や腎臓の形の違いを伴うこともあります。クラインフェルター症候群は、ヒトの性染色体の数の異常の中で最も多いもので、男性にX染色体が1本以上多い状態を指します[14]。トリプルX症候群では、診断されないまま過ごす人が多いとされています[15]。XYY症候群も、多くの人が診断されないか、成人してから別の理由で見つかります[16]。

💡 用語解説:モザイク

1人の体の中に、染色体の構成が異なる2種類以上の細胞が混ざっている状態をモザイクと呼びます。たとえば「45,X/46,XX」は、45,Xの細胞と46,XXの細胞が混在していることを表します。性染色体の数の異常ではモザイクが比較的よく見られ、異常な細胞の割合や、どの組織に多いかによって症状の出方が変わります。8章で説明する加齢によるY染色体の消失も、モザイクの一種です。

出生前にわかること・わからないこと

性染色体の数の異常は、妊娠中に調べることができます。母体の血液に含まれる胎児(胎盤)由来のDNA断片を解析するNIPT(新型出生前診断)では、21・18・13トリソミーに加えて、性染色体の数の異常を調べる検査を選べる場合があります。ただし、NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、陽性の結果が出た場合は、羊水検査や絨毛検査による確定診断が必要です。性染色体の数の異常に対するNIPTの陽性的中率(陽性だった人が実際にその異常を持つ割合)は、対象とする核型によって大きく異なり、とくに45,Xで低いことが系統的レビューで示されています[17]。1万2千件あまりを解析した単一施設の報告では、性染色体の数の異常全体の陽性的中率は57.6%で、ターナー症候群(45,X)では21.4%にとどまりました[18]。偽陽性にはモザイクなどが関わり得て[17]、胎盤だけに異常がある場合(限局性胎盤モザイク)や、母親自身が気づかないうちに性染色体のモザイクを持っている場合などがこれにあたります。

また、性染色体の数の異常は症状の幅が広く、検査の結果だけで将来の姿を決めることはできません。検査を受ける前に、何がわかり何がわからないのか、陽性だった場合にどのような選択肢があるのかを整理しておくことが大切です。当院では、COATE法を用いたNIPTで性染色体の評価を行い、検査の前後に臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを担当しています。詳しくはNIPTでわかる性染色体異常のページをご覧ください。

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8. 加齢とY染色体 ─ 血液から少しずつ失われるY

生まれつきの性染色体の異常とは別に、年齢を重ねるにつれて、血液の細胞の一部からY染色体が失われていく現象が知られています。これをY染色体モザイク脱失(mLOY:mosaic loss of chromosome Y)と呼びます。受精卵から受け継いだ染色体とは関係なく、成人してから一部の細胞に起こる変化(後天的な体細胞の変化)であり、次の世代に遺伝するものではありません。

mLOYは、血液の細胞に見られるクローン性の変化として最も多いものとされています[19]。英国の大規模な住民研究(UKバイオバンク)に参加した約20万人の男性を解析した研究では、約20%に検出可能なmLOYが認められました[19]。この研究では、mLOYの起こりやすさに関わる遺伝的な要因が常染色体上に156か所見つかり、その多くが細胞分裂の制御やがんのなりやすさに関わる遺伝子の近くにありました[19]。年齢が上がるほど、mLOYは見つかりやすくなります。

💡 用語解説:クローン性造血とmLOY

血液の細胞は、骨髄の造血幹細胞からつくられます。ある造血幹細胞に変化が起こり、その子孫の細胞が血液の中で一定の割合を占めるようになる状態をクローン性造血といいます。mLOYは、Y染色体を失った細胞のクローンが血液中に増える現象で、クローン性の変化(クローン性モザイク)の中で最もよく見られるものとされています。多くの人では血液のがんに進むことはありません。

かつてmLOYは、年齢に伴う無害な変化と考えられていました。しかし2014年、高齢男性1,153人を追跡した研究で、血液にmLOYがある男性は、全死亡のリスクと、血液以外のがんによる死亡のリスクが高く、生存期間の中央値が5.5年短かったことが報告されました[20]。その後の研究でも、mLOYと死亡リスクやさまざまな加齢性の病気との関連が報告されています[21]。

マウスで示された「心臓の線維化」とのつながり

ただし、住民研究で示されるのは関連であり、mLOYが病気の原因なのか、それとも老化の結果として一緒に現れているだけなのかは区別できません。この点を確かめるため、2022年には、Y染色体を持たない骨髄細胞を移植したマウスを用いた研究が発表されました[21]。このマウスでは死亡率が高く、心臓の機能低下や、組織が硬くなる線維化が起こりやすいことが示されました。心臓に入り込んだY染色体のないマクロファージ(免疫細胞の一種)は、線維化を促す性質に傾いており、TGF-βシグナルの中心にあるTGF-β1を中和する抗体を投与すると、マウスの心機能の低下が改善しました[21]。

同じ研究では、ヒトの前向き研究のデータから、血液のmLOYが心血管疾患や心不全に関連する死亡のリスクの上昇と関連していることも示されています[21]。マウスの結果は、mLOYが心臓の線維化に因果的に関わりうることを示す重要な証拠ですが、ヒトでmLOYがどの程度病気を引き起こしているのか、治療の対象になりうるのかは、今後の研究を待つ必要があります。現時点では、mLOYを調べることが日常の診療や健康診断として勧められている段階ではありません。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「関連がある」と「原因である」を分けて読む】

Y染色体の脱失と病気の関係は、ニュースなどで「Y染色体を失うと寿命が縮む」といった強い言葉で紹介されることがあります。しかし、大規模な住民研究で分かるのは「一緒に見られることが多い」という関連までです。因果関係を示したのはマウスの実験であり、それをそのままヒトに当てはめることはできません。

これは遺伝子や染色体の研究全般に言えることで、論文の結論がどの種類の研究から導かれたかを確認することが重要です。研究段階の知見は、根拠の強さと臨床での有用性を分けて評価する必要があります。

9. 性差と自己免疫 ─ X染色体が女性の免疫に与える影響

全身性エリテマトーデス(SLE)やシェーグレン症候群などの自己免疫疾患は、女性に多いことが知られています。女性ホルモンの影響だけでは説明しきれないこの男女差に、X染色体が関わっている可能性が研究されています。

不活性化を免れる免疫の遺伝子

その手がかりの一つが、4章で紹介したエスケープ遺伝子です。ウイルスのRNAを感知するTLR(Toll様受容体)の一つであるTLR7の遺伝子はX染色体上にあります。女性の免疫細胞を1つずつ調べた研究では、B細胞・単球・形質細胞様樹状細胞の一部で、TLR7が2本のX染色体の両方から読み出されていることが示されました[22]。同じ現象は、X染色体を2本以上持つクラインフェルター症候群の男性でも確認されています。TLR7の量はSLEの発症に関わる重要な要因と考えられており、SLEはクラインフェルター症候群の男性でも多いことが報告されています[22]。

XIST RNPが自己抗原として働く可能性

もう一つの手がかりが、X染色体不活性化を担うXISTそのものです。XISTは細胞の中で数多くのタンパク質と結合して、大きな複合体(リボ核タンパク質複合体、RNP)をつくります。マウスの胚性幹細胞では、XISTは81種類のタンパク質と複合体をつくり、その中には自己免疫疾患で自己抗体の標的となるタンパク質が含まれていることが以前から指摘されていました[23]。

💡 用語解説:自己抗原と自己抗体

免疫は本来、ウイルスや細菌などの「外からの異物」を攻撃する仕組みです。ところが何らかの理由で、自分の体の成分を異物とみなして攻撃してしまうことがあります。このとき標的になる自分の成分を自己抗原、それに対してつくられる抗体を自己抗体と呼びます。SLEでは、細胞の核の中にあるDNAやRNA、RNAと結合するタンパク質に対する自己抗体がよく見られます。

2024年に発表された研究では、遺伝子を沈黙させる働きを持たない形のXISTを、本来XISTを持たない雄のマウスに発現させる実験が行われました[23]。その結果、XISTの複合体が形成された雄のマウスでは自己抗体がつくられ、自己免疫になりやすい系統(SJL/J)のマウスでは、薬剤で誘発したループスのモデルで、通常の雄より重い多臓器の障害が起こりました[23]。また、XISTを発現した雄のT細胞やB細胞の状態は、雌に近いものへと変化していました。さらに、自己免疫疾患の患者さんの血液では、XIST複合体の複数の構成成分に対する自己抗体が検出されました[23]。

一方で、この結果の解釈には注意が必要です。重い病態は自己免疫になりやすい系統のマウスでのみ見られ、自己免疫になりにくい系統では起こらなかったことから、XISTの発現だけで自己免疫が起こるわけではないと指摘されています[24]。女性に自己免疫疾患が多い理由は、ホルモン、エスケープ遺伝子、XIST複合体など複数の要因が重なった結果と考えるのが妥当であり、XISTはその候補の一つとして研究が進められている段階です。

10. 遺伝診療との接点 ─ 性染色体の知識が役立つ場面

性染色体の知識は、遺伝子診断・遺伝形式の理解・遺伝カウンセリングのそれぞれの場面で必要になります。1つ目は、X連鎖の病気の遺伝カウンセリングです。X連鎖遺伝では、母親が保因者の場合、息子が病気を受け継ぐ確率や娘が保因者になる確率を、性染色体の受け渡し方から説明します。また、保因者の女性で症状が出るかどうかには、X染色体不活性化の偏り方が関わることがあります。

2つ目は、出生前検査です。NIPTや羊水検査で性染色体の数の異常が見つかった場合、その意味を理解するためには、モザイクの可能性や、症状の幅が大きいという特徴を踏まえる必要があります。3つ目は、性分化疾患や男性不妊の評価です。46,XX精巣性性分化疾患やY染色体AZF微小欠失のように、性染色体の構造の変化が原因となる状態では、染色体検査や遺伝子検査の結果を、性染色体の仕組みに沿って読み解きます。

一方、8章のmLOYや9章のXIST複合体の研究は、現時点では基礎研究や疫学研究の段階であり、日常の診療で検査の対象になるものではありません。性染色体は、すでに臨床で使われている知識と、まだ研究途上の知見の両方を含む分野です。当院では、臨床遺伝専門医が、検査で何がわかり何がわからないのかを整理したうえで、遺伝カウンセリングを行っています。

11. よくある誤解

誤解①「性染色体は性別を決めるだけ」

X染色体には脳や血液、筋肉、免疫など、性と直接関係しない遺伝子が数多くあります。性染色体は全身の健康に関わる染色体です。

誤解②「Y染色体には大事な遺伝子がない」

Y染色体には、精巣をつくるSRYや、精子形成に必要なAZF領域の遺伝子があります。小さな欠失でも不妊の原因になることがあります。

誤解③「性染色体の異常は必ず重い症状が出る」

性染色体の数の異常は症状の幅が広く、診断されないまま過ごす人も多いことが知られています。検査結果だけで将来を決めることはできません。

誤解④「2本のX染色体は同じように働く」

X染色体が2本ある体細胞では、通常その1本が不活性化されています。ただし一部の遺伝子は不活性化を免れ、男女差の一因になっています。

まとめ ─ 性染色体は一生を通じて働き続ける

性染色体は、23対の染色体のうち性の発達に関わる1対で、女性はXX、男性はXYの組み合わせを持つのが一般的です。Y染色体上のSRY遺伝子が精巣をつくるスイッチになる一方、X染色体には性とは直接関係のない遺伝子が数多く含まれ、女性ではX染色体不活性化によって遺伝子量のバランスが保たれています。XISTとSPENが遺伝子を沈黙させる仕組みや、それを免れるエスケープ遺伝子の存在は、性染色体の数の異常の症状や、自己免疫疾患の男女差を考えるうえでも重要です[3][6]。

XとYの両方の先端にあるPAR1のSHOX遺伝子は、その本数によって身長や骨の形を左右し、ターナー症候群や性染色体が1本多い状態の身長の違いを説明する手がかりになっています。2023年にはY染色体が初めて完全に読み解かれ[2]、年齢に伴うY染色体の脱失と心臓の線維化との関わりもマウスで示されました[21]。性染色体をめぐる研究は、臨床で使われている知識と、まだ検証の途中にある知見が混在しています。それぞれの情報がどの段階の根拠に基づくのかを確かめながら、正確な診断に基づいて次の判断を選ぶことが大切です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 性染色体とは何ですか?

性染色体とは、ヒトの23対46本の染色体のうち、性の発達に関わる1対(X染色体とY染色体)のことです。女性は通常XX、男性はXYの組み合わせを持ちます。Y染色体上のSRY遺伝子が精巣をつくるスイッチになり、X染色体には性とは直接関係のない遺伝子も数多く含まれています。

Q2. 性染色体と常染色体の違いは何ですか?

常染色体は1番から22番までの22対44本で、対になる2本は形も大きさもほぼ同じです。性染色体は残りの1対で、女性はX染色体2本、男性はX染色体とY染色体という形も大きさも異なる2本の組み合わせになります。男女で組み合わせが違う点が最も大きな違いです。

Q3. X染色体不活性化とは何ですか?

X染色体が2本ある体細胞で、通常そのうち1本の大部分の働きが抑えられる仕組みです。XISTという長鎖ノンコーディングRNAがX染色体を覆い、SPENなどのタンパク質を呼び寄せて遺伝子を沈黙させます。これによって、X染色体上の遺伝子の量が男女で大きく違わないように調整されています。ただし、一部の遺伝子は不活性化を免れます。

Q4. 性染色体の異常はNIPTでわかりますか?

NIPTでは、ターナー症候群やクラインフェルター症候群などの性染色体の数の異常を調べる検査を選べる場合があります。ただしNIPTはスクリーニング検査であり、性染色体の数の異常に対する陽性的中率は核型によって異なり、とくに45,Xでは低くなります。陽性の場合は、羊水検査などの確定検査で確認する必要があります。

Q5. 性染色体の数の異常は遺伝しますか?

性染色体の数の異常の多くは、卵子や精子ができるときや受精後の早い時期の細胞分裂で、染色体がうまく分かれない「染色体不分離」によって偶然に起こります。ご家族の状況や染色体の構成によって考え方が異なるため、個別の再発の見通しについては、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで確認してください。

Q6. 年齢とともにY染色体が失われるのは本当ですか?

本当です。男性の血液の細胞の一部からY染色体が失われる現象はY染色体モザイク脱失(mLOY)と呼ばれ、英国の大規模研究では約20%の男性に検出されました。死亡リスクや加齢性の病気との関連が報告されており、マウスでは心臓の線維化との因果関係も示されていますが、現時点では日常の診療で検査が勧められている段階ではありません。

🏥 性染色体に関わる検査をご検討の方へ

NIPTによる胎児の性染色体の評価、羊水検査・絨毛検査による確定診断、
性分化疾患やX連鎖の病気の遺伝子検査について、
臨床遺伝専門医が検査の前後の遺伝カウンセリングを担当します。

参考文献

  • [1] Assembly of 43 human Y chromosomes reveals extensive complexity and variation. Nature. 2023;621(7978):355-364. [DOI]
  • [2] The complete sequence of a human Y chromosome. Nature. 2023;621(7978):344-354. [PubMed 37612512]
  • [3] SPEN integrates transcriptional and epigenetic control of X-inactivation. Nature. 2020;578(7795):455-460. [DOI]
  • [4] Spen links RNA-mediated endogenous retrovirus silencing and X chromosome inactivation. eLife. 2020;9:e54508. [eLife]
  • [5] XIST dampens X chromosome activity in a SPEN-dependent manner during early human development. Nat Struct Mol Biol. 2024. [PMC11479943]
  • [6] Landscape of X chromosome inactivation across human tissues. Nature. 2017;550(7675):244-248. [DOI]
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  • [8] The Human Pseudoautosomal Region (PAR): Origin, Function and Future. Curr Genomics. 2007;8(2):129-136. [PMC2435358]
  • [9] Report of a Novel SHOX Missense Variant in a Boy With Short Stature and His Mother With Leri-Weill Dyschondrosteosis. [PMC5902492]
  • [10] Short stature and SHOX (Short stature homeobox) variants—efficacy of screening using various strategies. PeerJ. 2020. [PMC7678493]
  • [11] Deletion of azoospermia factor a (AZFa) region of human Y chromosome caused by recombination between HERV15 proviruses. Hum Mol Genet. [DOI]
  • [12] Y-microdeletions: a review of the genetic basis for this common cause of male infertility. [Full text]
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  • [21] Hematopoietic loss of Y chromosome leads to cardiac fibrosis and heart failure mortality. Science. 2022;377(6603):292-297. [PubMed 35857592]
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  • [25] Rare sex chromosome variation 48,XXYY: An integrative review. [PubMed 32501621]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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